シンボリ家
改めて考えると多分、あの頃が一番普通だったんだと思う。
名門の中の名門。シンボリ家。
その本家に生まれ落ちながら、走る事は疎か生きていくのすら難儀するだろうと、落伍者の烙印を押されていたあの日々が。
生まれた頃から、運がなかったらしい。
難産。低出生体重児。何なら生まれたその時、呼吸も止まっていた。
……らしい。そこのところは詳しく知らない。いつ死んでもおかしくない状況だった事だけ覚えているなら、別にそれでという認識が私にはある。
何故なら、私は今、生を実感出来ているから。
所詮過ぎ去った過去。運が悪い訳ではないと誰かに言われたら、まぁそう。
むしろ、自分自身は運が良い方だと思っているから、よりそう。
だって私は、シンボリ家に生を受けたから。
幼い頃の私はそこの所を良く理解していなかったが、ただ取り敢えず、凄まじいほど裕福な家庭に産まれた事は理解していた。
シンボリ家。名門の中の名門。
この家に並ぶ名門はメジロ家くらいしかない。
そして逆に、メジロ家に並ぶのもシンボリ家くらいしかない。
そういうレベルの名門。
この国で最も力のある家門と言っても別に過言にならないほどの一族。
トゥインクル・シリーズ最大級。メジロ家と対を成す東の名家。
それも、ただシンボリの冠名を持っているだけではない。
連枝ではなく幹、その本体。
つまり私は、分家ではなく本家直系筋の生まれ。
だから不自由などなかった。
お金がないから何かを我慢するという経験なんて無縁だった。
自分のどうしようもない生まれの差で苦労する事もなかった。
ただそれでも、私は一般的に見て、生まれた時から背負う必要のない苦行を背負った、いわゆる可哀想な子だったらしい。
生まれた時に何度か呼吸が止まっていたのが原因だったか。
或いは、最初からそういう運命だったのか。
名も地位も実力もある医者が、明確な理由が分からないと深刻な顔で言うくらいには、私はとある病と共に生きながらえた。
後になって、あの頃はウマソウルが上手く馴染んでなかったのかもしれないと自分で思う程度には、ウマ娘にはまだ分かっていない事が多い。
喘鳴症。
簡単に言えば、脳神経の伝達が上手く行かず、気道の筋肉が塞がり易くなり、最悪の場合は呼吸困難となって死んでしまう病。
死に至るほど重篤な状態にならずとも、時に正常時の70%程度しか空気を吸えなくなるほどの病気。
これは競走"馬"にとって、一度その病を発症すれば引退は免れないと言われるほどに深刻な病だった。屈腱炎に並ぶ難病。喉頭片麻痺。或いはノド鳴りとも俗称される死の病。
治療手術は命の危険があるほどで、しかもその手術を受けた上で治癒に向かった者は、僅か10%に満たない。
治っても再発の危険性は消せず、合併症の危険性があるまま。
基本、この病を抱えながら生きていくしかないという。
しかもこの病、まだ分かっていない事が多い。
つまり難病。タチの悪いガンが喉にあるようなもの。
後、数十年経てば……医療技術の発達によって、これは少し変わるかもしれない。
未来ではきっと、競走能力への影響は薄まるだろう。
だが少なくとも今、この時代では間違いなく死の病だった。
生まれた瞬間からそれを持っていた。
原因不明。治せない。そういう申告付きで。
つまり私は、走る事は出来ない。
そう言われた。断言された。
ウマ娘なのに走れない。
普通に生きていくのも難儀するだろう。なんてオマケ付きで。
それは、私がまだ本当に小さい頃。
具体的に言うと自分の状況とか病とかを良く分かっておらず、何かこの世界とかシンボリ家なんて名前とか、不気味な既視感と違和感に対して、なんか変だなぁと呑気に考えていた頃。
シンボリ家お抱えの医者から、年相応の私に分かり易く、しかし残酷に事実は変わらぬまま言われた。
その時、自分が抱いた悲しみはもう良く覚えてない。
ただ医者の深刻そうな顔と、両親の哀しげな顔は良く覚えている。
後それ以上に、自分より悲しんでいるヒトを見ると逆に冷静になるんだなと理解を覚えるくらいに泣いていた姉上、当時は可愛い方の幼名でお姉ちゃんと呼んでいた、一人のウマ娘が印象深かった。
私はシンボリ家の、更に本家の生まれだ。
そして私には家族がいる。姉がいる。
これが何を意味するか。
私の姉は『シンボリルドルフ』だった。
その、シンボリルドルフが泣いていた。
凄い泣いてる。大声でワンワン泣くという訳ではなく、受け入れられなくて、長い時間ぐずり続けるような、そんな感じで瞳を赤くしていた。
ただ、当時ほとんどの時間を私はベッドの上で過ごしていた訳で、更には呼吸器が友達と言えるくらいには重篤な状態だった。
常日頃から私に「いつか絶対に走れるようになる」「病気が治ったら一緒に走ろう」「病気が治るまでの辛抱だから」と
絶対に走れないと。
だから、
私よりも年上である分、それが何を意味しているのかを良く理解していたのだろう。
恐らく私が初めて、あのシンボリルドルフを泣かした。
つまり武勇伝。誰にも誇らないけど。でも泣かしたのだ。
超ボス気質。ライオンと呼ばれるほどの、誇り高さの裏側にある気性難。
ただ、これは私の色眼鏡でもあるのだと思う。
ウマ娘。
異世界から、名前と魂を受け継いで生まれるとされる存在。
では異世界とは何か。異世界から来た名前と魂とは、何か。
それを、私は知っている。
何故か、私だけは知っている。
私は"馬"という存在を知っている。
理由は分からない。
ただ、私は最初からそれを知っていた。
ウマ娘というのは、異世界から名前と魂を受け継いだ存在を指す………なんてオカルト研究者の言葉を、私だけは絶対にバカにはしないし、出来ない。
実際に私は、ウマ娘ではなく"馬"という存在を知ってるから。
それが、私は変なウマソウルを持って生まれたと自覚している理由。
未だ謎多きウマ娘の起源を、多分恐らく知っている者。
そしてその理由を深く考えるのもやめた。
異世界から名前と魂を受け継いだついでに、何かしらの記憶も受け継いでしまったんだろうな、と。
じゃあ私は、何の"馬"の魂を引き継いだのか。
そう考えていた日々も、今は昔の話。
答えが出ない問答は、時間と共にいつしか考えるのも止める。
故にそこはどうでも良い。
私にとって重要なのは、自分のせいでシンボリ家に要らぬ迷惑を掛けてしまうという罪悪感。
そして何より、『シンボリルドルフ』号の名前と魂を受け継いだであろう、私の
私が走れないと断言されてからの詳しい日々は………割愛しよう。
そこまで大事ではない。面白い話でもない。
ただ決して、両親から虐待されたり見放された訳でもなく、
私は愛情を持って育てられた。不自由もしなかった。
大半はベッドの上で過ごしてばかりだったが、名門として数々の教え、歴史を教わった。
ただ、
その事に不満はない。
ウマ娘なのに最初からトレーナーとなるように育てられたとか、最初から私は走る可能性というものを期待されていなかったとか、そういう失望をした事もなかった。
むしろそれを選択した両親に、相応しい判断をしたと喜ぶくらいには、私に不満はない。
もう一度言うが、私は愛情を持って育てられたと胸を張って言える。
両親は決して口には出さなかったが、名門としての責務と親としての愛情で板挟みになり、日々苦悩していたであろう両親に申し訳なさを感じるくらいには、私は確かに愛されていた。
だが、それ以外は別に面白い話ではない。
シンボリ家も大きい。故に一枚岩ではない。
ウマ娘として走る事は疎か、生きるのにすら難儀する体だったのだ。
評判は良くなかった。色々と騒動はあった。名門という、競走"馬"ではなくウマ娘の世界だからこそ起こる、お家騒動。
こういう部分は中世の貴族的とも言えるだろうが、実質貴族としての責務を果たせないだろう奴が、メジロ家と対を成すトゥインクル・シリーズ最大の名家で、しかも本家に産まれたのだから、非難が来るのは当然といえば当然。
何故こんな子がシンボリ家に……という言葉は、まぁそう。
私の存在が
それだけは本当に、その通りでしかなかった。
自分に対する評価が理不尽かどうかとか、大の大人が子供に何言ってるんだとか、そういう良心とかを抜きにしても、私が姉の枷になっているという事だけは、絶対に変わらぬ事実であった。
私とは、もう顔を合わせない方が良いかもしれない。
そんな日々が続いて、私は本当にシンボリ家の落伍者だなと、名門の恥だなと考えるくらいには………ちょっと追い詰められてはいたのだろう。
今になって思えば短慮が過ぎると過去の自分に言いたくなるが、私は早めにシンボリ家から、特に
何故なら私は、本来ならシンボリ家にいる存在ではないから。
シンボリルドルフ。
長い歴史の中で、数える程度しかいないクラシック三冠を制覇した存在。
しかもそれを無敗で成し遂げた、史上初の優駿。そして史上初の七冠馬。
長らく五冠馬のシンザンが最強と呼ばれ、あらゆる全ての目標だった時代を終わらせた怪物。
数十年経った後でも尚、最も強い競走"馬"とは誰かと言われた時、すぐ名前が上がるような、そんな存在。
それがシンボリルドルフ。『皇帝』シンボリルドルフ。
その『シンボリルドルフ』号という名前と魂を受け継いだであろう姉の枷になりたいなど、誰が思うのだろう。
少なくとも私は思わなかった。
実在した記録のない私は、生まれてなければ良かったなとも普通に考えていた。
そこで私が抱いた願望は、ただ、走りたいだった。
どうせこのまま生きていたところで生き恥を晒すだけなのなら。
私が
ウマ娘として輝かしい蹄跡を残せないのなら。
私は走って、死にたい。
何か変な記憶を持っているが、ウマ娘として誕生したからだろう。
或いは喘鳴症という病の影響で、一度も走った事がないからか。
日に日に私は、自らの足で大地を走りたいという衝動を抑えられなくなった。
自らの足で、時速60kmを超える感覚を味わってみたかった。
自らの足で大地を踏み締め、蹴り抜く感覚。
視界に映るモノを全て置き去りにする速度。
静寂の中では味わえぬ風を切る音が、更に一周回って静寂に包まれる、速度の向こう側。
先の景色。可能性の果て。頂点は自分だという感覚。
限界の先の先……。
言葉で表すだけでも数多にあるその先を私は、見たかった。
見たい。感じたい。理解したい。味わいたい。
一度で良い。ほんの刹那でも良い。
だって、まともに呼吸すら出来ない体だから。
あの時の私は本気だった。
もう一度言うが、後になって何してんだお前と言いたくなる事を私はやった。
自らの欲求を持て余し、自分の存在意義を実感出来ずにいた時代。
走りたい。刹那でも良いから私はウマ娘になりたい。
だからそれで死んでも構わない。
このまま生きていても、シンボリ家に傷を残すだけ。
故にそれで死んでも構わない。
子供じみた思考。短絡的な発想。
穴だらけな考えを実利で蓋をして、私は短慮な行動を開始した。
冬が終わり、早春となった季節頃。
窓の外では雨が降り、次の瞬間には牙を剥くかもしれない、東風が吹く。
ウマ娘は耳が良い。
だから風と雨に音が紛れる日に、誰もが静まり返る夜に、私は頼んだ。
自分を外に連れ去ってくれると期待した、血が繋がってないだけの、もう一人の姉に。
「………いいだろう。分かった。これが最初で最後のお前のワガママなら、それに付き合うのが"姉"の役割に決まってるからな」
シリウスシンボリ。
——『シリウスシンボリ』号。
私がこのシンボリ家には生まれてはならなかったと心の底から思っている、もう二人目の理由。
この三人で日々を過ごしている日が、私としては一番楽しく、シンボリの冠を持つ者としては一番辛かった。
スタンスの違いがあったが、二人とも私に対してはとても真摯だったから。
喘鳴症の発作を抑える薬を吸い、緊急時の応急薬をポケットに仕舞い、
それは連れ去られているに近かったかもしれない。
最後には破滅が待っている事を理解しながら、夢に向かう逃避行だった。
何年も久しぶりに出た外は、檻の中から飛び出したように広かった。
肌に突き刺さる冷たい風。雨で湿る大地の匂い。
家から出た事すらない私の意識を瞬時に覚醒させていく。
走りたい。何よりも速く。風すら置き去りにするほど速く。
この日だけは、シンボリ家に誕生した事を女神に感謝した。
デビュー前ウマ娘の為の調整用ダートコースと、常に整備された芝のコースを当然のように持っている家など、名門中の名門にしか許されない。
本来なら、本格化も来てない私は負担の激しい芝ではなくダートを走るべきだったのだが、
「見ていてやるから好きに走りな。誰も邪魔する者なんていねぇよ」
言葉を受けて、初めて芝の上に足を下ろした。
足裏から感じられるターフの感触。音。匂い。風。景色。
全てが、私の内の何かを刺激していた。
早く走れ。速く駆けろ。
内側のナニかが私へと命令する。
いつの間にか、私はターフを蹴り抜き、走り出していた。
風を浴びる。風を切る。風をこの身一つで貫いていく。
額に、目に、体に、自分の全てに当たる空気の壁。
身体を叩く雨の感触すら心地よい。
すぐに息が上がった。
200メートルも走り切れぬまま体が不調を示した。
足りない。全然足りない。
もっと、もっと速く走りたい。
息を吸おうと口を開き、さっぱり酸素を吸えない事に気付く。
喘鳴症。気道が塞がり易いだけではなく、普通よりもか細い私には、本来なら走る事すら許されてない。
ターフに倒れた。肉体の限界が来た。溺れるように呼吸が崩れた。
この体で走るには、ゆっくりと確実に息を整えるしかない。
……スーッ、ハーッと息を整えて、立ち上がる。
時間は一瞬。
限界は刹那に訪れる。
ならば、その刹那で実行するしかない。
また、大地を蹴り抜く。
風を浴びる。風を切る。大地を駆ける事でしか知る事が出来ない風の音。
邪魔だった。空気の壁が邪魔だった。
額に、目に、体に。貫くように当たる雨の感触は。
邪魔だった。速く走るのに雨が邪魔だった。
邪魔、邪魔、邪魔。
心地良さが消える。
風の音。雨の音。大地を蹴る感触。この体の不調と弱さ。
全てが邪魔。煩わしくて仕方がない。
でもしょうがない。
それが私の限界だから。
喘鳴症を患った、私の。
違う。
私はもっと速く走れる。
誰をも置き去りにするほど、速く走れる。
何故なら私は……私は、脚が悪い訳じゃないから。
倒れそうになる。
それよりも速く、足を前に出した。
真っ直ぐ走れなくなる。
ならば速度を出して、無理矢理立て直した。
私に許されているのは刹那。
その刹那で、速さ以外は許されない。
風の抵抗が邪魔だった。
自然と、体が前傾姿勢になる。
額に当たる雨すら邪魔だった。
ならば、頭を下げる。
頭を下げれば景色が見えない。
だから何だ。
それが一体何になるのか。
瞬く間に切り替わる周囲の景色など知らない。
私が知りたいのは、ウマ娘という生命が感じられる速度だけ。
低く、低く、獣の様に地を駆ける。
無理な姿勢。無茶な体勢を維持する体幹、速度、柔軟性。
全てが大地を蹴り抜く脚のバネとなる。しなりへと変わる。前へと跳ぶ力となる。
体への負荷など知らない。
関節へのダメージなど知らない。
速く、速く前へ。
私は長く走れない。
だって喘鳴症だから。呼吸をするのが苦しいから。
故に、この瞬間に全てをかけるしかない。
そうやって駆け抜けて——目の前に闇が近付いて来た。
一寸先すらも見えないほどの暗闇だった。
星明かりすら侵食された世界に、いつの間にか私はいた。
それはもう、まともに息が出来ない事で私が意識が途切れそうになっている事の証明だったのか。
もしくはもう、とっくに私は死んでしまっていたのか。
いつの間にか、全ての感覚が消えている。
何も聞こえない。何も感じない。風も音も、匂いも雨も、自らの鼓動すらも。
自身の乱れた呼吸の音だって。大地を蹴り抜く自分の脚の音だってなかった。
辿り着いた先の景色はない。見るつもりもなかった。
速度の限界か。否、ここはきっと速度の向こう側ではない。
光はない。ただの暗闇。ただの闇。何かに覆われ、侵食された世界。
生命が本能的に恐れる、光の届かない原初の黒。
全てを遮断し切り分ける、寂しい領域。
——それが、何よりも私を震わせた。
だって走っている事だけは何よりも分かるのだから。
その世界には私しかいない。
それ以外が全て、無駄な情報として遮断される。
風も音も、光すらも。代わりにどう走れば良いのかは分かる。走る事にだけ集中出来る。
脚の角度、上げ方、切り替え、腕の振り方、走法、息を入れるタイミング。
それだけは明確に分かった。それ以外に分かるモノなど何もいらなかった。意識を割く必要性もなかった。
いらない。いらない——誰もいらない。
私だけで良い。
この世界に私は一人だけ。二人目なんていらない。
この世界を知っているのは私だけで良い。走っているのは私だけで良い。
生まれ変わったような気分だった。空を飛んでいるような心地良さだった。
体の芯から昇るあの躍動感を、全能感を、どうやっても表現出来ない。
ただ、ずっと味わっていたいと感じた。
この世界にずっといたいと思っていた。
何もかも、ここの全てを、ここにいる私すらも支配してやりたいと思っていた。
あの世界に居たのは……一体どれくらいの時間だったか。
極限まで加速された思考と集中力が見せた、ほんの刹那の幻影かもしれない。
数十秒、いや、何分もあの世界を支配していたのかもしれない。
分からない。ただいつか限界は訪れる。
どうしようもなく訪れる、終わりの瞬間。
いつの間にかあの世界にいたのと同じく、いつの間にか私はターフの上で倒れていた。
夢から覚めるように戻る。
少しずつ感覚が再起する。
風が、音が、匂いが、光が、私が死んでいなかった事を証明した。
あぁもっと走りたかった。
でもそれ以上に、走って良かった。
体を支配していた躍動感が段々と分解され、咀嚼され、感動と喜悦に染まっていく。
多分あの時、私は笑っていただろう。
声も出さず。恍惚した表情で。獰猛に。
身体が求める酸素を上手く取り込めず、死にそうな顔をしながらも、私はただ笑っていた。
「……悪いなルドルフ。アレは、私が一番最初に見させて貰った。お前がずっと閉じ込めてたのが悪いんだからな?」
「…………………」
どうやら私は、コースを一周して戻って来ていたらしい。
最初に走り出した場所で、私は倒れていた。
そしてまたいつの間にかだが、
何にも気付いていなかった。
それほどに私は集中していた。
体の芯にまだ残るあの躍動感の残滓が尾を引いて、私を見つめている
あの時、私にあったのは感動だけだった。
空に手を伸ばし、見えないナニかを掴む。
あの時、あの瞬間、私はナニかを理解した。
見て、知って、理解した。二度と手放さないように、掴んで見せた。
それが、堪らなく心地良い。
後になって、
「……帰ろう。これから沢山叱られるだろうが、いいな?」
あぁ、それはやだなぁと返事しようとして、まだ息が整っていない自分には何も口に出来ない。
ただ頷いて、
それから受けた説教は割愛する。
その後のシンボリ家の動向も割愛する。
ただ、極めて大きな変化があった。
——私が走れるようになった。
無論、喘鳴症が完治した訳ではない。
後に寛解となるくらいだが、快方に向かったのは確かだった。
これからも治療薬と共に生き、無理な負荷をかける事は悪化と重篤化に繋がるだろう。
だが走れるようにはなった。あの時、私のナニかが自分の肉体と繋がった。
ベッドの上で行っていた心拍数を落ち着かせる呼吸法が、レース中に息を入れるという行為と完全に繋がるようになるくらいに。
ただし、快方に向かった原因は不明。
医者が匙を投げるくらいには私は理解不能だったらしい。
ウマ娘の体には、未だ謎が多く神秘的だとすら言われているこの世界で無ければ、私の扱いは人体解剖とか研究所に送られているとかだったかもしれない。
この世界は、酷く優しかった。
ウマ娘達がいるこの世界は、遠慮を感じるほど私に優しかった。
取り敢えず私は走れるようになった。
最高だった。幸せだった。
快方に向かって私が走れるようになってからは、ずっと夢だった
本格化前故に、体に不調を残したり成長を阻害しかねない全力では出来ないが、本気は本気。
あの日から、明らかに私を見る目が変わった。
手を取り、弱者を助ける上位者から、挑戦者を迎え撃つ先輩の目へと。
二人から手加減などされた試しがない。
それが、うん、凄い良い。
私は一度も勝てていない。
多分、影すら踏めていない。
だがそれで腐る感情など私にはない。
だって、二人に追い付けるのが最高に心地良いから。
私は今、夢のレースを走っている。
こんなに幸せ過ぎて良いのだろうか。結局私は運良すぎなのではないだろうか。
幼い頃の苦労や苦痛が全て幸福に変換されるくらいには、本当に気分が良かった。
そう……あの日々は、まだ。
これならば、ただ単に感動的な話で終わっただろう。
いや、感動的ではある事に代わりはない。
ただ段々、後になってアレはおかしいと感じる日々が訪れ始めたのだ。
永遠に続く幸福はない。時間は止まる事なく流れる。
そして私は一人に……ならなかった。
「へぇー。この子がルドルフの言っていた子? アタシにはちょっと気弱に見えるかな」
「やーんかわゆーい! 雰囲気はルドルフとは全然似てないのね!」
ミスターシービーっていう先輩と、マルゼンスキーっていう先輩だった。
えっ……何、こわ………私はそんな大層な存在じゃないので許してくれませんかと、ライオンを前にした羊の如く恐怖してしまった私はきっと悪くない。
だってどう考えても、あのミスターシービー。あのマルゼンスキー。
あまり色眼鏡で見るのは良くないと分かってはいるが、競走"馬"のイメージが、私の最初の印象になる。
——『マルゼンスキー』号。
8戦8勝生涯無敗。合計着馬身61の怪物。
——『ミスターシービー』号。
ターフの偉大なる演出家。3頭目の三冠馬。
彼……いや彼女らの逸話を語るにはこれだけでは全く足りないが兎に角、二人とも偉大な駿馬で、それに相応しい偉大なウマ娘になるのは当然の存在。
要はつまり、凄い強い。はちゃめちゃに強い。
まだデビュー前とデビューしたてくらいらしいが、普通に選抜レースとか校内の模擬レースでぶっちぎってるらしい噂は知ってる。
そんな二人が私に何ですか。なんて考える間もなく、レースが始まった。
私が。
言ってしまえば、マルゼンスキーとミスターシービーの二人、そして私の三人でレースする事になった。
この二人が走るところが見たい。
ウマ娘としてなら、一緒に走りたいなんて者はきっと山程いるだろう。
このレース、何億円払ってでも見るヒトは絶対にいる……とやや現実逃避しながら、幼い私はターフの上に立った。
何でここに私いるの? と片隅で思いながら。
だが、それでも。
私はウマ娘だ。
芝の上に立てば意識が変わる。
ゲートの中に入れば周りの雑音が消える。
無駄な感情、つまり怯えや萎縮は即座に分解された。
勝つとか負けるとか、そう言うのは一旦置いておく。
関係ない。どうでも良い。煩わしい。
ただ私は私の走りをする事だけに集中する。
だって私は、ウマ娘だから。
ミスターシービーとマルゼンスキーの二人も、やはり偉大な優駿だった。
私の顔を見て、次の瞬間には二人の顔が変わる。ゲートに入れば表情が消える。
いわゆる集中状態。私のような明らかな格下が相手であっても手は抜かない。
時代を作る存在は、そういうところから意識が違う。
格の違いというものを改めて思い知りながら、レースは始まった。
当然、勝てない。勝てる訳もない。
最低でも10バ身以上の差。そこから先は分からない。
恐らく20バ身……いやもっとあったかもしれない。つまり大差負け。
レースだったら、一着から最下位までの距離以上の差。
あぁ当たり前だ。相手になる訳もない。
私を格下と判断し、油断していても尚絶対に勝てないくらいの力量差があった。
二人とも全盛期にすら至ってなくとも、本格化前と本格化が始まっているウマ娘の差があった。
それ以外にもあるが、私が勝てる可能性など一つもありはしない。
ただ、でも、楽しかった。
断絶した差だった。
勝てない。何をやっても勝てない。
自分の全力が、何の脅威にもなってない。
今は、まだ。
未来、私が勝てない理由にはならない。
いつか追い付く。
絶対に追い抜く。
相手はミスターシービーとマルゼンスキーの二人だって事は分かってる。
だが私の目標は二人の姉、二人のシンボリだったのだ。
そこにまた、新たな二人が目標になっただけの事。
ずっと勝てないままかもしれないという怖気はなかった。
良く言えば心が折れてない。悪く言えば力量差が良く分かってない。
ただ関係ない。
勝つとか、負けるとか、勝てないかもしれないとか、そう言うありきたりの感情とかは、別にどうでも良い。
レースは僅か数分。
その数分、閃光のように短い時間で全てが決まる。
今までの何年間の努力も、夢も、情熱も、結果も、全て。
あらゆるものが相応しかったか、相応しくなかったが、残酷に決まる。
だから、要らない。どうでも良い。関係ない。
走り抜けるのに、走り終わった後の事なんて全部必要ない。
だって私は、ウマ娘だから。
私は、走る為に生まれて来たのだから。
楽しかったという歓喜、達成感。後は闘争心。
身を駆け抜ける情緒を噛み締め、分解しながら、感謝を二人に告げて、ターフを去る。
多分、私は最高にニコニコしていただろう。
喜悦に身を浸していた。
だって、いい目標が出来たから。
この日を糧に、私も中央トレセン学園に入学出来るまで頑張ろう。
「やあ! 今日も来ちゃった。じゃ、早速始めよっか」
「あたしも来ちゃった! 準備運動はしてるみたいだし、今から始めちゃいましょ?」
と、ならなかった。
それ以来、二人はなんか普通に、極々自然にシンボリ家に来るようになったから。
まるで実家に戻るように。
更に言えばトレセンの寮に帰るくらいの自然さで。
何なら二日に一回とかそれくらいの頻度で来る時もある。
私とレースしに。
何言ってんだお前。冗談も大概にしておけよ、と言いたくなるかもしれない。
私も言いたい。というか言った。
何してるんですか? 私とレースする暇あるんですか? って。
「暇は作って来たから大丈夫だよ。ルドルフが」
「うんうん」
そう言うシービーお姉さんと、首を縦に振るマルゼンお姉さん。
いやおかしくない? と考える暇もなく、私は二人にズルズルと引っ張られてターフの上に降ろされて、ゲートの中に収まる。
最終的に、ゲートを用意するのも面倒になるくらいの頻度になってからは、野良レースの如く、弾き飛ばしたコインが大地に落ちてからレースが始まる。
本当におかしいと思う。
当時もおかしいと思ってた。
改めて思う。走る事は出来ない、生きていくのすら難儀すると、落伍者の烙印を押されていたあの日々が一番普通だった。
そう思ってはいたのだが、段々と慣れは来る。
更に言うのなら、ミスターシービーとマルゼンスキーという、上澄みも上澄み、必ず歴史に蹄跡を残す二人とレースするのは私の糧になるし、ひたすらに楽しかったから。
この幸運はそう与れるものではない。だから必死に喰らい付く。
それはそれとして、幸運がここまで来ると恐ろしかった。
ちょっと……いや、かなり遠慮したいくらいには怖い。
そう思いながらも、私の追求やら心配やら疑念やらを悉く躱されてしまえば、自分に出来る事はない。
私とレースしてくれるのは嬉しいんですけど、自分のトレーニングを疎かにはしないでください。え? 私とレースする方がトレーニングになる……?
明らかな嘘。
煙に巻かれる日々が続く。
私に拒否権はない。
——トレーナーから許可は? 貰ってる? ……じゃあ、いっか………。
——学業の方は? ここでやれば良い? ……じゃあ、いっか………。
——寮の外出禁止時間は? 一人暮らし? ……じゃあ、いっか………。
ある種の諦めだった。
彼女達が望んでここに来ているのなら、私から言う事はなにも無いから。
学園の雰囲気だったり、マスコミとの対応だったりが合わなかったり手間だったりでシンボリ家に世話になってる。
みたいな……そんな関係なんだろうと当たりを付けてからは、考えるのも止めた。
ついでに言えば、
ミスターシービーとマルゼンスキー。
そしてシンボリルドルフとシリウスシンボリ。
その四人が並走トレーニングをしている。
ついでに、なんか私も入れて貰ってる……多分そんな感じ。
うわぁ名門って凄いと思いながら、折角の機会を無駄にする方がバカな事なので、萎縮せず四人に交ざる。
そんな日々が続いた。
何回も繰り返されれば慣れる。
その慣れが、感覚が麻痺している事を分からなくさせる。
言うなれば、自分がどういう立場の存在だったのか良く分かっていなかった。
段々とシンボリ家に集まる人。外部の人間。注目。
——URAの職員が来るようになった。
次に緑色の人が来るようになった。トレセン学園の理事長秘書らしい。
次にちょくちょく、正式な許可を取ったシンボリ家の関係者さんが来るようになった。
次にマスコミが少しずつ嗅ぎ付けるようになった。
まぁこの四人が頻繁に集まっているから当たり前か。
私はそう納得して切り替えていた。外部の人とは多少会話をしたり、質問に答えたりはするくらいで、私とは無関係。今は四人とのレースに集中したい。
何も聞きたくない。何も感じたくない。
呼吸を整え、目を瞑り、耳を後ろに絞る。
レース中、極限の集中、音も光も消えるあの感覚があって、ようやく私は四人とレースはさせて貰えるという土俵に立てる。
あの頃の私は、自分を取り巻く環境の内、四人とレースをするという事以外を全て雑音としてシャットアウトしていた。
故に、最後まで気付いていなかった。
でも別にいっか、とも今は思ってる。
結局、私のやる事は変わらない。
私は走る。走って示す。
何故なら私は、ウマ娘だから。
そして私は、シンボリルドルフの、妹だから。
「一つ心残りがあるとするなら………うぅん。何でもありません。お姉さん、先に待ってるから」
マルゼンスキー。
引退の日。会見の場で彼女は言う。
8戦8勝生涯無敗は変わらず。屈腱炎を発症し引退したのも変わらず。
ただし——合計着バ身差89、全レース大差勝ちなどという、どう考えても未来永劫二度と出ないような記録を上げた怪物は、次の世代の誰かに語るが如く、儚い笑顔でターフを去った。
マルゼンスキー。
彼女の生涯戦績合計着バ身は89ではない。本当は61だ。
マルゼンお姉さんが言ってたのも、やっぱり
当時はそう考えていた。
変化の原因は私という不確定要素なんだとは思うが、私自体は間接的なだけ。
私の影響でシンボリルドルフが変わり、そのルドルフに影響されたのだろうと。
「うん。アタシは今は……この脚を治したいかな。復帰は、ちょっと難しいかもしれない。
でも必ず再起する。勝ちたい相手が、まだいるから」
ミスターシービー。
天皇賞・春にてシンボリルドルフに敗れてから、電撃的な引退発表。
脚部不安、骨膜炎を発症。復帰が叶わず、怪我で引退。史実の流れは変わらず。
ただし敗北を喫したのは、ジュニア級時に体調を崩したレースを除けば、カツラギエースとシンボリルドルフのみ。
全レース——2着以内。15戦9勝。内2着6回。
神話の時代にしか有り得なかったクラシック三冠を成し遂げ、シンザンの19回に次ぐ15連続連対を獲得。生涯戦績連対率100%という御技を現実にした。
神話の御技を現実に引き摺り落とし、史上最も愛された三冠ウマ娘は、惜しまれながらターフを去った。
勝ちたい相手……と言ったら、きっとシンボリルドルフだ。
私もそう思っていたし、メディアもファンの人達もそう思っていた。
マルゼンスキーと同じように、異次元じみた成績を残したのは、ルドルフに影響されたからだと。
「お前の夢、先に私が取ってやるよ。だから——早く上がって来い」
シリウスシンボリ。
日本ダービーを勝ち進んだ後は、海外にて善戦はするものの勝ち星は挙げられずに帰国する———などという事はなかった。
後にバーデン大賞典、ロイヤルオーク賞、ミラノ大賞典を勝ち、四冠ウマ娘となった唯我独尊の開拓者。
日本のウマ娘で、一番早く欧州G1を成し遂げるという偉業を行った彼女は、海外遠征前、メディアのテレビ越しにて、誰かに告げた。
これは………私?
私の夢は凱旋門を取る事だった。
世界最高峰、頂点のG1レース。
日本の……いやシンボリ家の悲願とも言うべき目標。
日本で最初に凱旋門へと駒を進めたウマ娘。
私達のおばぁ様、スピードシンボリ。
結果は惨敗。着外に沈んだあの日、日本という国のトゥインクル・シリーズの格付けが、世界からされた気がした。
証明したい。
決して日本のトゥインクル・シリーズは、辺境の国のお遊びではないのだと。
仇を取りたい。
スピードシンボリの仇。そしてシンボリ家の仇を。
何よりも私は、シンボリ家に世話になった。
だから私は凱旋門賞という、日本の悲願であり絶望を超えたい。呪いを破りたい。
私は、凱旋門賞を勝ちたい。
常日頃から私はそう言っていたし、それがシンボリの冠を持つ私の目標だった。
だから、
故に私は何よりも
凱旋門賞のステップレース、フォワ賞1着を取り………凱旋門賞で、ダンシングブレーヴの2着に敗れた瞬間も見た。
「はい。私は、シンボリルドルフは、今日を以って引退します」
シンボリルドルフ。
静かに、そして粛々とその会見は進んだ。
絶対なる皇帝は、永遠だと思っていた。
心のどこかで、シンボリルドルフは頂点に君臨し続けたまま、ずっと現役でいるのだと思っていたし、トゥインクル・シリーズのファン全員も、きっとそう思っていた。
史上唯一の、十冠ウマ娘。
無敗のままクラシック三冠を達成し、強行軍のジャパンカップにてカツラギエースを躱し、宝塚記念を怪我で回避する事なく勝利し、そして天皇賞・秋で、伏兵ギャロップダイナを返り討ちにし………今まで『シンボリルドルフ』号の運命を変えて来た代償を支払うように、最後で、惨敗した。
海外遠征の初戦。サンルイレイステークス——最下位。競走中止。
レース中、深刻な繋靭帯炎を引き起こし、彼女はゴール前で止まった。
不自然な体勢。停止。脚の故障。そして怪我のまま彼女は引退した。
あの日『皇帝』の絶対は崩れ、惜しまれ、そして最終的に未来永劫残り続ける頂の到達点になった。
最多無敗記録更新。最多連勝記録更新。
G1最多連勝記録更新。G1最多勝利記録更新。
重賞レース最多無敗記録更新。重賞レース最多勝利記録更新。
史上初、天皇賞・春秋制覇。
史上初、天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念の秋古馬三冠制覇。
トウショウボーイ以来、史上四人目となる宝塚記念・有馬記念のグランプリ制覇。
ジュニア期、クラシック期、シニア1年目。
三年間無敗。国内、無敗。
17戦16勝。
それが、私の姉が成し遂げた偉業。
あらゆる記録を貫き、歴代の記録を悉く過去にし、遥か未来の記録までをも二番煎じにし、シンザンを超えた絶対なる皇帝。
史上初の七冠を取り、八冠すら取り、九冠を超越して、十冠という神域にすら到達したウマ娘は、凱旋門に挑む事すらなく、故障でターフを去った。
「はい。ですので……一人のウマ娘として、一人の競走バとしての夢は、私の妹に託したいと思います」
「それはあの、シンボリの隠し子と呼ばれる………?」
「隠し子と言うと語弊がありますが、世間から秘匿していたという意味でなら、その通りです」
恥晒しとか、忌み子とか、落伍者とか。
そう言う風に呼ばれるのではなく、期待されているような呼ばれ方をしているのをその時知った。
シンボリ家の最高傑作。その言葉がシンボリルドルフではなく、何故か私に使われていた事も、その時知った。
「皆さんがずっと探し求めていた子だと思いますよ、私の妹は」
マルゼンスキー。ミスターシービー。シリウスシンボリ。
引退の日、海外遠征の日。彼女達が画面の向こう側の、一体誰に告げていたのか。
そしてシンボリルドルフも入れた四人が、頻繁に予定を被せていた理由は何か。
物々しい記者の発言に応えるにしては、穏やかというか、誇るような。
そんな笑みでシンボリルドルフは続けた。
「シンボリエウロス。必ず、私を越えてくれるウマ娘です」
きっと、シンボリ家の恥晒しと呼ばれていた頃が、私にとって一番普通だった。
でも、シンボリ家の者としての覚悟が出来たのは、私の姉が引退会見を開いたあの瞬間だ。
私の名前は、エウロス。シンボリエウロス。
シンボリの冠を貰ったウマ娘として、私は凱旋門の頂をこの国に捧げる。
私は『皇帝』シンボリルドルフの、妹だ。
⚪︎
誕生日 : 4月1日
身長146cm B69 W53 H71
ルドルフとは反対に向く流星。
鹿毛。短髪。ショートヘア。碧眼。
重度の喘鳴症持ち。
片仮名9文字以内且つアルファベット18文字以内。
名前の由来は、シンボリ+架空馬メーカーでランダム生成した名前。
本作の主人公。オリ主。競走馬の知識あり。ウマ娘の知識はなし。
⚪︎トレセン学園から来た緑色の理事長秘書
誕生日 : 5月2日
身長166cm
シンボリエウロスに何か運命的なモノを感じている。
⚪︎
全然バブリーな発言をしない、シングレ版マルゼンスキー。
⚪︎
自由奔放さよりも底知れなさが印象深い、シングレ版シービー。
⚪︎
全く以ってダジャレを言わない、シングレ版ルドルフ。
⚪︎
面倒見が良いシリウスおいたん概念、アプリ版シリウス。
⚪︎
アプリ時空のシンボリルドルフが語っていた兄姉と妹。と思われる元ネタの競走馬達。
尚兄と口にしているので、間違いなくヒト。
サトノダイヤモンド育成シナリオでは、サトノグループには暫く男児しか産まれて来なかったとあるので、別にウマ娘名門の家から人間が産まれて来るのは普通の事らしい。
本作では彼女ら(彼ら?)は出てこない。
まぁ本家の生まれではなかった子という事で。
主人公がいたから、ルドルフに少し離れた血縁関係の子を引き合わせる必要がなかったとかそういう理由。
……ごめんやで!
⚪︎
『シンボリルドルフ』号の祖父。1963〜1989年。
イギリス最高格競走キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、フランス最高格競走、凱旋門賞に初めて出走した日本馬。
シンザン以来、史上二頭目となる宝塚記念・有馬記念のグランプリ制覇。
また史上初8歳(ウマ娘だとシニア4年目)でG1級レースを制した老雄。(この記録に並ぶ者は数頭しかいない)
尚そのG1レースは有馬記念。(現在も並ぶものがいない)
また、JRA記録最多の重賞レース17回連対記録持ち。(現在も並ぶものがいない)
アプリ時空で、シンボリルドルフが語っていた祖父の元ネタと思われる人物。
尚祖父と語っているので間違いなくヒト。
本作ではウマ娘として考えるので、祖父ではなく祖母になります。
……ごめんやで!
⚪︎
本作では出てこない。
……ごめんやで!