四面楚歌。その言葉がこれほど似合うこともそうないだろう。周囲に集るは二十を超える蟲の群れ。留まることなく未だに増え続ける。 彼らにとって、それはきっと狩りに近しい。獲物を取り囲んで逃げ道を奪い、数の暴力で以て仕留める。そうして、ここの食物繊維の頂点に立ったのだ。
モンスターとしての野生からか、こちらの全員が戦闘態勢を取り、殺気すら帯びて警戒しているために、辛うじての膠着が続いている。気を抜けば一斉に襲い掛かってくるだろう。既に背後も取られ、上空にすら敵影が見える。
道を絶たれた獲物は、狩猟者からは逃れられない――尤も、獲物に殉じる愚鈍であれば、と前置くべきであるが。
ゆっくりと慎重に、奏雨が冰熊の背から身を降ろす。そして腹にぐっと力を込めた。
「椒、前出て!」
静寂を切って叫び、自身の杖を地に向ける。
それに刺激されてか、蟲の群れも開戦の狼煙と言わんばかりの甲高い奇声を上げる。だが、それはあまりにも遅すぎる。
奏雨が地を踏んだ。
パキリ、と軽い音を立て周囲の地面が凍結。白く染まる魔法範囲は蟲の足元を掠め、一瞬にしてその動きを凍りつかせた。自身の足元を起点とした、凍結特化の氷雪魔法である。
いくら数が多かろうと、一度に接敵できるのは精々が十体前後。それ以外は円形の列となって後ろに構えている。奏雨の氷雪魔法により、現状最も近い十二体を凍結。敵の陣を自身らを守る壁へと変えた。
そしてその一点。森の中心の方向にいる凍結した敵を、椒が身の丈程の大太刀を以て叩き斬った。当然、壁に穴が開けばそこから攻め入らんと蟲は押し寄せ――
「
間髪入れず、奏雨が杖を前方へ振り唱える。そちら一方向に、凍結特化の氷雪魔法を集中させ、凍結の道を作りだした。
「良いね、正しくお
椒が腰から脇差を抜き、大太刀と刃を重ねる。柄を握る掌から湧き出るように、青い硝煙が二刀を包み、沁み込み、刃に同色の光を灯す。
それは物理アタッカー御用達の魔法エンチャントスキル。その一種である。特殊な属性付与などはないが、魔法防御に訴えた物理攻撃を可能にする。
瞬時の凍結から、蟲どもの
「すゥ……」
肺いっぱいに息を吸い、半身に構える。前足を上げ、深く大きく、力強く、踏み込んだ。
「――せいッ!」
野球投げよろしく右腕を振りかぶり、大太刀を真正面へ投げ飛ばした。
その切っ先が真っ直ぐに空を駆け、凍結した蟲の群れを貫き、最後尾の蟲を貫いたところで減衰。地面に突き立った。
氷雪魔法に加え、斬撃、貫通、凍結破壊ダメージ。と大ダメージが重なり、貫かれたモンスターの全てがHPを全損し、ポリゴンの塵と化した。
「よっしゃ突っ込めっ!」
そんな蛮族めいたセリフと共に、鬼は凍った地を蹴った。
突き立った大太刀を拾い上げ、凍結の脇から立ち塞がらんとする蟲どもを薙ぎ払う。
その背を見つつ、奏雨は再び自身の使い魔に跨り、隣の少女へと視線をやった。
「私たちも行くよっ」
「はいよー」
どこかのらりくらりとした白金の返事を合図にして、残りの二人も椒の後を追う。
奏雨は冰熊のスキル≪氷上滑走≫により、凍結した道を滑走することで、高ステータスに任せて走る椒の数歩後ろに追いつき、速度を安定させた。
その背中に尾を引く白い線。束ねてワイヤーのように形成した蜘蛛の糸を、奏雨に引っかけることで冰熊の滑走にあやかり、自身の高
「奏雨、このまま駆け抜けよう」
「おっけー。
短い会話で意図を汲み取れば、ちらりと後ろに視線を送り、前へ向き直れば、再び杖を振る。今度はMPの節約のため低級魔法を唱え、凍結の道を更に前方へ押し広げる。
「椒ー、このまま前頼める?」
「あぁー、多分!けど、いっぺんに来すぎたら詰む!」
「おっけカバーする。白金は後ろお願い」
「あい、牽引お願い」
「待ってそれ私落ちるって」
背中に引っかけていた蜘蛛糸のワイヤーを冰熊に託し、奏雨は姿勢を高くして視野を広げる。
牽引の安定を確認すれば、前進をそちらに委ねて白金自身は背後に振り返り、両腕を突き出した。初めに奏雨の放った魔法による凍結は既に解け、先ほどまで三人を包囲していた蟲の大群は既に後方のすぐそこまで迫っていた。
――
ワイヤー状の糸を蜘蛛の巣状に形成。糸の端々が木々に絡め、道を封鎖する壁となるように配置。迫る蟲たちの行軍を一瞬遅らせ、その隙に蜘蛛の巣を更に増やす。
「ほい仕上げ」
素よりも手前には、木々の隙間に糸を散らし、トラップの設置は完了。
道を阻まれた蟲は、壁を破らんと糸をに鉤爪を振るう。目の前の獲物を諦めたり、迂回するという知能はないと見えて――
「あ~あ、素直に諦めりゃよかったのに」
それが、文字通りの命取りとなる。
一匹の動きが止まる――否、高速で駆け抜ける他多数には、遅くなりすぎて止まって見えた。と形容するのが正しい。
また一匹、また一匹。蜘蛛の巣を越えた先、散らされた糸に足を絡め、また一匹。終いには、先頭を走っていた蟲の悉くの動きが恐ろしく鈍化し、全体の動きを滞らせた。
白金縁の放つ蜘蛛糸の罠、『大蜘蛛の暗糸』には、捕縛*1、重圧*2、猛毒*3を触れたものに付与する。罠に触れた蟲はまともに動けず、放っておけば死ぬ。
だが、やはり所詮は蟲か、同族に対する情など欠片もないらしく、動きを阻害する数匹を踏み倒して進もうと、鉤爪を振るった。攻撃を受けた蟲は激情し立ち止まって反撃。結果、同士打ちを始める。あちこちで起きたその火種は拡散し、群れ全体での内乱に発展。
正確に罠を攻撃し、後続を安全に前へ進める選択をできれば、再び追ってこれたろうに。一切の感情を帯びず、機械的に邪魔な同族を排除しようとする姿は、AIの優秀なこのゲームにおいては寧ろ巧い。どこまでも蟲らしい行動だった。
「うわ……マジで全員仲間割れしてる……」
「お前ほんと良い性格してるよ」
自分の蒔いた種が元で起きた、モンスター同士の戦闘を眺めて、ガチめのドン引きをかます白金に、奏雨は引き攣った苦笑で皮肉を言う。
「やっべ、奏雨たすけて!」
情けない悲痛な声を聞き、前に視線を戻せばこちらにも蟲の群れが押し寄せようとしていた。その中でも、椒は接敵した傍から蟲を一匹ずつ、時々複数まとめて斬り伏せ処理し続けていた。一人で前衛をしているにしてはかなりの大金星だが、それを上回る蟲の数に、少しずつ押され始めているようにも見えた。
スキルを上手く活用しながら立ち回っているが回復の隙はなく、消費された
「助けるよっ」
自身の頭上に杖で弧を描く。周囲から冷気を集め、描いた弧の上にいくつもの氷柱が形成し、前方にその先端を向ける。奏雨が杖を前に向ければ、氷柱が空を駆け、椒に迫る蟲どもを貫いた。三十余りの群れは、その半数まで数を減らし、数歩後退したように見えた。
「おっしゃ全弾命中!」
「助かった!これで乗り切れる!」
奏雨は拳を握り、力強いガッツポーズ。敵陣に隙ができたと見て、椒は追い込みをかけるとばかりに鉢巻の緒を掴み硬く絞めた。走る速度を上げて前へ出つつ、上下の接合部を弄って面の下半分を外し口元を露出させた。
「ここらで一回、使っとくか――≪
唱え、低く構えを取る。一瞬、全身の節々が小さく火を吹いた。
「そら、道を開けな虫ケラどもッ!」
体の内から湧く炎に酔い、凶悪な笑みを口に浮かべて、その牙を剥き出す。低い姿勢を、僅かに前へ傾けた。
――≪
僅かな粉塵を残し、椒がその場から消えた。炎だけが尾を引き、百と数十m先の蟲の群れの渦中へ続く。先頭の三匹、その背後へ椒は一息に踏み込んでいた。ステップの補助スキル≪縮地≫を繰り返し使用することで、瞬間的に機動力を底上げしたのだ。
一閃。右の片手で握った大太刀を横薙ぎに振り払い、三匹まとめて背中に深い刀傷を刻んだ。
鬼の体に燻ぶる炎が、幽かにその勢いを増す。
椒朔月のユニークスキル≪
体から燻ぶる炎はそのバフの状態を表しており、攻撃力が上昇する毎に炎は大きくなってゆく。デメリットとして、炎の大きさに応じたスリップダメージが入るが、椒は自身のパッシブスキル≪血濡れの愉悦Ⅶ≫の効果、ヒット時のHP中量回復によりそれをカバー。
火力とともにダメージが増えても、その分攻撃の勢いを増すことで回復を追いつかせる。そしてまた火力とダメージは増え、攻撃の勢いを強める。畢竟、超アグレッシブスタイルの強制である。
「まとめて来いよ。全員引き潰してやる」
残りの蟲は十四匹。内、手負いが三匹。一方、後続の奏雨と白金が合流するまで、残り約4秒弱。今の椒にとっては、充分すぎる猶予だった。
手負いの一匹が逆上し、大振りに迫る鉤爪を太刀の鎬で流して逆胴。今度は別の手負いに掴みかかられたところを、正面から鳩尾を貫く打突。太刀を抜きつつ蹴り飛ばし、迫る最後の手負いにぶつけてパリィ。袈裟に二匹諸共両断した。手負いの三匹がHPを全損し、斬られた順にポリゴンとなって散る。
鬼の体を焼く炎が、更に勢いを増した。
――残り3秒。
「――
左に握る脇差を右脇に構え銘を唱えるのと同時、伸びた刀身を横薙ぎに振るう。
椒の携える脇差『千枚透し』に備わった、一日一回限りの特殊効果。それは、刀身を果てなく伸ばす、リーチを無視した刺突。その効果中に振るうことで、視界を両断するような斬撃に転用。群れの奥まで木々とともに斬り払った。
この一撃でHP全損とはいかずとも軽いスタンが入り、刹那の猶予ができる。
鬼の目はそれを逃さず、二刀を構え駆け出した。
大太刀の袈裟で一匹。脇差の突きで一匹。大太刀の横薙ぎで重ねて二匹。スタンの解けた一匹の攻撃を蹴り上げてパリィし、二刀で斬り開く。
五匹を斬り伏せたところで、残り六匹の軽スタンが完全に解け、その凶爪を剥き出し椒に襲い掛かる。凶悪な笑みで以てそれを迎え、更に攻撃を加速する。
鬼の体に灯る炎は、更に強く燃え上がる。
――残り2秒。
大太刀を投げ、迫る一匹の胸に突き刺す。回収に向けて駆けつつ、もう一匹の顎を空いた右手で殴り上げ軽パリィ。突き刺した大太刀を抜き払って横薙ぎ、二匹まとめて斬り倒す。
太刀の重さに乗りつつ開脚して身体を低く。群がる蟲の脚を蹴り払い、姿勢を崩す。そのまま後ろ回し蹴りに移行。姿勢を崩した一匹の頭を、踏み蹴って叩き割りつつ、刹那的な足場にして跳躍。向かい合っていた一匹の胴へ逆袈裟。
鬼を燃やす炎が、勢いを増し天を衝く。
――残り1秒。
残り二匹。左右から挟み打とうと迫る。二匹分の鉤爪を両手の刀でそれぞれ受け、一瞬の膠着。牙を剥き出し、片方の首に突き立てる。身体を捻って刀で鉤爪を払いつつ、デスロールよろしく蟲の体を持ち上げ、最後の一匹に叩きつけた。
鬼の体に宿る炎が、その勢いを収め、静まっていく。
――残り0秒。
冰熊が椒の横を通り抜けていき、少し遅れて椒の体が背中から引っ張り上げられた。白金の糸で引っ張り上げられたらしい。
「お疲れ~ナイス前衛」
「噛むのは汚いからやめな」
冰熊の背中、奏雨の後ろに腰を落ち着けて、刀に付いた蟲の体液を払う。
「雨葉さんに味の感想送っとくか」
「味わってたの???」
「はい森抜けるよー」
椒と白金のくだらない漫才をガン無視して奏雨が声を上げた。前を見れば、木々が晴れ、奥の大穴が顔を出していた。
「おーマジででけぇ」
アイテムで回復しつつ目を見開く椒。直径500mと数字からしてものすごいが、実際に見て見ればそれは果てしない広さだった。
穴の間近までくればエネミーも居ないようで、少し周りを警戒しつつも、穴の中を覗き込んだ。
階段のような親切な物はなく、多少段々の地形らしきものはできているが、基本的には円柱型の大きな穴だった。
「どうやって降りるのこれ」
穴を見下ろしながら言う白金。他二人の視線は、彼女本人に向いている。
「お前ら、待て。あっち向け」
「「よろしく」」
「キツイってぇ~~~」
そうして、蜘蛛の糸の耐久性に全面的な信頼を置いた、アラクネ一人、鬼一人、ウェアウルフ一人、シロクマを含むテイムモンスター達の、芥川龍之介もといカンダタリスペクト大穴降下作戦が決行された。