―――【聖錬北部】
風が流れる多様に彩られたマナの色に、四象は翻弄されながらも―――
それでも綿密に、世界に繋がって普遍に流れ続ける。
ここは、この地獄めいた世界の一欠けら、例えばそこに芽吹いた夢のお話である。
『聖錬』において未だ未開の地との北部防波堤、『ユニオン連合』と呼ばれる連合体がある。
隔離領域『死者の呪海』、根絶しきれぬ欲望の暴走の権化たる人型『ビーストマン』。
そして、『狂竜山脈』―――
いずれ来たる最終試練たる竜魔神『アジ=ダハーカ』、脅威に囲まれた人類最前線の一つ。
しかし、そんな溢れ出すは脅威と悪意にも関係なく人の営みは回っていく。
雲が流れる。
その合間にあるとある開拓地に向かう、整備された交易路の上の事。
風がそよぐ、大地とこすれて高鳴りのような音がする。
山々の麓、適度に吹き降ろす風属性が強く表れ、日の照り返しの森属性が噴き出す。
真新しい整備された街道を一台の馬車が行くだろう。
ガタンゴトンと車輪が揺れる。それに揺られて一人の小柄の少女が揺られていた。
「―――♪」
【獣人:
子供の背格好にも見える少女、緑を基調としたストライプを飾った野外服を纏っている。
亜麻色のサイドテールを緑色のリボンで結んだ。
そして、帽子を貫通して跳ねる耳は彼女が"獣人"であることを示すだろう。
「ふんふふーん♪」
ガタン!ゴトン!!
その馬車は最低限の運賃、それもそのはず本来に荷物貨物、乗り心地は最悪である、
それでも気にしないと楽し気に、鼻歌交じりに少女は揺れる。
『ハガネガニの飼育箱』
かさかさ、ドン。
その横から、巨大な木箱の中からガサゴソ叩く聞こえた。
少女はそれを愛おしそうに撫でつけながら。
「まだだよー。いい子にしててねーみんな」
語り掛けた。
その表情はどこか慈愛に満ちて、それでいて年頃の少女のように天真爛漫な期待に綻んでいる。
―――そう、少女の胸はこれからの期待に満ちていた。なぜなら。
「もうすぐ着くんだから、あたしたちの
【プロブリーダー】【家出娘】【努力の才能】
既存の常識がしきたりがない、そこでならきっと自身の努力が、この"子達"が認められるはずなのだ。
そう自身の夢が、この子たちの底力が。
ここに至るまで少女は、たくさんの失敗と挫折を経験してきた。
【C級冒険者】【研究者】【家出娘】
『聖錬』中央部を時に
ともに行動し仕事の合間を経た実践データと、実証をまとめた
精魂込めたレポートと"企画書″を携えて、持ち込みの旅していたのである。
しかし、その結果は芳しくなかった。
『―――ハガネガニねぇ、その鈍重で愚かな生き物かい?はてさて世の中には暇なもの好きもいるものだ!』
例えば聖錬の学徒の最高峰『牙の塔』の門を叩けば、相手にすらされず門前払いにされた。
『―――なるほどなるほど……、ハガネガニの生態、育成、実践のレポート……、なんてくだらない!それは全てチョコボで事足りるだろうさ!』
『エーテル社』生物保護飼育、モンスターを含むそれの保護調教、品種改良などの手広く手を出すに企画書を持ち込めば無造作に地面に放られ、文字通り鼻で笑われた。
そう"獣人"とは粗野で野蛮な生き物である。そんな先入観も手伝って相手にもされない。
しかし、そんな苦い経験を握り締めて、それでも少女は諦めなかった。
ただ少しだけ学んだ。いかなる成功にもほんの少しだけ「運」が必要であると。
その"運"をつかむ為、幾多もの"お祈りの返事"の果てに、こんなと所までやってきたのである。
荷車は揺れる。そして。
"クエー!"
「おっとと」
荷車を引くチョコボが一声鳴いた。
応じて荷車が止まる、慣性に身体をもっていかれる感覚につんのめる。
小さな窓から外を覗けば、そこに拡がるのは村というより前哨基地という風情の拡がっていた。
少し小高い丘陵、柵で囲われてそこそこの深さに堀に囲われ、その中では何処か不格好な木造の建物が並ぶだろう。
マナの"属性値"を調整したのか、金等間隔に、真新しい杭を打ち込み並んだ壮観な様子。
その中心にはそれだけ異質な砦の建造物、マナを調律する"ハーモナイザ"収めた建物。
拡がり、まだ新し気な乱雑な建物が立ち並んでいた。
自然と人の生活臭が混ざり合ったような、そんな光景である。
「はいよ、第三期の確認した支援物資と移住者希望者72名、間違いはないようだね」
【開拓地の門番】
『門番』思わしき人間が名簿と荷を確認して、こちらを眺めるだろう。
まさに、いかにも出来た直後の開拓町といた風貌である。
一見は砦の如く、簡易な門を抜ければ出迎えるように"荷下ろし場"に人が集まっていた。
がやがやがや……。
新しく来た荷車を先住民たちが遠巻きに、測るように訝し気なに見つめている。
獣人の聴覚で耳をすませば雑踏が、かすかに聞こえてくるだろう。
『……あれが新しい"第三期"の入植者たちか』
『一体どんな人たちが来るんだろうね。楽しみだねー』
『ふん、"第二期"の連中みたいに、『奏護』から追われてきたお尋ね者が混ざってなきゃいいがな』
物珍しさもあるが、これから隣人になるのだ。狭いコミュニティである不安にもなる。
辺境故の閉鎖性、娯楽の不足、反面開拓地故に人手が足りない。
きっと仕事は幾らでもある、故に不安も期待も織り交じっての興味津々の反応だろう。
前の客席荷車に、乗っていた乗客がぞろぞろと降りていく。
あえて最後まで降りずに残った。お互いに探り合うような目線だからこそ、いい。
少女は飼育箱を勢いよく開けて。笛を片手に身振り手振りのジェスチャーで指示を出す。
「お待たせ!さぁ、いくよみんな!」
「「「ぴーっ!」」」
【使役闘争士】【プロブリーダー】【交渉術】
すると飛び出してきたのは、コケと黄色い花生えた甲殻類、例えてカニの如く生物だった。
豆の如く見た目、つぶらな瞳、小さな足を忙しく動かして飼育者について馬車から飛び降りる。
ザッザザ!
少女が吹く笛の音に合わせた。軍隊のごとく綺麗に統制された行進である。
それは
娯楽に飢えている観衆の目が、変わった生き物と少女の行進に釘付けとなる。
ピッピッピ!
「やーやー、開拓地のみんなはじめまして!」
快活な声が響き渡る。
「あたしの名前は"ビーンストーク"っていうんだ。見た通りにこの子達の『ブリーダ』をやってるの」
笛が鳴る。行進も進む。
亜麻色の少女もステップを踏んで、愛嬌に満ちた手振りで注目を集めるようにふるまう。
"パフォーマンス"、印象付け、こういうのはインパクトが大事だ。
初見の反応はずっと引きづるものである。それは彼女なりの、商売の成功者の真似事だった。
「そして!この子たちは『ハガネガニ』っていうの、みんなとっても賢くて力持ちないい子達!!きっとこれからみんなの役に立ってくれる!」
そのままの流れで紹介する。
"ハガネガニ"、荒野に生息する甲殻類、その名前の通りに鋼の如く甲殻が特徴である。
土壌を吸着して殻を形作る為、その甲殻には植物が育ち、一説に共生関係であるかと言われる。
そんなこの世界に生きるモンスターの一種である。
「全隊、止まれっ!!」
「「「ぴー!」」」」
静止、そして応えるように"ハガネカニ"たちが団子タワーの如く重なって、観衆に向けて鋏を振った。
亜麻色の少女に育てられた彼らは人慣れして、小さく愛嬌のある生き物である。
彼女がそこを含めて彼女はこの子たちが、可愛くて仕方がない。可能性を信じている。
「おー、なんだ流れのサーカスか?珍しいものが見えたな」
「ねー、あれ可愛い!なにあれママ!?」
「あらあら何だろねぇ、ここらへんであまり見ない生き物ねー」
観衆の中から、まばらに拍手が巻き起こる。見ていた子供たちも目を輝かせて
物珍しさが大きいだろうが、確かに印象付けには成功したようだった。
亜麻色の少女は内心ガッツポーズを取りながら、こうやって締めくくる様に。
「今は全部これからの話だけど!"私達"をどうかよろしくね!」
小柄な少女は獣人らしく耳としっぱを、くるりと一回転して爛漫の笑みを向けるのだった。
●●●
―――開拓町「レプロバ」
あれから場所は変わり、開拓町の中。
亜麻色の少女こと、ビーンストークは門の片隅で、ハガネガニ達に視線を併せを屈んでいる。
門番には本来の予定のない、突然のパフォーマンスだったため形式的に注意されたが……。
やはり、日々の忙しさへのみんな娯楽に飢えている為か、割とこのサプライズにはゆるゆるの反応である。
そしてその後、その本人がどうしてるかと言えば。
「みんなー大成功だよ!!よく頑張ったね」
「「「ぴー」」」
【薬学知識Lv2/5:飼料作成】【プロブリーダー】
快活な笑顔にしゃがんで目線を併せて、
彼女が何をしているかと言えば、期待に応えてくれた使役獣に対するご褒美だ。
ビーンストークは、自身が調合した専用の飼料をハガネガニ達に与えるだろう。
ハガネガニ達はペレット状のそれを、大きな鋏で掴み、ぽりぽりちみちみと食べる。
「これで少しはみんなに憶えてもらえた。小さな一歩だね」
ご機嫌に語り掛ける
成果に対する餌付けは、絆を通わす
しかし、そこに声をかける一つの影があった。
「―――おい、さっき門前で騒ぎを起こしてたちんちくりん」
「ち、ちんちくりん……!?」
『隠蔽外套』【チンピラ】【鉱■病】
亜麻色の少女は、いきなり投げつけられた不躾な言葉に、思わず頬をひきつらして振り返る。
―――振り返ればそこにいたのは、その気だるげな眼を宿した銀髪の男である。
本来屋外活動用のコートに身を包み、深々とフードを被って素顔隠したそんな怪しい男である。
それはある種徹底的であり、素顔には包帯をぐるぐる巻きに巻かれて、表情も窺い知れない。
そして獣人の耳を持っても、"足跡"が聞き取れなかった。
『教会の杭』【元・武■壊し】【影を駆け抜ける者】
辛うじてわかる事はその四肢に纏う使い込まれた武具、背にマウントされた機巧槍と腰の短剣。
その武装に、その怪しげな男が戦士の類である事を示すだろう。
そう、本職の戦士ではない彼女にはその程度の事しか、判別できない、感じ取れない。
「初対面の相手にいきなりちんちくりんとは何さ!あたしはもう15の立派なレディーなんだからね!!」
「剣も満足に振れそうにない奴の歳なんて、知ったことじゃねぇよ。ただ頭に留めとけ」
そしてそんな怪しいコートの男は、 気だるげに溜息をつきながら。
抗議する彼女を気にせず言葉を続ける。
「新参者のガキが余り目立ち過ぎるなよ。開拓町の連中は行儀のいいやつばかりだと思うか?」
「何よあんたこそ不審者のお手本みたいな格好して、そのフードも包帯とか息苦しくないの、外せばいいのに」
「……お前。"鉱石病"を知らないのか、中央の連中かまぁいい」
【鉱■病:感染者】【ミイラ男】【一■の恩】
少し驚いたようだが、変わらず気だるげな眼で、低いテンションで淡々と告げるだろう。
言葉自体は忠告めいたもの。しかし、熱が通っていない。何処か、面倒くさそうでもある。
彼女は考える。"亜人"や"獣人"に対して差別的な感情を覚える連中も『聖錬』には珍しくもない。
っぴ。
【使役闘争士:出動命令】
そういう手合いかと、使役闘争士として。指の所為で、ハガネガニ達に準備態勢を指示した。
しかし、そんな彼女の懸念とは無縁に動きはない。淡々と言葉を重ねる。
「お前は"獣人"だろう。注目を集めれば悪い者も寄せるぞ。例えば、故郷でやらかして元の場所にいられなくなって逃げだした連中もとか、な。利用できると思えば尚更な」
「あら、それは例えば今のアンタみたいにかしら?包帯黒コートの不審者さん」
【獣人:
亜麻色の少女も尻尾を不機嫌に揺らし、小さく唸りながら言葉を返す。
"獣人"としてハイエナ混じり特性とはいえ、女性的な魅力に欠けた小柄な身体は地味にコンプレックスである。
それを通りかかりの不審者に突かれれば、不機嫌にもなるだろう。
「っは、俺が逃げ出したか……そうかもな。とにかく忠告はした、あとは俺は知らねぇことだ」
しかし、黒コートの不審者は自嘲する様に笑った。
相手の反応など、どこ吹く風である。
ただ言いたい事だけ言って。もはや興味がないとコートを翻して、その場を後にするだろう。
後に残ったのは、首を傾げる少女と指示待ち体制のハガネガニ達だけである。
「むー、言いたい事ばかりいって、何だったのかしらアイツ?」
「ぴー?」
『ハガネガニ守備隊』
少女はハガネガニに尋ねる。もちろん答えが返ってくるわけがない。
怪しげな風貌に反して、改めて思い返して客観的に噛み砕いても、その言葉はただの忠告にしか聞こえなかった。
それに、それにしてはとにかく気だるげの様子が、どうにもおさまりが悪い。
旅の経験から、まるで自分が嫌なものを避ける為の"予防"の様だと感じた。
それはそれとして。
「まぁいいかそんな事!とにかく、陽が落ちる前に『冒険者宿』を探さなきゃ!」
亜麻色の少女はそれはそれとして、すぐに気持ちを切り替えるだろう。
やりたい事は幾らでもある、やるべきことも幾らでもある。
その為にはいち早くこの新天地に生活を根付かせ、基盤を築かねばならないのだから。
それに。
行動に移しながらも一人目を伏せて呟いた。
「……あんな奴に言われなくても。もう知ってるんだからばーか」
【獣人:
亜麻色の少女とて自身の夢の為に、この『聖錬』を旅してきたのだ。
"獣人"に対する一般的な反応など、よく知っている。
粗野で野蛮な連中、その先入観の為に、何度機会をふいにしたかもわからない。
差別が根強い土地では獣と同じ扱い、居るだけで病気を運ぶ連中と、石すら投げられただろう。
あぁ、見下ろす誰かの目の色は同じ、侮蔑と嘲笑の混じった洞蓋の瞳の想起が過った。
それを振り払うように、確かな自信を元に自身を鼓舞する。
「まったくもう!うちの子たちは戦いでも活躍するし、後方支援なら運搬なんか得意だし。偉い人たちはホンット見る目ないよ。大損だってわかんないのかな!」
それでも、彼女はあきらめない。思い返して反骨心に怒りを燃やす。
この子たちの当たり前の価値に見返してやると、ほんの少しだけの運を引き寄せる為に。
夢を見据えて、前に前にと夢の彼方を目指して進み続ける。
己の好きを形にするために。
●●●
―――少し時間が経って。
開拓町全体を、編み込んだサイドテールを揺らして。
白亜の少女は飼育箱を背負いながら住人に話を聞きながらも、この町を歩き回っていた。
町全体にはやはり活気が満ちている。
発展途上、周辺の地図が日々の前進に更新されていき、それの応じて新たな発見がある。
誰かが、効率のいいとあるモンスターの殺し方を見つけて、市場にその肉が並ぶ、
誰かが、薬効の認められる薬草の群生地を見つめて、市場にその薬草が多く並ぶ。
誰かが、野山に眠る山肌に露出した鉱脈を見つけ出して、鍛冶場に多くの武具が並ぶ。
今はなきかつての大国『ロマノフ』で半世紀ほど前に起きたごたごたと、
四年毎の大襲撃《スタンピード》に踏み荒らされ―――
この周辺ではそれ以前の人類圏は文字通り更地となった。
闊歩した多種多様なモンスター共の骸が重なりあって土に還り、
弩級怪物たる『十罪・八罰』の進撃により属性値も乱され、淀んで土壌となり地理状況も変化している為、以前の常識が通用しない。
故に、それを含めての一からの調査と開拓である。
大きな飼育箱を背負って歩く歩く。
「あった!」
亜麻色の少女は散々に歩き回り続け息を切らしながら。やっと見つけた。
流石に"獣人"と言えど飼育箱を背負いながら歩くのはしんどい。
その建物の前に少女は尻尾を揺らして、安堵と歓喜の声を上げた。
『冒険者宿:鶴の機織り亭』
目的の建物は、粗雑だが喫茶店の様な容貌をしているだろう。
その通りに、飲食店をやっているのだろうどこか食欲を誘う匂いが鼻を擽る。
しかし、その横には確かに『冒険者宿』の公認の印と、その見慣れた看板が確かにあったのだ。
「やっと見つけた!」
そう聞く話によれば本来『聖錬』全体に、文化として根付いているはずの"冒険者"という存在。
それは体系化された、在野に燻るマンパワーの吸い上げ口であるはずだった。
―――『聖錬北部:ユニオン連合』
しかし、この『ユニオン』という連合体には、基本的にその文化が存在しないというのだ。
その代わりにあるのは『傭兵団』及び、そこに所属する"傭兵"の存在である
ここでは貴族や商人に代表される有力者による紹介により、組織や集団の依頼を請け負ってるのだ。
有力者、貴族達はそれぞれに『著名な傭兵団』をお抱えとして"仲介権"を得る。
そう大きな問題が発生すれば、有力者に頼るほかない。
その構造自体がある種の"権威"となり影響力を、パワーゲームの一端を担っているのである。
「よかったぁ、"冒険者"なんて知らないって言われた時はどうしようかと思ったよ」
当たり前と思っていたものが存在しない。その事実に亜麻色の少女は愕然とした。
カルチャーショックである。
"冒険者"という制度実態、半自由業、夢を追いかける為に働き口としては理想的なものである。
彼女は
有力な傭兵団。もちろんきっとそんな所に流れの"獣人"の席はない。
運良く迎えられても彼女は夢を追い人である。
何年もの間の下働き、正傭兵に仕える従士制度に努めるだけの回り道など許容できない。
それに彼女の夢は戦うだけでは、到底実現などできないのだから。
やっと見つけたその建物、何事もやはり初対面の印象は大事だろう。
汗をかいた髪を整えて野外帽を被りなおして、ガラスの反射を鏡に使って整える。
そして、意を決してその扉を開けた。
―――からんからん♪
(……いい匂い)
来客を告げる小鐘の音が鳴る。
それに、苦み帯びてしかし不思議と透き通るような、そんな芳醇な匂いが鼻を擽るだろう。
全体的に何処か落ち着いた静かな雰囲気である。
サイフォンというのだろうか不思議なガラスの器具、木製のカウンターに囲まれた向こう。
そこで、コップを拭く落ち着いた髭を湛えたナイスミドルの男がいた。
「いらっしゃい。よーこそ"鶴の機織り亭"へお嬢ちゃん、今日はうちに仕事の依頼かい?」
「ううん、そうじゃないの」
【ギルドマスター】【相儒の梟】【老成たる経験】
店内にいる人間の目が集まる。
おおよそイメージ通りの、落ち着いた渋い声がかけられる。
「それにしても透き通る様ないい匂いねマスター、なんの匂い?」
「お?わかるかい"珈琲"って飲み物さ、癖はあるけど好きな人は好きな飲み物だねぇ」
『
そんな世話話をしながら、彼女は懐からとある物を取り出す。
それは冒険者の経歴や識別情報を記録したチップである。
「初めまして私は"ビーンストーク"って言うんだ」
【交渉術】【獣人:
自己紹介、あくまで彼女らしく声をかけて。
これみよがしに獣人である事を主張する、獣耳が跳ねる尻尾が揺れる。
相手を見分ける為の処世術。
悲しくても、悔しくても距離を取るべき人種というのは要るものだ。
「今日はあたしをここの"冒険者宿"に登録してほしいの!ほら、これがライセンス!」
「ほうほう、確かに、この地方で冒険者希望とは珍しい事もあるもんだねぇ、そう言えば第三期の入植者が入ってきたんだったかね。中央から来たのかい」
しかし、それを目にしても、安心感のある声は変わらない。雰囲気の色が匂いが変わらない。
当たりである。きっと彼女を当たり前の人として扱ってくれる相手の匂いである。
思わずうれしくなって、更に尻尾は上振れる。
「……確かに、ビーンストークちゃんっと、Cランクか。ところでお嬢ちゃんの
「えへへ、
「ぴぃ!」
【先鋒射手:野狩人Lv2/5】【使役闘争士】【生物学知識】
呼ばれたと勘違いして、飼育箱の中から鋏と鳴き声が主張する。
ギルドマスターは、棚から名簿と評されたノートと使い込まれた万年筆を取り出して。
応じて少女は冒険者としてのできる事を、言葉に表すだろう。
「ほうほう、君は
「戦うのは専門じゃないから、出来れば『ブリーダー』って呼んでほしいな。でもいざというときは役に立つよ」
『木細工の万年筆』【ギルドマスター】【百聞一見】
かりかりと。
本人の言葉との並行の照らし合わせ、規模が小さいからか、古風な管理をしているらしい。
サイフォンから澄んだ黒い雫が滴る音が、時を数える。
そんなやり取りの中―――
「っち、今日は第三期の連中が入ってきたからか、町の連中もイカレポンチが多いな。下っ端共の耳障りの良いだけの勧誘文句を並べまくって、うんざりする……っ」
【探索者Lv2/5】【ミイラ男】【夜鴉の如く】
カランカランと。
亜麻色の少女の背後で扉が開く音がした。
どこかで聞き覚えのある声、ほんの微かにしか聞こえない足音、まさかと思い振り返ってみれば―――
「あー!?誰かと思えばさっきの不審者じゃん!」
「げえ、あのちんちくりん」
思わぬ早すぎた再会、望まぬ遭遇にお互いに顔を顰めるだろう。
「こんな所で何してやがる。ガキの遊び場じゃねえぞ。サーカスの真似事なら別を当りやがれ」
「べーっだ。あたしはここに『冒険者宿』に登録しに来たんだから!立派に仕事のできるレディーってわけよ」
変わらず気だるげに子ども扱いする男に。
亜麻色の少女はあっかんべーと、反発に唸り声と耳と尻尾を逆立て反論する。
ギルドマスターの男は、そんな喧々早々とした有様を気にも留めず、言葉を挟むだろう。
「なんだ珍しい。その子は知り合いなのかい"ツヴァイ"?」
「そんなんじゃねぇよ。そのちんちくりんは入植者の一人で、初っ端から門の前で派手に自己主張しやがった奴だ。下手すりゃ
「またちんちくりんって言った!何よこの不審者!不審者!!」
"ツヴァイ"―――それが、この不審者染みた容貌の男の名前らしい。
少女からの、不審者コールを聞き流す。
ただ人に絡まれなれてないのか態度の全てが露骨、悪意を隠せないタイプの人間であるのだろう。
「確かにその言い方は確かに良くないねぇツヴァイ、そんなんだからいつまで経っても
「構いやしねぇ"感染者"だ。使い物にならねぇ"暗器"が群れる道理もない。一人で死ぬのは決まってる」
淡々と言う。
表情は変わらず、包帯に包み隠されて伺い知れない。
とことん無気力に包帯男はカウンターの背後を通り抜けて、手慣れたように席につくだろう。
「ほらよマスター。見てきた入植者連中のメモだ。傭兵団連中の圧も大きくなってきただろ。勧誘でも何でも好きにしろ、俺は飯にする」
「そんな事は頼んでないんだがねぇ……まぁありがたく受け取っておく」
【探索者Lv2/5】【記憶術】
紙束を渡すものを渡し、"いつもの"と、常連らしく言い放ったが最後。
そのままフードを被り、黙り込んでしまう。周囲を拒絶するようなまさに不審者の鏡である。
ギルドマスターの男は。
そのいつも通りを、天を仰ぎ手を額に当てて、溜め息を吐きながら。
「はぁ、せっかく君に怖気付かないで絡んでくれる子がいるんだから、こんな事より全く君は少しは自分の事を―――」
【ギルドマスター】【料理人】【相儒の梟】
ただ手は止まらず、調味料を手に取り鮮やかに。
皿を手に取り、料理をよそっていく、それは賄い飯の如くパンと煮込みものだろう。
見た目は粗雑でありながら、おいしそうな匂いに何処か彩に溢れている。
手早く用意されたそれをカウンターに運んで。
「……おお、そうだ!」
「ふえ?」
何かを思いついたように、わざとらしく掌を叩くだろう。
亜麻色の少女は、何処か渋いイメージと違ったそのお茶目な所為に目を丸くした。
「ツヴァイ、君はしばらく暇なのかい?」
「……ん?ああ。宛はない。新しい
「そうだろうねぇ、なら『ギルドマスター』として君に依頼したい事がある」
「あぁ俺にって事は荒事か、珍しいな?任せろ」
言質とったと、もったいつけ紙を一枚取り出して、すらすらと書き記す。
そしてギルド公式の判子を押して、不審者に押し付けるように机に置くだろう。
温和でありながら、有無を言わさない芯の強い雰囲気である。
「いや、そこのお嬢ちゃんは『聖錬中央』から来た来訪者だ。不慣れな事も多いだろう。君がしばらく
「―――はぁ!?」
その予想外の依頼に、不審者染みた男は初めて声を荒げた。
冒険者の中でも、"戦闘特化"と呼ばれるような人種がいる、まさしくこの男はその体現である。
むしろ生まれ育ってそういう生き方しか知らない。
だから―――
「断る!何考えてるんだどう考えても俺向きの仕事じゃねぇだろそれ!ほかの向いてる奴に回せ、いるだろう女誑しの"ランウェイ"とか、酒樽の"フィーネ"とかよ!」
「おっと、ツヴァイ。拒否権はないよ。"ツケ"が溜まってるだろうこれでちゃらさ。最終的にお嬢ちゃんの意思次第だけどね。」
「……っち」
【鉱石病:感■者】【ソロ冒険者】
確かに心当たりが有りまくるツケという言葉に、舌打ちを、苦々しく噛み潰した。
しかし、こっちにはその無茶ぶりを覆す宛がある。
「―――そうだ。お前も言ってやれ、ただでさえ"感染者"の乱暴者と組むのは嫌だってよ」
そう、亜麻色の少女からは印象が極めて悪いはずだった。
だから、そんな相手との集団行動に、同じ苦々しさを共有しているだろう。
当たり前の同意を求める。
しかし。
「え、あたしは別に構わないけど?要はDランク時の研修みたいなものでしょう」
「おいおいちんちくりん!それでいいのか!?」
「だって初めての土地、先達がいるならそれに越したことはないもん。アンタはやな奴だけど獣人を何とも思ってないっぽいしねー」
「マジかよ『鉱石病』知らないからってここまで呑気に来るか……?」
【交渉術】【荒野の嗅覚】
だが、
その頼りにした少女はラッキーとばかりに、あろう事かちゃっかり便乗してきた。
先までの言葉に、この不審者に"獣人"に対する差別意識はない事ぐらいは感じ取れる。
一筋の運を掴む為、こういう所で彼女は物怖じしない。
要領がいいというべきだろう。
やり取りを微笑ましそうに見守りながら。ギルドマスターの男は、笑う。
「あっはは、これが冒険者ってものだよツヴァイ。君にもこの強かさを身に着けて欲しいのさ」
「……余計な世話だっつうの、俺ァ知らねえぞ。どうなってもよ」
【元・武器■し】【我意■器為ラバ】
不審者めいた男は、納得には程遠い不貞腐れた様子に飯を搔っ込む。
そもそも、
であるなら、その余分である"感染者"を、嫌うなら初めから誰も近づいてこなければいい。
そうすれば互いに手間が省けるだろうと、あえて威嚇めいて不審者めいた格好をしているのだ。
―――本来なら、誰にも気づかれず町井を移動する事すらできるだろう彼なりの、分別である。
「とにかく改めてまずは自己紹介っ!」
ぱんっ!
そんな彼の様子は気にせず、仕切り直しと言わんばかりに手を叩いて注目を向けようとする。
小さな胸を張り居なおした。覗き込むのはその芯の強さに緋金に宿る瞳である。
「あたしの名前は『ビーンストーク』
「っち、俺は『ツヴァイ』。
「別にそれでもいいの。ただ、一方的に世話になるつもりなんてさらさらないんだから。それだけは言っとく。よろしくね。センパイ!」
亜麻色の少女はその小柄な身体と、その三つ編みのサイドテールを揺らしながら手を伸ばす。
不審者染みた男は、"センパイ"と、呼ばれ慣れない言葉に、面を喰らって眼を逸らした。
そう、聖錬北部に確かに色付く彼らの出会い―――
それは、ここから始まるのであった。