有効射程距離25バ身   作:sabu

38 / 77
1/14 並走トレーニング 

 

「という訳で私を『共同通信杯』に出して欲しい」

「ダメに決まってんだろ」

「!?」

 

 日本ダービーに出る為にはまず、教室でシンボリエウロスに教えられたこのレースに出なくてはならない。

 早速六平トレーナーに相談しに行ったオグリキャップを迎えたのは、まさかの拒否であった。

 

「な、なぜだ!? まさかこのレースにも登録条件があるのか!?」

「そうじゃない。……いや登録に予約と条件はあるが、そこは問題じゃない」

 

 オグリキャップはまだ中央の事を何も知らない。

 そんな彼女が自らで出走路線を選ぶ訳がない。

 では、何故。その理由を、六平トレーナーは正確に察知した。

 

「たくっ……体の良いように焚き付けやがって」

 

 大方シンボリエウロスに言われたのだろう。

 日本ダービーに出たいのなら、私を倒すのが一番の近道ですよ、とでも。

 

 一見すれば深窓の令嬢の癖して、内情は暴君そのもの。

 あのウマ娘はアレで凄まじく好戦的である。

 時として回りくどい手段を講じず、最短で暴力的な手段も取る。

 正に暴風。振り回される側からすれば堪ったものでない。

 

「………私も不安は不安ですけど、でも日本ダービーに出る為ならこのレースが最適ではないんですか?」

「あぁ、お前も聞いていたのか」

「はい。でもあの……生きていた心地はしませんでした………」

 

 地方ですら成績が伸び悩んでいたベルノライトにとっては、中央にいるウマ娘とは全てが雲の上のような人である。

 軽率な発言。からの、中央のウマ娘達の威圧。

 その中心にはシンボリエウロスがいた。

 

「どうだった?」

「え?」

「シンボリエウロスの言葉に、何か感じる事はなかったか?」

「いえ……怖かったですけど、正しい事は言っていたと思いました」

 

 となれば、シンボリエウロスの誘いは善意。

 オグリキャップの発言に不快感を覚え、中央とは何なのかを思い知らせてやる為に焚き付けた訳ではない。

 怪我、或いは何かにあてられたか、阪神JF以来のシンボリエウロスはやや気性難としての荒々しい面が見え隠れしていたが、その辺りの分別までは失っていないらしい。

 

「……………」

 

 確かに日本ダービーの事だけを考えるのなら、正しい。

 だがオグリキャップの今後や可能性まで考えるのなら、共同通信杯に出すべきではない。

 

「ダメなのか……?」

 

 目があったのは、不安そうにしているオグリキャップ。

 甥から預けられているウマ娘。

 

「……はぁ。一応言っておくが、お前は中央に来たばかりだ。中央の芝を走った事もないお前が1ヶ月も間を空けずレースに出るのは早すぎる」

 

 それは、芝に適性があるかどうかの話ではない。

 今まで地方のコースしか走って来なかったオグリキャップは、まず中央のコースの大きさや広さ、そして環境に慣れる時間がいるのだ。

 これは日本のウマ娘が海外遠征して、国外のバ場や環境に慣らすのとほぼ同じである。

 慣れない内に出せばどうなるかは、分かり切っている。

 

 いや、これがもしもOPクラスの特段格が高いレースでなければ十分選択肢には入った。

 しかしオグリキャップが望んでいるのはG3。しかも『共同通信杯』だ。

 ただのG3ではない。今後のクラシック戦線に於ける登竜門。出走するウマ娘のレベルはクラシック戦線を視野に入れた強豪しかおらず、その注目度と重要性もG1レースに片足を突っ込んでいる。

 

 時期尚早。

 流石のオグリキャップでもだ。

 オグリキャップに国内最高水準の能力があっても、まずはその水準に持っていく段階がいる。

 

「オグリキャップ。お前は間違いなく中央でも良い走りをする。そういう名目で中央に呼ばれたんだからな。ただお前は今、根本の基礎が出来上がっていない状態だ。いずれ大木になる若芽でも、成長する前に踏み躙られちまったらどうなるか分かるだろ?」

「むぅ……」

 

 オグリキャップを出すなら、もう少し時間を置いた3月頃が適切。

 笠松でのラストランが1600mであったように、中央の初戦は1600mが良い。

 調子が良ければOPクラスではなく重賞に挑ませるのも選択肢に入るだろう。

 六平トレーナーはそのような路線を考えていた。

 

「だけど……このレースに出ないと、私は日本ダービーに出られない気がするんだ」

 

 その彼の考えを、オグリキャップは明確には知らない。

 だけど言いたい事は分かる。

 分かるが、その上でも尚、彼女は引き下がらなかった。

 

「…………」

「きっと、多分、間に合わない」

 

 妙に予言めいて聞こえるのは、何故か。

 彼女の中で、感情が大きく渦巻いているのを、六平トレーナーは察知している。

 

 東海ダービー。

 それは勝った負けたではなく、言葉を選ばなければ周りの都合で取り上げられたオグリキャップの夢。

 一度ならず二度も同じ理由で夢が絶たれてしまえば、気掛かりだ。

 

「はぁ……クソ」

 

 そういう言い訳をした、と言えばそうなる。

 六平トレーナーは頭を掻きむしった後、オグリキャップの覚悟を厳しく問いただした。

 

「勝てる自信はあんのか?」

「………分からない」

「てんで覚悟も足りてねぇじゃねぇか」

「うっ……」

 

 オグリキャップには今まで、ライバルはいても自分よりも明確に格上だと思った相手がいない。

 頑張れば勝てる。レースの頃合いを読めば勝てる。

 負けるかもしれないとは思っても、勝てないと思った事はない。

 

 しかし唯一、シンボリエウロスは違った。

 初めてである。勝ち方がイメージ出来ないと思ったのは。

 あの末脚。あの切れ味。考えられないくらい遥か後方から、自分以外のウマ娘全てを抜き去るあのラストスパート。

 少なくともアレだけは、どうやっても勝てないと思ってしまった。

 

「でも——」

 

 だけど、決めた。

 自分は自分に出来る事を、精一杯頑張るのだと。

 だから彼女は『共同通信杯』を見送りたくなかった。

 

「不甲斐ない走りをする事だけはない。絶対にない」

「…………」

 

 その意思の強さは、きっと誰でも分かる。

 地方から来たウマ娘が、中央に来て実力の半分も出せずに去るのを彼は何回も見て来た。

 

 負け癖、というものがある。

 

 モチベーションを維持出来なくなる。自信がなくなる。

 強い言い方をするならトラウマ。

 だからこそまず、中央でもしっかり通用する事をオグリキャップ自身にも意識させる為、勝たせるレースをさせたかった。

 

 もしもそれがお節介だとしたら。

 

 六平トレーナーは、決してオグリキャップを信頼していない訳ではない。

 というか信頼信用の話になれば、現時点でオグリキャップに最も寄り添っているのは彼である。

 

 担当に勝たせたい。

 じゃあ低レベルのレースにだけ出走させ続けるのかと言われたら違う。ウマ娘の実力を何も信じていない。

 そして同時に、如何なるレースに出しても無闇に勝利を信じるのも違う。ウマ娘の実力が何も見えてない。

 夢と現実の狭間。それはトレーナーが必ず直面する苦悩だった。

 

「(これじゃ、ジョーを笑えねぇな)」

 

 ——勝てるかどうかじゃねえ。勝つんだ。

 

 なんて言えたら、どれほど良かっただろう。

 実際に六平トレーナーが、オグリキャップをそう励ます事もあったかもしれない。

 それは、もしもの可能性である。

 

「分かった……良いだろう」

「本当か!」

「ただ、今のお前には足りていないものが多い」

 

 夢を見るにも現実を見るにしても、トレーナーがやる事は一つ。

 あらゆる可能性を模索し、担当のウマ娘が勝つ可能性を最大限まで手繰り寄せる事である。

 

「中央の芝に慣れるのは前提として、まずお前は後ろから追われる恐怖を知り、その圧力に負けない走りをしなくちゃならない。共同通信杯を本気で勝ちに行くなら、それが大きな課題だ」

「後ろから追われる?」

「そうだ。もうこの際だから口にするが、お前は追込ウマ娘と勝負した事がない」

 

 出遅れた。立ち回りを失敗した。

 そういう理由で後ろに回され、結果的に追込で勝負する羽目になる。

 最初から追込一筋で勝負する……或いは出来るウマ娘は1割程度しかいない。

 地方ではなく、中央でだ。

 少なくともオグリキャップが出走して来たレースの中で根っからの追込ウマ娘はいなかったし、オグリキャップは後ろから差された事がない。

 

「地方では常にお前が差し切る側だった。いつ、どのタイミングで仕掛ければ良いのかを測る側だった。だがお前がシンボリエウロスと勝負するのなら話は変わる。お前はこれから、アレがいつ仕掛けて来るのか、どれくらいの距離を空けて前を走るのかと、後ろを気にしたレースをしなくちゃならない」

 

 まあ後ろを気にせず、ひたすら前だけを向いてレースをするかなり尖った精神性のウマ娘もいる事はいるし、それはそれで有効な面もある。

 自分のレースを完遂する。

 その一点に於いて、後ろを気にしない走り方はアリだ。

 

 しかしそれは、今のオグリキャップに言う事ではない。

 今はまず、そういう事も含めて自分のレースを確立させる時期である。

 

「そしてアレほど極端な追込ウマ娘はいないぞ。現状、仕掛けどころを間違えた事はないし、後半からの直線一気は速度のギアに差がありすぎて、安全な距離というものが一切機能していない。トレーナー達の経験や感覚が通用した試しがない訳だ」

「……………」

 

 黙り込んでいるオグリキャップは、恐らく感覚的な記憶を再生し、イメージしている。

 聞くに、オグリキャップが初めて認識した中央のウマ娘はシンボリエウロスだという。

 ただ、アレは中央の普通ではない。世界的に見ても普通ではない。

 半世紀近く前に米国で一人だけいたレベルだ。

 

 ……というより、もう二度と現れないだろうと思っていた、あの米国のウマ娘と同じ勝ち方をする存在が、何故か再び現世に現れたというだけで頭が痛い。

 

「(いや、オグリキャップに足りないのは根本的な知識と経験か)」

 

 まずは常識と基本を知る必要がある。

 でなければ、例外も異常も分からない。

 追込とは一体何なのか。

 強烈に、鮮烈に、既に残り1月しかない『共同通信杯』までに全てを理解出来るほど強力な追込ウマ娘の力がいる。

 

「オグリキャップ。今からお前には併せをして貰おうと思う」

「アワセ?」

「併走トレーニングだ。ただうちのチームのウマ娘達とじゃない」

 

 六平トレーナーは他に三名のウマ娘を担当しているが、どれも追込ウマ娘ではない。

 六平トレーナーは携帯を取り出すと、一人の知人に声を掛けた。

 弟子。を自称している、昔サブトレーナーとして世話をしていた女性。

 

『もしもし小宮山ですけど、え……!? 六平さん!? 六平さんが私に連絡を取るなんて珍しいですけど、どうしました!?』

「おう。最近うちに入ったウマ娘と、お前のところのウマ娘で併せを組みたいんだが、どうだ?」

『……それは、タマちゃんを頼んでいるという事で良いですか?』

「そうだ」

 

 何の因果だったのだろう。

 それはあまりにも早く、そして異なる形で収束する。

 

「タマモクロスと引き合わせてくれ」

 

 白い稲妻、タマモクロス。

 芦毛の怪物、オグリキャップ。

 二人の邂逅はレース場の上ではなく、また勝負とは関係のない場所で行われる事となった。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 ——おもしろいものを見た。

 

 それは偶然、地方で見た同じ芦毛のウマ娘、オグリキャップ。

 10/4。笠松。ジュニアクラウン。

 二度目のスパート。

 圧倒的有利を、圧倒的不利が覆した。

 強すぎる。

 距離の差自体は1バ身すらなかったが、レースの運び方と勝ち方があまりにもおかしい。

 

 ——タマモクロス6バ身離してゴォォール!!

 

 それに触発された。

 タマモクロスはその日から、別人としか言いようがない頭角の現し方をした。

 

 ——止まらない連勝! 重賞レース初勝利です!!

 

 8戦1勝。

 クラシック級の遅咲きでメイクデビュー戦に出走し7着。掲示板を外す。

 その後なんとか未勝利戦を勝利してから、1勝クラスと呼ばれる400万以下の条件戦を勝ち切れず、6連敗。半年近く勝利から遠ざかっていたウマ娘。

 それがタマモクロスだった。

 

 はっきり言うのなら強くない。

 世間ではクラシック戦線で盛り上がる中、日陰としか言いようのないレベル帯を彷徨い、そもそもG1の華たるクラシックレース以前にただの重賞レースすら遠く、OPクラスにすら上がれず、このまま歴史に埋もれて消えていくだろうありふれたウマ娘。

 だった。筈だったのだ。

 

 10/18。条件戦。2000m。1着。8バ身差。圧勝。

 勝ち時計2:16.2。同じ日、同じ距離、同じレース場で行われた菊花賞の前哨戦、G3京都新聞杯での勝ち時計よりも速い走破タイム。

 

 11/1。藤森特別。2200m。1着。9バ身差。圧勝。

 京都レース場の第3コーナー。淀の坂が始まる地点から仕掛け、約1000m近いロングスパートの末に蹂躙。

 ——レースにならない。このクラスに存在して良いウマ娘じゃないよ。

 タマモクロスの勝ち方を見た、あるトレーナーは言った。

 

 12/6。G2鳴尾記念。2500m。1着。6バ身差。圧勝。

 出遅れて最後方。位置取りに苦心し、最終コーナー通過時点で13名中9番手。

 しかしそこからの直線一気で集団を貫き。稍重バ場でありながらレースレコードを更新するという偉業。

 同期で皐月賞および菊花賞2着の1番人気ゴールドシチー。前年度菊花賞優勝ウマ娘、2番人気メジロデュレンを相手にしながら、初の重賞となる舞台でそれだ。

 

 誰もが見向きすらしていなかった。

 パッとしない戦績で、何処でも良くいるウマ娘でしかなかった。

 しかし地の底から這い上がり、突如クラシック戦線の強豪達を真正面から討ち破り、現役最強格の座に一手を進めた娘、タマモクロス。

 

「今更だが、ウチのオグリキャップとよく併走を受けてくれたな」

 

 トレセンのグラウンドの一つ。

 六平トレーナーと小宮山トレーナーの視界の先では、タマモクロスとオグリキャップが走っている。

 

「えぇー? ホントに今言います? 弟子の私が六平さんの頼みを無下にはしませんって」

「そっちじゃない。タマモクロスの方だ」

「あぁ……タマちゃんの方ですか」

 

 言ってしまえば、今のオグリキャップは地方から来ただけのウマ娘だ。

 中央ではまだ何も実績を上げてない。

 何より今回の併走は、オグリキャップに後方から迫られる感覚を教え込みたいという目的で行われている。

 タマモクロスからすれば、併走に応じる利点が少ない。

 

「実は言うと、タマちゃんの方が今回の併走に積極的だったんです」

「……本当か?」

「本当ですよ?」

 

 案外、公私をしっかり切り替えられるくらいに成長しているらしい事に驚いている六平トレーナーに気付かず、小宮山トレーナーは続ける。

 

「——え、コミちゃんそれホンマに言っとる? マジかぁ、こんな形で顔を合わせる事なんて考えてへんかった……。で、ウチらにはなんて言うとるん? 追込? 後ろから? ……なるほど。大体分かったわ。ええで、受けたる」

「…………」

「と、いう感じです。受けない事なんて全く考えてなかったみたいで。偶然、オグリキャップのレースを見た事があったみたいです」

 

 それにしたって、タマモクロスは協力的だ。

 或いはウマが合うのかもしれない。

 同じ芦毛。同じようにのし上がって来たウマ娘。

 タマモクロスだからこそ感じ入る何かがあったのか。

 初対面から、オグリキャップも相性は悪くなさそうだった。

 

「今回、この場面だけ見ても併走を組んで良かったなって思います」

「………だな」

 

 しかしそれは、ウマ娘だけに限った話ではなかった。

 タマモクロスとオグリキャップには、傍から見ても何か通じ合うものがあるように見えてならない。

 彼女達は実に、楽しそうに走っている。

 

「タマちゃーん!! そろそろー!」

 

 勿論、これはかけっこで遊んでいるのではない。

 小宮山トレーナーが声と共に手を振ると、タマモクロスはニヤリと表情を浮かべる。

 

 オグリキャップ、差し。

 タマモクロス、追込。

 

 と言っても二人での併走に脚質という概念は薄い。

 距離1800mでオグリキャップが前に、タマモクロスが後ろに位置取ってレースを進めている感じだ。

 二人とも、末脚を意識して意図的にかなりのスローペースで走っている。

 そういう風に、事前に指示されていた。

 最後の最後での末脚を意識しろと。

 そしてタマモクロスには、最後の最後で後ろからオグリキャップを抜けとも。

 

 逆にオグリキャップは六平トレーナーにあまり説明されていない。

 末脚を意識しろとは言われているがそれだけで、取り敢えず軽く一戦交えて来いと言われただけだ。

 

「……ッ」

 

 最終直線に入った瞬間。

 直線一気を行ったタマモクロスが、オグリキャップを抜き去っていく。

 それはそれは鮮やかに。

 

「(速い……! 中央のウマ娘は皆こうなのか……!?)」

 

 侮っていた訳ではない。

 だがこうも容易く抜き去って行かれるとは思ってはいなかった。

 それはオグリキャップが持つ自負の裏返しと云うよりも、未知への驚愕に近かった。

 

「おつかれさん、オグリん」

「……………」

 

 迎えたゴール板では、オグリキャップの方が後ろにいた。

 1800m。差は4バ身。

 他に走るウマ娘のいない1対1。緩く流した末の上がり。

 最後の末脚を除けば、実戦のタイムとは程遠いトレーニングの範疇。

 そしてクラシック級になったばかりの未熟なウマ娘と、シニア級になった全盛期のウマ娘。

 言い訳出来る理由も多いがともかく、オグリキャップはとても順当に負けた。

 かなりの疲労付きで。

 

「(想像以上にスタミナが削られた。……マーチはこんな事を意識して考えながら走っていたのか)」

 

 中央の芝。中央のコースに慣れていないのを加味しても、後方からのプレッシャーに耐えるのは想像以上に難しい。

 いつ、どのタイミングで自分の横に並んで来るのか。

 後方のウマ娘に追い抜かれないよう走るには、自分が如何なる位置取りをすれば良いのか。

 仕掛け場所のタイミングを調整すれば良いのか。

 

 そういう事を意識すると、意識は頭に行く。

 つまり足元がどうしてもおざなりになり、距離ロスが増えたり、一歩の感覚がズレて消費するスタミナが増える。 

 

「おぉ、ホンマに大丈夫か?」

「……あぁ」

「ははは……! 案外元気そうやん、全然」

 

 膝を突いて息をしていたオグリキャップ。

 しかし立ち上がった時の瞳からは、溢れんばかりの活力が漲っていた。

 負けず嫌い。口数が少ないのは、頭の中で何かをイメージし続けているからか。

 

「エウロスの嬢ちゃんか?」

「!?」

 

 タマモクロスがその名前を出した瞬間、オグリキャップは分かりやすいくらいギョッとして動揺した。

 

「わ、私が何を考えていたのか分かるのか!?」

「いやそもそも、追込言うたら今はあの嬢ちゃんやろ」

 

 例えばミスターシービーが現役だった時代、追込と言えばミスターシービーと呼ばれていたように、現在はシンボリエウロスが追込の代名詞と呼ばれている。

 ついでにオグリキャップの中央移籍に関与したのはシンボリの姉妹だし、オグリキャップの同期にエウロスがいるしで役満である。

 

「まぁ確かに、アレを一度見たら……忘れられへんよなぁ」

 

 ボソリと、タマモクロスは呟いた。

 クラシック級からの遅咲きで暫くずっと勝ち切れず、機会を得てようやく這い上がったウマ娘とは、真逆も真逆。

 ジュニア級から活躍し続け、負けは一度も経験した事がなく、勝ち方は華の極みで、そして恐ろしく強い。

 

 追込。その分類で括れば、同じウマ娘はいる。

 最後方から勝てるウマ娘もいる。

 だが、シンボリエウロスと同じ走りが出来るウマ娘は、現役にはいない。

 いや、あんなウマ娘が過去に存在したかどうか。

 やろうと思っても、アレは出来るものではなかった。

 

 ウマ娘が抱く、速さの衝動。

 速度の限界。速度の向こう側。

 上がり3Fの数字に表した時、その残酷な現実と差は簡単に知れてしまう。

 シンボリエウロスは、速度の向こう側にいた。

 たった一枚の壁を破れるかどうかの世界で、何枚もの壁を隔てた、その先に。

 

「あの嬢ちゃんと末脚勝負するんやったら、そりゃ考えなきゃならん事ごっつ多いし面倒なのは分かる。ウチもやからな」

「キミも同じ、追込なのに……か?」

「そりゃそうや。アレは同じ追込と思わん方がええで?」

 

 気を許した相手へ、少し笑って茶化すようにタマモクロスは言う。

 その発言を、オグリキャップは何となく、らしくないと思った。

 

 警告の裏側にある畏怖。

 初対面の間柄とはいえ、タマモクロスは差や違いを目の当たりにしても、自分は自分だと豪快に笑い飛ばすような印象がある。

 

「あ、でも今のウチ、エウロスの嬢ちゃんよりも強いで」

「!?」

「ちゃんとレースで勝負してもウチが勝つ。快勝や」

「!?」

「だからアンタんとこのトレーナーはウチらに頼んだんやと思うで? もっかいウチとやろうか」

 

 中央は、凄いな………。

 何となく天を仰いだ後、オグリキャップ達はたびたびトレーナーを交えた相談の後に、併走トレーニングを繰り返した。

 タマモクロスから感じたシンボリエウロスへの違和感は、その後の併走では見られなかった。

 





⚪︎小宮山 勝美
 誕生日 : 1月17日
 身長175cm。
 タマモクロスのトレーナー。
 温良恭倹。
 六平さんの一番弟子(自称)
 シンデレラグレイより。
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。