ターニャに嘲笑された存在Xは、意外にも激発しなかった。周囲の天使達がやかましく騒ぐので、却って怒るタイミングを失っている様にも見えるが、最大の理由は神と人、多数と少数という戦力的余裕だろう。
存在X「……汝らに言葉を重ねるだけ無駄だ。そこまで魂が汚れてしまえばどれだけ輪廻で磨いても解脱には至らぬだろう。救いようのない汝らはここで消してしまうのが慈悲というものだ」
存在Xは努めて厳かに振る舞っているが、その顔は怒りで赤くなっており、結論も激発した場合と何ら変わらなかった。
テクス「魂が汚れている? おやおや、都合の悪い相手を悪者扱いする罵倒の語彙が増えたでござるな?」
テクスはマブラヴ世界に来てからほぼ善行を働いた覚えしかないので、その魂が本当に汚れているかは甚だ怪しいものだ。なのでそれを苦し紛れの罵倒と断定した。
なおその前は探鉱者の間で先制攻撃の鬼、鬼畜召喚士として知られていたことを忘れてはいけない。まあ別に相手を殺してはいないが。
スコア「元々人間を救う気が欠片でもあった様には思えんが、何の冗談だろうな?」
まあそもそも救いの定義が全く食い違っている。頭古代の存在Xが主張する救いとは輪廻の繰り返しから解脱させて涅槃へ魂を陳列することであって、下界で人間を救うつもりははなから全く無いのだ。それどころか信仰と解脱の為ならば下界の人間はどれだけ苦しめても構わないとすら思っている。
サティ「というか、おかしいところを散々指摘されても何も反論出来ずに立場と暴力で封殺しようとするのね。がっかりだわ」
結局存在Xは話を切り上げてそれまでとは特に関係の無い罵倒をして始末しようとしているだけで、実は何ら反論が出来ていない。
座天使「何か勘違いしているようですが、我々は慈悲深くもあなたがたに教えの言葉を授けているだけであって、反論の必要など初めからありません」
ラリー「あー、これやっぱり気付いてねえな?」
ターニャ「恥ずかしくないのならやってみろ、と言った筈なのですがな」
一体何に気付いていないのか、と座天使が首を傾げた所で、1体の大天使が慌てて法廷に入ってきて存在Xの前に跪いた。
存在X「騒々しい、何事か」
大天使「ほ、報告します! 下界では嘆かわしくも創造主にまつろわぬ若輩者達の布教が行われておりますが――それに併せてこの神前法廷の模様が生放送されており、この神域への信仰力の流入が激減しておりますッ!!」
存在X「――何だと!?」
ファム「皆様、ご覧いただけましたでしょうか! これがかの邪神、存在X一派の実態です! 創造主を自称する邪神達は、この世界崩壊の危機に手を差し伸べるどころか、崩壊を防ごうとする我々匠衆のリーダー達を攫い、難癖を付けて処刑しようとしています! その理由は、我々が人々を救うと、飢餓と戦争を駆逐すると、彼らに絶望による祈りの力が集まらないからだというのです!! 何と身勝手な言い分でしょうかッ!!」
そこでは栗色のポニーテールの少女、ファム神事部長が神官の装束を纏い、身振り手振りを駆使して人々に懸命に訴えていた。更にその言葉を心の友達があらゆる言語に同時通訳して字幕化作業を行っていた。
ファム「そしてご覧の通り、邪神は古来の神仏に似た姿をしており、我々の絶望から生じた祈りの力をかすめ取ろうとしています! つまり古来の神仏に祈りを捧げると世界を滅ぼす邪神の力になってしまうのです! 皆様、どうか今だけでもこの世界を救おうと奮闘する我々の神を、我々の仲間を応援して下さい! 今こそ皆様の祈りが力になります!!」
その背景に流れている映像は2つ。
1つは世界を崩壊から救おうと祈りを捧げる純夏とそれを支える武、それに助力するべく周囲を囲んで力を注ぐ七圏守護神とその協力関係にある神々の模様だ。その中には別世界の並行世界の神となったマジンガーZEROの姿すらもあった。パイルダーに乗り込んで祈っている巫女の幼女の姿が見えるので、こちらはZEROさんの方だろう。味方になると頼もしい。
そしてもう1つの映像は、存在X一派が匠達を拉致して法廷に立たせ、一方的に処刑しようとしているものだ。
これらを見比べると、前者が何をしているかは少々分かりづらいが、後者の邪神が世界の敵であることは一目瞭然であった。そして邪神に拉致されて手枷を着けられた状態でも全く怯むこと無く、言うべきことを人々の代わりに言ってくれる匠達の姿には、自らを犠牲にすることも厭わない高潔な覚悟があるように見えた。
前者の神々の中でもZEROさんは大分禍々しいが、それは見た目だけだ。幼女で相殺してノーカンにしていただきたい。
この映像は、マブラヴ確率時空のみならず、届く限りの近隣の世界にまで届けられていた。
カテリーナ「まあ怖いわ。こっちに来てほしくないわね」
スティーヴ「全くですね、社長」
FICSIT本社のCEO執務室で放送を見ていたカテリーナ達が端的に感想を呟いた。とはいえ、実際には怖がっているというよりは嫌がっているといった表情だ。
カテリーナの容姿は、オーバーリザレクションをちょこちょこかけられたことで1年前より大分若々しくなっている。もはや現在の容姿からカテリーナが中年だと思うものはいないだろう。カテリーナは若返ったこと自体にも喜んだが、それ以上に自分が相手にとって長く付き合いたい取引相手と認められたことを正しく理解して、企業代表としての自信を増した。
FICSITとしても、折角匠衆を通じて世界をまたいだ大規模交易が始まったというのに、潰されてはたまったものではない。
同じ神でもフィステイン神や七圏守護神のように話が通じる相手なら有難く共存させてもらうが、あんな訳の分からない邪神など願い下げだ。そして祈るだけで自分の都合のいい方に肩入れ出来るというのならば、やっておいて損はないというものだ。
カテリーナ「全社に通達。七圏守護神側を応援するわよ」
スティーヴ「ええ、既に準備は滞りなく」
相変わらずスティーヴは手を回すのが早い。その両手は何故かいつも塞がっているのが不思議だが。
カテリーナ「宜しい。あなたもいいわね?」
タマゴロボ「ええ、ええ。ワタシは神を称するもの自体が嫌いですが――中でも自らの正しさを疑わず他人に押しつける連中が許せないタチでしてねェッ!!」
FICSITが辺境星域で最近拾った、橙色のタマゴに手足が生えたような商魂たくましいロボットは、緑色の表情ディスプレイにぷんすこと敵意を漲らせていた。
他の世界の反応もまあ似たようなものであり、当然の結果として存在X一派の信仰は急降下していた。
熾天使「いつの間に盗撮など……呆れたものだ」
存在X一派は信仰の低下を感じ取り、一様に渋い顔をしていた。
大天使「しかも偽者扱いですと? 何たる不敬か!」
ここで偽者であることを大天使が否定したことで一層信仰が低下した。何でってそりゃあ、神を真似た偽者が信仰をかすめ取っている場合よりも信じていた神が邪神だった場合の方がより一層信仰を続ける意味が無いからだ。もはや法王ですら信仰を捨てようか迷い始めるくらいだ。だからファムは偽者疑惑を否定させる為に敢えて偽者扱いしたのだ。
更に、これで連中が古典宗教の神そのものであると主張するのは匠衆ではなく存在X一派自身だということになるので、古典宗教信者から「あんな邪悪な存在を我らの神と同一視するのはやめろ」「我らの神を天使に格下げするとは何事か」という抗議を聞く必要も一切無くなった。まさに一石二鳥のファインプレーであった。
一方的な裁判の模様をそのまま放送されて渋い顔の存在X一派に対し、トピアが追い討ちを掛ける。
トピア「おや、あなた方が疑いなく正しいと主張なさっている教えの言葉を無編集で流して差し上げたのですが、何か不都合でも? それほど有難い教えの言葉であれば、誰もが泣いて有り難がる筈では? それとも本当は人に聞かれると不味い後ろ暗い話をなさっていたのですか?」
そう言って満面の笑顔で煽るトピアの傍らには、いつの間にやらカメラが浮遊していた。携帯通信機付属のフロートカメラだ。これは昨年はじまりの星でBETAとの決戦に及んでいた時に使用していたものと形は同じだが、中身は当然の如くアップデートされており、現在では世界をまたぐ通信が可能になっていた。それがトピアではなく存在X一派の方を撮影し続けていた。