闇鍋の宴パロ   作:椒 朔月

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―――――――登場人物紹介―――――――

椒朔月(はじかみ・さつき)―――――――《修羅》。
凍星奏雨(しおみや・るれあ)――――《狩人の眼》。
白金縁(しろかね・えにし)―――《音無しの影刃》。
塩宮るれあ(しおみや・るれあ)――――《不落城》。


Un Recoil

「く、そっ……これは……」

 鋼鉄の蟹人が歯噛みする。ジリジリと削れていくHPに肝を冷やす塩宮るれあ。何とか後方からの回復が間に合い、盾が崩れることは無い。が、このままでは――否、既にジリ貧であることは誰の目にも明らかだった。

 メインダンジョンボスのレイド戦。いつも通りにタンクを引き受けた塩宮だが、しかしボスの猛攻は予測を遥かに越えていた。

 大型アップデート以前には攻略されたボスで、比較的情報も揃っていたが。デスゲームと変貌した折の修正により、脅威度は以前の比では無かった。

 目算三メートルの人型ボス。鉄鋼で全身を覆う重装の獣人騎士。重々しい外見に反し、獣としての俊敏性(アジリティ)は攻略組と遜色無く。またその鎧は迫る攻撃の特殊性を削ぎ落とす。装甲の隙間を縫おうにも、機敏な動きに対しそれは悠長に過ぎる。

「ちっ……」「耐性高すぎだろ」

 状態異常も効果が薄いと見て白金が舌を打ち、魔法職の奏雨がボヤく。

 重装から繰り出される、人の埒外にある獣の剣戟。AGIの不利をポジショニングで埋めて、何とかそのまま猛攻の大部分を盾で引き受ける塩宮だが、先述の通り。それは既にジリ貧に陥っている。

 誰もが勝機を見い出せぬ中。魔法職としてボスの高耐性の影響を浴びていた奏雨は、後方の立ち位置故、状況を俯瞰していた。そして、ボスが見せた大きな構えを見て取り。

「……ッ、大技が来る! 前衛退避ッ!」

 前衛の面々が即応し後退。前衛が列を生していた一帯へ、獣騎士は迸る熱を宿した大剣を振り抜く。

「――させねえっての」

 塩宮が大盾を地に突き立てる。展開される半透明が空間を断絶し、不倒の城壁を築く。

 次ぐ刹那、大剣より放たれた法外の熱線が辺りを焼き払う。その全てを漏らさず防ぎ切ってから、城壁は焦げ崩れた。

 ボスの大技を防ぎ切り、未だ死者はゼロ名。このジリ貧の中で、それは確かに大金星。しかし――

「ッ、く……」

 襲う重圧。大技による長時間の硬直を強いられ、塩宮が苦悶を漏らす。

 塩宮の強大なタンクにより何とか保たれていた戦況が崩壊する。

「なんとか持たせます――!」

 飛び出す前衛へ援護を送ろうと、奏雨が杖を構える。その横合いから、投げやりな言葉が飛ぶ。

「奏雨、剣。できるだけいっぱい、ボス周りにバラ撒け」

 鬼面の緒を締め、椒が踏み出す。

「は? そんなん――」

 狙いを測りかね、反論しようとするも、椒はそれを振り切るように駆け出した。撒菱代わりか、そんなもの、あの重装甲には無効も同義。むしろ味方を動きにくくするだけ――いや。

「信じてやるよ」

 久しい信頼を語り、詠唱を結ぶ。

 高位魔法《ソードレイン》。無属性の魔力により、無数の物理剣を形成。一気に射出する。

 その全てが獣騎士からわずかに軌道を逸らし、地へ突き立つ。

 当然、回避行動により獣騎士と前衛の間に空間ができる。

「なっ、待て椒――!」

 その空間へ迷いなく駆ける椒の背を、塩宮の制止が打つ。が、まるでそれを追い風に、椒が加速する。塩宮の焦燥は妥当。何せ、全プレイヤーが持つアドバンテージが、椒には無いのだから。

 駆けつつ、椒が自身の太刀を投擲する。獣騎士はそれを難なく弾き、咆える。

 返った二刀が肩を掠め、その()()とともに寄せる咆哮の圧をかき分け、突き立つ剣を掴み取った椒が獣騎士の眼を睨み返す。

「踊ろうぜ――《修羅》」

 静かに紡がれる起句。全身を焼く激痛に、鬼面は嗤う。それを侮りと見たか、誇り高き獣の騎士が唸りを上げる。

 多勢は既に外野と化した。ここより演じられる神速の武闘に、横槍を刺す暇はない。

 獣騎士の大剣が迫り、剣を砕かれながらも受け流す。懐へ潜りつつ新たに剣を抜き、獣の脇腹を守る鋼板へ叩きつける。無理を強いられた剣は当然に砕けるが、しかし、その鋼板は僅か削れ歪む。

 その痛みなど他所に、獣の爪が鬼の胸を裂く。鋭い熱を歪んだ笑みで飛ばし、またしても抜いた剣を、そのまま鎧に叩きつけて砕く。

 《戦場の歩み》――装備せずとも簡易的に武器の使用を可能にするパッシブスキル。

 奏雨が巻いた剣の群れを、使い捨てのリソースとして消費しながら、椒は連撃によって騎士の鎧を打ち続ける。当然、同数以上の反撃が返るも、どこ吹く風と鬼の猛攻は止まらない。

 ユニークスキル《修羅》が、攻撃の度にその膂力を引き上げ、《縮地》によって大振りを躱す。

「もっと上げるぞクソ犬――!」

 加速に加速を重ねた猛攻に絶える間はない。獣の大剣と凶爪は雨あられと迫る。強烈なノックバックによる猛攻の中断だけを避け、あとの傷は度外視。パッシブスキル《血濡れの愉悦》による自己再生で、無理矢理釣り合いを取り、神速の連撃が獣の鎧を叩き続ける。

 

 

 

「あいつ、まさか――」

 流れ弾を警戒しつつ、椒の狙いに気づいた塩宮が慄く。

 魔法も状態異常も、騎士の鎧によって弾かれる。ならば、その鎧を先に破壊する。

 それは誰もが考えたろうが、しかし現実問題不可能に近い話。ボスエネミー装備の耐久値は果てしなく、その破壊による攻略など、まず想定されていない。

 恐らくこの獣騎士は強力な物理攻撃によって倒す、という攻略が想定されていたのだろうが。生憎とそれほど実直に極めた物理アタッカーは今レイドにいない。ならば、その前提を崩す必要がある。

 攻撃の隙間を縫っていては、それは敵わない。獣に匹敵する猛攻でなければ。

 それを叶えられるのは、少なくとも今レイドにおいては。最高クラスのAGIと、それを支えるスキル構成、リアルタイムでHPの回復ができ、理論的にはあの獣とインファイトが演じられる、椒朔月のみ。

 けれど、しかし。それはあまりにも無謀だ。

「痛く、ないのか――」

 獣とインファイトを演じる椒は、鬼面の裏で確かに笑っている。それがどれだけ常軌を逸しているか。

 椒の欠落した、全プレイヤーが持つアドバンテージ。それは仮想現実を仮想たらしめる絶対要素、《痛覚遮断》。とある事件で得た呪いの鬼面により、椒はそれを完全に無効化されている。

 剣で斬られ、爪で裂かれ、殴り付けられ。その痛みの全てを現実と同様に受けて。椒は尚笑い、猛攻を緩めはしない。その姿はあまりに狂気じみていて、狂喜に満ちている。

『痛くないのか』。そんなわけはない。塩宮は非礼を恥じる。そりゃあ痛いだろう。ただ、それを上回る闘志で以て、目を逸らすことすらなく、戦っているだけだ。

 笑うのは自分を鼓舞しているに過ぎず、狂喜などない。狂人を演じなければ、その凶刃は振るえない。

「塩宮さん、椒頼みます」

 あの猛攻が瞬きの灯でしかないことを悟る奏雨が、次へ繋ぐために杖を構える。《修羅》の効果が切れた瞬間、ボスと零距離に倒れるだろう椒を守る手が要る。それを務められるのが凡そ自らしかいないことを理解して。

「タンクのライン上がるんで、一気に決めて」

「勿論」

 指示を残し、走り出す。鬼の灯は、もうそれほど長くはない。

 

 

 

「ッ、は――」

 激痛は全身を走り続ける。

 《修羅》が全身を常に焼き、装備を容易く貫いて、獣の剣と爪が肉を削ぐ。血こそ出ないが、これほどの痛みは人生のどこを見てもない。その全てを自罰として噛みしめながら、鬼は笑い飛ばす。

「――ははっははははははッ!!」

 高らかに響く声すら、自らの耳には入らない。視界の端が白み、死という絶対的な終わりが、腹の底からこみ上げる。それでも、止めない。止まらない。

 このボス戦における前提をひっくり返す。そのためには、この程度の無茶は必要経費。

 もはや絶対的な生命線たるHPゲージすら目には入らず、ただ感覚でのみ自身の灯を認識して。

「GRRRROOOOOOOOO!!」

 獣騎士が、一際大きく唸る。

 びきり、ばきり、と鎧のいたるところで音が上がる。いくつもの鋼板が同時に限界を迎えたようにひび割れる。

 ――好機。

 鬼面の下で光る鋭き視線はそれを見逃さない。すっと頭が冷える。隙を見切り、獣騎士の胸を蹴りつけて数フレームのスタン。

 背後には最後の一振り。今は亡き、懐かしい男の振るっていた太刀――《幽絶(ゆうだち)》。初めに投じて弾かれた自身の本差を掴み取り、ゆるりと振り上げる。

「《羅刹式秘奥》――」

 それは、鬼種にのみ習得可能な、最高位刀スキル。命を燃やした鬼の、最後の閃き。

「――《大嶽・九鬼の辻》ッ!!」

 上から下へ一振り。放たれるは、()()()()()()()。的確にひび割れた鋼板を切り裂き、獣騎士の鎧が九か所砕け散る。

 奥義を打ち終えた椒が、剣に振り回される幼子のようにふらつく。スタミナ全損、《修羅》の効果切れ。力尽きて倒れ込む視界に、見知った鋼鉄の盾が割り込み、続く災害から守る。

 それは、渾身の九斬を受けて呻いている獣によるものではなく。むしろそれを追い立てる、最上の切り札二枚。

 

 

 

「白金!」

「分かってる」

 奏雨の声が響き、応じるより早く動いていた白金が、ノックバックに呻く獣騎士を追い立てる。

「ここまでさせといて、仕留め損ねるのだけはナシ」

 アラクネの双刃が走る。

 ――《壊死》。

 ――《忘失》。

 鎧を砕かれた今、それを防ぐものはなく。獣の物理防御に魔法防御を、洗練しつくしたデバフによって無へと帰す。

「オーケー最高」

 詠唱は既に完了している。まさか今更、椒の燃料を見誤るはずもない。ここ、このタイミングに合わせて、準備は済ませた。椒に気圧された前衛たちは、ちょうどよく距離をとっている。肝心の椒や白金も、既に塩宮の盾の後ろ。何も気がかりはなく。全火力一斉掃射させていただく。

「ぶっ飛ばすぜ――《燐》」

 芝居がかったセリフに応じ、無数の光球と大群為すテイムモンスターが一斉に獣騎士を襲う。光球は無属性の魔法攻撃を、テイムモンスターはそれぞれの物理攻撃を。椒と白金により破壊された防御を的確に貫き、ボス部屋の地形が変わるかという超火力で以て、獣騎士を完全にねじ伏せる。

 周囲へ配慮する必要はなく、また後の戦況など気にしないどころか、後に進ませないことが前提ならば、凍星奏雨の魔法とはこれほど強大になる。

 この世界(ゲーム)がデスゲームになり、文字通りの死線をいくつも超えてきた猛者が枷を外されたとなれば、それは一種の天災ですらある。

 押し寄せる災いに、獣はただ天を仰ぎ。最期に月に届くかという咆哮を上げ、その命は掻き消えた。

 

 

 

 暗闇の中で、頭が揺れる感覚。誰かが、呼んでいる。

「おい、おい、椒。終わったぞ、起きろー」

 それはよく知った、鎧により籠った声。

「んっ――んん……」

「お。起きた」

 白金が少しだけ明るい顔で言って。自分を抱える塩宮の表情は見えないが、鎧の上からでも安堵したような顔が目に浮かぶ。

「おぉー倒したか。よかったよかった」

「おまえ……」

 呆れたような奏雨の声。まあ、なんとなく言いたいことは分かる。

「無茶しすぎだ、ボケ」

 もはや聞き慣れた塩宮の悪態は、今回ばかりは耳が痛い。全く返せる言葉もない。

 実際、まだあちこち痛いし、多分もう数秒長かったら本当にショック死してたんだろうと確信がある。

 それ自体に、自分はきっと自罰以外の意味を見出してはいないが――萎れるのは、俺じゃない。

「いやぁ~~~~~、楽しかったな。またやろうぜ」

「ボケ」「アホ」

「いよいよ頭の中身がやられたか」「元からでしょ」

 塩宮は繰り返しだからいい。一人だけ二回別の罵倒を飛ばした奏雨だけは後で殴る。

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