聖錬北方開拓異聞   作:きちきちきち

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『鉱石病』

●●●

 

 

―――【開拓町:レスロバ】

 

 

 

 拡がる草原の風景を歩く歩く。

 

 ざくざくと二つの影が霜柱を踏みつけて不正地である大地を、行くだろう。

 

 変わらず冷たい風が吹き荒れる、あくる日の事。

 包帯男と、獣人の少女がペアを組んでから数日の時間が経過したころ。

 

 そのいつも通り、冒険者として依頼をこなした帰りの事の話である。

 

 開拓町の門を抜ければ調律機(ハーモナイザ)の影響下、文字通り空気(マナ)が変わるだろう。

 強い氷属性と風属性が薄まり、気温の変化に寒暖差の身震い。

 寒さにぶるぶる、縮こまる耳、逆立つ尻尾、やっぱりこれにはなかなか慣れない。

 

 明確な夢がある亜麻の少女も、暗器と自認する包帯の彼も特にだらける理由もない。

 冒険者として、連日の依頼に引きづり回っていた。

 

 門を潜れば、少し怪訝な目が刺さる。

 怪しげな包帯塗れに外套を深く被った男と、小柄の獣人の少女が周囲からどう見えているのか。

 

 しかし凸凹のコンビはそんな周囲の視線、気にする素振りもなく。

 

「ふー疲れた!ただの"採集護衛"の依頼だったのに、まっさかあんなのが出るなんてね」

「"氷河スライム"か、今回は面倒な相手だった」

―――『氷河スライム』【雪だるま】【貪食の芯核】

 亜麻の少女が背を伸ばし、こった体をほぐしながら呟いた。

 それは先の護衛依頼に襲い掛かってきた不測の事態、獲物についての話である。

 

「普通のスライムは単純な生き物だから、ボウガンも叩き潰すのも効かない。動く度に雪巻き込んで大きくなっていくし」

「頭が悪い足が遅い。撒いてしまえばいいが」

「依頼で他に目的があれば、そうもいかないからね―」

 例えば、一般的にただの液体であるスライムなら温度変化、特に冷却が有効手だ。

 脚が遅く、その核を遺して素材にできる有効な手だろう。

 しかし、この『聖錬北部』の寒冷気候この氷属性に塗れた氷河スライムはそうもいかない。

 

 単純な生物だからこそ、故に属性に適合したモンスターは別種の強さを持つものである。

 

「結局、土砂におっ被せて生き埋めにしたけど二人じゃしんどかった。依頼人が物わかりの良い人でよかったねー」

「……ふん。まぁ、今回はそれが賢いやり方だったな」

『ハガネガニ親衛隊』【あなをほる】【交渉術】 

 だから包帯男が、ちょっかいを掛けて引き付けている間に―――

 依頼人に協力までしてもらい、地形に誘導してさんざっぱら土砂をかけて埋め潰したのである。

 それには穴掘りが得意なハガネガニを多数使役する彼女の力も大きかった。

 単細胞、精霊と同じように純粋さが強さになる類である。

 ならば不純物に混ぜ込んでしまえばいい話だ。咀嚼して排出するにしても限界があるだろう。

 

「これからは、少し重くてもスコップは持ってた方がいいわね」

「だろうな聖錬北部は、急激な天候変化で行きの道が降雪に消えている事もある。マスターに聞いた話じゃここから更に北にある『シベリア』はこの天候と矛盾して、火属性の強い元"隔離領域"だ」

【記憶術】

 包帯塗れの男は淡々と聞かされた事、知っている事を話す。

 世話話というには事務的すぎるそれにも、少女は興味深そうに耳を傾けて、

 

「雪が積もりながらも溶けて激しく循環している。そこから流れる風だ。それがこっちにも流れてなおさらに天候は荒れやすい、らしい」

「へ―なるほどね。『元隔離領域』かぁ、燃えながら雪が積もる山なんて話には聞くけどとんでもないわね」

 話に『隔離領域』、この世界に時折発生する理不尽な現象、災害である。

 容易に行き来不可な障壁が突如せり上がり、突然発生しうるマナに爛れた環境浸食であり

 この中では属性値が悍ましく爛れ切り、常識外の"侵魔獄"(人外魔境)を作り出すこともあるという。

 旅する中で時折聞く遠くにある理不尽を想い、ただそういう当たり前を流して。

 

「俺一人なら、使える道はまた違うんだがな」

「はいはい。アンタのやり方は普通じゃないんだからね」

【ソロ冒険者】【我意暗器ナレバ】

 ぽつりと呟く包帯男に、もはや慣れたのかはいはいと流す亜麻の少女。

 自然に、互いに今回を振り返りながら、歩く歩く。

 包帯男ことツヴァイは、徒党を組む事(ペア)を渋っていたが、いざそう動くとすればそれに合わせるだろう。

 彼は不審者めいた風貌ながらも、協調性というより、その実態は余分がない故に実直である。

 

 しかし、その余分のなさが傍から見れば心配にもなるわけで―――

「そういえばツヴァイ、この後は暇かしら」

「……特に用はないが、なんださっき言っていた道具の買い出しでもするのか」

「違うわよ。暇なら、とにかく付き合いなさい」

【家出娘:夢追い人】

 亜麻色の少女は悪戯に笑って、いいから着いてきなさいと先を往った。

 その様子を怪訝に思いながらも、ご機嫌に連れられて彼は行く。

 

 なんだかんだ短い付き合いだが、信用という感覚は互いにあるのだろう。

 

 

 

●●●

 

 

 

―――『定礎:始まりの広場』

 

 

 

 歩みを併せて、そうして辿り着いたのは。

 『調律器』(ハーモナイザ)の据えられたモニュメントを中心と広がる広場である。

 

「ほら行くぞー!」

「あーん待ってよ、にーちゃん!」

 拓けた広い空間に、無邪気に子供達が走っている。

 ここは最初の『調律器』(ハーモナイザ)の設置された町という巨大な構造物の開拓の始まりであり―――

 そういう意味で、開拓町の『定礎』そのものと呼べる。

 象徴であり心の拠り所でもある、人々が多く集うような場所である。

 

 それに釣られてか青空市場の様に、まだ未発達ながらも試行錯誤しただろう。

 そんな土地に合せた織物食い物色々が、そんな商品を並んでいる。

 

 しかし、包帯の彼にとっては少なくても、普段寄り付く事さえない場所である。

 

「……?、ここは『レスロバ』の"定礎広場"だぞ、こんな所に何の用があるんだ」

 人が集まる故か、立派な魔具と装備を纏った"傭兵"が警邏に立っている。

 開拓町が勢力が一つ傭兵ギルド、出向エリートの集まり『銀色の腕(シバルバー)』所属だろう。

 

 何とはなしに居心地が悪い。

 

 その質問に彼女は、にぃと爛漫に笑って返した。

 

「決まってるじゃない贅沢よ贅沢!いわゆる自分に対するご褒美って奴ね♪」

「は?」

 彼はその返答を受け取っても、意味が分からずに惚けた様な声を漏らす。

 贅沢、包帯男にとっては遠い言葉だ。もちろん提案する意味が分からない。

 

「どういう事だ。必要のないなら帰っていいか」

「だーめ。マスターも心配してたわよ。アンタがもう少し余裕を持ってくれればってさ」

 亜麻の少女は包帯の彼にとって露骨に負い目がある、ギルドマスターの彼を引き合いに出した。

 こういう所は彼女はこズルい所がある。

 

「っちまたそれかよ、余計な世話だってのに」

【一宿の恩】

 包帯の彼も不要と思いながらも

 心配をされている自覚があるのか、バツが悪そうに首を掻いた。 

 

「まぁほんとならアンタの狩りの腕なら当たり前の話だけどね。ツヴァイも徒党(パーティ)を組んでから受けられる依頼も増えたでしょ」

「……ふん、まぁな。否定はしねぇ」

 そのお節介に反論しようとして、どうにも彼の腕を自慢げに褒める彼女に毒気が抜かれる。

 彼の自負は、"暗器"として道具としての自負だ。

 不思議な感覚である。彼女にとっては他人は他人だと、そこで完結しないらしい。

 時折、自分のリズムにお節介に手を引いて、時に強引にこっちこっちと引っ張り回してくる。

 

「だからなんだちんちくりん。何が言いたいんだよ」

「だーかーら金銭的には少し余裕ができた。ならあとは使い方って事!せっかくだから冒険者の生き方もやってみましょ。時にはその日暮らしの散財こそが冒険者(じゆうぎょう)の華なんだから」

【聖錬冒険者】【獣人:土狼人(アドウォルフ)

 群れる生き方は出来ないとギアスに縛られる男に、仕事終わりという区切りを付けようとして。

 なお少女は、他人(ヒト)の話なのに自分の事の様に愉しそうに誘いをかける。

 

 日雇いの自由業である。定職に縛られる誰かにはない自由。

 それも冒険者の一面であるのだろう。

 

 そも彼女は徒党(パーティ)を群れにしたい、普段から群れている方が自然と思ってるのだから。

 そんな距離感の意識の差の壁の攻防である。

 少女はそう一方的に捲し立てて、無気力な彼の手を引いて何処かを目指す。

 

「で、ここは何のなんだよ」

「へへん。ギルドの中で噂になってたんだ。おいしそうでしょ♪」

 亜麻の少女は、膨らむ期待を身振り手振りで表現しようとする。

「ものっ凄く美味しいお肉の包み(サンドイッチ)のお店、待ってて買ってくるから」

 辿り着いたのは、気のよさそうな中年の男がやっている、珍しくもない屋台の店である。 

 特に特徴的なのは、香辛料と果実ソースを全面に掛けながらグルグル火で炙られ回転し続ける 大きな肉塊だった。

 

 どうやら先程から漂う、食欲を誘う臭いの正体はこれらしい。

 その店先には確かに賑やかな行列ができていた。確かな人気店である。

「誘ったんだし今日はあたしの奢りよ、美味しいもの食べればきっと、明日はもっと美味しいものをって楽しくなるはずなんだから」 

「……勝手にしろ。どうせ他に予定もありゃしない」 

 包帯の彼はそんなこんだで、結局快活な勢いに流されて、こんな場違いな所に居る。

 

 周囲はやはり騒がしくて落ち着かない。

 

「にしても」

 周囲の喧騒を変わらず軽く警戒しながら、立ち尽くして。

 それはそれとして。

 

「―――さっきから、誰かつけてやがるな」

【探索者】【影を駆け抜ける者】

 呟いた。

 生来の習性、街に潜伏する者としての勘、その風景の中に紛れる視線を取られた。

 先から誰かに見られているらしい。

 

(―――……おい、『鶴の機織り亭』の案山子野郎がこんな所に居やがるぜ)

(へへ、徒党でも組んでやがるのか。遊び女が異郷の地でさっそく男でも捕えてやがるのか、隅に置けねえなげへへ)

【ドチンピラ】【裏路地の蝗】

 それは包帯の彼が普段からの不審者スタイルに寄り、普段に視線に感じている。

 遠巻きな拒否感のような温度ではない。

 心得もない。じろじろと、本職でもない興味も混じった舐め腐った値踏みの視線である。

 

 さりげなく、聞き耳を立てて外套に視線を流して確認する。

 包帯の彼にも誰かに付けられる程の心当たりはない。

 彼に仕事以外に恨みを買うような余暇はない。

 

「……ちんちくりん、誰か恨みを買ったか?」

「ん?なにさ。あたしここにきてまだ一週間よ。そんな覚えはないってば」

「ならいいさ」

 今の所何してくるわけでもない。警戒に留める事にする。

 包帯の彼に能動的に何かする理由はない。

 仮に人が集まる場所で無暗に騒ぎを起こせば、彼が恩人に迷惑をかけるのだから。

 

 期待と食欲に気の緩んだ彼女は、そんな不穏な影は露知らず。

たたっと。

 亜麻の少女は石畳に小さな身体を跳ねさせて、駆け寄った。

 食欲に導かれるまま爛漫な笑みに尻尾を振り、屋台に寄っていって注文する。

 

(……にしても随分と、楽しそうしてやがんな)

 引かれた手を離された包帯男は、

 そこから警戒の為、少し距離を取って遠巻きに眺めているだろう。

 

「こんにちわおじちゃん!このおすすめの"ポポノタンの丸焼き"を二人分よろしくね!」

「お?可愛い嬢ちゃんだな。初めてのお客さんかい?」

「うん、『ギルド』の方で噂になってたんだ。美味しいサンドのお店だって」

『開拓地の屋台』【料理人】【ポポノタンの丸焼き】

 そのままの勢いで、大切に握りしめた少し多めのゴルの硬貨を手渡し、指さし注文する。

 露店の店主もそう褒められて悪い気がしない。

 

 オヤジは注文を受けて、ご機嫌に巨大な肉塊を回転させる。

 滴る肉汁、零れて弾ける鉄板、赤みからどんどん美味しそうな肉々しい色へと変わっていく。

 だんだんと香辛料の刺激的な匂いが強くなっていく。

 合わさる様に焼けたお肉の脂が弾けて醸し出す、香ばしい匂いが漂ってくるだろう。

 

「それは嬉しいね嬢ちゃん!少し待っておくれよ。今日仕留られた活きのいい"ポポ"の肉さ、もうしばらくで焼きあがるからな」

―――じゅぅぅぅぅうう!!

「わはぁ~♪」

 拡がる臭いに期待の膨らむ声。

 亜麻の少女はその巨大な肉が回転して満遍なく焼きあがる光景に、

 尾っぽを躍らせて目を輝かせながら、魅入る。

 膨らんだ期待の声と共に、食い入る様に眺めている。

 きっと、相当楽しみにしていたんだろう。涎を垂らしそうな勢いだった。

 

 この漂う匂いも含めての屋台飯の味の演出なのだろう。

 きっと食とは一種のパフォーマンスである。

 

 仕事終わりのそんな平和な光景である。

 しかし。

 きっと嫌がらせ程度、雑にも程がある悪意が水を差すだろう。

 

「―――にぃ」

「ほらいけ、ガキ!」

「うぅ」

ドンっ!

 その背後でこそこそと企む声がする。

 

 彼等を尾行していた男達に背を押されて、押し出されるように子供が近づいてくる。

 そう恐ろし気にびびりながら、おずおずと近づてくるのは、身なりの汚い子供だった。

 ポッケから幾ばくかのコインの音がする。きっと何かしらの駄賃として握らされたのだろう。

 

 腕組み立ちすくむ彼に、そろりそろりと静かに近づいて。

 

 意を決した様に、喧噪に紛れて擦れ違う包帯男の外套のポケットに手を伸ばそうとして―――。

 

「……なんだ坊主」

【ストリートチルドレン】【スリの手】

(びくっ)

ガシッ!

 包帯の彼は、伸ばされた手を掴んで制して、おずおずと近づいてきた子供に無気力な目をやる。

 スリの心得は影も見えない手慣れてない。

 おおよそ、捨てられたか、親を失った孤児だろう。

 

 危険溢れるこの世界である、厳しく貧しい生活に手軽な娯楽として性欲に任せる事も多い。

 産めよ増やせよが推奨されるのは、人手の足りない開拓地であればなおさらだ。

 彼にそこに思う所は何もない。ただ、騒ぎは起こしたくはなかった。

 

「………あぅっ?!」

「後ろの連中に何を吹き込まれたか知らないが、見逃してやる。次は相手を選べ」

ぐっ!

 包帯の彼に片腕で制され、その冷たい目に身震いする。

 しかし。

 

 子供は離れない。膠着、おずおずとして埒が明かない。

 きっと、良くないモノであっても何かに頼らずには生きられない子供が故に。

 

 孤児は、ちらり、おずおずと突き飛ばした方のチンピラ達の方に目をやって。

 意を決したように、包帯の彼に指を刺して。

 

「―――うああああああああ!助けて『感染者』に襲われる!!」

ザワっ!?

 子供はいきなり叫び声をあげる。

 ざわっと、それに沸き立つ周囲がどよめいて注目が集まる。

「おい、この広間にに"感染者"がいるぞぉ!」

「オラァ確かに見たぞ!そいつが今まさにそこのガキに手を上げようとしてるのをよィ!!」

 それに便乗して、嗾けたチンピラも騒ぎを大きくするのである。

 

「……っち、そうくるかよ」

【鉄面皮】

 包帯の彼は、大体の思惑を察してため息をついた。

 おおよそ何かの意図があって、ただ彼が邪魔なのだろう。

 この子供を嗾けたチンピラは単極的か、長期的か知らないがこの場から除きたいようだ。

 

 このレスロバの中心たる『定礎広場』は調律器(ハーモナイザ)を護るための警邏さえいる。

 ただ場所が悪い。治安のよい賑やかに"子供が多く遊ぶ場所"である。

 

「たしかに、アンタそんな外套と包帯巻いて―――」

「困るわ人が集まる場所に感染者なんて、警邏さん!早くその男を追い出してちょうだい!もしも子供に移ったらどうしてくれるの!!」

 よって、それを見守る親たちの意識も過敏になるだろう。

 モンスターと同じように、子を守ろうとする親というのは時に非常に過敏で狂暴だ。

 

 絵面も悪い、スリの手を制したその手がまるで、今まさに暴力を振るうようにも見える。

 

 混乱は連鎖する、集団的ヒステリーという奴だろう。

 

 これが『聖錬北部』における感染者の扱いだ。

 今だ謎の多い致死性の感染病……。

 万が一に我が子に感染ったとすれば、その先に未来全てが台無しになる。

 

 死体という感染源(キャリア)が特定されている為に、予防が容易な病であるが。

 すべてに悲観して破滅的な行為に転化する連中も数多い。それを含めての根強い恐怖である。

 

「え、え?何々ねえちょっと待って何の騒ぎ!?」

「どうやら、あそこの感染者の兄ちゃんが、スリの手から因縁つけられたみたいだな」

 そして、騒ぎに応じて警邏の傭兵も集まってくる。

 

「じゃあツヴァイ悪くないじゃん。ねぇ聞いてよ!『定礎広場』に"感染者"の立ち入りできない法律(ルール)なんて―――」

「……あの"感染者"のあんちゃんは、お嬢ちゃんの連れかい。スリの成否ともかく悪いが」

 亜麻色の少女は困惑に周囲を見渡す。

 屋台の店主が、眉をひそめて密かに差し出された硬貨(ゴル)を半分と返すだろう。

 

「お嬢ちゃんはともかく『感染者』には売れない。アイツに俺の店に寄り付かれても困るんだ。わかってくれ」

「あっそ」

 少女の口から、呼吸をする様に、彼女も驚くほどあっさりと冷たい声を吐き出た。

 不機嫌に、すっかり耳と尻尾を萎ませて、返された硬貨(ゴル)を放って背を向けて立ち去さろうとする。

 

こつんっ。

「お、おい。お嬢ちゃん金、お金!」

「いらない。お釣りもいいから―――悪かったわねもう来ないわ」

 呼び止めるそれも無視して。

 そして、くだらない騒ぎの中心たる渦中に向けて歩み出すだろう。

 

 その背後で、寡黙な包帯男と穏便に済ませたい警邏の傭兵が話をしている。

 

「あの子供とチンピラが騒ぎの中心か、経緯はなんとなくで察した。まったく人騒がせな事だ」

「どうやら因縁を付けられたらしいな"感染者"。しかし大人しく出て行ってもらおう。こう騒ぎになってはな」

「言われなくとも」

『白銀の腕』(シバルバー)【エリート兵】【鑑定眼(贋)】

 警邏の傭兵達は騒ぎの中心にいる子供とチンピラの姿見に、大体どういう騒ぎであるか察する。

 しかし、呆れ声ながらも大多数が望むならそれに従うのが道理だった。

 

「……はぁ、結局騒ぎになっちまったか」

 包帯の彼は意図せぬ騒ぎに気だるさとため息をつきながら、ゆらりと広場の外へと歩くだろう。

 理不尽だとは思わない。もともと目的はないし、"感染者"の扱いなどこんなものだ。

 

(―――アイツも屋台の食事を愉しみにしてたしな)

【鉄面皮】【ギアス:小さな綻び】

 亜麻の少女の屋台に向かった軽やかな足取りが頭をよぎる。

 なんとなくだが、あのご機嫌に揺れた全てを、邪魔する事もないだろうと思う。

 

 あのチンピラ共が何を目論んでいたとして、こんな広間では何もできやしない。

 それに、少しの付き合いだが、亜麻の少女が強かで図太い事を知っている。

 

 そう、大丈夫だろうと、思って外套を翻して、広場を後にしようとして―――。

 

わしっ。

「そうね。さっさと行きましょセンパイ」

「……おい?」

 何故か亜麻の少女が腕を掴んで、そのまま足早についてきた。

 注目を集めるのも気にも留めずに、路地に抜ける時にはあっかんべーと振り返って。

 有無を言わさないを広めて不機嫌な声して、広間から拡がる路地を進んでいく。

 

 ガヤガヤとして喧噪を抜けた後。

 

「もー!なにさ!"感染者"だからツヴァイには売れないって!!なんか問題あるてーの、被害者なのに、警邏も一方的に捲し立ててさ!」

 亜麻の少女は怒りに任せて、大股に歩く、尻尾を逆立て耳窄め、語気を強めて。

 他人事だろう。包帯の彼には、なぜそんなに烈火のごとく怒っているかわからない。

 きっと。感染者の事をよく分かっていない故の反応かもしれない。

 

 だから、単純に目先な疑問を聞くだろう。

「おい。いいのか金も置いて。あの店の食事(メシ)……随分と楽しみにしてただろが」

「いいの。知らないの?ご飯はね誰かと食べるからこそ一番おいしいのよ」

「よくわからんな。味は変わらんだろうが」

 亜麻の少女は、仲間がコケにされて食べるご飯何か最悪よと、言い捨てる。

 

 しかし、だんだんと激情が落ち着いてきたのか、耳をしなしなと尻尾をだらんと流して。

 足取りをトボトボと落ち込ませて俯いて。

 

「……ごめんねツヴァイ。正直こんな事になるとは思ってなかった。私の考え方が甘かったの」

「別に気にしてねえよ。やる事もない。いつもの事だろう。怒ったり落ち込んだり忙しい奴だな」

「そんなわけないじゃん」

【獣人】【家出娘:聖錬中央出身者】

 亜麻の少女は身をもって噛み締めるだろう。

 『聖錬北部』における『鉱石病』(オリパシー)、その"感染者"の意味を伝聞でなく体感で、である。

 

ぎりっ。

 (こんなのおかしいんだから、見返してやる)

【負けず嫌い】

 少女は、まるで自分の事の様に、悔しさに鋭い前歯を力強く軋ませる。

 私達ならできるはずだった。

 

「これでわかっただろ感染者の扱いは。一人の方がいいだろうよ」

「冗談?」

 互いに密かに心境の変化を胸に秘めながら、今日の日を歩いていくのだった。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

そしてしばらく後の話。

 

―――広場の喧騒の収まった後。

 とある日陰の裏路地にて。

 

 幾人ものガラの悪いごろつき連中が屯しているだろう。

「―――おいおい!首尾よく騒ぎ起こして"案山子野郎"を孤立させて、広間から追い出せたのはいいけどよぉ!」

ばしんっ!

 誰かが、何かを叩く生々しい音が無遠慮に響き渡った。

 

「うっ」

「あのメスガキも一緒に着いていかせたら!意味ねーじゃねぇか、もっとうまくやれよぉガキが!!」

【ドチンピラ】【弱者の癇癪】

ドカ!!

 今度はケリの打撃音、うまくいかない現実を。

 使った子供をサンドバックに苛立ちを発散させているのだろう。

 

「うぐぅ…!」

【ストリートチルドレン】

 その癇癪を受けた孤児が苦しそうに裏路地を蹲る。

 悔し気に睨みつけそれでもただ蹲って、硬貨を後生大事に握りしめて、耐えているだろう。

 

 彼らチンピラ達の目的は、あの聖錬中央から流れてきた獣人の【使役闘争士】(トレーナー)である。

 

「あのメスガキを引きはがして、孤立させろって言われてたのに」

「どうすんだよ。このままじゃ"ガウシアン"のアニキに怒鳴られちまう」

「嫌がらせし続けるしかねぇ。まさかあのメスガキも"感染者"相手に本気でお熱ってわけでもねえだろ」

【裏路地の蝗】

 喧々早々、彼等のいざという時、幾らでも切り棄てられる場末のドチンピラである。

 やり方を選ばないだけの輩であり、"そういう使い捨ての手段"だった。

 商会を後ろ盾にする小規模傭兵団を吸収する際にも、営業妨害の嫌がらせにも用いられていた。

 

「これがうまく行きゃ、アニキから傭兵ギルド『王冠狩り』(クラウンスレイヤー)口利きしてもらえるっていうのに」

「あんなちんちくりんのガキに、どっかの獣人のロリコンの金持ちでもいるのかね。けっけ」

 下世話な発想、そんな甘言に乗せられて動いている。

 所属すらしてない下っ端であるチンピラに、意図は聞かされてはいない。

 

 ただ、目当ての女を孤立させろとだけ命令を受けている。

 件の目的の彼女が、自分達等及びの得ない評価を受けているからこそと―――

 この、真の底辺の鼠たちはも知らずに嘲笑う。

 

「っふー。つーことでその駄賃は取り上げだ。たくっこんな簡単なことも―――」

「ッ!」

ガジッ!!

 大事にポッケに握りしめた駄賃の硬貨を取り上げようとして。

 それだけはと子供が噛みついた。

 

「ぎゃあああああ!?いってぇ!このっクソガキっ!」

【弱者の癇癪】

 思わぬ反撃に、自制のないドチンピラが簡単に腰のナイフを抜こうとして。

 

がしっ!!

 何者かに腕を強く掴まれ力ずくで捩じり回される。

「イデデデでっ!?」

「―――おい路地裏のゴミ共、見てたぞ今まさに子供に暴力振ったな」

『真銀の腕』(シバルバー)【重槍士】【先達する経験】

 先ほど『定礎広間』にて、警邏していた傭兵の一人である。

 得物の槍柄をピキピキと力強く握り鳴らして、明らかに、頭に来ている様である。

 

 追ってくるとは思わずに、心当たりが有りまくるドチンピラ共は冷や汗をかくだろう。

 

「なんだてめげぇ!?さっきの広間の!!」

「まったく広間の混乱も手間取らせてくれたな。しかし証拠がない。貴様等の様なゴミでも掃除するにも理由が必要なのが面倒だ」

 相手は独りだけとはいえ、『真銀の腕』(シバルバー)は元エリートの傭兵である。

ダダダダっ!

 認識した瞬間捕まった一人を見捨て、ドチンピラ共は蜘蛛の子散らした様に逃げていくだろう。

 

【路地裏の蝗】【逃走術】

 流石の鼠共、逃げ足だけはやたら早いらしい。

 

「っち、これで襲い掛かってくれば現行犯で全員ぶちのめしたんだが、いい仲間を持ったな?」

「へへ、見逃してくだせえよダンナ。そのガキに少し失敗を攻めただけで、それもやましい事なんて―――」  

「お前はそこに証拠付きだ。逃がす訳ないだろうが、豚箱行き、あと歯を食いしばらんと……折れるぞ?」

 傭兵の指を刺した先には、噛みついた顔に痣をしっかり残っている。

 へらへら媚びる様な笑みを軽く蹴飛ばし、男に向かって拳を振りかぶる。

 

 バキィ!!

 

 彼等の知らない所でそんな因果応報が、巡っていたのであった。

 

 

 

 




『ポポ』 元ネタ:モンスターハンター
 聖錬北部でメジャー食材であり、寒さを耐える為に蓄えた脂肪と
 マナ天候の変わり目に青草を求めて、山岳をも昇り移動する強靭な肉筋が調和した高品質な霜降り肉"ポポノタン"が美味と知られる高級食材。
 その需要と、被捕食対象が多い為、野生個体は数を減らしており
 こうやって比較的手近に野生個体を捕獲する事が出来るのは、開拓地の特権と言えるかもしれない。
 家畜化されたポポも存在するが、やはり限られた土地に閉じ込める関係上、格段と味は落ちるようだ。
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