最強の愛され系ボンゴレ♀は、今を全力で楽しみたい   作:時長凜祢@二次創作主力垢

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 桜の花は、藍色の暗闇に手を伸ばす。
 彼女が目の当たりにした彼の記憶は、あまりにも凄惨で、地獄のような世界だった。


藍色ノ憎悪

 精神世界の自身の意識が覚醒し、それに従うように目を開けてみると、淡く光る蓮の花が転々と咲いている場所に降り立っていた。

 だけど、まとわりつく空気はどこか重く、広がる景色と全く合わないほどに、息苦しさを覚える。

 

「ここが、骸の精神世界……」

 

「ええ。持ち合わせている感情と記憶がかなりのものなので、あなたの精神世界のように、澄み渡ったような居心地の良さがないんです。

 自分の精神世界ですから、僕は特に何も感じていないのですが、桜奈には少し、苦しいものがあるでしょうね。」

 

「……うん。言ったら悪いけど、ちょっと泥水に浸かってるような感覚を覚えるかな。

 前世の学校行事で田植えの体験してずっ転けた時のこと思い出しちゃった。

 こう、足が田んぼの泥にハマって、なんとか抜け出そうともがいたら、そのままステンって転んじゃって、あの時は大泣きしたっけ。」

 

「おやおや。随分と可愛らしいエピソードですね。」

 

「小学生の時の話だからね。母さんもまだその時は生きてたし、あたたかい記憶の一つだよ。」

 

 でも、この世界はそんなに可愛らしいような泥と全く違う感じだ。出会したことなんてないけど、まるで底なし沼のようだとさえ思う。

 それだけここは重たくて、それでいてすごく冷たくて、本当に沢山のものを抱えてきたんだとわかる息苦しさを覚える。

 

「……わたしもかなり抱えてきた側の人間だけど、骸はその比じゃないね。この場にいるだけでも、その重さに押し潰されてしまいそうだよ。」

 

「……だから、僕はあなたに話を聞くだけにとどめて欲しかった。それだけ僕が持ち合わせているものは、とても重たく冷たいもので、春のあなたには荷が重すぎる。

 ……今ならまだ引き返せますよ。あなたまでこれを抱える必要はないのですから。」

 

「……引き返さないよ。それに、骸だって本当は引き返してほしくないんでしょ?僕を知ってほしいって考えてるの、キミの感情や想い、感覚を共有されてるからバレバレだよ。

 まぁ、ほんのわずかながらに引き返してほしいとも思ってるみたいだけど、それを上回るくらいに知ってほしいって、受け止めてほしいって考えてる。

 あと、ようやく自分を完全に受け入れてもらえるって言う感情……これは、喜びかな?それも混ざってるね。

 本当にダイレクトにキミの感じてることが流れ込んでくるなこれ。まるでキミになったかのような、キミと一つになってるかのような錯覚を覚える。」

 

 素直に現在の状況の感想を口にすると、骸はキョトンとした表情を見せる。

 しかし、すぐにそれはどことなく嬉しげな笑みに消え、伝わってくる感情は、少なからず独占欲が混ざった歓喜に変化する。

 予想はしていたけど、骸は本当にわたしのことを深く愛し、依存とも言える程に強く想っているようだ。

 こんな形で、彼の想いをダイレクトに浴びせかけられるとは思わなかったな。

 

「僕と一つになってる……ですか。なんとも甘美で魅力的な言葉ですね。」

 

「キミはどっちかと言うと、別の意味の方を望んでるみたいだけど?」

 

「それは否定できませんね。清いだけの関係など、僕は嫌ですから。」

 

「ねぇ、わざと?わざとやってるよね?わざとわたしに対する劣情やらなんやらを浮かべてみせてるよね?」

 

「さぁ、なんのことか……」

 

「おい。」

 

「クフフフ……あなたがなかなか面白い反応をしてくださるのでつい、ね?

 ですが、あなたは満更でもないのでは?僕とそう言う関係になることも。」

 

「さぁ……どうだろうね。」

 

 軽くふざけるような会話を繰り返すうちに、わたしの感情が明らかに塗り替えられているのを感じ取る。

 どうやら、最後の問答を行う前までは、わたしの感情を残すように調節していたらしい。

 わたしの心からの言葉……記憶を見ることに対しての最後の是非を聞くために残されていたようだ。

 それを示すかのように、わたしの中からわたしと言う存在が一時的に封じられていくのを感じ取る。

 今のわたしは、完全に骸と全く同じものを共有されている。

 

「……なるほど。さっきの問答を行うまで、わたしの感覚は残されてたんだね。」

 

「クフフフ……やはり桜奈は聡明な方ですね。ええ。意識は残っていますが、それ以外のあなた自身の五感は今封じました。

 僕が持ち合わせている忌々しくて疎ましく、憎悪以外が存在していない過去の記憶と向き合ってもらう以上、あなたの五感はハッキリ言って邪魔でした。

 それがあっては、間違いなくあなたの精神は保たれることなく、確実に崩壊していたでしょうね。

 ここからは、完全に僕の感じていたもののみが共有されていきます。すでに僕が慣れている分、あなた自身にも慣れが生じるので、そこまで辛くはないはずですよ。

 まぁ、最初は自身の意識と感じている物の齟齬に違和感を覚えてしまうと思いますが、それもわずかな時間のみです。」

 

 “では、行きましょうか”……そう言って骸は、わたしの方に手を差し伸べる。彼の言葉に頷いたわたしは、すぐに骸の手を取った。

 すると、骸はわたしのことを優しく引っ張り、自身の方へと引き寄せて、そのまま自身の腕に、わたしの腕を絡ませて、空いてる手のひらを恋人繋ぎで繋ぎ止めてきた。

 同時にわたしの精神が骸の精神と完全に繋がるのを感じ取る。まるで、何十にもこぶ結びにし過ぎてしまい、解くのが難しいロープのようだ。

 そう思ってしまう程に、わたしの精神が骸の精神に結びつけられている。

 そのおかげか、さっきまで感じていた骸の精神世界に広がっていた、重たく、尚且つ息苦しくなるような……潰されてしまいそうな感覚が完全に消えていた。

 

「ここからはかなり暗くなります。絶対に僕を離さないでくださいね。」

 

「それはこっちの台詞だよ。骸の方こそ、わたしのことを離さないでよ。」

 

「僕があなたを離すわけないでしょう?むしろこのまま縛り付けて、閉じ込めてしまいたいくらいです。」

 

「拘束監禁はちょっと勘弁してほしいかな……。」

 

 いつも通りの会話をしながら、骸はゆっくりと精神世界を歩き始める。それに合わせて歩きながら、わたしは前に視線を向けた。

 目の前に広がっていたものは、どこまで先があるのか全くわからない、冷たい暗闇だった。

 

 

 

 …………………

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 暗闇の中に足を踏み入れた瞬間、わたしに共有され始めたのは、それこそ凄惨無慈悲なものとしか言いようのないものだった。

 エストラーネオファミリーが追放されるまでにやってきた惨たらしい記憶。

 追放されてからのエストラーネオファミリーが行った特殊兵器の開発とその過程。

 どれだけ抗おうとも、容赦なく力で押し付けて、それでも抵抗するようであれば、不要だと奪われる生命の数々。

 流れる景色の中には、特殊弾の開発をしているのか、実験として子供にそれを使い、死んだとしても、栄誉なことなのだと吐き捨てる大人達の姿も存在しており、本当に同じ人間なのかと目を疑ってしまう異常な景色だった。

 景色の中には、体を完全に拘束された状態で無理矢理道具で口をこじ開けられ、何本もの管を口に繋がれ、流し込まれる何かに苦しむ犬の姿や、体が発火し、その熱さと痛みに苦しむ千種の姿も含まれていた。

 他にも、外にいるところを他のマフィアに見つかり、容赦なく拳銃で撃ち殺されていく子供達の姿もあり、当たり前のように、血液のニオイと、むせ返る程の死臭が刻まれている。

 

「………これは……想像以上に凄惨だね。まさか、これ程までとは思いもよらなかった。」

 

 五感は全て骸のものへと塗り替えられているため、自分自身の精神に対して強いダメージは存在しない。

 だけど、骸が感じているものを全てダイレクトに刻まれているからか、マフィアに対する嫌悪感や、強い憎悪が自身に刻まれていくのを感じ取り、思考がぐらつく気配を覚える。

 ……確かに、骸の保護がなければ、この地獄絵図だけでわたしの精神は発狂してしまいそうだ。

 

「これが、骸が小さい時に見てきた景色なんだね。」

 

「……ええ。その通りです。僕だけでなく、犬と千種も同じ景色を見てきました。」

 

 繰り返される地獄のような記憶を見つめながら、骸と静かに言葉を交わす。

 ここまで、悪意に全振りした組織もかなり珍しいものだ。骸達がマフィアを嫌う理由にも納得できる。

 むしろ、嫌わない方が無理だろう。何もかもめちゃくちゃにされたと言うのに、許す方が不可能だ。

 

「だからこそ僕は……僕らはマフィアに復讐し、跡形もなく殲滅したいのです。

 僕らの人生をめちゃくちゃにした奴らを、なぜ生かし続けなくてはならないのですか?」

 

 骸が確かな怒りと軽蔑を見せた瞬間、景色が一気に変化する。

 研究室のような無機質な部屋。そこに響く大きな音と断末魔。一瞬だけ映った犬と千種が無目を丸くして驚く中、今見ている景色に鮮血が飛び散り、赤く赤く染めていく。

 

 「クフフ……やはり、取るに足らない世界だ。全て消してしまおう……。」

 

 沢山の狂人達の躯が辺りに重なり、全てが血に染まった世界で、幼い骸は呟くように言葉を紡ぐ。

 同時に視界の端で固まっていた幼い犬と千種に目を向け、穏やかな声音で話しかけた。

 

 「一緒に来ますか?」

 

 彼の問いかけに、2人が目を見開いたのがわかる。

 しかし、その目には確かな希望が宿っており、2人にとって、ようやく安心できる居場所ができたのだとわかる瞬間だった。

 

 

 

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 自分の置かれていた状況を1人で壊し、犬と千種を連れてエストラーネオファミリーの研究室から逃げ出した後の記憶も見た。

 マフィアに対する強い憎悪……それをぶつけるように利用された人間達の数々や、その憎悪により人生を狂わされた青年の姿。

 骸達が歩いていた道には必ずマイナスの感情と鮮血が残され、次々と命が壊されていく。

 

 エストラーネオファミリーで過ごしていた記憶の時は封じられていた自身の五感は、彼の復讐劇の記憶に触れた時、わずかながらに返されたため、わたし自身も彼の復讐を追体験することになった時はかなり不安になったけど、骸の記憶に刻まれていた憎悪が、わたしにも軽く刻まれたのか、特に精神的なダメージは少なかった。

 まぁ、ランチアと言う人と関わった記憶に触れた時は、ランチアにかなり同情してしまったし、骸にも物申したいことはあったけど、なぜか口からそれが出ることはなかった。

 おそらく、骸が感じていた憎悪をダイレクトに感じ取り、わずかながらに刻まれてしまったせいでわたしの感覚に影響を及ぼしてしまったのだろう。

 多分、ダイレクトな憎悪に触れなかったら、何やってんだとぶん殴っていた気がする。

 

「……とは言え、やっぱりランチアさんには同情してしまうかも。完全に巻き込まれた側の人じゃないか……」

 

「付け入りやすかったんですから仕方ないでしょう。」

 

「確かに付け入りやすいくらいに近くにいた上、すごく優しくて暖かい人だったけど、それをキミが壊してどうする。」

 

「あっっっだ!?」

 

 子供のように拗ねながら、付け入りやすかったから仕方ないと開き直る骸の手の甲を、爪を立てるようにして強く抓る。

 彼が痛みを感じたため、わたしにも物理的ダメージが入ったけど、それはそれ、これはこれ。

 

「うう……自身がダメージを受けるのも関係なしに思いきり抓ってきましたね、桜奈……」

 

「ぶん殴られないだけマシでしょうが。全く……。ちゃんと優しくしてくれる人がいたのに、復讐に全振りして利用するとか、少しくらい冷静になりなよ。」

 

「だって、ランチアはそこら辺にいる人間と全く同じでしたし、マフィアの人間だったんですから、駒に使うくらいするでしょ……い゛!?」

 

「少しは反省しろバカ。せめて利用するなら優しい人じゃなくてクズにしろクズに。

 優しい人が急に狂人に変貌したら誰だって怪しむし、結果的に捕まってるじゃないか。しかも芋蔓形式でキミらまで捕まってるし。」

 

 あまりにもうだうだと屁理屈を言うので、今度は思い切り骸の足を踏んでやった。

 かなりの勢いで踏んづけたからわたしもかなり痛い。でも、これくらいはしてもいいはずだ。

 やってることはあれなんだから。骸の過去を考えたら納得できるけど。

 

「……桜奈。サラッとクズは利用してもいいって言ってますけど?」

 

「え?だったクズなら何やってもクズなんだから変わらないし、用事が済んだら捨てちゃえばいいじゃん。

 それによりどっかで野垂れ死にしようが誰かに殺されていようが元からやってたことがやってたことだから、自業自得ではい終わり。

 裏で操っていた骸達にまで捕縛の手が回る可能性が低くなるでしょ?キミらの情報を吐く前にキミらで始末をつけることもできるし、警戒心が強くても、幻術世界にぶっ込んで、混乱する中で短剣使って傷を作っとけば器も量産できるんだから。

 あ、でも記憶を見るとなると吐き気は覚えるか。だったらクズじゃなくても、欲深くて何かしらやらかしそうなアホを器にしちゃえばなんとかなりそうかな。」

 

「桜奈。桜奈。なんかいろいろとすごいこと言ってますが、自覚ありますか?」

 

「……だって、仮にわたしが骸みたいな力使えて、何もかも壊せるような状態だったら間違いなくそうするし。

 クズと変態って表面は反省したように見せて実際は反省してないじゃん。

 わたしを襲ってきた変態ストーカー3人もそうだったんだよ?裁判でしおらしく反省して謝罪したように見せてたけど、明らかに心の底から反省してないなって目でわかったし。

 むしろ、オレはこんなに愛してるのに、どうしてわかってくれないんだって逆恨みまで秒読みみたいな状態だったよ。

 今ならハッキリとわかる。あいつら絶対反省してない。わたしが死んだって訃報聞いて発狂とかしてるんじゃない?

 もしくは、お前があの世に逝くならオレも逝く、あの世で一緒になろう、的な?それくらいやらかしていてもおかしくないレベルだったよ。」

 

「……そうでした。あなた、とんでもない変態クズ野郎に3回も襲われた人間道2週目の被害者女性でしたね。」

 

「だったらクズを利用して社会的に終わらせる方が楽だと思うんだよね。マジであの変態ども一生地獄で苦しめ。」

 

 吐き捨てるように悪態をつくと、骸が少しだけ考え込むような様子を見せる。

 

「……まさかの悪態に少しだけ驚きましたが、よくよく考えてみれば桜奈の意見も一理あって合理的ですね。」

 

「でしょ?まぁ、油断を誘うならそんなことはしないはずなのに、って思われてる人を利用する方が合理的だけどね。

 だから、骸が打った手も決して間違いじゃないし、一つの正解の形だとわたしも思う。

 ただ、折角優しさを向けてくれる人がいたのに、大切にしようとしてくれた人がいたのに、それを壊して利用したことに関しては、やっぱり思うところがあるかな。

 いくらキミがマフィアを恨んでいるとしても、殲滅を謀っているのだとしても、強い憎悪を持っていたとしても、それだけは、ちょっとしてほしくなかったかもね……。」

 

 “折角、向き合ってくれるかもしれない人だったのに”……と、小さく呟けば、骸がわたしに視線を向ける。

 その表情には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「……確かに、ランチアは優しかったです。孤児だった僕を、弟のように可愛がってくださいましたから。

 あなたの言う通り、もしかしたら彼は僕としっかり向き合ってくれる人だったかもしれません。

 ですが、無理でした。優しさは感じれど、やはりマフィアであることには変わりはなく、信じることなどできません。

 物言わぬ操り人形として使う方が、僕としても気が楽だったんですよ。エストラーネオファミリーの生き残り……ただ、それだけで命を奪われる世界が、僕達の世界だったので。」

 

 骸の言葉に、わたしは黙り込む。それを言われてしまったら、どんな言葉を返したらいいのか、全くと言っていい程にわからなかった。

 確かに、骸がやってきたことは許されるべきことではない。だが、このような状態に陥った根本的な原因が、かつてのマフィアの大人達であることを考えると、許す許さないは別として、少しでもその記憶の苦しみを和らげるために、誰かが側にいて、行動を取らなくてはいけないような気がした。

 

「……わたしも、マフィアになるかもしれないのに、どうして側にいようとするの?信じようと思ったの?キミがこれまで見てきた人のように、酷い人の可能性だってあったはずだよね?

 確かに、今はマフィアじゃないよ。でも、もし、マフィアになるってわたしが言ったら、キミはどうするつもりなの?」

 

 きっと、わたしなら彼の側に寄り添えるのだろう。わたしが彼の記憶を見たから……と言うのもあるけど、何より骸は、わたしと一緒にいる時だけは、嘘偽りのない平穏を満喫する男の子になっていた。

 繋がりから彼に緊張状態がなく、むしろすごくリラックスして過ごしていることがわかっていたから、これだけは断言することができた。

 彼が抱いている本気の想いも、憎悪を軽くするのには十分過ぎる程のものだった。

 

 愛を知らなかったからこそ、憎悪に生きることしかできなかった人……ある意味で、彼も渇愛していたのだろう。

 それを埋めることができたのが、愛を知り、憎悪を知らなかったわたしというのは、どう言う巡り合わせだったのか……。

 でも、わたしがそれを埋めることにより、彼の憎悪が和らいで、穏やかな生活を送るための力になるのであれば、彼がわたしにしてくれたように、わたしが彼に愛情を注ぐことも厭わない。

 

 ……厭わないけど……彼の記憶を見たわたしは、マフィアの世界はこのままじゃダメだと考えている節がある。

 誰かが楔となってまとめなければ、被害者が増え続けるばかりだと。

 

 きっと、骸が言うような組織は、今のマフィア界にあまり存在していない。わたしの直感も言っている。

 だけど、誰かが楔を打てなくては、同じように歴史は巡り、大規模な悪意が生まれてしまうとも伝えてきている。

 それが、どれだけ先のことなのかはわからないけど。

 

 でも、それがわかっているとして、誰がマフィア界に楔を打てる?今のマフィア界に、そのようなことができる人はどれくらいいる?

 ……わたしは、マフィア界の全てを知ってるわけじゃないけど、きっとその数は少ないだろう。

 仮に楔を打てるとしても、長く楔を打ち付けることができる存在はいるのだろうか?

 もしいないとしたら、それは誰が引き継ぐのか?

 

 そこまで考えて出てきたのは、今、楔を打てる可能性があるのは、わたしやディーノさんくらいしかいないというものだった。

 自身が持ち合わせている情報から、ボンゴレとキャバッローネが保有している大きな権力があるのであれば、理論上は可能だという答えが出た。

 ただ、これは理論上と言うだけであって、正解であるとは言い難い。

 

 ……骸に対する質問は、その答えが出たからこそのものだった。

 ある種の自分がマフィアのボスになるかもしれないと言う返答でもある。

 彼に嫌われてしまうかもしれないけど、わたしはこれを言わなくてはならなかった。

 ボスを引き継ぐことは正解なのか……周りにただ歩かされていただけではないのか……自身が歩むべき道は……自分に対する問いかけの答え……それが掴めそうだったから。

 

「確かに、その可能性も十分ありました。ですが、桜奈の精神世界に足を運び、桜奈の記憶に深く触れ、桜奈と共に過ごした僕は、あなたがそのような女性ではないと、すでに確信しています。

 ……ランチアとも、ちゃんと話そうとしていれば、もしかしたら今のように、多少は僕も変わっていたのかも知れません。

 その可能性は否定するつもりもありません。ですが、僕を変えてくれたのは、ランチアでもなければ、犬と千種でもない。あなたと言う、愛を与える桜の花だったんですよ。」

 

 愛おしむような穏やかな声音と、綺麗なまでの優しい笑顔。繋がりから感じ取れたのは、“初めて本気で向き合ってくれた、わたしだからこそ信じた”のだと言う感情だった。

 

「……ただ、今思えば、ランチアはちゃんと向き合おうとしてくれていたような気がします。

 ですが、あの時の僕は、憎悪と疑心暗鬼しか持ち合わせていなくて、それを一蹴してしまった。

 反省なんてものはしていませんし、後悔もそこまでしていませんが、少しだけ冷静になったら違ったかもしれない……とは思いますね。

 でも、桜奈だからこそ、僕はこうして本気で明かせるのだという気持ちの方がどちらかと言うと強いです。

 互いに互いのことが筒抜けだったからこそ、僕も覚悟を決めることができましたから。」

 

 一瞬だけ感じ取れた、惜しいことをしたかもしれないと言う感情。

 しかし、それはすぐにわたしに対する想いに塗り潰されてしまい、完全に骸の中から消えてしまった。

 少しの惜しさを見せていても、骸からするとランチアと言う存在は、本当にその程度の存在だったようだ。

 そのことに対して、いろいろと言いたいことはあったけど、骸らしいと言えば骸らしいため、出そうになった言葉は、寸前のところで飲み込んだ。

 きっと、執着する対象になったわたしの方がかなりの特例だったのだろう。

 彼にとって人間は、その程度にしかならない存在なのだから。

 

 今、それをハッキリと理解することができた。骸が感じているものをそのまま共有されることにより、彼の中にある人間と言う存在がどれ程のものであるのかの位置付けを。

 彼にとって人間は利用する対象で、マフィアはこの世から消すべき対象で、わたしは……わたしだけは、その側に身を置き、あらゆる事象から守り抜くべき愛する対象になっている。

 

「……骸は、わたしのことをこんな位置に置いてるんだね。」

 

「……ええ。そもそも僕は、桜奈以外の人間に、このような感情は抱けません。抱けるわけがないんです。

 どこまでもお人よしで、真面目であるがゆえに無茶をして、それでも僕に寄り添おうとして、どれだけ怖いと思っていても、僕のことを理解しようとしてくれているあなたを、どうして傷つけなくてはならないのですか?

 ……あなたの献身は、もはや魂レベルで刻み込まれたあなたの本質の一つ……それを利用することなど、今の僕にはできません。」

 

「……かつてのキミだったら、わたしの献身なんて踏み躙ってたね。」

 

「そうですね……確かに、昔の僕だと踏み躙って利用していました。でも、今の僕はそれができる程非道にはなれません。まぁ、あなた限定……ではありますけどね。」

 

 内側に広がる愛おしさは、わたしに対する骸の想い。彼の感覚共有により、わたしがどれだけ彼にとっての拠り所となっているのかが伝わってくる。

 同時に、もし、もう少し早く出会うことができたのなら、自分はもっと考えに余裕が持てたのかもしれないという、彼なりのIFも感じ取れた。

 そのIFにはわたしも同意した。もし、もっと早く骸と出会っていたのであれば、優しい人が苦しめられることはなかったかもしれないと。

 

「……過去は二度と変えることができない。人生はリセットできるボードゲームじゃないからね。

 だから、骸がこれまでやってきたことには言及しない。例えどれだけ許せなくても、どれだけ非道で惨たらしくても、あーだこーだ言ったところで変えることなんてできないんだから。

 でも、未来は違う。わたし達が歩く先の未来は、濃霧に隠れた長い道のり。

 いくらでも描いて、色付けて、いい方向に持っていくことも、まともな道を選択することだってできる。

 だけど、キミには少々ストッパーが要りそうだね。まぁ、1人で抱えまくるわたしが言えたことじゃないんだけど。」

 

 これまでの自身を省みて、1人で抱えるのが当たり前であるかのように行動を取り、自滅したことを思い出しては苦笑いをこぼす。

 骸の感覚の共有のせいで、彼から見たわたしがどれだけ無茶をしていたのかを再認識してしまったのだ。

 あの時、現状を壊していく気概があったのであれば、自ら命を投げ捨てる必要性もなかったはずだったのだから。

 骸はわたしにそれを教えようとしていた。全てを受け入れ、抱えるのではなく、時には確かな反発を以って現状を破壊するように行動を取る……確かな自我の成立、自我の目覚めを、彼はずっと促していた。

 

「……ありがとうね、骸。わたしの自我を起こしてくれて。」

 

「ようやく理解したんですか?そうですよ。あなたは自我を殺し過ぎていたんです。

 自我を殺すことなく生きていれば、あなたもあそこまで無茶をして、壊れる道を辿ることなどすることもなかったんですから。

 時には全てを壊すことも必要ですよ。不要だと思うならば一旦全てを壊して、新しく作り上げればよかったんです。

 だから、自分のために生きてくれと、周りに言われたからそうするのではなく、自分で選んだからそうするようになったんだと、自らの意思で道のりを歩いてほしいと伝えたんです。

 その過程でマフィアになると言うのであれば、僕は止めたりしません。覚悟があるのであれば、僕はあなたの隣に立ち、その穏やかな心を守ります。

 ですが、これまでのあなたはあまりにも酷すぎた。どこにもあなたの意思はなく、ただそれを望まれたからとその道に足を踏み入れて、水流に流されるクラゲのようにずっと過ごしていた。

 正直言って、それには嫌悪感しかありませんでした。周りの言いなりになって、自らの手で変えようとしないあなたのことは、少々頭を疑ってしまう程に、最悪でしたよ。」

 

「……言葉も返せないね。客観的に見ると、確かにこれまでのわたしは、あまりにも自我がなさすぎた。」

 

「そうでしょうね。だから僕は、あなたに目を覚ましてほしかったんです。

 まぁ、目を覚ましたとしても、あなたの献身体質は元からあった性質のようですし、それは僕も否定しません。

 なんせ僕もそれに救われた身。こうして僕を知り、理解し、受け止めようとしてくれる人がいるのだと知るいいきっかけになりました。

 まぁ、あなた以外の人間には、このように心は許せないでしょうけど。

 ……でも、1人だけこうして僕の理解者がいると言うのは、不思議と気持ちが楽になります。

 僕も、少しだけ抱え過ぎていたのかもしれませんね。これは少しだけ反省しなくては。」

 

 穏やかな声音で、自身の思ってることを吐露する骸に、わたしは静かに視線を向ける。

 彼が纏っている今の空気は、不思議と春の訪れを知らせるかのように、どこか暖かくて軽いものだった。

 

「……桜奈。マフィアになると言うことは、僕のような闇と相対することも意味します。

 だから、今一度、よく考えてみてくれませんか?本当にマフィアのボスになるべきか否かを。

 それにより出た答えを、僕はちゃんと受け止めます。マフィアにならないと言うのであれば、どこまでもあなたを逃がしましょう。

 あなたの手を取り、木枯らしのように全てを攫い、誰にも捕まらないように、遥か遠くまで連れて行きます。

 マフィアになると言うのであれば、どこまでもあなたの側に寄り添いましょう。

 あなたの心が壊れてしまわないように、あなたの心が傷つけられないように、ずっと隣で守り続けます。

 あなたがどのような道を選ぼうとも、そこにあなたの確かな自我が存在しているのであれば、僕の全てはあなたと共に。

 ですが、可能であれば……マフィアのボスにならないでください。あなたの優しさや心が壊されていく姿を、僕はもう見たくありませんから。」

 

 

 

 

 




 小鳥遊 桜奈(沢田 奈月)
 骸の記憶に触れ、マフィアの闇を知った10代目候補。
 骸が感じているもの全てをダイレクトに共有されていたためか、その精神に骸の憎悪や怒りを刻まれてしまったが、桜奈としての自我が確立されているからか、初めて見たランチアと言う巻き込まれ事故の被害者に対してかなりの同情を向け、悪びれもなく利用したことを暴露してきた骸に軽くお仕置きをした。自分も物理的にダメージを受けた。
 骸を通じ、ようやく自分がどれ程やばいことになっていたのかを知り、反省する。
 今のマフィア界にエストラーネオファミリーのような組織が二度と生まれないように、誰かが楔を打たなくてはならないと考えており、どうすれば長年楔を打ち続けることができるのかを思案する。

 六道 骸
 真っ直ぐと六道骸に向き合う桜奈の姿を見て、世の中にはこのように自身の全てを受け止めようとする人間もいたのかと、その献身に救われた少年。
 彼女との会話から、かつて自身が利用して切り捨てたランチアも、もしかしたら少しでも話せばこのように向き合ってくれたのかもしれないと少しだけ惜しんだ。
 自身の感じているものをダイレクトに浴びたことにより、ようやく桜奈が彼女自身の異常性に気づいてくれたので、溜息を吐いた。遅過ぎる。
 自我を伴った上の選択であれば、マフィアになろうとなるまいと、その全てを守り抜くと断言するが、やはり本音としては、かつての彼女の記憶巡りをした時のように、優しさとその心が壊されていくのを見るだけしかできないという無力感を浴びたくないから、ボスにならない道を選んでほしい。


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