中央視点から見る、オグリキャップクラシック登録問題。
中央のレースには、複雑な格付けがある。
全てのウマ娘が経験する始まりのレース。
ピラミッドに於ける最下層帯。
『メイクデビュー・未勝利戦』
次に獲得賞金額が一定以下のウマ娘のみが出走出来る条件戦。
『400万以下』
『900万以下』
『1500万以下』
この獲得賞金額は、時代が進みレースの獲得賞金が全体的に吊り上がって変化していく為、『1勝クラス』『2勝クラス』『3勝クラス』と呼ばれる事もある。
メイクデビューを勝ったら1勝クラスへ。1勝クラスを勝利したら2勝クラスへ。2勝クラスの次は3勝クラスへ。
一部の例外を除き、ほとんどのウマ娘達はそのように勝ち上がっていく。
例えばシンボリエウロスなんかは、メイクデビューからいきなり重賞レースに進んで勝利し、その時点で獲得賞金額が約3000万に到達した為、この条件戦に出走する事はもう叶わない。
そして出走条件に獲得賞金の上限が伴わないオープン戦。
トゥインクル・シリーズに於ける要であり、主な一般人の認知が届く範囲内。
『オープン特別』通称OPクラス。
OPクラスの中でも、特に目玉となる看板レース。
毎年一定の時期に一定の条件で繰り返し行われる事から、回を"重"ねて賞を行い採点するという意味として始まった競走。
『重賞』
重賞レースの中でも特に重要性が高く、『日本グレード格付け管理委員会』が管理・制定を行い、特別な格付けを受けたウマ娘レースに於ける最高峰。
『G3』
『G2』
『G1』
ウマ娘達はこれら重賞レースを目指し、更にその最高格付けであるG1の出走・勝利を目指す。
更にそのG1にすら格差が存在し、格と権威に価値の差がある。
中央。トゥインクル・シリーズとはそういう世界だ。
「そして今年からクラシック級になった皆さんは、栄誉あるクラシック三冠レースに挑戦出来ます。それは……」
「皐月賞。日本ダービー。菊花賞です」
教師の言葉に、礼儀正しく右手を上げたヤエノムテキが発言した。
クラシックレース。その三冠。
『皐月賞』
『日本ダービー』
『菊花賞』
全てG1。更にG1の中でも格は全て最高峰に存在し、歴史も古い。
特に日本ダービー。トゥインクル・シリーズの中心と評しても何ら過言ではなく、中央で最も由緒あるこのレースが、今現在のオグリキャップの目標である。
——中央へ行くとなったら今後は『目指せ! 日本ダービー!』だね。
——ニッポンダービー……?
東海ダービーに行くのは私だ、とフジマサマーチに宣言された事がある。
トウカイダービーってなんだろう……と思った当時のように、オグリキャップは日本ダービーと言われても良く分からなかった。
東海ダービーの親戚……ではないらしい。ベルノライトが言うには。
しかし東海ダービーを走れなくなったから、代わりに日本ダービーの1着をキタハラに上げよう。
そんな心持ちで、オグリキャップは中央にいる。
「このクラシックレースは少し特殊で、事前にクラシック登録というものが必要になります」
覚悟の軽い重いは関係ない。
一つ言える事があるとするならオグリキャップは本気であり、そして酷く真面目に日本ダービーの1着を欲している。
「先日、皆さんに提出して頂いた此方ですね! いわば書類審査のようなもので、これを期限までに提出しな……い、と——」
日本ダービーの冠は、思ったより早く叶いそうだな。
むふーっと、新しいクラスメイト達と共に中央の先生から話を聞いているオグリキャップ。
突如此方を向いた後、手元のファイルとオグリキャップの顔と見比べ始めた先生に、彼女はハテナを浮かべた。
「オグリさん………クラシック登録しました………?」
——なんだそれは。
反射的に呟いた彼女は知らない。
入学早々にオグリキャップが巻き込まれたこの問題が、後にトゥインクル・シリーズの歴史に最も大きな騒動と影響を与えたと言われる事を。
「………」
ピク、とオグリキャップの後ろの席で、シンボリエウロスが目線を遠くしていた。
「エウロス。私はどうすれば良いんだ?」
「………………」
12時頃。真昼。
昼食の時間を挟んだ教室の片隅で、オグリキャップがシンボリエウロスに詰め寄っていた。
傍にいるベルノライトが、若干忙しなく、周りをキョロキョロと見つめている。
露骨ではないがチラチラと、此方を窺っているクラスメイトのウマ娘達がいた。
悪目立ちであった。
「何故、私に?」
「生徒会長に言われた。キミならなんとかしてくれると」
日本ダービーに出られない。
それを知ったオグリキャップはまず、ベルノライトに相談する。
どうしよう。何か登録がどうとか言われた、と。
——オグリちゃんが日本ダービーに出られないって本当ですか!?
——…………。
——どうにかならないんですか!?
——落ち着け。
当然ベルノライトは、彼女達のトレーナーの元に向かった。
六平 銀次郎。オグリキャップを担当していた北原トレーナーの叔父であり、御年六十近くなるベテラントレーナーである。
北原トレーナーが中央に来るまで一時的に預かる形で、彼はオグリキャップの担当を引き受けていた。
日本ダービーを含むクラシックレースには、事前のクラシック登録がいる。
URAの定めた規定だ。クラシック登録をしていないウマ娘は、クラシックレースには出走出来ない。誰であっても。如何なる理由があっても。
その事をオグリキャップとベルノライトは知らなかった。
北原トレーナーもその事を教えていなかった。
中央移籍でそれどころじゃなかったのもあるし、もしかしたら北原トレーナーも知らなかったのかも知れないが、問題はそこではない。
オグリキャップは、クラシック登録をしていない。
ただその一点が、今後の問題である。
——直接話して来る。
——……は? 誰に?
トレーナー室から覗く、中央の校舎。その一角。
スッ、とオグリキャップが指差したのは、生徒会室。
——クラシック登録を……?
——はい……期限の時はまだ笠松にいて、それどころじゃなかったので……。
——そうか……それは気の毒にな。……で?
生徒会室。
生徒会長、シンボリルドルフ。
私達を中央にスカウトした、中央の偉い人。
そういう認識があるオグリキャップは、ベルノライトの言葉に続ける。
——あなたの力で私を日本ダービーに出してくれ。
その言葉の何処に笑う要素かあったのかが、オグリキャップには分からない。
だが、シンボリルドルフは大きく笑った。
呆気に取られた後、ふっ、と堪え切れないように哄笑したシンボリルドルフは、想像していた凄い偉い人というイメージが壊れるほどの笑みだった。
はっはっはっはっ!! と突然で、清々しいほどに大きな笑み。
——いやすまない! あまりにも突飛だったものでな。だが……うん。そうだな……なら私の妹に頼ってみると良い。きっと、全てを適切に教えてくれる。
シンボリルドルフはひとしきり笑った後、何か含むような笑みを浮かべたまま、オグリキャップとベルノライトに退室を促した。
「なるほど……それで?」
そして、今現在。
教室の机を挟んで、オグリキャップは妹の方と対面している。
諸人を寄せ付けない威圧的なオーラ。頬杖を突きながら言葉を促す。
似ている。
姉と同じく中央にスカウトした側のウマ娘ながら、特に慮る事もなく話すシンボリエウロスに、オグリキャップは繰り返した。
「私をどうにか日本ダービーに出させてくれ」
「…………」
姉のように笑う事はない。
かと言って、何か反応をする訳でもなく、ただ目線を細める。
付近にいたベルノライトは、ただ居心地が悪いとだけ思っていた。
目立っていた。明らかに。
周囲から視線を感じる。
敢えて悪い捉え方をするなら、孤高の天才に付き纏う田舎娘に向けられている視線のような、刺々しい疎外感。
「少し、歴史の授業をしましょうか」
返された言葉は、肯定でも否定でもなかった。
「その前にまず、日本ダービーが如何なるレースか知っていますか?」
「東海ダービー……の親戚ではない事は知っている」
「なるほど。東海ダービーを引き合いに出すほどの認識だと」
実質、何も知らない。
オグリキャップの中にあるのは、東海ダービーとは違うという引き算の知識である。
では日本ダービーとは何か。具体的に何が東海ダービーと違うのか。
オグリキャップはそれを説明出来ない。
一言でその事を見透かされた。良くも悪くも。
「まぁ考え方の視点によります。親戚という考え方もあながち間違いでもない」
「え?」
驚いたのはベルノライトだった。
「東海地区全体。その同世代の頂点を決めるレース。東海ダービー。
日本全体。その同世代の頂点を決めるレース。日本ダービー。
地方と中央。そして規模の問題に差はあれど、目的自体に大した差はありません」
中央の……それもシンボリ家の令嬢がそんな事を言って良いのか。
地方と中央の規模による差があるだけで、大きな差がないみたいに言っているが、その規模の差が大きすぎる。
分類的には地区大会と全国大会の差のように思えるが、そんな事はない。
地方と中央は別世界。格差的には、地区大会と世界大会レベルで違う。
東海ダービー。SP1。
ではこのSP1が中央ではどの程度かというと、凡そG3。甘く見積もってもG2。
中央と地方の格差が激しい現在、もしかしたら重賞のランクにも入らないかも知れない。
地方の最上位が、中央の最下層に敵わない。
中央から流れた最下層帯が、地方を荒らす。
これは、そういう事を意味している。
「ただ目的が同じと言えるのは、現代だからこその話です」
一つだけ前置きして、続ける。
「クラシックレース。クラシック登録。そして日本ダービー。これらの意味。そして成立した経緯。全てに歴史があります」
ジュニア級。1年目。
クラシック級。2年目。
シニア級。3年目以降。
ウマ娘はその3つの級に分類される。
ジュニアとシニアは名前の通り、未熟な若駒と老衰期に入る古馬を意味しているが、クラシック級だけは別だ。
この級だけは、年齢と時期を意味していない。
クラシック。
階級を意味する
クラシックレースは、伝統的なレースという意味だけではなく、最高格のレースとして設立させなくてはならないという事も意味し、故に非常に厳格な規則によって施行される。
そしてそれを誉れとするからこそ、この2年目はクラシック級と呼ばれる。
「クラシックレースの始まりは、今から凡そ数百年前。ウマ娘レース発祥の地であるイギリスからです」
ウマ娘達が己の脚で速さを競い合う競走は紀元前に遡る。
だが近代ウマ娘レースの発祥、及び始まりはイギリスだ。
イギリス。と呼ぶのは日本だけで大抵の国はブリテンと呼ぶが、そこは関係ない。
「ただクラシックレースの始まりの話をする前に、あるウマ娘の話をしなくてはなりません。中央に来た以上、二人も知らずに名前は聞いているでしょう」
——エクリプス。ウマ娘レースの始祖。或いは始まりのウマ娘とも呼ばれている彼女を。
その言葉に、オグリキャップはある会話を思い出した。
——Eclipse first, the rest nowhere.
——我が校のスクールモットーだ。
——他の匹儔を許すな。我々の目指すべきは常に頂点。
——カサマツとは、意味が違うぞ。
端的に。同時に的確に。
シンボリルドルフは試すように言った。
彼女は、それを良く覚えている。
「エクリプスが生まれた時代、現代で言うURAのようなウマ娘レースを管理・運営する組織はなく、また競走形態は同じウマ娘が数マイルの長距離を複数回走って勝負を決するヒートレースが主流でした」
1マイルとは1600mである。
つまり当時は1レース4800m〜6400mという現代では考えられないような超長距離のレースを、しかも複数回行ってようやく決着が付いた。
またヒートレースとは、同じウマ娘が2回或いは3回勝つまで行われるレースを指す。
故に5回戦近くまで勝負がもつれ込む事は珍しくなく、たった一つの勝負を決するのに、実に20〜30km近く走る事は多々あった。
これは現在に於いて、1人のウマ娘が生涯で走る公式レースの総距離平均よりも長い。
「このヒートレースが主流となった理由は複数あります。
1つ目は、実力の劣るウマ娘が偶然勝ってしまっても、最終的にはちゃんと強いウマ娘が優勝するのでフロックが起こらない事。
2つ目は、現代のように整った環境ではなかった当時のウマ娘達の身体は小さく未成熟であり、故に瞬間的なスピードを出す土台がなく、総じてステイヤーが重宝されていた事。
3つ目は、当時の競走は戦場に於いて無類の強さを持つウマ娘を育成する為の側面も持っていた為、長距離のヒート競走に耐え得る頑健な馬体と完成されたスタミナ、成熟した精神を欲していた事。他にも諸説はありますが、凡そはこの3つです」
ヒートレースは、ひたすらに過酷である。
"デッドヒート"という言葉の語源になった程度に。
デッドヒート。
日本語表現で『激しい接戦』『熱い勝負』を意味して使われるこの言葉は、本来は同着によって1ヒートが無駄になったことを表現し『同着』『同点』『無意味な争い』として使われていた言葉である。
実際に、大抵はヒートが進むたびにウマ娘達が疲労で脱落し、最終的に1対1の一騎討ちになる。
しかし、それでもヒートレースは流行った。
過去、『騎兵』と呼ばれたウマ娘が、戦に於ける最強の存在だったから。
昔の競走は、血なまぐさい。
歴史を辿れば、三女神の一柱が軍神的な側面を持つ『戦馬』であるのもそこに由来する。
武家や貴族達が脈々と継いで来た、現代で名門と呼ばれるウマ娘達の家系が存在するのも、過去を辿ればそういう理由である。
故に、鉄と火薬の時代が来るに連れてヒートレースが次第に衰退していったのは、きっと必然だったのだろう。
そして、その時代の転換を決定的にしたウマ娘。それがエクリプスだった。
彼女は複数回走ってようやく決着が付くはずのヒートレースを、最初の一戦で終わらせた。
1着から240ヤード以下失格。距離約220m。約90バ身差。
疲労によって段々と力を失うウマ娘達を脱落させ、最終的に残る超長距離レースを耐え抜いた、頑健な馬体を持ったウマ娘を選定する為に作られたこのルールを、最初の1ヒートで、しかも自分以外全員のウマ娘に適用させた、史上唯一のウマ娘。
生涯に於いても、彼女は各ヒートで負けた事すらなく、全ての競走を2ヒート以内で終了させた。
文字通りあの時代、エクリプスとそれ以外だった。
エクリプスが、ウマ娘という存在の位相を一つ次の段階へ押し上げた。
だから時代が変わった。レースを見る人々の認識ごと。
ヒートレースは残酷であり、何より競走という面では退屈である。
イギリスでは時代の転換と共に、そう考えられるようになった。
何よりヒートレースで求められているのは頑強な肉体と成熟した精神、言わばトレーナーの言う事を正しく聞くかが重要であり、出走するウマ娘は本格化を迎えてから4〜5年。現代で言うシニア2〜3年目であり、時にはそれ以上の時間を置く必要がある。
だからもっと若い内から。
頑強さを求めての選定ではなく、速さを競い合う検定へ。
経営上と興業上の観点からも、1回で終わるレースが良い。
そうして、スタミナではなくスピードを重視するレースへ。
より短い距離で若駒達が競い合い、その能力を検定するレース——後にクラシック競走と呼ばれた時代に突入する。
そして1780年。
距離2マイル。3200m。
当時としてはかなりの短距離であるこの距離なら、本格化を迎えて2年目のまだ完成されていないウマ娘でもこなせるとして始まった、とあるレース。
そのレースの盛大さを見たとある伯爵は、スタミナよりもスピードに優れた若駒達によるレースが成立すると捉え、その完全度を特に検定するレースを開催する。
設立当初は1マイル。
しかしすぐに距離は1マイル半。約2400mへと変更されたそのレース。
その競走名は主催者の1人である伯爵の名を借りてこう呼ばれた。
ダービーステークス、と。
後に、全世界で『ダービー』と呼ばれるレースの始まりである。
「本格化が始まってから2年目がクラシック級と称される理由です。
各国のウマ娘レースの大半はイギリスから始まったウマ娘レースの流れを汲み、イギリスクラシック競走と呼ばれた5競走を模したレースが創設されています。
日本もそうです。そしてその内の3つ、皐月賞・日本ダービー・菊花賞。これらがクラシックレースと呼ばれるのは、元になった競走があるからです」
「…………」
「そして日本ダービーはこの国で最も早く、最も最初に作られたクラシックレースであり、最も古いG1レースです」
クラシックレースとは、いわばウマ娘レースの始まりだ。
戦から解かれ、ウマ娘達が己の速さを競う為、夢を背負って走るようになった始まりの。
故にそれは非常に厳格なルールによって施行され、競走が設立する条件も厳しい。
日本だから、ではない。
始まりのイギリスクラシック競走からそうであり、イギリスクラシック競走の流れを汲んでいる国の規則もそうなのである。
本格化してから2年目のウマ娘達の、最高の能力試験場であることは前提。
競走距離、開催時期、賞金額、設立の目的。
そして出走資格の条件。その出走資格を得る為の登録、及び登録の仕方と回数。
全てが決まっている。
故に一切の例外はなく、クラシック登録は普通のレースの出走登録よりも格段に重い。
クラシック競走の流れを汲んでいない、地方の東海ダービーとは違って。
「クラシック競走。特にダービーの名を名乗っている日本ダービーは別です。出走資格に当て嵌まらないのなら、如何なるウマ娘も出走は出来ない。私も、私の姉も。そこに一切の例外はありません」
「………………」
「貴方を日本ダービーに出させる力を持った存在、何処にもいませんよ」
オグリキャップが相手にしているのは世界の常識であり、ウマ娘達が築いて来た歴史そのものだった。
一つの祭りの古臭い伝統とかそういう話ではなく、国家の成り立ちと法、その規則に等しいほどの。
カサマツとは、意味が違う。
オグリキャップは、日本ダービーに出られない。
覚悟を問う訳でもなく、無知を諭し脅す訳でもなく、淡々と意義と意味を語り、シンボリエウロスは断言した。
「じゃあ、もしも……」
故にオグリキャップは、反抗でも、不満でも、怒りでもなく。
ただただ純粋な疑問を以って、シンボリエウロスに返す。
それは、考えれば当然の話だった。
「私がキミに勝ったとしても、日本ダービーに出られないのか?」
瞬間、少し距離を置いて此方を窺っていたクラスメイト達の全員が、此方を向いた。
⚪︎六平 銀次郎
誕生日 : 1月2日
身長150cm(158cm)
北原の叔父。
中央のベテラントレーナー。
ウマ娘には優しい。
シンデレラグレイより。
⚪︎東海ダービー
1997年、中央・地方交流重賞化に伴い、G3に格付け。
2004年、G2に格上げ。
2005年、ダートグレード競走から撤退。東海地区重賞格付けSP1に変更。東海・北陸・近畿交流競走に変更。
⚪︎デッドヒート。
由来は競馬のヒートレースから。
和製英語。『激しい接戦』の意味で通じるのは日本のみ。