有効射程距離25バ身   作:sabu

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 URA視点から見る、オグリキャップ特例出走問題。


5/15 中央諮問委員会委員長室

 

 URAにも当然ながら言い分がある。

 融通が利かないと言われた場合はその通りかもしれないが、だからと言ってその一言で済ませて良い訳ではない。

 クラシックルールの規則に絡む様々な利害は複雑で、軽視されれば他が歪む。

 夢のない話だが金銭面の問題もあるし、何処まで特別性を許可して良いのかの面もあるのだ。

 

 その一つが、過去のマルゼンスキーのクラシック登録問題にも繋がる。

 

 マルゼンスキーは、実は母方が国外のウマ娘である。

 しかも35年ぶりの英三冠ウマ娘であるニジンスキーの血を引く、超が付くほどの良家の娘。

 そしてここからが問題なのだが、国内の文化保護を理由とした規則、外国のウマ娘の出走制限がウマ娘レースにはある。

 クラシックレースの制限事項は特に厳しく、国外からの留学生は勿論の事、両親が国外のウマ娘の血を引いている場合でも制限がかかる。

 

 この規則自体は別に不思議なものではない。

 似たような規則は様々のスポーツ競技に存在する。一般的な国内保護の規則だ。

 当然、人類のスポーツ競技や種目にもこれは存在している程度には普通の事だ。

 極端な話、日本で行われているレースなのに出走するウマ娘全員が外国のウマ娘、なんて場合を防ぐ為にこの規則は存在する。

 

 マルゼンスキーの悲劇は、誰が悪かったと言い難い。

 ただひたすらに、時代が悪かった。

 しょうがない面があり、どうしようもない面があった。

 

 彼女以降、外国ウマ娘の出走制限緩和策は少しずつ進んでいる。

 しかし全面的緩和に付いてはシンボリ家とメジロ家を含め多くの名門が否定的な意見を貫いたままである。

 ジャパンカップの設立以降、シンボリルドルフ以外に日本の勝ち星がなく【世界に通用するレースを】の目的で作られた競走が国外のウマ娘に荒らされ続けている事を考れば、国内レースの文化保護に対する懸念は恐らく正しい。

 

 オグリキャップのクラシック登録問題も同じである。

 

 何処まで特別を許すのか。許さないのか。

 許してしまえば、程度に関わらず間違いなく緩む。緩めば崩壊の兆しになる。

 オグリキャップを許したのなら、これも許される筈だと。

 

 彼女を縛っているのは、エクリプスの時代から始まり、近代ウマ娘レースに関わるクラシック登録制度。

 国内の文化的保護と利権が絡むトゥインクル・シリーズ最重要の法規律。

 

 ダービー。一生に一度。同世代の頂点を決める最高峰のレース。

 当然日本ダービーに出られるウマ娘は極一部で、出走権利が獲得賞金額上位から決まる都合上、出たくても出られないウマ娘がいる。

 

 24人だ。

 

 たったの24名しか、日本ダービーには出走出来ない。

 当たり前だが日本ダービーへの出走登録を行なっているウマ娘は24名を超過し、序列によって弾かれたウマ娘が存在する。

 この場面でオグリキャップのクラシック特別登録を行うと、どうなる?

 それはつまり、今現在正式にクラシック登録をしていた誰かから日本ダービーの出走権利を抹消し、代わりにクラシック登録をしていなかったオグリキャップを日本ダービーに出すということ。

 

「まだそんなレベルの話をしているのですか?」

 

 ぴしゃりと、冷水を被せるような声が一室に響いた。

 昨今の騒動を引き起こし——特にそのきっかけを作ったであろう真犯人としてURAに呼び出された筈のウマ娘、シンボリエウロス。

 

 彼女はそれを、あくまで当然の事だと言い切っていた。

 

 オグリキャップがいるから、誰かがレースに出られない。

 それは当然の事の筈だ。

 一人のウマ娘——例えば、シンボリエウロスがいるから誰かがレースに出られなくなった事例は既に複数ある。

 

 シンボリエウロスが勝つせいで、レースに出られなくなったウマ娘がいる。

 彼女が存在するだけで、レースから押し出されて溢れたウマ娘がいる。

 彼女がいなければ、もっと輝かしい栄光を浴びていたウマ娘がいる。

 

 勝ちたくても勝てない。レースに出る事すら出来なかった。

 苦い現実の裏にある切実な想いを踏み台にして、ウマ娘はレースに出る。

 自覚の有無に限らず、レースに出た瞬間から私達は誰かの夢を踏み台にしている。

 

「ウマ娘レースの競走形態は、クラシックレースに限らず出走登録の段階から蹴落とし合いが始まっています。その話をするなら、登録序列2位のウマ娘が登録序列24位のウマ娘に押し退けられている現状の問題点も考慮した精査を行うべきではありませんか?」

 

 ——あぁ、やっぱり。

 トントン、と感情の波立ちをペン先と共に整えたURAの実質的なトップ、諮問委員会の委員長は小さく嘆息を重ねていた。

 物事の考え方から疎か、発言内容が似ている。あの新聞記事と。

 書かせた、というより書いたのはもう目の前の存在。

 

「一つ抜けているわ。仮に登録が出来ていた場合は序列2番目だったウマ娘が、正式な登録を完了している序列24番目のウマ娘を不当に押し退けようとしているのよ。貴方のそれとは話が違うわ」

「同じです。URAの主張は、元はと言えば第二回クラシック登録の際に彼女らの受理を拒否した事に繋がる。それはURAの怠慢を対外的に認められない為に正当性がないと主張しているだけです」

 

 ここで、正当性を担保出来なかったのはURA側の問題だろうと、一部正当性の無さを認めるならそこで話は終わりだった。これは正当性がどちらにあるのかの話をしているのだから。

 そして、もはや偽る気もないらしい。

 責任の所在を此方側に押し付けるのが上手な事だ。

 更に元を辿れば、オグリキャップが最初のクラシック登録を怠っていた部分が問題だというのに。

 

 URA側からすれば、よくもやってくれたなと思っているのが正直な話である。

 現状、大きい声を上げればURAという組織そのものを変えられる、と言った良くない実例を生む一歩手前まで来ている。

 そうなればもうURAは手を引けない。当たり前だが保守的な意見と慎重な組織運営が求められるだろう。そういう状況に持ち込む事こそシンボリエウロスの判断なのかもしれないが。

 

「あの〜………エウロスくん? 今日呼び出された理由は、分かる……よね?」

 

 シ……ンと静まり返る場の雰囲気に居心地を悪くした一人の人物が切り出した。

 URAの中央諮問委員会室に集まる人物は三人である。

 シンボリエウロス。URAの諮問委員会委員長。そして委員長の秘書。

 

 秘書である彼は、色んな意味で台風の目であるシンボリエウロスと昨今の騒動に頭を悩ませている自らの上司の会話を、何とか穏便な形に着陸出来ないか模索している最中である。

 

「はい。私はオグリキャップのクラシック登録に対する最後の話し合いをする為に来ました」

 

 シンボリエウロスは、変わらず自らの主張を貫いた。

 

「違うわ。最近の貴方が少し図に乗っているみたいだから、これ以上は首を突っ込まずこの騒動から身を退けと警告する為に呼び出したの」

 

 委員長は建前抜きに直接言った。

 

「では何故、今?」

 

 露骨に眉を顰め、シンボリエウロスは続ける。

 明らかに機嫌を急降下させている——そういう態度を見せる程度には彼女はURAのトップと交流がある訳だが、隣の秘書は気が気ではなかった。

 URAとシンボリ家の関係に溝がある理由のほぼ10割が彼女の存在に関わるためである。

 

「日本ダービーまで残り2週間。3回目のクラシック登録最終期日の今、私を呼び出した理由は?」

「呼ばなければ、むしろ押し掛けて来るでしょうに……」

 

 えぇ、はい。

 何でもないように肯定するシンボリエウロスに、委員長は改めて口を開く。

 

「もう一度繰り返しますが、オグリキャップの日本ダービー出走は認められません。私達URAの怠慢と、そう受け取って貰って構わない。明日の朝刊は好きにしなさい」

 

 隣の秘書は、思わずギョッと目を剥いて委員長の顔を見た。

 平静である。軽い冗談でもない。その事がより秘書の気を悪化させた。

 

 仮にも組織のトップが自らの否を認め、今後の弱点になり兼ねない事を口にする。

 相手がいくらURAでも対応を考える必要があるシンボリ家の令嬢といえど、その意味は重い。

 しかも相手は事前にURA側が不利になるよう展開を誘導し、何ならもうURAに全力で喧嘩を売っているくらいの所業をしている存在だ。

 

「私達がもっと早く規則の改訂を進めていれば。もっと地方へ手を回していれば。オグリキャップは最初の登録にも間に合っていたかもしれない。彼女のダービー出走は何にも阻まれるものではない筈だった」

「……………」

「ですが現実として彼女はクラシック登録に間に合わなかった。彼女一人だけを特別扱いは出来ません。この話はそれ以上でも以下でもありません。オグリキャップの日本ダービー出走は認められない」

「納得出来ません」

「……………強情な」

 

 思わず溢れた本音に、委員長の心労が滲んでいた。

 当たり前だが、彼女も彼女でこの騒動の着地点を模索している側の人間だ。

 仮にもURAのトップである。

 

「私は一度足りとも、オグリキャップがもしもクラシック登録に間に合っていたらの話はしていません。貴女方が自らの対応に非があったと認めるか否かの話もしていません」

 

 唯一、着地点の模索などを一切していない子供がここにいる。

 齢14の子供が決めているのは、自らが望んだ終着点だけだった。

 

「"現実として彼女はクラシック登録に間に合わなかった"。その上で……間に合わなかった上で、私は彼女の特例出走の話し合いをするためにここに来ています。話をすり替えないでください」

 

 ダダを捏ねる子供かと見紛うほどの強硬姿勢。

 如何にシンボリ家の令嬢といえど綱渡りな発言だ。

 

 実際にまぁ、目の前のシンボリエウロスは去年トレセン学園の中等部に入学したばかりの小娘である。

 しかし彼女が本当にただの小娘であったのなら、諮問委員会の委員長はそもそも話し合いに応じている訳もない。

 シンボリ本家に苦情と抗議を残し、この小娘を問答無用で叩き出して終わりだ。

 彼女にはそれが出来るだけの立場があり、権力がある。

 本来ならシンボリエウロスでも、おいそれと意見出来る立場ではなく、挑戦的な発言は以ての(ほか)なのだ。

 

「………貴方なら理解しているでしょう」

 

 二人が顔を合わせるのは、URA賞受賞式以来。

 それ以前からも、片やURAのトップと片やシンボリ家最大派閥の特異点として必然的に顔を突き付け合わせる関係である。

 

 友人。

 

 そう呼んでも良かった。

 親と娘以上に歳の離れた二人だし、立場上雑談に興じるような関係ではない。

 だが口を開けば、自然と話は合った。

 齢10にも満たない当時の小娘が、未来の一競技者として、そして元トレーナー候補生であり名門の看板を背負った令嬢として話をする。

 三つの視点で会話に加わって来た日の衝撃は、後方にて実に機嫌の良さそうな表情で仁王立ちをしていた姉の姿と一緒に、委員長の頭に記憶されている。

 

 恐らく姉の方より、彼女とは話が合った。

 

 シンボリルドルフが【全てのウマ娘に幸福を】と、あくまでもウマ娘を優先しているのに比べ、妹は組織的な視点を含めて全体をフラットに見る。

 世の中を改革したいという想いの薄さに代わり、シンボリエウロスは何処までも視点が中立だった。

 そこが気に入っていた。

 運営者であり中立者のURAを運営するに当たって、彼女の考え方は諮問委員長に近かった。

 

 故に、解せない。

 何故、彼女がそうまでさせるのか。

 オグリキャップ。たった一人のウマ娘の何が彼女を肩入れさせたのか。

 

 ルドルフがこの騒動に首を突っ込んで来るならまだ分かる。

 皇帝と呼ばれた所以を持つウマ娘の願いを、委員長も理解している。

 

「貴方自身、自分が何を言っているのか理解していないとは思わない」

 

 だが今、目の前にいるのはエウロスだ。

 自他の境界を明確に区別し、他者の一切を必要としない精神性を持つウマ娘。

 しかし騒動に首を突っ込むどころか騒動そのものを引き起こし、世論を煽った張本人。

 

「だけどそれでも言わせて欲しい。貴方は今クラシックのルールそのものを破壊し、たった一人のウマ娘の為にルールを変えろと言っているのよ」

「はい」

 

 即答である。

 らしいと言えばらしい。だが尚の事、信じられない。

 シンボリエウロスは元々トレーナー候補生として養育された影響もあって、レースに関わる規則やルールに詳しい。

 規則やルールが出来上がるまでに起きた事件、事例を読み解き、過去の人々の想いを未来からの視点で軽視することもしない。

 

「…………」

 

 そういう存在だと、思っていた。

 変わった。或いは裏切られた。

 喪失感の裏に、期待しすぎていたのかもしれないという失望すらあった委員長は、厳しい表情で目を閉じている。

 

「生まれた時から、息をするのが苦手でした」

 

 少し私の話に付き合ってください。

 一言付け足して、シンボリエウロスが静寂を切り裂く。

 

「喉が麻痺し、気道は勝手に塞がり、呼吸器が誤作動を引き起こす。立ち上がって走るのは疎か歩く程度に身体を動かす事すら問題がありましたし、会話をするのは未だに億劫です」

 

 シンボリエウロスの病は、改善はしたが完治はしてない。

 過去。あの日々の自分とは常に地続きである。

 不都合は多い方だろう。

 

「しかしその事を恨んだ日はありません。周りのウマ娘を羨んだ事もありません。私は恨まれる側であり、羨まれる側のウマ娘でした。機会に恵まれたからです」

「…………」

「正直な話、シンボリ家に生を受けていなければ私は既に亡くなっているか、競技者として何の活躍も期待出来ない存在だったでしょう。しかし現実として、そうはならなかった」

 

 知っていますか? と談笑に興じるような趣きで彼女は語りかける。

 

「オグリキャップも、生まれ付き脚が悪かったそうです」

 

 不意に、委員長が腕を組んだ。

 重い眼差しだった。

 

「彼女が中央の歴史に疎かった事。クラシック登録云々を全く知らず、それどころか元々は中央移籍にすら興味がなかった理由が私には分かります」

 

 だって、立って走れるだけで奇跡だから。

 

「走れるから走る。それだけで良かった。他に必要なものはいらなかった。だけど、そんな自分に夢を抱いた人がいた。夢を望み、夢を重ねた人がいて、夢と一緒に押し出してくれた人がいた」

 

 まるで自らの実感を語るように、言葉を続けていく。

 

「だからその恩に応える。立って走るだけで満足していた自分を応援してくれた人達の為、望んでくれた夢を叶える為。その全てが日本ダービーです」

 

 日本ダービーとは何か。

 それを人は、夢のレースだと言う。

 

「中央で最も由緒ある格式高いレース。日本ダービー。誰にでも出走資格がある訳ではない。ましてやダービーウマ娘に相応しいのは、生まれた時から頂点を志して来た一流のウマ娘にのみであり、日本ダービーに出走する以上は正しい品格が備わっていなければならない」

 

 その意味は分かっている。

 以前、私を日本ダービーに出して欲しいとオグリキャップから頼まれた日。

 クラシック登録の必要を聞き、君に勝てば日本ダービーに出られるのかと彼女が聞き返して来たその瞬間の、周囲のウマ娘達の本気の怒り。

 

 日本ダービーは夢のレースである。

 その土台は、数多の傑物の夢の残骸で出来ている。

 私達の夢を殺し、屍の山に君臨するウマ娘が、生まれも育ちも地方の片田舎のウマ娘。クラシック登録すらしていない不心得者。

 

 許せない。

 求められる品格とは、そういう事だ。

 

「では、品格とは何なのでしょうか」

 

 その意味が分かっていた上で、しかしこの場にいる小娘には納得が出来なかった。

 

「一流のウマ娘とは何なのでしょうか」

 

 違う。違う筈だと。

 あの日、あの瞬間、品格というものに拘っていたのは、オグリキャップに怒りを覚えたウマ娘以外にもいた。

 

「中央に長く在籍していれば良いのか? 名家の血を引いているのか? 人々を引き付けるカリスマ性があるか? 誇れるレースの実績を持ち1着を取り続ける力があるか?」

 

 地方の在籍期間がなく、この上なく血統に恵まれ、孤高のカリスマ性があり、出走して来た全てのレースで1着のウマ娘は言う。

 

「全て違います」

 

 生まれ育ちも名門ながら落伍者の烙印を受けて秘匿され、クラシックレースは疎か立って走る可能性すら絶たれていた、筈のウマ娘は、言う。

 

「一流のウマ娘とは人に夢を見せるウマ娘であり、そのための力と成し遂げた生き様そのもの全てが品格です」

「……………」

「私は世論に働きかけました、が私がしたのは貴方達の対応の批判と、かつての悲劇への問いかけ。偶像を作り上げた訳ではありません。オグリキャップの特例出走に集まった全ての署名書は、彼女と彼女の観客達が望んだ、彼女達自身の意志そのものです」

「……………」

「人々は示し合わせるでもなく自然な形でオグリキャップに夢を抱き、オグリキャップは自らの不遇を理解した上でその夢に応えようとした。その現在、現実こそ彼女が一流のウマ娘である何よりの証拠であり、日本ダービーに相応しい品格を備えたウマ娘である事の証明です」

 

 それを、機会に恵まれなかったからという理由で潰す事が到底公平な事だとは思えない。

 そう言って締め括るシンボリエウロス。

 

 URAは危惧している。

 声を荒げ、語気を強めれば規則など簡単に変えられると思われることを。

 だがシンボリエウロスは主張する。

 多くの声を集め、民意を以ってしても一切変わらない規則に何の意味があるのかと。

 

「オグリキャップ一人の為にルールを変えるのか。貴方は先程そう問いました。ですが委員長。いつだってルールは、たった一人の存在によって変わって来たのではありませんか」

 

 シンボリエウロスは、若かった。

 融通の利かない子供だった。

 

「たった一人の存在に夢を重ねた、多くの人々の願いと共に」

 

 真っ直ぐ瞳を見据え。

 最後に、シンボリエウロスは深く頭を下げた。

 

「お願いします。オグリキャップを、日本ダービーに出してください」

 

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 

 やれる事は全てやった。その筈だ。

 立場を利用したツテを頼り、根回しをかけ、世論に働きかけ、情にすら訴えかける。

 自らの発言は本心である。でも詭弁だったかもしれない。

 自分の発言の是非が、当の本人ですら分かっていない。

 

 きっと。

 

 きっとこれは——公平じゃない。

 私がどれだけ公平に見ようとしても、私に感情というものが存在する限り、これは公平じゃない。

 規則は不完全だ。規則を作った人が不完全だから。

 そして私も不完全で、必ず何処かで間違っている。

 何かを軽視し、何かを不必要に重要視している。

 

 それでも尚、私はクラシック特例出走の措置を押し通すつもりだった。

 頭を下げた姿勢のまま、私はただ、私自身の言葉の穴を確かめ続けていた。

 

「………顔を上げて頂戴、エウロス」

 

 いくらかの沈黙を経て、顔を上げる。

 

「貴方の気持ちは良く分かった。貴方が愁う夢の成就も、今のトゥインクル・シリーズを覆う人々の想いも」

 

 自分自身の立場を利用した。

 姉を利用し、友の過去も利用した。

 目の前にいる諮問委員会の委員長すらも、利用している。

 シンボリエウロスというウマ娘が持つ交友関係の全てを使った。

 

「それを踏まえた上で、我々の結論は」

 

 私でなければ、きっとここまで辿り付けなかった。

 やれる事は、全てやった。

 その筈だ。

 

 

「それでもNOです」

 

 

 それでも尚、まだ何かが足りなかった。

 私には。

 

 ……何が、足りていない?

 




 
◯マルゼンスキーの悲劇は、誰が悪かったと言い難い。
 この部分をしっかり描写する場合、公益社団法人日本軽種馬協会(通称JBBA)の話もしなくてならないのですが、ウマ娘にはJRAに相当するURAはあるのにJBBAに相当する組織がないという事で簡略化&独自解釈で描写しています。

◯たったの24名しか、日本ダービーには出走出来ない。
 作中時間軸1988年当時のフルゲート頭数より。
 フルゲートは18頭という認識があるが、正確にはフルゲートは最大18頭であり、各競馬場・コース・距離・内回りor外回り・開催次期などで個別に最大頭数が定められている。
 例えば東京・芝2000mのA.Bコースだと18頭。Cコースだと16頭。Dコースだと14頭。
 基本的には芝よりダートの方が頭数が少なくなり、また短距離であればあるほど更に頭数が減少する。

 また日本ダービーの元々の最大頭数は1961年の32頭であり、時代の推移と共に徐々に縮小。『トウカイテイオー』号の1991年日本ダービーが20頭以上の出走頭数を記録した最後のダービーであり、『ミホノブルボン』号の1992年日本ダービー以降フルゲートは18頭となった。
 ちなみに1953年日本ダービーが歴代最多の33頭立ての施行となったが、そもそもこの時代の発馬機は遮断網(バイヤー)式でありゲートの概念がない。
 現代のような檻と枠組みのゲート式が日本の中央競馬で採用され始めたのは1960年7月2日からであり、日本ダービーにて採用されたのが前述の1961年からである。

 日本ダービーのフルゲート人数の制限推移は、1961年に32頭、1963年に28頭、1986年に24頭、1992年に18頭。
 つまり作中時間軸内ではフルゲート24名。

⚪︎……何が、足りていない?
 
 次話。
 URAとファンの人々と、オグリキャップではないとある一人のウマ娘から考えるクラシック特例出走問題。
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