【完結】匠 VS BETA   作:MMZK

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264. あいつらよりによって共産主義の敗北を認めたことに気付いてないぞ

 では地球圏統一政府樹立に関わる各国の事情を見ていこう。

 

 まず英国だが、勿論ここが提案元だ。つまりマハトラ=ミエデ 二重帝国の建国をジョンストン卿が熱心に後押ししていたのは、惑星国家統一成功例を地球に見せつけて成功のビジョンを持たせるためである。

 そもそも英連邦参加国が50以上あり、多数の国が同一の王を仰ぐという形を元々形成している。数が多いので国連における多数派工作にも俄然有利だ。

 更にジョンストン卿と英国の発言力はジョンストン卿が地球代表匠衆(マイスターズ)大使となった直後よりもかなり増大している。それは単純にその働きぶりによるもので、匠衆(マイスターズ)への貢献でも情報本部やテラリア王国への指導員斡旋、マハトラ=ミエデ 二重帝国成立などがあり、地球に対する貢献でも内陸部の水不足問題の解決、FICSITや名も無き中隊(ネームレス・カンパニー)の技術導入による資源採掘高効率化、更にそれらの資源を使ってヴァンドルフ連邦の技術によるスペースコロニーやメガフロートの建設事業まで誘致した。

 一番口が回るからと地球代表大使としてジョンストン卿を送り出した各国もここまでやるとは思っていなかったが、発言力を強化する裏工作をしたわけではなく働きによって名声と重要性が高まっているだけなので、文句の言いようがない。復興中の地球は半分くらいはジョンストン卿のお陰で復興好景気に乗ったと言っても過言ではないのだ。

 

 次に日本帝国だが、地球の統一と平和に貢献出来るならばと皇帝家も乗り気になっていた。

 そもそも日本帝国の統治は政威大将軍に全権委任しているので、皇帝家が今の立場を離れて更に上のスケールである地球皇帝家の役割を果たすのに問題は無い。そういう意味でフットワークが軽かった。

 

 次にフランスだが、フランスも二大派閥に挟まれる構図を一旦フラットに近づけるべく地球圏経済統一構想を考え始めていたので、最初から乗り気であった。

 フランスでは元王家の血統としてオルレアン公爵家が続いているので、地球の頂点に伝統あるフランスの王族血統を問題無く入れることが出来るのも都合が良い。つまりは米国よりも有利という実利である。象徴君主制であれば現行の民主制との実質的齟齬も殆ど無い。国連の上に地球を代表する血統の代表が一人立つだけのことだ。

 英国の提案に乗るのは業腹ではあるが、伝統的に仲の悪い英国と協調してみせたという事実もマハトラ=ミエデ 二重帝国同様に周囲からの評価はむしろプラスに働くだろう。

 

 東欧連邦に関しては、もしソ連が残っていたならば共産主義の基本理念としてブルジョワによる支配に断固として反対しただろうが、東欧連邦としてはむしろ渡りに船だ。幸いソ連共産党は既に滅びているし、ロシア皇帝家という観点で見るならば本家はソ連共産党に滅ぼされてしまったが、血統としては英国王室に合流しているのだから。どちらかと言うとロシア人以外の少数民族の代表をどうやって出すかの方が問題だろう。

 そして何より、国家の体制を自力で一から作り直すのは大変なのだ。統一政府の中の自治政府として色々助力を受けられるのは有難い限りだ。無論その辺りは東欧連邦を積極的賛成側に引き入れるための英国の提案であったが。

 

 同じく反対したであろう中華人民共和国も国ごと共産党が滅びているので大丈夫だ。中華民国としても中国皇帝は王朝交代のたびに前王朝の血統を族滅するのが恒例であるため王朝ごとに全くの他人になっているが、最後の皇帝家である愛新覚羅家の子孫は幸い共産党の手を逃れて中国や日本で血統を保っていた。

 まあ愛新覚羅家は満州族であって中国の人口のメインである漢民族ではないので、正統中国となった中華民国も手放しでは喜べないのだが。

 

 結局一番渋ったのは、国が成立して以来王族というものがいたためしがない米国だ。

 他の国から見れば、元々英国の縁戚国家なんだからそれでいいのではとも思えるが、米国というのはそもそもその英国に反旗を翻して独立した国なのだ。今更英国傘下扱いなど我慢出来るものではない。

 しかし既に賛成多数に傾いている以上は、反対するだけではなく何らかの打開策を打ち出さなくてはならない。そこで米国が提案したのが、「皇家・王家が存在しない国からは名家を地球皇帝家の婚姻に参加させる枠」だ。名家を王家に昇格させる救済措置とも言う。

 確かにこれがないと王家が現存しない国が仲間はずれになってしまうため、必要だろう。ただしその名家に対して国民の納得がないと参加させる意味が無いため、国民投票などある程度の条件付きにはなるが。

 米国は東欧連邦以上に見た目が違う多くの民族が混在する国なので、まず国内統一名家を作る所から始める必要があるかもしれない。

 ちなみに米国の発言力は、米国出身のターニャが率いる地球連合(ユナイテッドアース)戦闘団が他の文明でも信仰を集めかねないほどの最強伝説を打ち立てており、そのターニャと米国の仲も幸いにして良好なので結構高まっている。

 米国国防総省だけはいつあの破滅の予言者(カッサンドラ)が本性を現すかと戦々恐々としていたが。

 また、多大な予算をつぎ込んで復活させたHI-MAERF(ハイマーフ)計画も、様々な課題を一つずつ解消して進みつつあるので地球における軍事的優位は健在だ。

 

 残るオーストラリアは元々英連邦に所属しているので全く異存は無かった。むしろ米国のために用意された代表名家を出せる枠をついでに貰ってお得と思ったくらいだ。

 

 なお皇族や王族も人間であるため、政略結婚であっても当人同士の婚姻合意は不可欠とされた。大多数の人間を幸福にするためとはいえ、一部の人間に負担を押しつけすぎるのは良くないということだ。

 

 地球皇帝家を作るプランには欧州やアジア、アフリカ、南米各国も食いついた。この方式ならば、先進国や常任理事国でなくても参加する権利があるからだ。

 ただし中東や北アフリカ、南アジアの食いつきは悪かった。何が問題かと言えば宗教だ。

 

 

 

 地球圏統一に際して、民族の問題はここまでで概ね何とかなるとして、次の問題は宗教だ。勿論統一政府になっても元が国単位の所は自治が許されるし伝統文化の保全と共に信仰の自由も許されるが、かと言ってキリスト教恭順派のようなテロのために生まれたと言っても過言ではない邪教をのさばらせるのは無責任すぎるというものだ。

 ではどの辺りに禁止ラインを設けるかという話になるわけで、

 

1.他者に多大な迷惑を掛ける教義や活動の禁止

2.教徒を不幸にする教義や活動の禁止

 

 という条件で審査・判定することになるのだが、実は既存のメジャー宗教でも案外判定基準2に引っかかる。例えばイスラム教は女性の権利を著しく制限しているし、ヒンドゥー教は下層民は代々生涯下層民でいろという支配者階級に都合の良すぎる教義だ。だが今更禁教にするには信者の数が多すぎる。

 

 実はイスラム教は棄教が死刑判定となっている事も問題だが、これに関連して1にも抵触する。勝手に死刑に出来ることからも分かる通り、イスラムの教えはしばしば法律に優先するのだ。

 棄教問題以外にもイスラム教の宗教指導者が判決を下して発令出来るファトワーというものが存在し、これも法律に優先する。実例としてはマブラヴ世界ではBETA大戦のまっただ中だったため発生していないが、『悪魔の詩訳者殺人事件』などが有名だろう。反イスラム的と認定した著作物に関わる他国の者達の死刑を宣告して、著者だけでなく訳者にまで襲撃が実行されたというものだ。

 そんなものはイスラム教の中でも過激派の仕業だと言われても、悪魔の詩のファトワーを発したのはよりによってイランの国家元首で、しかも1989年から1991年という殆ど現代にも近い時代の話だ。

 

 このあたりの話を一部の理想郷の建設者(クラフトピアン)やパーキンソン教授に聞いたジョンストン卿は元々イスラムの潜在的危険性を認知していたので、世情が違えばそのような事件も起こりうると納得した。この世界のイスラム勢力は、BETAに対する聖戦に取り組んでいた分だけまだ大人しかったのだ。

 このように法治が成立しないのでは、国や自治体の法律で棄教の自由を定めたとしても実態としては意味が無くなりかねない。迷惑かどうかより法を守るかどうかという具体的なラインにするべきだろう。

 そこで判定基準を以下のように改めた。

 

1.宗教の教義より法律を優先し遵守すること

2.個人の意志に反する勧誘・入信の禁止

3.信者の意思による自由な棄教を認めなければならない

4.信者を不幸にする教義や活動は原則禁止だが、以上の1から3を遵守する限りにおいて許容される

 

 言わば信仰市場の自由化であり、それで信者が減るのであれば、信者に愛想を尽かされるような理不尽な教え(サービス)が悪い。それが嫌なら世情に合うように改革に努めなさいということだ。

 一方で、それでも信仰するのならば個人の自由ということでもある。ヨハン・ゲーテ曰く、「雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ」。パラダイムシティの交渉人(ネゴシエーター)、ロジャー・スミスも同じことを言っていた。

 そもそもどんな宗教であれ法律に加えて教義の制限が加わるため、大なり小なり信者の自由を奪うことになる。これを信者を不幸にする教義だと言えなくもない。なので、自ら選ぶ限りは自己責任だという形にしたのだ。

 

 上記4項目の判定基準は危ういラインのメジャー宗教にかなり譲歩した形なのだが、棄教の自由を認めると都合が悪い宗教からは有形無形の反発があった。しかし目的がテロ防止と人民の幸福のためなのであまり文句を言いづらい。それにそもそも、棄教を自由にすると信者が減ると認めること自体負けを認めるようなものなのだ。

 判定基準に関して、キリスト教や仏教、神道といった世情や時代に合わせることが得意な宗教は賛成側だ。

 七圏守護神(ハーロ・イーン)へ信仰を集められる好機と見ている匠衆(マイスターズ)に至っては、直接口には出さないが賛成……というよりも手ぬるいとすら思っていた。まあ今更宗教テロや宗教戦争を起こされるのも面倒なので、このくらいが限界かなとも思っていたが。

 しかし逆に言えば、これだけ配慮されたぬるい条件ですら受け入れられないというのならば、もう真面目に共存する気が無いと言わざるを得ない。つまり公に邪教認定する判定ラインとしてはありだろう。

 

 結局の所、匠衆(マイスターズ)に助けを求めても事態が更に悪化するだけと宗教指導者達が理解したために上記の条件で話はまとまった。

 しかし結果として、信者脱退が危惧されていた宗教もメジャーなものは思ったほどは信者が減らなかった。

 何故なら大体の場合宗教は地域の生活に密着しているので切羽詰まった理由もなく棄教してつまはじきにされたくないし、イスラム教を信ずる女の方がイスラム教信者の男に受けが良いからだ。どちらも割と切実な問題である。

 つまり状況はそれほど変わっていないのだが、いざというときに棄教出来る自由が認められ、過激派を公に邪教認定するための大義名分が設定出来たことでヨシとした。

 

 

 

 さて、地球圏統一政府が賛成多数で成立した場合に賛成しなかった国がどうなるのかと言えば、流石に国家主権を無視して自動的に地球圏統一国家に強引に組み入れられることはない。その代わり、地球の大半を支配下に入れる巨大国家に対し小さな国力で立ち向かわなければならなくなるだけだ。

 しかも国連が地球圏統一政府皇帝直下議会に移行するということは、統一国家に加盟しない国は議会に参加出来なくなる。まあ自ら地球圏統一政府の部外者であることを意思表明したわけなので、国政に参加出来ないのは当たり前だ。

 代わりに統一国家非加盟国の為の利害調整組織が作られる予定だが、国連の残骸のようなものだ。こちらに地球圏統一政府は参加しない。何故なら、絶大な国力となる地球圏統一国家が地球圏統一国家非加盟国と同列に1国として並べられて1票だけ持っていても参加する意味が無いからだ。

 更に現在匠衆(マイスターズ)との地球唯一の窓口が国連なのだから、地球圏統一国家の議会の方がこれを引き継ぐならば、地球圏統一国家非加盟国は匠衆(マイスターズ)との窓口が無くなってしまう。元々とっとと統一しろという雰囲気を醸し出していた匠衆(マイスターズ)の意向としても、当然地球圏統一国家の方を国連の後継窓口と認めている。

 そのため、地球圏統一国家非加盟という選択肢は単独で巨大な国力を持つ米国にとってすら容易に選択出来るものではない。なので二度手間になるが、一度成立に反対したとしてもその後に加盟申請は出来るようになっていた。統一国家に入れてもらえなくて武力に訴えるなどということになったら本末転倒だからだ。

 そして現在の状況としては、地球圏統一国家の成立は既に賛成多数で、残りも統一国家の成立自体は不本意だが作るならばすぐに加盟するという国が殆どだ。成立反対かつ加盟予定も無いのは、ごく少数残った共産主義国家くらいのものだ。

 

 この共産主義国家が何故抵抗しているのかと言えば、表向きには「皇帝というブルジョワの存在を許すわけにはいかない」というものである。

 建前としては尤もらしいが、象徴君主制でそれは決定的とは言いがたい。気に食わない程度のものだろう。

 他にも「信仰の自由を受け入れられない」というのもあるが、信仰を阻害しないことが匠衆(マイスターズ)加盟条件にもなっていて明確な教義も無い七圏守護神(ハーロ・イーン)信仰以外は実は自治体ごとに任意に禁教に出来るので、実際の障害にはならないはずだ。これもやはり気に食わない程度のものだろう。

 

 では結局何が問題なのかというと、地球圏統一政府憲章に「市民の幸福を第一として努力し相応の結果を出す場合に限り自治が許されるものとする」と書いてあることだ。共産主義や社会主義そのものが禁止されていなくても、これだけで事実上はそういった体制の持続が不可能になるのだ。何しろ共産主義による市民の幸福などまともに実現出来たためしがないのだから。

 実際はこの条項は資本主義陣営に対しても牽制となっており、つまりは資本主義一辺倒で社会保障がおざなりになっている自治体などは、共産主義に毛ほども掠っていなくても逆に指導が入ることになる。現代日本のように資本主義をベースとして最低限を保障する社会保障制度を組み合わせる形の方が推奨されるだろう。

 

 シカゴ学派の市場原理主義者であるターニャもこの辺りに文句は無い。

 そもそもターニャは共産主義に比べて資本主義の方が優れた社会システムだと思っているから支持しているのであり、優れた結果を残すシステムが生き残る条件ならば全く心配する理由がないのだ。

 ターニャも元々は現代日本人であり、資本主義と社会保障制度の組み合わせがある程度有効に機能することを知っている。ターニャも別に貧乏人を必要以上に飢えさせたいわけではないのだ。色々組み合わせて最善を目指せるのであれば是非そうするべきである。

 

 要するに加盟にすら抵抗している国家群は「市民を幸福にするために(既得権益と)共産主義の理想を捨てたくない」と言っているようなものであり、知られれば暴動が起きても不思議ではないのだが、情報統制で何とか誤魔化しているようだ。

 こちらに関しては、ターニャが抱腹絶倒する事態となった。

 

ターニャ「あいつらよりによって共産主義の敗北を認めたことに気付いてないぞ、私を笑い死にさせる高度な策略か!?」

 

 何しろ共産主義は資本主義よりも人民を幸せに出来る優れたシステムだと言い張って国ぐるみで悲惨な社会実験を繰り返しているのに、実際には人民を幸せに出来ないからこの期に及んで勝負の場に上ることを拒否しているのだ。或いはお得意の政治的事情でその矛盾に気付かなかったことにしているのかもしれないが、これが笑わずにいられようか。

 加盟すればまず間違いなく共産主義統治体制を失い、それを危惧して加盟を拒否すればそれだけで共産主義の敗北を認めることになる巧妙なトラップと言えなくもないが、まあこれまでずっと結果から目を逸らしてきたことによる自業自得である。

 

 

 こうして半年以上議論を重ねたことで地球圏統一政府の成立と大枠の組織体制はもうほぼ決まっているのだが、最後に国名で微妙に揉めていた。地球帝国にするか地球連邦にするか、或いはほぼ資源採掘だけとはいえ月や水星、金星、火星に進出している実情を反映して太陽系の名前を掲げるかというところだ。これまでの諍いに比べれば、まあ平和なものである。

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