アオハルです。
東京レース場。左回り。
日本ダービー、天皇賞(秋)、ジャパンカップなどのトゥインクル・シリーズに於ける大レースを行う、日本最大の顔。
その最大は比喩的表現だけに留まらない。
一周2083.1m。最終直線504.2m。横幅最大41m。
その全てが日本のレース場の中で最大。
またコースの起伏には細やかな坂が多く、日本最大の名に恥じない非常にハードなレースが必要とされる。
日本には数少ない左回りのコースであるが故、今まで右回りを走って来たであろうウマ娘達が、感覚が大きく異なるコーナーでのカーブに適応出来るかも重要だ。
では紛れが起きやすいか、特殊なのかと言われるとそうではない。
国内最大規模の大きさを活かした東京レース場のカーブは緩やかであり、コーナーでごちゃつく可能性は低い。
各所に点在した細やかな坂の数々は、ハードなレースを必要とされるものの、阪神レース場やローカルの笠松のような、特定の場面でのレース展開が極端に重要視される事を防ぎ、総合力と適応力が重視されるレース設計は、転じてあらゆる面から紛れの介入する余地を小さくしている。
東京レース場はハードである。
だが運が介入する余地が小さい。
ウマ娘の能力と実力が極めてストレートに反映される。
G3 共同通信杯。東京レース場。1800m。
2月14日。
朝日杯FSや阪神JFから中6〜7週。そして皐月賞まで中8週。
このレースは『皐月賞』の前哨戦的立ち位置にあるが、そもそも根本的に春のクラシックレースの他、重賞レースの登竜門としても重要な位置を締める。
皐月賞だけを視野に入れるなら、皐月賞と全く同じ条件で施行される『弥生賞』の方が重要性は高まるが、クラシックレース全体や今後の重賞レースを測るなら『共同通信杯』の方に軍配が上がるだろう。
このレースが、最初なのだ。
新年が始まってから重賞レース自体はある。
だがこれからのクラシック戦線と、一つの世代の始まりを告げるに相応しいレースは、これだと人々は認識している。
| 1 | 1 | ミュゲロワイヤル | | 2 | 2 | クリノテイオー | 3 | 3 | スーパークリーク | 4 | サクラチヨノオー | 4 | 5 | ツジノショウグン | 6 | モガミファニー | 5 | 7 | グランドキャニオン | 8 | オグリキャップ | 6 | 9 | シンボリエウロス | 10 | カゲマル | 7 | 11 | ケイワンダイナ | 12 | モガミナイン | 8 | 13 | メイセイファザー | 14 | ドウカンランド | |
|---|
当日、発表された出馬表。
やはりと言うべきかシンボリエウロスは未だ1番人気。
対抗するサクラチヨノオーが2番人気。
そのような構図で、事前人気予想は終了した。
距離適性というものがある。
要は短距離に適性があるウマ娘は短距離に。
中距離は中距離、長距離は長距離のレースを走るというものだ。
短距離に適性があるウマ娘は、長距離に出ても適性が異なるので結果が振るわない。
スタミナが足りないという理由で。
逆に長距離に適性のあるウマ娘が短距離に出ても、やはり同じ事が起こる。
スピードに乗り切れないせいで。
距離適性に関する話は更に細かく具体的に明文化されるべき話題だが、最も簡単に表すならそれである。
如何なるウマ娘であっても、距離適性に合っていないレースに出れば凡走する。
故にこの世代に於ける長距離の魔王だろうが、マイルと中距離の狭間に存在する1800mに来るのなら、然程怖くない。
それを踏まえた上で、まず最初に思ったのは、不気味。
「(何を考えているのか。で言えば、私なんだろうな)」
場所、控え室。
時間、パドック紹介直前。
今更ながら、悩んでいる。
未だにと形容した方が良いかもしれなかった。
スーパークリークが、何故かここにいる理由については頭を悩ませていない。
本来なら共同通信杯に出走しない筈のウマ娘がいるという事はつまり、同じく本当ならいないウマ娘が影響を与えたという事だ。
つまりスーパークリークは、シンボリエウロスというウマ娘に狙い定めて出走を決めている。
ただ分かっていても尚、不気味は不気味。
スーパークリークは頭が良い。
そもそもG1を取るようなウマ娘は押しなべてレース中の思考力に優れているが、彼女は特に頭脳に優れていると言って良いだろう。
そしてスーパークリークのトレーナー、奈瀬 文乃。史上最年少でトレーナー資格を得た天才。彼女の存在もそれに拍車をかける。
ここまで来て、何も考えていない訳がない。
で、スーパークリークの対策を進めるか進めないかで言えば、進めたくなかった。
サクラチヨノオーとオグリキャップの対策の方に意識を回したかった。
サクラチヨノオー。朝日杯FS勝者。現時点に於ける最大の脅威。
オグリキャップ。後の最強。この世代の中心。
人気でこそオグリキャップは6番人気に収まっているが、これは仕方ない部分がある。
オグリキャップがこんな下位人気になる訳がない、と言えるのは今後のオグリキャップの戦績を知っている者だけだ。
更に名前を上げるとするなら、今回の共同通信杯にてサクラチヨノオーを破り1着を手にした逃げウマ娘ミュゲロワイヤル。5番人気。
この三名が、恐らく最大限の警戒をしなくてはならないウマ娘である。
では、スーパークリーク。後の三強の一角。
近代型ステイヤーである魔王に与えられた8番人気という数字は、オグリキャップのように仕方ないものなのか。
そう問われたら、こう答えるしかない。
ただただ正当な評価だと。
まず現時点で、スーパークリークは3戦1勝だ。
12月のメイクデビューに失敗し、3週明けた未勝利戦で勝った後に400万以下の1勝クラスで負けた、いわゆるパッとしないウマ娘。
走った距離は全て2000m。遅咲きのステイヤー。
ジュニア級では2000mを超えるレースはなく、現時点でもまだない彼女が走るとしたら、やはり同じ2000mなところを、何故か1800mに来た。
そして登録序列は下から2番目。初の重賞。レベルはG3の最高格。
8番人気という評価は、実に妥当だと思う。
何もなければ、スーパークリークは8着ほどに沈むとすら思っている。
後のスーパークリークは正しく魔王としか言いようがないが、現時点では大した脅威になり得ると思えない。
不気味は不気味だが、サクラチヨノオーやオグリキャップに回している意識を割いてまでスーパークリークを警戒するのは極めて無駄が多い。
その筈。
故に、面倒だ。
「トレーナー。展開予想を」
先に挙げたミュゲロワイヤルが1枠1番、最内。先頭。
次に3枠3番、サクラチヨノオーが好意追走の先行。
そして更に、その流れに乗じるであろう3枠4番スーパークリーク。
広げた出走表とコースの設計図を並べていた自分の斜め後ろから覗き込む、ピッチリと整えた黒いスーツ。
「1枠1番のミュゲロワイヤルと、3枠3番サクラチヨノオーが手堅く序盤の展開を作るかと。最大の標的が貴方である以上先行争いは激化せず、崩すのは相応に難しいでしょう」
「…………」
「代わりにこの流れに乗るか崩せるなら、貴方が好むレース展開に持っていくのは容易い筈です」
私もそれは思っていた。
というかトレーナーと考えている事は同じだ。
唯一違うのは、スーパークリークへの警戒。
正直、スーパークリークは怖くない。
問題は、それが1対1の話ならばだ。
私は積極的に先頭集団を潰す。
このレースでもそれが出来れば、本レース勝者ミュゲロワイヤルと目下最大の脅威サクラチヨノオーを抑えつつ、成長力の化身であるオグリキャップを迎え討つ事が出来る。
しかしスーパークリークの動きによっては、全てが崩されるかもしれない。
かと言ってスーパークリークをマークすれば、前者全員がフリーになる。
これはジャンケンだ。
片方を何とかしようとすると、もう片方が面倒になる本当に厄介なもの。
「………どうしようかな」
ただでさえ、あまり頭を回す余裕がない。
何せ今、掛かり気味なのだ。
自覚しているからと言って、おいそれと治せるものではない。
「少し、落ち着きませんか」
「はい。緊張している訳ではないのですが」
そういう気分の日と割り切ってはいるが、いつもの自分らしくはなれなかった。
調子が悪いと呼ぶより、肉体と精神の釣り合いが取れてないチグハグな状態。
ディクタストライカが悩んでいたのはこれだろう。
「エウロス。私はそれを、思春期によるものだと思います」
イスに深く背中を預け、天井を仰ぐ。
何となくぼーっとしてこの状態をやり過ごそうとしていたが、トレーナーの言葉に耳を傾けた。
思春期。第二次性徴期。ウマ娘らしく例えるなら、本格化の絶頂期。
「多くのウマ娘は春にかけて本格化が安定します。ですが本格化が最も進むのはクラシック級から。貴方は今、生涯で最も影響の大きい成長期であり不安定な時期です。怪我の休養から明けた今、それが更に強くなっていると思われます」
まぁ、だろうな、と。
他人事……というか己自身の事でありながら、自分を俯瞰的に見る自分がいる。
それはメリットでもあり、恐らくデメリットでもあるのだろう。
こんな時は特に。
「続けてください」
「2ヶ月間、貴方は本気で走った事がありません。全力でもありません。取材やURA賞、地方遠征でも知らずにストレスは溜まっている筈です」
「自覚はないんですけどね」
「ですが、この2ヶ月です」
「……………」
2ヶ月。短いように思える。
が、僅か3年で成長期→全盛期→衰退期→を迎えるウマ娘に取っての2ヶ月だ。
軽い怪我でも、絶対的にしない方が良い。
それだけは変わらない事実なのだ。
「今日は、どのようにレースをすれば良いでしょうか」
恐らく初めて、勝ち方を誰かに委ねる。
多少相談をする事はあったが、基本的にトレーナーは本番での勝ち方の指示はしない。私も聞かない。
唯一先行で勝負したデイリー杯のアレだって、私と樫本理子さんがトレーナーとウマ娘の関係になってからの初戦、試験的なもの。
具体的には私の実戦での適性を量る為とその後の阪神JFでの布石の為で、意味合いは異なる。
「……………」
その返答は予想外だったらしい。
少し目を見開いた後、彼女は腕を組み、下を向く。
「………エウロス。私が言いたい事はですね」
「はい」
「今日は、思いっきり走っても構いません」
そして私は、トレーナーの返答こそが予想外だった。
「……具体的には?」
「32秒台で決めて構いません」
「……本当に良いんですか?」
上がり3F32秒台。阪神JFでは、そのタイムを出して故障した。
今日の東京レース場の最終直線は阪神レース場の最終直線よりも非常に長い分、速い上がりは出しやすくなるが、尚も圧倒的に32秒台は速い。
このレースに出してくださいと、既に無理を言っている。
消耗具合を考えるなら、普通このレースに出るだけでも良くない。
限界まで抑えて戦え。そう命令されても了承していただろう。
私の再三の確認に、しかしトレーナーは自らの言葉を撤回しない。
「どうしてですか?」
「あまり長くは言いませんが、私は32秒台を出しても問題ないと思っています。後……そうですね。私の育成主義は管理です。貴方を抑え付ける事ではありません。これは大人としての責任です。不安定な時期にあるウマ娘を放って置くのは間違いですが、ウマ娘達に意志がないように扱い、強制するのも違います」
トレーナーは、管理である事に拘る。
特に情動的な暴走やオーバーワークを彼女は徹底的に防止する。
それを踏まえれば、トレーナーの行動指針は何も変わってはいない。
彼女はいつも、ウマ娘の可能性まで縛る事はなかった。
だが私は、何となく変化を感じ取っていた。
本来なら彼女は、多分こんな事を言う人ではなかったと。
その変化を具体的な言葉に明言する事が私には出来ない。
私はこの人の過去を知らない。
「再三になりますが、今の貴方なら私は問題ないと思っています。それでも尚、貴方が怪我をするようであればそれは私の怠慢です。私の管理は、貴方には枷にしかならなかった」
「…………」
「だけど、それでもまだ私をトレーナーに選んでくれるのなら」
——貴方の怪我は必ず私が治します。
——だから、全力で走っても構いません。
「…………、…………」
「エウロス?」
パァンっ!! と甲高い音が響いた。
私が、自分の両頬を叩いた音である。
気合を入れ直す為、ではない。
いつの間にか頬が緩んでしまうのを、止める為だった。
「えっと、エウロス……? 痛くはないのですか」
何となく、顔を背ける。目を逸らす。
あぁ。どうしよう。口元が凄いムズムズする。
ただでさえ、耳と尻尾を動かさないようにしているのに。
「何でもありません」
「いや、何でもなくは……」
「何でもありませんって言ったら、何でもないんです」
たとえ怪我をしてしまったとしても、私が治す。
多分、樫本理子という人間の人となりを思うに、それはかなり凄い事だ。
それを、私は言わせてしまった。
だから責任は取らないといけない。
少なくとも、絶対に勝たないと。
故障と勝利。その天秤。
今は少し、勝利の事しか考えられない。
考えなくても良いようにしてくれたトレーナーに、応えないといけない。
うん。
仕方ない。
今日は少し、乱暴に行こう。
いつものように走っていたら、多分そのままだ。
この気性の荒さは発散出来ない。
だから今日は、思うがままのレース操作をしない。揺さ振りも掛けない。
今から私は——『シャドーロールの怪物』のように、真正面から。
全て、食い潰してやる。
「オグリちゃんが、6番人気………」
じーっと、出馬表の枠番と人気順を眺めていたベルノライトは驚きを隠せなかった。
オグリキャップは今まで、メイクデビューを除き全て1番人気である。
そのメイクデビューも2番人気だし、それに相応しい強さを持っていた。
だからこそ、中央という世界のレベルを実際の数字で叩き付けられると、来るものがある。
分かってはいた。だが覚悟は足りていなかった。
6番人気。順当な評価なら、オグリキャップは6着。掲示板には入らないだろうと思われている。
「こればかりは仕方ねぇよ。初戦だからな」
六平トレーナーは、それを妥当だと判断していた。
もしこれが、例えば3月6日に行なわれるG3レース『ペガサスステークス』だったら、オグリキャップは上位3番以内には入っていただろう。
だがこれは『共同通信杯』だ。同じG3ながら、出走するウマ娘は漏れなくクラシック戦線を視野に入れている強豪ばかり。
「12戦10勝……でもなんですね」
「あぁ。12戦10勝でもだ」
オグリキャップ。12戦10勝。内2着2回。
数字だけ見れば、無敗という付加価値はあるが6戦6勝のシンボリエウロスより優秀である。
ではこれを、現在の獲得賞金額にするとどうなるか。
オグリキャップ、約2200万。
シンボリエウロス、約1億4000万。
こういう事である。
実質的にオグリキャップは、中央基準で4戦3勝・重賞は未勝利くらいの評価だった。
シンボリエウロスとサクラチヨノオーの、ジュニア級王者両方が揃っている上で6番人気なのは極めて健闘した方だろう。
六平トレーナーは最悪地方から来たという評価が悪く捉えられ、10番人気くらいもあり得たと認識している。
「だが人気なんてものは所詮、レースが始まる前の事前評価でしかない。人気予想の上位3番がそのまま着順でも上位3位を独占するレースなんて1割も存在しないし、下位人気のウマ娘が1着を取るなんて事も珍しい話じゃない」
「…………」
「だからオグリ、変に気負い過ぎるんじゃねぇぞ」
「ん、あぁ……」
ベルノライトと同じく出馬表を眺めているオグリキャップは、心此処に在らずと呟いた。
「エウロスが、全て◎じゃないんだな」
「ん? あぁなるほど、お前はそこが気になってるのか」
評価は上から、◎ ○ ▲ △である。
本命 対抗 単穴 連下とも呼ぶ。
シンボリエウロスは今まで、ほぼほぼ毎レース◎が3つ並ぶような状態が続いていた。
要は圧倒的1番人気である。
が、今日は少し違った。
対抗に同じジュニア級王者サクラチヨノオーがいる事。
休養明けからかなり短い感覚でレースを走っている事。
この2つがシンボリエウロスの絶対性を揺らがせていた。
事実、最近のシンボリエウロスは掛かり気味である。
決して調子は良くない。
「だがそんな事は油断して良い理由にはならない。何なら今日この場のシンボリエウロスが最も油断ならない」
しかし尚も評価はシンボリエウロス一強だ。
アレが規格外である事の証明である。
具体的な話をするなら、最終直線の長さ。
「いいか。一言で言うならシンボリエウロスは今まで、常に自分が最も不利なレースをして来た。そして今日はアイツに一切の不利がない」
「今日の彼女が、今までで一番厄介と思った方が良いのか………」
「そうだ。初めてシンボリエウロスが枷を外してレースすると思うんだ」
逃げは、最も枠番に左右される。
そして追込は、最も最終直線の長さに左右される。
今まで彼女が走って来たレースの中で最終直線の最大距離は阪神レース場の352m。
350mがやや短いと考えるか、普通と捉えるかは人による。
境界線が丁度その辺りにあるのだ。
ただ阪神レース場は複合カーブと内枠有利の影響で、後方脚質が圧倒的不利である事に変わりはなく、シンボリエウロスは常に、追込が最も勝率が低い上で勝って来ている。
しかし今日は東京レース場。最終直線504.2m。長さは日本最大。
これを東京1800mの脚質毎の勝率に表すと、凡そこうなる。
逃げ。約24%
先行。約29%
差し。約29%
追込。約18%
変わらず追込が1番勝率が低いじゃないかと言いたくなるが、今までのレースと比べたらマシもマシである。
そもそもの話になるが、根本的に追込で勝負するウマ娘は少ない。
故に"勝率"という、勝ったウマ娘の脚質しか集計していないデータでは、数字に現れない裏がある。
言ってしまえば、先行と差しは母数が多いから勝率が高くなりがちなのだ。
統計を鵜呑みにしてはならない理由である。
兎も角として、東京1800mに於ける脚質有利はほぼイーブン。
今まで、そんな脚質分布を踏まえても追込脚質の勝率が1割程度のレースで全勝して来たシンボリエウロスが、この環境下に於いて如何に脅威であるか。
調子を崩し、対抗には同じジュニア級王者を迎えながら、未だ一強を貫いているのがその証明だろう。
「幸いにオグリは、シンボリエウロスの隣にいる」
「幸い、なのか?」
「あぁ。ここは好都合と捉えよう。お前が逃げだったら不味かっただろうが、今日はエウロスの動きを一番掴み易い場所だ。今日は枠番の差もないしな」
このレースでは脚質の差と同じように、枠番による有利不利がほぼない。
東京1800mでは本当に全てが平等なのだ。故の登竜門。共同通信杯の結果がほぼほぼダイレクトに、今後のクラシック戦線を物語る。
強いて言えば、丁度オグリキャップ辺りの真ん中の枠がやや好走傾向にある。
何処でも勝負しやすく挽回出来る本レースでは、内外のような有利不利がはっきりした場所よりも、展開窺いがしやすい真ん中の枠が適しているのだろう。
5枠8番、オグリキャップ。
6枠9番、シンボリエウロス。
14名立てとなった本レースにて、やや外寄りの中枠。
両者共に都合が良く、同時に最も干渉しやすい。
「では、どのように勝負すれば良いんだ?」
「いや、それはあまり意識する事じゃない。強いて言うなら誰にも惑わされるな。冷静に自分の走りをしろ」
そもそもオグリキャップは中央初戦である。
本来ならまず、中央のコースで如何程に通用するかの段階だ。
何よりオグリキャップは、レース中にゴチャゴチャ考えるのには向いてない。
「……分かった」
頷き、応える。
オグリキャップもそこは理解していた。
彼女は頭が悪い訳ではない。レース中の思考力……それを持ち前の勘の良さや対応力と捉えるなら、オグリキャップはトップクラスに賢い。
が、彼女は先手先手で戦術を駆使し、レース展開を自由自在に動かす事には疎かった。
オグリキャップが唯一持ち得ない素質はそれである。
『クラシック戦線の最大級の登竜門! G3共同通信杯がもうすぐ始まります!』
『準備が整ったみたいですね。各ウマ娘の紹介に入りましょう』
ほどなくして、ファンファーレは鳴った。
パドックでのウマ娘の紹介。
1枠1番、2枠2番と続いて行き、オグリキャップの番になった時にざわつきは多くなった。
もしかしたら、それは3枠4番サクラチヨノオーよりも大きかったかもしれない。
『続きましては、何と本レース初となる地方からの乱入者! 6番人気のオグリキャップ!』
しかしそのざわつきは、応援ではなく奇異である。
ハイセイコー以来、地方から中央に移籍してG1を勝利したウマ娘は存在しない。
ここしばらく、地方から中央に来たウマ娘が勝った事もない。
だが今度の地方ウマ娘は、初戦でいきなり重賞レースに来た。
そしてその重賞はクラシック戦線の登竜門。地方ウマ娘が勝った事例は、当然ながら過去にない。
「中央初戦で重賞とは大した自信やのぉ……しかも共同通信杯。とはいえ地方から来たウマ娘やし、無理やろなぁ……」
この光景を見ていた、ある記者。
後に藤井 泉助、とオグリキャップ達に名乗る彼の発言が、観客の実質的な代弁であった。
中央に移籍した以上、弱くはないのだろう。
でもやはり、勝つのは難しい。掲示板に入れるかどうかくらい。
6番人気。数字にも表れている評価が今のオグリキャップだった。
「これが、中央か」
芝の香り。観客の声。風の感触。
向けられる視線には容赦がない。
——ゾクリとした。
オグリキャップは、自身に向けられている全てに怯えない。
笠松で最初に言われた言葉には、本当に何ら嘘偽りはなかったのだ。
『そして次は——恐らく皆さんがお待ちかねの、あのウマ娘!!』
武者震い。
人知れず口角を上げてパドックを去ったオグリキャップの、次に現れたウマ娘。
緑のゼッケンを付けた、6枠9番。
『6戦6勝無敗! 重賞レース脅威の5連勝! この記録をクラシック級でも伸ばし続けるのか!!?』
1番人気、シンボリエウロス。
彼女はその膨大な歓声とは反比例するほど静かに、パドックに上がった。
「(何を、見ているんだ?)」
直近のオグリキャップは、パドックの裏手から気付いた。
シンボリエウロスは、何も見ていない。
ともすれば、先程のオグリキャップ以上に心此処に在らずと言った様子で彼女はそこにいる。
「やっぱり調子が悪いんですかね……」
「……………」
同じ事を、観客達のベルノライトと六平トレーナーも感じていた。
勝負服を着ていないのもあるかもしれないが、今日のシンボリエウロスは『阪神JF』の時の圧力がない。対面した時に感じる、ビリビリとした圧力が。
「(だが何だ? この違和感は?)」
妙に気味が悪い。
それはトレーナーとしての、長年の経験が知らせた独特の感覚。
シンボリエウロスには、威圧感と知的さがいつも同居していた。
何をしても対応される。何もしなければ蹂躙される。
君臨。或いは支配。走る前から結果を受け入れてしまいそうになるほどの、どうしようもなさが、アレにはある。
今は、ない。圧力を伴う知的さもない。
かと言って、最近の昂りが前面に押し出され掛かっている訳でもない。
「(同じなのは、アイツもだ)」
六平トレーナーは敢えてオグリキャップに言わなかったが、このレースにはもう一人厄介な相手がいた。
シンボリエウロスの風貌とは違い、ただそこに存在している事そのものが不気味なウマ娘。
3枠3番。スーパークリーク。8番人気。
獲得賞金額による登録序列は14番中13番。
担当しているトレーナー人気と、最近のスーパークリークの好走具合によって8番人気に持ち直しはしたが、やはり人気は下位。
分かりやすく強者なシンボリエウロスやサクラチヨノオーよりも警戒に値する存在ではない。
その筈なのだ。
だがスーパークリークを担当しているトレーナーが、その結論に待ったをかける。
奈瀬 文乃。
敵と呼んでも良い因縁のある男から産まれた、娘。
ともすれば、父をも上回る才覚を持つあの奈瀬文乃が、自らが担当しているウマ娘の適性を把握していない訳がない。
スーパークリーク。生粋のステイヤー。脚の外向に悩んでいるウマ娘。
彼女を1800mという、マイルとも中距離とも言い難い微妙な距離に出した以上、何かある。
——ガコン。
不気味な静寂。
いつもシンボリエウロスが作りだす、皇居の仰々しさに近い静寂とはまるで異なる静けさの中、粛々とゲートは開いた。
荒れる——幾人かの心境に、今日のレース展開を予感させながら。
クラシック戦線登竜門
共同通信杯
GⅢ・東京・芝・1800m
後の、永世"四強"。
この世代に於いては、その全員が集まってしまった『共同通信杯』は波乱の予感の中始まった。そしてその予感は、実に正しかった。
異常。
レースが始まってから、僅か2分後。
誰しもが、この二文字の単語を呟いた。
⚪︎最終直線504.2m。
東京競馬場の最終直線が525.9mになったのは2003年の改修工事から。
他にも1991年の第104回天皇賞によって大きく表面化した外回りの第2コーナーの問題や、芝2000mのスタート位置の致命的構造上の欠点、格コーナーの角度、他コースの新設改修等も作中時間軸では行われていない。
一周の距離と横幅は改修後と前で(多分)同じ。
違う場合は、明確な記載が載っている東京競馬場設立直後の1933年のレイアウト、一周2100メートル、幅は30メートルだろうか。
この時代の資料が少ない為、有識者の方がいれば間違いを訂正して貰えると幸いです。
⚪︎評価は上から、◎ ○ ▲ △である。
実際の競馬では更に☆や★。注という表記。更には◉や×のような記号まであります。
また競馬新聞によって予想印の欄は3つではなく5つほどある場合があります。
要は【△ ○ ☆ ◎ ◉】みたいな表記がある訳です。
この作品では、恐らく読者の方が見慣れているだろうウマ娘アプリ内の出馬表を参考にし、予想印は◎ ○ ▲ △の4つ。予想欄は【ー ー ー】の3つとして表現します。
後単純に1988年当時の各競馬新聞を作者が持っておらず、資料としても調べるのもかなり難しいので、実際の形態で表現する事がほぼ出来ないという実情もあります。
⚪︎東京レース場はハードである。だが運が介入する余地が小さい。
東京芝2000mだけは唯一の例外とする。