香月 夕呼はダメージですっかり回らなくなった頭で考えを巡らせた。
香月研究所に万が一のためにラザフォード
まあ誰が機能を実装したにしろ、あって損はない機能ではあった。
香月研究所を潰されるとなれば、致命的なレベルの大ダメージだ。研究施設だけでなく貴重な兵器の生産・整備設備もあるし、記憶のバックアップや研究データなど、様々な重要情報もこの研究所に集中している。クローン夕呼や職員に被害が出るのも許容しがたいし、ただの住民ですら今や貴重な地球人類であり、遺伝子の多様性の観点からもこれ以上減らされるのは望ましくない。
それはそうとΩ標的は何故急にターゲットを変更したのか。情報が漏れていると仮定して、そのルートは普通に考えると、
しかしその所為でまた同じ過ちを繰り返してしまったというのか。
夕呼(――
ここで夕呼は、何かがおかしいと気付いた。元が天才だけあって、ダメージで朦朧とした頭でもまだ普通の人間よりは聡明なくらいなのだ。
香月 夕呼はこのように無防備を晒しておいて情報が流出しないと考えるだろうか?
00ユニットから情報が流出した一件から何も学んでいないということがあり得るだろうか?
そしてバックアップを分散していないなどという不用心があり得るだろうか?
夕呼(――
そして確信した。情報流出を避けるために
なるほど、全く覚えていないのならどれだけ思考を読まれてもバックアップ拠点が露見する心配は無いし、研究所のレーザー反射システムを事前に読まれることも無い。つまりこの世界でBETAにとって最大の障害である香月 夕呼を排除するというBETAの戦略目標は、地球人類を滅ぼすまでおよそ達成不可能ということになる。
我ながら上手いことを考えたものだと夕呼は自画自賛した。
ならば思い残すことは無い。たとえ研究所を潰されたとしても、あとはバックアップからクローンとして復活した自分が上手くやってくれるに違いない。これから何度死ぬことになろうが、地球人類を勝たせてみせよう。
夕呼は口の端から血を垂れ流しながらニタリとBETAを嘲笑してみせた。
夕呼「残念だった、わねえ……香月 夕呼死すとも、人類は死せず、よ」
00咲良「!? Ω標的のターゲット、再変更されました! 曲射主砲来ます!!」
嘲笑う夕呼を疎ましく感じたのか、情報を獲れないのなら用済みと判断したのか、それともレーザー反射システムで守られた研究所より簡単に始末出来ると判断したのか、Ω標的のターゲットがまた夕呼の方に戻った。
00咲良が咄嗟にコックピットハッチを閉じて回避運動に移るが、間に合わない。
Ω標的の先端部のレンズに光が収束し、隠そうともしない全力照射の予兆を見せる。高出力レーザーで広範囲を薙ぎ払って回避も防御も封じるつもりなのだろう。最初からこうしなかったのは、恐らくはギリギリ避けられる程度の連続攻撃で夕呼を追い詰めて色々と秘匿情報を思い出させるためだ。
次いで予備照射が始まり、夕呼達の機体をまばゆい光が包んだ。
夕呼「あら……フフッ、案外沸点が、低いの、ね?」
どうやら戦略目標を阻止したついでに口喧嘩でも勝ったらしい、と夕呼は満足して瞼を閉じた。
……しかし、夕呼が考えていたような終わりはなかなか訪れなかった。それに思った程眩しくない。
夕呼が訝しげに瞼を開けてみれば、眼前に巨大な人影、いや、戦術機の10倍程巨大な鎧武者が青く輝く球状フィールドを纏って仁王立ちしており、死をもたらす光を完全に遮っていた。
00咲良「未確認機体、突如出現しました! 総数3、IFF識別はMeisters!」
夕呼「マイ……スターズ?」
夕呼としては全く聞き覚えの無い組織名だ。イモータルズなら知っているのだが。
しかも息をするのも辛かった夕呼の体調がどんどん回復して正常な状態に戻っていく。何か夕呼の知らない異常事態が進展しつつあった。
アネット≪よしきたぁッ! BETAども、よくも夕呼先生をいたぶってくれたわね!≫
イングヒルト≪まずは私が! やあッ!≫
巨大な鎧武者の1機がその体格に似合わず素早くΩ標的の下に潜り込んで両手を突き上げると、ラザフォード
体勢としてはバレーボールのトスのように見えたが、200m級の巨大人型兵器といえど、全長2kmのΩ標的を簡単に突き飛ばすのは目を疑う光景だ。
その上空に待機していた最後の鎧武者が急加速し、Ω標的と十字に交差するようにすれ違いながら太刀を振るった。
アネット≪
そしてすれ違った後に空中で急停止しながら兵装担架に長刀を収めた。その瞬間にΩ標的は真っ二つになるばかりか、その全身をズタズタに切り刻まれてみじん切りになった。一体どのあたりが一文字斬りだったのかと思うような惨状だ。
アネット≪この世に斬れぬ物は無し、ってね≫
アネット&イングヒルト≪アイアイアマム!≫
夕呼達が何が起きたのかを理解する暇も無く、Ω標的をあっという間に片付けた2機は分離して通常の戦術機サイズになり、またとんでもない速度で近場のハイヴへと向かっていった。
夕呼「……救援は感謝するわ。でもそろそろ状況説明をしてもらってもいいかしら?」
先ほどから夕呼の護りについている黒髪の女衛士は、その容貌の若さに反して少将を名乗った。いや、夕呼も老化は克服しているので、実際の年齢はもっと上かもしれない。
対価に何を要求されるのかは怖いが、光菱ケミカルのイモータルズ関係者ならば理不尽な要求は無いものと思いたいところだ。まあ戦力の飛躍が激しすぎるので、間違いなくイモータルズの下部組織ではないだろうが。
頼もしい援軍の登場に関して、夕呼自身もまだ詳細が分かっていないため、友軍につき手出し禁止とだけ周囲に説明した。しかしその友軍がどこから来たかが全く分からないので、衛士達も民衆も夕呼がこんなこともあろうかと用意していた秘密兵器――開発中の試作第6世代戦術機か何かを持ち出して何とかしてくれたに違いないとすっかり思い込んでいた。
信頼が篤すぎて逆に話を信じてもらえないという奇妙な事態に陥っているが、これは夕呼が普段から本当に一つや二つ奥の手を隠し持っていたのが悪い。
確かに第6世代戦術機は試作が始まっていたが、まだ実戦運用が可能な水準に達していないし、完成してもここまで出鱈目な性能ではない。更に第5世代戦術機と同等の技術で設計した
一通りの作戦行動が終わったらしい
その三人の態度がやたら夕呼に対して親しげなのはともかく、問題はBETAの並行世界侵略が加速しているという話だった。
元々の助手であった霞が
しかも話を信じるならば戦況はむしろ人類側が優勢であるらしく、その
問題はそれを説明する前に既に実行中だということだ。
夕呼「つまり許可を得に来たのではなく文字通り
全ての並行世界の炭素生命体のために全ての並行世界のBETAを滅ぼすというお題目で遂行している作戦らしいので、本当であるならば邪魔をする必要は全く無いだろう。まあ技術レベルの差からして、どうせ邪魔も出来ないのでこのようにごり押しをしているのだろうが。何しろ夕呼も同じ立場なら恐らく同じように時短する。
夕呼「いいえ結構よ。助けてくれた相手にたかるほど
あたし達、というのは夕呼とクローン夕呼だけを指すものではない。バビロン災害から苦労してここまで立て直してきたみんなのことだ。人々を引っ張ってきたのは夕呼だが、他の人々も決して怠けていたわけではない。だから各々の地球人にもここまで復興させた誇りと自信というものがあるのだ。そのお陰で地球人としての連帯感が大いに高まっている。
その一方で、
そうした心情と背景を
アネット「でもあれよね、夕呼先生が天才なのは知ってるし、バビロン災害のあとからここまで復興したのは本当に吃驚するけど、色々背負い込みすぎよ?」
イングヒルト「あまり無茶をして夕呼先生が倒れるようなことがあっては皆さん心配します。ご自愛下さい」
この点に関しては夕呼の後ろに並ぶ美冴達も思う所があった。彼女達は夕呼に地獄まででもついて行く覚悟があったが、全ての判断を夕呼に委ねることで夕呼を孤独にしてしまい、責任も集中させてしまったことで、却って夕呼の負担を増してしまっていたのではないかと今回のことで実感した。クローン技術が導入されてからは物理的に夕呼が沢山存在するようになったので、そのような弊害が生じるとは考えていなかったのだ。
夕呼「……先生、先生ってねえ、あたしは教え子を取った覚えは無いわよ」
そうやって教師のように扱うのは