『上がって来た、上がって来た、上がって来たっ!! 後方から貫いて来たっ! シンボリエウロス! 札幌ジュニアステークス堂々制覇! ジュニア級最初の重賞はシンボリエウロスが取っていった!』
『変わらないっ! 変わらない! 再び最後方から貫く! 芝であろうともその脚色は衰えないっ! シンボリエウロス、6バ身の快勝で小倉ジュニアステークス制覇!』
『もはやジュニア級に敵無しか!? 2着ディクタストライカ。3着ディクターアース! 1秒差5バ身! 函館ステークス制覇!強い、強すぎる! 4戦4勝無敗!重賞レース3連覇っ! シンボリエウロスジュニア級重賞レースを蹂躙していく!』
秋は淋しい季節と捉えられる印象がある。
春の暖かさはなく、夏の活気はない。
これから冬に向けて木々が枯れていき、少しずつ死んでいく季節。
木々の紅葉に重ね、それを風流と捉える者もいるだろう。
だが結局、風流とは貧困と孤独の中に美意識を見出しているという事だ。
本質的に秋は死に行く季節だと捉えているのと大した違いはない。
10月。秋。
中央トレセンもまた、侘しい雰囲気に包まれていた。
落ち着いて来たとも呼ぶ。或いは落ち着くしかないとも。
入学してから半年たったのだ。新入生の中では学園生活の慣れが始まる。
同時に疲労が溜まって来た頃でもあった。肉体的にも精神的にもだ。
つまり、実力と成績という差が明確に生まれ始めて来た。
最初に夢見ていた目標レースを下方に修正した子や、あのウマ娘には敵わないと出走回避するようなウマ娘も何人か出ている。
ジュニア級のウマ娘だけではない。
クラシックレースを目標にしているクラシック級、古株が入り乱れるシニア級でもだ。
秋の天皇賞が控え、新年前の有馬記念やジャパンカップといった、秋のG1三冠前に力を備えている、そんな時期。
「…………」
『やはり彼女が仕掛けるのは最後の3Fからかっ! コーナーに踏み入った瞬間から捲り上げて来る——!? おっとその後ろをマークするようにディクタストライカが上がって来た!』
ディクタストライカ。
彼女もまた、力を備えているウマ娘の一人だった。
G3。函館ジュニアステークス。シンボリエウロスにとっては4戦目。彼女にとっては2戦目となるレースを、歩きながらウマホの画面で何度も確認する。
負けた。完全な敗北だった。
シンボリエウロスが捲り上げて来る瞬間を狙い、後方からのマーク位置に入り、スリップストリームを使った上で差し切られた。
それほどの差。末脚の切れ味が一段階違う。
そしてそれ以上に、コース取りが巧すぎる。
逃げウマ娘は弱い、そんな言葉とは対比するように、こんな言葉がある。
追込ウマ娘は大成しない。
この言葉が迷信であるかどうかと言えば、今は迷信だと言われている。
事実、追込という脚質でG1を取ったウマ娘はいるし、何よりミスターシービーという三冠ウマ娘が現れたのは記憶に新しい。
……ただ、火のないところに煙は立たない。
追込は大成しないと言われる理由があったのは事実だ。何よりミスターシービーがいるからとはいえ、追込という脚質自体が強くなる訳ではない。
追込ウマ娘は大成しない、と言うのは流石に迷信だ。言い過ぎだから。
ただ、追込はいつの時代も厳しかった。
G1を制しているウマ娘は、まず大体が先行か差しである。
何故なら王道で、最も安定感があるから。
安定感があると何故G1を制しやすいかと言われたら、ウマ娘間の強さの差はレース展開で容易にひっくり返るから。
故にまず、安定感の方がレースでは求められる。
また爆発力でレースを制するという事は故障で引退しやすい、或いは一戦で燃え尽きやすいという事でもある。
先行と差し。
最も安定した王道の脚質。この二つが出来ないウマ娘が、逃げと追込に行く。
逃げと追込に行くウマ娘の中で、速度に秀でたウマ娘が追込に行く。
あぶれたウマ娘が逃げに行く。
では逃げと追込の中で、追込の方がマシかというと別にそんな事はない。
速度に秀でたウマ娘が追込に行くのは良い例だ。
スタートが上手くない。後ろから追われるのが苦手……そういう理由で、逃げられないから漫然と追込に行くウマ娘は別に少なくない。
そして逃げに分かりやすい敗北があるように、追込にも王道の負け方がある。
つまり後方に控え、そのまま後方に位置したままゴールを迎えて掲示板を外す。
最後の追込が届かない。先行や差しウマ娘の壁が邪魔で上手く脚を解放出来ない。
良くある事だ。追込ウマ娘が、ずっと後方にいたまま負けるのは。
先頭を取る逃げはレース展開を無視した自分の走りが出来る。
極論、自分とそれ以外である。
だが追込は、まず自分の走りが出来ない。レース展開に左右されやすい。
最後の直線の長さという、コース形状にも影響されやすい。
何故なら、1着を取る為にはゴールの瞬間に必ず先頭を取る必要があるから。
つまり追込は、絶対に前全員を抜き去る必要がある。
抜き去る必要がある為、前方にいるウマ娘の立ち位置に大きく影響されやすく、また前方のウマ娘を抜き去らなくてはならない都合上、加速しやすい直線の長さに大きく左右される。
だから追込は、レース展開とコースの形状に大きな影響を受けるのだ。
故に追込は難しい。根性と基礎ステータスの高さを強く求められる逃げとは単純な比較は出来ないが、追込は純粋な難易度がひたすら高いのである。
逃げが理論上最強。先行が最も確実。差しが最も有効。
では追込は? と言われたら……ミスターシービーのような例外がおかしいだけで、ウマ娘レースの歴史が追込の厳しさを物語っている。
追込は安定感がない。逃げ以上に。
逃げは、短距離やカーブがきついダートなどが多い地方では勝ちが予想出来るが、追込は何処であろうが勝ちが全く読めないのだ。
だから勝ち難い。大成しないと言われる。例外を除いて。
そして、シンボリエウロスはその例外だった。
連対率100%のミスターシービーと縁が深いせいでトゥインクル・シリーズのファンは感覚が麻痺している。
何なら追込という脚質が評価され始めてるが、普通にシンボリエウロスはおかしい。
そもそもまだ秋シーズンのジュニア級で4戦して、重賞レース3連勝しているのが一番おかしい。
4戦4勝。非公式の選抜レースを入れたら、既に5戦5勝。
その全てを、不安定になりやすい追込で勝っている。
しかも全て最後尾、超後方からの捲り上げ。
捲りという戦法が強いのではないか? と思われるかもしれないが、そもそも捲りというのは基本的に難易度の高い戦術だ。
失敗すればそのまま敗北が確定するくらいに厳しい技。
だから、誰もがやらない。簡単にやれない。安定して強いからという理由だけで使える戦術なら、差し・追込ウマ娘は誰もが捲りをやっている。
言わばシンボリエウロスは、入力フレームが1Fしかない上、コマンドが何個も必要とされる代わりに、めちゃくちゃ強いコンボ技を使っているようなものだった。
失敗したらゲームオーバーになるというおまけ付きで。
そしてシンボリエウロスはその格ゲーのコマンド技を、未だに失敗した事がない。つまりぶっちぎりでおかしい。
『再び最後方からの追込で決めて来ましたね。速さの次元が違う、末脚の切れ味がやはり勝利の鍵なのでしょうか?』
「……んな訳ねぇだろうが」
画面の中、勝利者インタビューを受けているシンボリエウロスに向けられた質問の一つに、ディクタストライカは独りごちる。
速いだけで勝てるほどウマ娘のレースは甘くない。
速さだけしか求められてないのなら、下バ評通りの決着をしている。
1番人気が1着に、2番人気が2着に。3番人気が3着に。上位三名がそのまま上位3着になる、そんな評価通りのレースはたったの10%もない。
言葉を選ばなければ、追込は弱い。
弱いから、開拓が進んでない。
名門生まれのウマ娘にもトレーナーにも、蓄積された情報が少ない。
少ないから、強力な追込ウマ娘が出難い。
負の循環である。
だからこそ、シンボリエウロスは果てしなく分かりやすい。
負の循環を踏み砕いて来たシンボリエウロスは今、循環というループから逸脱した唯一無二の存在になっている。
何より捲りという、更に開拓の進んでない神話の技術で自らの強さを塗装している。
追込は弱いと言われている。
だが、こうも言われている。
勝ち方を確立させた追込ウマ娘は、果てしなく強い。
「どうすれば、勝てる」
画面の先では、上がり3Fの速さと末脚の切れ味に付いて聞かれているシンボリエウロスがいた。
末脚に圧倒的な切れ味がある。
なるほど。確かにそうだ。ディクタストライカもそれは認める。
ただ、その切れ味をどのように活かしますか? というのが追込には求められている。
米国には、40バ身以上の距離を詰められるという伝説の追込ウマ娘がいた。
だが彼女は、あらゆるレースに勝てた訳じゃなかった。ずっと安定している訳ではなかった。
どれだけ強くても、常にレース展開に左右される追込は、本来なら安定しない筈なのだ。
そしてシンボリエウロスは、常に同じ戦法で、常に最後尾から、必ず最後の3Fで決めて来る。だから安定している、常に同じやり方で勝てるだけの暴力的な差が同期とあると思われてる。
その認識が、面白くなかった。
毎回、レースの展開は変わる。
出走するウマ娘が変わり、コースの形状が変わる。同じ上がり3Fなど存在しない。
だからそれで尚安定して勝てるという事は、レース展開とコース取りがあり得ないほど巧いという事だ。
タイミング。位置取り。ペース配分。
常に変化するレース展開を読み取り、他ウマ娘によって荒れる情勢を修正しながら走る。
身体能力という才能に依らない、ただただ純粋な実力。
事実、ディクタストライカとシンボリエウロスにそこまでの差はない。
末脚の切れ味では、確かにエウロスが一歩前を行っているのだろう。
だがディクタストライカは、前に付けても末脚を使えるという才能がある。
エウロスと違い、バ体にも優れている。
そこまで、差はない。
ない筈なのだ。
それでも、勝てない。
どうしても勝てない。
事実、この前のレースでは勝てなかった。
故に悔しい。
そして悔しいからこそ、差を報道して来るメディアが好ましくない。
何故、そういう風に見るのかを分かっていても。
「はー……気まずっ」
が、なんのかんの言っても別にシンボリエウロスが憎いという訳ではない。
メディアはまぁなんか嫌だなぁとは思うが、レースで意識している敵は、学園内での友人だ。
それはディクタストライカだけではない。
ヤエノムテキやサクラチヨノオー、メジロアルダンといった同期だって似たようなものだろう。
実力と成績の差が現れ始める秋。
ウマ娘同士の友情関係がちょっと浮き沈みしてしまい、会話に悩む静かな季節頃。
シンボリエウロスには結局、静寂が似合う。
「全く……良くアレと普通の会話が出来るな、アイツらは」
アレ、とはシンボリエウロスである。
アイツら、とはバンブーメモリーとスーパークリークである。
いや別に、シンボリエウロスと会話出来ないウマ娘は減って来てはいた。
ただそこから会話が上手く続かないのだ。
会話とはコミニュケーションである。
コミニュケーションとは双方によって成されるものである。
つまり片方が会話する気ないなら、どんなコミュ強でも会話は続かない。
壁と話す事を会話していると言わない。
仲良くしたいが、相手から全く歩み寄らない。
しかも歩み寄らない相手が、凄い意識しているライバル。
そりゃもう友情関係がちょっとギクシャクしても仕方がないだろうがと愚痴りながら、ディクタストライカは談話室の扉を開いた。
談話室にはデカい、備え付けのテレビがある。
最近では追込やら捲りやらの特徴を解説している番組だったりが多い。
玉石混交だが、そういうのを見分ける能力だって必要になる時が来るのだ。
「………何してんだお前ら」
「あ、ディクタさん……?」
談話室の中には、既に先客が居た。
サクラチヨノオー。ヤエノムテキ。メジロアルダン。
いつもの三人組といったところである。
別にそこは良い。問題はだ。
「なんでウイニングライブ……」
何故かウイニングライブの映像を流している。
しかもアイツの。ちなみにアイツとはシンボリエウロスである。
「見れば分かると思いますよ。今、大変世間を賑わせていますので」
「………っ、………ッッ……!」
「いや、それは知ってるけどよ」
上から、アルダン。ヤエノ。ディクタである。
世間を賑わせているは分かる。というか世間を賑わせてない時間の方が少ない。
前評判もあるが、勝ち方が豪快なのだ。
最後尾から進み、前全員を圧倒的なスピードと共に抜き去る。
届くか、届かないか。普通は届かない。届く訳がない。でも、でも——届かせた。
そういうハラハラを演出し、絶対に勝つ。
追込の脚質もあって、彼女の走りは『天衣無縫』のミスターシービーに似ているし、そう例えられる事が多い。まぁアレは天衣無縫ではなく鉈だが。
だが……なんでウイニングライブ? 後ヤエノムテキが凄いぴくぴく反応してるの何? そんな事を思いながら、ディクタストライカは着席した。
『〜〜〜〜〜〜♪』
「あー………」
『〜〜〜〜〜〜♪』
「あー……うん」
なんでシンボリエウロスのウイニングライブ見てんだろ。
まぁ、優等生らしくダンス完璧だな。いやそれ以上にエウロスめっちゃ歌上手ぇなおい。いやというかアイツ——
「…………」
「分かりましたか?」
「あぁ。アイツ猫被り過ぎだろ。いや、ライオンが猫の振りしてやがる」
「言い得て妙ですね」
冷静な突っ込みをするメジロアルダンに神妙な顔で返しながら、画面の中のシンボリエウロスの様を信じられない目でディクタストライカは見ていた。
恐らく、同期のクラスメイト全員が同じ事を思っている。
誰だよコイツ。
すごい喋るじゃん。
いや、正確には喋るではなく歌うなのだが、それでもやっぱり思う。
それはもう完璧なウイニングライブだった。
まぁ名門生まれのウマ娘はそういうところはちゃんとしているし厳しいからね……とかの感想が浮かばないくらいのライブだった。
元気いっぱい! 大きな声で歌う! 自身の気持ちを伝える為に一生懸命歌う!
という感じではない。年頃の少女であるウマ娘はそういう感じになりやすいし、事実そういうものを見に来るファンは多いが、シンボリエウロスの場合は全くそうじゃないし、しかもそれが違和感なく調和している。
声は大きくない。というか小さい。いや本当に小さいな……。
でもなんだろう……透き通る声とでも言うべきか、耳に残るのだ。
耳に残らせる歌い方をしていると言うべきかもしれない。
後は普段笑わないクールな子が、ふっ……と表情を緩ませたような微笑みといい、妖艶さとカリスマを同居させた流し目といい、自然と注目がエウロスに向く。
注目が向き、意識を割き、故に声が自然と聴こえて来る。
勝利の余韻をファンと分かち合って一緒にライブで盛り上がるというより、自らに視線と注目を集めさせ、熱中という静寂に引き込んで来るのだアレは。
——私が貴方に歌を聴かせるんじゃない。貴方が、私の歌を聴くんだ。
なんかそういう風な感じのウイニングライブだった。
事実、普通にレベルが高いのがタチ悪い。
普段とのギャップにやられる人が多そうである。
「………っ、………ッッ……!」
「わぁ………」
「え、これはアレだろ? 精巧なコラ画像を切り貼りしてるんだろ?」
「そう思いますよね。私もそう思っていました」
画面の中でエウロスがファンサを決めて自身に意識を向けさせるたびに反応するヤエノムテキと、両手で目を覆う振りをするサクラチヨノオー。
その二人を後目に、まだ現実にいるディクタストライカ。若干遠い目をしているメジロアルダン。
彼女達の反応はそこまで変ではない。
というか、エウロスと同期なら大抵のウマ娘が似たような反応をしている。
「そういえばディクタさんは、彼女と同じライブを踊ったでしょう?」
「……正面から見ている訳じゃねぇだろ」
「まぁ、確かに」
ウマ娘の本業はレースだ。
まず第一がそれである。極論だが、多少素行が悪かろうが強ければ良い。
公式レースをトレーニング代わりにしていたとすら関係者から言われる『神話』のシンザンが分かりやすい例である。
彼女の言った、1バ身差でも勝ちは勝ちという言葉は、当時スポーツマンシップに欠けると批判されたが、今ではレースに於ける基本の概念レベルにまで変わった。
安定した戦績と怪我なくトゥインクル・シリーズを駆け抜けるには、意図的に力を抜き、計算高いレース運びをする必要がある。それ相応の頭の良さがいる、と。
事実彼女は、当時のG1相当レースを全て制していながら、怪我らしい怪我は生涯で皆無だった。怪我が多いウマ娘レースの頂点に立ちながらだ。
シンザンは五冠ウマ娘である。
だが生まれる時代が違えば、彼女はもっと多くの冠を被っていたかもしれない。
いや間違いなく被っていた。彼女の走りを知る関係者全員がそう言うほどの強さ。
一度も全力を出した事がない、ウマ娘レースの神。
後年のウマ娘レースに最も影響を与えた伝説のウマ娘。
未だ、シンザンが最強のウマ娘だと呼ぶ声は大きい。
彼女が現役だった時代が『神話』と呼ばれた所以はそこにある。
シンザンは、今のトゥインクル・シリーズを形作る一因になったウマ娘だ。
それはまだウイニングライブではなく、年に一度だけ行われる——『グランドライブ』というのが主流の時代。
そしてまだ、トゥインクル・シリーズという言葉よりも戦後日本中央競争馬界、という言葉の方が一般的だった時代、最後にして最強のウマ娘。
その時代の名残りから、トゥインクル・シリーズではまず華やかさよりも強さが第一に求められる。
正確には、強さには華やかさが付いて来るという意味の。
レースで優秀な成績を残さなくては、センターで踊るウマ娘の引き立て役にしかなれないのだから。
繰り返すが、ウマ娘の本業はレースだ。何よりも最初の前提がそこにある。
故にウマ娘同士、ウイニングライブの上手さや情熱の掛け具合よりも、まずレースの実力を意識し、レースに対する熱意の量やトレーニングなどを見る。
だから、シンボリエウロスのウイニングライブの上手さを、今まで失念していた。
恐らく世間も失念しているだろう。
メディア嫌い。マスコミによる露出は徹底して避ける。超無愛想。シンボリ家本家直系筋御令嬢(十冠ウマ娘の妹)。
それは学園内の印象のみならず、世間の印象でもあった。
最初の1、2戦は、エウロスのド派手の勝ち方と強さの方が印象深く、ウイニングライブの映像は流されていたのかもしれない。
ネットに上がった画像も、無愛想なシンボリエウロスがもしも笑ったら、みたいな願望を持ったファンによる精巧な編集だとかそういう感じの。
それで……3戦目4戦目になって、実際に生でシンボリエウロスのウイニングライブを見た人の放心状態が解けて来て、じわじわと起爆して来た、と言ったところか。
「いやまぁ……ウイニングライブが大事だってのは分かるけどよ」
ウマ娘は、かなり過酷と言われるほどに求められるものが多い。
レースに勝つ為に厳しいトレーニングを積む傍らで、学生として勉学を重ね、更にアイドルさながらのライブパフォーマンスやダンスを求められるのだ。
レースの成績とは別の、そういう面が問題で中央の門を開けない、或いは中央から退くウマ娘もいる。
故に学業は仕方ないにしても、過酷な日常の中にアイドル業のレッスンをも求めるのはどうなの? ウイニングライブいる? という考えのウマ娘や人は、シンザン時代の名残りからか少なからずいる。
だが、ウマ娘は想いを背負って走ると言われている。
いつから言われ始めたかは分からないが、ウマ娘はそういう存在だと。
心理的なモノが実際のパフォーマンスに影響を与える、とはまた少し違った趣のある言葉。
ウマ娘は、別世界の魂と名前を引き継いで生まれる……なんてオカルトが結構有名なのも、また理由があるかもしれない。
ファンからの応援、身近な人からの期待がウマ娘を強くする。
だから、そんなファンへの感謝を返す舞台がウイニングライブなのだ。
ウイニングライブを疎かにするようなウマ娘は、大成しない。
この言葉は迷信ではない。不思議だが、本当に事実なのである。
現実的な話をするなら、ウマ娘レースの獲得賞金はウイニングライブのライブチケットによる収入が大きい。
勿論全てではない。獲得賞金には、ぱかプチやらウマ娘のグッズやら、後は名門などのスポンサーの額も含まれている。
だが、ウイニングライブによる収入は絶対に無視出来ない。
ウイニングライブを疎かにするようなウマ娘は、じゃあ貴方が1着を取ってもレースの賞金は0ね? と言われても何も反論出来ない。
また、ウイニングライブによる観客収入は社会的なお金の巡りにも影響する。
要はお金回りがめちゃくちゃ良いのだ。
グランドライブ。
年に一度、中央トレセン学園に在籍する全てのウマ娘がステージに立ち、一人一人が自分のファンに向けて感謝の想いを歌う場として設けられていたそれが今は廃れた理由には、そういう厳しい現実的な面もある。
何より、ウイニングライブというのがなかった時代の獲得賞金額と、今の時代の獲得賞金額にある凄まじい差は覆せない。
これもまたシンザンを例に出すが、クラシック三冠を達成し、グランプリ連覇すら達成し、19戦15勝、他全て2着という戦績を上げながら、彼女の獲得賞金額は約5400万しかない。
今でならその10倍の賞金は手に入れ、少し先の未来なら更に何倍にもなっているだろう戦績なのにだ。
当時とは1円の重さが多少違うとはいえ、生涯収入に10倍の差があるというのは、大きすぎる。
つまりウイニングライブは、ウマ娘にとっては非常に重要。
名門生まれはこういうところにも厳しい。
名門生まれでウイニングライブを疎かにするウマ娘は、一族の恥晒しと呼ばれるくらい。
仮に名門生まれじゃない田舎娘でも、普通に怒られる。
だから、シンボリエウロスがウイニングライブが出来ないとは誰も思ってはいなかった。
レース前後の挨拶だったり、観客のファンに向けて手を振るといったファンサービス皆無なエウロスだが、ウイニングライブはちゃんとやると思っていた。
いたのだが——
「じゃあそれを普段の態度に表せよ」
それはそれとして、話は別だ。
画面の中で、すっごいキレッキレなダンスを踊っているアイツ。
物静かで冷たい。そんな印象に真っ向から反逆する、熱の籠ったウイニングライブ。
しかもカメラ目線にウィンクを決めるくらいの余裕だ。
いや、声が小さくても済むように、意識的にそれをやっているのか?
だとしたら何なんだコイツは。熱を入れる方向性が異次元すぎる。
凄い。明らかに脇を固めている2着と3着の子と比べると浮いてる。
ぎこちないからではなく。
普段とのギャップだった。
横流しの視線で何人か落とせるだろう。
現に今、ヤエノムテキが何かに耐えてるし。
「…………」
「…………」
「では……次のライブ映像を見ましょうか」
え。
思わずディクタストライカは驚愕した。
したが、この集まりが何だったのか良く分かってないのも事実だった。
何だ? 別にお前らはアイツのファンではないだろ。
そんなディクタストライカの視線を受けたメジロアルダンが、苦笑いしながら答える。
「いえ、最初は普通に追込ウマ娘の対策会をしていたんですよ? 追込を得意とするウマ娘は少ないですから」
「あぁ」
追込ウマ娘は少ない。
まず脚質の比率で、先行・差しウマ娘が60〜70%である。
そして残りを、逃げと追込が分け合っている。
そして更に逃げと追込だと、追込の方が少ない。
ディクタストライカも追込を得意とするが、どちらかというと差し寄りのウマ娘だ。
また追込は、レース中に差しの戦術がやり難いと感じたウマ娘が結果的に追込を選ばざるを得なくてやるというのも意外と多く、根っからの追込ウマ娘は非常に少ない。
更にシンボリエウロスは、ただの後方どころか常に最後尾に控えてから捲りで勝負して来る。
要は超極端な追込ウマ娘がエウロスだった。
「ですが……ふと、そういえば彼女のウイニングライブってどうだったのかな、と。レース映像を再生していたら、そのままウイニングライブの映像になりますし」
「……あぁ」
じゃあもう再生しなくて良くないか? これ目に毒だろ、と結構ディクタストライカは思っていた。
他人のウイニングライブを見て、目に毒だろというのはめちゃくちゃに辛辣な評価だが、実際に目に毒になっているウマ娘が隣にいる。
ヤエノムテキ。なんか隣でぴくぴく反応している、多分硬派なウマ娘。
というか何でこんなにヤエノムテキは反応しているんだろう。
硬派で通してるが、実は趣味が乙女なのだろうか。
「それに彼女のウイニングライブの映像、教材として普通に優秀なんですよね………」
「……………あぁ」
シンボリエウロスのダンス映像は、教材として優秀。
まぁそりゃそうだろうなとディクタストライカは思った。
見ていると普段とのギャップという衝撃で脳が揺れるだけで、振り付けはちゃんとしてるしファンサのタイミングも完璧である。
なるほどこういう形のウイニングライブもあるのかと納得するレベルの事もしてる。
尚、シンボリエウロスと似たように、教材として優秀だと過去言われているウマ娘が居る。
シンボリルドルフである。
ウイニングライブの映像もそうだが、ルドルフの場合はレースの戦術からそうだった。
先行・差しのウマ娘が勝つにはどうすれば良いか。
それで一番最初に挙げられるのが、他ならぬシンボリルドルフだった。
レースで安定して勝ちたいなら、先行か差しをしろ。
先行か差しをするなら、シンボリルドルフの真似をしろ。
あそこまで完璧に出来る出来ないはあるにしても、目標として完璧だったのは確かだ。
シンボリルドルフの真似が出来たら絶対に負けない。
シンボリルドルフのコース取りとレース展開を学べば、ほぼ全てが理解出来る。
先行と差しウマ娘の理想形であり、目指す地平。
それがシンボリルドルフ。頂点に君臨した『皇帝』は丁寧に、続く道の歩み方を舗装していた。
余談だが、皇帝と呼ばれた彼女もウイニングライブは当然、完璧にやっていた。
可愛い系のダンスもちゃんと完璧。
レースに出るウマ娘としては当たり前の事だが、あの偉大なる皇帝が抜群の歌唱とダンスを可愛い笑顔で披露するというのはそれなりに衝撃がある。
その衝撃は今現在、その皇帝の妹が上書きする形で木っ端微塵にしているが。
何故か妹は、可愛い系ではなくカッコイイ系だが。
「え、じゃあもしかしたらこれ、未来の教科書に載る?」
「………さて、私とヤエノムテキさんはまだ未出走ですから、ウイニングライブの練習もしなくては」
「おい、ちょっと待て」
「チヨノオーさんもですよ?」
突如話を振られたサクラチヨノオーがぎょっとしながら振り向いた。
サクラチヨノオーは既に2戦し、そして2勝している。
つまりセンターでもう踊っている。センターでしか踊ってない。
「ふぇ……?」
「これからレースで1着を取れば、センターで踊ります。
私達は今よりももっと完成度の高いライブダンスをしなくてはなりません。
ですから……彼女から学ばなくてはなりませんよね?」
今、チヨノオーを巻き込んでる。絶対に巻き込んでる。
巻き込んで、何か曖昧にしようとしてやがる。
無愛想などこぞのシンボリのせいで相対的に普通のお嬢様度が増しているが、このメジロもまぁまぁ愉快な性格をしている事をディクタは知っていた。
「え、え……?」
「ね?」
「そ、そうですけど……ぅ……ぅう! 『手を伸ばさなきゃ蛇口すら捻れない』……! サクラチヨノオー、今はエウロスさんから学ばせて貰います!」
なんだかなぁ……と、まぁ良いかぁ……という感情に挟まれたディクタストライカは、ガシャガシャとビデオデッキの再生と録画ボタンを押しているサクラチヨノオーに何を言うでもなく、後ろから眺めていた。
見た目と風貌から不良扱いされがち、というかされてるディクタストライカだが、実は彼女、結構面倒見が良い。
追込ウマ娘の対策をするつもりだったが、まぁこういうのも良いかと。
「(ここにエウロスが来たらやばいよな)」
ただ、ふと第三者視点から自分達の状況を眺めると話は変わってくる。
学年一番のエースを複数のウマ娘がマークするのは普通の事だから良いとして、それを皆でレース映像を見返すのもまぁ良いだろう。
事前に立ち回りを複数人で共有し、実際にレース中で談合したら厳しい罰則を食らうけど。
ただまぁ、個人のウイニングライブの映像を皆でテレビに流して見てるのってどうなんだろう、と考える良心は有る。
例えるならこれは、今はクールで落ち付いてるけど、昔は良く笑う可愛い子だったんだよー、と親戚のおばさんから昔の写真やビデオを渡されて、無遠慮に覗き見ているようなものじゃないか。
そう思うと何だか、他人の恥部を公開処刑しているような気がしてくる。
「なぁ、ウイニングライブの練習するなら、一人のダンス映像ばかりを見返すんじゃなくて、複数人の映像見返した方が良いんじゃないか」
それとなくやんわりと、多分エウロスの4戦分のライブ映像(1回約3分)を、カメラ毎の視点(6カメラ)で、合計72分再生しようとしているサクラチヨノオーを窘めにかかる。
「…………っは!」
そんな中、息を吹き返したようにヤエノムテキが目覚めた。
人間よりも遥かに優れた感覚を持つウマ娘。その中でも、鍛錬故に研ぎ澄まされた聴覚を持つヤエノムテキの耳がピクピクと動く。
ガチャ。
後ろの扉。
談話室の扉のドアノブが、誰かに回された。
今、扉が開かれる。
それを、ヤエノムテキは瞬間的に理解した。
不味い……!
何が不味いのか理解するよりも早く、ただこの光景は見られたら何か良くない気がして、ヤエノムテキがばっと振り返った。
釣られて、ディクタストライカが、メジロアルダンが、サクラチヨノオーが、談話室の扉へと振り返った。
そしてその瞬間に、扉が開かれた。
当然だ。間に合う訳もないからだ。
「「「「………………」」」」
「……………」
開かれた扉の先に居る。
というか現れた、今この部屋に1番来て欲しくなかったウマ娘。
何故かVHSの束とラジカセを両手に持っている、シンボリエウロスである。
静寂だった。
いつものとは違う静寂だが。
「……………」
……何? そんないつもの瞳で、口を開く事なく自分に向けられている四つの視線を確認して、次に彼女はテレビの画面を確認した。
普通に無言で無表情だった。
今、画面の中で完璧な歌唱を披露しながら、曲の合間にカメラ目線のウィンクを微笑みながら決めているのとは対照的に。
「……………?」
シンボリエウロスには静寂が似合う。
ただ、この沈黙が痛い。
心の籠った歌唱がバックで流れ続けている中、四人はそう思った。
⚪︎手を伸ばさなきゃ蛇口すら捻れない
どんな簡単な事でも、まずは何かをする必要がある。
何もしなければ、当たり前の事すら出来やしない、の意。
チヨノートより抜粋。
⚪︎『グランドライブ』
アプリ育成シナリオ第4弾『つなげ、照らせ、ひかれ。私たちのグランドライブ』より。
シンザンの『神の時代』と今の時代では何が違うの? という話を獲得賞金額に絡めつつ展開出来る話題に最も適切なのは、何となくグランドライブな気がします。