トピアが困惑するのも無理は無い。従来のクラフトピアワールドでは別の星出身の相手でも何故か言葉が通じたので、言葉が通じないという事態を想定していなかったのだ。何しろアヌビス神に至っては何という言語を話しているのかすら全く分からないのに意味が直接分かってしまうのだから、相手が英語を喋っていても意味は分かるという結果になるのが妥当であった。この意志疎通の障害もワールドの環境構築が不十分な所為だろうかとトピアは頭を悩ませた。しかし英語ならまだぎりぎり分からなくもないので傷は浅いとも言える。トピアは精一杯の語学力を以て意思疎通を試みた。
トピア「あー、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ! じゃぱにーずぷりーず」
だが悲しいかなトピアは元日本人。その多くの例に漏れず、日本語の他は英語がほんの少し分かる程度の残念な語学力であった。英文はある程度読めるが英会話は無理なので、拙い発音の英語らしきもので出来れば日本語で話してほしいと切実に訴える。
これが精一杯です、受け取ってください、伝わってくださいとばかりにトピアは何やら両手を振り回して肉体言語で意味を伝えようとしているが、実質テンパっているだけでその身振りに特に意味は無くただ滑稽なだけなのが悲しいところだ。だからその怪しい手つきや腰つきはやめた方が宜しい。その方向でポージングを頑張ってもエメラルドスプラッシュは出ないしジョースターさんにメッセージが伝わったりもしないのだ。
宇宙服の人「Oh, Japanese! Hmm, J, JA……これで言葉、分かるかしら?」
トピア「おういえーす!」
宇宙服の人が首元を何やら操作すると、頭文字で検索しているらしき挙動の後に言葉が日本語に切り替わった。自動翻訳装置だろうか? 何にしろ意思疎通が出来るのは素晴らしい。
トピアは両手を挙げて賛意を示したが、精一杯ぶん回している言語中枢が混乱して即座に切り替わらず、口から出るのは半端な英語のままだった。
宇宙服の人「もしかして貴女が現地協力員?」
トピア「多分そうです。私もどういう人が来るのかは聞いてなかったので。あと5人ほどマイスターが来るそうですね。ああ、私はトピア・ポケクラフです」
宇宙服の人「そうなのね。私はサティ・カフェイン・トリファクス。FICSIT社の
サティが差し出した右手をトピアが握り、握手の形になった。
これが全く別の職種の
かくして合流した
一方のトピアはこの辺りがあまり安全ではないと見て結界の旗を立てた。
互いによく分からない事をやっているので横目で見ながらの作業であった。
トピア「あのー、それ大気圏突入ポッドか何かですよね? 分解してしまっていいんですか?」
宇宙服の人→サティ「え? ええ、重要なのはHUB部品だからね。でもこの辺りに本拠地を構えて大丈夫かしら?」
サティの大丈夫か、という言葉に対してトピアは2つの意味を考えたが、大した長さでもないので両方について答えることにした。
トピア「立地に関しては水源的にも
サティ「結界の旗……というのは?」
サティはまだ周囲の資源探査を碌にしておらず、トピアが言う
トピア「おや、ご存じないですか? 魔除けの旗の9倍の面積、180m×180mをカバーするMOBリスポーン抑止家具ですよ? ほら、こういうの」
サティ(んん、MOBリスポーン? 要するに害獣避けの効果があるということかしら?)
トピアが手元にブループリントホログラフを出して実体化してみせたのは棒と布で構成された単なる旗でしかなく、何かのエンブレムが描かれてはいるが、やはりサティから見て何か特別な機構があるようには見えない。
サティは片眉を上げて疑問を露わにしたが、安全服のバイザーは宇宙線を通さない遮光仕様になっているため、トピアにその表情は見えていなかった。そこにトピアの質問が飛ぶ。
トピア「ところでハブというのは一体何ですか?」
サティもまだ考えがまとまっていないが、一応疑問に対する返答を貰ったので、今度はサティがトピアの質問に答える番であった。
サティ「HUBなら本拠地施設の事だけど? ほら、こういうの」
サティがバーコードリーダーのような携帯端末、ビルドガンを操作すると、その指し示す先にトピア同様に青いブループリントホログラフが表れ、決定ボタンで橙色の輝きとともに下から上へ向けて順次実体化、あっという間にHUBが出来上がった。足場の上に工作台が設置され、その対面にはディスプレイとコンソールが備わっており、明らかに機能性がある科学文明の産物だ。しかも大気圏突入ポッドを回収してそのまま拠点に変換できるとは実に合理的だ。トピアは感心して目を輝かせた。
HUB施設を一通り見せた後、サティはあっさりその施設を解体収納した。トピアがサティに聞いたところによると、何とHUBに限らず一切のロス無しで建造物や建設資材を基礎資材に戻し収納出来るらしい。驚くべき技術力だ。
サティ「それよりもさっきのドラゴン討伐すごかったわよ。ライデンショウだっけ? あれどういう武装なの?」
トピア「雷電掌……? ああ、すみません。勝手に名前をつけてるだけで実際はただのボールライトニングを連続発動してDPSをマシマシにしてるだけです」
サティ「……そのボールライトニングというのは?」
当面の目的がまずここに拠点を築くことで、手段としても設置地点を定めるためのブループリントホログラフなど、ある程度共通した建設基礎技術を使っているように見えるのに、何やら常識が食い違っており、質問して回答を貰ってもまた別の疑問が増えていく。しかも相手はそれを当然知っているべき用語のように使っている。よく見ればトピアが手に持っているのもビルドガンやそれに類するコントローラーではなく、何だか良く分からない書籍である。
サティはもしかすると何か根本的なところで理解がすれ違っているのではないかと考え始めた。
トピア「ああほら、ボス周回でよく使われるこういうのです。スキルツリーの魔法Tier2にありますよね?」
数歩下がると今度はテーブルのブループリントもバフも無しで適当に地面に手をつけ、雷の精霊を召喚してライトニングフィールドを形成するトピア。召喚後は無手であることをアピールしているのか、両手を広げている。
トピア「これ相手を追いかけるのには向いてないので、ドラゴンが逃げないでくれて助かりました」
サティ「魔法? スキルツリー? ……え、電撃武器じゃなくて本当に手ぶらで?」
トピア「発動自体は武器に付与されたスキルによるものではないですけど、勿論本番では威力強化の為に武器も使いますよ。武器と言っても耐久値が減らないちょっと例外的な奴ですが」
サティ「待って、その前に魔法とかスキルってところが理解出来ないんだけど? 今のを見る限り、何かの隠語や比喩、或いは手品ではなくてそのままの意味なのよね?」
トピア「ええ、そうですけど?」
武器を使っておらず手ぶらで、というところに反応したトピアが詳細説明を試みるが、サティの疑問点はそこではなかった。サティの常識では魔法などというものは実在しない筈なのだ。だがトピアの方は魔法の何が不思議なのかと言わんばかりの顔で逆に疑問符を浮かべている。
互いに基本的な話が通じないことに二人は同時に首を傾げた。互いにマイスターともなれば基礎を網羅して当然のエキスパートの筈だが、これは一体どういうことなのか。
この不可解な状況に女神的存在の言葉を今一度思い返してみたトピアに悪魔的閃きが走った。
トピア「なるほど……そういうことでしたか」
サティ「……どういうことなの?」
どこぞの賢すぎて余計な深読みをする悪魔のような台詞を口走ったトピアであるが、今回の閃きには自信があった。というより自分の誤った思い込みに気づいたと言った方がいいだろう。
トピア「さてはあなた、クラフトピア世界の文明促進業務関係の方ではないですね?」
サティ「うん? 最初からそう言ってるけど、あなたもFICSITの関係者ではないわよね?」
トピアよりは若干状況理解が進んでいたサティが何を今更といった顔で言葉を返すが、こちらも相手が
何はともあれ自分の推測が肯定されることになったトピアは、我が意を得たりと満足げな顔で言葉を続けた。
トピア「ええ、つまり我々は全く別のシステムのマイスターである、という事ですね。私は魔法文明圏、あなたは超科学文明圏の」
トピアの記憶によると確かにあの女神的存在は「貴女を含め七人のマイスター」とは言っていたが、
ベータ世界とは言えクラフトピアワールドに招く以上他のマイスターも他の神的存在傘下の
得意分野が分かれるのならむしろ全員
サティ「……じゃあさっきの旗にも本当に猛獣よけの効果があるのね?」
その確認に笑顔で頷くトピアをサティは上から下まで改めて眺めた。トピアが着ているものは耐環境機能のある安全服の類いではないのは勿論、ファッションセンスとしてもレトロやビンテージ以前の問題の、ローブに三角帽子。まるでファンタジーの魔法使いのコスプレのようだとは思っていたがどうやら本当に魔法使いらしい。
ただしその魔法使い然とした恰好の背中にジェットパックを背負っているので凄まじい違和感がある上に、初撃がルチャリブレ染みたフリーフォールプレスだったので、統一感があるとは到底言い難い。
惑星を開拓するのに安全服を着ていないのは既に基本的環境調査が終わって安全が確認できている為だとサティは勝手に納得していたが、巨大なドラゴンを瞬殺するような魔法やスキルなんてものを出してこられてはもはや全く未知の存在であると言わざるを得ない。
サティ「一応うちの設備にも猛獣よけの効果はあるけれど範囲が広いのは助かるわ。ところで科学に超が付いてるのは?」
魔法と対比するだけなら科学で十分だ。だがそもそも魔法側文明から科学という言葉が出てくることが不自然ではないか、という疑問点に関しては次のトピアの回答で説明が付いた。
トピア「私も元はある程度の科学文明圏出身なもので。しかしそちらは私の知る科学よりも遙かに進んでいるSFの領域でしたので、超をつけて区別してみました。西暦2千年頃の地球って言って通じます?」
サティ「
トピア「ええ、私は人類の全てが地球に暮らしていた時代の一般市民ですよ」
英語や日本語が通じるので多分そうではないかとトピアは考えたが、どうやらサティも地球と言って通じる文明圏の人間のようだった。
一方サティの時代の常識では地球在住というだけで限られた上流階級やその関係者なのだが、サティの歴史知識に照らしてもトピアが言う西暦2千年頃ならばまだ本格的宇宙進出が始まる前なのだからそんな区別がある筈もないとサティは納得した。
だがそれを別としてもまだ根本的な疑問がある。
サティ「というかあなた、平然と時代を超えてるのは何なの?」
トピア「それに関しては、直接過去・未来の関係に無い別の世界ですので気にするだけ無駄だと思います」
そう断言するのも、そもそもトピアの故郷世界は既に滅んでいるので、地続きの未来世界などある筈もないのだ。
サティ「別の世界……うん、そうね。むしろ互いに因果関係が無い世界の方が助かるわ」
トピアの言葉を信じる限り、出身世界は西暦2千年頃の地球であり、更にそことは別に魔法文化圏の世界がある筈なのだ。ならば過去・未来以外に全くの別世界があるのは大前提なので、トピアの出身世界がサティの世界の過去に当たる世界ではなくても何ら不思議は無く、むしろ過去や未来に干渉した際のタイムパラドックスや並行世界分岐を考えなくていいだけ話は単純になるのだった。