熱気 バサラ。マクロス7の主人公である彼はアニマスピリチアやスピリチア異常コード
そのような客観的数字はともかく、バサラは三角関係だのなんだのは知ったこっちゃねえとばかりに歌で相手を感動させることに人生を捧げている、アーティスト根性の権化のような存在だ。そのためにバルキリーで戦場に飛び出して相手に歌を聴かせるという奇行を繰り返してきたのだ。
熱気 バサラは軍人ではない。バンドマンだ。軍の命令や指示など完全に無視しており、原作初期では外敵との戦闘に乱入して引っかき回す邪魔者扱いされていた。だが別にバサラもマクロス7船団の市民を危険に晒すことを何とも思っていなかったわけではない。市民を守る防衛力が不足している場合は自分を囮にして襲撃者を市民から遠ざけるくらいのことはしていた。
戦闘への介入に関して、当初周囲の一部からはリン・ミンメイの真似事かなどと揶揄或いは失笑されていたが、バサラのそれはリン・ミンメイともまた異なる。
初代マクロスの最終決戦におけるリン・ミンメイの歌の扱いはあくまでカルチャーショックでゼントラーディを混乱させてその隙にゼントラーディ中枢を討ち取る軍事行動の一環だ。まあ当時は本当に人類存亡の危機だったので、これが歌の悪用だなどと責められる謂れは無い。
あとマクロスIIでも『ミンメイ・ディフェンス』として歌による攪乱がはぐれゼントラーディ相手の戦術に採用されているのだが、こちらは正史かどうか怪しい。
一方、熱気 バサラは本当に歌そのものによる和解、非暴力的戦争終結を目指していた。ごくシンプルに、歌で相手を感動させることが出来たのならそれで戦争そのものが終わると考えていた。だから事実はどうあれ市民を危険に晒しているつもりは全くなかった。彼は歌にはそれだけの力があると心の底から信じていた。
そもそもバサラは歌には山や銀河を動かす力があると思っていた。出来ないならば自分の力が足りないだけだと思っていた。およそ常識とはかけ離れたぶっとんだ発想だが、だからこそ常識的に考えて出来る筈のないことが出来てしまったのだ。マクロス7全49話をかけて、バサラは本当に歌でプロトデビルンとの和解を成立させた。
これはマクロス世界でも燦然と輝く随一の実績だ。歌はマクロス世界のテーマの根幹であるが、実際のところ、バサラのように歌そのもので和解に至った例は他に無いのだ。
歌にかける情熱が宇宙一の歌バカ一代、それが熱気 バサラだ。
そのバサラが、人類とマジンガーZEROとの対話の場に乱入した。例によって到着と同時にVF-19改ファイヤーバルキリーをバトロイド形態に変形させると、遅れて飛んできたサウンドブースターと合体させた。しかも彼は完成させたばかりの新曲をひっさげてきた。そのタイトルは――『
バサラは基本的に非暴力主義であるため、原作ではその歌も大体宇宙とラブアンドピースをテーマにしており、戦うことを肯定するような勇ましい歌は歌わなかった。しかしこの『
バサラに何故このような変化が生じたのか。これは決して突発的なものではない。
実のところ、バサラの目的は敵対者との和平ではなく、心を込めた歌で相手を感動させることだ。そのスタンスは特に敵対していなかった銀河クジラとのセッションにも現れている。
バサラ曰く、「歌はハート」。真心を伝える究極の手段が歌だ。だからシビルのために歌ったギギルのように歌自体が下手くそでもそこに心があれば貶したりはしない。むしろ遂に伝わったかと大喜びしていた。逆に最初から軍事目的でやっているジャミングバーズのような心のこもっていない歌には嫌悪感を示すし、スパロボZ世界でバジュラ誘引のためにランカが歌わされていた際には「お前らがこいつに無理やり歌わせてるのか!」と激怒した程だ。
ではその観点で見てαナンバーズの戦いはどうだろうか。その背に力なき人々を庇い、時には敵とさえ分かり合い、政府に汚名を着せられてでも戦い続ける彼らの姿は、本当に「下らない」ものだろうか?
答えは否だ。彼らに長く帯同することになったバサラは、彼らの覚悟に「ハート」を見出した。
そうして生み出された歌が、霊帝ケイサル・エフェスとの決戦を勝利に導いた『GONG』だ。これは人々のために戦い続けるαナンバーズの勇姿を歌にしたものだ。
そんな原作とは若干違う方向に成長したバサラは、マブラヴ世界に来たことで新たなインスピレーションを得て、『未来への咆哮』『暁を撃て』『Name〜君の名は〜』『Metamorphose』といったラインナップが増えていた。ご存じ『マブラヴ オルタネイティヴ』の主題歌だ。そしてここに更に『真マジンガー 衝撃! Z編』の主題歌である『
バサラが乱入したとき、既にZEROの覚醒は始まっており、ZEROも最初は何だこいつはと軽く羽虫でも追い払おうとする態度であった。
ZEROに内蔵された無数の武器がファイヤーバルキリーを襲う。バサラはそれをエース級の操縦技量で必死で避ける。歌いながら。
歌に一点特化している割に何でエース級の操縦スキルがあるんだというのは微妙に納得いかないが、バサラにとってはバルキリーも届けたい相手に歌を届けるための手段だった。
だがZEROは弾幕が足りないと思えば任意に増やせる。どれだけ操縦が上手くても飽和攻撃をされては回避の限界というものがあるし、回避を常に強いられているとサウンドブースターの運用にも問題がある。
しかしバサラは諦めなかった。彼は誰よりも本気で、誰よりも諦めが悪かった。バサラは被弾しながらも歌い続けた。
バサラの本気を感じ取った甲児達が咄嗟にカバーに入りZEROの攻撃を受け止め始めた。決裂した場合の戦力として参加していたガンバスターやステーク達の轟雷もそれに協力した。
現状として、ここは確率時空の並行世界の狭間にあつらえられた空間。対話のために兜 甲児が駆るマジンガーZとマジンガーZEROが別々に存在する状態で、vs 暗黒大将軍最終巻の状況に近い。ただしZEROには支援に入ったガンバスターなども含めた相手の姿がはっきり見えていた。
甲児達の支援で最大限の回避をする必要が無くなり、漸く姿勢を安定させたファイヤーバルキリーがサウンドブースターのチャージを完了させた。ファイヤーバルキリーの両肩の上の砲身状構造が輝くと、機体の真ん中から黄金色の光線を発射した。
何だ漸く攻撃する気になったか、とZEROは自らの鉄壁ぶりを誇示するために敢えてこれを堂々と受けた。
だがこの黄金色の光線は攻撃のためのものではない。Dr.千葉が言う所のサウンドエナジーだ。ファイヤーバルキリーと合体して肩の上に展開されたサウンドブースターは、砲身ではなく
黄金色の光線が着弾しても衝撃も熱もないことにZEROは困惑した。いや、それどころか何かが伝わってくる。これは攻撃ではない。全く攻撃がないと思えば、こいつらは本気で歌でわかり合えると信じている。そして元からバサラがこういうものだと知っている
それを不愉快に感じたZEROは鬱陶しいファイヤーバルキリーに一層攻撃を集中し、その破壊を試みた。それ自体は成功した。しかし機体を撃墜されて空中に投げ出されてもバサラはまだ歌っていた。それを甲児のマジンガーZが受け止めた。
しぶとい奴め、とZEROがとどめを刺そうとすると、呆れたことに甲児も歌い始めた。
甲児「
それにつられてパイロット達全員が歌い出した。しまいには
なお幼女はサイコハロというかなりのトンデモロボに乗っており、
ZERO≪何ダコレハ……一体、何ガ起キテイル……!?≫
益々困惑するマジンガーZEROの心の中にサウンドエナジーの津波が押し寄せ、そこに何かが生まれた。
そしてZEROは心で理解した。
ZERO≪イヤ、ソウイウ……コトダッタノカ……!!≫
ついにはZEROまで歌い始めた。
ZEROの心にマジンガーZの
つまりZEROに単純な強さの他に
この共感には、バサラがαナンバーズでの経験を通じて『守る戦い』というものに理解を示したことが大きく寄与していた。
この騒動に魔導衛士の一人としてしっかり参加していたトピアは、対話をやりきった面々を讃えながら、この機会を逃さず鉄也やノリコのサインをゲットしていた。
ところでマジンガーZEROとの対話に際して
バサラがしょっちゅう放浪していて所在を掴みにくいというのも問題だったが、そもそもバサラは頼まれて目的のために歌うのではあまり気が乗らず全力を出せないというのがネックであった。これはバサラが気分屋だからという話ではない。そもそもバサラ曰く「歌はハート」なので、やる気や気分というのが実際重要なのだ。結果として、バサラにはやりたいようにやってもらうしかない。
そこでトピアは、バサラの行動を束縛するのではなく逆に枷を外すことにした。20mサイズの機動兵器にも搭載出来るように作った試作型の
最終的に他者の意志と運に任せる一か八かのプランを