「という訳で次走を『共同通信杯』にしたいと思っています」
「……………理由を聞きましょう」
「はい」
怪我の休養とジュニア級での連闘を考え、シンボリエウロスの次走は『弥生賞』にする。
そしてそのステップレースを弾みに『皐月賞』→『日本ダービー』へと進む。
樫本理子は、そういう最も王道な路線を考えていた。
からの、シンボリエウロスの提案。
必要とは思えない共同通信杯への出走。
内心とは裏腹に、少しの沈黙の後、まず樫本理子は理由を聞く態勢に入った。
このウマ娘は意味のない事はしないと知っているからこその信頼と、意味と必要性があれば躊躇なくガンガン突き進んでいく精神性への諦念である。
問答無用で説教に入らない程度に、樫本理子はシンボリエウロスというウマ娘を理解している。
「オグリキャップ、は知っていますか?」
「えぇ。貴方の姉からも逐次報告は受けていました。地方から来たのだと」
「彼女、国内最高峰クラスに強いですよ」
「………具体的には?」
「才能の底は、私や私の姉よりも遥かに上です」
これが並のトレーナーであれば、何を言っているのかと聞き返しただろう。
オグリキャップの可能性及び素質は、シンボリエウロスやシンボリルドルフよりも優れていると、そう言っているのだ。
だが樫本理子は、全くと言って良いほど担当の言葉を疑わなかった。
エウロスとルドルフ。
この両者には、とある素質がない。
「食、ですか?」
「はい。彼女、平均の2.5倍以上の食事が出来るんですよ。地方ではなく中央の」
「……………」
いっぱい食べられる。
それは時に軽視されたり、茶化される事がある。
だがこれは絶対的に軽視して良いものではない。
大量の食事を摂取出来るのは、何よりも重要な才能だ。
速く走れる能力。レース展開への適応。そして体作りの資本である、食。
凡そこの3つがウマ娘の強さを担う根幹だ。
速く走る為の能力を、結局はトレーニングの体作りの問題であると考え、戦術や戦略は全て関係なしに捩じ伏せる身体能力があるなら関係ない、とするなら食がウマ娘に於ける最も重要な素質と捉えても良い。
これはウマ娘だけに限らない。
とある野球選手が引退時に、もう無理矢理体に食べ物を詰め込まなくて済むのが嬉しいですと本音を溢したように。
とある水泳選手が、一般的な成人男性が1日で摂取するカロリーの4〜5倍近くを毎日食べないと痩せていく一方であったり。
体を動かす事を資本とする者は、常人とは比べられないほどの食事量を絶対的に必要とする。
その上で、人間とは遥かに運動量が違うウマ娘に求められている食事量とカロリーは比喩でも何でもなく桁が違う。
大した食事が出来ないウマ娘は成長出来ない。脆い。体調を崩しやすい。
これは絶対だ。
大抵のウマ娘は太りたくても太れない。
またどれだけ過酷なトレーニングをしようが、トレーニングに見合う成長をするには、比例して摂取しなくてはならない栄養が大量にいる。
ウマ娘の世界が、ブラッドスポーツと呼ばれる所以の一つだ。
速く走れるという事は、過程がどうであれ、全て等しく才能である。
努力をして成長するには才能がいる。
そしてその上で、オグリキャップは平均の2.5倍以上の食事が出来る。
1.3倍あれば才能。
1.5倍もあれば世代でも最高格の素質。
2.0倍ともなれば、それは後天的な努力では絶対に覆す事が出来ないレベルで遺伝子と生命的な観点から、消化器官を含む内臓が先天的に優れている事を意味する。
世界最強と名高いセクレタリアトも、他のウマ娘の2.5倍近い食事が出来たという。
そして、良く睡眠を取っていた。
オグリキャップも同じだ。
良く食べて、良く寝る。
激しいトレーニングやレース後、食事の量が減ったり睡眠の質が低下しやすいウマ娘にとってそれは、字面以上の意味がある。
逆に、エウロスとルドルフはこの辺りの素質がない。
姉妹両方とも、平均に比べ食が細い方だった。
特にこれは、エウロスの場合が深刻であった。
喉に先天的な疾患を患っている彼女からすれば、実はウィニング・ライブでの歌唱よりも食事の方が問題なのだ。
故に樫本理子は、細心の注意を払いながらシンボリエウロスの健康状態を管理し、食事の栄養価も測っている。
シンボリエウロスが管理主義を求めていた理由は、ここが大きい。
「オグリキャップ、後1ヶ月以内に中央の水準を突破しますよ」
「……………」
食の細さは、環境やトレーナーの存在で補う事が出来た。
特に名門生まれだったからこそ、ルドルフもエウロスもその辺りで苦労した事はあれど、障害にはならなかった。
だがこれは、オグリキャップにも同じ事が言える。
地方から中央へ。
環境は変わったが、その辺りに対する適応力を持っているオグリキャップからすれば大した影響はなく、むしろ地方から向上した設備環境がオグリキャップを強化するだろう。
移籍して僅か1月も経たず、たかが地方ウマ娘でしかない筈のウマ娘が中央の水準を突破する。匹敵するのではない。越えるのである。
しかもその異常な成長速度は、決してそこで打ち止めではない。
「正直恐ろしいですね。私と違って弱点らしい弱点が何もないので」
難攻不落。完全無欠。弱点皆無。
最後のは少し違うが、シンボリエウロスにはそんな四字熟語が当てられていた。
勿論実情は異なる。
何ならその言葉は、オグリキャップの方が似合っている。
オグリキャップを攻略する側に回った時、取れる対処と手段が驚くほど少ないのだ。
ついでに言うとオグリキャップはスポーツ心臓持ちだ。
要は胃以外にも心肺の機能にも優れている。
尚且つ身体の柔軟性は高く、そのバネのような筋肉から叩き出される加速の方法に無駄はなく、スパートは重心の低い独特のもの。
更に利口だし、学習能力は高いし、その上で気性が穏やかなのに根性はあるわで、もはや逆に一体何を持ち得ていないのか。
「(いや………右前脚に発症した繋靭帯炎、その原因と思わしき、やや外向していた右脚とその右脚で強く掻き込むように走る癖は弱点足り得るか……?)」
何より——『オグリキャップ』号の特徴。
二段階目のスパート。
残り200m、最後のラスト1Fに於ける高水準な末脚の数字。
それを思うと、やはり共同通信杯で仕掛けたい。
オグリキャップの新たな指導者になった六平トレーナーは、風貌や言葉使いに反し堅実なトレーナーだ。
今後の路線を考えるに、確実に対面出来るのは共同通信杯しかない。
クラシック登録問題の事もあるが、それとは全く別に勝利への執着は働く。
「凡そ言いたい事は分かりました」
ウマ娘側の意見を引き出し、しばらく黙っていた樫本理子が口を開いた。
「貴方がジュニア級で連闘を望んだ理由と似ている……いや元を辿れば同じですか。今の内に対策と準備を進めておきたい、という事で合っていますよね?」
「はい。話が早くて助かります」
「ではそれを踏まえて私からも一言。——本当に必要ですか?」
返した樫本理子の言葉は厳しい。
それはひとえに、シンボリエウロスの故障を危惧しているからである。
はっきり言ってシンボリエウロスは出走しすぎだ。
ジュニア級では出走を繰り返しても大丈夫だったから、と樫本理子は楽観しない。
繰り返していたからこそ、樫本理子は警戒している。
突然シンボリエウロスが故障するのではないかと。
ウマ娘の世界に於いて、そういう事は多々ある。
後になって、もしかしたらアレが予兆だったんじゃないかと、そんな軽微な違和感が積み重なって爆発するのはまだ良い。
決して良くはないが、それでもマシなのだ。
何の前触れもなく、脚が壊れる。
理由も原因も分からず、脚が折れる。
今年の『年度代表ウマ娘』サクラスターオーがそうだった。
そして過去を辿れば——
——あの『皇帝』が、正にそうだった。
海外遠征、その初戦。
一つの国の期待と夢を背負い、さぁこれからだ。凱旋門の頂まで後少しだという所で。
シンボリルドルフはいきなり突然、何の前触れもなく故障して、競技者としての道が終わった。
それと同じ事が、どうしてシンボリエウロスには起きないと言える。
夢の成熟する瞬間、歴史が変わる寸前でいきなり競技人生の道が閉ざされたシンボリルドルフと同じように。
夢の道半ば、その絶頂期でシンボリエウロスが終わる可能性が、何故ないと考えられる。
不要な出走は、避けるべきだ。
どうしても、必要だとは思えない。
「必要だと思います」
「…………………」
その上で、樫本理子が不安に思っているウマ娘は迷いなく返して来る。
根拠のない、思春期特有の自負。万能感に支配された、年頃の子が持つ増長と若さ。
……これがシンボリエウロスでなければ、そう言って切り捨てていた。話を終わらせていた。
一部賢すぎるウマ娘はトレーナーの言う事を聞かない事があるという。
ウマ娘としての彼女が持つ知性、或いは矯正しようのない気性難は、徹底管理には得手であり、同時に不得手であった。
シンボリエウロスは一つ頭抜けた智を持つが故に管理主義に正しく適応し、一つ頭抜けた智を持つからこそ、管理主義に真っ向から意見を唱える。
常々思う。
この管理は、彼女には枷になっているのではないかと。
「と言っても、これは私の怠慢になるのですが……最近何となく掛かり気味なんです」
少し目を伏せて、彼女は説明する。
それは、樫本理子も理解していた。
間延びし、大きく広がったストライド。
前へ前へ行こうとする精神が無意識に出てしまう。
怪我明け後、復帰の軽いトレーニングでシンボリエウロスは軽く脚を滑らせ続けた。
調子が悪いのではなく、良すぎるが故の暴走。
思えば阪神JFから、シンボリエウロスは掛かりやすくなっていた。
欲求を持て余していると、彼女自身も度々口にしていた。
「(多分、アレかな)」
領域。そのぶつかり合いによるもの。
当の本人シンボリエウロスには、何となく心当たりがある。
恐らく領域はウマソウル由来のものである。
つまり領域のぶつかり合いは、互いのウマソウルを衝突させている。
だから精神性が影響されるのだろう。
今回はディクタストライカが持つ気性の荒さに引き摺られる形となっている。
シンボリエウロスが得たのは、スパートの維持能力。
代償は暴走に近い脚の回転。そして掛かりやすさ。
逆にディクタストライカも、恐らくシンボリエウロスの気性に影響された。
ただエウロスの気性の荒さは、静かなのが好き、いらない物はいらない、その為に得てして他者との溝を作る形で発揮される。
つまりディクタストライカはバ群に呑まれるのを嫌い、競り合いにも拒否反応を示すようになった訳だが、彼女は長い休養中。だから何だと言う話だ。
何ならむしろ長い病院生活や休み中、穏やかで平穏な日々を過ごせるようになった可能性が高い訳で、彼女からすればメリットしかない。
そしてディクタストライカが現役復帰するまでには、これは多分落ち着く。
「(……彼女は今、不安定な成長期の時期にいる)」
対し樫本理子は、極めて現実的な理詰めで物事を考えていた。
休養で一時期とはいえレースから離れていた事。
クラシック期に入り、人間でいう成長期に入った事。
それらだけでウマ娘が不安定になる理由として十分。
また、前走はあの阪神JFである。
マルゼンスキーのジュニア級レコードを越え、上がり3Fは世界記録。
何よりシンボリエウロスは初めて追い詰められた。クビ差だ。
熾烈なレースを終えて、ウマ娘が掛かりやすくなるというのはある。
それが領域と呼ばれるものが関わっているのかは知らない。
そもそも樫本理子は領域を信じていないし、今までの思考の枠組みに領域というものを思い浮かべてすらいなかった。
彼女はただ、事実であり現実の話をしている。
熾烈な争いの後に掛かりやすくなるウマ娘は、今までにもいた。
それだけの、常識の範囲内の話だ。
「(出走させない方が、故障の可能性が上がる……?)」
ではそんな時の対処は何か。
ここまで来たら普通は、不安定だからレースには出さないとなる。
普段のトレーニングで落ち着かせ、時期を測って実戦に出すべきだと。
しかし、今回は話は逆だった。
普段のトレーニングで治る範疇なら、恐らくエウロスは掛かり気味になる事はない。
仮にも管理主義。しかも担当は、自らをそれに適応させたウマ娘。
このウマ娘は、自分自身を征服し、支配している。
今は、支配出来ていない。
シンボリエウロスの気性難は、このような形では現れない。
樫本理子は、それを最も理解していた。
これが落ち着くのはいつか。
もしかしたら欲求が解消されるまで治らないかもしれない。
良くても半年ほどかかる。
日本ダービーには間に合っても、皐月賞には間に合わない可能性がある。
それどころか、このままではトレーニング中に軽い怪我を繰り返す可能性もある。
「ごめんなさい。私の怠慢です」
そう言うウマ娘側。
だが本来、ウマ娘の調子や体調などの手綱を握るのはトレーナーの役割だ。
放任主義なら多少は違うが、アレはアレで、手綱を緩め手放すからこそ調子と体調を復帰させるものだ。
トレーナーである以上、頭には入れている。
ウマ娘に適切なトレーニングを与えて、後は全てをウマ娘本人に任せるものではないと。
「(私は……彼女のトレーナーには相応しくないのかもしれない)」
怪我。故障。代償。
常に悩み、何かを天秤にかけている。
そしていつも、ウマ娘側からの提案以上の解決策を見出せないでいる。
ウマ娘側に任せきりの果てに何が起こったかを、知っているのに。
指導力不足。
その言葉が一度脳裏に浮かび、しかし気を改める。
シンボリエウロスのトレーナーである事を選んだ以上、責任は果たさねばならないのだから。
「……分かりました。出走を決めましょう」
「ごめんなさい」
「いいえ、謝るのは貴方ではありません」
「はい。はい……ありがとうございます」
怪我をさせない為、レースに出す。
普通に考えれば矛盾しか孕んでいないその選択を、樫本理子は選んだ。
尚全くの余談だが、後に『影をも恐れぬ怪物』と呼ばれるウマ娘が、シンボリエウロスと全く同じ事をする。
つまり、レースへの過出走によるエネルギーの発散、及び精神性の安定化。
良く言えばエネルギーに溢れ、悪く言えば未熟。
だがそれが、一つ噛み合えば如何なる結果を齎すかを、未来の怪物が証明している。
「対策を進めましょう。……と言っても、やる事は今までとほとんど変わりません」
「はい」
即ち、次のコース形態の把握。レース展開の予想。戦術面での頭脳の構築。
それらの精度を上げ、対応力を高め、最終的にレースに出走する他ウマ娘全員の気質・戦術・枠番に合わせて即興で形を整える。整えるだけの基盤を作る。
傍から見れば変わりなく。
一部のベテランが見てもほとんど変化はなく。
トレーナーとウマ娘共々、未だ孤高の文字が似合うような変わらなさで日々は過ぎて行った。
「出走表が出ました」
そしてレースの日が近付いて来て、URAから正式な『共同通信杯』の出走表が公表された。
樫本理子から受け取った出走表に目を通し、下へと滑らせて行く。
その途中。ある一点を見つめて、シンボリエウロスは眉間に皺を寄せた。
「……………」
「どうしました?」
「……いえ」
オグリキャップがいる。
それは良い。挑発じみた誘い方をしたからだ。
だが、この名前には何もしていない。
本来ならこのウマ娘は、ここには来ない。
何より距離適性に合っていないのだから、来るとは思っていなかった。
登録序列、14名中13番。
下から2番目。
——スーパークリーク。
近代型ステイヤーの始祖である筈のウマ娘が、中距離とも呼べないような距離のレースに登録している。
少しずつ。
だが着実に。
自分に狙いを定めた包囲網が出来ている気がした。
敗北。
その二文字が、じわじわと近付いている。
トゥインクル・シリーズに於けるスターとは、即ちその国に於けるスターと言っても過言ではない。
必然的に、彼女達は大衆的人気がある。
そしてその大衆の中には、未来のスターウマ娘がいたとしても何ら過言ではない。
多くのウマ娘は、幼少期にトゥインクル・シリーズを知り、トゥインクル・シリーズで走るウマ娘に魅せられるのだ。
「……………」
彼女もそんなウマ娘の一人だった。
実家は酒屋。故に二階のリビングで、食い入るように彼女はテレビを見ている。
——空を飛んだ! シンボリエウロス空を飛んだ!
彼女がそれを食い入るように見ている理由に、特別なものはない。
テレビを付けたら偶然それをやっていたから。
物心が付き始めるこの段階で、ウマ娘レースの最高峰に興味を持ったから。
或いはそのテレビに出ているウマ娘が、同じ"妹"であった事も理由の一つだったのかもしれない。
だが彼女は、この日の記憶をいつまでも忘れる事なく時を重ね、成長していく。
後に、多分本能的に何かを嗅ぎ分けたんだろう、実際に当時、前年度の有馬記念よりもアンタのレースの方が繰り返し放送されていたしな。
と、この日の邂逅を、本人に向かって説明する程度に。
「……私も」
画面の中のウマ娘は、笑っていた。
常に無表情で、何もかもどうでも良いなんて態度をしていた筈のウマ娘が。
何処に、誰かに向かって指を指し、獣のように。
その笑みは、彼女の何かを妙に揺さ振っていた。
「あんな風に、なれるかな」
「……あぁ、なれるさ」
深く肯定したのは、姉だった。
鹿毛の妹とは違った、白い毛が特徴的な芦毛の姉。
姉は妹に、迷いなく言う。
お前なら、絶対になれると。
妹の才能を、姉は良く知っている。
そして妹は、姉が目標であった。
画面の中のウマ娘のように。
全ての始まりは、きっとあの日。
かけっこをしよう。
そう言って誘ってくれた姉の背中を追いかけた、あの一歩。
だからこの日は、彼女にとっての二歩目だった。
彼女の名前は、ナリタブライアン。
後に『影をも恐れぬ怪物』と呼ばれる三冠ウマ娘である。
⚪︎影をも恐れぬ怪物(小学1年生)
最後方から全員をぶち抜くスタイルってカッコいいなと思っている。
⚪︎そしてその上で、オグリキャップは平均の2.5倍以上の食事が出来る。
諸説あり。『オグリキャップ』号を解説する書物或いは調教師や馬主といった関係者の話によって1.5倍〜3.0倍だったりする。
何と比較しているのか、その日の食事量によって変化するのだから当然ではあるが2.5倍という数字を良く聞くので作中では2.5倍に。
尚、アプリ・アニメ・マンガのあらゆる媒体に於けるウマ娘のオグリキャップは、もはや3倍とかそういう次元ですらないレベルの食事をしているのには目を瞑るものとする。
⚪︎大量の食事を摂取出来るのは、何よりも重要な才能だ。
⚪︎大した食事が出来ないウマ娘は成長出来ない。脆い。体調を崩しやすい。
⚪︎ウマ娘の世界が、ブラッドスポーツと呼ばれる所以の一つだ。
Q.じゃあ何で少食なのにシンボリルドルフはあんなに強いんですか?
A.シンボリルドルフだから。