原作ではほぼ治療不可の
絶対治療不能な病は概念に入ると想定してる為、
遅延手段と、困難ですが完治の手段を一つずつ設定しております。
ポンコツ世界の
―――とある冒険者宿のその一室。
男は夢を、見ていた。
想起されるのは暗い暗い地下の風景、物心ついたころから馴染んだ光景である。
【武器壊しの塒】
陰気極まりないカビの匂い、鉄臭さ、放置されたそして鋼に織り交ざった血の匂い。
ここにいる人間は大概が饐えた鉄の匂いに溢れているだろう。
当たり前だ。
ここは人知れず価値ある血脈を人財を、何処とも知れぬ誰かが為の都合に叩き壊す。
血に塗れて鍛えあげるそういう"暗器"を、外道の御業に錬磨する。そういう坩堝なのだから。
そんな夢の中にいて、男は他人事のように、無感動に眺めるだろう。
目の前にいるのはどこからか同じ、何処から連れ羅れて来た孤児である。
【孤児】【我意暗器ナレバ】
ただ覚えているのは真っ新な人形たちの死んだ目、無感動な目をこちらに向けているだろう。
彼等は、既に心を焼かれている。
真っ新にそういう"マナ溜まり"の坩堝に放り込まれて、記憶は情報量に焼かれている。
皆同じだ。
この穢れ切った溶鉱炉に放り込まれた薪であり、そして灰の中から優れた暗器の為の"玉鋼"を探し出す為の―――
少なくともこの世界に、四年事の
故郷を焼かれ自分だけで生きる力のない難民などは、簡単には人の作り出した楽園たる都市に招かれない。
地獄めいた厳しい世界に、誰もが居場所を護る事に必死なのだ。
人攫い国家『預験帝』の蛮行に紛れて、人狩りは往々にして手軽な悪行である。
そして、"武器壊し"は幼ければ幼いほどいい。
国の宝である清く正しい選抜血統や武貴である程、"幼い"という事自体が隙を生む武器になる。
刃を向けられてながら、勝手にその刃を鈍らせて、あろう事か情けすら向けるのだから。
大人たちは、その気高さを嘲笑っている。
だからこそ。
「"やれ"」
聞き覚えのある大人の声がする。
カシャン。
無表情に、その声に従って対峙する子供同士が互いに武器を構える。
そこに躊躇いはない。その子供達は既にそのような感覚は
ダッ!!
そして駆け出す。小さな腕に不似合いな武骨な刃を構えて、仕込まれた通り命令のままに。
距離が迫る、牙をむくのは互いに仕込まれた"武器壊し"の業である。
しかしそれは歪、身に着けるのは殺しの業だけ、
未熟な子供同士、まだ"銘"も着いてない彼等に身を護る術など仕込まれていない。
よって価値のない炭同士など、ぶつかり合えばその決着はすぐにつくだろう。
そう、あっさり砕けて周囲を汚すは飛び散る血潮、柔らかな肉の裂ける音、弾ける血袋が爆ぜ血川を作り流れて無情に熱を失っていく。
こうやって、凡庸な土塊か、確かな鉄塊か、ただぶつけ合って選別する。
その才能見出されたの輝きは早熟でもいい。その後の伸びしろがなくてもいい。
"武器壊し"など長生きはしない。所詮、誰かが都合の為の使い捨ての道具である。
そして失敗の"後始末"は己でつける様に刻み付けている。
故に大人たちは"道具"のその後の事など、考える必要がないのである。
そんな大人の都合など知る由もなく勝者は、鈍らに付いた血を振り払って―――
かわらず、命令を失い無情に立ち惚けるしかない。
「"―――ふん、今回も貴様が残ったか"」
鈍り切った感覚に、声が響く。
微かに、今日生き残ったことを、微かに浴びた返り血の温かさに感じながら顔を上げる。
そんなことを何度も何度も繰り返す。
何度も何度も殺して壊して、そう言う坩堝に彼は生きているのである。
「"よくやった。暗器として貴様が今回選ばれた玉鋼だ。よって本格的に"武器壊し"として銘と得物を与えてやる"」
【蟲毒の鵺】
その繰り返しの中、才能に恵まれていたか、はたまた悪運か、その坩堝の中で男は生き残った。
ただ只管に人殺しに慣れて、武器壊しの業をものにして暗器としての"銘"を与えられ、"業"に見合った武器を与えられたのである。
そして。
「"折れるその時まで、その命を精々我らの為に活かせ。国が抱える価値ある宝を砕け、それが武器壊しの天命なのだから"」
そこで初めて彼の瞳の奥に鼓動が動いた。
初めて与えられたモノ―――その子供達は命すら己の物ではない。
己の名前、唯一の持ち物、その時彼は己が何かを持ちえるという事を初めて知ったのである。
ただ只管にぶつけられ練磨されてきた彼に与えられた。初めての偽りの歪な報いである。
【我意暗器成レバ】
歪に練磨された男は、そういう生き方しか知らず。
"大人"に言われた通りのそれを"天命"だと教えられた、与えられた"己の物"だと誤解して。
人形の如く、言われるままに"至上の価値のある宝"を壊すのだろう。
それに殉じて死ぬことを事を当たり前に思っていた。
ささやかに蔓延る華々しい血の継承と言う宝と対極にある、『聖錬』の影であり闇。
己に課せられたその天命が、一つの病にその偽りの報いすらも否定されると知らないままに。
"暗器"とそて天命と研磨し続けた日々を、
ただ一つの病に全て否定されて、『感染者』であれば誰でもできるだろう方法に、生来に与えられた物を大事にし過ぎる質である彼は―――
未熟な心ながらも、バカバカしくなって逃げだしたのだ。
そんな拾われる前の縁。
蟲毒からの解放は浮上して遠くなっていき……。
●●●
【聖錬北部:開拓町レスロバ】
―――『冒険者ギルド:鶴の機織り亭』。
その一室。
そんな既に過ぎ去った過去の残滓を、無感動に想いながら。
引き戻されるような目覚め、気怠く瞼を空ける。
「………」
無音、音はない。
無機質な部屋、最低限の持ち物、目立つ物はベットくらいのそんな空間である。
男は規則正しく目を覚ます。
仕込まれた残滓、規則正しい男はゆっくりと体を起こすだろう。
いつも通りの憂鬱な気分、冒険者宿特有の安上がりの固い寝床から感覚に身体を軋ませる。
まだ周囲は仄暗い。日はまだ上ったばかりである。
「っちもう、朝か。眠りが浅いと意味もねェ事を思い出す」
穏やかな日、いつも通りの迎えた朝に舌打ちをしながら。
男は使い込まれた外套を手に取る。解かれた包帯を巻きなおす。
皮膚を突き刺す、
「―――……」
【鉄面皮】
また、今日一日。いつも通りの何も変わらない一日が始まる。
枕元の仕掛け武器『教会の杭』を手に取って、背負いマウントする。
今日もまた、無為にゆっくりと刃を錆びさせ磨り潰すだろう。
不要な暗器の刀身を埋める場、拾われたその駄賃の埋め合わせの為に。
とにかく身支度を簡素に準備を整える。
ギシィ
古く軋む階段を降りていく、彼は歩くたびに大きく音が鳴るこの古びた階段は好きでない。
強くなる芳しく鼻を擽る、すっきりとした
この匂いは少しだけ好きだった。
味などわからなくなっていても、慣れというべきか、特徴的な自分がいる場所の象徴である。
冒険者宿として、並ぶ古く簡素な部屋の並びの光景に、廊下を歩いて。
「今日はソロでこなせる荒事の依頼があればいいが」
ギシィ……!
そして包帯男は無気力に、呟いた。
床を踏めばまた床が鳴った。鈍っている己の証明の様に、それに内心苛立ちを想う。
この聖錬北部の『ユニオン連合』一部地域では、『冒険者ギルド』の存在はマイナーである。
そして基本的には依頼人とて、別に冒険者や傭兵を殺したいわけではない。
そして仕事は早い者勝ちだ。荒事、単独のモンスターの討伐依頼となれば更に限られるだろう。
つまりは早起きしたからと言って、得られるとは限らない。
「………なければ、いつも通り案山子になるか」
【我意暗器成レバ】【夜鴉の如く】
そして包帯男が受けられるそういう依頼がなければ。
階下のカフェ兼冒険者宿にて、馬鹿な騒ぎを起きた時の為、気配を殺して無為を過ごす。
それは案山子の如く、確かに過去に傭兵者ギルド
名ばかりの冒険者が酒に酔い狂って暴れ出すことも、分け前に揉め始める事もある。
しかし大体、何事も起きずに今日一日が無為に終わる。彼はそうやって生きている。
生まれに彫り込まれたギアスに、荒事しかできないという静観と掘り込みに縛られている故に。
包帯男は、自己への執着が薄く、他人に併せる群れる術を持ち合わせていない。
そしてある種の自堕落というべきか、それを身に着けようともしていない。
暗殺者としての研磨された精神性は無感動なストレス耐性として根付き、鉱石病の"感染者"であることが、また彼の生き方を縛って適応する機会を奪っているのである。
そうやって逃げ出した"暗器"は埋もれて今日も訛っていく、錆びていくのだろう。
自ら"天命"を捨て逃げ出したのだ。それに苛立ちを覚えながらどうしようもない。
それが己のいつも通り、"感染者"であることも合わさってそう思っていた。
きっと階段を降りた。
無感動ないつもの景色に目を向ければ―――
「あー!おはよーツヴァイ、なんだ随分と早いじゃない」
「げぇ」
『おさがりの給仕服』【獣人:
掛けられた声に、つい声が漏れた。
冒険者ギルドを兼用する落ち着いたカフェ空間に、聞きなれない張り跳ねる様な聞こえる。
そこにいたのは亜麻色の少女―――"ビーンストーク"。
昨日、冒険者として強制的に組んだこの開拓地において新人冒険者である。
どういう訳か、こんな朝早く彼女はカウンターに座って作業をしているのである。
「ふふん、基本グータラな冒険者にとって早起きは美徳よ。一つ加点かしら」
「うるせぇお前の評価なんて知ったことかよ」
【鉄面皮】
ただし、いつもの野外服でなく小さく纏まり、かわいらしいフリルの付いた給仕服である。
ただしかし、意志の強さのこもった蠱惑的な瞳が、彼女の意志の強さを表すだろう。
そんな彼女は、カウンターの上で帳簿を拡げて
小柄な体に、獣人特有の柔らかそうな獣耳を考えるたびにピクピク動かして、
数字を呟きながらカリカリカリと、なにやら紙に書き込んでいる。
「……にしてもちんちくりん。そんなん片手にそんな恰好で、何してやがるんだ」
「だから、誰がちんちくりんよ!へへん、あたしは数字も扱えるんだからね。こうやって受付のバイトもできるってわけよ」
【旅人】【研究者】【努力の才能】
亜麻色の少女は失礼な問いかけに、小さな胸を張って応える。
冒険者ギルドの給仕、受付。それは依頼の整理、ダブルチェックを期待されるために、最低限数字を扱えた方が好ましいだろう。
彼女は彼女の夢の追いかける中に、数字を扱う術を最低限身に着けているのである。
そして、そんなちょっとした騒ぎの喧噪に耳にして―――
「ああ、おはようツヴァイ。そういう事だねぇ、僕としても兼業だとどうしても手が足りなかった所もあってね」
【ギルドマスター】【相儒の梟】【老成たる経験】
厨房の方から、白髪と髭を几帳面に整えたナイスミドルの男が顔を覗かせた。
朝の仕込みの最中だったのか、使いこまれた包丁と鍋をその手に握っているだろう。
「お嬢ちゃんには給仕の手伝いしてくれればそれでよかったんだけどねぇ、ギルドの仕込みの方も手伝ってくれると彼女の申し出もあって言葉に甘える事にしたのさ」
「どういうこった。というかこの衣装は何処から出てきたんだよ。思い付きにしては準備がよすぎないかマスター?」
「これは娘のおさがりだねぇ、サイズがあっててよかったよ」
ここのギルドマスターであるナイスミドルの男が補足する。
実質ユニオン連合の文化的な背景に、傭兵ギルドの一種の様に見られている冒険者という存在。
文化圏が異なる『聖錬』南部以降の様に情報屋や仕事が集約されるという事もなく、なんとか男一人で回せている範囲だが、本来であれば多くの数字とそれぞれの都合と妥当性を処理する本来はデスマーチである。
だから、最低限の分類分けのできる、そういう都合のいい手が欲しかったのだ。
それはそれとさておき。
「とりあえずおはようツヴァイ、いつも通りでいいかい?」
「ああ」
【ギルドマスター】【料理人】
この二人の中で自然に流れる"いつも通り"とは、それは"賄い飯"の意である。
その返答を聞いて、封をしていた鍋を空けて、いつも通りに調理器具を振るう。
中身は昨日の残り物、飲食業の宿命である。保存がきくように鍋を包んで保存している。
そういったものを残り物を賄い飯と評して、彼に振舞っているのである。
水分が飛んで濃くなった味を誤魔化すように。
これまた余り物の硬くなった雑穀を投入して、雑炊の様に混ぜ合わせて、皿に盛るだろう。
混ぜ合わされて色とりどりに混ざった、湯気を上げる雑炊である。
「ほら出来たよ。にしてもこんな賄いじゃなくてしっかりしたもの食べれる位稼げる様に、ソロ討伐系の依頼以外に勉強するといいのに」
「どうしようもねぇよ。俺は暗器で"感染者"だ。マスターには感謝はしてる」
「まぁ、その病気を抱えてれば難しいのはわかるけどねえ。たまに君の力を借りるお互い様な所もあるから、気にしっこなしさ」
ギルドマスターは苦笑いしながら。カウンターのテーブルに暖かな湯気を上げるそれを置いて。
包帯男は静かにそれに手を付ける。口に運んで無表情に食べる。
味はわからない。
きっと"感染者"がそういう
例えば、
この『レスロバ』は開拓地故に、そこまで深刻な差別意識はないが、根治が確立されぬこの病に対する畏怖は根強い。
更にこの病は『精霊術』に適性を与える、孤立が不満が暴力行為に転化しやすいのも事実である。
ギルドマスターの男とてそれは理解している。
「一応の薬の『柔らかい石』も所詮、症状の遅延しかできないからほんと厄介な病気だよ。忌々しいね」
「………―――どうでもいい。折れて朽ちるまでの話だ」
【元・キル■ア牧師】【高等医療知識】
しかし、今日一日が無為に過ぎようと何だろうと、それでもどうしても腹は減る。
それがただの道具と違って、不便なところである。
そして"感染者"である為に、どうしても『鉱石病』の製造法が秘匿された"薬"である『柔らかい石』は希少品である故にとても高価だった。
故に、マスターの伝手に、もしもの一つを手にしただけで金欠である。
貧乏という痛みはなくとも、自分の後始末ですら誰かの手を借りなければいけない、緩やかに首を絞められているような感覚にくくっと笑い。
「しかし、ただ死ぬなら薬なんていらんのに、町で生きるってのは不便で面倒なもんだなマスター」
「何言ってるの、若いくせして悟ったようなこと言うもんじゃないよツヴァイ、君はまだこれからだっていうんだから」
包帯男本人としては、無駄に生きながらえるつもりもない。
ただこの病気は死体を媒介とする、故に万が一にも身を埋めている所で死ぬ訳にはいかなかった。
ここでくたばれば、
そんなのは仇にもほどがある、単極に言って迷惑となるのだから。
故に懐に忍ばしてあるこの薬の目的は―――
死期を悟った野良猫が、人目につかない場所でくたばる為の遅延と同じものである。
そんないつも通りの会話を、自覚的な部外者である少女は尻目に首を突っ込まずに。
傍目に聞き流しながら。
「~~♪」
ご機嫌に尻尾をはためかせながら、一際大きく目立つ『掲示板』へと向かっていく。
その両腕に沢山抱えられているそれは、冒険者に対する依頼の概要の書かれた紙束である。
小さな少女は精一杯伸ばして、依頼の書かれた紙を一つ一つ被さらない様に張っていく。
「むー手が、届かない―。"ツイスタ"ちゃん、手伝ってー」
『ぴいー』
【プロブリーダー】【ハガネガニ親衛隊】
亜麻色の少女の小柄な背丈では、その掲示板の上の方には届かない。
ハガネカニが呼びかければその足元に、てこてこてこと、横歩きに寄ってくる。
そしてその背中を。
むんず。
「ごめんねーちょっと背中借りるよー」
『ピッ』
【超頑強】
亜麻色の少女は、それを足場にそのほんのちょっと足りない場所へと手を伸ばす。
彼等の頑強さから見れば、少女一人くらいの重さを支えるなど造作もない。
無事張り終えて、お礼にツイスタと呼ばれたハガネガニの、硬いその背中を撫でるだろう。
ハガネガニもその両鋏を上げて応える。
「ありがとうお嬢ちゃん。これで朝の仕込みと準備は整ったよ。その子達は小さいのにほんと賢いんだねぇ、応用してやり方を考えるなんて」
「えへへーでしょー。うちの子たちは本当にいい子達なんだから」
【使役闘争士】【生物学知識】
亜麻色の少女は自慢の使役獣を褒められた事に、耳はね上機嫌で尻尾で感情を表すだろう。
素直でわかりやすい反応である。しかし、それはじょじょに熱を帯びて。
「うちの子達はちゃんと見て覚えるんだ。『ハガネガニ』は群れをつくる生き物だからね。鋏の手振りでコミュニケーション取ってるってわかれば、注目して真似してもらうのは―――」
「おい、自分の事ばかりまくしたてるんじゃねーよ」
無感動に包帯男は、今日の仕事がないか掲示板にぼんやりと目をやり眺めて。
好きな事に熱の入った語りに、突っ込みをいれる。
「おっとと、私の悪い癖ね、好きな事だとすぐ熱くなっちゃう」
他人に無関心な己が、何故か気にしてしまう、横目に突っ込んでしまう。
そういうらしくない事に、苛立ちながら。
―――ガランガラン♪
入口の扉に備えられた鐘の音が成る。
それはきっと、この『鶴の機織り亭』への来客を告げる音である。
「はいはいー。お客さんかしら、それとも冒険者かしら」
『おさがりのメイド服』
亜麻色の少女は、フリル付きのスカートを揺らして。
木製のオボンをもったまま、入り口に駆けだしていくだろう。
「どうもいらっしゃーい。おひとり様なら、カウンター席にどうぞ―」
「うわびっくりした。見慣れないかわいらしい嬢ちゃんだ。新顔かい」
「えぇ昨日の『入植団』からこの町に来たの、今はお手伝いだけど、冒険者もやってるんだ。困り事があったらよろしくね」
「なるほどな。昨日入植者かそりゃいい。この地味な冒険者宿に一気に華が出来たじゃねぇかマスターよ。歓迎するぜ」
【獣人:
亜麻色の少女は、立つようにその獣耳と尻尾を揺らして獣人である事を主張しながら。
そして笑顔と言葉で客を迎える。
獣人としての手癖、ちゃっかり相手との距離を測る手癖である。
「いらっしゃい。デボンさんそうだねありがたい話さ。ところで注文は?」
「モンスター肉のサンドイッチと軽いスープを頼む」
「はいよ」
【探索者Lv2/5】【記憶術】
包帯男は会話なくともこの客を憶えている、よくここに朝食を食べにくる常連だろう。
家業はこの開拓町における大工だったか、建築魔法の使い手であるらしい。
そうやって、冒険者宿が動き出す。増えた人影に今日は少しだけ彩を増して。
そして、
「……―――はぁ」
【チンピラ】
『依頼掲示板』を見る限り、彼が受けられそうな仕事はなかった。
しかたなく、包帯男は『鶴の機織り亭』端の目立たない方へと移動するだろう。
やはり世の中、単純な暴力で解決する事は多くはないらしい。
未だ発展途上の開拓地な事もあってか、空白を埋める様に採取、調査と絡んでくる。
さらに討伐となれば、やはり
そうなると不器用ものの彼にはお手上げである。
「………―――」
包帯の男は、気配を殺して相変わらず無為に時間を潰している。
荒事だけの仕事がないときは、宿で争いが起きない限りいつもこうしているだろう。
それは向き不向きではない。どうにも器用にできない。
カランカラン♪
再び鐘が鳴る。次々にやってくる客に、応じて厨房に熱が入り湯気が吹き上がる。
こうやってこの冒険者宿『鶴の機織り亭』が動き出す。
「……―――」
そんな周囲とは対照的に、いつもの癖に気配を消す。
包帯男はそんな中、一人だけ熱を消して停滞の中に過ごすのだった。
●●●
―――朝食の時間が終わり。
古めかしい時計が9つの時間をさす頃。
朝の食事時という繁忙期から過ぎて、適度に落ち着いてきた頃である。
この開拓町レスロバにて、それぞれ今日の糧を得る為に、それぞれの仕事場に向かっていくだろう。
それは冒険者も、大地を耕す農民かもしれない、服を仕立て上げる針師かもしれない。
軋む身体に愚痴を、今日一日の無事というささやかな祈りをそれぞれに呟いて、ばらばらとそれぞれと別れ仕事に出かけていく。
(いつも通り、だ)
【記憶術】
彼はそんな彼等の顔と名前を全てに覚えている。だからこそいつも通りだという実感に呟いて。
そんな中、何をしていると言えば……。
ヒョコッ!
「さっきからずっとぼーっとして、なーにやってんのよツヴァイ」
「……―――そっちこそ、俺なんかに構ってる暇はあるのか」、
「一段落ついたからね、あたしの本業はあくまで冒険者なのよ。手伝うのは朝に仕込みだけってね。だから午後は動けるの」
突然にかけられる声。
先程まで食べた後の皿を運び、パタパタと周囲を駆け回ってきた亜麻色の少女が、
いつの間にか距離を詰めて覗き込んでいた。
「そんなふうに惚けてるけど、アンタは今日はどうするのさ、仕事の予定は決まってるの?」
「……仕事がない。荒事の依頼はあるが、
「なんで最初からそうやって諦めてるのさ、わかんないわね」
「ほっとけ性分だ」
包帯男はローテンションに適当に答える。
まともな依頼人であれば、あえて冒険者を殺したいわけではない。単独で受けられる案件は多くない。
そんなつっけんどんな返しを聞いて、少女は得意げに指を向けて言う。
「とにかく
「余計な世話だ。俺はやり口が違うって言っているだろうが」
【元・武器壊し】【ソロ冒険者】
亜麻の少女の言葉を遮って、その誘いを無下にする。
昨日組んで動いて新人とはいえ、確かに彼女が優秀であることはわかる。
己にできない事が出来る器用な冒険者である、そしてそっちのやり方が賢いのだと理解している。
だが、仕込まれた"暗器"として本能的に群れるのを拒む。心が縛られているのである。
しかし、そんな停滞の拒絶を―――
「ツヴァイ~?むりに急かしはしないけど、それはそれとしてまだ昨日の頼み事は有効だよ。ツケは溜まってるんだからね」
「っぐ、耳ざといぞマスター」
「やーい意地っ張り怒られてやんの―――ぃたぁ!?」
【相儒の梟】【老成たる経験】
冒険者宿の主が、遠耳に聞きつけたか厨房ひょっこり顔を覗かせ言った。
そう言われれば彼にはぐうの音も出ない。
苦虫をかみつぶしたような顔して、それはそれとしてそのおでこに軽くデコピンをかます。
「ふーんだ。でも決まりなんだからねー。さてお勧めな手ごろな依頼は何かあるかしらマスター?」
「そうさね、割のいい依頼は大体はけてしまったけど、これなんかどうだい農地に侵入したモンスターの排除さ」
「なるほどそれは結構面倒の奴ね。まーしょうがないか、こういうのは早い者勝ちだからね」
【野狩人】
包帯男を置いてきぼりに、勝手に仕事の話が進んでいく。
それが徒党の普通なのか、もはやよくわからない。
ただ、もう決まってしまったことだとあきらめに、身を任せる。
依頼の内容は、開墾した畑をモンスターの縄張りにされているらしい。
作物が荒らされているその犯人の駆除と対処である。
不明な点が多く、まず生物知識と自然への向き合い方、獲物の補足が必要になるだろう。
遺された足形から中型のモンスターとしか判明してない、そんな不確定要素もある依頼である。
それはさておいて。
「さて、行くわよツヴァイ!着替えて来るからちゃんと待ってよねー!」
「っち、そんな勢い任せで場所がわかるのかよ」
「そこは案内任せた。センパイ!」
「……調子がいいなおい」
亜麻の少女は張り切って、普段の野外服に着替える為に宿屋の奥に引っ込んでいき。
それを見送りながら、包帯男は、慣れない仕事とため息をつくのであった。