有効射程距離25バ身   作:sabu

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 10ヶ月近くも遅れて申し訳ありません。
 何故こんなに遅れてしまったかというと、クラシック編終了まで書き溜めていたからです。
 つまり20話近く毎日投稿します。


4/16 前夜

 

 新学期が来た。

 節目となる春のファン感謝祭も無事に終わり、次世代のウマ娘達の入学も完了した。

 

 ここから、また新たなトゥインクル・シリーズが始まる。

 始まるのは新年からではなく、春を迎えた4月からだ。

 

 クラシック三冠。その一つ、皐月賞。

 皐月の名が示す通り春に行われるこのレースが、クラシック路線の始まりである。

 

「(皐月賞には、出られなかった)」

 

 その直前。最も速いウマ娘が勝つとされるレースを明日に控える中、オグリキャップは落ち着いていた。

 落ち着くしかなかった、とも言うだろう。

 彼女は部室の窓から、中央のターフを見下ろす。

 芝のコースを走っているウマ娘達の何人かは、明日の皐月賞に出走する。

 その中にオグリキャップはいない。

 

 日本ダービーに出たい。

 

 新たな目標となったその思いは変わらない。

 だから特別、皐月賞に思い入れがあった訳ではない。

 でも出られるのなら、出たかったとも思っていたのは事実だった。

 学友。クラスメイト達。周りにいるウマ娘達の何人もがそのレースに出るのに、彼女だけは最初から出走資格がない。

 

「気掛かりか?」

「いや。………いや」

 

 これと言って様子に変化はない。

 自覚している。だから自分は大丈夫。

 その否定自体を、オグリキャップは疑問視した。

 

「どうなのだろう。良く分からない」

 

 何となく、明日の結末をずっと考えていた。

 出られるなら出たかったのも、嘘ではない。

 だから気掛かりなのだ、と言われたらそのような気がしないでもなかった。

 オグリキャップは、答えを持ち得ない。

 悩むオグリキャップに、六平トレーナーは声をかける。

 

「そう悩んでいられる内はまだ良い。多分な」

「そうなのか?」

「あぁ。そう思っとけ」

 

 六平トレーナーは知っている。

 本当にやばい時は、現実感が追い付いて来ない。

 どうしてか致命的な違和感がする。何処か地に足が付いていない雰囲気がする。

 様子は普段と同じなのに、言語化出来ない何かが欠け落ちたウマ娘の姿を、彼は何度か見て来た。

 

「明日、見に行くか。皐月賞」

「うん。見に行こう。気になる」

「なら折角だ。今日は勉強と観賞会でもするぞ」

 

 ひらひらと、人数分の入場チケットを振る六平トレーナーに頷いて、オグリキャップは窓辺から離れる。

 中央のコースから目を離す。

 

 そして似たように、中央のコースを眺めていた一人のウマ娘。

 剛毅朴訥の武闘少女。ヤエノムテキは、教室から中央の芝を眺めていた。

 

「(私には何が、足りていない)」

 

 選抜レースで負けた。

 弥生賞で、再び負けた。

 それも2着ではなく3着。

 

 シンボリエウロスに、対抗らしい対抗がいない。

 少なくとも今はと枕言葉が付くが、ではその立ち位置にヤエノムテキは入る事が出来るか。

 ヤエノムテキ本人は答えられる。このままでは、無理だと。

 

 勝てない。

 ならばその勝てない要因を洗い出し、次に活かし、対策のトレーニングを積むべきである。

 しかし肝心の方法が、彼女には分からなかった。

 何をしても、シンボリエウロスに勝てるというイメージが湧かないのだ。

 

 あぁも特徴的な走り方をするのに。

 必ず、あの特徴に合う対策がある筈なのに。

 

「………………ッ」

 

 ヤエノムテキは一度大きく首を振って、その場を離れた。

 向かう場所は道場。中央トレセンの中にある、極々普通の一般的な学校にあるものと同じ武芸場である。

 そしてそこは、彼女のトレーナーである師範代が良くいる場所でもあった。

 案の定トレーナーはいた。中央に来る以前、祖父から八重垣流を教わり、そして同じ八重垣流の師範代として幾度と稽古を受けた、今も続く古き恩師。

 

「師範代。今から私に、稽古を付けてください」

「何……? しかし明日は——」

「お願いします。八重垣の基礎、そして初歩。根幹となる型を……もう一度」

 

 深々と頭を下げるヤエノムテキ。

 その頭を眺め、少しの静寂を挟んで師範代は頷く。

 

「分かった………時間まで稽古だっっ!! 道着に着替えるのだヤエノムテキ!!」

「…………押忍!!」

 

 道着に着替え、型を取る。

 金剛八重垣流。それは受けと守を軸に置く、守りの流派。

 決して、眼前の敵を駆逐する為の技ではない。

 

 ——火水合一、則ち護成る。

 ——その炎に身を焼かれるな。炎を御し、扱うものとなれ。

 

 常々、祖父からそう言われて来た記憶がヤエノムテキにはある。

 厳しく、しつこく、うるさく。

 優しく、粘り強く、温かく。

 

 今の彼女の姿を知る者からすれば信じられないだろう。

 ヤエノムテキは、実は自ら望んで武術を学んだ訳ではない。

 祖父に見兼ねられ、嫌々ながら八重垣流を学ばされたのだ。

 猛る熱に向かって冷や水を浴びせるように、護の技を鍛えられた。

 ウマ娘が振るうには危険過ぎる『暴』に型を嵌め、抑えるように。

 

「……………ッ」

 

 放った拳が、風を叩く。

 負けず嫌いの彼女は、一度頭を空っぽにする事が出来ない。

 それは負けを認めるのと同じだと思っているから。

 だから考えに考える。

 答えは、出ない。

 

 ——私はきっと、頭が良くない。

 

 自己意識の低さ。

 まず最初に手が出てしまう、幼い頃からの自罰的な経験。

 周りにいる皆はどうだ? 彼女達は自然と礼節が整い、極めて理路整然としている。

 その在り方は肝心要のレースで最も体現している。

 すぐカッとなり、熱くなり、行いが単純化する自分では——

 

「ヤエノムテキ!」

 

 いつしか、隣には師範代が仁王立ちしていた。

 稽古を頼んでいながら気付かなかった。

 何と情け無い。自らを律し、彼女は頭を下げる。

 

「……ヤエノムテキ」

 

 それを制して、師範代は口を開いた。

 

「お主は、人を傷付けない為に武術を学んだ」

「……はい」

 

 直視したくない過去。自分の本当の一面。

 その過去も一面もクラスメイトは知らない。

 

「何よりお主は、己の心の弱さに打ち克つ為に八重垣流を学んだ。火水合一、則ち護成る。感情を抑えその力を守る為に使えと」

 

 師範代は知っている。

 ヤエノムテキは、どちらかと言うと叱責の方が多かった事を。

 

「それは、お主を抑え付けるばかりだったのかもしれん」

「……え?」

 

 悔やむように瞳を伏せ、師範代は続けた。

 

「力を翳して思い通りにしたい。自分が強いのだと認めさせてやりたい。乱暴な振る舞いを周囲にぶつければ、確かに皆から距離は置かれよう」

「………」

「だがレースの世界で他者を跪かせる事の、何が問題なのだ。脚で大地を傷付ける事の何がいけないのだ」

「それは………っ!!」

 

 思わず声を張り上げて、しかしどこまでも平然とした師範代の瞳に呑まれ、口を噤む。

 

「………それは」

 

 ヤエノムテキには、二つの強烈な感情がある。

 認められたい。だけど嫌われたくない。

 

 力で従わせなければ、誰にも受け入れて貰えなかった。

 だから力に頼った。

 故に嫌われた。

 それでも嫌われたくない。

 だから更に、力で従わせるしかなかった。

 間違いだと分かっていても、自分を認めさせ受け入れさせるにはそれしか見つからなかった。

 ヤエノムテキは、良く泣く子だった。

 弱っちい奴がキライだと嘯く、その口で。

 

「……八重垣流の教えに、背く事になります………」

「そうだ。お主は祖父から幾度となく教わって来た言い付けを破る。しかし違う。八重垣流は『烈火』と『止水』を合わせてこその『火水合一』。決して、炎に向かって冷や水を浴びせる事を至高とするようなものではない」

 

 感情を抑えよ。平静を保て。

 水面のように、熱に振り回されるな。

 

 そう言われた。

 ヤエノムテキには、それしか言われて来なかった。

 だが師範代は、もう一つの真実も知っている。

 

 ヤエノムテキだけは、一度足りとも真面目にやれと言われた事がない。

 

 見兼ねた祖父に無理矢理武道場に叩き込まれ、別にやりたくもなかったであろう古臭い武術を教えられた、齢10にも満たない少女がだ。

 多くの門弟が八重垣流の厳しさに挫く中、唯一ヤエノムテキだけは、止水しか与えられて来なかったのだ。

 彼女は本当に、負けず嫌いなのだ。

 

「お主の中で昂る『烈火』は、弱さの象徴でもある。だが自らの弱さを受け入れるとは、力を求めないという事ではない」

 

 ヤエノムテキの強さを、師範代は知っている。

 本当はヤエノムテキはとても強いウマ娘だという事を。

 それこそ、ヤエノムテキが赤ん坊の頃から。

 

「たとえお主が、今一度自分の為に力を振るっても、それは過去のようにはならない。お主は八重垣流の『止水』を知った。お主はもう、充分成長している」

「……………」

「それでもお主が祖父に叱られるのならその時は、儂と共に叱られよう」

「———-」

 

 唇を噛み、俯く。

 決して、涙を見せぬように。

 ヤエノムテキは、負けず嫌いだった。

 

「己が力を思うがままに誇示するのか。それとも斯様に心身を正して戦いに挑むのか」

 

 今日は、稽古を通じて教えたい事はない。

 そう言わんばかりに師範代は道場を去る。

 最中、背中越しに彼は言葉を残した。

 

「明日、自分が望む方を、選びなさい」

「…………」

 

 残されたヤエノムテキは、静かに型を取った。

 それは金剛八重垣流の、『烈火』の構え。

 ヤエノムテキが度々自らを律する為に口にする『止水』の極意とは異なり、また守りに重きを置く八重垣流に於いて、本来なら習得の難しい、炎の型。

 

 呟き、拳を握り、力を込める。

 

 拳を振えば、空を切る。

 空気を叩き、ヒュッ……と音がした。

 鋭い一撃。空を、切る。

 瞳に灼き付いた、あの空を切るような拳を放ち続ける。

 

 無言。

 心を落ち着かせるのではない。

 入れ替えるように、彼女はひたすら拳を振るい続けた。

 

 そして、そのヤエノムテキとは逆。

 

 心を込める事はなく、落ち着かせる事もしない。

 前日の最終調整を、芝の上を走り続ける事で成し遂げようとしているウマ娘が一人。

 ガラスの少女、メジロアルダン。

 彼女は、中央のコースを走っていた。

 

「(距離は2000m。………ゴールまで残り1000mほどで第3コーナーに入るように、ここをスタート地点とする)」

 

 中央のトラックは、実際のレース場と同じ形をしている訳ではない。

 だからメジロアルダンは、いっそ不自然なほどの位置からスタートしていた。

 

 東京レース場。

 最終直線、約500m。

 第3コーナーと第4コーナーの合計距離も、約500m。

 東京レース場に於いて第3コーナーに踏み入るのは、ゴールまで残り1000mの地点から。

 

「(第3コーナーから、第4コーナーにかけて)」

 

 繰り返す。

 何度も、何度も、自らへ刻み込むように。

 残り1000m地点からの形状を、東京レース場と同じにして。

 

「(………第3コーナーから、第4コーナーにかけて)」

 

 メジロアルダンは、自分の弱さと自分に出来る限界を自覚している。

 

 病弱。その上で脚が脆い。ガラスの脚。

 

 才能に溢れた才女。素質の良いウマ娘。

 実家にいた頃からも時折耳に入る言葉は、聞こえが良かった。

 事実メジロアルダンは才能に溢れている側のウマ娘である。

 しかしどんな才女でも、走る機会に恵まれなければ意味がない。

 如何なる大きな数字でも0をかけたら無に帰すように、メジロアルダンは幾度となく虚弱体質に泣かされて来た。

 

 それを、本人である彼女が良く分かっている。

 メジロアルダンには、力がない。

 基礎的な身体能力に劣り、身体は細く、繊細である。

 

 サクラチヨノオーと真っ向から競い合えば、押し負ける。

 ヤエノムテキと真正面で向き合えば、跳ね返され。

 ディクタストライカと正々堂々戦えば、吹き飛ばされる。

 

 では——シンボリエウロスとなら?

 

「…………………」

 

 気付けば、彼女は最終直線にいた。

 掛かっていた、と言われるような精神状態。

 彼女はザッ……ザッと、蹄鉄で芝を叩くように擦り、足並みを整える。

 自らの不甲斐なさに、唇を噛み、堪えるような事はしない。

 安易に自らを責め、後悔と自罰に走る事もしない。

 彼女にはメジロ家足るもの、と自らを律する心構えが生まれ付き備わっていた。

 方向性が異なるだけで、姉のメジロラモーヌを彷彿とさせるほど強固で揺るぎないものを。

 

「(第3コーナーから……)」

 

 だから、再び繰り返す。

 

「(第4コーナーにかけて)」

 

 全く同じ位置からスタートを繰り返し、全く同じ距離と形でカーブに入る。

 傍から見れば、それは一種の儀式のようでもあった。

 意味がないように見えて、だが彼女にとって絶対に意味があるのだと分かる儀式。

 自らに消えぬ跡を刻み込むような技法。

 

「アルダン」

 

 トレーナーの呼ぶ声を受けて、ようやくメジロアルダンは止まった。

 一体どれほどの時間、同じ事を繰り返していたかは分からない。

 そもそも今日と同じ事は、もう一月以上も行っている。今日の行いも、ただの一環だ。

 

 これ以上は明日に響く。 

 そんな言葉を受け、少しの話し合いを終え、彼女は素直に自室へ戻った。

 自らの虚弱体質を理解した上で日々のメニューを組んでいるトレーナーに、更に我儘を聞いて貰う事は到底出来なかった。

 

 ただ自室に戻っても、やる事の方向性は変わらない。

 

 家の方に少し無理を言って、中央トレセンに取り寄せた大量の映像再生の機材。

 更にそこから同室のサクラチヨノオーにも無理を言って部屋に一つだけ設置した、小さな小さな、古いビデオデッキ。

 そのビデオデッキの再生ボタンを押す。

 何度も見た物しかないそれは、一つの例外を除いて、全てシンボリエウロスが走って来たレースの映像であった。

 

「あれ? アルダンさん、今日は早いんですね?」

「えぇ。流石に明日は皐月賞ですからね」

「………でも、今日も夜ふかししたらダメですよ?」

 

 同じく戻って来たサクラチヨノオーのジト目に、メジロアルダンが苦笑いで返した。

 最近……特に弥生賞が終わった辺りから、メジロアルダンは夜ふかし気味だったのである。

 

 空き時間やトレーニングが無い日は必ずと言って良いほど、学園の一室を使ってレース映像を振り返る。

 門限が来たら、寮の自室に戻って、またそこでもビデオデッキを再生する。

 夜通し、もしかしたらずっとレースの映像を見ているのかもしれない。

 サクラチヨノオーが、寝ぼけ目のメジロアルダンを何とか起こしたのは既に二度三度では聞かなかった。

 彼女がメジロアルダンの不調を気にするのは必然だった。

 

 今日は、早めに寝ますから。

 そう返すメジロアルダンにひとまず納得して、サクラチヨノオーはふと、後ろからメジロアルダンが見ているレース映像を覗く。

 

「(また、徒競走の映像だ……)」

 

 その映像の中で走っているのは、シンボリエウロスではない。

 ましてや、ウマ娘ですらない。

 

 人が、走っている。

 

 ウマ娘と比較した場合、何段階も走力で劣る。

 走る姿勢は異なり、ウマ娘レースのような位置取りや脚質による駆け引きはない競い合い。

 区画化された白いレーンの中を走る競走。

 陸上競技と表現される、人間の競技種目の一つ。徒競走。

 

 最近まで喰い入るように『阪神JF』のレースを見ていた筈のメジロアルダンは、突如何か天啓を受けたように、人間の徒競走の映像を見るようになった。

 それが何を意味しているのかは、サクラチヨノオーには分からない。

 ウマ娘のレースを見た方が勉強出来るんじゃないか、と思いつつもアルダンさんだから何か意味があるのだろう。

 不可解ではあるが、彼女達もまた意識しているライバルなのだ。

 

「チヨノオーさん。陸上競技で最も苦しいとされる距離は何か知っていますか?」

「え………?」

 

 そう思ってレース映像を覗いているチヨノオーに、突如メジロアルダンの後ろ姿が問いかける。

 全く分からない。彼女からすれば、それが素直な感想だった。

 そもそもウマ娘からしたら人間の徒競走は完全なる別種目だし、人気や知名度から見ても、各国のウマ娘レースと比べたら人間の競走は幾分も劣る。

 人間の徒競走についてウマ娘が全く知らないのは、別におかしい事ではない。

 

 ただ人間は、持久力に関してはウマ娘を凌駕する事は比較的有名だった。

 数十kmから百kmを超えるレベルの超長距離にまで手を伸ばせば、と条件は付くが、逃げる側から追う立場になった場合、陸上生物の中で最も優れている種族はほぼ間違いなく人間である。

 

「えっと……すごい長距離ですか……? 100km以上も走るマラソンとか」

 

 つまりは、それくらいの長距離だとサクラチヨノオーは思った。

 42.195kmという特徴的な距離のフルマラソンを筆頭に、中には数十km走った後に、水泳競技や自転車競技をも織り交ぜる競走が人類の種目には平気で存在する。

 ウマ娘の感覚で例えるなら、世界的に廃れたヒートレースに更にプラスαを付けているに等しい。

 そんな距離を、人は走るのだ。 

 

「実はフルマラソンではないそうなのですよ」

 

 サクラチヨノオーの考えを、メジロアルダンはやんわりと否定した。

 当然ながら、長距離である天皇賞の盾に重きを置いて来た彼女の家系は、長距離への理解が深い。

 

「………何mなんですか?」

「400m」

 

 カチ、と小さなビデオデッキの映像が消える。

 

「僅かたったの400m走。それが人類が最も苦しいとされる陸上競技です」

 

 メジロアルダンは初めてそれを知った時、とても興味深いと、そう思った。

 だが不思議と、驚きはしなかった。

 

 ——あぁ、やはりそうなのか。

 

 彼女はただ、納得だけを覚える。

 彼女は、その理由を知っていたからだ。

 自分が病弱で、足が脆くそれ故に、良く聞く話。

 何より彼女は——"メジロ"家のウマ娘だから。

 

「チヨノオーさん。私は明日、皐月の冠を頂戴します。これは心構えや覚悟を重ね奮い立たせて言っている訳ではありません。私は本当に、エウロスさんに勝てると思っているのですよ?」

 

 振り返り、正面から姿線を合わせる。

 メジロアルダンは、微笑んで告げた。

 

 真っ向から力比べをすればメジロアルダンは、サクラチヨノオーにも、ヤエノムテキにも、ディクタストライカにも勝てない。

 

 では——シンボリエウロスとは?

 その答えと証明が、明日に迫っている。

 

「勿論、チヨノオーさんにもです」

 

 サクラチヨノオーは、何も言えない。

 まだ出来なかった。

 微笑みを浮かべるメジロアルダンに対し、サクラチヨノオーの表情はぎこちなかった。

 

「……明日、貴方を待っています」

 

 そして、また再びメジロアルダンは背中を向ける。

 それを見送って、何も言えなくて、サクラチヨノオーはベッドに包まる。

 

 メジロアルダン。

 普通ではないウマ娘。

 そんなウマ娘から信じられている。

 

 真正面から啖呵を切って。

 切る必要があるだけの存在だと認識されて。

 待っていると。

 必ず追い付いて来るのだと。

 誰よりも心配されている。

 

「(…………バカみたいだ………私)」

 

 シンボリ。例のあの子には、普段通りの揺るぎない態度に、どうしようない差を感じて。

 メジロ。自分のすぐ隣にいる彼女には、自身に向けられた信頼と心配を、重いと感じていた。

 

 毛布を抱き寄せて、丸くなる。

 何かから身を守るように、サクラチヨノオーは毛布の中で身体を縮こませた。

 

 ——ガタタッ………!!!

 

 突如としてサクラチヨノオーを昏い渦から引き戻したのは、浮き上がった椅子が地面にぶつかり、そして勢い良く擦れて倒れた音だった。

 

「ア、アルダンさん………?」

「…………………」

 

 驚愕。喫驚。言葉が出ない。

 そんな様子で放心しているメジロアルダンに、怖いものを見るようにサクラチヨノオーが尋ねる。

 

「チ、チヨノオーさん……っ! これ!」

 

 先程の重く、気不味い空気感は何処へやら。

 慌てて電子記事を映した端末を寄こすメジロアルダンに、慌てて受け取ったサクラチヨノオーは、画面に映っていた記事を見る。

 大きな一面には、大々的にこう書かれていた。

 

 

【唯我独走の開拓者シリウスシンボリ。トレーニング中に故障】

 

 

 皐月賞が始まる。

 夢の舞台が、始まる。

 一つの夢が途中で終わった、その明日に。

 

 





 Q.遅れた理由は分かったけど、じゃあなんで一気にクラシック期終了まで行くの?

 A.この作品の世界観はウマ娘シンデレラグレイです。
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