【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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 私達の、長いようで短かった旅が、ひとつの終わりを迎えた。
 結束バンドの大切な仲間が、私の大切な人が、明日ここから巣立つ。
 
 これで終わりなんかじゃない。1回目のサヨナラかもしれないけど、私達が進む先で再び逢える事を、私は願う。

 今日のライブは、そんな祈りを込めたライブ。
 
 私とカズ君が、それぞれの道を進んでいく為のお別れの儀式。そして、再会の約束を祈る最後のライブだ。



 ああ、言い忘れていた。

 これは、私が知らなかった音楽を歌って、最高のロックンローラーを目指す物語だ。





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 ――12月。

 結束バンドの初ライブを終え、合唱コンクールも終わった。が、結束バンドのメンバーが初ライブからようやく全員が集まって顔を合わせることができたのは、11月も終わり12月初旬の土曜日だった。街にはクリスマスムードが漂い始めた日の事である。

 初ライブの後の楽屋で後藤が結束バンドに入りたいと言ってくれて、でもその後彼女は夏場のコンクリートの上に落ちたアイスみたいに溶けてしまったせいでしっちゃかめっちゃかだった。今後の活動方針とか色々話すべき事はたくさんあったのだが、後藤が人型に戻れた時には夜の8時を越えてしまっていて、迎えに来た後藤パパにそれとなく注意されてしまい、それ以上話を交える事はできずに結局慌ただしく連絡先を交換するだけでその日は解散となった。

 何度も言うが、僕と喜多、そして新しく加入する後藤ひとりも2月に受験を控えた中学三年生だ。受験勉強で忙しい上、おまけに後藤ひとりは神奈川在住。気軽に下北沢に来れる距離ではなかった。

 結局、いつ集まれるかLINEで予定を確認しながらすり合わせていたら、集まれたのはライブから一か月も経ってしまった頃だった。

 そして今日はようやく、久々に結束バンドのメンバーが勢ぞろいでのスタジオ練習の日だ。

 待ち合わせの約束は午後からだったが、この日ばかりは僕も喜多も午前中からSTARRYに集まっていたし、リョウさんと虹夏先輩もバイトのシフトを店長さんに頼んで空けてもらっていた。

 あの日のライブの熱はさすがにひと月経った今は落ち着いているが、忘れた訳じゃない。ひと月経った程度で風化していく物ではない。後藤ひとりが加わった、新しい結束バンドの演奏。それを僕達全員、楽しみにしていたのだ。

 

「ひとりちゃんいらっしゃーい!久しぶりだね~!」

「あっあ、虹夏さん……お久しぶりです……」

 

 ひと月振りにSTARRYにやってきた後藤ひとりを、虹夏先輩が嬉しそうに出迎える。LINEではほとんど毎日連絡を取り合っていたが、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。

 人付き合いが苦手そうな後藤も少し嬉しそうに顔を綻ばせている。

 

「虹夏でいいって!これから同じバンドメンバーなんだから、そんなかしこまらないでよ!」

「同じバンドメンバー……うぇへへ」

「カズ君も、ひとりちゃんの出迎えありがとうね……ってどうしたの、そんなに疲れた顔して」

「ああ、まあ……でかいモチが二つあったというか……なんというか、ね?」

「?」

 

 前回のライブは親に車でSTARRYまで直接送ってもらったらしいが、今日は電車で来たらしい。なので今日は僕が駅まで迎えに行ったのだが……。後藤曰く、「下北沢と言うお洒落タウンに慣れていない」と言い訳する彼女に後ろから引っ付かれて無駄に体力削られた。あと、背中に引っ付かれた時妙に柔らかくて精神力も削られた。後藤、君は着痩せするタイプだったんだな……。

 ていうか後藤に何故か懐かれているのが少し解せない。ライブで彼女を挑発してた僕としては、嫌われる事はあっても好かれる理由はないと思っていたのだが。

 ちなみに後で理由を訊いてみたら。

 

「えっと……虹夏ちゃんはすごい明るいですし、リョウさんは少し近寄りがたいですし、喜多さんは陽キャですし……カズさんなら、まあ……って感じで、え、えへへ。すみません」

 

 つまり他の3人には自分からは絡み難く、八方塞がりだった所に比較的陰キャっぽい僕ならまだ絡みやすいと踏んで僕を選んだわけだ。複雑。

 

「あ、やっと来た」

「後藤さん!久しぶり、待ってたわ!」

「あ、き、喜多さん……山田さん」

「リョウでいいって。LINEでそう言ったじゃん」

「あ、はい……リョウ先輩」

「それでヨシ」

「私は喜多で良いわよ後藤さん!これからよろしくね!」

「あう、眩しすぎるぅ……!」

 

 虹夏先輩の声を聞きつけて店の奥から喜多とリョウさんがやってくる。

 

「……」

「? どうしたの、カズ君」

「ああ、いや……なんでもない」

 

 後藤にはあって喜多にはないもの。この手の話で下手にいじれば僕が殺されかねないので、静かに口を噤んだ。

 

 まあ、何はともあれ。

 こうして本来の結束バンドが、僕の前にこうして姿を現したのは、なんだかとても感慨深い。

 

 ボーカル兼リズムギター、喜多郁代。

 ベース、山田リョウ。

 リードギター、後藤ひとり。

 ドラムス、伊地知虹夏。 

 

 僕?マネージャー兼プロデューサー兼シンセ担当ですが?

 え?僕だけ負担でかすぎ?それは僕もそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりにこうやって集合できたのはいいけど何話せばいいか分かんないや!」

 

 結束バンドがいつも占拠しているテーブルに着くと、少し困ったように笑いながら虹夏先輩が言った。

 

「LINEで連絡取り合ってはいたけどまだひとりとは全然仲良くないしね」

「リョウさん、身も蓋もなさすぎですよ」

「すみません新参者の私が皆さんの輪を乱してしまって……!」

「後藤さんはまだ入ったばかりだから仕方ないわよ」

「それはそう」

 

 喜多の言う通り、既に関係性が出来上がったグループに入るのは、後藤じゃなくても多少気後れするものだ。それを見た虹夏先輩は「まずは親睦を深める為に雑談タイムとしよう!」と宣言した。

 まずは互いを知る事から。LINEのグループチャットである程度会話はしているが、それでも後藤と僕達はまだ互いをよく知る仲じゃない。スタジオが空くまで時間はあるし、ちょうどいいだろう。

 

「カズ、こういう時何を話せばいいと思う?」

「笑えばいいんじゃないっすか」

「カズ君適当な事言わないの!リョウ、こういう時はあれがあるじゃん!」

「ああ」

 

 虹夏先輩がそう言うと、リョウさんと二人でSTARRYの倉庫の方へ何かを取りに行った。

 

「……カズ君、アレって何?」

「……さあ?」

「?????」

 

 僕や喜多もSTARRYに練習の為に通い詰めて大分長くなるが、虹夏先輩が言う『アレ』が何なのか全くわからなかった。

 しばらくすると先輩達は大きなサイコロのような物を持って来た。

 

「じゃじゃーん!」

「ライオンのサイコロじゃないっすか」

 

 そこには6面それぞれにトークのお題が書かれたあのサイコロがあった。なんであるんだよライブハウスに。

 

「なんでそんなのがあるんです?」

「誰かの忘れ物だよ多分。ずっと倉庫にあったから、せっかくだからこれ使おー!」

 

 虹夏先輩がリョウさんからサイコロを受け取るとコロコロと床にサイコロを転がした。

 なんか今バンジージャンプとか見えたけど……まあいいか。

 

「何が出るかな♪何が出るかな♪」

「ダダダダイスの言う通り~♪」

 

 何回かサイコロが床を転がると、出てきたのは『あだ名』と言うお題だった。

 

「あだ名の話~!」

「ハイドウゾ」

「えっ」

 

 リョウさんに突然話題を振られた後藤はあわあわとしながらやがて口を開いた。

 

「え、えっと、あだ名と言えば……カズさん?」

「おー、そういえば私達の中であだ名呼びされてるの、カズ君だけだったねえ」

 

 リョウさんの雑なパスを後藤はなんとか返し、それを虹夏先輩がファインプレーで拾った。

 

「昔からカズ君のあだ名ってずっとカズ君だったわね。確か幼稚園の頃からだったかしら?」

「あ、喜多さんとカズさんって……」

「そ!幼稚園の頃からずっと幼馴染なのよ!」

「ちなみにリョウと私が幼馴染ね!でもあだ名とか付け合う感じじゃなかったね」

「そうだね」

「ちなみに喜多の事を当時は郁代ちゃんって呼んで――いってぇ!」

「カズ君?私の上の名前は?」

「き、喜多です……」

「下の名前は?」

「喜多です」

「よし」

「あー……喜多さんとカズさんって?」

「大丈夫だよひとりちゃん。ああ見えて仲良しだから!」

「そ。幼馴染特有のコミュニケーション。気にしたら負け」

「えぇ……」

「後藤さん、私の事は喜多喜多でお願いね!」

「アッハイ」

 

 なんだかんだ、現役の女子中学生と女子高生。一回始まれば話題が気持ちいいぐらいにどんどん連鎖して行く。

 よかった。この調子なら仲良くなるのもそう時間は――

 

「ひとりちゃんはあだ名はあるの?」

「あ、が、学校だと『あの』とか『おい』でした」

「あだ名の話しゅ――りょ――!!」

 

 ならなかった。

 

「ひとりはあだ名なかったの?」

「あ、はい……友達って呼べる人いなくて……」

「なんだか涙が出てきた……」

「後藤さん……これから結束バンドでたくさん思い出作りましょうね……!」

 

 楽しい会話が急に哀愁溢れる展開に。

 ちょっと前に後藤に昔話を聞かされた僕みたいな反応してるよ。リョウさんは全然気にせず会話を続けてるけど。

 

「じゃあ私がひとりにあだ名を授けて進ぜよう。えっと……ひとり……ひとりぼっち……ぼっちちゃんは?」

「デリケートな所をずかずかと踏むなお前な」

「ぼぼぼぼ、ぼっちです!!!」

「今日イチ嬉しそうな顔じゃん……」

 

 こうして後藤のあだ名が『ぼっち』に決まった。

 いじめか?

 ちなみに僕と喜多は「同い年の自分達が呼ぶとなんか悪口っぽいし」と言う事で苗字呼びになった。

 

 それから何回かサイコロで話題を出しては雑談トークで時間を潰す事になった。

 

「次、私が振ります!そ~れっ!」

 

 二投目、喜多がサイコロを振るとお題は『学校の話』になった。

 

「略して~!」

「「ガコバナー」」

「が、ガコバナー……」

 

 学校の話……学校の話かぁ。なんだかまた後藤の地雷を踏みそうな話題だなぁと僕が考えていると、リョウさんが喜多に質問を投げかけてきた。

 

「郁代、そういえば今年の合唱コンクールはどうだった?」

「もちろん、優勝できましたよ!」

 

 喜多が嬉しそうに報告すると、虹夏先輩と後藤がパチパチと拍手をしてくれた。

 

「おーすごいすごい!二連覇だなんて喜多ちゃんやるねぇ!」

「お、おめでとうございます……」

「二連覇とは、さすがだね。カズもよくやった」

 

 3人がそれぞれ嬉しそうに祝ってくれて、僕と喜多も思わず笑みが零れる。

 糞忙しいスケジュールの中練習頑張った甲斐があったな……!

 

「えへへ。と言っても、今年は私はボーカルはやらなかったんです。普通にJ-POPをアレンジした合唱で、ソプラノパートで歌ったんです」

「そうなの?今年もロックを歌うと思ってた」

「私もー。今年も合唱曲はカズ君が選んだの?」

 

 意外そうに問いかけてくる虹夏先輩に僕は頷く。

 

「去年、僕達のクラスがSomebody To Loveで優勝したじゃないですか。だから洋楽か激しい曲を選ぶクラスが滅茶苦茶多くて。だからあえてJ-POPにしたんです」

「なるほどー……」

 

 去年の僕達の優勝を知っている二年生、三年生のクラスが選んだ合唱曲はほとんどが洋楽だった。洋楽を選ばなかったのは今年入学したばかりの一年生だけ。

 どのクラスもハイレベルだったが、その中で特に印象に残ったのは前回2位だったクラスの合唱だった。彼らはQUEENの『We Will Rock You』を選んで見事にステージの上で歌い切った。ピアノをあえて使わない思い切った編成で、40人分のハンドクラップと足踏みは圧巻とも言える程の大迫力で僕も聴いてて圧倒されてしまった。『洋楽でロックで合唱するならSomebody To Loveしかない!』と思い込んでいたが、『We Will Rock You』はまさに目から鱗だった。やはりQUEENは神。

 ちなみに噂によると僕達のクラスと大接戦だったらしい。おかげで今年の合唱コンクールも非常にレベルが高い催しになったと保護者の人達からも大好評だったんだとか。

 

「私も聴きたかった。動画撮影してないの?」

「あー、今年は撮影禁止になったんです。去年バズって不審者が学校の周りに出たから、ネットにアップロードをされるのを未然に防ぐ為にスマホの使用は厳禁になったんですよ」

「えー、私も聴きたかったー喜多ちゃん達の合唱!」

「わ、私もちょっと聴いてみたかったです……」

「ごめんなさい!学校側が雇ったカメラマンが撮影していたみたいなんだけど、映像は卒業前に配布されるみたいで……」

「希望者にはDVDが配布されるみたいだけど、届くのは三か月先みたいですね」

 

 その言葉に、虹夏先輩と後藤が分かりやすく肩を落とした。

 よく考えれば、このメンバーは僕と喜多を除いて全員が合唱コンクールの動画をきっかけに僕達の事を知っていたんだよな。

 僕としても、今回の合唱も滅茶苦茶出来が良かったのでこの三人に届けられなかったのは少し心苦しかった。大体あの自称十七歳の反町隆史ファンライターのせいである。

 

「ならカズ君、後で一緒にデュオしましょうよ!カズ君が伴奏で男子パートで、私がソプラノパート歌えば!」

「おーいいねぇ、喜多ちゃん天才!カズ君、後で歌ってよ!お姉ちゃんに頼んでステージ貸してもらうからさ!」

「えー……」

「露骨に嫌そうな顔!!」

 

 女子とデュオ、しかも喜多と一緒に歌うの?

 そりゃ、ここ最近ずっとシンセを練習していたし、指揮者ついでに合唱の練習には参加していたから歌えるし弾けるが、だからと言ってこの三人の前でやりたいかと言われればNOである。宇多田ヒカルを弾かされるよりはまあ大丈夫だと思うけど……やっぱ嫌だわ。

 

「えー、私聴いてみたーいカズ君と喜多ちゃんのデュエット!」

「私も歌いたいわ!カズ君一緒に演りましょうよ!」

「えー……嫌どす」

「「おねがいおねがーい!」」

「我儘を言うんじゃありません」

「頑なだね、カズ」

「(カズさんすごい……私あんなに詰め寄られたら断れる自信がない……)」

 

 その後、虹夏先輩と喜多に滅茶苦茶駄々を捏ねられたが僕は無視して3投目のサイコロを振った。

 

「えーっと……音楽の話」

「略して~?」

「音バナー!」

「お、おとばなー……」

 

 3投目にしてようやくバンドらしいと言えそうな話題が出てきたな。個性と好みがそれぞれ違うこの4人でも、音楽という共通の話題があれば会話もしやすいだろう。

 

「じゃあ最近聴いている自分のブームとか言ってく感じでいいんじゃないですか?」

「いいねえ、さすがカズ君!それ採用!」

「じゃ、虹夏から言って」

「いいよー。私はねえ、最近『宇宙コンビニ』の曲がマイブーム!」

「あ、僕がこの前教えたバンドですね」

「私はクラシックのドビュッシーの『ベルガマスク組曲』辺りかな。聴きながら作業するととてもはかどる」

「あ、僕がこの前教えたクラシック曲ですね」

「私はColdplayとか、この間カズ君に教えてもらった宇多田ヒカルが今のブームで……って先輩達がカズ君に汚染されてるっ!!」

「汚染って言うな」

「(喜多さんも大概なのでは……?)」

 

 失礼な。僕は純粋に自分のオススメ曲を教えただけだ。あわよくば毎日延々とリピートして欲しいなとか思ってない。ないったらない。

 

「あははー、見事にカズ君に影響されちゃってるね私達……えっと、ぼっちちゃん?」

「あ、はい!」

「そういえばぼっちちゃんと横浜で会った時、『青春コンプレックスを刺激する歌』が苦手って言ってたけど、実際はどんな歌がNGなの?」

「「青春コンプレックスを刺激する歌?」」

 

 喜多とリョウさんが不思議そうな顔をして首を傾げる。

 

「あ、えっと……」

 

 後藤も上手く言葉にしにくいのか、しどろもどろとしている。するとリョウさんが手をぱんぱんと叩いて僕を呼んだ。

 

Hey Kazu*1

「リョウさん、僕はSiriじゃないんですけど」

「古今東西、青春コンプレックスを刺激する歌と言えば?平成のJ-POP縛りで」

「え?唐突の山手線ゲーム?えーっと……Whiteberryの『夏祭り』」

 

 唐突に話題を振られて驚いた僕は、反射的にふっと頭の中に沸いた曲名を口に出す。

 その瞬間、後藤は急にじめじめとしたオーラを纏い始めてぶつぶつと呪詛を吐き出し始める。

 

「夏祭りなんて家族と以外行った事ないのに私に一体どうしろと……。夏が近づくと平成生まれの人はこれリクエストしたがるの何……」

「サスケの『青いベンチ』」

「この曲聴いたカップルは破局するだなんて絶対嘘……試しにこの曲カバーしたら皆こぞってアオハルエピソードコメントに叩きつけて来て私を殺しに……この声が枯れるくらいこの曲が嫌いだって言えばよかったんだ」

「ミスチルの『シーソーゲーム』、湘南乃風の『純恋歌』、GReeeeNの『キセキ』、RADWINPSの『スパークル』」

「お、え、あ、う゛ぇえ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 僕が適当につらつらと曲名を上げ続けると後藤は限界を超えたのか発狂した。

 

「えぇ!? 後藤さんが一瞬で干からびて亡者みたいに!? 待って後藤さん、死なないでー!」

「お労しや、ぼっち……人間性砕いて亡者から蘇生させなきゃ……。カズ、人間性ちょうだい」

「ここロードランじゃないんで無理です」

「干からびちゃってるけど、スポドリぶち込めばなんとかなるかな……」

「私以外皆凄い適応してる!?」

「固形物の分、割とまだマシな方だよ多分」

 

 人間性(スポドリ)を後藤に注入し、なんとか生者に戻したのだが正気度チェックに失敗したらしく、蘇生した後も彼女はぶつぶつと何か独り言をつぶやき続けていた。

 それは呪詛染みたつぶやきで正直怖かった。女の子がしていい顔じゃないよアレ。

 

「青春時代のうっ憤を叩きつけた歌詞は大好物……でも好きなバンドが学生時代から人気者だったなんて知ったら急に遠い存在に思えてくるし……」

「お~い、ぼっちちゃ~ん?」

「ロックとは負け犬が歌うから心に響くのであって成功者が歌えばそれはもうロックではない……美しき負け犬よ……いったいどこに転がり落ちれば……」

「正気に戻ってよぼっちちゃーん!おっかしいなぁポカリなのがダメだったのかな? 3人も、ぼっちちゃんを元に戻すの手伝ってよ~!」

「ぼっち、まさしく『Beautiful Loser(美しき負け犬)』だね。なんとなくだけど、ギターヒーローのカバー動画でColdplayとかの曲が凄い良かった理由が分かったよ。納得」

「あ、リョウ先輩、今の歌詞ってひょっとしてボブ・シーガーですか?」

「そうだよ。郁代もよく勉強してるね」

「えへへ……リョウ先輩に褒められちゃったわよカズ君!」

「僕が教えた曲だし、無い胸張る事かよ?……イッテぇだから叩くなって!」

「おぉ~~い!皆結束してよぉ~~!」

 

 なんてカオスな光景なんだ。こんなのがきらら漫画の主人公達ってマジ?ジャンプか何かのギャグ漫画じゃないの?

 喜多に殴られながら僕はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

「青春コンプレックスを刺激する曲ってのが何かはなんとなく分かったけど、じゃあぼっちちゃんは逆に何の曲が好きなの?」

 

 10分ほどかけて後藤を正気に戻し、虹夏先輩は脱線した会話を無理やり線路に戻した。

 すると彼女はしばらく恥ずかしそうに俯いてもじもじしながら、やがて小声でぽつぽつと話してくれた。

 

「リンキンパークの『Numb』とかSUM41の『No Reason』……あとフォールアウトボーイの『My Songs Know What You Did In The Dark』が今一番好きな曲です……」

「「「おぉ~~!」」」

 

 後藤ひとりの口から挙げられたのは、王道と言ってもいい程の人気ロックバンドのキラーチューンだった。ハードロックの中でも代表的なバンドで、彼等が生み出した曲の中でも特に多くの若者の心を鷲掴みにした激しいサウンドが特徴的な名曲達だ。

 

「さすがギターヒーロー!王道を往くロックじゃん!私もフォールアウトボーイ好き~!」

「いいセンスしてる。どちらかと言えば男子中学生のセンスだけど」

「う、うぇへへへ……ありがとうございましゅぅ……えへ、えへへへ」

 

 虹夏先輩とリョウさんが後藤のセンスに共感するように頷いている。後藤も自分のセンスを誉められて顔をゆるゆるにして嬉しそうに笑っていた。

 

「……フォールアウトボーイ……? リンキンパーク? SUM41は知ってるけど……えー……また知らないの私だけ……?」

 

 対して喜多はちんぷんかんぷんとでも言いたげに疑問符を顔に出していた。その表情はどこか寂しそうで悲しそう。やっぱり普段コミュ力つよつよな喜多が会話についてけないの、マジで珍しくて面白いな。

 そういえば喜多にはいろんな曲を聴かせてきたけど、ここ最近は口が悪くなり始めた喜多の情操教育の為にハードロックはあまり聴かせないようにしていた。

「あとでCD貸してあげるよ」と他の3人に聞こえないようにこっそりと言ったら喜多の表情はぱぁっと明るくなった。嬉しそうで何より。

 

「ぼっちも洋楽イケるとは。同志が増えるのは良い事」

「うぇへへ。で、でも英語は得意じゃないから、ネットの和訳頼りな所があるんですけど……。ギターが激しい曲は自分にとってもいい勉強になるし、とにかくカッコいい曲を弾くのが好きなんです……」

「なるほど~!いいねぇ、私達もいつかフォールアウトボーイの曲演りたいね!他には他には?」

「え、えっと。wowakaの『アンハッピーリフレイン』とか……」

「おぉ、ボーカロイドの!ぼっちちゃんはカズ君やリョウとはまた別方向に守備範囲広いねえ」

「ひ、『悲愴感』とか」

「え?」

 

 ん?流れ変わったな。

 

「ひ、平沢進の『夢の島思念公園』とか……」

「いやいやいや、ぼっちちゃん中三でしょ!? なんで平沢進なんて出てくるの!?」

「ぼっち、まさか師匠*2を出してくるとは私も驚いたよ……」

「まさかここで平沢進の名前を聴く事になるとはびっくりした……いや悲愴感とかもそうだけどね?」

「えー……フォールアウトボーイからいきなり平沢進が出てくるなんて、すごい独特だなぁギターヒーローさん……」

 

 まさかのチョイスに僕達3人は後藤に思わず慄いた。これがギターヒーローの選曲……。天才は変人だと言う話はどこかで聞いたことがあるが、やはり音楽の趣味には人柄が滲み出る物なのだろうか。

 

「平沢進……?悲愴感……?」

「……喜多は聞かなくていいから」

「なんでよ!?」

 

 唐突な裏切りに僕の肩を掴んでがっくんがっくんと揺らしてくる喜多。

 いや違うんだよ。師匠の曲が悪いんじゃなく、師匠経由で今敏のアニメ作品やベルセルクを観られるのが嫌なんだよ。

 あの天才達の技術と師匠の歌唱力によって創り上げられた独創的な作品達を喜多に観せたらどんな影響が出るのか分かったもんじゃない。

 悲愴感は……別に必修項目じゃないからいいでしょ。

 

「ヘヘ……バラエティ番組の名曲*3だって知ってお昼の放送にリクエストしたのに……誰も知らなかった……あぁぁ……私の黒歴史。ひそうかーん……ひそうかーん……おーねがいしますぅ……」

「死んだ目で悲愴感歌われると哀愁がやばいな……マイナスターズとか上地雄輔の『ミツバチ』とかならまだウケてたかもしれないのに」

「がんばんべ、踊れぼちバチ」

 

 ワチャカナドゥ。

 ここまで悲しくなる悲愴感を聴いたのは前世から通して生まれて初めてだ……。あれどちらかと言えば笑えるネタ曲なのに。

 

「大丈夫だよ後藤。ここにも50年近く前の曲だと知らずにトーキングヘッズを昼の放送にリクエストした自称トレンドガールの中三女子がいるから」

「やめてよカズ君!私の黒歴史を後藤さんに話さないで!」

「な、仲間がいた……!」

「ご、後藤さん……!そのことは本当に恥ずかしいから仲間を見つけた子犬みたいな目をしないで……!」

 

 明らかな陽キャの喜多にも似たような黒歴史があると言うことが分かった後藤は嬉しそうに目を輝かせていた。

 

「郁代もぼっちと上手くやっていけそうだね」

「上手くやれてるのアレ」

「……ま、なんとかなるでしょ。面倒だったら全部カズに任せればいいし」

 

 勘弁してよ。イロモノ(喜多)だけでも手一杯なのに、更にイロモノ(後藤)の面倒を見ろとか。過労死させる気か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音楽家の練習――特に、バンドやオーケストラの楽団と言った、複数人で演奏するミュージシャン達の練習方法は、至って単純。メンバー全員で集まって練習する事だ。

 個々の技術向上や暗譜などは基本的に各自で時間を作って自主練習をし、スタジオに集まれる時は通しで何度も全員で合わせて練習をするのが基本になる。スタジオで音を合わせながら改善点を見つけて修正していくのだ。

 結束バンドはライブハウスの身内と言う事でスタジオを格安で借りることができているが、それでもレンタル料金は馬鹿にならないので毎日スタジオに集まって練習するのは懐事情的に厳しい。それに暗譜や基礎練習までわざわざみんなで集まって行うのは効率的とは言い難い。先輩達とは学校も学年も違うし、毎日集まれるわけじゃないしね。

 そこで僕とリョウさんが意見を交えてどう練習していくか相談した結果、週ごとにメンバーが持ち回りで好きな曲をリクエストし、練習していくと言うバンドのルールが生み出された。

 毎週、僕と喜多と虹夏先輩とリョウさんの4人がローテーションでその週に練習したい曲を選び、平日は各自でそれぞれ自主練習。土曜日にSTARRYに集まり、スタジオを借りて通しで練習をして、日曜日に録音と撮影を行って動画投稿をする。1日で合わせをしただけじゃあまり完成度も高くはないが、これぐらいのペースで回していった方が技術が向上する、と言うのがリョウさん談。

 本来なら1,2曲ぐらいの数に絞って練習していった方がいいのだが、今の結束バンドの……特に虹夏先輩と喜多の技術を伸ばす為に、まずは質より数をこなしてレパートリーを増やしていこうと言う方針だった。

 

「そもそも、今の私達に必要なのは基礎的な技術力。前にも言ったじゃん、カズ達が高校に上がるまで、各自のスキルアップに時間を使うって。動画投稿はあくまで結束バンドの知名度を上げる為の下準備と、私達の課題を見つける為の客観的な材料だよ。もちろん広告がつければ万々歳だけど……」

「欲望が明け透けですね……」

「それに、不特定多数に評価されるのって凄い意識が変わるよ。人に見られて聴かれること程、成長につながる経験はないと思う。だからどんなに下手でも、週に一曲、無理やりにでも形にして動画を撮ろう」

 

 ――そうじゃないと、ギターヒーローに追いつけない。

 

 これが今現在の結束バンドの基本的な練習スケジュール。過密的なスケジュールだが、それでも毎日何かすることがある、打ち込める事があると言うのは良い事には違いない。

 僕と喜多は、受験勉強と併行してギターを自主練習していく事になる。喜多はボーカルとしては確かな才能を持っているが、ギターの腕前は初心者の域を出ていない。更には受験勉強で時間も限られている。

 故に、必然的に彼女と共に過ごす時間が多い僕が、彼女にギターを教える役目となっていた。以前は彼女にギターを教えるのを頑なに避けていた僕が結局こういう形に納まるのは、ある種の運命だったのかもしれないと今は思う。

 学校にいる間は休み時間を利用してギターの基礎練習。昼休みなどの長い休み時間は昼食を取りながら音楽室で通しの演奏。偶に僕がアコギを弾いて彼女が歌う簡単なライブをクラスメイト達に聴かせたりした。

 僕や喜多が受験勉強もギター練習も真剣にしているとクラスメイト達は知っているので、彼等も受験勉強の息抜きにと、喜多の腐れ縁である佐々木を筆頭に、頻繁に音楽室にやってきてくれる。中には噂を聞きつけた下級生の後輩達がおそるおそると覗きに来て、音楽室の隅で僕らの歌を聴いてくれた。……その中の何人かが女子の後輩で、僕にラブレターを渡してきたりとかで喜多が拗ねて色々悶着があった事は、省略しておく。

 とにかく彼女のギターはまだまだお粗末だが、それでもボーカルとしての能力は申し分はないし、何より「人に聴かれている」と言うプレッシャーは彼女の向上心を上手く刺激してくれている。元々人前で何かを披露する事を好む喜多は、自分の演奏を喜んでくれる事に楽しさを見出してくれるタイプだった。おかげで少しずつだが、着実に喜多の演奏は上手になってはいる。

 

「演奏が終わった後、綺麗だったとかまた聞きたいって言ってもらえるのが本当に嬉しいの!」

 

 そう嬉しそうにキターン!!と笑う喜多には目を焼かれるかと思った。サングラスがなかったら即死だった。

 

「そ、それにね?カズ君が毎日ちゃんと二人っきりで教えてくれるのが嬉しいというか、カズ君が教えてくれるから頑張れると言うかなんというか……

「……いいからちゃんと練習しろよ下手糞――イッテェ!!!」

 

 顔を赤くしてそんな事照れ臭そうに言わないで欲しい。いや本当に。ここ最近の喜多の『Killer Queen(男殺しの女王様)』っぷりはますます磨きが掛かっていて怖い。

 自覚してるのかそれとも天然なのかは知らないけれど、我がクラスの男子達を刺激するような事を言わないでくれ、殺気がやべーことになってるから。

 放課後になったら喜多は僕の家に来て、少しギターに触れた後、CDを何曲か流しながら一緒に受験勉強。ここでも彼女は真剣だ。バンドを続けていく条件として、『成績を落としてはいけない』と喜多母と約束したからだ。

 音楽も勉強も両方頑張って、お母さんに認めさせる。

 受験シーズン中の中学三年生がギターに熱中するのは、親から見たら大丈夫かと不安になる事も多いだろう。かなり強い口論になった事を喜多が何度か話してくれたし、喜多母からも僕に何度も『本当に大丈夫なのか』と相談された。

 けれどその度に「僕が絶対に支えていきますから」と返したらよかったあの子は安泰ねお赤飯焚かなきゃとか言っていた。マジでやめてほしい。

 

 ――4曲。

 

 結束バンドが初ライブを終えて、僕達が練習してとりあえず形にしたレパートリー。同時に、僕達がこの一か月でチャンネルに投稿した動画の本数でもある。『Hey Jude』と『Can't Find My Way Home』を含めればまだ6曲だ。

 

 ――9曲。

 

 1か月の間に、ギターヒーロー……もとい、後藤ひとりがチャンネルに投稿した演奏カバーの動画の数だ。

 僕達の約2倍のペースで、彼女はギターを練習し動画を投稿している。いくらソロで活動しているから小回りが利くとは言え、投稿速度としては滅茶苦茶早い方だ。

 ちなみに彼女曰く――

 

「本当は毎日投稿したいんですけど、私も一応受験生ですから……なかなか時間が取れなくて、投稿ペースが結構落ちちゃいました……」

「うそでしょ」

 

 LINEで「受験生なのに大丈夫なのか」と尋ねたらそんな返事が返ってきて絶句した。嘘だろこれでまだ本気を出していないのか。本気を出せば一日に一曲というペースで曲をマスターして弾けるのか。

 純粋に、すごい、と思った。彼女のギターの演奏は、そうやって膨大とも言える練習量で叩き上げて作られた物なのだ。生半可な努力では追いつけない、ギタリスト。

 僕達だって結構な時間を楽器の練習やバンドの活動に割いているはずなのに、喜多なんかここ最近はイソスタを更新する為のお出かけを控えて練習に専念しているほどなのに、後藤ひとりはずっとずっと先に進んでいて、このままでは追いつけないのでは、という不安に時折駆られてしまう程だ。

 プロ級の腕前を持った、僕達の新しい仲間。

 正直な所、不安もあった。けれど同時に、期待もしていた。

 あれほどの実力を持ったギタリストが、結束バンドに加わった。あのライブで弾いて魅せた音色を、もう一度聴くことができる。共に演奏する事ができる。

 虹夏先輩もリョウさんも、口には出さなかったけど僕と同じような気持ちを持っていたのだと思う。

 

 ――だから。

 

 

「「「ド下手だ」」」

「えぇ―――!?」

 

 いざスタジオ練習で合わせをしてみたら、とんでもない不協和音が奏でられた時はびっくりしてしまいました、まる。

 

「ぼ、ぼっちちゃん、大丈夫!? ひょっとして調子が悪かった?どこか怪我でもしてる!?」

「あ、う、え、え?あ、えーっとな、なんででしょうえへへへ……」

「いやなんで笑ってるの!?」

 

 虹夏先輩が心配そうに駆け寄るが、当の本人はなんで自分が上手く演れなかったのか理解が追いついてないらしい。口元が引きつった笑みは正直見て居られなかった。

 そんな二人を放って、リョウさんがずっと椅子に座って聴いていた僕の方へ話しかけてくる。

 

「カズ、どうだった?」

「……正直な所、初心者の演奏みたいな感じでしたね。後藤が突っ走って、周りがそれに強引に追いつこうとして崩れて行って……」

「うん。典型的な下手なバンドみたいな演奏になってしまった」

 

 なまじミスがほとんどないのに、音がそれぞれ合わないせいで物凄い不安定な演奏が出来上がってしまっていた。

 

 ――今週の結束バンドの練習曲は、虹夏先輩が選んだ宇宙コンビニの『EverythingChanges』。元々は男女トリオの変則的な編成のバンドが生み出した名曲の内のひとつ。

 宇宙のように壮大で、それでいてコンビニのように身近な曲。

 彼等のバンド名に恥じないその曲は、彼らが解散した後もひっそりと誰かの心に残り続けた。

 僕が虹夏先輩にこのバンドを教えたら、エモさ大好きっ子の先輩は大ハマリ。絶対にこれを演奏したいと言い出し、リョウさんに無理やり4人用にアレンジしてもらって練習している、と言う訳だ。

 今日の練習の為にスコアも数日前に後藤へメールで送信しておいたので、彼女もあらかじめ練習していたのだろう。聴いていた限り、スコアと寸分違わぬギターを奏でていた。

 

 ――テンポが滅茶苦茶速くて周りを見ずに超特急で駆け抜けた事を除けば。

 

 リョウさんと虹夏先輩はそれになんとか合わせようとしたものの、ギター初心者の喜多はまだ速弾きに慣れておらずに大苦戦。結局中盤でバランスが崩れて曲の原型を保てなくなってしまった。

 

「どうも、プランクトン後藤でーす……」

「売れないお笑い芸人みたいなのが出てきた!?」

「後藤さんしっかりして!ごめんなさい私がギター下手だから……!」

「ああいえ、喜多さんのせいじゃないんですよ……全て悪いのはこの私……戦争がなくならないのも、地球温暖化が進むのも全部私のせいです……生まれてくるんじゃなかった……」

「卑屈さがすごい増してる!」

「ぼっちちゃん正気に戻ってってば!加入したその日の内にリタイアだなんて洒落にならないよー!」

 

 後藤が放って置いたらこのままギターで切腹するんじゃないかと思えるようなネガティブオーラを纏い始めた。彼女も自分のギターテクには自信があったのだろう。だが現実と理想があまりにもかけ離れていて、そのギャップに参ってしまってるらしい。

 これは立ち直るまでに時間が掛かりそうだ。

 

「そうだぼっちちゃん、合わせができなくても大丈夫だよ!この間のライブみたいに、またぼっちちゃんが飛び入りで参加してさっ」

 

 虹夏先輩が苦し紛れにそんなことを提案したが、それに待ったをかけたのはリョウさんだった。

 

「それはダメ。()()()()()()()()()()()()

「再現性?」

「あのライブはたまたま、色んな要素が噛み合った結果生まれた奇跡的なライブ。狙って出せる物じゃない」

 

 真剣な口調で釘を刺すリョウさんの言葉はどこまでも正論で、虹夏先輩は「うぐっ」と悔しそうに唸った。

 

 本番のライブ。実践する場所。言い換えればそれは、練習でしたことを再現する場とも言える。

 あの初ライブは、確かに最高の出来だった。それは僕だけでなく、実際に演奏した四人が感じた事でもある。あの日の演奏は、確かに四人ともひとつの壁を越えた事を体感させた。

 けれど、かなり特殊な条件が揃った事で生まれた奇跡的なライブだったのも事実だ。

 初めてのライブと言う緊張感。ホールに集まった身内達の大歓声。唐突に起こったリードギターの交代。

 普通、合わせもしていない状態でリードギターが入ったら演奏が総崩れになってもおかしくはなかった。アドレナリンでテンションが振り切れた四人の演奏が幸運にもシンクロした結果、あの演奏が出来たのだ。

 

「もう一度やれって言われてもすぐにできるものじゃない。100回ライブやって99回失敗して一回しかあのライブしか出来ないなら、箱側も演奏させてくれないしお客さんも離れてく」

「う~ん、確かに……。まさかリョウに論破されるとは……」

「それじゃあどうしましょう……これだと合わせの練習も難しいですし」

「うぅ……」

「まあ、まだ一回目に過ぎないですし、初めての合わせだったから仕方ないですよ。もっかいやってみましょ。ね、虹夏先輩」

 

 僕がそう言うと、悩まし気だった虹夏先輩の表情に力が戻る。

 

「……うん、そうだね!たった一回で諦めちゃうのは勿体ないよ!せっかくこうして四人で集まれたんだから、あの日のライブを再現するんじゃなくて、あの日のライブを越える演奏を少しずつ目指そうよ!ね、ぼっちちゃん!」

「い、いいんですか……?」

「もちろん!ね、喜多ちゃん!」

「はい!後藤さん、私、次も頑張るから、もう一度やってみましょ!」

「は、はい!」 

 

 よしよし。プラス思考の塊である虹夏先輩と喜多のおかげで後藤のメンタルも持ち直したな。

 

「…………」

 

 ただ、リョウさんだけは少し眉を顰めたのが、僕は少し気になった。何かこの人にも思う所があるのかもしれない。

 でも、今はもう一度チャレンジさせてみよう。

 

「後藤、次は少しテンポを落とせる?できれば虹夏先輩のドラムを指標に弾いてみて欲しい」

「や、やってみますっ」

 

 結果から言えば、2回目の合わせはそれなりに形になっていた。後藤は突っ走るのをやめて、音の粒を揃える事に専念し始めたからだ。

 リョウさんや喜多も、1回目より断然やりやすそうになった。

 けれど、後藤が実力を抑えているのは火を見るよりも明らかだった。それに、時折自分がテンポを崩していないのか、1回目の演奏と同じミスをしないように気を張っているのだろう。ちらちらと俯きながらも3人に目線を送っている。

 

 ――集中しきれてない。

 

 スタジオで間近で聴いて、観ているとそれが顕著に伝わってくる。演者の不安が音になって響いてるんじゃないかと錯覚した。後藤の緊張がこっちにも伝わってきてしまう。

 端的に言うと、聴いていて楽しくない演奏だった。

 今の後藤に対する評価は、なんていうか、凄いピーキーな性能をした格ゲーキャラみたいだと僕は思った。上手く嚙み合えば誰にも負けない実力を発揮できるけど、生半可な実力では操作する事すら難しいスペックを持った癖のある子。

 

「……――どうだった?」

 

 演奏が終わって、おそるおそる虹夏先輩が僕に尋ねてくる。

 

「1回目よりは全然いいですよ。ただ、まだ息が合ってるとは言い切れないですね……」

「うーん、辛口!」

 

 悔しさを叩きつけるように虹夏先輩がシンバルに思いっきりスティックを叩きつけた。

 

「あああ、あのあの、すみませぇん……私が下手なばっかりに……」

「大丈夫だってぼっちちゃん!さっきよりも全然うまく行ったから!」

「そうよ後藤さん、自信持って!」

 

 またネガティブになり始めた後藤を支えるように、喜多と虹夏先輩が介抱を始めた。なんだこの要介護者。

 

「……カズ、ちょっと」

「ん?」

 

 リョウさんが僕の袖をちょいちょいと引っ張ると、目線をスタジオの出口である扉に向けた。

 僕はそれを見て察し、虹夏先輩に「とりあえず少し休憩しましょう」と提案した。

 ジュースを買ってくる、と3人に告げ、僕とリョウさんは二人でスタジオを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カズ、どうしたらいいと思う?」

 

 スタジオのすぐ傍に備え付けられている自販機で、虹夏先輩達の分の飲み物を買っているとリョウさんが重苦しい空気を割るようにそう問いかけてきた。

 

「どうしたら、って?」

「私、はむきたすでベースをしている間、あまり考えて演奏した事なんてなかったんだと思う。多分、今日までも。私が弾けば、ドラムが、ギターが、勝手に音が合って奏でられたから。でも、ぼっちが合わせられないのはぼっちだけの問題じゃない。私達にも課題があるってことだと思う」

「…………」

「これからぼっちと結束バンドで演奏し続けるにはただ漠然と音楽を楽しんで弾いてるだけじゃ、多分ダメなんだ。私達は今、一つの壁にぶつかってる。ぼっちをどう活かしていくのか。多分この課題の扱い方を間違えたら、()()()()()()()()()

 

 相変らず声に抑揚のないリョウさんだったけど、僕を真っすぐに見るリョウさんは真剣だった。

 

「ぼっちの技術は間違いなくプロでも通用する。それを抑えてリードギターを続けてもらうのか、それとも突っ走り続けてもらうのか」

 

 上級者のギタリストが、初心者のバンドに混ざった時。一番簡単に音を揃える方法は、シンプルだ。

 上級者が初心者のレベルに合わせてもらう事。さっきの2回目の合わせの練習のように。

 でもそれは、ギターヒーローの実力を、魅力を損なわせる行為でもある。彼女の技術を活かせないのは、後藤がコミュ障だからと片付けてはいけないのだ。

 

「私達がお遊びバンドで終わるのか、それともメジャーデビューすることができるかどうかの、瀬戸際かもしれないよ」

「んー…………」

 

 僕は頭を捻らせて、どうすべきか悩んだ。

 しばらく考えて考え抜いて、そして――

 

「いんじゃないですか?別にすぐに解決しなくても」

 

 僕は考える事を止めた。

 あっけらかんとした僕の答えに、リョウさんはぽかんとする。

 

「後藤が越えなきゃいけない課題は、技術云々よりどちらかと言えば本人の気性の根っこにある部分ですよ。コミュ障をバンドをする為に無理やり治そうと僕らが無理強いしたら、彼女が結束バンドで演奏する事を嫌いになるかもしれない」

 

 そうなってしまえば本末転倒だ。

 僕と虹夏先輩の我儘で彼女をステージの上に引きずり出したのに、その上で彼女はこのバンドに居たいと言ってくれたのに、それに仇為す様に彼女を追い詰めるのはきっと良い事ではない。

 

「もう本人はソロでも十分戦える技術を持っている。後藤に関しては性急にコミュ障を治す事よりも、ゆっくり時間を掛けて行った方がきっと彼女にとっても結束バンドにとってもいいはずです。彼女を強引に低いレベルに降りさせる必要も、他の三人に強引なレベルアップを強要するのも、きっとこのバンドにとっては良くない。時間を掛けてでも、ゆっくりと課題を見つけてクリアしていくのが一番なはずですよ」

「……でも、カズの時間は」

「それでもですよ。それに、僕がいなくなってもこのバンドは続いていく。……続いていて欲しい」

 

 リョウさんが少し悲しそうに顔を伏せる。本人に無理強いして良い事ではないと分かっているのだろう。演奏の為と言う口実を掲げて彼女を追い詰める事はリョウさんの本意じゃない。

 でも、僕がここにいられる時間は限られていると言う事を知っているから、焦りが出てしまったのだろう。

 やっと入ってくれた凄腕のギタリスト。けれど彼女の実力を発揮させる事をすぐできない事をもどかしく、そして焦りを感じてしまったんだろうな。

 

「まずは音楽は楽しいから始めていきましょ!音を楽しんでこそ、音楽でしょ」

「……そうだね。うん。ごめんカズ。らしくもなく焦っちゃったみたい。ぼっちが入れば、レーベルに入る事も夢じゃなく現実的な目標になる。でも、思ったよりギャップが凄かったから、ちょっと嫌な気持ちが出て来てた。どうしてできないんだ、って。動画の時みたいに、あの時のライブみたいにどうして弾いてくれないんだって。私、また大切な場所を壊すところだった……。カズがアメリカに行く前に、夢を叶えたいから……」

「……大丈夫ですよ、リョウさん」

 

 珍しく落ち込むリョウさんの肩を、優しく摩る。そう。焦るのは僕だけでいい。

 導くのは僕の仕事で、リョウさん達には音楽に集中してもらう。

 留学までもう1年を切った。その間に僕が出来る事はきっと恐ろしく少ないけれど。

 結束バンドが飛び立てる前準備ぐらいは、出来るはずだ。

 仮に僕がその瞬間を見ることができなくても。

 

「少しずつ、一歩ずつ進んでいきましょう。僕はみんなの灯台なんでしょ?僕が皆を迷わせませんから、だからリョウさんは、いつも通りにマイペースにベースを弾いてくださいよ」

「……カッコいいね、カズ。さすが私達のプロデューサーだよ」

 

 リョウさんはニヒルに笑って、握りこぶしをとん、と優しく僕の左胸に押し付けてきた。

 女性らしく柔らかくて小さい感触は、僕の鼓動を少し早めた。

 ……そうだ、リョウさんにとってこのバンドが大切な場所であるように、僕にとっても、そして喜多や虹夏先輩にとってもここは大切な場所なのだ。

 それを守りたい。そして、出来る事なら後藤にもそう想って欲しい。

 ここに居たいと、思い続けて欲しい。

 僕はそう思うと、急に体の底からエネルギーが湧きあげてきた。理由もなく、楽器を弾きたい気分になってきたのだ。

 

「……でも、せっかく集まれたのに今日の演奏イマイチだったねで終わらせるのは、勿体ないですね」

「……何、カズ。また何か弾くの?」

 

 私の時みたいに、とリョウさんは言わなかった。

 思い出すのは、半年前のセッション。深夜まで続いた音楽会。

 

「まあそんなもんです。さ、スタジオに戻りましょう」

 

 人数分のつめた~い飲み物を持って、スタジオに戻る。

 意気揚々と戻ってきた僕達を出迎えたのは――

 

「「ア↑バ↓バ→バ→バ↓バ↑バ↓バ↓バ↑バ→バ→」」

 

「おぉーい二人共正気に戻って――――!!」

 

 顔面を真っ赤にさせて崩壊させている喜多と、どこから持ってきたのか完熟マンゴーの段ボール箱に隠れながら顔を崩壊させて溶けかけている後藤がいた。

 

「「えぇ……何、新しいギターパフォーマンス?」」

「んなわけあるか!!」

 

 ドン引きする僕達への虹夏先輩のツッコミが、虚しく響いた。

 やっぱりこの子ら、きらら漫画じゃなくてギャグ漫画の世界出身なんじゃないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?二人共」

「お、お陰様で……」

「……」

「喜多?おーい、なんで目を逸らすんだい?」

 

 冷たい飲み物を飲ませたら、なんとか顔面崩壊をやめてくれた二人。

 けれど喜多は何故か耳まで真っ赤にさせたまま、ずっと僕の方を見てくれない。

 すると虹夏先輩がPONと僕の肩に手を置いた。そしてやけに優し気な表情で僕を諭してくる。

 

「カズ君、今はそっとしておいてあげて……今、喜多ちゃんは自分を見つめ直してるんだよ」

「僕らがいない間に何があったんですか」

「むぅ……なんか決定的な面白いシーンを見逃した気分」

 

 虹夏先輩の意味不明な言葉に、僕は益々困惑を隠せずにいた。なんで5分間席を外してただけでそんな事になってるんだよ。

 まあいいか。

 今はとりあえず、さっきから目を合わせようとするとこっちはさっとまるで「偶然別の方を見ました」と目をタイミングよく逸らすピンクジャージ妖怪の方からだ。

 

「考え方を変えよう、後藤」

「考え方……ですか?」

「君は今まで、ソロで演奏し続けた。でも今回、バンドで誰かと息を合わせるのはまったく別の概念だって体感したでしょ?」

 

 こくこくと後藤は頷いた。

 

「君はソロに関してはレベル100のカンスト勢。上級者以上の域に辿り着いたギタリストだ」

「うぇ、うぇへへへ……」

「でもバンドで合わせるとなるとレベル1未満になる」

「……イキってすいましぇん……」

「ああ、もう落ち込むな落ち込むな……。えっとね、これから君は、『ソロ』での演奏技術じゃなくて、『バンド』での演奏と言う技術を、まったく別の概念として受け止めてスキルを1から磨いていくんだ」

 

 よくよく考えれば、ソロで活躍していたからってバンドで活躍できるのかと言われればまた別の話になる。当然だ。

 今まで誰とも共に演奏した事がない、まったくの未経験者にいきなり初めて会った人間と、慣れない初めての練習スタジオで合わせをしろだなんて、無茶苦茶な要求にも程がある。それはギターヒーローにも言える事だ。

 いくら神がかったソロ弾きができるからと言って、彼女はまだ多感な思春期の少女なのだ。

 誰もいない、孤独な部屋で培われたギター技術。彼女のギターは、ソロでこそ力を発揮する。

 仮にもし、彼女がギターではなくピアノを選んでいたのなら。

 きっと歴史に名を遺すようなピアニストになれたんじゃないかと、僕は思う。独奏者(ソリスト)なら誰かにご機嫌を伺わずとも、独りで演奏していけばいいのだから。

 けれど、彼女はギターを選んだ。そして、結束バンドとして戦う事を選んだのだ。

「他人と演奏する事は苦手です」じゃ、これからは通らない。

 やらなければいけない事、こなさなければいけない課題や問題はいくつもある。けれどひとつひとつ階段を踏み出していけば、いつか動画上の彼女と遜色ない演奏が出来るようになるはずだ。少なくとも僕はそう信じている。

 

「これからソロのギタリスト、ギターヒーローじゃなく、結束バンドのリードギター後藤ひとりになるんだから」

 

 だって、僕達は知っている。後藤ひとりは既にステージでデビューした。ソロではなく、結束バンドのメンバーの一人として。

 僕達は知っている。彼女の技術が、既にプロの領域に突っ込んでいると言う事を。

 なんとか彼女の実力が発揮できるように場を整えてあげたい。

 彼女はもう、ネット上を漂う孤独なヒーローではないのだから。

 

一人ぼっち(ソロ)じゃなくて……結束バンド(みんな)のリードギター……」

「とは言っても、いきなり二人の先輩と一人の同級生と演奏しろだなんていうのは厳しいと思うから」

 

 僕は、スタジオの隅にこっそりと置いてあったシンセサイザーを引っ張り出す。僕の家にある機種とは違う、STARRYに備え付けられているYAMAHAのシンセサイザーだ。STARRYに練習しに来る度に触らせてもらっているおかげで、設定も随分手慣れた物だ。延長ケーブルも一緒に引っ張ってきて、アンプとシンセサイザー、コンセントとシンセサイザーをそれぞれ接続すると、液晶画面に光が灯る。

 鍵盤にそっと指を沈めると、ギターやベースの音とも、ましてやピアノでもない電子音がアンプから吐き出される。エフェクターによってノイズがかった、機械の楽器の音だ。

 僕はやぼったい前髪に隠れた彼女の目を見て言った。後藤はやっぱり、僕の目を見てくれはしなかったけど。でも僕のシンセをしっかりと目に入れてくれた。

 

「だから、最初はデュオ(二人)でやろう。僕と、君とで」

 

 ヒーロー、君に音楽の楽しさを教えてあげるよ。と言っても、僕も最近まで知らなかった感覚なんだけど。

 君に「もっとみんなと弾きたい」と思わせてやる。

 

 

 

 

「カズ君のシンセ!? 聴きたい聴きたい!」

「私も。1か月ずっと練習してるって聞いてたけど、果たしてどれほどの物か」

 

 先輩達はそう言って観客のように丸椅子に座り、僕と後藤の演奏を聴く準備に入る。

 後藤はずっと「えっと、あの、どういう、」と状況を飲み込めないらしくあわあわとしていたが、僕はそれを無視して両指を軽くストレッチし始める。

 

「…………」

 

 リョウさんの隣にちょこんと座った喜多は、やっぱり僕の方を見ない。けれどちらりちらりと、目だけを僕の方に向けてくる。

 なんだか借りて来た子猫みたいだ。いつも元気満々の喜多とはどこかかけ離れていて、なんだか不思議だ。

 

「あの、何を、演奏するのかも、ていうかどうして急にセッションするのか聴いてないんですけどっ」

 

 泡を喰う後藤に、僕は端的に返した。

 

「好きにしていい」

「えっ」

「僕は勝手にシンセを弾く。後藤は僕の演奏に、どこからでもやりやすいタイミングで勝手に入ってきていい。気に入らない演奏なら弾かずにそのまま聴いててくれてもいいよ」

「な、なんで。ていうか何弾くのかも知らないのに……ま、また私が勝手に突っ走ってカズさんの演奏がダメに……」

「大丈夫」

 

 僕はそう言ってにかっと笑った。

 大丈夫、緊張する事はない。だってここに敵はいない。前のライブの時は、君にとって僕は敵だった。

 自分が作詞した曲を、台無しにするギタリスト。自称聞き専の、プロデューサー気取り。

 彼女にとっての僕は、きっとそういうイメージ。偶然、所属したいバンドにいる同い年の男子。そういう認識だろう。

 まだ同じメンバーのリョウさん達ともまだ上手く合わせができていないのに、男子となんて。

 そう言外に言いたそうだった。

 

「それとも、ギターヒーローは挑発されないと武器も握れない?」

 

 僕がそう揶揄うように言うと、後藤は一瞬きょとんとして、やがて僕が言った言葉の意味を理解したのか、少し僕を睨んで、ギターを構えた。

 

「おーい、カズ君、挑発はもう駄目だよー!」

「分かってますよ」

 

 話を聴いていた虹夏先輩の注意を受け流しつつ、僕も両手の指を鍵盤の上に置いた。

 

 教えてやるよ、ギターヒーロー……いいや、後藤ひとり。

 楽器はソロでも楽しいけど、誰かと一緒に弾くのは最高にあがるってことを。

 

 僕は指を一気に鍵盤に沈めて、イントロを弾き始めた。

 

「あっ」

 

 最初の一小節目のメロディーは、ロックを嗜む人間なら一度は聴いたことがあるはずだ。例え曲名を思い出せなくても、街中で、テレビの前で、映画館で、絶対に聴いたことがあるはずだ。

 その証拠に、虹夏先輩も、喜多も、後藤も、その記憶の底にあるメロディが僕の演奏で引っかかって、急浮上してきたと言いたげに目を見開いた。

 そして足がバネになったみたいに飛び跳ねてしまいそうな力を持った曲だ。それほどに有名な曲の、有名なイントロの、有名なフレーズ。

 

「ヴァン・ヘイレンの『Jump』だ」

 

 リョウさんがぽつりと驚いたように言葉を漏らした。

 ――正解、と演奏中じゃなければ僕がそう返していただろう。

 最初は優しいテンポで。イントロをループする。

 もしもし、ギターヒーロー。いつこっちに入ってくる?

 僕はそう想いを載せて鍵盤を弾き続ける。

 

 すると、後藤は意を決した顔でピックを握りしめると、思いっきり弦を掻きむしり始めた。

 

 ――乗ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――僕がアコースティックギターを始めた時、一番最初にマスターした曲は『Stand by Me』ではなく、ヴァン・ヘイレンの『Jump』だった。

 本来、この曲にアコギは使われていない。キーボードとギターとベースとドラムと言う、現代的な楽器編成で奏でられた。

 

 僕がこの曲を選んだ理由、それは僕が自分の半身としてアコースティックギターを選んだ理由にも直結する。

『40 FINGERS』と言う、4人組のギタリストユニットがこの曲をカバーしていたのを聴いたのがきっかけだった。

 衝撃的だった。4人の大の男が、アコースティックギターで『Jump』をカバーしている。

 4人の指、合計で40本で奏でられるアコースティックギターのセッションは、聴いていて心が躍動した。ヴァン・ヘイレンの原曲の魅力を損なわず、それでいてアコギ特有の優しい音色は心臓を優しく震わせてくるのだ。原曲とはまた違った旋律で僕を殴って来た。

 普通の曲をアコースティックギターでカバーするのは容易じゃない。たった一本でロックの複雑な音色を演奏するのはとても難しい。けれど、『40 FINGERS』は四人で演奏する(カルテットアレンジ)事でその偉業を為した。僕達に演奏できない曲はないんだと言わんばかりに。

 僕はそれを聴いてあっという間にアコギの魅力に憑りつかれてしまい、それ以来ずっとアコギを演奏し続けた。

 小学校の途中でアコギの音には満足して、一時期は弾かなくなったのだが。それでも僕はアコギで好きな曲は何かと訊かれたら真っ先に『Jump』と答えるだろう。

 

 だから、シンセを慣れたら真っ先に覚えるのは『Jump』にしようと決めていたのだ。

 

 後藤の指がしなるように弦の上で踊った。アンプはそれに応えて力強いサウンドを吐き出し続ける。

 やっぱり、独りで弾く事に慣れている彼女はテンポが速い。自分の体内で飼っているメトロノームはかなり速いテンポで刻むようになっているみたいだ。

 僕はそれに遅れないように指を動かし続ける。気を抜くとすぐに置いて行かれそうな気分になりながら、僕は音の濁流の中に更にのめり込んでいく。

 

「――…ッ」

 

 サビに入る瞬間、僕と後藤が一瞬息を止めた。ほんの僅か、0コンマ何秒と言うブレーキを完璧に読んで、僕は鍵盤に指を沈み込ませた。

 

「!」

 

 後藤がピックをダウンさせたタイミングと、僕が鍵盤を押した瞬間はほとんど一緒だった。アンプから吐き出された音が完璧に調和する。

 どうだ、後藤。音が調和するのは、完璧に噛み合うのは最高に気持ちいいだろ?

 ああ、まだ慣れてないか。分かるよ、最初はそんな感じだよ。

 後藤は目を見開いて、初めて僕の目を見た、気がした。

 

「な、なんで分かるんですかっ」

 

 そう言いたげだった。

 

 別に、タネも仕掛けもありはしない。単純に、僕が後藤の癖を知っていただけだ。サビに入る瞬間、もっと言うなら自分のパートに入る瞬間、一瞬だけ呼吸を溜めてストロークを始める癖を。

 だから、呼吸を止めるタイミング、ピックを降ろすタイミングが、何となく分かった。それだけの話。

 夏休みの最終日。虹夏先輩にギターヒーローのチャンネルを教えてもらって、僕は貪るように彼女の動画を観た。

 気に入ったカバー動画は高評価をつけて、プレイリストを作って、空いた時間にそれを何度かリピートした。

 

 たくさんの動画の中に、時々隠れるように投稿されていた洋楽のカバー。倉庫の中にこっそりと置かれていた、あまり人の目に出ることがなかったそれを、僕は掘り出して、それを僕の血肉にした。

 

 聞きながら何度も思った。

 これを、結束バンドの皆が一緒にそろった時に演奏したらどうなるんだろうって、ずっとわくわくしながら僕は君の動画を観ていたんだ。

 そしてそれは、他の3人も同じ。

 

 視界の端で、リョウさんと虹夏先輩が笑いながら席を立ったのが見えた。それに続く様に喜多も挑戦的な笑みを浮かべながら立ち上がり、皆それぞれ楽器を手にし始めた。

 後藤がそれを見て動揺したのも見えた。それでも演奏を続ける手が止まらないのは、さすがだと言ってあげたかった。

 やがて、Bパートに突入するタイミング、フレーズの切れ間に滑り込むように、虹夏先輩のドラムが、喜多の歌声が、リョウさんのベースが雪崩れ込んできた。

 

 僕のシンセと後藤のギターしか響かなかったスタジオに、一気にたくさんの音が飽和するようにあふれ始めた。

 けれど不思議な事に、音は全てあらかじめ計算し尽くされていたように調和が取れていた。最初のワンフレーズが恐ろしい程噛み合っていて、そして揃えられた粒は美しく、そして躍動するようにスタジオの中を跳ね回った。

 思わず笑みが零れる。それはリョウさんも虹夏先輩も、そして喜多もそうだった。

 最初の一回目の合わせが嘘だったみたいに綺麗にそろっている。きっとこれを、STARRYのステージの上で弾いたら、観客達は大盛り上がりだろう。

 

 

 おいおい、戸惑ってるのは後藤だけ?

 なら、支えてあげないとね。

 そう!私達はぼっちちゃんのバンド仲間なんだから!

 そうよ、私達の歌はこうやって跳んでいくの!

 

 後藤に僕たちの想いが通じたのかは分からない。けれど、彼女の顔からは焦りや戸惑い、そう言った、今この場に必要ない煩わしい情報は全てどこかに消えて、笑ったのが、見えた。

 

 

 

「―――♪」

 

 

 

 後藤がギターソロのパートを弾き始めた。

 その瞬間、音が変わったのを僕は肌で感じた。後藤のギブソンと繋がって流れていたアンプの音が、明らかに質が変わっている。

 

「ノッてきたね」

 

 後藤の肩から力が抜けているのが見える。自然体に、ピックを握る手が動いている。

 

 この曲をどこまで綺麗に奏でられるんだろう。最高到達点の更にその先へ、進めるかもしれない。

 喜多の歌声、虹夏先輩のドラム、リョウさんのベースが、後藤のギターと僕のシンセで束ねて、それが元々一つの音だったみたいな。そんな訳が分からない感覚が僕を襲った。

 出来る事なら、今すぐシンセを弾くのを辞めて聴くことに集中したいなぁ。

 ああでも、それは後でいいか。後で皆で録音して、それを聴き返せばいい。だって、まだまだ音が零れるように合わない部分がある。

 まだまだ直せるところはたくさんある。このセッションの完成度をもっと高められる。

 ヘッドホンで音楽に浸るのは、その後でも悪くはない。

 

 

 ヴァン・ヘイレンのこの曲は「飛び降りるぞ」とビルの屋上で叫ぶ男のニュースを見た事がきっかけになって生まれたらしい。でも決して、飛び降り自殺を教唆するものではなく、勇気を持って飛び越えろ、そういう願いが込められて生み出されたロックだ。

 明るい喜多の歌声と、ヴァン・ヘイレンの歌詞は驚くほどマッチしていた。

 挫折して、蹲って、一歩を踏み出せない臆病な心に寄り添うパワーのある歌声だ。

 結束バンドの門出に、ぴったりな曲じゃないか。

 

 後藤にとって、この曲が一歩を踏み出すひとつのきっかけになってくれればいい。きっかけにならずとも、この曲を好きになってくれたら嬉しい。

 無責任に誰かを励ます曲は嫌いでも、ロックには誰かに力を与えてくれる魅力がある事を、知っていて欲しい。

 

 新しいメンバー。後藤ひとりを迎えた、これが結束バンドの誕生日だ。

 

 

 

 

 

 

「――なんで、こんな、上手く合った、んですか、ていうか、なんで3人とも――」

 

 セッションが終わった後、流れる汗をそのままに後藤が恐る恐ると僕達に尋ねて来た。

 確かに、さっきの合わせがまったくできていなかったのに、『Jump』だけはしっかりと音を合わせる事ができた。それが不思議なのだろう。

 それを聞いた虹夏先輩は、いたずらが成功した子供のようににやにやと笑って言った。

 

「結束バンドのルール、教えたよねぼっちちゃん」

「る、ルール?」

「4人がそれぞれローテーションで、練習する曲を選ぶってルール。最初にカズ君が曲を選んだの。その曲が――」

「ヴァン・ヘイレンの『Jump』だった。私達は一か月前に、この曲を練習してた」

「――えっ」

 

 リョウさんがそう言うと、後藤は目を見開いて信じられない、と言わんばかりに驚いていた。

 

「ちなみにその次の週を選んだのは喜多」

「私が選んだ曲はSchool food punishmentの『Goodblue』よ!後藤さんのカバー曲の中で、あれが一番好きな曲だったの!」

「郁代の次に私が選んだのは、ステレオフェニックスの『Maybe Tomorrow』だよ」

「……あ、ま、まさか」

 

 ここまで言われてやっと、後藤は僕達が選んだ曲の意味を理解したらしい。 

 

「全部……私がカバーした事がある曲」

「唯一、私の宇宙コンビニの曲だけ、ぼっちちゃんがカバーしてない曲だったんだよね。それに、元々3ピースバンドの曲だからリョウにアレンジしてもらったから微妙に原曲と違うし」

「ぼっちが練習に参加するようになったら、すぐに混ざって演奏できる曲を選ぼうって話になって、ぼっちのギターヒーローのチャンネルから練習曲を選んでたんだ。今考えると、宇宙コンビニのあの楽譜は私がアレンジしたから、微妙に差異があって1回目と2回目は上手く合わなかった。でも他の3曲は、ぼっちのチャンネルのギターカバー動画を流しながら合わせて弾いて練習していたから」

 

 だから、今ここで演奏した『Jump』は、合わせる事ができたんだ。

 

「でも郁代、やっぱり少しミスがあったね」

「うっ!ご、ごめんなさい!2週間も間が空いちゃって、さすがに少し思い出すのに時間が掛かっちゃって……」

「でも歌はやっぱり最高だった。もっともっと完成度を高められるよ」

「――はい!」

「いやー、カズ君シンセ滅茶苦茶上手になってたね!びっくりしたよー、一か月前より全然上手くなってたから!」

「母親の地獄のスパルタを寝る間も惜しんで受けましたからね……。鍵盤の扱いは大分慣れましたし、それにひと月前にリョウさんに下手糞って言われたの正直ムカついてたんで」

「カズ、あれはカズの事を想って煽ったんだよ?」

「嘘つけ!」

「はいはい、そうですね。感謝してますよ」

「あーあ、これなら宇宙コンビニを選ばない方が良かったかなぁ。別の曲を練習していれば、1回目の合わせも上手くいったかもしれないのに!」

「また練習しましょうよ。『Jump』がこれだけ上手く合ったんだから、何度か合わせていればもっと上手くいきますって」

「……それもそうだね!ぼっちちゃん、あとでもう一回『EverythingChanges』のセッションを――って、あれ。ぼっちちゃん?」

「あ、はい!」

 

「どうして泣いてるの?」

「―――あっ」

 

 後藤は自分が涙を流していた事に気付かなかった。虹夏先輩に指摘されて彼女は慌てて袖で涙を拭うが、それでも涙は止まらなかった。

 それを見た喜多がもらい涙をしながら後藤に抱き着いて、感極まった虹夏先輩がそれに飛び込んで、後藤は二人分の重さに耐えきれずにそのまま床に倒れ込んだ。

 

 でも倒れ込んだ3人は泣きながら、それでも楽しそうに笑っていた。

 

 そこにいるのは、どこからどう見ても一人ぼっちのギタリストではなく。

 結束バンドのリードギター後藤ひとりが、仲間と一緒にじゃれ合っているようにしか見えなかった。

 

 

「……カズ」

「なんです?」

「確かにまだまだ下手なバンドだけど。でも私達、きっと良い所へ行けるよ。だからこれからも灯台役、よろしくね」

「――もちろん」

 

 

 その後、スタジオのレンタル時間いっぱいまで、僕らはセッションをした。

 時々、僕と喜多がデュオで演奏したり、虹夏先輩と後藤が二人で宇宙コンビニの『8films』を演奏したり。虹夏先輩は憧れのギタリストと一緒に演奏できてすごい楽しそうだった。

 僕がアコギを取り出してリョウさんと一緒に『Dueling Banjos』を弾いて遊んだり。

 レンタル時間終了が近づいたら、最後に皆で『EverythingChanges』と『Jump』を演奏して、その日は解散になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、風呂に入って寝る準備をする前にスマホを見たら、ギターヒーローの新着動画の通知が入っていた。

 タイトルは、『Jump』。

 僕は早速弾いてるな、とにやける頬を隠さずにその動画をタップした。

 その時、ちらりと普段スルーしている概要欄が見えた。

 そこにはたった一言、シンプルに『バンドに入る事ができました』と、小さな報告が載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ。(カズとリョウが飲み物を買いに行っている間に起きた事)

 

 

 カズさん達が飲み物を買いに行っている間、私はツチノコ……いや、誤って地上に出てしまったモグラになっていた。

 モグラはか弱い生物。目が退化して土の下でしか生きることができず、半日以上ご飯を食べれなければ餓死してしまう。間違えて地上に出てしまえば、固すぎる地面で二度と地中へは戻れないし、その上鳥やら何やらの天敵に追われてなんやかんやで死ぬ。

 地中の中で一生大人しくして生きるべき生物なのだ。

 

「だ、大丈夫後藤さん……?」

「ぼっちちゃん、すごい震えてるよ」

「ヒトリニナリタイ……ヒトリニナリタイ……」

 

 帰りたい。私なんかがバンド活動をするのは早すぎたんだ。カムバックマイホーム。私を現実の世界から守ってほちぃ……。

 

「えー?一人になりたいって言ってもなぁ……」

「あ、さっき楽屋に大きな段ボール箱がありましたよ!」

 

 

 ~後藤、完熟マンゴー装備中~

 

 

「み、みなさーん下北沢を盛り上げていきましょー!」

 

 こ、この完熟マンゴーがあれば生きていける!

 今の私は何故か何でもできる気になっていた。

 

「す、すごい気が大きくなった……」

「大丈夫、後藤さん?少しは落ち着いたかしら?」

「あ、大丈夫です、ここ私が普段過ごしている場所にそっくりで……」

「押し入れか何かに住んでるの?」

 

 あながち間違いじゃない。私の部屋はあの物寂しい広い部屋ではなく、天井が低くて左右に壁があるうすぐらーい押し入れなんです。

 へへへ、なんだか涙が出てきた。

 ……こんなつもりじゃ、なかったのになぁ。せっかく夢にまで見たバンドに誘われて、ここから華々しい活躍をして、一気に武道館ライブへと駆け上がる私の人生プラン……。

 うまく行けば高校に行かなくて済むなぁとか想ってたのに。現実は甘くない。

 まあ、私の野望が敵わないのは百歩譲っていいとして、この人達を困らせる事だけはしたくなかった。

 

「あああ、あの」

「ん?」

「わ、私、本当にこのバンドに居ていいんですか……?」

 

 ギターを弾けない私に、大した価値はない。ミジンコ以下の自分より、もっともっと上手でコミュ強なギタリストなんてきっといくらでもいる。

 そんなマイナス思考から零れた言葉だった。

 

「え?急にどうしたのぼっちちゃん!?」

「わ、私根暗で、何もできないのに、その上セッションでも皆さんの足を引っ張ってしまって……このままじゃ結束バンドに貢献できないのに……や、やっぱり、別の人をスカウトした方が!」

「それはダ――」

「それはダメよ、後藤さん!」

 

 私のネガティブな言葉を真っ先に否定したのは、喜多さんだった。

 突然大きな声で否定されて、私はびっくりした。

 

「え、喜多ちゃん?」

「き、喜多さん?」

「後藤さんが必要なの!私達の歌をもっともっと上にあげれるのは、後藤さんなのよ!それに、後藤さんの代わりなんていないんだから!」

 

 真剣に、段ボールの切れ間から私の目を真っすぐに見て、喜多さんはそう私に伝えてきた。

 

「ど、どうしてそこまで……」

「……ちょっと打算的な理由もあるんだけどね。カズ君の事なんだけど。虹夏先輩も聞いてもらっていいですか?」

「う、うん。もちろん」

「……カズ君はね、私達の歌や演奏を誉めてくれるの。この間のライブの時も。でもね、()()()()()()の」

 

 一番じゃない?

 

「カズ君はね、音楽を中心に生きてるの。ご飯とか睡眠とか二の次。それ以外はどうでもいいって思えちゃう人なのよ」

「あー……確かにね」

 

 何か思い当たる節があるのか、虹夏ちゃんは同意するように言葉を漏らした。

 カズさん。喜多さんの幼馴染の男の子。そして、私と結束バンドを繋げてくれた人でもある。

 同年代の男の子と話すなんて、怖くて私はほとんど経験がなかったけれど、不思議とカズさんの事を怖いとは思わなかった。なんとなく、彼も私寄りに近い陰キャの気を感じる人だった。

 でも、いざ関わってみたらライブで挑発されたり、いきなりギターを渡して来て交代させてくれる、正直に言って自分と同じようで、全く別の価値観を持った不思議な人だった。

 

「私はね、結束バンドの曲を、カズ君の中の一番にしたいの。カズ君の中にずっと残ってる、どこの誰かも知らない歌を消して、上塗りしてやりたいの」

「……カズさんが一番好きな曲を、自分のにしたいってことですか?」

 

 喜多さんの言葉は、静かだけど、力が籠っていた。私にはないエネルギーが含まれている気がした。

 

「結束バンドの歌が一番だって言わせてやりたい。あの幼馴染のヘッドホンから流れる歌を、私達のロックを永遠にリピートさせるようにしてやりたいのよ。でも、私だけの歌じゃダメなの。虹夏先輩と、リョウ先輩と、後藤さんの演奏がないとダメなのよ」

 

 だから、力を貸して欲しいの。

 喜多さんは、真剣に頭を下げてお願いしてきた。

 ……どうしてカズさんの一番になりたいのかは、私には分からない。

 私にはない物を、なんでも持っていると思っていた喜多さん。陽キャで、可愛くて、社交性もあって、とても羨ましい。けれど、この人は何かを欲しがっていて、それを手に入れる為には私なんかの力が必要なんだと言う。

 

「でも、私……根暗で、コミュ障だし、私なんかが……」

「後藤さんが孤独体質であることを、私達は嗤わないわ」

「……え?」

「だってここにいる皆は、居場所を失う事、誰かを失う事、いずれ別れが来る恐さを知っている人間だから。種類や大きさは違っても、皆それぞれ痛みや傷を持っているの。だから私達は、後藤さんを嗤わない」

 

 私も後藤さんの気持ち、ちょっと分かるのよ。

 

 喜多さんはそう照れ臭そうに言った。虹夏先輩もうんうんと頷いた。

 いずれ別れが来る怖さを知っている。

 ……そうだ、確かカズさんは、来年アメリカに行くと言う話をLINEで聞いた。それを知った時は、よく知らない男の子が海外に行くと言われても、そうなのか、ぐらいにしか思えなかった。

 でも、喜多さんにとっては、違うんだ。

 

「でも、私達には音楽があるのよ。音楽が人と人を結び付ける事を、知識ではなく実感として識っている。だから強くいられるの。後藤さんもそうでしょ? あなたが動画でギターを演奏していたから、虹夏先輩は後藤さんを見つけられた。後藤さんが合唱コンクールの動画を観ていたから、結束バンドと結びついた。後藤さんはもうとっくに孤独なんかじゃないわ」

 

 私は、孤独じゃない?

 言われても、すぐに私は飲み込む事ができなかった。

 だって、私はずっと独りでいるのが当たり前で。誰かに好かれようと頑張ってみてもうまく行かなくて、諦めてしまっていたから。

 私はもう、自分が欲しかった物を手に入れているのだろうか?

 

「それに、確かに今日の合わせの練習はひどかったけど……ここから練習していって、どんどんみんなと一緒に上達していけるのが、私はとっても楽しみなの!」キターン!!

「グアッ!」

「喜多ちゃーん、そのオーラ抑えてー。うーん、私が言いたい事、全部喜多ちゃんに言われちゃったなぁ」

「え、虹夏ちゃんも、ですか?」

「そうだよー?ぼっちちゃん、たかが一回二回セッションをミスしただけで諦めるのは早いよ!そりゃ、ギターヒーローさんの動画とはまったく別物でギャップがすごかったけど「ギャッ」それでも、私達の中にはあのライブがあるんだよ。結束バンドの初ライブ!ぼっちちゃんの『星座になれたら』!今更他の人を入れる事なんてできないって!」

「そうよ!あの夜のライブ、あれは本っ当に最高だったのよ!後藤さんがいれば、いつか絶対にもっと大きな舞台で活躍できるって!」

 

 ……本当に、凄い良い人たちだ。私には勿体ないくらい。

 この人達は、最初は私のギターヒーローの動画を見て誘ってくれた。

 でも今は、ギターヒーローじゃなくて……あの日、あの夜のライブで演奏した、後藤ひとりとして私を見てくれている。現実世界の人――喜多さんや虹夏ちゃんみたいな明るい人達は、私なんか興味ないと思っていたのに。

 こんなダメダメな私を知っても、それでも私に居て欲しいって言ってくれてる。

 

 ……もうちょっと、頑張ってみようかな。

 

「……わかり、ました」

「え?ぼ、ぼっちちゃん?」

「私……もうちょっと、頑張ってみます」

「本当!?よかったー!嬉しいよぼっちちゃん!」

「後藤さん、無茶言ってごめんなさい!でも、私ももっと上手にできるように頑張るから!」

「は、はい。喜多さん、カズさんの事が大好きですもんね」

 

「えっ」

 

「え?」

 

 ……なんで喜多さん、固まったんだろう。え。私何か変な事言った?

 

「こ、これからカズさんと喜多さんがイチャイチャしてもできるだけ死なないように頑張りますんで!」

「え゛」

「えっ!?」

 

 ななな、何この空気!? 私何か変な事言っちゃった!?

 

「あー、ぼっちちゃん。カズ君と喜多ちゃん、別に付き合ってる訳じゃないんだよ。……今はまだ

「あ、そ、そうなんですね」

 

 ああ、なるほど。私の勘違いだっただけか。……マジ?あの距離感で?

 

「ほ、本当に、付き合ってないんですか?」

 

 一応確認の為に虹夏ちゃんに尋ねてみると言い難そうに「ああ、まあ……」と言葉を濁す感じで言ってきた。

 

「ご、後藤さん……?どうして私とカズ君が付き合ってるってことに……」

「ああ、いえいえごめんなさい勘違いでした!とても距離が近くて仲が良さそうだったのでてっきり……!」

「い、いいのよ、ええ、別に、大丈夫よ?わ、私はべ、別にカズ君の事なんか……」

「え、で、でも、喜多さんってカズさんの事大好きですよね?」

「な、なんで!!!?」

 

 うおっ、すごいびっくりした。喜多さんが顔を真っ赤にして涙目で私に詰め寄ってきて、私は思わず逃げ出しそうになった。でも今の私は段ボール箱の中にいるから逃げる事もできなかった。

 だから私は、素直にそう思った理由を喋ってしまった。

 

「だって今日、ちらちらとカズさんの方を見てましたし、結束バンドのチャンネル動画でも歌いながらカズさんの方ばかり目線が向いてましたよね?それに今日、お手洗いに行くたびにリップとか髪型とか整えてて……絶対恋人だと思ってました」

「(ぼっちちゃん意外と鋭い――――!)」

 

 虹夏ちゃんが凄い意外そうに私を見ている。

 いやそうですよね。鈍感でグズな私が、そこまで気付けるわけ――

 

「……の」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、んな、に、私、分かりやす、かったの……?」

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 15年間、ひとりぼっちの人生。友達、ゼロ。

 そんな私は、当然だが恋愛なんて一回もしたことはなかった。時々流れる恋愛ソングを聞いても、共感なんてこれっぽっちもできないし、むしろ聞くと吐き気すら覚えてしまう。

 お砂糖、スパイス、ステキなものをいっぱいにした得体の知れない何か――それが、私にとっての恋。

 

 それが今、私の眼前に、喜多さんと言う形を借りて顕現している。

 そして彼女の、顔を真っ赤にして恥ずかしさを堪える、所謂女の顔をほとんど零距離で見てしまった私は、数秒も持たずに精神を焼かれた。

 

 ああ、どこからかAmazing Graceが聞こえる。

 今分かりました。宇宙の心は彼女だったんですね(遺言)

 

 

 

 こうして、後藤ひとりは生命活動を停止。死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー……って」

「どうしたのカズ……ナニコレ」

 

 

「「ア↑バ↓バ→バ→バ↓バ↑バ↓バ↓バ↑バ→バ→」」

 

 

「おぉーい二人共正気に戻って――――!!」

 

「「えぇ……何、新しいギターパフォーマンス?」」

「んなわけあるか!!」

 

 

 

 

*1
「ヘイ、カズ(ネイティブっぽい発音)」

*2
平沢進の愛称。

*3
フジテレビのバラエティ番組『はねるのトびら』のこと。同時期に放送されていたクイズ番組『ヘキサゴン』のメンバーが歌った『羞恥心』のパロディ曲として生み出されたのが『悲愴感』。





作中に登場したバンド名


作中に登場した曲
40 FINGERS -Jump
Van Halen - Jump
QUEEN - We Will Rock You
宇宙コンビニ - EverythingChanges
        8films
ドビュッシー - ベルガマスク組曲
Whiteberry - 夏祭り
サスケ - 青いベンチ
Mr,Children - シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜
湘南乃風 - 純恋歌
GReeeeN - キセキ
RADWIMPS - スパークル
ボブ・シーガー - Beautiful Loser
Linkin Park - Numb
SUM41 - No Reason
Fall Out Boy - My Songs Know What You Did In The Dark
wowaka - アンハッピーリフレイン
平沢進 - 夢の島思念公園
悲愴感 - 悲愴感
マイナスターズ
上地雄輔 - ミツバチ
School food punishment - Goodblue
Stereophonics - Maybe Tomorrow
Dueling Banjos




 良し、お年玉じゃ。取っておけい!(一心感)
 
 新年一発目から書いてまいりました。いつかやってみたかったんだ、元旦の0時0分に投稿するの。今年、これを読んだ人が躍動できる年でありますように。2024年もロックンロールをよろしく。




 今回のヴァン・ヘイレンの「Jump」の訳は筆者が個人的解釈に基づいて歌詞を簡単に和訳していたんですがね。
 本当は喜多ちゃんにJumpを歌わせていましたが、訳し終えた後にコードを確認したら配信NGだったので泣く泣く歌詞はカットしました。悲しいなぁ。

 前話に引き続き、たくさんの感想、評価もありがとうございます。誤字報告も助かっております。低評価入れた人はファ【不適切な表現】。

 第二部のお話ですが、一応本編は書き終えたので形としては番外編とさせてもらってます。文化祭編までどれぐらいモチベーションを保ってられるか分からないので保険です。エタった前科があるからね。しょうがないね。

 一応、更新再開に伴ってリクエスト曲推し曲を再募集していきます。
 ただ、感想欄に書くと運営側から「設定の改変の強要」「リクエスト」と見なされて削除される可能性があるので、良ければ活動報告に書きこんじゃってください。

 それと、新しくTwitter…もとい、Xのアカウントを作りました。

X(旧Twitter)

 カーラジオと言う名義で新しく作ったアカウントです。ここではその時の気分で聴く曲を垂れ流しています。この小説内で紹介しきれなかったロックもここに載せていくつもりなので、よければフォローとかしてくれると嬉しいです。
あと、オススメ曲とかあればぜひこのアカウントに送り付けて欲しい。絶対に聴きますので。


 2024年も『喜多ちゃんの知らない音楽』を更新していくつもりですが、どれぐらいのペースで上げて行くかは分かりません。月イチであげれたらいいなぁ、というふわっとした目標で書いていきます。

 ここすき、Twitterで宣伝、感想などが励みになっているので、たくさんもらえればきっとモチベーションが上がるんじゃないかな(他人事)
 
 感想もっともっともっと欲しいんだ……評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)
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