プリティーです。
ローカルとトゥインクル。地方と中央はレベルが違う。
地方のウマ娘が中央に移籍して初勝利を上げられる確率、約9%。
それが重賞となれば0.1%すらなく、G1となれば………ここはそういう世界。
地方の上澄みが、中央の最下層レベルに敵わないなんて事はざら。
中央から流れたウマ娘が、地方を荒らすのも普通の事。
だからこそ、中央には天才しか集まらないとされる。
そして中央は、天才が天才でなくなる場所でもある。
中央の門を開いたところで、それは一つの壁を乗り越えた程度でしかない。
ウマ娘がレースに出るには、トレーナーと契約する必要がある。
それは複数人が所属するチーム契約でも、専属契約でも同じ。
トレーナーと契約しなくては、レースに出られない。
——選抜レースというものがある。
ウマ娘が走り、トレーナーがその走力を見る。
トレーナーがどのウマ娘をスカウトするかを見定める場所。
事前の評判やトレーニングも一つの指標ではある。
だがやはり、一番重要視されているのは選抜レースだ。
レースに出られるか、出られないか。
出られても優秀な成績を残せるか、残せないか。
今後の人生が左右する、最初のレース。
その選抜レースが、近付いていた。
「皆さんは選抜レース、何メートルのレースに参加しますか?」
場所はトレセン学園の食堂。カフェテリアとも呼ぶ場所。
一つのテーブルを中心に、三人のウマ娘が座っていた。
メジロアルダン。ヤエノムテキ。サクラチヨノオー。
メジロアルダンの言葉を皮切りに、自然と話題は選抜レースの話になる。
そもそもウマ娘にとって選抜レースは重要なのだから、それが間近に近付いていれば、話の話題は大抵選抜レースになる。
「私は1000mから始めようかなって……」
そう答えるのはサクラチヨノオー。
サクラチヨノオーに限らず、1000mを選んでいるウマ娘は多い。
後は根幹距離である、800mと1200m。この三つが王道といったところ。
次にマイルと呼ばれる距離、1600mである。
本格化が始まったばかりがほぼ全ての新入生、いわゆるジュニア級のウマ娘達は中央のターフに慣れていなかったり、まだ本格化が不安定な時期でもある為、距離適性に限らず短い距離で選抜レースに臨む事がトレセン学園から推奨されている。
また、春から本格化が始まっていくウマ娘が多い為、必然的に本格化がほとんど始まってすらいない4月の選抜レースは短距離になりやすい傾向にある。
後に中距離や長距離に適性のあるウマ娘が、ジュニア級ではマイル距離でデビューを飾ったりするのはそういう理由だ。
つまり、後に1400〜1800mが適性のマイラーや、1600〜2400mが適性のクラシックディスタンスのウマ娘も、ジュニア級では本来の適性の半分くらいしか実力を出せないという事が多い。
その影響もあり、ジュニア級のレースは最長で中距離の2000mまでしかない。
そもそも根本的に長い距離を走り切る為の能力が足りてないのもある。特にスタミナ。
早熟し、尚且つ長距離を走るステイヤーのウマ娘にとっては、やや厳しい時代だ。
「ヤエノムテキさんは………何をしていらっしゃるのですか?」
「果たし状を書き込んでおります」
「え」
額から鼻にかけて流星のように伸びる白毛。栗毛の短髪。
吊り目のウマ娘、ヤエノムテキは食事を済ませた後、達筆な字で果たし合いの書状に筆を通していた。しかも一から墨を磨るという力の入れ具合である。
すっごい字が綺麗………。
名門生まれ故にかなりの教養を持つメジロアルダンがそう感嘆するくらいには、出来上がった白筆毛筆の書は達筆だった。時代が遡っていると言われても納得するほど。
「えっと、誰に果たし合いを望むのですか?」
「エウロスさんに」
「あー……」
納得。感嘆。
メジロアルダンが振り返った先では、カフェテリアで同じように食事をしている、時のウマ娘シンボリエウロスがいる。
期待と不安の入学、そして衝撃の自己紹介からもう半月近く。
ただ、彼女を取り巻く環境は変わらなかった。
つまり孤高。変わらず、彼女には静寂が似合う。
誰一人、彼女が爪弾きにされてるとか、同期と馴染めていないだけとは一切思わないほどには、彼女は隔絶していた。
最初は雰囲気だけだったが、今は違う。
本当に、彼女は強かった。
トレーナーが付いてないウマ娘だからといってトレーニングが出来ない訳ではない。
中央トレセンは、基本的に午前は通常の学校と同じ座学である。
だが午後は違う。教官を交えたレース座学、ウィニングライブのダンスレッスン、基礎的なトレーニングといったレース中心の授業が午後に組まれているのだ。
そして、その基礎トレーニングで、彼女が同期をぶっちぎった。
単純な話だ。単走で彼女が一番速い。それだけ。
短距離800m。約1.0秒差。約6バ身。
余りにも分かり易い実力の差だ。距離適性の関係はあるかもしれないが、そもそもまだ本格化は始まってない。
もしこれが中距離だったら10バ身以上……つまり大差勝ちされているかもしれないほどの差だった。
しかも多分、全力じゃない。
入学直後でしかもトレーナーが付く前から全力を出すのは、怪我に繋がるから控えるようにという言葉を、シンボリエウロスは忠実に守っている。
まだ複数人でのレースはしておらず、ただ単走での追い切りを見ただけだが、それでも一目見れば分かる差があった。
スタートからゴールまでの秒数という、分かり易い数字の差があった。
名前の知名度も相まって、トレーナーがこの世代で一番注目しているのは彼女だ。
誰もそれを疑わない。それ自体はただの事実だ。
仮に敵になった場合の事も、トレーナーは考えなくてはならない。
ただ、トレーナーがいるウマ娘は午後の座学をトレーナーとのトレーニング時間に充てる事が出来るのだが、一番最初にトレーナーを見つけて、午後から消えるのは彼女かもしれない。
そんな雰囲気が広がっている事を誰も疑問に思わないのが、明確な格差だった。
そしてその雰囲気が広がってからは早かった。
自然と会話が減る。関わり合いが減る。
あの『皇帝』が友好的ですらなくなったらこうなるのだろうという雰囲気。
シンボリルドルフの妹。十冠ウマ娘と同じレベルの強者。前評判に何ら偽りなし。
最初に先生が言った、仲良くしてくださいね! という言葉を守り、今の彼女に積極的に話しかけるのはバンブーメモリーくらいしかいない。
後ちょっとスーパークリーク。
それほどに、シンボリエウロスの雰囲気は周囲を寄せ付けない孤高の天才だった。
尚、バンブーメモリーは救世主扱いされている。
対シンボリエウロスの筆頭格。最高の風紀委員長。
風紀委員長……? と思っていたウマ娘達が、風紀委員長はバンブーメモリーしか有り得ないわ、と断言するくらいにはバンブーメモリーの株が密かに上がっていた。
——あー、もうまた一人なんすか!!? じゃあ今日も隣になってイイっすよね!
——…………(コクッ)
——お、じゃあ今日は一緒にご飯食べましょ! いやぁエウロスさんってば速いっスよね! なんか速さの秘訣とかあるんスか?
——努力。
一応、断ってはいない。隣に座る事は許している。見下すような発言はしない。
ただ無愛想の塊ではあった。発言内容からして、会話が繋がる事もなかった。
そんなこんなで、バンブーメモリーでも無ければ、彼女の沈黙と静寂に耐えられず話が全く続かなかった。
クラス全体で彼女を排斥するような方向性にはなっていない。
バンブーメモリーが彼女の雰囲気を中和しているのもあるが、それはひとえに、シンボリエウロスがレースに対して真摯だったのがある。
速さの秘訣に努力と答えるくらいには、まぁ確かに彼女が基礎トレーニングを怠る事はなかったし、柔軟や怪我の予防の仕方、レース座学で故障の危険性や引退になるような病気についても、メジロアルダンに並ぶくらい詳しかった。
今食事をしている時だって、常にカロリーと栄養価を計算しながら食事をしている。
他人に厳しく、自分にも厳しい。
他人に厳しい………かはまぁ会話してないから分からないのだが、求めている水準の高さに周囲のウマ娘は自然と萎縮してしまう。
要はすっごい怖い。はちゃめちゃに怖い。小学一年生から見た小学六年生くらいの怖さ。
逆に、シンボリエウロスと対象的だったのがメジロアルダンだった。
シンボリとメジロ。日本を二つに分けられる超名門と超名門。
互いに、姉が隔絶した成績をトゥインクルに刻んだ者同士。
深窓の令嬢。もの静か。高貴という部分も同じ。
ただ、そんな雰囲気に反してメジロアルダンは非常に友好的だった。
優しく、思慮深い。清楚。穏やか。優雅。何より会話が続く。感情がある。
いや、後半は人として当たり前の事だろと言いたくなるが、その当たり前をしてないのがシンボリエウロスだった。
入学したばかりで不安定だったクラス関係の中で、自然と関係性と派閥が出来上がり、ついでに、え………名門中の名門の子って……こんな感じなの……!? とシンボリエウロスのせいで自分より名門のウマ娘恐怖症になりかけた子はメジロアルダンに救われてと、いつの間にかシンボリエウロスとメジロアルダンには、周りのウマ娘という壁が出来ていた。
そしてその壁は今日この日、選抜レースを間近にしてから一気に噴出した。
周りのウマ娘達から、ヒソヒソと聞こえる話し声。
「エウロスさんって、何メートルのレースに出るのかな」
「あー………そういえば誰も、エウロスさんの距離適性分かってないんだよね………」
「多分、クラシック三冠は目指してるよね。じゃあジュニア級だと………ほぼ全距離射程圏内………」
周りのウマ娘達は、彼女と選抜レースにぶつかりたくないと思っている。
それはしょうがない事だとメジロアルダンは思っていた。
初等部の頃、彼女は似たような者を見て来ていた。
脚が悪い、体が弱いという弱点を持ちながらも尚、メジロアルダンに負けて来たウマ娘達を。
周りの彼女達も中央の扉を開いた猛者だ。猛者ではあるのだ。
だが自分の実力を知り、他人の実力を知り、自分がどれくらいの才能だったかを相対的に知り始める。察し始める。
勿論、自分より弱い者相手にだけレースをしに来たというウマ娘は稀も稀だろう。自分より強い相手とレースをして、それでも勝ちたいと思う闘争心はある。
ある。
思ってる。
思ってはいる。
必ず勝つ。いつかは、勝つって。
勝つから………だから……今じゃなくても良い。良い筈なんだ。
だって明日は……選抜レースだから。
そんな怖気。弱気な部分が噴出する。
それはウマ娘が持つ、強者を恐れる本能、或いは野生的とも呼ぶ感覚。
勝ちたいと思っているのは嘘じゃない。でも、まだ良い。まだで良い。
明日は今後の人生が左右される、最初のレース。
だから嫌だ。負けたくない。無様を晒したくない。
勝ちたいという思いが、負けたくないという恐怖に押し潰される。
既に競争は始まっていた。
だから、シンボリエウロスは孤高だし、誰も排斥しようなどとは考えない。
それがウマ娘の世界。超実力主義。格と差は、自分自身の心から生まれる。
「——如何に強敵と対峙しようと窮地に身を置こうと、ただ引くは拙。怯むは怯。決して道は開けぬ」
「え?」
「心に迷いが生じたならば、答えはただ一つ。己に恥じぬ唯一の道を見定め、成すべき事を成せ。祖父の言葉、八重垣の武人としての心得です」
果たし状をしたため終わったヤエノムテキは、戦いに赴く武人が如く立ち上がった。
すっごいカッコイイ……。
隣でまだご飯を食べていたサクラチヨノオーがそう感嘆するくらいには、立ち振る舞いと言動が整っている。時代を超えて来た武人と言っても過言ではなかった。
「レースとは速いから勝てるのではありません。駆け引きがあり、勝負所がある。皆、自らの実力を見せてなどいません」
ヤエノムテキの目線の先は、シンボリエウロスのいる場所。その一点。
ヤエノムテキもまた今世代の注目株だった。
シンボリエウロスはハナっから友好さ皆無&全く口を開かない&会話に全く応じないので比較にならないが、ヤエノムテキもまた、古風で厳しい人柄として通っている。
剛毅木訥武道少女。熱い想いを秘めたウマ娘。
周囲すら静寂に包む冷たい東風の前でも、彼女の熱は消えない。
「エウロスさん」
「……………」
つまりその二人が対面すれば、どうなるか。
朝食の時間帯で賑やかだったカフェテリアから、スゥ——……ッと、音という音が引いていく。
振り返ったエウロス。仁王立ちのヤエノムテキ。
宿命の相手と相手が顔を合わせてしまったかのような雰囲気を、彼女達の同期は、ウマ娘が持つ鋭敏な感覚で理解した。
ちなみにここを利用しているのは何もジュニア級のウマ娘だけではない。
えっ、な、何…… と、周囲を見渡し始めた、普通にカフェテリアを利用していたクラシック級のウマ娘達。
彼女らは、世代が上がれば次はコイツらが私達と戦う事になる、と警戒していた他のクラシック級ウマ娘に小肘を突かれて、この事態を見守る態勢に入り。
シニア級のウマ娘達は、一緒にレースしましょで良くない? ライバルではあるけど同じ学友なんだから、まずは仲良くしない……?と思いながら見守る。
「明日の選抜レースにて、果たし合いを所望します」
「……………」
言葉に反応して細まる目線。見定めるような瞳。温度の変わらぬ眼差し。
対するは真っ向から迎え撃つ吊り目。燃える瞳。闘志の目線。
傍から見てると、バチッ……と、二人の間で火花と稲妻が走ったような錯覚さえする。
「距離は?」
口を開いた。短い返事だ。
端的に、簡素に、淡々と。
シンボリエウロスが恐れられている理由の一つである。
「ご自由にお決めください」
そしてヤエノムテキも淡々と応え、果たし状を差し出す。
刀と刀で鍔迫り合っているようだった。
目をギュッとし、手で顔を覆い、だけど指のスキマからこの光景を見ているサクラチヨノオーはそう感じた。
「…………」
ヤエノムテキが差し出した果たし状をエウロスは無言で受け取る。
白筆毛筆の書には達筆な字で、貴方の走りを見て実力者だと感銘を受けた事。その貴方を打ち破り、自らの功名とする事。正々堂々と競い合いたいという事。
それが古風に——そして挑戦的に書かれていた。
「なるほど」
指折り、畳む。丁寧な挙措。紙が擦れる音がしない。
メジロアルダンとは別種の高貴な立ち振る舞い。
それは優雅さではなく、他者に溝と格差を作る高貴さだった。
「選抜レースの距離はジュニア級最長の2000mでも出来ます」
恐らく、入学してから初めて聞いたシンボリエウロスの言葉だった。
単語ではない。意思疎通の、はいといいえでもない。
「許可さえ貰えれば日本ダービーやジャパンカップ。或いは凱旋門賞といった、世界で最も施行されている2400mでも出来ます。
ただ、それでは人数が足りなくなる。
私達が行うのは併走ではなく選抜レース。未来を見据えた戦いをするのではなく、今目の前の戦いに集中すべき。故にまず今を積み上げる方が有意義」
喋っている。シンボリエウロスが。
えっ……あんな風に喋るんだ。
意外と丁寧に話すんだね。
いややっぱり名門だからそういうのは厳しいんだろ……。
そんな反応が二人には聞こえていないように、シンボリエウロスとヤエノムテキは向かい合っている。
「ならば最も王道とされる2400mの半分。1200m。
それで戦うのが今の私達に一番適していると思います。
各競馬場で施行されるジュニア級重賞。G3にランク付けされているジュニアステークスも、今現在はほぼ全て1200mですから」
競馬……?
あぁ、レース場の事かと、聞いていたウマ娘達は理解した。
彼女が一応高貴と言われている理由だ。
やっぱりシンボリ家という超名門生まれだからか、時々彼女の言葉からは今は廃れた昔の用語が出る。
スパートをかける事を『駈歩』と言ったりとか『一完歩』とか言ったりする。
要はかなり古風なのだ。
それを踏まえると、古風な果たし状で臨んだヤエノムテキは彼女のツボを押さえているのかもしれない。
殺伐としている部分には目を瞑って。
「明日。芝の1200m。最後のレースに登録しておきます」
「では……」
「はい。ヤエノムテキさんからの挑戦を受けます」
シンボリエウロスが席から立ち上がった。
ちょっとだけざわつくウマ娘達。
「ですが」
ざわつきの中でも、シンボリエウロスの声は良く聞こえた。
ちょっと静かになるウマ娘達。
ビクッ……と反応する耳と尻尾。
すごい怖い。一般人から見た極道くらいの怖さ。
「申し訳ありませんけど、勝つのは私です。私は『皇帝』の妹なので」
「そうですか。それでこそ倒しがいがあります」
睨み合っている。
いや、目線を細めてガンを飛ばし合っている訳ではないし、何なら二人ともいつも通りの顔なのだが、そう思ってしまうほどの圧があった。
シンボリエウロスが、何mの選抜レースに出走するか決めた。
その事に周囲が若干慌しくなりながら、朝食の時間が終わる。
回避するもの。距離の違いに安心するもの。或いは逆に二人の鼻を明かしてやると逆に乗り込みに行くもの。
ただどちらにしろ……明日の選抜レース最終戦は荒れるだろう。
「はわわ……」
「……なんだか面白くなって来ましたね」
ジーッと見つめるサクラチヨノオーに変わって、荒れに荒れるだろう今年の世代に、メジロアルダンはひっそりと溜息を吐いた。
⚪︎サクラチヨノオーに限らず、1000mを選んでいるウマ娘は多い。
アプリ内メインストーリー第3章3話より、BNWの3人が2400mを走ろうとして教官に無茶だと言われていた場面から。
本作のオリジナル設定だが、厳密に明言されてないだけで『学園に入ったばかりの子はその半分くらいの距離から始めるのが普通』と教官が言っている辺り、多分こんな感じな印象。