[2025/11/29]加筆・修正しました。時間経過部分に仕切りを追加しました。
サティ、スコア、ラリーの三人はすぐにポータルでユグドラシルに移動した。そこは建屋の屋上の一角に設置されたガラス張りの小部屋であったが、一目で異常が分かった。頭上に赤い月が昇っているだけでなく、眼下の湖の水までが血のように赤くなっていたのだ。
サティ「これがブラッドムーン……」
スコア「湖が丸々赤くなるとはな」
サティ「普段利用している水源が色が変わるだけで全く違うものに見えるわね」
ラリー「実際普段とは違うから、何の用意も無く釣りはしない方がいいぜ。地元じゃゾンビマーマンが襲い掛かってきたからな。こっちでも何が出ることやら」
スコア「それは肝に銘じておこう」
スコアはいつも水路で釣りをしているのだが、地下深くにあるあの水路まで赤く染まっていたのだ。確実に影響はあるだろう。
何もしなければ湖の方から敵が来る可能性は低いらしいので、一行は屋上の陸地側に移動した。そちら側から何か狼の遠吠えのようなものが聞こえてきていた。そしてそちら側を見下ろして判明したことはと言えば。
サティ「これは……大丈夫そうね?」
ラリー「おう、派手に光ってんな?」
ユグドラシルの建屋に接近しているのは大量のウェアウルフとスケルトン。
スコア「説明をお願いできるかなサティ?」
サティ「ええ、あれは対BETA戦線に投入予定の、トリオ工場長謹製レーザータレットよ」
スコア「レーザー! やはりあれがそうなのか」
ラリー「無人迎撃であれはえげつねえ威力だな。ドワーフすげえ」
サティ「ただし」
レーザータレットに興奮するスコアとラリーだが、サティは更に補足する。
サティ「現状のレーザーは射程と燃費に問題があるから前線配備前に改良を進める予定なのよ。その研究は始めたばかりだから、あれは改良前のものね」
スコア「ふーむ、確かにあのくらいの射程では大物相手には厳しいか」
実用レベルの光学兵器という科学技術の結晶に心躍らせたスコアであったが、それでも対抗が難しいBETAという存在に思いを馳せて表情を曇らせた。
トリオ「おう、お前さんら来とったんか!」
サティ達が声に振り向くと、屋上から建屋の中へと続く階段室の出口に話題の人がいた。トリオ工場長だ。手には酒瓶を持っており、緊張感は全く無い。
サティ「あら工場長、タレットの設置お疲れ様。これから月見酒かしら?」
トリオ「おう、折角珍しい赤い月が出ておるんでな。お前さんらはどうしたんじゃ?」
サティ「そのブラッドムーンが昇るとモンスターが凶暴化して人家を襲うって聞いたから駆けつけた所よ。まあその心配は無かったようだけれど」
サティが肩をすくめて、取り越し苦労であったことを示す。
トリオ「そうじゃのう。強いて言えばレーザータレットで倒した敵のドロップが勿体ない言うて嬢ちゃんの勧めでベルトコンベアを設置したくらいじゃの」
見れば大量の敵が倒れ伏したあたりには大体コンベアが敷設されており、斃れた敵のドロップアイテムがコンテナに向けて流れ続けていた。
ラリー「おお、しっかり
スコア「無駄が無いな」
否、同類の二人にとっては普通に高評価のようであった。
サティ「トピアがどうしてるか分かる?」
トリオ「ん? コンベアとコンテナを設置したらすぐに自室に戻っとったから、今頃は風呂か或いはもう寝とるんじゃないかの?」
サティ「やっぱり心配なさそうね」
トリオに確認して安心したサティ達は軽くため息を吐いた。何だかんだで少しは心配していたのだ。
スコア「何事も無かったのなら何よりだ。私はそろそろコアベースに戻るぞ」
ラリー「そうだな、俺も……いや待てよスコア。お前の所の牧場って家畜が凶暴化しても大丈夫か?」
その言葉にスコアの歩みが止まった。振り返った顔には、その発想は無かったとありありと書いてあった。
スコア「すっかり失念していたな。そうか、うちの拠点の方が危ない可能性があるのか。確か門を破るんだったか?」
サティ「工場長、門4つ分を防衛出来るレーザータレットって在庫ある?」
トリオ「いや、あれは強化改修のテストベッド用に作っておいたのを転用しただけじゃけえ、他には無いぞい」
ラリー「するってえと、今すぐ戻って様子を見て状況次第で何とかするか、或いは
選択肢を提示されたスコアは数秒思案して結論を出した。
スコア「見るだけ見に行って危なければポータルで撤退する。戻ってからこちら側のポータルを一旦外せば追いかけても来ないだろう」
ラリー「よし、それで行くか」
トリオ「おう、気をつけてな」
何だかんだでラリーもスコアに同行して対処する様子であったが、見ればトリオは既に飲み始めていた。暢気なものだが、彼は直接戦闘要員ではないし、そもそも既に自分の仕事を終わらせた後なのだ。
トリオよりも更に戦闘能力が低いサティは、とりあえず風呂に入って寝ることにした。その風呂の湯まで赤くなっていて悲鳴を上げかけたのはまた別の話である。
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翌日、トピアがこの世界に来て3日目の朝。ユグドラシルの食堂に五人が集まったが、スコアの顔には明らかな疲労が見えていた。
それなりに大きな回復効果があるエンチャント料理を食べてもさして変わった様子が無いあたり、疲労は精神的なもののようだった。
定例会議の報告は明らかに何かあった様子のスコアから始まった。
スコア「昨日戻ってすぐのことだが、蠱毒型牧場のポップ溢れから同施設の回収設備を破壊され、住居区画の門を突破された」
サティ「住居区画は大丈夫だったの?」
スコア「門に関しては一旦壁で塞いでから内側の敵を殲滅することで何とかなった。だが牧場以外にもモンスターが徘徊している以上、毎回これをやる必要があるのは問題だな」
ラリー「ああ、扉に関しちゃ外開き専用にすればそれだけで破られないぜ? あいつら押し入ってくることしか考えてねえからな」
ラリーの爆弾発言に場が静まりかえった。そしてスコアは机に突っ伏していた。
スコア「お前……そんな簡単なことで? 何で言わなかった?」
ラリー「いや門を破られた後に言っても仕方ねえからな。あと壁をすり抜ける奴には意味が無い。昨日見た連中の中にはそんな奴はいなかったが」
スコア「くっ……そうか」
食い下がっても意味が無いと悟ったスコアは、不承不承ではあったが矛を収めた。そもそもからして、ラリーも
スコア「話を続けるが、門の対処をした後が問題だ。千本鳥居型からも家畜が溢れてきてな。何が起きたのかと思えば、ケイヴリングブルートが暴れ回って内部の設備を完全に破壊してしまっていた。ブラッドムーンのたびにこうなるのではあの施設はもう駄目だ。この際全面的に解体したよ」
サティ「それは……ご愁傷様ね」
ほんの一日前に建設の苦労話を聞かされたばかりの自慢の牧場施設の一つが全面解体処分になったのだ。その無念は察するに余りある。スコアとラリーは共にコアベースで
なお
スコア「千本鳥居型の石ゴケから発生するモンスターはポータルの材料になる『古代の宝石』と『機械の部品』のメイン供給源だったからな。これが潰れるのは痛い。まあ蠱毒型の拡張で補えないことも無いが、あっちもあっちでブラッドムーンでポップ頻度が上がって溢れることが分かったからな……」
トリオ「古代の宝石はともかく、その機械の部品っちゅうのは普通に作ったらあかんのか? 何なら作るが?」
スコアの言う機械の部品というのは、見た目上はシンプルな歯車のような部品である。同じ形の部品を完コピするくらいなら工場長の手に掛かれば軽いものだ。量産可も大した手間ではないだろう。
スコア「申し出はありがたいが、真似て作った鉄の機械部品で代わりになるか試した結果、精度問題以前に全く機能しなかった。恐らくあれも古代魔導文明の産物だと思う」
トリオ「ほうか……それで、対策はどうするんじゃ?」
結局の所問題は今後の対策である。だがトリオが見る限りスコアは無策ではなさそうであったし、実際にスコアは既にある程度の対策を用意していた。
スコア「そうだな、千本鳥居型は既に解体したが、蠱毒型も大幅に改造してガラクサイト製のトラップ設備を取り入れた牧場に改めるべきだと思う。それで次のブラッドムーンを乗り切ったら拡張だ」
トピア「或いはスコアさんのところの家畜にモンスタープリズムが有効ならうちの交配所を使った方式にする手もありますね。ブラッドムーンでもワニの養殖施設は無事でしたし、水路を踏み越えてこないMOBなら鍋よりプールの方が有効な可能性も高いです」
つまり鍋で煮るまでもなく溺死させる方式であり、この方が設備が単純になって増設しやすく、より大量生産に向いているのだ。
その施設を既に見学していたスコアは、構造を思い浮かべて問題点を検討した。
スコア「あの施設か。高さ的におさまるかどうかと水の引き込み施工が問題になりそうだが、検討しておこう」
トピア「モンスタープリズムに入るならこっちに施設を作る手もありますよ?」
広大な湖の上に建設したユグドラシルは、1階部分ならどこにでも水没型養殖施設を設置可能である。
スコア「それも……そうだな? いや、建物に入ってくる敵に家畜が攻撃されないか?」
トピア「その心配はありますね。ともあれ交配自体が可能かどうかは水と高さが確保出来る場所で試してみませんか?」
スコア「了解した」
結果によってはガラクサイトどころか自分の拠点の価値が何割か吹っ飛ぶ気もするが、牧場の改造と運営にいつまでも手間をかけるよりは遙かにましな話だとスコアは割り切った。それよりも対BETA戦争の勝敗の方が重要なのは当たり前だ。自分達全員の生死がかかっているのだから。そんなことも理解出来ないようでは、それこそマイスターとしての力量が疑われるというものだ。
サティ「そういえばトピア、結界の旗ってブラッドムーンには効かなかったの?」
ユグドラシルの周囲には結界の旗を一通り設置してあるが、それを無視して敵対生物が押し寄せてきたことにサティは疑問を呈した。結界の旗では
トピア「いえ、あれは範囲内から敵対MOBがポップしなくなるという効果で、接近を防ぐ効果は無いので、その外からはるばる進軍してくる対象については意味がありません」
サティ「……そういうことなのね」
結界の旗の効力が
これで
トピア「あ、そうだスコアさん、強化実験はどうなりました?」
スコア「うむ、トピアさんから提供された 漆黒に隠れた 盗賊頭の 危険な ワニの 鉄の片手剣はエンチャントを保ったまま強化出来た。耐久値は2倍、性能上昇幅は15%というところまで従来通りだったが、上がる性能は剣自体に付随するものだけで、エンチャントの効果は変わらないようだった。ラリーの方は単純に駄目だったな。やはり元々耐久限界値が存在するかどうかが問題なのだろう」
ラリーが作る武器はどれもこれも耐久限界値が存在しないという吃驚仕様であった。スコアはファントムスパークやルーンソングのような耐久限界値が存在しない一部の例外には元々強化を施せなかったため、ラリー製の武器にもこの法則が適用されてしまったようだ。
ラリー「まあ俺としちゃ耐久限界なんて無い方が便利だから別にいいぜ」
スコア「実際私もファントムスパークを使っているしな」
トピア「耐久限界問題は厄介ですよねえ。でもジークフリートやヒルデブラントの耐久値が2倍になるのは普通に助かりますね」
スコア「まあ耐久値が減るたびに毎回補修しなくてはならないがな」
トピア「お世話になります」
スコア「何、問題ない」
スコアがすまし顔で応じる。
何しろ耐久値強化の用事でトピアが毎回自分を頼ってくるのなら、スコアにとってはむしろありがたいくらいなのだから。スコアの脳内は今日も煩悩にまみれていた。
スコア「ただ、強化のたびに元の主材の1/3ほどの補強部材が必要になることを念頭に置いてほしい。つまり鉄の片手剣の場合は鉄のインゴットだな。ヒルデブラントやジークフリートの場合はもっと高級な部材が必要なのではないか?」
トピア「あー……その2つは材料が同じなんですが、ファーヴニルの逆鱗を要求されるのか黒曜石のインゴットを要求されるのかで大分運用の平易さが違いますね。黒曜石なら既に幾らかあります」
スコア「ならば実物を見せてもらえるか? 修理台で強化を実行する前でも必要な素材までは分かるんだ」
トピア「はい、どうぞ」
トピアはインベントリから出した片手剣、ジークフリートをスコアに手渡した。槍のヒルデブラントはここで出すにはかさばるので。
それをスコアが修理台に乗せて修理に必要な工程を思い浮かべる。
スコア「……ふむ、この武器の強化に必要なのは黒曜石だな。お返ししよう」
トピア「ありがとうございます。だったらすぐにでも何とかなりそうですね」
ラリー「ファーヴニルは知らんが、
トピア「助かります!」
これに関しては、黒曜石を含む岩石程度ならともかく、継続採掘可能な鉱脈は元のクラフトピア世界からして存在せず、従ってFICSITの採鉱機での半永久採掘も恐らく不可能という点が肝である。
サティ「じゃあスコアの今日の予定は?」
スコア「まず採鉱機の設置に同行する。それが終わったらモンスタープリズムの実験をして、それから門の改修だな」
サティ「分かったわ。次にラリーの進捗は?」
朝の会議はまだ続く。面倒なようだが、ここで情報をすりあわせることで何か発見があることはジッサイ少なくない。トピアの武器強化からも分かる通り、