2001年12月25日。この日、日本帝国ではH21佐渡島を攻略する甲21号作戦が実施されていた。
まずはプランA、軌道降下部隊オービット・ダイバーズを含む戦術機甲部隊によるハイヴ攻略が実施されたが、これは順当に失敗。原因はいつものように予測したBETAの物量が希望的観測にすぎなかったため、ということでオルタネイティヴ4計画から見ると失敗は必然でしかなかったのだが、それとは別に突如出現した性能向上型のBETAに関してはオルタネイティヴ4関係者からしても全くの予定外であった。
プランA頓挫後、事後策のプランBではHI-MAERF計画とオルタネイティヴ4計画の成果である凄乃皇弐型を投入し、荷電粒子砲の最初の1射で多数の強化型BETAもろとも地表構造物を丸ごと吹き飛ばすという成果を上げた。
これを目にした将兵は喝采を上げ、声援に応えて凄乃皇弐型は4射目まで踏ん張った。すぐ側の武が冥夜と結ばれた記憶をうっかり反芻して頭をブンブン振っていることに対しては、全くタケルちゃんは仕方がないなぁと受け流した。
5射目を実行出来なかったのはもっと物理的な要因だ。3射目以降は大きく前進しての射撃となり、4射目では主縦坑直上からの射撃を敢行し大広間のBETAを殲滅した。しかし、大広間に集中していた強化型光線級、重光線級の反撃は苛烈を極め、それは凄乃皇弐型のラザフォード場に強烈な負荷を掛けることで、当機に搭載されたG11をほぼ枯渇させた。結果として凄乃皇弐型は相討ちという形で大破擱座した。凄乃皇弐型は主縦坑直上を通過しながら砲撃したのが功を奏して慣性で辛うじて主縦坑の縁に墜落したが、無理をしすぎた00ユニットはここで意識不明の状態となった。
甲21号作戦のプランには凄乃皇弐型の自律制御によって戦域から撤退するプランC、情報漏洩を防ぐため艦砲射撃によって凄乃皇弐型を破壊するプランD、最悪の場合凄乃皇弐型のムアコック・レヒテ機関を超臨界反応でG弾にして自爆させるプランGもあったが、凄乃皇弐型が大破した上にG11が枯渇していてはプランCもプランGも不可能だ。
また、どのプランであっても代わりが存在しない00ユニットだけは回収する必要がある。
その一方で、大広間の光線級を殲滅したということは、主縦坑から一直線に降下して反応炉を叩くこの上ない好機だ。BETAが近隣ハイヴへ撤退する様子を見せていないということは、まだ反応炉は停止していない筈だ。迷っている暇は無い。
そしてこの時点で主縦坑からの降下が可能な機体はオルタネイティヴ4計画直下のA-01部隊、伊隅戦乙女隊1個中隊が全てであった。全力で00ユニットを回収するか、ハイヴ攻略を成し遂げてオルタネイティヴ4計画の確固たる優位性を決定づけるか、夕呼は決断を迫られた。
勿論ハイヴ攻略が叶うならばそれに越したことはないが、わずか1個中隊での攻略など無謀だ。しかもここ1時間で従来より遙かに強化されたBETAが出現している。攻略が成功するかは分の悪い賭けになる。せめて友軍が直近にいれば良かったのだが、機密保持の観点から凄乃皇弐型の周辺に近寄らせなかったのが仇になった。
というか考えてみればハイヴ攻略用の有力な戦術機甲部隊戦力は無駄に使い潰してしまった後だった。先にプランBの凄乃皇弐型で全力砲撃してからプランAの攻略部隊を投入すれば良かったのだ。ハイヴ攻略作戦を隠れ蓑にした諜報作戦などという面倒な構成にした弊害であり、それにしたってもう少し真面目に他の戦力を運用するべきだった。
本来オルタネイティヴ4計画にとってはH21佐渡島の攻略は最優先事項ではないのだが、下手に敵の中枢に迫ってしまったため、ここで撤退を決定すると、「余所の突入部隊を気軽に使い潰しておいて自分達は戦力が足りないからとこの好機を前にして逃げるのか」と糾弾されるのは避けられない。
おまけにその言い訳には本来の意図を公開する必要があるし、正直に話したとしてもそれはそれでオルタネイティヴ3同様に軍を犠牲にしてよく分からない秘密計画を進めていたということで印象の悪化は避けられず、国連軍からも帝国軍からも信用はがた落ちだ。
こうして撤退に想定以上の政治的損失が伴うことになってしまったのだ。
結局の所、周囲を信用せず情報漏洩を必要以上に警戒した結果不合理な作戦構成になって自分の首を絞めてしまったわけで、そういう意味では夕呼も人類同士の足の引っ張り合いの渦に呑まれていたとも言える。
結果として夕呼が下した命令は、以下の内容だ。
・伊隅 みちる大尉、白銀 武少尉、御剣 冥夜少尉、柏木 晴子少尉の四名を除く九名の隊員は直ちに主縦坑を降下し反応炉の攻略を目指す
・隊長の伊隅 みちる大尉が隊長権限で凄乃皇弐型のハッチを開放し、00ユニットを搬出して白銀 武少尉の機体に乗せる
・00ユニット搬出作業中は御剣 冥夜少尉と柏木 晴子少尉が護衛を担当する
・以上4機で北西に向けて迅速に戦場を離脱し、重巡洋艦最上に00ユニットを収容する
・ハイヴ攻略が失敗した場合はプランDの艦砲射撃で凄乃皇弐型を破壊する
つまりは00ユニットの保護とハイヴの攻略の両取り、悪く言えばどっちつかずというものだった。脱出する4機を除外すると突入を担当するのは9機しかいない。成功の見込みは低いが可能な限りの戦力で攻略を試みたという政治的言い訳のために死なせるようなものだ。
この突入部隊の顔ぶれは、
・速瀬 水月中尉
・宗像 美冴中尉
・風間 祷子少尉
・涼宮 茜少尉
・彩峰 慧少尉
・榊 千鶴少尉
・鎧衣 美琴少尉
・珠瀬 壬姫少尉
・臼杵 咲良少尉
となっている。特に臼杵 咲良少尉は佐渡島出身の隊員であり、この作戦にかける意気込みは強い。この一か八かの無謀な突入命令にもむしろ喜びを露わにしたくらいだ。
ともあれこのプランで行動開始したのだが、凄乃皇弐型が擱座したのはBETA勢力圏のまっただ中だ。護衛の二人はまだまだ湧いてくるBETAから凄乃皇弐型を守り通したが、いざ脱出という段になって強化型光線級の集団に遭遇。柏木機がレーザーを被弾して左側の跳躍ユニットが爆発四散した。ほぼ回避した筈だが、強化された光線級の攻撃力に不知火のレーザー蒸散塗膜が耐えられなかったのだ。
問題の強化型光線級の集団は撃滅したが、もはや柏木機が脱出の行軍についていけないのは明らかだ。
冥夜≪柏木!?≫
晴子≪あはは、またドジっちゃったなあ……じゃ、大尉、白銀達を宜しくお願いします≫
柏木 晴子の決断は早かった。困ったような笑顔でそう言うやいなや、柏木機はもう別れの言葉は済んだとばかりに主縦坑へ飛び込んでいった。かくなる上は突入部隊に少しでも助力するつもりだろう。
原因が何であれ既に相手の記憶にある言葉ならば、一刻を争うこの事態で自分を切り捨てる理由をわざわざ説明する意味は無いだろうということだ。それに今回の脱出部隊には誰よりも頼りになる伊隅隊長がいるので心配は要らない。
現在の伊隅戦乙女中隊全員には似たような状況の記憶がある。強化型BETAが出現する少し前あたりから発生しているこの現象が何なのかは、この混乱した戦場では誰も正しく理解していなかった。ただ、折角未来知識らしき物があっても突然BETAが強くなったので殆ど役に立っていなかった。
みちる「……行くぞ、足手まといになるまいとした柏木の覚悟を無駄にするわけにはいかん」
自機を離脱予定の北西方向に向けながら、みちるが言い放った。
言葉は冷酷なようだが、そう主張するみちるの表情はやはり辛そうに見える。そのため、冥夜も武も反論を躊躇った。それに、みちるはいざとなれば自らの命を使っての自爆も厭わぬ人だということを二人は知っていた。
武は以前晴子に言われた言葉を思い出していた。孤立したとき切り捨てられるのは突撃前衛に限った話じゃない。だからもし晴子がそうなっても助ける必要は無いと。
柏木 晴子は一見飄々としているが、その実、自分よりも更に年若い弟たちを戦場に立たせないために戦っている。作戦開始前も、凄乃皇弐型と00ユニットのテストが成功して、弟たちを戦わせずに済む未来が到来するのをとても楽しみにしていたのだ。
武としてもそんな家族思いの晴子を見捨てたくはない。しかし晴子は自身の命よりも弟たちの明日を案じている。晴子の意思を尊重するならば見捨てるべきなのだ。
それに晴子以外の九人もハイヴに突入しており、強化型BETAの存在を前提とすると帰還の望みは薄い。このような事態は武の記憶にも無いのだが、ハイヴ攻略達成まであと一歩まで来てしまったことで却って状況が悪くなるとは皮肉なものだ。この後の横浜基地防衛戦のことも考えると益々気が重くなる。
そもそもからして脱出は作戦上不可欠な命令であり、この判断の天秤には純夏の命すら乗っている。
そこまで考えて、晴子達を見捨てる言い訳に純夏の命を引き合いに出してしまうことに、武は自己嫌悪した。
だが、選ばなければ何もかもを失うだけだ。それだけは避けなければならない。
武≪了解、しました。行きましょう≫
冥夜≪柏木、任務は必ず果たす。そなたの分までな……!≫
悲壮な覚悟でその場を後にする武達だが、みちるには何故か晴子が無事帰ってくるように思えてならなかった。理由はみちるにも分からなかったが、それは確信に近いものだった。