幼女に敵視された上で泣かれるという気まずすぎる状況を何とかする為、トピアの轟雷が熾天使を見やって視線を交わした。その結果として熾天使が幼女を宥めることになった。
熾天使「おほん、やめるのだ、我が愛し子よ。……この者は我が無理に引き留めた為に少し揉めていただけである。神に挑む勇者ではあるが、侵略者ではない。そなたが戦う必要は無いぞ」
幼女「そ、そう、なの……?」
熾天使「うむ、だから寸止めしたであろう?」
トピア「ええ、驚かせてしまって申し訳ありません」
トピアは話の流れに乗ることにした。実際出られなくて困っていただけであって、ここを侵略する気など全く無いので、熾天使の言葉は間違っていない。更に無害アピールとして轟雷の顔の横で両手を開いてみせた。既に収納されたナックルガードにそのかみさまの血が付着しているのはご愛敬だ。とりあえず見えなけりゃいいのだ。
周囲を見回してみればまず大量の熱帯植物が生え揃っているのが目に入るが、頭頂高215mの轟雷視点で少し遠くに目を向ければ広大な田園や果樹園が広がっていた。虫や鳥の鳴き声までもが聞こえる実にのどかな風景だ。巨大な鎧武者と巨大な羽根つき蛇さえいなければ。
熾天使「しかしそなたの我を案ずる気持ちは嬉しく思うぞ。気をつけて帰るが良い」
幼女「マルカもいっしょにおはなしするー!」
マルカという名前らしい幼女は今から帰る所ではなかったらしく、むしろその場に座り込んだ。暗に退出するように言われていることには気付かなかったようだ。まだ幼女なので。
トピア「……私達は構いませんが?」
サティ「ええ。あと時間がもったいないから念話にしましょう?」
トピア達はそもそも時間が勿体ないので話を先に進めるように促した。念話でというのも音声発話に掛かる時間を省く為だ。
それに折角納得したマルカを無理に追い出すとまた疑念を抱かれかねないので、余計に時間が掛かるだろう。
また、幼女とはいえ、この世界に暮らす現地民の生の意見を聞けるというのも有難い。熾天使の言うことが全部本当とも限らないからだ。
熾天使≪――是非も無しか。我が愛し子マルルッカよ、これからする話は侵略者に聞かれると非常に不味い。誰にも話さないと約束出来るか?≫
幼女→マルカ≪うんっ!≫
熾天使≪よし、いい子だ≫
マルカ≪えへへー≫
尊敬するかみさまに繰り返し褒められて、さっきまで泣いていたマルカはすっかり笑顔になっていた。それを見る熾天使の目には明らかに慈愛が籠もっていた。やはり爬虫類なのに表情が分かりやすい。
マルカに念話能力は無いが、わざわざ熾天使がそれを肩代わりしていた。同席させるのに除け者にするのは良くないという配慮だ。マルカはかみさまは何でも出来ると思っているのでそれを全く不思議に思っていない。
なおマルカはニックネームで、本名はマルルッカのようだ。
トピア≪しかし思った以上に慕われてるじゃないですか、かみさま? それともククルカン様、或いはケツァルコアトル様ですか?≫
熾天使≪……どれも間違っておらぬ≫
トピア達は調査の結果、ここに人間が暮らしていることを知っていた。だから落着にブレーキを掛ける際にトピアとサティは周囲への影響がそよかぜ程度になるように重力制御を行っていたし、本気で熾天使を地面に叩き付けるつもりも無かった。また、熾天使も技を掛けられながら自分よりも周囲の影響を抑えるように制御を行っていた。そうでなかったらまずマルカが屍を晒していただろう。いや、エネルギー量的には屍が残るかも怪しい所だ。
そうした配慮から、熾天使もトピア達がここの住民に危害を加えるつもりが無いのをある程度は察していた。また、見たところこの世界に大規模な諍いや飢饉が発生していないことから、トピア達も熾天使がかなりまともにこの世界を統治していると推測していた。
サティ≪つまりここはあなたが保護した住民が暮らしている世界、ということでいいのかしら?≫
熾天使≪正確には我を祀っていたマヤ・アステカの子孫であるな≫
トピア≪ああ、我々が知ってる地球人の末裔なんですね。……それで益々分からなくなったんですけど、何であの邪神に手を貸してるんですか? あなた善神側に見えますけど≫
熾天使≪必要だったからだ≫
トピア≪いや、ちゃんと説明して下さいよ≫
熾天使≪全てを説明するといよいよ引き返せなくなるのだが……是非も無しか。まず我を祀る文明がどのようにして滅んだか知っておるか?≫
トピア≪ふむ、マヤとアステカですよね……確か征服者の侵略を受けたんでしたっけ?≫
熾天使がそのあたりの文明で祀られていた神であることは調べがついている。そしてそれらの文明は欧州スペインから来た征服者に滅ぼされた筈だ。
サティ≪ああ、つまり存在Xを祀るキリスト教圏に吸収されてしまったのね?≫
熾天使≪然り。……我は我が子達を守ってやれなかった。戦力で対抗してもいずれ軍門に降ったであろうが、我が半端に共存を望んだ所為で余計に滅亡が早まってしまったとも言える≫
北米南端にかつて存在したマヤ文明は、紀元前8千年頃から始まったとされ、長きにわたる繁栄を築いた。この文明では翼の生えた蛇『ククルカン』を至高神として崇めていた。
しかし西暦1517年のフランシスコ・エルナンデス・デ・コルドバの遠征を皮切りに征服者の侵略が進み、西暦1697年には最後のタヤサル王国が滅ぼされてしまった。これに伴い既存の文明が破壊されてキリスト教に準じたものに作り替えられてしまったのだ。
同じく北米南端に存在したアステカ帝国は、西暦1428年頃に興った国だ。こちらでは翼の生えた蛇『ケツァルコアトル』を5柱の創造神の1柱として崇めていた。名前の前半がケツァールという種類の鳥、後半のコアトルは蛇を意味する。
アステカ帝国は1519年頃まで隆盛を極め、首都テノチティトランは人口数十万人という当時の世界最大級の都市にまでなっていたのだが、そこからたったの2年で滅んだ。
原因は同じく征服者であるが、征服者がアステカ侵略を開始した1519年というのがケツァルコアトル神がアステカの支配権を取り戻しに戻ってくるという伝説の『一の葦』の年と偶然一致したために、征服者が侵略者なのか確信が持てず初動が遅れた事が原因の一つとされている。
トピア≪偶然……?≫
サティ≪にしても、ドラマティックすぎるわね?≫
熾天使≪理解したようだな。この『一の葦』の年と征服者到来年との一致は、実際には偶然ではない。彼奴……汝らが言う所の存在Xとの戦力差が決定的になった際に、どうにか共存出来ないものかと我が考えた融和策だったのだ。しかしそれが見事に裏目に出てしまい、アステカはあっさり滅んだ≫
熾天使もこうして裏では存在Xの事を彼奴などと呼んでいるわけだが、十戒に名をみだりに呼んではならぬと定められているので、これはその規則に則った呼び方である。妙な規則を作るからこうなる。
サティとトピアは熾天使と存在Xの関係性を概ね正しく理解した。こっちのかみさまと違ってあいつ全然部下に慕われてないな、ということだ。