有効射程距離25バ身   作:sabu

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5/13 教室

 

 実は、シンボリエウロスには友達が少ないと言うと大抵のウマ娘は驚く。

 何故驚かれるかといえば、え……? 少ないじゃなくて存在しないの間違いでしょ? と返って来るから。

 

 エウロス(名詞)

 意味:無愛想。孤高の天才。シンボリルドルフの妹。東風(暴風)

 最近は、クールな雰囲気のまま鉈を振り回すが如き超豪快な戦法する奴。

 かわいい顔してやる事がめちゃくちゃえげつないやべー奴、と追加された。

 ちなみにシンボリと書いてすごくやべー奴という意味なので、シンボリエウロスはすごくすごいやべー奴という意味である。

 選抜レースから得たシンボリエウロスの勝ち方と適性対策をもう早速始めてるトレーナーやウマ娘がいるので、しばらくすればこれも追加されるだろう。

 

 有効射程距離25バ身。

 

 半月ほど前に行われたレースにて、シンボリエウロスは先頭から約13バ身も離れた最後方から進出を始め、規格外の末脚でそのまま逆に10バ身の大差を2着に付けた。

 つまり23バ身、アレは詰め寄って来た。

 シンボリエウロスの、最後方から前全員を抜き去る圧倒的な勝ち方。

 そして、まだまだ余裕がありそうな佇まい。

 恐らく彼女は、まだ更に詰めて来る。20バ身差は安全圏ですらない。

 

 常識外のスピード。神速の末脚。

 そして展開を操作し、最後方からの追込によって全てを蹂躙して来る走り。

 25バ身の差を付けて、ようやくセーフティーリード。

 もっともこれは、彼女が最後方からの追込ウマ娘であるからこそのバカげた数字だが、それでも先頭集団から時に10バ身差を作りだす大逃げのウマ娘すら、常に射程圏内に入る数字である事に変わりはない。

 

 どれだけ距離を取っても絶対に安心出来ない、逃げウマ娘の天敵。

 レースメイクしている筈が、レースメイクされているという恐怖。

 最後の最後で必ず、最後方から先頭を射抜いて来る化け物……。

 

 そんなこんなで、シンボリエウロスには今日も友達がいなかった。

 

 では孤高なのかというと、少し変わって来た。

 バンブーメモリーは、シンボリエウロスに対しても態度が変わらず光属性を維持出来る唯一無二の子なので省く。

 

 ヤエノムテキ。

 シンボリエウロスに大差を付けられたが、それはそれとして3着に6バ身を付けたウマ娘。

 あの選抜レース、シンボリエウロスが初手から完全に勝ちに来ていて、それが完全に嵌った形ではあるが、あの戦いの中では完全にこの二人の二強だった。

 挑戦状を叩き付けただけはある。あのレース展開であそこまで対応出来たのか。ヤエノムテキがレース展開を操れていたのなら、シンボリエウロスに勝っていてもおかしくなかった。

 そんな評価。ただ負けは負けであり、もしもの仮定なら勝っていたとか、シンボリエウロスがいなかったら1着だったとか、そういう評価は、ヤエノムテキの内心としては別に嬉しくないどころか邪魔なものだった。

 

「……エウロスさん」

 

 当然、ヤエノムテキはシンボリエウロスを意識する。

 意識するが、それはそれとして彼女達は中等部1年の学生であり、同じ中央トレセンに通っている同級生。

 ヤエノムテキとしても、決してシンボリエウロスを嫌っているとかではない。

 レース前に見せた、あの暴虐に等しい熱。瞑想に近い呼吸法、息の整え方。

 きっと同じ武人肌だ。そういう共感をヤエノムテキはエウロスに覚えている。

 

「その、一緒にご飯は……どうですか」

 

 少し自信なさげ。そして遠慮がちに尋ねる。

 古風。そして厳しそう。そんな雰囲気のヤエノムテキだが、決して彼女は人に物を聞くのが苦手ではない。

 というかヤエノムテキは普通に友好関係が広い。人と話して緊張するという事もなく、彼女が臆するという事がまずない。

 

 つまりは、兎に角シンボリエウロスが愛想悪いのである。

 

 厳ついとか、怖い顔はしてない。

 むしろ顔のパーツは普通にかわいい部類に入る。姉のシンボリルドルフと同じだ。

 のに、それを真っ向からぶち壊しにかかる佇まい。

 笑わない。悲しまない。表情筋が動かない。

 更に耳は揺れない。尻尾は微動だにしない。そして止めに口を開かないでクッソ愛想が悪いのだ。

 

「…………(コクッ)」

 

 そしてやっぱり愛想が悪い。口を開かない。

 ヤエノムテキちゃん、ちょっと気まずそうにしてるじゃん。

 せめて『はい』くらい言っても良いじゃん。

 

「では……失礼します」

「…………(コクッ)」

 

 そんな事を思う。けど怖いから言えない。

 周りのウマ娘達がハラハラオドオドしている視線の先で、ヤエノムテキがおずおずとシンボリエウロスの正面に座った。

 バンブーメモリーが必ず隣に座るのとは少し対象的である。

 

「……………」

「……………」

 

 無言が痛かった。

 少なくとも周りはそう思っていたし、ヤエノムテキもそう思っていた。

 尚、当の本人シンボリエウロスは普通にモグモグと食事を繰り返している。

 内心がどうにしろ行動は最悪である。

 

 このままどこまで行っちゃうんだ……!?と周りが戦々恐々とする中でも、食事は続いた。

 エウロスが右で箸を持つ。ヤエノムテキも右で箸を持つ。

 エウロスがご飯を一口食べる。同じタイミングでヤエノムテキもご飯を一口食べる。

 一番先に気付いたのは、シンボリエウロスだった。

 

「何を?」

「え?」

「何をしているんですか?」

 

 何を? で通じなかった。故に、何をしているんですか? と続ける。

 二日振りの、頷くか頭を横に振るか以外の意志疎通。尚、結構な圧縮言語。

 そして当然の圧縮言語故にヤエノムテキに驚かれ、通じなかったと分かるや否や、普通に尋ねた。察するのが早い。

 

 が、驚くのは早さではなく、シンボリエウロスが察する機能を搭載していた事にある。

 ちょっとざわつくウマ娘。

 え、待って………エウロスさんって気遣えるの……?

 もしかして実は、彼女が喋らないのって……もうそういう性格なんじゃない?

 喋りたがらないだけで、実はアルダンさんみたいに内心は普通のお嬢様……ってコト!?

 

 千差万別。反応はそれぞれ。

 

 シンボリエウロスは普通に距離を置かれている。

 いるが、置かれているはいるで、なんか明日どうなるか分からないから面白い天気みたいな扱いを段々とされ始めていた。

 レース中は闘争心によって雰囲気や性格が変わる子が多いが、ウマ娘は温厚だ。基本的に良い子しかいない。

 シンボリエウロスが見てる分には静かだからというのもある。

 清楚なお嬢様メジロアルダン。孤高なお嬢様シンボリエウロス。

 このクラスでは良い感じに対比が取れていた。

 

「えっと……」

 

 そしてバンブーメモリーに次ぐ、対シンボリエウロス会話部門筆頭格になり始めているヤエノムテキは、周りのそういう雰囲気を感じ取って少し悩んでいた。

 悪口でなくても、陰でコソコソ言われるような事がヤエノムテキはあまり好きではない。幼い頃の苦い経験。それは深く染み付いている。

 染み付いているからこそヤエノムテキは何事にも本気で、そして真面目に取り組んでいる。

 

「………?」

 

 首を少し傾げるシンボリエウロスを見て、ヤエノムテキは正直に話し始めた。

 こういう雰囲気は、あまり好きではない。一つ掛け違えば、そのまま崩れて行くところまで行ってしまいそうな雰囲気があるから。

 でももしそうなったら、自分が率先して矢面に立って、護りに行けば良い。

 シンボリエウロスという強者を意識しているが、エウロスという個人に対しては、ヤエノムテキとしては珍しく、結構仲良くなりたいと思っている方だった。

 

「見取り稽古を、していました」

「稽古?」

「はい。相手の技や呼吸、タイミング、動きなどなどを見て学ぶ。エウロスさんは静かです。周囲に溶け込んでいるようで、しかし明確な芯がある。だから周囲を少しずつ変えていく。そういう雰囲気がある」

「…………」

「無駄がありませんでした。そして負荷がありません。トレーニング中も、貴方だけは常に見ている場所が違う。そして意識している場所も違う。特に、呼吸の仕方が」

 

 一気に語って、止まる。

 ちょっとした静寂。互いに言葉が途切れた。

 シンボリエウロスの、深く長く、そして僅かな息遣いが一瞬止まって、また戻る。

 

「へぇ」

 

 感嘆。シンボリエウロスが口から溢した、声。

 一瞬目が細まって、僅かに頬が上がる。

 初めての顔だった。ピリッ……と駆け抜けた稲妻。或いは閃光のようなナニか。

 雰囲気が一瞬、剣呑さを纏う。

 ヤエノムテキは姿勢を正し、周囲のウマ娘は少し口元が引き攣る。

 緊張感を孕んだ雰囲気だった。

 

「ヤエノムテキさん」

「はい」

 

 名前を呼んだ。名前を呼ぶ事など全くない彼女が。

 ピリ付く雰囲気のエウロスに、ヤエノムテキは真っ向から視線を返す。

 周囲のウマ娘のように様子を伺う事もない。怯えも抱かない。

 それがヤエノムテキだから。

 

「ヤエノさんと呼んでも良いですか?」

「は、? ……はい」

 

 だから、かなりの変化球が来てヤエノムテキは驚いた。

 結構な圧縮言語をシンボリエウロスは使うが、変化球は初めてである。

 え、急に? そういう表情を浮かべるヤエノムテキに、シンボリエウロスは続ける。

 

「ヤエノさんって凄いです」

「え? は、はい………」

「目が凄く良いと思います」

「……………」

「私も頑張らないといけないなと思いました」

「お、押忍……!」

 

 取り敢えずなんか凄い褒められてる。

 シンボリエウロスには他人を褒めるという機能が搭載されているという事を初めて暴いたヤエノムテキだったが、何かほわほわとして来た雰囲気のシンボリエウロスに呑まれて、そのまま返事をしてしまった。

 

「私とお友達になりましょうね」

「お、押忍……!! お……え?」

 

 ので、ヤエノムテキはそのまま答えてしまった。

 

 実は、シンボリエウロスには友達が少ないと言うと大抵のウマ娘は驚く。

 その日から、シンボリエウロスには友達が出来たと言うとほぼ全てのウマ娘が驚くようになる。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 実は……というか選抜レースで力を発揮出来なかったり、スカウトされなかったウマ娘が聞くとまず理解されないのだが、実はシンボリエウロスには、まだトレーナーがいない。

 

 あの選抜レースを、ほぼ全員のトレーナーに見せておいて?

 トレセン学園に所属しているウマ娘の過半数が注目し、学園外からメディアやファンがそれなりの数集まったあの選抜レースで1着を取っても尚?

 となるが、本当に居ない。

 

 トレーナーからの興味は引いた。一番だ。

 それは変わらないし、彼女が最も注目されてる。

 だが誰もスカウトしに来ない。たったの一人も。

 

 あまりにも隔絶した能力。

 2着との残酷に過ぎる差。

 完全に決めに来た、強すぎる勝ち方。

 恐ろしい。このウマ娘を担当する事が。

 

 それは奇しくも『皇帝』シンボリルドルフの再現だった。

 

 ウマ娘にも名門があるように、トレーナーにも名門がある。

 そしてウマ娘のレースがブラッドスポーツと言われているように、優秀なトレーナーには名門が多い。

 当たり前だ。名門生まれの循環は、ウマ娘だけではなくトレーナーにも働く。

 ウマ娘は自らの人生をトレーナーに預けるのと変わらない。

 何の前評判もない新人のトレーナーよりベテランのトレーナーを選ぶ。

 知識の薄い寒門のトレーナーより、名門としてウマ娘の育成ノウハウがあるトレーナーを選ぶ。

 故に、名門生まれの優秀なトレーナーが、名門生まれの優秀なウマ娘を担当する。

 それは至極当然の事だった。

 

 担当のウマ娘が重賞レースを取れば、その獲得賞金がトレーナーにも入る。

 何より実績に箔が付く。育成方法が蓄積していく。次の担当ウマ娘に経験を活かしやすくなり、次は重賞レースの中でも更に上を目指せる。

 もしかしたら……最高格のG1すらも目標に入れられるかもしれない。

 好循環は好循環しか生まない。

 そしてその好循環に、寒門は立ち向かう隙がない。

 それが残酷にして至極当然の超実力主義社会、中央トレセンの現状だ。

 

 ではシンボリエウロスは、あらゆるトレーナーからスカウトされたのか。

 いいや、そんな事はない。

 確かに彼女は優秀だった。優秀すぎた。

 

 適当に育成していればそのまま、最高格のG1レースを取れてしまうかもしれないほどに。

 

 G1レースを簡単に取れる。それがどれほどにおかしな事か。

 中央のG1レースは、現在たったの15しか開催されてない。

 これが何を意味するか。一年でG1を制する事が出来るのは、絶対に15人より上にはならないという事である。

 それも平等にG1の冠を分け与えた場合で、15だ。

 一人のウマ娘がG1を連覇すれば、その分だけG1勝者のウマ娘は減る。

 

 早熟な天才が集まるジュニア級重賞レースの頂点を制し、同世代の頂点しか集まらないクラシック級重賞レースの頂点を争い、才能に底が見え始めるシニア時代に、後輩と同世代の頂点を争い続ける。それがG1レースに出るという事。

 今の時代、G3が年に60程度。G2が30程度。そしてG1がたったの15。

 一年でG1ウマ娘は最大15人しか生まれない。

 一つの世代で、G1ウマ娘は僅かたったの10人程度しか生まれない。

 

 だから、重賞レースを取れるだけでそれは名誉と言われる。

 G1を制したウマ娘は、歴史に名を残す。

 それほどにウマ娘のレースは熾烈だ。

 

 ——では『皇帝』シンボリルドルフは何をした?

 

 そう。彼女は十冠を取った。たった一人でだ。

 十冠。つまりG1を10勝したのだアレは。

 たった一人で、世代の主要G1獲得数のほぼ全てを独占。

 数十年に一人。いや、数百年に一人と言っても過言ではないレベルの化け物。

 

 そのウマ娘が言った。

 夢を託すと。自分を越えてくれると。

 それが『皇帝』の妹。シンボリエウロス。

 隠されて来た謎多きシンボリの最高傑作。

 選抜レースで、圧倒的不利をレース展開ごと踏み砕き、大差勝ちした化け物。

 

 シンボリエウロスは、十冠越えを望まれている。

 

 そのトレーナーになりたいか?

 いや、誰もなりたくない。

 シンボリエウロスはもはや金のなる木だ。

 その性能がある事も選抜レースで実証した。

 だが、誰も彼女を担当したくない。

 G1を取るだけではダメ。圧倒的に。余裕すら感じられるほどに容易く。そして『皇帝』に並ぶほどの冠を、彼女に捧げなければならない。

 

 それが出来なかったら、誰の責任になる?

 そう、トレーナーの責任になる。

 何故ならケチを付けることすらできない才能がウマ娘側にあって、戦術を使う頭もあって、そして既に実力があった。そういう勝ち方を、良くも悪くも完全に見せ付けた。

 シンボリエウロスを、これからどうやって育てれば良いか分からない。

 ウマ娘を導く筈のトレーナーが、彼女相手にはただの枷にしかならない。

 一つ間違えれば、これからのキャリアが全て死ぬ。人生が壊れる。

 だから、怖い。

 

 シンボリルドルフの時もそうだった。

 あまりの強さに、選抜レースを終えた段階では誰もスカウトする者が来なかったという。

 そして最終的に三人のトレーナーが名乗りを上げ、その中で唯一シンボリルドルフと同じ視座に立ったトレーナーを、シンボリルドルフが逆指名した。

 

 伝説のような始まりだ。

 シンボリルドルフのトレーナーになった彼は、半ば伝説の英雄みたいな扱いをされている。

 だから、誰もその道に続かない。

 英雄に憧れるのは子供だけだ。

 誰も英雄と同じ事をしろなどとは他人に言わない。自分もしない。

 何より、前評判は高かったがシンボリルドルフも決して十冠を達成するなど誰も考えてなかった。ただシンボリエウロスの場合は、最初から十冠が通過目標でしかないのだ。

 

 トレーナーがウマ娘をスカウトする。

 でもその普通がシンボリエウロスには当て嵌まらなかった。

 彼女がいつ、トレーナーを逆指名するのか。

 彼女の目に適うトレーナーは誰か。

 生贄に選ばれ、そこから神の従者になるか、或いは人生のどん底に落とされる人間は誰だ。

 中央トレセンは静かに、緊迫した雰囲気に包まれていた。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 放課後のチャイムを鳴らす鐘の音がなる。

 午後のレース座学が終わったのだ。

 既にトレーナーが付いているウマ娘も、まだ午後のレース座学などには参加していたりするが、基本的には午前の通常授業しか出ていない。

 つまり、早速午後のレース系の座学ではウマ娘が疎らになり始めている。

 その中でシンボリエウロスはやっぱり目立っていた。

 

「……………」

 

 トントンと科目の教科書を整え、トレセン学園指定のバッグに詰める。

 深窓の令嬢。他を寄せ付けない孤高。

 彼女がいる場所は大抵静かだ。それが本当に様になるのが余計に拍車をかける。

 そうしなければならない。そんな圧力すら伴っている。『皇帝』シンボリルドルフは、とても友好的だったんだな、と思うくらいの雰囲気。

 

 彼女はトレーナーをどうするんだろう。

 そんな雰囲気があるからか、最近はそれが顕著だ。

 もっとも、彼女のクラスではあまり話題にはなってない。

 まぁエウロスさんだし。私達は同じクラスだから慣れてるけど、他のクラスの同級生はちょっと怖いよね。というような受け入れ方をされている。

 要は慣れたのだ。長い時間、緊張状態が続きすぎて段々麻痺して来るみたいな感じだが。

 

「なぁ、エウロス」

「…………?」

 

 謎に包まれた放課後を過ごしているシンボリエウロスが、席を立ち教室を退出しようとする中、彼女に話しかけるウマ娘がいた。

 栃栗毛。栗毛よりもやや赤みがかっている髪の証。

 夕陽のような赤に一房混じり白の流星。ショートヘアー。

 そして何よりの特徴として、トレセン学園の制服の上に、耳の通る穴の空いたパーカーを着ているウマ娘。

 

 ディクタストライカ。

 1600mの選抜レースを、レコードで勝ったウマ娘。

 

「もし、今日遊びに行かないかと言ったら、どうする?」

「…………?」

「いや、お前トレセンだと気が滅入るだろ」

 

 実はこのディクタストライカ、今までに何回かシンボリエウロスに話しかけている。

 いるはいるが、まぁ距離感が掴めなかったから当たり障りのない会話ばかりだった。

 何故そんな会話ばかりになるかと言われたら全部シンボリエウロスのせいなだけで、彼女は普通にコミュ強者である。

 

「………(フルフル)」

「あー……」

 

 どうやら別に、トレセン学園では気が滅入らないらしい。

 いや、遊びに行かないの方に対しての否定か?

 両方っぽいな分かりづれぇ……とディクタストライカは頭を悩ませる。

 

「遊ぶってもあれだ、野良レースだぞ?

 トレセンから離れた人気のないウマ娘専用レーンで」

 

 なんか普通に、そのままスタスタと教室から出ようとするシンボリエウロスを、後ろから追い被さるように肩を組んで止める。

 

 野良レース。

 それは非公式レースの通称だ。

 不良の溜まり場、とも言う。

 

「なぁお前、実は既にマイルも走れただろ。

 選抜レース、ヤエノムテキに譲ってただけで」

「……………」

 

 マイルとは1600mである。

 エウロスとヤエノムテキが走ったレースは1200m。一般的に短距離とされる距離だ。

 この差は重い。

 

 足が止まった。

 僅かに揺れる三日月に似た特徴的な流星。

 下から睨み上げるように覗いて来る、鋭い碧眼。

 いつもの事だと言われれば、それまでかもしれないが。

 

「まぁ別に……普通に遊びに行くのならアイツも誘おうかなとは思ってるが」

「……アイツ?」

「ブラッキーエール。あそこの。

 今まで一度も外に出た事がなかったらしいシンボリのお嬢様はゲームセンターなんて場所も知らないだろ?」

 

 指差した先にいる、黒い栗毛。ブラッキーエールという名のウマ娘。

 おまえ……ダシにすんなよ……っ! という表情で彼女は返した。

 172cmという長身と粗暴な態度もあり、ディクタストライカ共に不良組の扱いをされてはいるが、最高の問題児シンボリエウロスがいるので別にクラスでは浮いてない。

 

「ごめんなさい。生徒会長から呼び出されているので」

 

 じっと時計を眺めた後、シンボリエウロスは口を開いた。

 生徒会長。中央トレセンに於いてそれが誰を指すのかは、トレセン学園に在籍している全ウマ娘が知っている。勿論トレーナーや、それ以外の業務員も。

 というかこの国で、中央トレセン学園の生徒会長が誰か知らない人の方が少ない。

 

「あー……なるほど悪ぃな」

「………(フルフル)」

 

 多分、気にしなくて良いという意味合いで首を横に振り、シンボリエウロスはそのまま去っていった。マジで喋らない奴である。

 一応、ごめんなさいと付け足しただけマシであるのかもしれないが。

 

「フラれてやんの」

「うっせぇ」

「……マジな話なんでアレを誘った?」

「別に。ただ気になっただけだ」

 

 まだ、誰もメイクデビューはしていない。

 故にクラス内で格差はなく、絶対的な実力の差で絶望していない。苦悩もしていない。

 

 その中で、既にひっそりと絶望されているとしたら、あのウマ娘一人だけだ。

 この世代の主要なG1を、ほぼ全て独占するかもしれないなどと既に言われているような存在。

 事実、姉はやった。だから妹もそれを望まれてる。

 当時、誰もがシンボリルドルフの背中を追った。幻影を追った。

 だから、その幻影が蘇って来たとするなら、誰も無視出来ない。

 シンボリルドルフの再来。

 そう呼ばれるに相応しい蹂躙劇を選抜レースでやった奴を、無視出来るなど。

 既にG1を諦め、その下のG2やG3レベルを目標にして賢く生きようとしている奴も居ると聞く。

 それを別に、ディクタストライカは笑わない。

 ただ長続きしないだろうなとは思った。

 そして静かに、失意の中で周囲が引退するか地方に行くかしてクラスから同期が消えても、アレは変わらない静寂を保つだろう。屍の上に立つだろう。

 その屍の上を足場にした、夢と憧れの残骸の遥か先にしか、神域の十冠は存在しない。

 

「まだ、ヤエノムテキ以外眼中になし……と」

 

 中央には天才しかいない。

 故に中央では、天才が天才ではなくなる。

 

 ほどほどの成績で、ほどほどの大学に行って、ほどほどの生涯を送ろう。

 夢を諦めて、過信が薄れ、増長が消え、ライバルへの対抗心がなくなる。

 そうやって、彼女達は大人になっていく。

 

 そういう意味では、ディクタストライカは子供だった。

 だから彼女は、何処までも強いウマ娘であり、普通のウマ娘ではなかった。

 

 恐らくアレとぶつかり合うのはそう遠くない。

 その時まで力を溜めておくべく、ディクタストライカは早速トレーナーとのトレーニングに向かう。

 シンボリエウロスには、まだトレーナーが居ない。

 それが、今は唯一の突破口であった。

 

 




 
⚪︎Soccer Boy(ディクタストライカ)
 テンポイントの再来。学年のエース。栗毛の弾丸。芝2000m、函館記念不滅のコースレコード1:57:8。——オグリキャップより早く領域に目覚めた天才。シングレ版ディクタストライカ。

⚪︎Rugger Black(ブラッキーエール)
 黒い闘士。芦毛の怪物に敗れた者。灰色の影に呑まれた者。伝説に隠れた影。G3重賞レース・シンザン記念勝者。シングレ版ブラッキーエール。

⚪︎一年でG1を制する事が出来るのは、絶対に15人より上にはならないという事である。
 海外遠征をすればその限りではないが、じゃあ一年でG1は100以上取れちゃいますみたいな話に逸れてしまうので、敢えて無視。
 というか本来なら、欧州G1を日本勢が制するのは1988世代から10年近く経った後に出て来る『シーキングザパール』が最初なので、この時代の海外遠征はかなりハードルが高い。

⚪︎有効射程距離25バ身。
⚪︎もっともこれは、彼女が最後方からの追込ウマ娘であるからこそのバカげた数字だが……。
 尚余談だが、米国のカルフォニアで生まれた『シルキーサリヴァン』という、追込脚質世界最強筆頭格の競走馬の有効射程距離は40バ身である。
 どういう事なの。
 
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