椒朔月(はじかみ・さつき)――――――魔術使い。
焔鬼(デモンズ=バーン)―――――バーサーカー。
凍星奏雨(いてぼし・かなめ)――――――魔術師。
「ふぅ―――よし、こんなもんか」
掌を打って払うお決まりのような仕草をして、静かな冷たさを瞳に湛える赤髪の青年――
「魔法陣の準備はこれで充分だけど、触媒はどうすんの? 無しでもできないことはないけどさ」
「大丈夫。用意してる」
ほい、なんて軽く言って、
「うおっ、と。お前大事にしろよ」
呆れたように言いつつ、奏雨は手の内に収まったそれを見下ろした。
「ふーん……なるほどね。これなら十二分か――業深だけどね」
触媒を手渡しで椒に返しつつ、奏雨は部屋を出ていき、そのまま工房を後にする。巻き込まれちゃたまらない、なんて台詞を置いて。
「さて、やるか」
一度深く息をついてから、触媒――細い鎖に繋がれた、小さな古い十字架を、奏雨が誂えた魔法陣へ翳す。
それは、とある
ヒーローズクロス。こことは別の世界線から流れ着いた漂流物。この世界には一切の情報がなく、歴史もない。
けれど、彼が英雄であったなら、座にその存在は確かに刻まれている。
ならば、聖杯が、その存在を手繰り寄せる。
『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。』
右手に刻まれた赤の聖痕が光る。
じりじりと全身を巡る痛みを手綱として、椒は言を並べる。
『降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、
王冠より出で、
王国に至る三叉路は循環せよ。』
背中に這い回る魔術刻印を、魔力が駆けずる。
相変わらず気色が悪い。しかし、確かな手応え。掴める。喚べる。
『
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。』
強く魔力が揺れ、それを掴み取るように、集束させ、そして魔法陣が吸い取る。
『――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。』
一節一節、身体が軋みそうだ。それは魔力の奔流による重みか。それとも、重苦しい心臓のせいか。
『誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。』
彼は英雄だ。正しく善そのものであり、悪を敷いた者。彼にこの一節はよく似合う。だからこそ、これから告げる言には、底抜けの後ろめたさがある。けれど、それでも。俺にはそうするべき理由がある。
力を欲する、理由がある。
『されど汝はその眼を狂気に曇らせ侍るべし。
汝、混沌の影に巻かれし者。
我はその鎖を手繰る者――――』
俺は命であっても戦火に焼べよう。
だから、頼むぜ英雄。
俺と共に、全てを賭けて戦ってくれ。
『汝、三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、
天秤の守り手よ――――ッ!』
一際強い赤光が部屋全体を包み、それが晴れた頃。
魔法陣の中心に、一人の青年が立っていた。
「――――」
一見して、それはどこにでもいるような、ごく普通の青年だった。現代的な服装。茶色がかった髪。中肉中背の体格。外見の年齢は二十前後。しかし――その黒く染まった眼球に、赤と黄の瞳。何より、肌のところどころに見える、焼け爛れた痕。
それらの特徴が、今椒の手にある十字架を手にしたときに見た記憶と合致する。
かつて、歴史的スーパーヴィランを打ち倒し、若年にして快進撃を続け、暗い世を照らす太陽とまで称された。
――
その、内在した混沌を表出させた、
《焔鬼》の、心を圧し潰したような沈黙の表情が、その視線が、椒を捉え、見据える。
やはり、その後ろめたさはぬぐい切れない。
本来なら彼は、最優のサーヴァント、セイバーとして召喚されるべき英雄だ。
それを、勝つためとはいえ、私情として、安易な強化として、狂化させて召喚したことに、計り知れないほど罪悪感が、椒にはあった。
けれど。だとしても。それに膝をついてはいられない。
そうしてでも、必ず勝つと誓ったんだ。
「……お前を、混沌に堕として召喚したことを、申し訳なく思うよ。ヒーロー。でも、これは勝ちに行く戦いなんだ。俺には、自分の罪悪感や後ろめたさ、お前の尊厳や栄誉よりも、それを優先するだけの理由がある」
どれだけお題目を並べたって、結局これはただの私情だ。自己満足だ。だとしても、俺はその意志を捨てて、戦いには望めない。その意味を捨てて、この先を生きてはいけないんだ。
「親友を勝たせる。この戦争にじゃない。あいつ自身の戦いにだ。そのために、俺は聖杯を獲る」
英雄を狂戦士に堕としたのだ。俺はこの戦いに命を、全てを賭けよう。けれど、どれだって捨てるつもりはない。戦い抜いて、勝ち尽くして、総取りだ。
「頼む。お前の力が要るんだ。絶対に。許してくれなくていい。でも、どうか一緒に、戦ってくれ」
親友のため、なんて綺麗事は言わないし、あいつにもそれを話すつもりはない。
それは俺のエゴでしかない。
あいつを解放したいのか、或いは、それを見ている自分こそが解放されたいのか。
どちらだっていい。しがらみなど、燃やし尽くして久しいものだ。
だから俺は、自分が思う、自分の願望を託す。
どうか。ああ、どうか。最高最強のヒーローであるお前の、その力を、貸してはくれないか。
椒の縋るような懇願は、酷く痛々しく映っただろう。
彼の後ろには、誰もいない。家族や所属、仲間というものがいない。
だからこそ、その親友と呼ぶ誰かを、強く思うのだろう。
だからこそ、たった一人の大切な人を、強く想うのだろう。
それが、《焔鬼》には、痛いほど、苦しいほど、よく分かる。
彼はそれを、エゴだと吐き捨てるが、しかし。そのエゴこそ、何よりもかけがえのない、友情というものだ。
気づけば、《焔鬼》の表情からは、沈黙が消えていた。
それは友好の印でもあって、また、契約成立の証でもあった。
「っ、はは――案外、俗っぽいんだな」
椒もまた笑って、拳を重ねる。
――ここに、契約は完了した。
これより先、《焔鬼》は椒朔月の盾となり剣となり、また、焔となろう。
混沌の螺旋にその心を巻かれようと、《焔鬼》の根幹に、揺らぎなどは生じない。
だってそれは《焔鬼》にとって、むしろ日常でこそあったのだから。
椒は、彼を自らが施した狂化によって、混沌へ堕としたといったが、それは違う。
《焔鬼》とは、元よりその内側に混沌を飼い、飼い慣らし、その上で英雄と成ったのだ。
《焔鬼》の正史、DX3RWでのキャラシ
漂流物っていうのは、この話の中においては、聖杯戦争の発端となった概念のつもりです。
それに触れた人は、その物品を取り巻いていた世界の記憶を一瞬の内に覗くことになります。
聖杯自体は漂流物なのか、それとも聖杯が漂流物を引き寄せたのかとかは、今のとこ特に考えてないです。