三本脚
何故リハビリが順調に進まないのか。
一度それをフラットに考えた事がある。
全治約5〜6ヶ月の怪我をして菊花賞に間に合う訳がない。
自分より軽い怪我や不調で、更に長い期間も復帰出来なかったウマ娘はいる。
そういう考えも抜きにして、フラットに。
色々な場合の平均や中央値による、常識も先入観を省いて。
自分と似たような苦しみをした、或いはするだろう存在を考える。
トウカイテイオー。
無敗二冠。
父・シンボリルドルフと同じように三冠を期待された彼女……否彼は、しかし無敗のまま制覇したダービーの後に発覚した故障によって悲劇の道を辿る。
左脚根骨骨折・全治6か月。
だがトウカイテイオーが実際に復帰したのは、翌年の春。
復帰まで、彼は実に1年近くの時を要した。
そして、もう言ってしまうがトウカイテイオーが後に於いても繰り返した骨折は、内容に関しては全て軽度である。
左脚根骨骨折は凡そ3ヶ月ほどで完治するのが大体のところであり、競走能力への影響を残す後遺症はまず残らない。
何なら左脚根骨骨折は私もしていて、これ自体は既に治っている。
だがトウカイテイオーは、それが全治6ヶ月まで長引く事となった。
その上で、復帰は約1年ほどの時を必要とした。
精神的なダメージはあるだろう。
無論トウカイテイオーは幾度となく怪我を繰り返しながら、それでも復活を果たした。
そこには並大抵ではない精神力がある。
悪化の理由は恐らく、トウカイテイオーの特徴的な走法。そのズレ。
不屈の闘志ではどうにもし難い領域の、精神と肉体の乖離。
経験に伴う、理想と現実の差とでも言うべきか。
身体の超驚異的な柔軟性。
細身でありながら幾十にも分厚く、収縮力の高い筋肉。
ゴムのように強い力で蹴り飛ばし、通常よりも深く、より前に脚を伸ばす事の出来たトウカイテイオー。
ストライドを大きく伸ばせ、戻るのも速い。
時代に珍しく、彼は驚異的なストライドの伸びでスピードを稼ぐタイプだった。
"跳ぶ"ように走る。
トウカイテイオーの走方を表現した代名詞。その代表。
帝王を帝王足らしめる、強さの秘訣。
それが出来なければ、トウカイテイオーはトウカイテイオー足り得ない。
故障による順調な調整と鍛錬の停止。歩法のズレは彼の力の源を奪い、結果故障の容態すら悪化する。生涯に渡って彼を苦しめた故障による悪循環。
彼の走法は、正しい。
関節や筋肉の驚異的な柔軟性。前へ前へと進むストライド。
故に着地した時の衝撃を支える力が弱く、トウカイテイオーは骨折してしまった。
それは確かに間違いではないのだろう。
だが本来、身体が柔らかいという事は故障しにくいという事だ。
人間だってそうだ。身体が柔らかい人間は筋肉や関節を怪我しにくい。当然骨折も中々しない。しても軽度になりやすい。
事実トウカイテイオーはその生涯に渡って、ウマ娘が最も壊してはならない関節と靭帯を一度足りとも壊さなかった。
繋靭帯炎や屈腱炎は当然にして、特に関節部の損傷には圧倒的に強く、また筋肉の損傷は疲労に伴うものだけで全てが軽度に済み、筋断裂は一度も起こさなかった。
トウカイテイオーはその走法故に、故障を繰り返した。
それは間違いではない。確かに正しい。だがもう一つ足りてない。
トウカイテイオーはその走法故に、故障を繰り返しても復活出来た。
結果論的な言い方になるが、彼が繰り返した故障の全ては骨折である。
またその骨折も、競走能力が消失するものではなかった。
もしもの話をするなら、トウカイテイオーがあの柔軟性を活かしたフォームを変えて走っていたら、彼は関節や靭帯を損傷して後遺症を抱えていたかもしれない。
管理主義を掲げる樫本理子トレーナーが、ほぼ唯一と言っても良いほど干渉をしないのが走法。
よっぽどではない限り、走法は変えてはならない。
きっと彼は、それが本能的に分かっていた。
トウカイテイオーとは、天才なのだから。
そして天才故に、彼は生涯に渡って苦しんだ。
理想と現実の擦り合わせ。精神と肉体のズレ。
自身に焼き付いた天才としての経験が、逃げを許さない。
走法が元に戻らない。
比較的軽度な骨折ながら、復帰は1年近くにまで伸びた理由。
その後繰り返した軽度な骨折で、競走成績を想像以上に大きく落とした理由。
たったの一歩。僅かなきっかけ。……それこそ精神的なナニカの埋め合わせで全てが噛み合い、不調の何もかもが変わるような何かで、恐らくトウカイテイオーは苦しみ続けた。
——私もそうなのか?
類似点はある。むしろ多い。
柔軟性に富んだ身体。芝を蹴る強さと、ストライドの伸びによるスピード。
そして、元に戻らない走法。
私は、トウカイテイオーのような故障はしなかった。
代わりに後遺症が残る重篤な怪我をした。
骨折はもう完治している。
靭帯も筋肉も、故障前と同じ段階まで回復している。
収縮して硬くなり、錆び付いた関節部の錆落としも全て済んだ。
ただ一つ、骨折が治る過程で発生したどうしようもない後遺症だけが残っている。
……後は、右目。
右目はもう、そういうものだと受け入れた。
空間把握能力と距離感覚の著しい減衰。視野角の凡そ30%の消失。右方の明確な死角。
影響は出ているのだろう。無意識下の修正を含めても、自分に意識出来るリソースは削られている。
だがもうそろそろ7ヶ月だ。流石に慣れて来た。
少しだけ意識が回らなくなる事が増えた程度で、競走能力よりもレース展開への適応や操作に影響が出る程度だろう。
やはり、脚の後遺症。
数㎜単位の骨格の歪み。
ほんの僅かに噛み合わない、左右の脚部のズレ。
高さの変わった右脚と左脚の誤差は、靴の高さだけではカバーしきれない。
股関節、膝関節、足関節。それぞれの位置が物理的に左右で異なる。それぞれ数㎜……或いはそれらにも満たないズレで、走った時のバランスが噛み合わない。
本来、走法は変えてはならない。
だが私はもう、元には戻らない。走法を変えなくてはならなくなった。
数㎜単位で歪んだ分だけ、ほんの誤差にも等しいレベルの力の入れ方で、適切に走法を変える必要がある。
出来なければ復帰出来ない。或いは近い未来、別の故障で脚を壊すだろう。
どうすれば良い。
私は、何が噛み合っていない。
彼はこれを、どうやって克服した。
それとも私は、"飛ぶ"ように走っていると呼ばれるには相応しくないのか。
私は知っている。
トウカイテイオーのように上下のブレが全くなく、バネの利いたフットワークが素晴らしい。どこまでも一直線に走っているイメージで、雲の上を走っているようだ、と言われた英雄を。
その上で、彼は明確な故障を一度もしなかった。
彼の競走人生に於ける最初で最大の障害は、凱旋門賞前で発症した喘鳴症くらい。
ディープインパクト。
"飛ぶ"ように走る。
彼を最も端的に表現する最大の代名詞。
ゴム鞠のように弾み、伸び縮みするような柔軟性に富んでいた筋肉。
通常よりも前に脚を置く事が出来るほどの身体の柔らかさ。
小柄な体躯ながら、そのストライドの距離は常に圧倒的。
彼らの身体的、走法的特徴は似ていた。
実際に、乗り心地の揺れとその無駄の無さから、トウカイテイオーとディープインパクトの走り方は似ていたと表現する者が確かにいる。
だが似ているという事は、本質的には違うという事。
脚質。気性。レーススタイル。
そのような違いではない。
明確にして純粋な、走法の違い。
私は多分、その違いが分かる。
ストライドではなく、ピッチ。
脚の回転と、脚が接地している時間。
彼は一部分に於いて、セクレタリアトの等速ストライドにも似た特徴の走り方をしていた。
ストライドとは一歩で進む距離。ピッチとは一定時間の歩数。
ストライドとピッチを変更するのは、誰でも出来る。
人間だって普遍的にやってる。歩いている時、小走りしている時、全力で走る時。
その全てで歩幅と脚の回転は別だ。
だがセクレタリアトは、全速力を維持している状態で、距離もバ場も開催場も異なる場面で好き放題にストライドとピッチを変えていた。
最短。ピムリコ競馬場で計測された7m60cm。
最長。ベルモント競馬場で計測された8m53cm。
レース前の最終追い切りでは、芝・ダートを問わず5Fを56秒台後半〜57秒台という数字で絶えずマークし続ける。
セクレタリアトにとっては、坂などで起こる二段階のスパート等の弊害は存在しない。
オグリキャップのように得意とする戦術だからではなく、ただ単に坂で適した走り方にすれば良いだけだからだ。
そう。セクレタリアトにとって走法とは、常に簡単に変えられるもの。
走法を変える事によって起こる負荷。関節・靭帯・筋肉への損傷すら、そのバ場や開催場の形に適した形に置き換え、如何なる場合に於いても常に同じ速度を叩き出す。
小回りでカーブがキツイから。遠心力で速度が出ないから。バ場が荒れていて脚が取られるから。その全てが一切関係ない。
即ち、等速。
あらゆる条件下で、常に最大限のパフォーマンスを発揮し続けた自在の脚。
あぁ。
もしやそうなのか?
私に、等速ストライドを成し遂げろ、と。
無理だ。
分からない。
イメージが出来ない。
この歪んだ片脚で、どうやって最適に走れば良い。
私とトウカイテイオーの違い。
私とディープインパクトの違い。
競走能力に影響する後遺症との向き合い方。
私は片脚だけがどうやっても治らない、
片脚だけが。
片脚、
——初めまして、今日は面接官を務めさせていただく駿川たづなと申します!
だけが——
「…………………」
本当に、唐突に。
ふとそれに気付いたのは、確か学園の芝の上だった気がする。
最近は違和感も段々となくなって来ていて、なのに元に戻らない走力に、私から静かに競走能力が消え始めたのかと危惧して右脚の調子を確かめていた時。
とある幻の三冠ウマ娘の名と共に、私は思い出した。
ずっと昔。
私はたづなさんに向かって直接、お姉さんってウマ娘ですよね? と聞いた事がある。
あの時ははぐらかされた。
聞いて欲しくなさそうだったから、アレ以来私も追求しなかった。
だけど。
でも。
今は。
穏やかで、でも何処か漠然と繰り返す日々の中で。
いつかこうなる日が来るのだろうなと、何となく思っていた。
そこは理事長室。
今年に入ってようやく新任の理事長が決まりながら、海外出張が重なって今はいない理事長の代わりに、駿川たづなはいた。
「不思議に思っていたんです。何故私がマルゼンスキーやミスターシービーに関心を持たれたのか。どうして、ずっと四人と一緒だったのか」
——あの、歩き方ってヒトそれぞれですよね。職種によっても分類できます。特に走る事を生き甲斐にしてるヒトはかなり差がある。私にとっては、顔より歩き方の方が特徴的で分かり易いんです。
あぁ。理事長室の扉を開けて駿川たづなを見つけた瞬間、挨拶も何もかもを飛ばして理由を話し出すのは、やっぱり彼女の特徴なのだろう。
何枚もの資料と予定書を抱き抱えたままの駿川たづなの意識が、何年も前に回顧する。
——お姉さん、私に走り方を教えてくれませんか。
あの頃は……あの頃で少し面白かった。
アレだけ栄華を誇りながら、今は関係者でも知る人が少ない『アオハル杯』のように、とある名前が幻に消えてからしばらく経った後で、これだったのだ。
時代は変わった。
だから、新しい時代のウマ娘達が現れた。
それを実感させながらも、でも何処かではやっぱり地続きなんだと、そう思わせてくれるような日々だった。
「領域。私はそれを物心付く前から使えました。それが理由なんだと思います」
あぁ。だからなのか。
彼女は、昔のような回帰をした。
纏う雰囲気。時代錯誤の勝ち方。果てには待ち受けていた運命の結果すら。
私のようにならなくても、良かった筈なのに。
「領域を使えなければ私はウマ娘にはなれなかったので、自分が特別なのだとは思っていませんでした。でもやっぱり、特別なんだと思います」
「……………」
「たづなさん。領域というものの存在を広めたのは貴方ですよね?」
——お姉さんってウマ娘ですよね?
過去の思い出が蘇る。
翡翠の瞳。自らを疑ってすらいない、曇りなき
片方のみになっていながら、今も昔も変わらぬ、あるがままに周囲を揺さぶる暴風の眼差しが駿川たづなを見る。
「セントライト。次にシンザン。三人目がハイセイコー。まだ領域という名前も概念もなかった頃に、領域に目覚めていたとされるウマ娘達」
その次にTTG世代。ようやく、一つの世代に複数の時代を創るウマ娘が現れた。
そしてマルゼンスキー、ミスターシービーと続き、今の私達の時代に入った。
「これ、違いますよね」
やんわりとした否定。
歴史を相手にした齟齬の挑戦に、シンボリエウロスは続ける。
「目覚めたのが極一部だから、URAや中央トレセン学園のベテラントレーナーに都市伝説紛いに伝わっているのではなく、本当は完全に失伝する筈だったウマ娘の可能性を誰かが広めた。これが本当の事実ですよね」
駿川たづなは答えない。
黙ったまま、彼女の言葉を聞き続けていた。
「セントライト。シンザン。ハイセイコー。この三人だけじゃない。何ならこの三人の中でも失伝する可能性があった狭間の時代に、もう一人いたんじゃありませんか?」
セントライトと、シンザン。
共に神の時代。しかし二つを分け隔てる戦争という壁の間に、もう一人。
幻に消えたウマ娘が。
「領域という存在を見つけ、開拓し、ウマ娘という生命の可能性を次に進めた存在として」
「………もしも。それはエウロスさんの、ただの妄想だと言ったら」
「いえ。別に何も。そうでしたらこの話はここで終わりです。ただ……」
シンボリエウロスの瞳が、駿川たづなの右脚を向く。
「そのウマ娘も、物心付く前から領域を開く事が出来たんじゃないでしょうか」
俯くような挙措で。
駿川たづなの瞳がシンボリエウロスの右脚を見る。
今も巻かれているサポーター。形と色が変わった運動靴。
庇うしかない、片脚の証拠。
「たづなさん」
——あぁ。
既にもう、神事の為にウマ娘が走らなくて良い時代で。
今は、夢の為にウマ娘が駆けても良い時代で。
どうして彼女は、昔のような回帰をした。
「あの時は、スタートダッシュの仕方くらいしか教えて貰えませんでしたね」
今はもう互いの思い出に消えた、あの日の直感。
それはやはり、正しかった。
「お願いします。私に走り方を教えてください」
とあるウマ娘の話をしよう。
10戦10勝。生涯無敗。内レコード7。
最強の名を欲しいままにし、伝説のままに日本ダービーを制しながら、しかし幻に消えたウマ娘は、生涯に渡って右脚の骨と膝の関節に不安を抱え続けた。
酷い時は松葉杖が手放せないほどの弱点。
故に揶揄され、そして伝説となり、いつしか誰もが忘れた彼女の二つ名。
『三本脚の生涯無敗』
彼女は常に、片脚の不調と共にあった。
生まれながら領域に目覚め、しかしその領域がなければ、彼女はまともに走る事すら出来なかった。
彼女の名前はトキノミノル。
もう誰も覚えていない、幻の三冠ウマ娘である。
有馬記念。
一年の総決算。クラシック級・シニア級のウマ娘が入り乱れ、主にファン投票によって出走権利が与えられるグランプリ戦。
誰が呼んだか、夢のオールスターレース。
その知名度と人気は日本ダービーに並び、日本ダービーが『競馬関係者』の夢の祭典なら、有馬記念は『ファン達』の夢の祭典である。
当然、このレースの出走方法は通常のレースやクラシックレースとも異なり、また登録序列と優先出走の順番も違う。
ファン投票上位10名。
その上位10名に辞退者がいれば11位、12位……と次の候補者に流れ、計10名が優先出走権利を得る。
次にURAによる推薦委員会の選考を抜けた3名。
最後に登録者の「通算収得賞金」「過去1年間の収得賞金」「過去2年間のGI競走における収得賞金」の総計による序列を以って出走表は決定する。
フルゲート16名。
期待。知名度。人気。勝ち方。
ファンによる投票とは即ち、どれだけトゥインクル・シリーズに貢献したかを直接的に表す。
この一年の主役達だけを集めた最高峰のG1レース。
有馬記念とは、そういうレースだ。
【芦毛と芦毛。タマモクロスとオグリキャップが有馬記念に出る!】
ファン投票1位。175621票。タマモクロス。
ファン投票2位。162133票。オグリキャップ。
上位2名。
芦毛と芦毛。宿命の対決。
ようやくと言っても良い。彼女達の勝負はここで始まる。
【シリウスシンボリ。引退レースの有馬記念では】
ファン投票5位。110807票。シリウスシンボリ。
宣言通り、そして現役続行の限界故にシリウスシンボリは有馬記念を以って引退。
かつてのスピードシンボリの如く、シニア3年目で有馬記念制覇となるか。
注目が集まっていた。
【菊花賞ウマ娘スーパークリーク。推薦枠から参加!!】
稀代のダークホース。
刺客となって菊花賞を制したスーパークリークは、期待のオグリキャップを破ったという面が強調された為か、ファン投票による優先出走枠には入らなかった。
肝心の菊花賞に、あるウマ娘が出走していなかった部分も悪く受け取られたのだろう。
水を差すな、と。しかし奈瀬文乃が送るスーパークリークはそれを意に介さず、ヒールとなって有馬記念に躍り出る。
他にも続く、今年のトゥインクル・シリーズの華であったウマ娘達。
ファン投票4位。メジロアルダン。
ファン投票8位。ヤエノムテキ。
ファン投票9位。サクラチヨノオー。
三名は有馬記念への出走を辞退。
ガラスの脚故に。己に向き合う故に。自分を見つける為に。
他にも続く。
スズパレード。
ロードロイヤル。
メジロデュレン。
ロングリヴフリー。
シニア級のウマ娘達として、主に秋のG1戦線を強豪として駆け抜けた面々が並び、逆に毎日王冠でシリウスシンボリと競い合ったダイナムヒロインと『100年に1人の美少女ウマ娘』として名高いゴールドシチーが辞退となる。
【日本レコードホルダー! 栗毛の弾丸が有馬記念に出る!】
【稲妻か、弾丸か。それとも】
逆に、意外にも有馬記念への出走を確定させた者もいた。
ファン投票6位。96135票。ディクタストライカ。
阪神JFからの離脱。日本ダービーでの着外。
とあるウマ娘と対になるようにテンポイントの再来と呼ばれ、しかし皮肉にもテンポイントと同じくクラシック無冠のままクラシック戦線を過ぎ去った彼女。
しかし夏シーズンに於けるG2函館記念にて芝2000m日本レコードを更新し、そしてG1マイルチャンピオンシップを彼女は優勝した。
この世代に於ける、マイラー最強の一人。
その格と実力はあのアキツテイオーに並び、或いは勝ったか。
弾丸が迫る。
そして。
【シンボリエウロス陣営からの発表、依然なし】
【シンボリエウロスはファン投票3位!! しかし………】
彼女は、来るのか。
ファン投票3位。158664票。シンボリエウロス。
最強の名を欲しいままにし、伝説のまま日本ダービーを走り、翼を失った天翔るウマ娘。
二人目。トウショウボーイ以来となる、翼の生えたウマ娘。空の象徴。
しかし皮肉にも——トウショウボーイと同じくクラシック三冠を、皐月賞のみの制覇となって、多くの期待を裏切った彼女。
彼女は幻へと消えかかっている。
だけどまだ。私達はシンボリエウロスの幻影を見ている。
ずっとずっと。
遥か後ろから来るあの脚を。
誰もが諦める場所から、それでも飛んで来る彼女の翼を。
まだ待っている。
有馬記念の3週間前。
第2出走特別登録日。
出走取り消しはまだ、行われていない。
有馬記念の1週間前。
最終出走特別登録日。
出走取り消しはまだ、行われていない。
【幻の三冠ウマ娘は有馬記念に来るのか】
有馬記念の3日前。
出馬表、確定日。
辞退は、行われていない。
それが意味する事は、一つ。
【やはり来た! シンボリエウロスはそれでも飛んで来た!!】
かつての最強。歴史上最も速いウマ娘、シンボリエウロス。
幻に消えかかった彼女は、それでも。
有馬記念に来た。
作者の感覚的なものになりますが、多分たづなさんは前作主人公なんだと思います。
余談ですが、トウカイテイオーとディープインパクトの走法の類似点を述べたのは、皆大好き岡部君こと岡部幸雄氏です。あのルドルフの背を執筆した岡部幸雄氏です。