トピアはまず商人スミスに聞き込みを行うことにした。ここの買い物に必要なのはラッシュ銀貨のようだが、そんなものは持っていないのでまずは適当に1万ゴールドほど握らせた。スミスの頬がだらしなく緩んだので情報料としては有効だろう。何しろスミスは捕獲時の説明文に書かれる程度には金の亡者なのだ。
トピア「ラッシュ銀貨というのはそこのダンジョンで入手出来るものなんですか?」
商人スミス「らしいぞ。まあ最初の敵にも勝ったのも見たことないんだがな。幸い負けてもペナルティは無いらしいから、張り切って挑戦してみてくれ」
のっけから有益な情報が手に入った。とはいえトピアも無駄に負けるつもりは無い。
トピア「ラッシュ金貨というのが何なのか知りませんか?」
商人スミス「伝説に聞くラッシュ銀貨の上位アイテムだな。もし持ってきたらラッシュ銀貨10枚分として取り扱ってやるぞ」
トピア「それもそこのダンジョンで?」
商人スミス「下一桁が0の階層で手に入るらしいぞ。まあ1階すら突破出来ないのにどこの誰が言ったんだか知らないがな」
スミスは肩をすくめて笑い飛ばした。定番ジョークらしい。
トピア「なるほどありがとうございます。すぐに稼いでくるのでご期待下さい」
商人スミス「ハハッ、期待せずに待ってるぜ」
トピアが話を終えてダンジョン入口に向かうと、そこではカミールが既に調査を始めていた。
ゲートの左右には巨大な悪魔だかミイラだかの彫像がある。……前のボスラッシュダンジョンもこんな感じだった気がする。
トピア「何か分かりましたか?」
カミール「ああ、ここのコンソールは周回難易度設定用ではないようだね。選択肢が一つしかない」
トピアが覗き込んでみると、そこには「BossRush 推奨Lv.0」の選択肢一つだけが表示されていた。
しかし生半可な腕では第1層すら突破できないというのだから、このLv.0は仮置きか或いはオーバーフローではなかろうかとトピアは推察した。
カミール「実際中にも入ってみたんだけど、すぐに敵が出てくる様子はなかったよ」
トピア「そうなんですか」
カミールが平然とダンジョンの入口を潜るので、トピアも何か違和感を感じつつもその後を追ってダンジョンに入った。
中に入ってみると、頂点が上下左右を向いたダイヤ型正方形のパネルが正面にあり、「1」と大きく表示されていた。このパネルは円形の石の足場の上に立っており、石の足場の周りは円環状の池になっている。その周りは更に大きな円形の石の足場になっている。古庭系ダンジョンによく似たデザインだが、奥や左右に道や次の足場は無い。
空は暗く、星が幾つか見えるが、足場が光っているのか視界は良好だ。よく見れば中央の番号パネルの上に楔の塔の頂上と同じ光球とその保持機構が浮いている。
後ろを振り返ってみれば、大きな閉じたゲートと、その前にある紫色の空間の歪み。空間の歪みは僅かな高さの円形の台座の上に乗っている。
ここでトピアは違和感の理由に気付いた。慣れ親しみすぎていてすぐに気付かなかったが、出入口の形状がレガシー仕様だ。何か意味があるのだろうか?
見た限りでも他のダンジョンとは全く趣が異なるこの場で、カミールは好奇心にとりつかれて中央のダイヤ型正方形パネルを調べていた。近寄ると「ボスラッシュの祭壇」という名前が表示されている。
その祭壇のコンソール表示内容を横あいから見ると、上から順にまず「ボスラッシュダンジョン」「始まりの階層」「最高記録0階」と書かれていた。
ここはボスラッシュダンジョンで間違いなく、ここの階層は始まりの階層という名前で、一度も挑戦してないので最高記録が0階になっているということだろう。
その下には「初めから挑戦 1階から挑戦を開始」と「再開 『ダンジョン中断ディスク』を消費し中断した階層から再開します」の2つの選択肢があった。まず調べてみるべきは再開の方だろう。
トピア「再開の方を選んでもらっていいですか?」
カミール「分かったよ」
カミールが再開を選択すると、「ダンジョン中断ディスク」「使用する『ダンジョン中断ディスク』を選んでください」というモーダルダイアログが出た。問題はその下だ。
カミール「『まだキャラクターがいません。キャラクターを作成しましょう!』……何のことだい?」
カミールは首を傾げていたが、その隣でトピアは瞠目し、沸騰しそうな感情を抑え込んでいた。
これは一体どういうことなのか。
まずこれはどう見ても本来「ダンジョン中断ディスクがありません」と表示されるべきところだ。そこに全く別の不足を現す文面が表示されているのだ。いわゆる表示不具合である。
そして代わりに表示されているのは、恐らく
つまりあの女神的存在は自分たち
文明を滅ぼして最後の生き残りを攫ってきてゲームキャラとして使うとはあまりにも趣味が悪すぎる。そんな本音はせめて隠したままでいてほしかった。
……と考えたところで、トピアは隣のカミールを見てもう一つの可能性に思い至った。世界五分前仮説……いやシミュレーション仮説でもいい。相手は仕上がりが雑とはいえ世界を作ってしまうような存在なのだから、或いは
とはいえその可能性を考え始めると何一つ信じられる前提が無くなってしまうため、トピアはひとまずルネ・デカルトの「我思う、故に我あり」精神を見習うことにした。そして師匠の言葉がそこに上乗せされる。「人生を楽しんだ者こそが真の勝者だ。つまり
あの巫山戯た邪神を今後どうするかは置いておくとして、このダンジョンを攻略しなければならない。ひとまずモーダルダイアログを閉じるべくトピアが×ボタンに手を伸ばすと、運が悪いことにカミールの操作タイミングと重なった。やはり動揺から抜けきっていないのか、カミールに頼んで操作してもらっているところだというのがすっかり抜け落ちていたのだ。
そしてカミールの指の先には「初めから挑戦」の選択肢。
トピア「あ」
カミール「え」
バトルステージへの移動カウントダウンが始まった。あと5秒。
トピア「外へ!」
カミール「分かっ……駄目だ、体が動かない!」
トピア「は!?」
試してみればトピアも体が動かない。じゃあこの5秒のカウントダウンは一体何のためにあるのか。単なる演出なのか。要らんところにこだわりやがってあの邪神。
だが二人とも動けないということは、カミール一人だけ送り込まれるという最悪の事態は避けられるはずだ。
残り2秒。
トピア「自衛!」
カミール「りょ!」
0秒。目の前の景色が切り替わり、そこに現れたのは……
金天に舞うグリフォンLv.100。最初から金色ではないがダメージを与えると怒って金色になるという、グリフォンの上位種だ。ライフは何と通常グリフォンの3倍近い。
トピアは開始と同時にダッシュで間合いを詰め、開幕咆哮を前転で緊急回避。
バックステップで距離を取ろうとしていたカミールがその大音量に悲鳴を上げ、危うく転びかけた。
カミール「ひっ!?」
トピアは前転から起き上がると同時に『
トピア「アーリアリアリアリアリアリ!」
シャーマン漫画の必殺技と全く同じ名前かつ見た目も殆ど同じだが、槍で使える高威力技の一つである。つまり残像が見えるほどの無数の連続突きが金天に舞うグリフォンを貫いていく。
金天に舞うグリフォンが自身を中心とした魔法陣を浮かべ大竜巻を起こそうとするが、それが発動する前に連撃で削られたシールドゲージが0になって行動を停止。その隙にトピアがとどめの一撃を繰り出す。
トピア「
『
だがレベルが60を超えて上がるようになったトピアはスキルポイントが余っていたのでこれを習得しており、着替える時間もバフをかける時間も勿体ないという状況で目の前の金天に舞うグリフォンLv.100を瞬時に仕留めるために使用を決断したのだ。
そしてまた開始前同様の終了アナウンスとともにカウントダウンが始まった。
カウントダウンの間また動けなくなってしまい、この拘束には一体何の意味があるのだろうかとトピアは訝しんだ。
ボスラッシュダンジョンでダンジョン中断ディスクを所持していない時に「まだキャラクターがいません。キャラクターを作成しましょう!」と表示されるのは困ったことに本当にあるバグなんですが、ゲーム内の当事者から見るとこの文面って意味が全く変わってきますよねっていう。