それは、唐突に起きたらしい。
特別なトレーニングをしていた訳ではなく、高負荷のトレーニングをしていた訳でもない。
中央トレセンのコースを一定感覚のペースで走る、極々普通の基礎トレーニング。
その最中、シリウスシンボリは何の前触れもなく突如転倒した。
本人曰く、軽い転倒だったと言う。
すぐに立ち上がれたし、痛みもなかった。
軽く体を打ち付け、服の上から少し肌を擦り剥いただけだと。
——しかし念の為トレーニングを中止し、今日は安静にするべきだ。
海外遠征にも同行したトレーナーの発言に、シリウスシンボリは反抗する事なく同意した。
彼女は、来たる有馬記念への調整を最優先にしていた。
数時間後。
何故か痛みが引かない。
転倒し、身体を打ち付けた時の鈍い痛みがずっと脚から響く。
思うように脚は動かず、右脚が上がる事もない。
——右脚の剥離骨折。及び右中臀筋の断裂損傷。
急遽、病棟に緊急搬送されたシリウスシンボリに告げられた怪我の容態は、それだった。
全治6ヶ月の故障。復帰の可能性が低い怪我だった。
「あーぁ……。海外遠征の疲労が溜まっていたのかな」
「………………」
総合病院。その一室。
皐月賞を数刻後にした病室の中で、シリウスシンボリは妹分のウマ娘に向かって愚痴を吐くように答える。
故障の原因は、良く分からない。
或いは、理由がない。
ウマ娘の故障や怪我に、必ずしも理由がある訳ではないのだ。
かつて『皇帝』シンボリルドルフは、何の予兆もなく故障した。
それを海外遠征の初戦故だと考える人がいる。
海外遠征初戦に選んだレースが、途中でダートコースを横切る特殊な形状をしていたから、その瞬間に故障したと言う人もいるし、レース前の不調を押してそのまま出走したのが原因だとするトレーナーもいる。
だが未だに、明確な理由は分かっていなかった。
ウマ娘の故障は、実に多くの可能性と不和が重なって起きるのだ。
同じ条件で、壊れたウマ娘と壊れなかったウマ娘もいる。
だからウマ娘の故障は、何の前触れもなくいきなり訪れる。
予兆は、後になってから発見するのが大半だ。
もしかしたらアレが理由だったのかもしれない……と怪我の理由を後付け出来るのが精々で、今回のシリウスシンボリの場合もそう。
海外遠征の疲れが溜まっていたのかもしれないし、欧州の芝から日本の芝に慣らす段階の差が、疲労とダメージを蓄積していたのかもしれない。
残酷な言い方をすれば、シリウスシンボリの脚には既に寿命が来ている。
海外遠征の疲労であれば、良い。
芝の差でダメージが蓄積していたのも、良い。
本当は良くはないが、まだ、良いのだ。
寿命を迎えて壊れるべくして壊れたなどという、どうしようもない理由よりは。
当然、そんな事すら分からない。
仮に答えが出たところで、今現在の現実を改変する力はない。
シリウスシンボリは何の前触れもなく故障した。
それが事実であり、目の前にある現実だった。
「………姉貴は」
軽口に軽口で返す余裕もなく、重い口を開いてシンボリエウロスが言う。
「今から、どうしたい?」
彼女がそんな言い方をしたのは、彼女自身が持つ僅かな協調性であり、優しさだった。
或いは、逃げたとも言うだろう。
復帰は出来るのか。脚は。ローテーションは。
願望を問うた返答に、具体性を帯びた言葉は返って来ない。
「有馬記念に出る。それだけだ」
故に、反応はすぐ返って来た。
「ただ、有馬記念はもしかしたら、ぶっ付け本番になるかもしれないな」
「………うん」
毎日王冠を走って、天皇賞・秋を走って、有馬記念に行く。
もしかしたら天皇賞・秋はジャパンカップになるかもしれないし、有馬記念だけに狙いを定めて、他重賞には出走せずに温存するのも良いだろう。
直前にOP級だけを挟むのも良いかもしれない。
そんな路線は、全てが粉々になった。
ウマ娘の世界に於いて目を広げれば何処かで必ず聞く話であり、普通の事だった。
「……間に合うよ」
「うん?」
「絶対に間に合う。あのシリウスシンボリなら。私はそう信じてる」
「…………」
勿論シンボリエウロスは、それを知らぬウマ娘ではない。
競技人生終了間近で故障したウマ娘が、そこから復帰するのが如何に難しいかを実体験で見聞きして来た。
マルゼンスキー。ミスターシービー。そして……シンボリルドルフ。
三度、もう見て来た。
「私は有馬記念で待ってる。だから、待ってる」
きっとそこにいるのは、全盛期の自分。
三冠を達成してジャパンカップも取った、最強の私。
短く会話を切り上げ、彼女は立ち上がる。
「……もう行くのか」
「うん。私に出来る事は、最初から決まっているから」
溜息。
本当に相変わらずだな、という意味を込められた姉貴分のそれをシンボリエウロスは気にしないし、振り向きもしなかった。
それ以上の言葉は続かない。
清々しいほどに短い会話で切り上げて、もう言いたい事も聞きたい事もないと言わんばかりに、シンボリエウロスは病室を去る。
「エウロス」
その最後、病室の扉に手をかけた妹分の背中にシリウスシンボリが告げる。
「勝てよ、皐月賞」
「………………」
手をかけた姿勢のまま黙って、止まる。
少しの静寂を挟んでも、シンボリエウロスは振り返らなかった。
「当たり前でしょ」
音を立てて、病室の扉は閉じた。
コトッ……コトッ……と、靴音を響かせて彼女は廊下を歩き、病室から離れていく。
「………もう、良いのですか?」
廊下を曲がってすぐの場所に樫本理子はいた。
腫れ物を扱うような慎重な声色でいて、それでも何とか力になりたいと思っている表情。
心配されている。このトレーナーは、とにかくそういう感情だけは分かりやすい。
「はい」
彼女は素っ気なく返した。
普段と変わらない、平静の表情である。
そこが、樫本理子には気掛かりな箇所だった。
この担当は、とにかくそういう感情が分かりにくい。
「それは……貴方達の関係が、そういうものだからですか」
例えば『阪神JF』直後。
互いに挑発し合いながらも剣呑さはなく、何処か戯れ合っているような、シリウスシンボリとシンボリエウロスの間にしかない繋がり。
言葉を必要とせずに通じ合う、彼女達だけの関係。
それなら、樫本理子には物申したい事があった。
そんな関係でも、今はちゃんと話し合うべきだ。
今だからこそ、必要な会話というものがある。
かつての後悔から、樫本理子は心の底からそう思っている。
シンボリエウロスは、俯くように首を振った。
「きっと、アレ以上は一緒にいない方が良いんです」
あのまま顔を合わせ続けていたら、多分弱さが出たから。
それはシンボリエウロスもそうだし、シリウスシンボリもそうである。
シニア3年目。
時期を考えれば、故障を機に引退しても全くおかしくない。
復帰出来るかどうかの話ではない。
故障から復帰出来るのと、競走能力が戻るのはイコールではないからだ。
もう一度同じ話になるが、シニア3年目とは、もうそういう時期である。
若者の骨折と老人の骨折では、残りの生涯への影響が全く異なるように、シリウスシンボリの身体にはもう故障を乗り越える体力がない。
互いに、そんな事は分かっていた。
——皆みたいに引退しないで。
唯一未だ全盛期が来ていない妹分は、その言葉を口にしなかった。
——もしかしたら、もう脚は戻らないかもしれない。
唯一未だ引退していない姉貴分は、その言葉を口にしなかった。
聞けば、言えば、止まらなくなる。
有馬記念にどうやって出るのか。これからどうするのか。どうやって復帰するのか。復帰出来て、昨日のように走れるのか。
考え出せば振り払えなくなる事を、二人は知っていた。
それは、必要ない。
私に出来る事は、たとえ大事な人が舞台を降りたとしても変わることがない。
自分に出来る事はただ、走って示すだけ。
過去から今まで。そして未来永劫変わらぬ真実。
私は、一人のウマ娘。
「また、負けられない理由が増えました」
「………………」
受け取ったものを、掴み取るように。
拳を握り、決して手放さないように。
呟く。
「じゃあ、いつも通り始めましょう」
そして次の瞬間には戻る。
そこにいるのはもう、昨日と変わらないシンボリエウロスというウマ娘だった。
自信。自負。
そして瞳の裏にある、己への信頼。
何気ない発言から滲み出る、自己の揺るぎなさ。
慢心や増長というには、実績と経験に溢れすぎている。
夢のない現実を、知りすぎている。
「そして勝ちましょう」
樫本理子は、思っていた。
きっと明日、今まで以上に苦しい戦いになる。
だけど皐月賞を勝つのは、シンボリエウロスだと。
「いつも通り」
皐月賞。
過去、皐月賞ではなく『農林省賞典二年呼馬』と呼ばれ、ウイニングライブを行わない能力検定競走として設立された本レースは、元々は5月に開催されていた。
旧暦に於いて『皐月』は5月を指していた名残からか、いつしか本レースは幾度かの名称変更の後に『皐月賞』と呼ばれるようになり、また時代の流れと繰り上げにより4月開催となった現代でもその名称がそのまま使用されている。
旧八大競走。その一つ。
ただただ純粋にして最高峰の能力検定競走として設立された当時の意味と意義は未だ失われておらず、イギリスクラシック三冠レースの流れを汲んだこのレースは、最もスピードに優れている事を検定する競走だ。
そのスピードは脚の速さでもあり、成長の早さでもある。
中距離特有のラップタイムを駆け抜ける速さがなければ勝てない。
また同時に、ジュニア級明けの春には完成している早熟性が無ければ、皐月賞は勝てない。
そして三冠とは、中距離のラップタイムを刻む力を持ちながら、ステイヤーとしての確かな力も無ければ勝てない。
早熟性を持ちながら、クラシック期後半で全盛期となるような才能と素質。
歴史の中で数える程度にしか存在しない、頂点の証。
| 1 | 1 | メジロアルダン | | 2 | モガミファニー | 2 | 3 | トウショウマリオ | 4 | サクラチヨノオー | 3 | 5 | ディクタアース | 6 | メイブレーヴ | 4 | 7 | シンボリエウロス | 5 | 8 | ブラッキーエール | 9 | マイネルフリッセ | 6 | 10 | カシママイテー | 11 | ヤエノムテキ | 12 | マイネルロジカル | 7 | 13 | キョウシンムサシ | 14 | スロクマル | 15 | アイビートウコウ | 8 | 16 | モガミナイン | 17 | ニシノカブトザン | 18 | サンピアレス | |
|---|
それでも、三冠ウマ娘はシンボリエウロスだ。
最も速いウマ娘が勝つという称号も、シンボリエウロスだ。
皐月賞は、最も速いウマ娘が勝つ。
開催場が異なる今年度もそうかと言われると疑義を呈する他ないが、ほぼ全ての観客達はその言葉を信じていた。
だってシンボリエウロスが誰よりも速いから——酷い暴論でしかないそれは今や疑う者の方が少ない。
振り替え開催の東京2000m。
紛れが起き易いこの舞台を加味した上で、圧倒的1番人気の投票結果が観客の代弁である。
最高格のG1レースにて、唯一の単枠指定。
対抗は、なし。
2番人気、モガミファニー。
前走の『弥生賞』にて、シンボリエウロスに次ぐ2着。
前々走の『共同通信杯』にて、シンボリエウロスとオグリキャップに次ぐ3着。
3番人気、モガミナイン。
皐月賞の前哨戦の一つ、『スプリングS』にて1着。
5戦4勝。唯一敗北を記したのは、極端な末脚勝負の独擅場と化した『共同通信杯』の7着のみ。
シンボリエウロスを追えたか追えなかったかでモガミファニーに2番人気を譲ったが、ほぼ同等の評価を受けている逃げウマ娘。
続く4番人気に安定感と好走経験が良く取られたトウショウマリオ。
5番人気に前走の『弥生賞』3着の好走と、1戦目2戦目のダート評価を足し合わせたムラのあるヤエノムテキ。
6番人気にてようやくあのサクラチヨノオー。最近の不調気味に苦しみ、評価を大きく下げた元最大の脅威。
対抗らしい対抗はいない。
2番人気以下に大きな差がなく、ほぼ横一線の評価。
2番人気のモガミファニーも、敢えて露悪的に称するなら彼女以上の有力ウマ娘が欠けている為の2番人気であって、共同通信杯のサクラチヨノオーのような対抗路線には捉えられていないのだ。
かつてシンボリエウロスをクビ差まで追い詰めたディクタストライカは『阪神JF』での故障が長引き、やはり皐月賞には間に合わなかった。
一部界隈と関係者から可能性を見出されている地方からの怪物は、クラシック登録に阻まれ、唯一残ったと呼んでも良かったサクラチヨノオーは評価を落とし、再帰を願われつつの6番人気。
もしもシンボリエウロスがいなければ、それでも良かっただろう。
評価を上げた者もいれば、逆に下げた者もいる。
ほぼ常に格付けが変動するウマ娘レースの世界に於いてそれは普通の事であり、誰が勝ってもおかしくない勝負は混戦となって観客の興味を煽る。
今年の皐月賞は、事前評価から非常に熾烈なレースになる筈だった。
だから本当に、シンボリエウロスただ一人が突出していたのだ。
8戦8勝無敗。
メイクデビューを除き全て重賞レース。重賞7連勝。
そして驚異の5レースをレコード勝ち。獲得賞金額約2億1100万。
勝負が読めない横一線の評価を、自分とそれ以外の評価にした翡翠のウマ娘は、何処を見るでもなく、ただ空を眺めていた。
『1番人気はやはりこのウマ娘——そうシンボリエウロス! もはや改めて語る事はないであろう皇帝の妹は、今日ここで"まずは一冠目"と皐月賞を制するのか!!』
ここ東京レース場に集まった観客は、のべ13万1533人。
ハイセイコー時代の盛り上がりを引き継いだキタノカチドキの歴代最多12万3116人を超え、『天馬』と呼ばれたトウショウボーイの11万5198人を超え、新たに更新された皐月賞に於ける最大観客動員数。
大半の観客は、彼女を見に来た。
それは純粋に彼女の勝利を祈っている者もいれば、一体このウマ娘は何処まで行くのかと、歴史の展開点を見るような興味で足を運んだ者もいる。
『多くの期待と注目を胸に、阪神JF以来となる勝負服で東京芝2000のターフへと入場します!!』
東京レース場の舞台も加味すれば、例年の日本ダービーに匹敵……或いは凌駕している数の観客達は、そのウマ娘の登場で一瞬静まり返った。
いつからだろう。
海に囲まれた島国の特異な国民性も相まって、それは儀式のようでもあった。
かつてウマ娘が神事の奉納の為に走っていた時代への回帰でもあった。
シンボリエウロスには、静寂が似合っている。
彼女のファンである人もファンではない人も、それだけは確かに思っている。
あのウマ娘は不動であり、孤高であると。
周囲の全てを置き去りにする事が象徴の、天翔るウマ娘。
今日は、特にそうだった。
『彼女の同門であり、そして親しい仲であった……シリウスシンボリの故障が彼女にどう影響しているかが不安視されていましたが………もしかすると今日のシンボリエウロスは更に一味違うレースをするかもしれませんね』
『えぇきっと、彼女達の妹は大丈夫です! 今日のシンボリエウロスは、まるで鬼が宿っているような底知れなさすらあります!』
——今日この日! 後に伝説と呼ばれるレースになるのか! 新たに三冠の歴史が紡がれる、その序章となるのか!!
そう締め括った実況と解説の声で、東京レース場は再び喧騒に包まれる。
何処か厳かな緊張感を孕んだ大歓声が響き辺り、聴覚に優れたウマ娘達に伝わる衝撃を以って耳を揺らした。
幾許かのウマ娘がピクリと反応するか、観客に笑顔を見せるかの中で、シンボリエウロスには相変わらず愛想の欠片もない。
黒い耳カバー。雑音を遮断する冷たい布。
無言でペタリと畳み、そして後ろに絞る。
一目見れば、機嫌が悪いのかと感じるほどの絶対的な遮断。
そうだ、それで良い。それが良いから、私はお前を見に来た。
何にも振り返る事なく、行けるところまで行け。
彼女の熱心なファンは言葉すら必要なく、示し合わせるでもなく同じ姿を期待していた。
メイクデビューは疎か、選抜レースの時からそう。
周りの期待とか、名門としての重圧とか。自身に向けられた全てが関係ないように振る舞う姿が、天翔るウマ娘としての証として映っている。
『もうすぐ、最初の栄冠を掴むウマ娘が決まります!』
実況の言葉に盛り上がりは最高潮となり、観客の視線が集まった。
ただその観客の、大半は忘れているに違いない。
皐月賞は、皐月賞だ。
皐月賞。一冠目。
三冠路線の三分の一と捉えられるような皐月賞だが、しかしG1である事に変わりはなく、しかもそれは普通のG1ですらない。
グレード制最高位にして、更に歴史に彩られた最高格のG1。
レースに出られるのは僅か18名。そして挑める権利は生涯に一度。
三冠とは、その全てがG1レースの中でも特に格が高いレースを全て制覇するからこその三冠を意味する。
それでも三冠の輝きは、如何ともし難い輝きがあった。
皐月賞が最初の栄光と表現されるほどの、三冠の名誉。
見たい。取りたい。三冠という称号を。
かつて無敗の三冠の栄光を戴いたウマ娘が、"まずは一冠目"と人差し指を掲げて以来、クラシックレースの認識は大きく変わった。
皐月賞は、皐月賞だ。
だが三冠を取るのなら、最初の冠。
ここで負ければ——その瞬間にはもう三冠の道は途絶える。
それを意識している者は、当然いる。
彼女達はあくまで、勝つつもりで来た。
かつての三冠ウマ娘の妹を、ここで終わらせるつもりで来た。
四白流星。百花繚乱。ヤエノムテキ。5番人気。
逸る気持ちを表すように、古風ながら華やかで少女らしい武道服に包んだ彼女がまず最初にゲートへ入る。
『果たして、貴方の夢が勝つのか』
皮切りに、続々とゲートに入るウマ娘達。
サクラチヨノオー。6番人気。
二度目となるG1。二度目となる勝負服。
桜色の和装。巫女服のような勝負服に包んだ彼女は、瞳をギュっと閉じてゲートに入る。
『それとも、新たな夢が貴方の前に現れるのか』
メジロアルダン。14番人気。
下位。抽選枠で滑り込んだ3勝クラスのウマ娘。
メジロという名を加味した上でも、病弱という体質が悪く捉えられた彼女は、しかし自らへの厳しい視線にも臆せず己の家を代表する色を背負った。
白・緑一本輪・緑縦縞袖。
緑・白襷・袖赤一本輪のシンボリ家とは対照的な、淡いエメラルドグリーンに身を包んだ彼女が、ゲートに入る。
1枠1番。
運命の枠に。
『最も速いウマ娘が勝つとされる、皐月賞!!』
そして、かつて皐月賞を"まずは一冠目"と形容したウマ娘の妹。
知性と圧力。礼儀と無礼。当時のシンボリルドルフには誰よりも似合っていたそれを、とても礼儀正しかったのだと思い直すほどの極端なレーススタイル。超が付くほどの気性難。
彼女はまだ、空を眺めている。
「見ているかな」
いや、見ている筈だ。見ていない訳がない。
だってシリウスシンボリは、私の姉貴だから。
私は姉貴が大好きで、そして姉貴も私が大好きに決まっているから。
「よし」
瞳を閉じ、呟く。
「じゃあ、勝って来よう」
——だって、私が一番速い。
ゲート難に発馬不調。
ゲートを牽引し出走準備に管理する補助役の人からシンボリエウロスが初めてすんなりと枠に入らない事に驚かれ、急かしても良いのかと、何処か緊張感をもたれながら咎められようという時、ようやく彼女はゲートに入る。
迎え撃つ17名のウマ娘の視線が見えていないかのように、彼女は最後に鉄の扉をくぐった。
『若駒達による、日本ダービー、菊花賞へと続く物語の始まりが——」
後方から、ガチャリと閉まる鉄の扉の音。
各々が永遠にも感じられる刹那の中で、スタートの瞬間を待つ。
『今——』
皐月賞。
それは
互いが互いの光を塗り潰し合い、僅か2分で計17名の想いが砕け散る、夢の到達点。
『——始まりましたっ!!」
ゲートが開いた。
名馬が生まれる瞬間を感じる時がある
クラシック三冠レースの一つ目である
皐月賞が特にそうだ
さぁ、名馬が生まれる瞬間をぜひ感じて欲しい
それは輝くウマ娘達の、物語の始まりだから
最も速いウマ娘が勝つ