有効射程距離25バ身   作:sabu

35 / 77
 
 クラシック級に入りました。
 ジュニア期と同じくらいの文字数で書き切る予定です。
 


クラシック級
1/12 URA賞授賞式


 

 URA賞というものがある。

 トゥインクル・シリーズに於いて1年を通して活躍したウマ娘に送られる賞の事だ。

 これは毎年1月に発表され、現在は6つの賞に分かれている。

 

『最優秀ジュニア級』

『最優秀クラシック級』

『最優秀シニア級』

『最優秀スプリンター』

『最優秀ダート』

『最優秀障害』

 

 また更に、その1年で最も評価されたウマ娘へ贈呈される賞。

 

『年度代表ウマ娘』

 

 この実質計7つの賞がウマ娘達に贈呈される。

 それが世間一般で言われているURA賞だ。

 

「おめでとう。世界最速のジュニア級ウマ娘さん」

 

 最優秀ジュニア級ウマ娘。

 それがシンボリエウロスに贈呈された賞だった。

 

「今日の貴方が壁の染みに徹するのは無理よ」

「困ります」

 

 URA賞授賞式の式典会場。

 登壇し、最優秀ジュニア級ウマ娘の表彰を受け取って手短に言葉を述べた後、会場の隅に避難した礼服ドレスのシンボリエウロスに話しかける女性がいた。

 中央諮問委員会、委員長。URAを取り纏める代表者である。

 

「今日の主役は、本当なら私じゃありません」

 

 シンボリエウロスの視線の先では、壇上で表彰が続けられている。

 だが壇上で賞を受け取っているのはウマ娘ではなく、トレーナーだった。

 

 最優秀クラシック級ウマ娘、サクラスターオー。

 

 彼女はここにはいない。

 もう二本脚で立てる容態じゃない。

 だからトレーナーが代わりに、瞳を涙で濡らしながら最優秀クラシック級ウマ娘の賞を受け取っている。年度代表ウマ娘の賞も一緒に。

 

 ——『悲劇の二冠ウマ娘』サクラスターオー。

 

 最初の悲劇。

 幼少期に母を亡くし、通称サクラ軍団と呼ばれる名門競走ウマ娘養成クラブチーム『ヴィクトリー倶楽部』に引き取られる形で彼女は中央トレセンへの門を開いた。

 

 二度目の悲劇。

 皐月賞のステップレース、弥生賞。彼女はそのレースに勝ち一躍クラシック路線の主役へと踊り出た一週間後、トレーナーが事故に遭い重傷。しばらくの間サクラスターオーはサブトレーナーの手に委ねられる。

 

 そんな中迎えた、クラシック一冠目、皐月賞。

 2番人気のウマ娘を降し、サクラスターオーは見事『最も速いウマ娘』の称号、皐月の冠を手に入れた。

 

 三度目の悲劇。

 クラシック二冠目、日本ダービー前に『皇帝』や後の『メジロ家最高傑作』を追い詰める死の病、繋靱帯炎を発症。

 日本ダービーの栄冠は途絶え、『最も運のあるウマ娘』の名誉も途絶えた。

 

 しかし彼女は立ち上がった。死の病から復帰した。

 ぶっつけ本番で臨んだクラシック三冠目、菊花賞。

 王道の先行、抜群の手応えで第3コーナーから進出し、直線半ばで先頭を奪い去ると、後続のゴールドシチーを寄せ付けず勝利。

 見事サクラスターオーは、『最も強いウマ娘』の称号を証明し、二冠ウマ娘に輝いた。

 

 四度目の悲劇。

 ファン投票ぶっちぎりの1位。そして堂々の1番人気。

 世代最強と最高と最優秀を決める有記念に出走した彼女は、しかし勝てなかった。ゴールを迎える事すらなかった。

 2周目の第4コーナー。彼女は突然倒れる。何の脈絡もなく、競走人生を終える。

 左脚繋靭帯不全断裂、及び左脚の足関節果部損傷。

 ウマ娘が最も故障してはならない足首の関節を壊したサクラスターオーは、その日の内に現役引退が確定し、選手生命が断たれた。

 

 秋に咲き、そして儚く散った桜の花。

 サクラ軍団の王、サクラスターオー。

 最も速く、最も強いウマ娘に輝いた彼女は、しかし何処までも運のあるウマ娘にはなれなかった。

 ウマ娘の世界は、無慈悲である。

 

「代わりに私が、今日の主役をやれというのなら拒否します」

「そう」

 

 不器用なのか、義理立てているのか、そういう信念なのか。

 それは諮問会委員長には分からなかった。

 彼女は四年前の事件より以前……何なら樫本理子よりも長くシンボリエウロスと関係を持っているが、互いに杯を交わすような仲ではない。

 

「……最初のURA賞受任式、初代URA賞年度代表ウマ娘表彰の式典がこれは、幸先が悪いと言わざるを得ない」

「…………」

「別に誰かを責めている訳じゃないわ。ただやり場がないだけです」

「はい」

 

 諮問会委員長にも立場がある。

 それを知っているシンボリエウロスは特に何も言わなかった。

 

 トゥインクル・シリーズで活躍したウマ娘達の表彰式自体は昔からある。

 だが実は、URA賞というものが始まるのは今年度からなのである。

 

 歴史は古い。

 始まりは元々は機関紙である啓衆社が設けた『啓衆賞』から。

 次にハイセイコーによるトゥインクル・シリーズの始まりに伴いURA傘下である優駿機関紙の『優駿賞』に引き継がれ、そして今はURAそのものが公式に主催する形となった。

 また元々は機関紙であった関係から、受賞される各ウマ娘は、新聞・放送・トゥインクル・シリーズ専門の特定の記者で構成される『URA賞受賞ウマ娘選考委員会』の投票と審議によって選考される。

 それが『URA賞』の持つ歴史だ。

 

 またシンボリエウロスの隣にいる女性が所属している諮問委員会とは、多くの委員会によって構成されるURAの委員長ないし有識委員が所属する、URAの実質的統括部門である。

 故に、その諮問委員会の委員長を務めている彼女は、ほぼ実質的なURAのトップである。

 

 彼女がシンボリ家と縁が深いのはそういう理由だ。

 スピードシンボリから始まり、そしてシンボリルドルフと続く形で、彼女はエウロスと関係がある。

 

「来年は期待しています」

「はい」

 

 まるで今年度はダメみたいな言い方をしますね……と揚げ足を取る真似をしない程度には互いに理解がある。

 今年の年度代表ウマ娘はサクラスターオーだからと義理立てるシンボリエウロスは間違ってはいない。

 だがURA賞とは元々表彰式であり、お通夜のような雰囲気で進めるものではない。

 何より、初年度だ。

 今年度の式典は残念な結果になってしまった、というのは覆し難い事実なのである。

 故の、来年。

 話を変えて良い部分の話をしましょうという意味でもあった。

 

「ただ私以外にも有力なウマ娘は沢山いますよ」

「勿論知っているわ。でも今は貴方なの。長い沈黙から出て来た貴方が」

 

 それは、実質的なURAの総意でもあった。

 諮問会委員長の個人的な発言ではなく。

 

 最優秀ジュニア級ウマ娘、シンボリエウロス。

 

 投票数143中、143。投票率100%——満票。

 満票とは即ち、彼女以外に最優秀ジュニア級ウマ娘に相応しい人物は誰一人として考えられないと、公平性を重んじるURAが断言した事の証明である。

 

 前年度、優劣を決める事が極めて難しいと票が割れ再審議でも尚決着が付かず、結果ゴールドシチーとメリービューティーの2名が最優秀ジュニア級ウマ娘に表彰されたのとは完全に真逆。

 最優秀ジュニア級ウマ娘が満票で選ばれたのは、マルゼンスキー以来となる偉業である。

 

 ここでURAとの癒着があるのではないか、と言う人はいない。

 

 6戦6勝無敗。重賞レース5連勝。『阪神JF』をレコード勝ちし、ジュニア級の重賞レース半分を独占。

 この戦績に次ぐのが『朝日杯FS』の優勝者サクラチヨノオーだが、彼女は4戦3勝。重賞レース勝利数は1。

 サクラチヨノオーは決して弱くないし何なら世代の代表者なのだが、流石にこれは分が悪いとしか言いようがない。

 ジュニア期のマルゼンスキーやクラシック期のシンボリルドルフが如く、逆にじゃあ他の誰に票を入れるのか、という事でエウロスは満票を獲得した。

 

 更にシンボリエウロスは、ジュニア級のウマ娘ながら年度代表ウマ娘として12票が入る異例中の異例も巻き起こしていた。

 1票程度入るならまだしも二桁票が入るのは、後にも先にも『マルゼンスキーの再来』『怪物2世』『不死鳥』と呼ばれたウマ娘以外に一切存在し得ない異例である。

 

「期待という言葉では簡単に言い表せないほど、貴方はクラシック期での活躍を望まれている。私達URAもその一つ。貴方にとっては、煩わしい事この上ないかもしれないけど」

 

 秘匿が破られ、シンボリエウロスという存在が世間に知れ渡って来てから肥大し続けている期待。

 それを彼女は、意味が分からないレベルで超えてしまった。

 シンボリエウロスに向けられている期待は、更に跳ね上がっている。

 その事は、本人も何となく理解している。

 

「…………」

 

 ふと周りを見れば、付近のURAの関係者が此方を窺っていた。

 此方が気付いたことに反応して慌てて、今も続く表彰式の視線を逸らす。

 ただ明らかに、一部の役員達は此方の方を気にしている。

 シンボリエウロスと、URAのトップの会話を。

 

「私以外にもシンボリ家の人はここにいっぱい居ますよね?」

「そうね。でも貴方の一言で、シンボリ家とURAの関係は変わる」

 

 シンボリ家とURAの関係は、今現在ギクシャクしている。

 それが四年前の事件に由来するのだが、当のシンボリエウロスはどう思っているのか。

 

「……URAも大変ですね」

「まるで他人事のように………」

「いや実際に他人事なんです。私にとってアレは、もう終わった事なので」

 

 シンボリ家の総意にはならなくとも、風向きを真逆へ変える程度には力があるウマ娘は、向かい風にも追い風にもならず、無風である事を選んだ。

 

「むしろ私があのような事件を引き受けた事で、今後マスメディアによる密着取材で体調を崩しレースに影響が出るウマ娘がいなくなるとか、ヒールになってしまったウマ娘への過度な偏見報道への牽制になるとか思ってます」

「……(したた)かね。もう世論操作まで考えているの?」

「まぁ、少し」

 

 あぁ、こういう部分の才能すらもシンボリルドルフと同じくらいあるらしい。

 厄介。悪い言い方をするならこの一言に尽きる。

 諮問会委員長は、長年培った鉄面皮の裏でそう嘆息した。

 

「特にURAの対応どうこうに付いて私がとやかく言う事はありません。事後対応も早かったです。なので私としては、本当に……URAも大変だなと」

 

 しかし当の本人がどう言おうと、URAに求められているものは厳しかった。

 そもそもそういう事件を起こすな……何か対応策はあったのではないか、なんて批判は当たり前のようにある。

 何より結果良ければ全て良しとは言うが、あの日死の病の下にあった、神懸かりの才能が、また消えかけたのだ。

 シンボリ家との関係が多少ギクシャクしたのは、そこが大きかった。

 

「期待して貰えるのは嬉しいです」

 

 例えば、樫本理子を付かせた理由。

 例えば、シンボリ家との関係修復。

 URAの諸々の思惑を含めて、シンボリエウロスは言った。

 

「でもやっぱり、私以外にも有力なウマ娘は沢山いますから」

 

 最近のトゥインクル・シリーズは寂しい。

 URAのみならず、世間もそう思っている。

 故の焦りなのだろう。運営者だが、同時に中立者のURAにしては少し動きが性急だ。

 樫本理子を付かせたのも、シンボリ家の関係修復に動くのも。

 

 ウマ娘の枠を越えた、不世出の大スターを人々は欲している。

 

 マルゼンスキー、ミスターシービー、シンボリルドルフ。

 彼女達が引退してから、トゥインクル・シリーズはぽっかりと穴が空いたようだった。

 シリウスシンボリは海外遠征で暫く日本にはいなかったし、そもそも世代に差がある。

 だから彼女達の忘れ形見に等しいシンボリエウロスは、一身に期待を背負わされていた。

 強すぎてシンボリエウロスが疎まれるのが少ない理由には、そんな一面もある。

 

「ジュニア級で最も強いウマ娘は誰だ。そんな論争を終わらせた貴方が言うには説得力がないわね」

「…………」

 

 ぴしゃりと、委員長は言った。

 確かに有力なウマ娘はいる。それは分かる。

 だが隣のウマ娘こそ、そんな常識を当たり前のように塗り潰した暴君だった。

 

 最強のウマ娘は誰だ。

 日々終わらぬ論争に明け暮れるトゥインクル・シリーズのファンや関係者だが、それでも一つの条件下では、上げた拳を下げざるを得なくなってしまった。

 

 6戦6勝無敗。重賞レース5連勝。内レコード3。

 合計着差約55バ身。上がり3F及び2F世界最速。

 ジュニア級でなら、最も強いウマ娘はシンボリエウロスだ。

 世間での認識はそうなっている。

 

 そんな事を、当の本人が知らぬ筈はない。

 だから、本当に分からなかった。

 

「……何を笑っているの」

「いえ」

 

 自分の言っている事の方が正しい。

 それを確信しているような笑みが。

 

「URAが危惧しているような事は起こらないと思いますよ」

 

 例えばシンボリエウロスが負けた事で、一気にトゥインクル・シリーズの盛り上がりが止まるとか、そういう。

 別に負ける気はないが、だからと言って一辺倒にはなるとも思えない。

 来ているのだ。次の時代が。

 ハイセイコーがトゥインクル・シリーズを始めたように。

 

 そして、それだけでは終わらない。

 新しい時代の狼煙は波となって続き、大きく広がっていく。

 

「そもそも記録は、いずれ破られる為にあるんです。案外数年したらジュニア級で最も強いウマ娘は誰だ、なんて論争はまた再開しますよ」

 

 取り敢えずパッと思い付く範囲では2人いる。

 あの『不死鳥』と呼ばれる栗毛の怪物はそうだし……恐らく既に生まれているだろう"あの怪物"もいる。同じ、妹の。

 

 それに、一つの論争を終わらせるウマ娘はまた現れる。

 後に——『驀進王』と呼ばれる、新たなサクラの王が。

 

 史上最強のスプリンターは誰だ。

 

 彼女はその論争を終わらせる。

 数十年間、誰にも頂点の自分に近寄らせず、長い年月の果てようやく一人並んで来たほどに高い壁となり。

 マイルと短距離に明確な区別がなかった時代を終わらせ、正式にスプリンターという存在を作り出しマイルと分離させた開拓者。

 トゥインクル・シリーズ歴代5指に入るレジェンドウマ娘。

 サクラの王者『驀進王』6F世界最強のウマ娘。

 サクラの道は、決して悲劇では終わらない。

 

「今年は勿論、来年も、そのまた来年も、この場に居たいです」

 

 ウマ娘は想いを背負って走るという。

 誰かの、或いは自分の夢を載せて走る。

 だがその想いには、届かなかった誰かの夢や、叶わなかった無念の残骸もきっと含まれている。そう信じている。

 きっとそうやって、ウマ娘達の道は繋がっていく。

 

 だから見守っていきたい。

 夢の続きを。今後も続いていく、トゥインクル・シリーズの輝きを。

 桜の道は、悲劇で終わるものではないのだと、今はまだ信じているから。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 年末年始近くから始まった冬季休業が明け。

 中央トレセンで学業が再開したのは、1月13日からの事だった。

 勿論レースは冬季休業中にも行われている。

 ただ学業の方が再び始まっただけで、半月近くウマ娘達が顔を合わせていなかった訳ではない。

 

「明けましておめでとうございます。昨日のエウロスちゃんの表彰式、私も観ちゃいました。満票なんて凄いですね〜!」

 

 新年度になっても、友好関係は然程変わらない。

 入学当初から、明らかに気難しいウマ娘に物怖じせず話しかけていた二人の内の一人。スーパークリーク。

 同学年で唯一シンボリエウロスをちゃん付けで呼ぶウマ娘は、柔らかに話しかけた。

 

「…………」

「ところで脚の方は大丈夫ですか? 軽いものだとは聞いていましたが、急にパタリとグラウンドに来なくなったエウロスちゃんって新鮮で、心配だったんです」

 

 具体的な返事を待たず、スーパークリークは続ける。

 最初の言葉でエウロスが此方に視線を向けて意識を寄越すのを、彼女は返事の代わりとして会話に入っていた。

 託児所を経営している実家の、その手伝いをしていた彼女らしい観察眼と話術が為せる技だった。

 スーパークリークがシンボリエウロスと会話を続けられる理由である。

 

「………クリークさん、急成長しましたね」

「あ、エウロスちゃんもそう言ってくれますか? 実は私、ようやく本格化が安定して来たんです!」

 

 そう言うスーパークリークは、明らかに急成長を遂げていた。

 入学当初、実はスーパークリークは小柄な方だった。

 身長は150cmもなかったし、体付きや顔付きも幼さが強かった。

 シンボリエウロスと並んだ時、目線が同じくらいの位置にあったのである。

 しかし入学からもうじき一年近く。冬季休業明けのスーパークリークは、別人と言っても良かった。

 

 身長は160cmを超え、身体付きも明らかに変わった。

 女の子、というより女性と表現するに相応しい変化。

 既にシンボリエウロスとは目線の位置が違う。エウロスはスーパークリークの首元辺りの位置に目線がある。尚、更にスーパークリークは成長するだろう。

 

 生粋のステイヤー。

 クラシック級から一気に伸びるタイプのウマ娘が成す本格化。

 

「怪我の話になりますが、私は大丈夫です。もうじき完治します」

 

 何か、見透すように目線を細めた後……しかし平常に戻ったシンボリエウロスは続けた。

 脚のテーピングはもう取れている。後は慣らしの問題であり、復帰が順調に進むかの話だ。

 対しディクタストライカは、ベッドの上から動けない事はなくなったが、松葉杖を使って学園に通っている。

 

「怪我の治りも早いなんて、ホントに流石ですね〜」

「いや、私のトレーナーのおかげです」

「ふふっ。トレーナーさんと良い関係を築けているんですね。とっても羨ましいです」

「クリークさんもですよね?」

 

 僅かな、間。

 頬に手を当てて、困ったようにスーパークリークは言う。

 

「……ふふ、そう見えますか?」

「いえ見た事はありません。でもクリークさんも、脚、良くなりましたよね」

「…………いえいえ。私なんか最後の直線を真っ直ぐ走るのが難しいくらい脚の外向が悪くって。何とか未勝利戦は勝ってデビューは出来ましたけど、この前の条件戦も負けちゃったんですよ?」

「選抜レース」

 

 端的に、簡素に、短い単語で会話する。

 それはシンボリエウロスの癖でもあるが、時折圧力を伴うものと理解していながら、意図的に突拍子もなく会話の流れを変える事もある。

 

 例えば自分と同じく、俯瞰的に自他を認識しつつ、内に感情を秘めるタイプのウマ娘に対して。

 

「流石の私も、全てのウマ娘の選抜レースの結果は覚え切れません。トレーナーがクリークさんを選んだのか、クリークさんがトレーナーを逆指名したのかも分かりません。ただクリークさんが、選抜レースでしばらく勝てなかった事だけは知っています」

 

 スーパークリーク。

 ガラスの脚。

 今は、どうか。

 

「クリークさんもですよね? トレーナーと良い関係を築けているのは」

「……あらあらまあまあ。エウロスちゃんに太鼓判を押して貰えるなんて嬉しいです。すぐに追い付いちゃうので待っていてくださいね?」

「はい」

 

 息を吸うかのような悠然とした物腰。

 自分は卑下の対象には出来る。そうやって堂々と佇む。

 ただしトレーナーは違う。

 その対象にトレーナーを入れる事が出来ない。する気はない。表にも出さない。

 なるほどやっぱり。感情は内に秘めるタイプらしい。

 深い、深い、水底のように。

 

「クリークさんは海のような印象がします。母なる海ではなく、底知れないという意味で」

「褒め言葉として受け取っておきますね〜」

「100%褒め言葉ですよ」

 

 冬季休業明けの会話は、何処か緊張感があった。

 シンボリエウロスはまぁいつもの通りとして、普段から笑顔が絶えないスーパークリークにも。

 

 ——え……なんかクリークちゃん…………今年に入って怖くなってない……?

 

 そんな周囲からの反応と、うわっ……怖っ……と呟いた松葉杖のディクタストライカを他所に、鐘の音が鳴り、朝礼が始まる。

 

「はーい! 皆さんお静かにー! なんと今日はこのクラスに転入生の方がいらっしゃいまーす!」

 

 そして、ざわつくクラスに入って来た、芦毛のウマ娘。

 オグリキャップ。

 

 大半のウマ娘が全盛期を迎えるクラシック級。

 史上最強世代と呼ばれた世代達のクラシック戦線が、もうすぐ始まる。

 




 
⚪︎中央諮問委員会、委員長。
 女性。ブロンド。
 シンデレラグレイより。

⚪︎URA。
 JRAの組織図を参考。ただウマ娘世界に於いては、中央トレセン学園側に理事長といった役職があるなど、JRAの組織をURAと学園の半々に分けている印象があるので、細かい部分を改変して書いています。

⚪︎更にシンボリエウロスは、ジュニア級のウマ娘ながら年度代表ウマ娘として12票が入る異例中の異例も巻き起こしていた。
 余談だがマルゼンスキーは、ジュニア級(2歳馬)で年度代表馬の票が入っていない。
 1993年のナリタブライアンが1票。
 1997年のグラスワンダーが10票。
 また1997年のグラスワンダー以降、ジュニア級(2歳馬)が年度代表馬の票を獲得した事例はない。

⚪︎入学当初、実はスーパークリークは小柄な方だった。
 シンデレラグレイでの過去回想時、身長150cmの奈瀬トレーナーよりもスーパークリークは小さく描かれている。また明らかに、本編のスーパークリークと比べ顔付きや身体付きが幼い。

⚪︎母なる海ではなく、底知れないという意味で
 甘さ控えめシングレクリーク。
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。