今回も引き続き夕呼先生がアクセルをべた踏みするお話です。
現在、2023年にまで至ると戦術機は今や第5世代まで進化した。ムアコック・レヒテ機関が更に小型かつ高性能化したことで格闘戦にも無理なく対応することが可能になり、ラザフォード
第5世代戦術機、Type-18『親潮』の登場により更に戦力が充実し、アトリエを残したままハイヴ全域を制圧することも可能になったので、G元素の供給は更に安定した。現在ではそのアトリエでG元素を生成する仕組みを解析中であり、この仕組みの再現が成功すればより一層生産量の増加が可能だ。何よりも素晴らしいのは、もはやハイヴを残す必要が無くなるということだ。地球からBETAが姿を消す日は近い。
実は第4世代の黒潮からそうだが、ある程度生産体制が整ってからはほぼ最新の戦術機が日本以外の各国にも輸出されるようになっている。各国の対BETA戦線と養蜂サイクルを安定させる必要があるためだ。無論万が一戦争になっても押し切られない程度の戦力を日本国内に確保してはいる。各国は実物を研究して現地改修したりもしているが、まだ夕呼達の技術水準には届いていない。
そういう事情で地球上の全てのハイヴを攻略する計画が進んでいるが、バビロン災害で海中に没したユーラシアのハイヴを攻略する必要があるので、新たな水中用戦術機の開発も進められている。
第5世代戦術機である親潮は高性能だが、水中環境では荷電粒子砲を運用出来ないという難点がある。米国海兵隊に配備されたA-6イントルーダーやA-12アベンジャーは水中戦よりも水中を移動して上陸作戦を実施するのが主な用途になっているし、そもそも世代的に既に旧型だ。どれもこれも水中ハイヴの攻略に最適化出来ているとは言いがたい。
水中では
そして数々の実験を繰り返し、水中ハイヴの攻略が現実的になってきた所で、予想外の問題が起きた。突如水中に最適化したBETAが生まれ始めたのだ。それだけならばまだ良かったが、同時に空を飛ぶBETAまで出現した。しかも既存種を含めBETA全体の性能が格段に上がっていた。
特にローターで空を飛ぶ全長200mの空中戦艦のようなBETAは、絶大な火力と充実した迎撃性能と強固なラザフォード
この状況変化により、水中ハイヴの攻略が遠のいたのは勿論、撃墜する以外に居住地への進行を阻止する方法が無いので一気に防衛まで怪しくなった。
しかし言い換えれば熟練のクローン衛士ならば時間をかけて何とか倒すことが出来た。地球各国は幾つもの有人機と無数の無人機を犠牲にして、12体の化け物をどうにかこうにか討伐した。
それで一息ついていたら更におかわりが海の底から登場した。出現位置は
迎撃戦力が世界各地に分散した所で近くのハイヴから出てきたのもタチが悪かった。意図したかは知らないが、なかなか有効な戦術行動だ。
夕呼がΩ標的と命名したそれは、地球人類にとっての絶望だった。
夕呼はまず残った防衛戦力で迎撃を試みたのだが、Ω標的に接近した熟練衛士はそれだけで意識を喪失してあっさり撃墜された。これでは戦闘自体が成立しない。
これに対し夕呼達は無人機で時間を稼ぎつつ、戦闘ログから原因究明を試みた。そして結論としてはESPに近いものであることが判明した。つまりリーディングやプロジェクションの類いなので、それを阻害するバッフワイト素子が有効だ。夕呼達は即席でバンダナ型のESP阻害装備を用意し、衛士や00ユニット達に装備させた。
これでどうにか戦闘は成立するようになったが、スケールが10倍ということは迎撃銃座は100倍、機関出力は1,000倍になりうる。戦闘の様子を解析すれば、実際にそのくらいの性能がありそうだった。つまり迎撃能力が絶望的に高い上に、どれだけ避けて撃ち込んでもダメージが入る様子が無かった。衛士達は必死に食い下がったが、市街地への距離は刻一刻と0に近づいていた。
しかも目的地は今以て夕呼の拠点である香月研究所のようだった。BETAに知能が復活したのではという疑念はほぼ確定事項となった。
この頭上の悪魔にどう対抗するか、香月 夕呼は判断を迫られた。
現状の地球人類が有する戦術機の数では相手の迎撃能力を完全に飽和させることが出来ない。主砲の威力を受け止めることも出来ない。ラザフォード
そこで夕呼は、市民や職員を地下に退避させつつ、自らは親潮に乗って研究所から離れてみることにした。まずはBETAが何を狙っているのかを明らかにする必要があるということだ。もし研究所ではなく夕呼個人を狙っているのであれば、時間を稼ぐことは容易だ。この危険な試みを誰もがやめさせようとしたが、夕呼の決意は固かった。
勿論夕呼に戦術機の操縦技能は無い。複座後部座席に座った00ユニット臼杵 咲良が機関制御だけでなく操縦まで肩代わりしている形だ。第5世代戦術機は機関制御に要する00ユニットの負担が減ったので、ある程度はこのようなことが出来た。
00咲良「Ω標的、こちらを追ってきます」
夕呼「つまりBETAのターゲットはこのあたし、と。光栄なことじゃない?」
BETAにターゲットにされていると知った夕呼が余裕の笑みを浮かべた。
夕呼は戦術機の操縦席に座っているため、BETAに直接姿を見せているわけではない。段階的に色々試してみる予定だったが、最初から食いついたのならそれはそれで話が早い。
夕呼「じゃあ鬼ごっこと行きましょうか。予定通りのルートで反対側まで回り込むわよ」
Ω標的は空を飛んでいる為、地平線で遮蔽をとれないのが厄介な所だ。故に夕呼と00咲良は山岳地帯や廃墟などの遮蔽物が多い航行ルートを最初から選定してある。
00咲良「了解――緊急回避ッ!!」
夕呼「は?」
一旦建造物の裏に機体を退避させていた00咲良が未来予測からの緊急回避を実行すると、今し方機体が存在していた所の地面に光線が突き刺さっていた。全く以て非常識なことに、Ω標的は
今回は00咲良が機体を操作して回避したが、訓練した衛士が搭乗している場合はその脳内にリアルタイムで直接予測情報を送りつける形になる。
この未来予測というのはこのように見えてからでは回避が間に合わないレーザーを避けるための機能で、当初は分岐可能性を探ってより良い未来をたぐり寄せるものだった。しかしどうもうまく機能しないので、衛星や味方機を含む観測情報の集積からの予測というダウングレードした形にとどまっている。
なお分岐観測が上手くいっていないのは、この世界の分岐が抑制されているためだ。この世界特有の事情により並列演算も大きく制限されており、現在の00ユニット達は00純夏程の性能を発揮出来ていなかった。
夕呼「相っ変わらず常識というものが無いわね!」
00咲良「所長、舌を噛みます!」
夕呼がそれに驚いている暇も無く、次々に次弾が送り込まれる。それを00咲良がギリギリで避ける。どうやら対空迎撃レーザーを五月雨撃ちして回避を強いる方針のようだ。
迎撃レーザーなら数発当たった程度はラザフォード
00咲良の未来予測はなかなかの精度で機能しており、回避する限り機体にダメージは無いが、実際のところその攻撃の効果は覿面だった。夕呼は衛士強化装備こそ装着しているが、普段から鍛えていないので、このような緊急回避機動を続けるだけで加速Gでどんどん体力を削られていくのだ。
第5世代戦術機である親潮には加速Gを緩和する機構が一応存在している。むしろ何も無かったら夕呼は最初の緊急回避でレッドアウトして気絶しているところだ。しかしその加速G緩和機構は自動化が不十分であるため00ユニットの演算リソースをそれなりに食うもので、未来予測からの回避という特にリソースが重い演算に集中している00咲良は加速Gの相殺まで完璧にこなすことは出来ていなかった。
夕呼の額に脂汗が浮き、顔色がみるみる悪くなってくる。00咲良の方はまだ余力がありそうだが、夕呼の方はΩ標的が撃墜されるまで耐えることは出来そうにない。自慢の頭脳がそろそろ回らなくなってきているのが特に不味い。
だが夕呼はそれでも嗤った。こちらに食いついた時点で目的は半ば達成している。今出撃している夕呼は影武者でも何でもなく香月研究所の所長本人だが、たとえ夕呼がここで死んだとしても、
そう、次の夕呼だ。衛士のクローン運用を推し進めた夕呼が、
そもそもの話。この第3の世界よりも暫定第4の世界の方がバビロン災害が起きておらず残存人口が多いだけ有利な環境条件だったのに、何故第3の世界の方が文明を発展させることが出来て暫定第4の世界がBETAに追い詰められる一方だったのか、疑問に思わないだろうか?
その理由は――こちらの第3の世界では
三人集まれば文殊の知恵と言うが、一人でも人間離れした才覚を誇る天才の夕呼が多数いてそれぞれ研究を進めるのだから、あらゆる分野でブレイクスルーが起きまくるのは必然だった。
どうせ一つの命ではないのだ。人類を勝利させるためならばこのまま地獄の底まで引きずり回してやる、という夕呼の覚悟をあざ笑うように、しかし事態は急変した。
00咲良「Ω標的、ターゲットを変更します! 新たなターゲットは――香月研究所!」
夕呼「何ですって?」
そのやりとりの間に、香月研究所にΩ標的のレーザーが多数照射された。防衛のために設置されていたラザフォード
夕呼「ばッ……待ちなさいよ。あたしはここよ?」
夕呼の中で最悪の予感が膨らみ、それはすぐに確信に変わった。
夕呼「……よく見なさい! このあたしが、あんたがお望みの本物の香月 夕呼よッ!! こっち見なさいったら!!」
00咲良「所長!?」
もう碌に動かない体をよじってハッチを開け放ち、血を吐きながら夕呼が叫ぶ。それにより乗り込んだ戦術機の機動が鈍る。だがBETAのターゲットは変わらない。
確かにこの夕呼は間違いなく
夕呼が叫んでいる間にチャージが完了したΩ標的の主砲レーザーが香月研究所に向けて放たれ、香月研究所の防御用ラザフォード
夕呼「……は?」
香月研究所にそんな機能を付けた覚えの無い夕呼は、目の前の光景に唖然とした。
第5世代戦術機の名前は同じく陽炎型4番艦『親潮』から取りました。