シンボリ家とメジロ家はどれだけ盛っても良い。
古事記にもそう書いてある。
「やるからには責任を持って、全力で事に当たりましょう」
それはシンボリエウロスの言葉だったか。
或いはメジロアルダンの言葉だったか。
今になっては分からない。
しかし二人ともが、ファン感謝祭に向ける意識が本気であった事は確かだった。
お祭りだー! 楽しみーー! わーい!! といったものではなく、イメージとしては古くから伝わる神事を完遂する巫女が一番近かった。
思えば、この言葉が彼女達の方向性を完全に決めたのだろう。
中央トレセン学園が開催するファン感謝祭は、総じてレベルが高い。
それは中央に在校する多くの生徒は育ちが良いのもあるし、必然的にスポンサーである名門が力を入れているからが理由だ。
ウイニングライブのダンスや全国的に中継されるレースと言った、世間に顔を出すという立場と日夜のトレーニングからなる、ウマ娘達のプロ意識が根底で育まれているのもあるだろう。
「執事喫茶ですか……常に周りには執事やメイドがいたので何をすれば良いか分かっている、とは言い難いです。アルダンさんは?」
「私は邸宅の方に専属のメイドがおりましたので、どちらかといえばメイドの印象の方が強いですね。参考にはなるかもしれません」
「なるほど……ただ実際に執事としての業務に励むのではなく、これは執事喫茶。私達は当日、適切な身のこなしと言葉使いを求められている訳なので、まずは所作とマナーから始めましょうか」
「えぇ。私も異論ありません。立ち振る舞いから身に付くものもありますでしょう」
——あれ。何か話のレベルが高いな。
そうは思うものの、会話をしているのはあのシンボリとメジロ。
トゥインクル・シリーズ最大規模の名家であるこの二人に口を挟める者はまずいない。
元より、プロ意識が育まれている彼女達だ。
最初は好奇心と面白半分が主だったこのクラスメイト達も、ファン感謝祭が近付くに連れて本気度が上がっていくのは自然の事だったのかもしれない。
いつしか、ウイニングライブのダンスや歌唱を練習するように、執事として振る舞いやマナー(シンボリ家&メジロ家監修)を彼女達ウマ娘は学ぶようになった。
「姉上……生徒会長と話を付けて来ました。ファン感謝祭の規模が盛り上がるなら構わないと、シンボリ家がスポンサーとして全面協力するそうです」
「あら……。なら私の方からも手回し出来ないか聞いてみましょう。お姉様はどうか分かりませんが、ファン感謝祭を楽しみにしている子が何人もメジロにはいまして、おばあ様も無下にはしない筈です」
——あれ。何か凄い権力の使われ方がされてるな。
レースとは直接関わらない部分だからか、普段自らの家を感じさせない筈のシンボリエウロスは、特に躊躇いなく自分の立場ごと家の力を使っている。
放出している、と呼ぶ方が適切かもしれない。
メジロアルダンも、何気に凄まじくメジロ家に影響を与えられる立場である事を示しながら、普段の延長線上に等しい気負いの無さとフットワークの軽さで、一つの確約を果たした。
日本で最も早く海外進出を果たし、トゥインクル・シリーズの拡大を是とし、その為には智と才を放出する事にも暇がないシンボリ家。
同じく海外進出を果たし世界を渡って来たが、後に国内の文化的保護と伝統の継続に舵を取り、それ故に家全体が強固な結束を持つメジロ家。
あぁやはり、シンボリエウロスにはシンボリの血が。メジロアルダンにはメジロの血が流れている。
今更ながらの話だが、血族というものを実感したクラスメイト達は、権力の正しい使い方も見たような気がして、なんだか感慨深くなっていた。
「規模拡大に伴って私達が行う執事喫茶を改定しないかと、生徒会長と学園側がURAと提携して議論しているようです。取り敢えず一つの教室を貸し切って行う予定だったものを、カフェテリアと連携して行う事について、私は全面的な賛成をしています」
「なるほど………ならばいっその事、当日ウマ娘寮の一部である食堂部分を一般開放し、ファン感謝祭の日は、ファンの方も学園に在校する生徒の方も等しく使用出来る食事場にするのはどうでしょう。この形ならば、メジロ家からの全面協力が引き出せると思います。日程の調整やメニューの試作、他の名家の方との擦り合わせも此方が引き受けましょう」
「良いんですか?」
「えぇ。きっとこれも、一つの機です」
——あれ。何か二人共、いつの間にかシンボリとメジロの顔として話すようになってるな。
シンボリ家とメジロ家ともなると一競技者だけではなく、一族の代表者として、時には外交のような事もしなくてはならないらしい。
……そんな事ある? え、本当にある?
実際には、教室内で話している以上に実家の方に話を通したり、学園やURAと話を詰めたり、後は家の者に任せている。らしい。
そのような事を聞いて一応の納得をした彼女達は、今年のファン感謝祭の規模に密かに戦慄しつつ、自ずと恥を掻いてはならないと緊張し始めた。
「中央が主催し在校するウマ娘達がファンの方に感謝を返す。この意味を見失ってはなりません。各々の意見を出し合い、メニューに幅を持たせ、一般の方が入りやすい場所にしましょう。ここには私の家は干渉させません」
いつしか自然とシンボリエウロスが全体を纏め、周囲から意見を募り、方向性が名家主導になり過ぎないように調整し始めた。
「まぁ……! 美味しい……これを作った方は誰でしょうか」
いつしかメジロアルダンがその補佐を務め、接客だけではなく調理も全面的にやるようになったウマ娘達を主導するようになった。
名門生まれの育ちの良いウマ娘が意見を交わし合いながら、レベルを高める。
寒門生まれの庶民派の感覚が分かるウマ娘が、ファンの人の感覚をイメージし、暴走と行き過ぎを防ぐ。
ここで何気に、食レポがめちゃくちゃ上手いオグリキャップがフィードバックにほぼ必須の人材となり、最終的にクラスメイトとの仲が大幅に向上するというハプニングを起こしながら、いつの間にか春のファン感謝祭が近付いて来ていた。
それはある種の、熱狂。
少ない人数が集団を動かし、集団が更なる集団を動かす。
ウイニングライブを形作ったハイセイコー時代当時のようなそれは、いつしか中央トレセン全体を巻き込み始める。
——まさかこんな形で、袂を分けたシンボリとメジロが顔を合わせるなんて。これは貴方の夢の筋書き通り?
——いいやこれは私にも予想が付かなかったし、完全に私の手から離れた場所で起こった事だよ。でも……うん。この場に居合わせた事を少し誇りに思う。
——そう、貴方の妹なのね。……これなら貴方達四人の集まりを見過ごさなければ良かったわ。
——だがラモーヌ。君にも妹がいるだろう?
——えぇ。そう。その通りよ。だからこれは、身を焼き尽くし切った筈の熱がまだ燻っているだけ。
シンボリルドルフと、メジロラモーヌ。
元々生徒会長として動いていたルドルフも含めて、遂に彼女達すらをも巻き込んだ春のファン感謝祭は、今年のトゥインクル・シリーズの好況率と未来の盛り上がりを示唆するような形で幕を開ける事になる。
即ち後の世にて讃えられる、最もトゥインクル・シリーズが盛り上がっていた時代と。
ハイセイコーが始めた時代すら飛び越えて。
「何か、凄い事になりましたね」
「えぇ。本当に」
そして当日、中央トレセン学園の正門前から校舎を見上げるシンボリエウロスとメジロアルダンがいた。
春のファン感謝祭に関連する横断幕はまだ良い。
しかし校舎内各地に並ぶ各種ブース、学年やクラス毎の出し物。
未来の優駿達に向けた中央トレセンの先行体験会、現役のウマ娘達との併走が出来る仮設レーンすらグラウンドに配置されている。
また近隣住民の協力の下に作成されたポスターと、正月のお祭りのような屋台。
ハイセイコー時代の主流であったグランドライブも折角だから限定開催しようぜ、という事で仮設された特別ステージと、そのライトアップ。上がる花火。
もはや秋のファン感謝祭なのか、春のファン感謝祭なのか、オープンキャンパスなのか良く分からないカオスっぷりだが、中央トレセンらしいと言えばらしかった。
ただひたすらに、規模が凄まじいだけで。
「次の生徒会長は安泰ですね」
「冗談やめてください」
「いえ、冗談ではありませんよ」
今回のファン感謝祭にはメジロアルダンも動いたが、その中心にはやはりシンボリエウロスがいた気がする。
ここまで規模が大きくなったのは勿論、協力に動いた関係者各位によるものだが、恐らく震源地は彼女なのだと。
——シンボリエウロスが勝負服で、執事として接客をする。面白そう!
最初、クラスメイトの共通認識はそれだった。
故に中心がシンボリエウロスになったのはあるが、当の本人が一切の羞恥心もプレッシャーも見せず取り仕切っている間に、全体の意識が一つに統制されたのは中々の事だろう。
現在のクラスメイトの意識は、執事業務に誇りを持っているプロに近い。
シンボリエウロス一人だけが勝負服なのも、例えるなら群れのボスが特殊な装いをして自らを誇示しているかのような趣きが形成され、茶化す雰囲気が消え失せた。
だから案外、上手く行く気配がした。
姉の意志と立場を継ぎ、妹が次の生徒会長をやっても中央が回りそうな気配を。
「生徒会長はずっと姉上のものです」
本人は、返答に若干の冷たさを感じるほど、そうとは思ってないようだった。
「………流石のルドルフ会長も不老不死ではないような」
「でも『皇帝』は永遠です」
「……そうですか………うん」
どうやら、これは泥沼らしい。
厄介な気配がする事を悟ったメジロアルダンは、自分達の教室に向かいながら、話をファン感謝祭に変えることにした。
「ですが私、皆さんのおかげで今日のファン感謝祭の規模が大きくなって、大変心が踊っているんです。初めて春のファン感謝祭に参加しますから」
「アルダンさんもですか?」
「えぇ」
幼少期から体が弱く、熱を出す事も多かったメジロアルダンが過ごした大半の時間は、病室である。
メジロ家でもベッドの上で過ごしている時間が多かった面を含めれば、メジロアルダンには常に虚弱体質が側にあった。
それでもメジロアルダンが悲観的にならなかったのは、同門のウマ娘達が近くにいたからだ。
同期ではなく、年下の。
「私には皆さんもご存じの姉様がいます。ですが同時に、妹のような子もいたんですよ。何人も」
年の差も丁度、妹のように離れていた。
そして姉のように慕ってくれたウマ娘達。
春のファン感謝祭に参加出来なかったメジロアルダンに代わり、ファン感謝祭に飛び込んで、そこで買って来た食べ物や小物を手渡してくれた。
楽しかった思い出も教えてくれた。
その時間が、メジロアルダンは好きだった。
そんな妹のような存在達の、何と三人も来年には中央トレセンに入学する。
当然、メジロの冠を冠する妹のような子達は、今日の春のファン感謝祭にも来る。
今後は逆に、メジロアルダンが出迎える形で。
「ふふ。執事喫茶と聞いた時から張り切ってしまったのは、きっとあの子達にこうして会えるのが楽しみになってしまったからですね」
それはそれとして。
——シンボリエウロスが勝負服で、執事として接客をする。面白そう!
そのクラスメイト達の共有認識を、メジロアルダンは唯一未だに持ち合わせているが、ともかく彼女は名家としての責務と己の意志を別々に分けて動いていた。
「エウロスさんは、楽しみではありませんでしたか?」
「………………」
ではシンボリエウロスはどうかというと、楽しんではいない。
つまらない、とそう思っている訳ではないが、特別心が踊る何かがある訳ではない。
喘鳴症。病室かベッドの上で大半を過ごした。
メジロアルダンと違いを言えば、シンボリエウロスには同期と歳下のウマ娘がいなかった事。
それでエウロスは悲観的になる訳ではなかったが、躊躇いもなく愚かな事はした。
ない。何もない。
全てがどうでも良かった。
姉を含めた彼女達四人がもしもいなかったら、自分は極めて無機質なウマ娘であっただろう事を確信している。
今も、その無機質な部分は確かに存在している。
向こう側。黒い世界。
風も音も光も置き去りにした、速さを。
全てを後方に残した、あの何もない世界に居られるのなら、全てを擲つ事が出来る。
だから本当に、酷く様々な事が些事だった。
その事を何となく、メジロアルダンは察している。
過去、シンボリ家が彼女の存在を秘匿していた事も知っている。
理由は恐らく、自分と似たように偉大な姉と比べて不出来だったからなのだろう事も。
環境に応じて進化したとも言うが、シンボリエウロスは尖っている。その一端が友好関係である。
「まぁこれは、気にする問題ではないかもしれませんね。私は次の子達に託し、エウロスさんは継ぐ御方ですから」
シンボリと、メジロ。
姉と同じクラシック路線に進んだ者と、姉とは違うクラシック路線に進んだ者。
シンボリエウロスは姉の道をなぞり、越える事を選んだ。
メジロアルダンは姉とは違う道で自らを証明し、一筋の光跡になる事を選んだ。
「次の生徒会長は安泰ですね?」
「………はぁ」
再びのその言葉は、即座に否定されない。
今度は少しの沈黙が落ちた後、顔を逸らしながらシンボリエウロスは呟く。
「…………姉上が生徒会長を退くまでに誰も後継が見つからなかったら、考えます」
「ふふふ。そのもしもの日が来たら、少しちょっかいをかけようかな、なんて」
そこで協力ではなく、ちょっかいと言うのがメジロアルダンであった。
メジロらしいといえば、らしい。
彼女達の一族は、良いところが非常に俗っぽい。
シンボリとメジロ、どちらが親しみやすいかと問われたら間違いなくメジロである。
「…………なんというか、してやられた気がします」
「では次はレース場の上で、貴方の口からその言葉を引き出してみせましょう」
或いは、こういう部分すらも。
何気なく、メジロアルダンは振り返る。
「皐月賞、抽選枠で滑り込む事が出来ました」
「…………」
ニッコリと微笑み、ピースをしながら笑う彼女の表情は、先程と何ら変わりがない。
本当に、メジロらしい。特にアルダンという少女は。
仮にもシンボリと対を成すトゥインクル最大の名家。
期待も、不安も、プレッシャーも、既に飲み込んでいる。
これが自然体だというのだから、恐れいる他ない。
今年の皐月賞は、シンボリエウロスというウマ娘の存在で数名が回避をしていた。
広い目で見れば、短距離やダートに路線変更したウマ娘もいるだろう。
勝つ勝てないの話ではなく、怖い、自分の走りに自信が持てない。そんな理由で回避したウマ娘も恐らくいる。
シンボリエウロスがジュニア級から重賞戦線を荒らした影響で、獲得賞金額による序列も格段に変動し、今年のクラシック戦争は非常に混沌と化していた。
しかしその上でも、皐月賞の出走可能人数は超過した。
フルゲート18名。出走回避、怪我や不調による回避、獲得賞金額未到達による路線変更などを経て、最終予約に登録が残ったのは19名。
その内の15名が既に確定し、序列16位に4名。
4名の内3名に残された出走登録の抽選枠に、メジロアルダンが通った。
ヤエノムテキは、その抽選枠にはいない。
彼女は弥生賞3着。皐月賞への優先出走権利を手にしている。
代わりに、メジロアルダンが来た。
メジロアルダンが、間に合わせて来た。
「遅ればせながら、ようやく皆様と同じ場所に立つ事が出来そうです。チヨさんも、気合いを入れ直していましたよ?」
「そういえば、二人は同室でしたか」
「えぇ。だから知っています。最近のチヨノオーさんの不調の理由も」
故に敵討ちを、という訳ではない。
ただ今年の皐月賞は、メジロアルダンが参戦した事もあり非常に荒れるだろう。
シンボリエウロスが出て来るレースは全て荒れて来たので、だから何だと言われたら正にその通りなのだが、ともかく。
「………皐月賞は、かなり大変になりそうです」
サクラチヨノオー、ヤエノムテキ、メジロアルダン。
更にモガミファニーとモガミナイン。
ここにトウショウマリオと、ブラッキーエールも含めるべきか。
少し、有力ウマ娘が多い。
クラシックG1なのだから当たり前といえば当たり前だが、かなりの混戦になるだろう事は既に予想して然るべき面々となっていた。
この全てが、間違いなくシンボリエウロス一人をマークしてくる。
紛れを考えた場合、間違いなく『阪神JF』と『共同通信杯』よりも危険度が高い。
東京2000という舞台で行われるのも、それに拍車をかける。
「ですから皐月賞までにしっかり英気を養い、今日はたっぷり楽しまないといけませんね!」
「えぇ、まぁ、はい」
本当にメジロだなぁ。
実はもしかしたら、メジロアルダンという少女はとても天然なのかもしれないな、と思っている内に、教室はすぐそこまで来ていた。
着替える。
シンボリエウロスは、勝負服に。
メジロアルダンは、執事服に。
着替え終わった後、カフェテリアに向かう。
ファン感謝祭という名前からすれば異様。執事喫茶という名前から見ると凄まじい熱量を感じるカフェテリアは、既にクラスメイトやここのクラスと連携した他のクラスの生徒達によってごった返し始めていた。
「あの、聞きたい事があるのですが」
その途中、ふとシンボリエウロスが呟いた。
「アルダンさんは、妹のような子が何人もいると言っていましたよね」
「えぇ、はい」
「今日も来る予定だとか」
「はい」
「どのように接するつもりですか?」
「え?」
圧縮言語で端的に尋ねているというよりも、何となく要領を得ない言葉であった。
シンボリエウロスにしては。
静寂。冷たい風。揺るがない空そのもの。
そんな彼女が、他人の何気ない話を深掘りしたり気にする印象は全くない。
「えぇと、いつも通りに?」
「具体的には? 姉のようにと聞くには、メジロラモーヌさんのように?」
「うぅん…………」
すっごい聞いて来る。
何かそんなに食い付く部分があったのだろうか、と思いつつメジロアルダンは続けた。
「姉らしい事していた自信はありません。ただ慕われていたとは思います。だから……少し気ぶりたいのかも、と思います」
姉らしくしていたというよりも、皆のお姉さんをしていた。
例えるなら、そんな感じ。
皆が自然と自分のところに集まって、世話を焼いたり焼かれたりをしていたのだ。
「皆優しくて、可愛い子なんです。エウロスさんが対面した時は、是非とも仲良くしてあげてください」
「えっと、はい」
硬い、返事。
「何か気になる事がありましたか?」
「いえ、あの………」
若干顔を泳がし、苦味を帯びた表情をするシンボリエウロス。
例えるなら、これは友人の話なんだけど……その友人には好きな人がいて………と遠回しに恋の悩みを相談しているような、そんな様子と態度。
「(——は! これはもしや)」
瞬間、メジロアルダンの脳裏に飛来する一つの答え。
「(姉として相談されている……!)」
今更だが、シンボリエウロスは小柄である。
対しメジロアルダンは別に小柄じゃないし、何なら成長している方だ。
これを具体的な数字に表した場合、二人の身長差は実に16cmとなる。
メジロアルダンからしたら、16cm上は178cmの成人男性だ。
シンボリエウロスから見たメジロアルダンは、それくらいに大きい。
逆にメジロアルダンから見るシンボリエウロスは、二回りほど小さい。
二回り小さい。
ちなみにメジロアルダンが妹のようだと思って来たメジロの子達も、今現在はと付くが、二回りくらい小さい。
「お姉様の事で何かお悩みですか?」
メジロアルダン。
彼女の察する能力は高かった。
穏和な佇まいから成し得る包容力も高かった。
彼女がメジロ家に於いて、多くの子から姉のように慕われる理由である。
「……えぇ、はい」
少しの間を置いて、シンボリエウロスは呟いた。
その様子にメジロアルダンは食い付く。
実を言うと、自分と同じように偉大な姉君がいる同士で、話してみたい事が多かったのである。
「ふふふ。私には姉様がいますが、同時に妹のような子が何人もいますからね。私ならば何か力になれるかもしれませんよ?」
というか、だから彼女は自分に相談しに来たんだろうと確信しながら、敢えて少しズルい言い方をして、メジロアルダンはシンボリエウロスを促す。
162cmの執事服が、146cmの勝負服にニッコリ微笑んだ。
「………最近、距離感が」
「距離感」
再び、ポツリと呟く彼女。
食い付くメジロアルダン。
「………少し、押しが強いというか」
「押しが強い」
なるほど。
姉様、つまりはメジロラモーヌも押しが強い事がある。
言葉に圧力があると表現するのが適切かもしれないが、彼女達のような存在は得てして威圧感が生まれがちだ。
中々気難しい一面のあるシンボリエウロスが、実は自分と姉様の関係と同じように、圧力のある姉に少し気遅れしている姿をメジロアルダンは思い浮かべる。
「………いつも通りの態度ではあるんですけど」
「いつも通りの態度」
なるほど。
姉様も、普段通りの態度でありながら時に予想の付かない事をする事がある。
掴み所がなく、レースを至上とする姉様だからこそであるが、かの『皇帝』も方向性は同じなのだろう。
全てを見透かして来るような視野の広さ。気楽に話しかけられない雰囲気。
自然と立ち振る舞いに現れる威圧感は、確かにメジロアルダンにも実感があるものである。
いつも通りの態度、自然体であるからこそ彼女達のような存在は、遠い存在として輝く。
距離感に悩むというのも、それは当然だろう。
うんうん、と頷くメジロアルダン。
途中、シンボリエウロスは本当にイヤそうに口を開いた。
「…………膝に、乗せようとして来るというか」
「膝に」
——膝に?
1.
2. 座った時の、
「え? 膝に?」
「はい……」
「足の?」
「はい…………」
ヒザ、とは膝の事であるらしい。
ほぼ全く同じ事を繰り返し、己の聞き間違いではない事を悟ったメジロアルダンはそこで思考が止まった。
頭にあるのは、一つの風景。
生徒会長シンボリルドルフ。
厳格ながらも全生徒の正しい模範である事を自らに心掛ける彼女は、玉座の如き生徒会長室の椅子に座りながら、日々学園の業務に身を投じる。
その傍ら、というか膝の上にちょこんと乗せた、小柄な妹。
満面の笑み。満足気な表情。
ムフーっと気分を良くし、耳をぴょこぴょこさせながら、生徒会長シンボリルドルフは激務に取り掛かる。
意味が分からない。
正確には意味は分かるが、脳が理解を拒む。
これに並ぶ衝撃的な光景は、もはやメジロラモーヌが満面の笑みで妹のメジロアルダンを抱きしめ、しかも頭を撫でてヨシヨシしているとかそういうレベルである。
少なくともメジロアルダンにとっては、シンボリルドルフは非常に厳格で隙がなく、生徒会長らしい冷静沈着さと公明正大さを備えた人物であった。
「な、何故でしょうか………」
「最近ちょっと、妹として接してみたら……少し…………」
シンボリエウロス。現生徒会長の妹。
そんな立場にいる彼女だが、学園内での振る舞いや関わり合いに姉妹というものを感じさせた事はほぼない。皆無と言っても良いだろう。
少なくとも、シンボリルドルフとシンボリエウロスが会話している光景を見た事はなかった。
それは、実際のところの姉妹関係でも凡そ同じだったらしい。
二人の関係は、当人達ですら全く開拓されていない未知の世界であった訳だ。
「えぇとー……………」
思いも寄らない悩みとその様子に、メジロアルダンは目を泳がせながら答えた。
「一旦………距離を取るのがよろしいのかもしれません」
「距離を取る。なるほど……」
「えぇ。少し様子見をしましょう」
メジロアルダン。
姉様のメジロラモーヌとは適度に距離感があり、妹のような子達は皆礼儀正しく、また妹のような子達から距離を詰めて来られてきた故に、姉心を知らないウマ娘。
彼女はお姉さんではあるが、姉ではなかった。
お節介な姉では一切なかった。
すっごくテンションが上がっているお姉ちゃん、という概念を知る由もなかった。
故に彼女のアドバイスは、とあるお姉ちゃんから見て極めて無慈悲に働く事になった。
「エ、エウロスさん! もうすぐ開店するから準備して欲しいんだけど!」
カフェテリアの厨房奥から聞こえて来る声。
クラスメイトの一人。
意識を引き戻しつつ、シンボリエウロスが頷く。
「あ……後これも一応エウロスさんだから確認したいんだけど……」
「はい」
「すぐそこに生徒会長が来ていて」
「………はい」
「えっと、待機列の一番最前列にちゃんと並んでいて」
「…………」
「つまり、お客さんとして一番最初の人で………」
「生徒会長はどうしていますか?」
「え? えっと、両腕を組んで仁王立ちしてる……!」
「叩き返してください」
そんなこんなで、春のファン感謝祭は始まった。
シンボリルドルフは、マルゼンスキーとミスターシービーの二人に両腕を掴まれ、生徒会長室まで連行されていった。