【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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When You Wish Upon A Star

 

 

 その日はリョウさんの都合が合わず(おそらくサボり)、結束バンドの練習はオフの週だった。

 久しぶりにゆっくりできると喜んだ僕は、自室でミュージックコンポを鳴らしながら受験勉強をしていると、スマホがブルブルと着信の知らせを教えてきた。

 

『そろそろオリジナル曲も視野に入れて行こうよ!動画を撮って投稿するのも良いけどステージに上がって演奏したい!』

 

 電話に出ると相手は虹夏先輩だった。

 

「また突然ですね。演奏なら前にもスタジオで動画撮ったじゃないですか」

『そうじゃなくて!ぼっちちゃんも入って練習も上手くいき始めたから、そろそろ生ライブしようよ!おねが~い!』

 

 虹夏先輩が、遊園地に連れてってもらおうと父親にねだるような声で媚びてくる。耳に近づけていたスピーカーからの虹夏先輩の声は正直くすぐったくて、僕はスマホを慌てて机に置いてハンドフリーになるように設定した。

 察するに、前回のライブからひと月以上が経過し、動画撮影ばかりで飽きてきたからそろそろ新しい刺激が欲しいみたいだ。

 バンドの練習に本格的に後藤が参加するようになったので、結束バンドを本格的なバンドとして活動をスタートさせたいのだろう。現在はネットでひっそりとファンを増やしつつある結束バンドだが、虹夏先輩はライブハウスのステージで演奏する事に強いこだわりがある。なんでかは知らないけど、STARRYのステージで集客する事に力を入れたいようだ。あと、純粋にステージでドラムを叩きたいと言う欲求も溜まってきていると思う。

 僕と喜多と後藤が高校に進学するまではカバー曲を中心に練習する事でスキルアップに時間を費やしてきた。だけど、逆に言えば高校へ入学するまであと四か月を切ったとも言える。

 結束バンドがネットを主戦場とするアーティストではなく、ライブハウスを拠点に活動するロックバンドとして活動方針を選んだからには、いつまでもネットの路地裏で野良猫のように過ごしている訳にもいかない。

 

『それにぼっちちゃんも入って、音の合わせも少しずつだけど上手く行くようになったし、人前でどれだけ演奏できるか確認するのも大事じゃん?』

「確かに……今のクオリティを人前で披露できるかまだ分からないですしね」

 

 後藤は週に二回、下北沢のSTARRYまで電車でやってきて半日ほど僕らと練習し、一緒に夕飯を食べて家に帰っていく。まだまだ結束バンドの面々と関わった時間は少ないので、コミュ障が治る兆しは未だ見えないが、それでもメンバーには心を開きつつはあった。少なくとも僕と会話が成立する程度にはちゃんと喋れるようになったしね。

 この調子で行けば、ステージの上――いや、誰と演奏しても実力を発揮できるギターヒーローの姿が観られるかもしれない。

 

「そういえば今日、後藤は喜多と買い物に行ってるらしいですよ」

『えっ、本当に?あ、そう言えばこの間のミーティングで言ってたね。一張羅が必要だみたいなこと』

 

 そのミーティングとは、先日後藤が初めて僕達と一緒に合わせを練習し終えた日の事だ。STARRYで練習を終えた後、夕飯も兼ねてマクドナルドで反省会をしていたら。 

 

「ぼっち、何か服を買ってきた方がいい。ダサイから」

 

 リョウさんが後藤を淡々とストレートで殴りつけていた。もうちょっとオブラートに包むとかあるだろ。

 

「えっえっ、あの、自分がファッションセンスは皆無なのは熟知してるつもりですが、もう少しこう、何というか 手心というか……!」

「まさかそのピンクジャージでこれからステージとか動画に出るつもり?前回は緊急の交代だったからいいけど、これから人前で演奏するつもりならそんなクソダサピンク芋ジャージはダメ。絶対」

「ガッハッ……」

「リョウがぼっちちゃんを殺した―――――!?」

 

 先日のミーティングで、普段から愛用してるらしいジャージをリョウさんがダメ出しして後藤が殺されていた。死因はファッションセンスがダサすぎる事を指摘された事によるショック死。

 まあ、リョウさんが言わなかったら僕が言うつもりだったからこの死は必要経費である。ロックバンドを見に来たらピンク芋ジャージの女の子が出てきたなんて激萎え待ったなしだ。ただでさえ東京の人間はファッションにはうるさい*1し。とは言っても、僕もファッションはあまり興味を示さないし最近僕が着る服は全部喜多セレクションだからあーだこーだ言う権利はないのだが。

 

「確かにこれからの事を考えると、ステージ用の衣装を作った方がいいかもしれませんね。前の演奏の時は全員制服だったけど、先輩達とは学校違うから統一感ゼロだし」

「お~いいねぇ!バンドTシャツ作れば物販で売れるし!」

「虹夏先輩、物販に興味あるんです?」

「もちろん!バンドの活動費になるならどんどんやってくべきだよ。まあお金ないから作れるのは当分先かなぁ……」

 

 なんとも悲しい現実だ。華やかなバンド活動の裏にはこういう金銭的な悩みは付き物である。

 けれどファッション、もとい衣装に関してはすぐに取り掛かるべき問題かもしれない。人間は初対面の印象をほとんど外見で決めると言うのをどこかの本で読んだ事がある。もちろんそうだと決めつける訳じゃないが、これからバンドとして人前で活動していくなら、ある程度のファッションは必要になってくるだろう。ステージ用の衣装とかあれば統一感が出ていいかもしれないな。

 

「狼の被り物とかどうです?」

「カズ君!? 私達はMAN WITH A MISSIONじゃないんだよ!?」

「冗談ですよ。とりあえずTシャツ作れるのは当分先になりそうだし、後藤は一張羅を買ってきた方がいいかもしれないね。池袋とか渋谷とかでなんか買ってくればいいんじゃない?」

 

 僕がそう提案したら、後藤はテーブルに突っ伏して痙攣し始めた。

 

「うう……渋谷……109……私なんかが行ったら青い制服を着たお巡りさんを呼ばれて『ファッションセンスが無さすぎる罪』で逮捕されて死刑判決……」

「後藤さん!?マルキューは警察の通報番号じゃないわよ!?」

「カズ、私言い過ぎたかな?ぼっちのピンクジャージ、私はそこまで嫌いじゃないけど、バンドの事を考えると先に言っておいた方がいいと思って。悪気はなかった」

「いや、別にそこまでひど……いのかなぁ。後藤に対しては。まあ僕も後々言おうと思ってたんでOKです」

「OKじゃないわよカズ君!後藤さんがショック受けすぎて液状化し始めちゃってるわよ!?」

 

 ただ、やはりと言うかなんて言うか、後藤もファッションの流行なんてまったく興味もないし知らなかった。よくそんなんでギターヒーローの動画概要欄にあんな絵にかいた陽キャのような設定を盛り込めたなと思う。

 結局、後藤はファッションに詳しい喜多に縋りついて服を選んで欲しいと頼み込んだのだろう。

 だがよく考えればコミュ障の後藤が苦手な陽キャに自分から頼みに行くのは成長したと言ってもいいんじゃないか? 喜多は喜多で久しぶりのお出かけにウキウキだったみたいだし、僕の知らない所でメンバー同士がちゃんと交流しているのはメンバーの関係が良好に回っている証拠だ。

 この調子でいけば、後藤のコミュ障が治るとまではいかなくても、人前で演奏できる程度にはメンタルを強くすることができるんじゃないだろうか。

 

「ん?」

 

 と思ったら僕のスマホにLINEの通知が入ってる。今度は後藤からだった。

 

『タステケ』

 

「…………」

 

 今頃、喜多によって着せ替え人形にされている頃だろうか。

 

『あれ、カズ君どうしたの?』

「いえ、前途多難だなって」

 

 僕は見なかったことにして、虹夏先輩に返答する。

 後藤、強く生きろ。

 

「場数を増やすっていう意味では確かに本番の演奏も必要だとは思いますけど、少し急じゃないですか?まだオリジナル曲も1曲しかないですし」

『そこはほら、動画でやってるカバー曲でいいじゃん!突貫工事だけど曲のレパートリー増やしたし、それを演奏しようよ!』

「ライブ代はどうするんですか。まだ資金も貯まってないでしょ?先輩達のバイト代は、ほとんどスタジオ代に吸われてるんですし」

『うぐっ、そ、そこはまあなんか、お姉ちゃんに頼ってとか……』

「結局身内頼りじゃないですか」

 

 駆け出しの無名バンドの辛い所である。音楽活動は金食い虫。まだ売れていない無名のバンドは、這い上がるのにも一苦労だ。一回のライブをするだけで3人分の諭吉が必要になる。中学生と高校生がそんなにちょいちょいっと払えるような値段でもない。

 

「まあぼちぼちオリジナルソングの準備に入ってもいいかもですね。僕等もあと二か月で受験も終わって自由登校になりますし、そうしたら僕もSTARRYでバイトできますし」

 

 実際は四月一日までは中学生扱いなのでバイトはダメなのだが、昼の間だけヘルプとして手伝うなら大丈夫だと言う事を学校の生徒指導の先生には確認を取ってある。体裁としては友達の家を手伝う子供みたいな扱いだろう。もちろん、受験が終わった後と言うのが絶対の条件だが。「井上は手が掛からん真面目な生徒だし、まあ大丈夫だろ」とのこと。こういう時、真面目に勉強してて良かったなと思う。

 虹夏先輩達にはスタジオのレンタル代で滅茶苦茶世話になっているし、ライブ代を稼ぐ手伝いは以前からしてあげたいと考えていた。動画の収益が入るようになったら活動費にお金を回せるのだが、悲しいかな結束バンドのチャンネル登録者数はまだ千人を越えてはいない。

 

「早くても3月ですね、ライブが出来るのは。4月になったら本格的にバイトが出来ますし、そうすればもっとライブが出来ますよ」

『むーん……』

「先輩?」

『1,2曲でもいいの。できたら今月中に』

 

 今月?また急な話だ。もう今年もあと二週間で終わりだと言うのに。

 

「正直言って難しいです。練習に充てれる時間が少ない。後藤も含めて四人が揃う日がそんなにないんですよ。せめて後藤が東京に進学してくるまでは……」

 

 後藤の進学先は、僕らと同じ秀華高校だ。喜多は秀華高校は無理でも下北沢近くの高校に後藤を誘おうと画策していたが、LINEでどこの高校にするのかと訊いてみると僕達と同じ『秀華高校にします』と返された時は驚いた。どうやら最初から東京都の高校を選ぶつもりだったらしい。

「高校に入ったら放課後集まりやすくはなりそうだね!」と虹夏先輩は喜んでいた。

 学校帰りにSTARRYに通うことができるようになれば、今よりずっと下北沢にメンバーが集まりやすくなる。練習やライブの日程も合わせやすくなるだろう。

 ちなみに進路希望の理由を訊いてみたら。

 

「高校は誰も過去の自分を知らない所にしたくて……」

 

 お通夜状態になったその日のグループチャットはそれ以降続かなかった事は、言うまでもない。

 

『そっかー……そうだよね』

 

 僕の言葉に、虹夏先輩は少し悲しそうだった。どうしたんだろう。いつもの先輩らしくない。

 

「今月中じゃないといけない理由があるんですか?」

 

 そう尋ねてみると、しばらく心地の悪い間があって、やがて少し悩まし気に虹夏先輩が言った。 

 

『これは個人的な我儘なんだけどね。12月24日にミニライブできないかな?』

「クリスマスライブってことですか?」

 

 虹夏先輩の言葉に、僕は思わずカレンダーに目を向けた。壁に掛けてあるカレンダーは、もう年末で、来週にはクリスマスだと言う事を示している。

 

『あー、うん。それもなんだけどさ。12月24日はお姉ちゃんの誕生日なんだよ』

「店長さんの?」

 

 あの人、あの見た目でクリスマスイブが誕生日なのか……。ギャップがやべえな。

 

『シンプルにお姉ちゃん誕生日おめでとーってするのもいいんだけどね。できたら私の演奏を聴かせてあげたいの。お姉ちゃんに、今の私のドラムを見せてあげたいの』

「…………」

 

 虹夏先輩の言葉の節々には、哀しさとか優しさとか感謝とか、そういった目には見えないけど大切な物が滲んでいるような気がした。

 虹夏先輩のお母さんが事故で亡くなって、お父さんは仕事に専念して、基本的に二人で暮らしてきたと。僕はとっくに知ってしまっていて、知らないフリをしてあげれる程器用でもなかった。あのじりじりと焼くような夏の日に、店長さんから事情を聞かされたせいで、僕の心に日焼けみたいにくっきりと今でも残ってしまっている。ひりひりと、その痛みは冬になっても思い出せてしまう。

 

『お姉ちゃんに、もう大丈夫だよって伝えてあげたいんだ』

 

 ……そう言われると、僕の中の断らなきゃいけない理由が次々と上書きされるように消えていく。時間がないとかお金がないとか。そういったつまらない、『できない理由』より『やらなきゃいけない理由』の方が大きくなるのだ。

 僕は少し頭をがしがしと掻きむしって思考に没頭し、やがて口を開いた。

 

「……条件があります」

『!』

「まず、正式なライブじゃなくて、開店前のちょっとした時間にステージを使わせてもらいましょ」

『夏休みのカズ君のライブの時みたいな?』

「あー、そうです」

『あ、照れてる』

 

 言わないでください。あの日のライブは思い出すと恥ずかしさが出てくるから極力思い出さないようにしているのだ。

 

「いくらなんでも今からライブの準備は厳しすぎます。なんで、さくっと出来る曲を1曲だけ。それと、僕と先輩の二人のデュオでやりましょう。僕なら、いくらでも先輩に付き合うんで」

『本当に!?』

 

 机に置いてあるスマホが飛び跳ねたんじゃないかと思えるような、喜びの声が響いた。

 

『で、でもいいの!? カズ君忙しいんじゃっ』

「……前にも言ったじゃないですか」

『何を?』

「息抜きなら付き合うって」

『…………~~~~!カズ君最高っ!ありがとう!今からカズ君の家に行くね!何の曲を演るか選ばなきゃ!』

 

 そう言ってがちゃりと通話は切られた。

 滅茶苦茶喜んでたな先輩。クリスマスプレゼントをもらった子供かってぐらいはしゃいでいるのがスピーカーの声で分かる。きっと今頃、大急ぎで身支度をして、ドラムスティックを持ってこっちに向かってくるだろう。僕の家の機材室に眠っているドラムを叩きに。

 

 さて、先輩が来るなら軽く機材室を片付けておくか。

 どうせ後でリョウさんや喜多もここに寄り道するだろうし、ピザでも注文しておこうかな。

 僕はやりかけの問題集を閉じて、ピザを注文する為にネットを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして12月24日。

 

 

『ごべんねカ゛ズぐ~ん!』

「えぇ……」

 

 

 虹夏先輩は風邪を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山下達郎の『クリスマス・イブ』や松任谷由実の『恋人はサンタクロース』がテレビやラジオで流れるようになると、僕は「ああ、もうすぐクリスマスがやってくるんだな」と感じる。

 音楽業界もクリスマスは他人事ではなく、イベントを開いて集客するチャンスだったり、カップルからの売り上げを狙ってクリスマスにこじつけてたくさんのクリスマスソングがリリースされる。路上で弾き語りをするギタリストも、歩いている客が興味を惹きやすいようにクリスマスソングやラブソングをチョイスするようになるし、季節のJ-POPランキングも上位にクリスマスソングが占め始める。

 ぼっちこと後藤ひとりが運営する『ギターヒーロー』のチャンネルも、この頃になると彼女の下にたくさんのクリスマスソングのリクエストが入ってくるらしい。

 しかし、日本でクリスマスと言えば恋人と過ごすイベントであり、それに伴ってクリスマスソング=ラブソングと言う方程式が成り立つ為、彼女の下には青春コンプレックスを刺激する曲が大量にリクエストとして送られてくるんだとか。楽譜を開く度に死にかける後藤の姿が容易に想像できて、なんか嫌だった。

 僕は「そんなリクエスト弾きたくないなら放置すればいいのに」とか「面倒ならリクエスト募集なんてしなきゃいいのに」とか考えちゃうのだが、後藤ひとり曰く――

 

「ほ、本当は弾きたくないしリクエストなんて募集したくないんですけど、偶にカズさんがColdplayを送ってくれた時みたいに自分の好みドンピシャの神曲が届く事もありますし、それにリクエストを募集したりそれを演奏すると再生回数が多く稼げて承認欲求が満たされるんですぅ……!く、クリスマスの時だけはリクエスト募集を閉じようかとも思ったんですけど私概要欄の嘘設定で超絶陽キャのリア充って設定だからクリスマスソングを10曲ぐらい弾かなきゃ私の嘘設定バレるような気がして……!うぅ、嘘がバレてしまうかもしれないと言うプレッシャーがっ」

「いや、君は勉強しなきゃヤバいだろ。動画は結束バンドのチャンネルだけにしておきなさい」

 

 悲しきかな、再生回数に囚われし動画投稿者よ。後藤の承認欲求が人より数倍強いらしいと言う事に最近気づいた僕は――放って置くことにした。だってフォローするの面倒だし。

 その承認欲求を捨てればもう少し楽に過ごせるだろうに。僕も動画編集をしている手前、あまり大きな声では言えないが後藤のこの姿は反面教師にしようと思いました。

 さて、ギターを弾きながらミイラになると言う奇妙に器用な後藤は放って置いて、クリスマスはSTARRYにとっても他人事ではなかった。年末と言う事もあってライブハウスも客の出入りが普段より多い。

 一応アコースティックギターを背負ってSTARRYに行くと、少しさび付いた入り口の扉にはクリスマスのリースオーナメントが飾ってあった。

 重い扉を開いて中に入ると、そこには少し疲れたようにしている師匠……もとい、店長さんがいた。

 

「おうカズ、来たか。悪いな、忙しいのに呼び出しちまって」

「大丈夫ですよ。あ、あとこれ。クリスマスプレゼント兼誕生日プレゼントです」

「お、サンキュー……ってなんだこれ」

「抱き枕ですよ」

「おぉ……意外に実用的なのを選んでくれたな……」

「え、なんで引かれてるんです?」

「私の周りにいる連中みんなネタ的なプレゼントしか寄越さなかったから正直期待してなかった」

 

 ちょっと想像できちゃうのが嫌だな。と言うのも、僕も最初はちょっとキモいタイプのゆるキャラのぬいぐるみでも渡そうかなと目論んでいた。リョウさんに「店長はいつもぬいぐるみを抱っこして寝てるよ」と言う話を聞いて、いたずら心でくまもんとか抱いてる店長とか面白そうだなと考えたのだ。この人、冷徹そうに見えて意外と人情深い上にいいリアクションをしてくれるから、オーバーリアクションを求めてネタに走りたがる人の気持ちがちょっと分かってしまうのだ。

 結局、後が怖いから実用的な枕にしてしまったのだが。そこそこいい値段のするヨギボーである。

 

「虹夏先輩の具合はどうですか?」

 

 僕が気になっていた事を尋ねると、僕の不安を察してくれたのか店長さんは優しいトーンで返してくれた。

 

「さっき病院に車で連れて行って、帰って来た所。薬飲ませたら効いてきたのかすぐに寝ちまった。ただの風邪だから気にしなくていい。最近はずっとお前らと練習してたから、休む暇がなかったんだろ。けどなにもクリスマスにぶっ倒れるまでやるなんてな」

 

 ここ数日、バイトが終わった後に僕の家にやってきて虹夏先輩はドラムを夜遅くまで叩いていた。その疲れが熱となって表面上に出てきてしまったのだろう。

 仕方ないが虹夏先輩が風邪でダウンしてしまったので、今日の演奏会はお流れだ。

 

「そういえば、ステージをちょっと貸して欲しいって言ってたな。私に聴いて欲しいって言ってたけど。何演るつもりだったんだ?」

「『ぼくらが旅に出る理由』ですよ。小沢健二の」

 

 虹夏先輩が僕の家で選んだ曲はそれだった。CDラックにあったアルバムから、まるで最初からそこにあるのを知っていたんじゃないかと疑ってしまうほどすぐにこの曲を引っ張ってきたのだ。

「この曲にしようよ」と、笑顔で――でもどこか真剣に提案してきた虹夏先輩の表情が少し印象的だった。なんというか、「絶対にこの曲にする」っていう強い意志を感じたのだ。何かこの曲に思い入れでもあったのだろうか?

 そして僕がアコギで、虹夏先輩がドラムで演奏する事に。覚えたてのシンセでベースのコードを打ち込み、ボーカルなしでアレンジした簡単な演奏を披露するつもりだった。リョウさん程繊細にアレンジをすることはできなかったけど、それでも二人で演奏する分には十分なクオリティだと思う。本当は喜多にボーカルで入ってもらいたかったけど、喜多は既にクリスマス会の予定を入れてしまっていて日程を合わせる事はできなかった。

 ちなみに僕は虹夏先輩に先に誘われたので、クリスマス会には行けないと喜多に話すと物凄い剣幕でがっくんがっくんと首を掴まれて揺さぶられたのは記憶に新しい。

 

「…………」

 

 僕が曲名を伝えると、店長さんは言葉を失ったように目を見開いて、やがて悲しそうに、そして懐かしそうに眼を細めた。その表情はどこか見覚えがあった。そうだ、確か夏休みの時に話していた――

 

「母さんが好きだった曲だよ。車でよく流してた」

「あっ」

 

 そうだ。店長さんが死んだお母さんの事を話していた時の表情だった。

 そのことに気付いた時にはもう遅かった。僕は心臓をきゅぅっと握られたような苦しい感覚に襲われた。

 

「……だから、そんな顔するなっての。いいんだ。誕生日祝いに、私に聴かせたかったんだろ。虹夏の事だから、どうせ「私はこんなに叩けるようになったんだぞ」っていう報告も兼ねたセッションにするつもりだったんだろ?」

 

 何も言い返せなかった。やっぱり、この人は虹夏先輩のお姉さんなんだな。先輩がやろうとしてた事、伝えたかった事、全部見破られてしまった。

 

「そんなのにカズを付き合わせて、それで風邪引くなんて虹夏も馬鹿だな、まったく……」

 

 呆れながら言う店長さんだが、笑顔が隠しきれてなかった。僕は、笑えなかった。

 

「……ありがとな。妹の我儘に付き合わせて。また今度、聴かせてくれるのを楽しみにしてる。だから、もうそんな顔すんなって」

 

 僕の頭に手を置いて、がしがしと撫でられるがままにされた僕は、なんとか絞り出すように「はい」と、そう返事をした。

 

「ほら、そろそろ店開くからな。今日はたくさん客が入るから頼んだぞ」

 

 店長さんはそう言って店の奥に引っ込んでいく。僕は慌ててその後を追った。

 

 

 音楽は、不思議だ。自分にとってはなんでもないただの曲でも、誰かの心に思い出と結び付いて保管される事がある。長い人生を生きていく中で忘れられていくたくさんの記憶。その中で、ずっと捨てられずに残り続ける思い出。埃を被っても、風化しない。ほんのちょっとしたきっかけ、例えばずっと昔の曲を思い出しただけで一緒に掘り返されてしまう。

 僕は悔しかった。

 店長さんに、こんな形でお母さんの思い出を掘り返させてしまった事に。

 出来る事なら、虹夏先輩のドラムで思い出させてあげたかった。

 辛い記憶ではなく、楽しかった記憶を。

 

 僕は気持ちを上手く切り替えられないまま、STARRYの仕事の手伝いに励んだ。

 

 

 

 

 

 

 クリスマスのSTARRYは、僕の想像の倍以上の客が入ってきた。僕は受付とドリンクの仕事で手一杯になりながらもなんとかこなし、客が入り終わってライブが始まると今度はPAさんのアシスタントとして駆り出された。ライブハウスがびりびりと震える程の歓声と音楽の音で埋め尽くされる。けれどそんな空気を楽しむ余裕は正直なく、落ち着いたと感じた頃には時刻はとっくに夜の9時を越えていた。

 

「もうほんっとうの本当に助かりました!虹夏ちゃんが倒れたって聞いた時は今日の仕事は地獄になる事はほぼ確定してたのに、井上君のおかげで本当に無事越えれました!ただでさえクリスマスに仕事が入って最悪だったのに、井上君がいなかったらどうなってたか……うう、喜多ちゃんが羨ましい……私もこんな幼馴染が欲しい……」

「ちょっ、まだ終わってないんですから正気に戻ってください!」

 

 クリスマスイブに仕事と言う地獄に囚われたPAさんは、入ってきたカップル客に当てられてナーバスになっていた。これが彼氏無しの20代女性の闇か……。

 

「じゃあなんで今日シフト入れたんだよ。お前からじゃねーか今日シフト入れて欲しいって先月頼んできたの」

「イブに家で独りきりで寂しく過ごすなんて私にはできません!仕事で気を紛らわせないとやってられないんです!」

「めんどくせーなお前」

 

 この時ばかりは僕も店長さんに同意だった。放って置いたら『クリスマス?何それ美味しいの?』とか歌い出しそう。

 

「カズ、もう落ち着いてきたしそろそろ上がっていいぞ」

「あ、もういいんです?」

「今演奏中のバンドが今日のラストだしな。後は私達でやれる。それより、こんな時間まで拘束しちまって悪かったよ。ほい、今日の時給」

「あざまーす」

 

 今日の給料が入った封筒を渡され、素直に感謝する僕。

 中身を軽く改めると、ひーふー……うん、今の僕の所持金と合わせればギリいけるかな。

 

「お、なんか買い物するつもりか?」

「はい。お陰様で目標の予算に達したので、明日買いに秋葉原に行ってきます」

「そいつはよかった。来年の3月からここのバイトに入ってくれるんだろ?即戦力のお前が入ってくれるのは正直助かるよ」

「店長さん達の力になれたならよかった。ここで機材をいじくれるの、正直楽しいので働けるの楽しみです」

「うぅ、井上君良い子……店長、私この子を弟子にしたい」

「何のだよ」

 

 半泣きのPAさんの頭にチョップする店長さん。なんだかんだ仲がいい職場だよな。

 

「そうだ、虹夏の様子をちょっと見てやってくれないか?」

「え。さすがに女の子の部屋に上がるのはどうかと……」

「あいつ放って置くと家事やり出すから、起きてたらベッドに叩き込んでやって欲しいんだよ。私はまだ締め作業まで時間があるから、お前に頼みたいんだ。お前なら変な事しねえだろ?それに、このままここにいるとあいつの愚痴に付き合わされて飲み会に引っ張られるぞ」

 

 そこまで言われては家にそそくさと帰る事はできなかった。僕は「分かりました」と渋々返事をし、虹夏先輩の家へ向かう。

 STARRYの店を出て、そのまま同じ建物の階段を登り、3階の部屋が伊地知家だった。

 職場まで徒歩1分圏内。階段を下りればすぐにライブハウスと言うのは、音楽好きにとってはなかなか良い環境だなと少し羨ましく思いながら、僕は玄関の横のインターフォンを押した。

 

「虹夏先輩、起きてますー?」

『えっ!? うっそカズ君!? ちょっと待って!』

 

 しばらくすると、扉の奥からドタドタと音がし、勢いよく扉が開かれた。

 

「こんばんは、カズ君!」

「お見舞いに来ました。……って、なんですかその恰好」

 

 中から出てきた虹夏先輩の格好は、まるで今から渋谷にでも出かけそうなぐらいのお洒落な恰好だった。なのに顔は真っ赤で、熱があるのが一目瞭然だった。心なしかいつもはぴしっと伸びている背筋も猫背になっている。

 

「え?カズ君が来たから……急いでパジャマに……」

「……いや、それパジャマじゃないしなんていうか……うん。まあ、ありがとうございます?」

 

 熱で意識が朦朧としてるのだろうか、それとも薬が効いて眠気があるのか、虹夏先輩の目はとろんと溶け始めている。……これ、このまま放って置けないな。

 

「とりあえず、ちょっと上がらせてください。ポカリを買って来たんで、それ呑んで着替えて寝てください」

「えー、カズ君大丈夫だよぉ。もう熱は結構下がったし、そうだ、今から下に行って演奏会を――」

「寝ろ」

「アッハイ」

 

 店長さんの不安は当たっていたらしい。どうやら少し前までずっと家事をしていたらしいと言うのは、テーブルに並べられたオムライスを見て察する事ができた。店長さんの分の夕食なのだろう。けれど虹夏先輩は食欲がないらしく、食べた形跡が見当たらなかった。

 薬を飲ませた先輩をパジャマに着替えさせ(もちろん一人で自室で)、僕はその間に近くのコンビニにダッシュで向かって、ゼリーや飲み物を追加で買ってくる。

 急いで戻って来た僕が虹夏先輩の扉を小さくノックし、ゆっくりと中に入ると布団の中に潜り込んでいる先輩の姿があった。

 

「ごめんね、カズ君……わざわざ来てくれて。お店も手伝ってくれたんでしょ?」

「大丈夫ですよ。ゼリー買って来たんで、食べれますか?」

「うん……」

 

 弱々しくベッドで上半身だけ起き上がる虹夏先輩に、スプーンとゼリーを手渡した。食欲はなくても、身体はエネルギーを求めていたのだろう。おぼつかない手だけど、ゆっくりゼリーを食べ始めてくれた。

 こんなに弱っている虹夏先輩を見るの、ひょっとしたら初めてじゃないだろうか。チャームポイントのアホ毛も、しなしなに横たわってしまっている。僕は純粋に心配になった。顔を真っ赤にしている虹夏先輩を見ていると、眠ったらそのまま目を覚まさないんじゃないかと言う変な不安に駆られてしまう。

 

「ごめんね」

 

 今日何度目か分からない「ごめんね」が虹夏先輩の口から零れた。多分、「今日風邪引いちゃってごめんね」の謝罪だろう。

 

「いいですよ。また次に一緒に弾けばいいんですから。来年は僕だけじゃなく、喜多やリョウさんと後藤も巻き込んで盛大にやりましょ」

「でも、来年にはカズ君はいないよ……」

 

 言われて、僕はそうだった、と頭を抱えた。今頃の僕はアメリカの学校に通っている予定である。もちろん、ちょくちょく日本に帰ってくるつもりではあるが、来年の今日、この場に居れるかは分からない。

 僕は気まずくなって、それを誤魔化す様にいつの間にか空っぽになったゼリーの容器を受け取って虹夏先輩をベッドの横にならせた。

 

「……カズ君とセッション、したかったなぁ」

「……お母さんの好きな曲、なんですよね」

「お姉ちゃんから聞いたの?」

 

 僕は頷いた。

 

「もう、私もあまり思い出せないんだけどね。お母さんと車に乗った時、いつもその曲を掛けてたなぁって。たぶん、お姉ちゃんも覚えてると思って、演奏したかったの」

 

 残酷なぐらい、優しくて、哀しい思い出だ。僕の家はお世辞には良い家族とは言えないけど、それでも優しさと愛はあったし、これからも僕はそれを受け取れる。でも、お母さんを失った虹夏先輩は、もう思い出の中でしかそれに触れる事ができない。僕はそれがたまらなく悲しかった。

 

「でも、お母さんにも、お父さんにも、お姉ちゃんにも、たくさん迷惑かけたから。だから今日、それを演奏してお姉ちゃんを安心させたかったんだ。STARRYは、私の為に造られた居場所だったから。今度からは、私もこのステージに立てるんだって、お姉ちゃんに言ってやりたかったんだ」

「STARRYが、虹夏先輩の為?」

「うん……お姉ちゃんは絶対にそんな事言わないけどね……」

 

 虹夏先輩はぽつぽつと僕に語ってくれた。

 母親を交通事故で亡くして、学校へ行けなくなった時期があった事。

 それを見た店長さんが、ライブハウスへ連れて行ってくれるようになった事。

 ライブを見ている間は、全部がきらきらしてて、辛い気持ちが軽くなった事。

 それに気付いた店長さんは、バンドを辞めてライブハウスを作った事。

 話を聞いていて、僕は少し泣きそうになった。

 二人の姉妹の哀しさと優しさが、とても尊く輝かしい物に見えてしまった。気を抜いたら涙が止まらなくなるんじゃないかと思った。

 神様は、本当に残酷だ。時に優しく、けれど時に残酷なほどに、誰かから幸せを奪い去っていく。

 二人の下に音楽がなかったら、きっと今みたいな仲の良い姉妹ではいられなかったんじゃないかと考えて、恐ろしくなる。

 

「だからね、今のバンドを人気にしたいの。世界一のロックバンドって言われるぐらいに。そうすれば、お姉ちゃんに恩返しができる」

 

 僕は、ここ半年の間に虹夏先輩とはたくさん話したけど、そういえばこの人の夢を聞いたことがなかった事に気が付いた。

 どこまでも透明で不純物のない綺麗な夢だ。素直にそう思った。

 まだ無垢で、叶えられていない大きな願い。

 

「私の夢は……STARRYを、もっと有名にする事。バンドを辞めちゃったお姉ちゃんの分まで人気になるの。カズ君の夢は、何?」

「そりゃ、翻訳家になることで」

「それだけ?」

 

 虹夏先輩の言葉に、僕の言葉は遮られた。

 翻訳家になる事。世界中のロックを聴きまくって人生を謳歌する事。

 そう答えようと思った。でも、唐突に僕の中に疑問が涌き出た。

 

 

 ―――本当に、それだけでいいのか?

 

 

 その疑問は僕の中で風船みたいに膨らんでいく。何の疑問か、どこから湧いて出てきたかもわからない疑問は、僕の未来を左右する、大きな障害のような気がした。

 簡単に、適当に出していい答えじゃない。でも、少し考えてもなんて答えればいいか分からなくなった。簡単に片づけてはいけない問題。放って置いてはいけない問題。

 僕が、何者になれるのか。それが決まる問題だった。

 

「……カズ君は、やっぱり音楽馬鹿だね」

「え。なんで……」

「カズ君は、もっと我儘になっていいんじゃないかなって思うよ……」

 

 僕の顔を見て、虹夏先輩は何を感じ取ったんだろう。優しく微笑みながら言う先輩の言葉は、そっと僕の心を撫でているような気がした。

 どうして、風邪で苦しんでいる先輩に僕が励まされているんだろう。なんだか少し、自分が情けない。

 

「喜多ちゃんに対しても……私達にも……音楽に対しても……」

 

 虹夏先輩の言葉は独り言なのか僕に言い聞かしてるのか分からなかった。少しずつ、先輩の意識が眠気に負けかけている。さっきの薬が効いてきたのだろう。罪悪感があったが、このままゆっくり眠って欲しいと僕は願った。

 弱っている虹夏先輩とこれ以上喋っていると、僕が心をさらけ出したくない部分まで引き出されてしまいそうで、少し怖くなったのだ。このままゆっくり、眠って欲しい。それで、明日また元気になって欲しい。やっぱり弱った先輩よりも、元気な先輩と僕は喋りたい。

 こんな落ち込んだ気分のままで、夢だなんだと語るのは嫌だった。

 

「……カズ君?」

 

 僕はそっと、虹夏先輩の部屋の壁に立て掛けてあった自分のアコースティックギターのケースから、自分の相棒を取り出した。

 弦を軽く音合わせし、握り締めたピックをゆっくりとダウンさせる。

 

「あ……」

 

 一音一音を、あえて丁寧にゆっくりと鳴らした。眠気を誘うように。

 

 When You Wish Upon A Star――『星に願いを』。

 

 ディズニーの映画『ピノキオ』の主題歌。ジミニー・クリケットと言う小さなコオロギが歌った、世界を代表する名曲。

 その歌はディズニーを象徴する歌として、今も使われ続けている。

 

 

 もし君が心から夢を見ているなら

 どんなに大きな夢でもいい

 夢見る人がするように

 星に願いをかければいい

 

 

 出来るだけ優しく、弦を弾く。音を強くし過ぎて虹夏先輩の眠りを邪魔しないように。虹夏先輩が悪夢に魘されないように。

 神様。クリスマスの時ぐらい、いいじゃないか。幸せに眠る権利ぐらい、誰にだってあるはずだろ。

 僕のギターにどれだけの力があるかは分からない。でも、出来る事なら、幸せな夢を見て眠って欲しかった。

 眠りから覚めたら、虹夏先輩が元気になっていますように。

 そんな想いを込めながら、僕はゆっくりギターを弾き続ける。

 

 お母さん――

 

「……先輩?」

 

 呼びかけても反応はなかった。ただ、すーすーと小さな寝息が聞こえていた。

 

 

「……おやすみなさい、先輩。良い夢を」

 

 

 僕は静かにギターを片付けて、そっと電気を消して部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな、カズ」

 

 部屋を出ると、廊下の壁に寄り掛かっていた店長さんが僕を待っていた。

 

「いたんですか、店長さん。スタッフと打ち上げじゃなかったんですか?」

「虹夏が倒れてるのに呑みに行ける訳ないだろ。上がってきたらギターの音が聞こえて、びっくりしたよ」

「すみません、集合住宅なのに」

「大丈夫だ、結構壁が厚いからな」

 

 店長さんはそう笑って、僕の肩をぱんぱんと叩いた。

 

「お前も、ちょっとはギタリストらしい顔つきになったな。半年前の、半人前のお前に比べたら大分男前だよ」

「……ロックンローラーとして一人前になりました?」

「まだ0.75人前ってところだな」

「なんですかそれ」

「それより、今日はもう遅いから泊まってけよ。私一人だけ誕生日過ごすのもあれだから、呑みに付き合え」

「いいんですか?」

「当たり前だろ。そうだ、ゲームしようぜ。私最近、スプラトゥーンにハマっててさ……」

 

 店長さんは有無を言わさずに僕を半ば強引に伊地知家に泊めさせた。

 勝手な推測だけど、きっと店長さんは仕事を早めに切り上げて、僕達の会話をちょっと聴いてたんじゃないかとなんとなく思った。

 一人きりのクリスマスは、誰だって寂しい。

 虹夏先輩が倒れて心細かったって言うのもあるだろうけど、僕の寂しさも紛らわせようと気を使ってくれたのだと思う。やっぱりこの人、チョーカッコイイよ。

 

「おまっ、このゲーム初めてじゃなかったのか!?」

「あー、一応(前世で)やり込んでて。店長さんの帯なら楽勝ですよ」

「……ちなみにパワーはどんぐらいだ?」

「24越えがベストだったかな」

「……なあ、やり方教わってもいい?虹夏に自慢してやりたいんだ」

「子供に見栄を張るパパですか」

 

 こうして僕のクリスマスは、店長さんと過ごす事になった。

 年上美人の女性と過ごしていたけど、なんだか仲のいい親戚と遊んでいるみたいで凄く楽しかったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優しい音楽の中で、お母さんと話していた夢を見た気がする。

 目が覚めると、そこは見慣れた天井と――

 

「あ、起きた」

「……なんでいるの?」

 

 見慣れた私の幼馴染の顔だった。

 相変らず何を考えているのか分かんないぼーっとした顔で、ベッドで眠っていた私の顔を覗き込んでいる。

 

「何って、虹夏のお見舞いだよ。それに、もう昼」

「え、嘘」

 

 壁に掛けてある時計を見ると、もう時計の針は12時を指している。やってしまった。こんな時間まで寝過ごしてしまうとは……。

 

「風邪だったから仕方ないよ。はいこれ」

「……ナニコレ?」

「メリークリスマス」

「え、嘘、リョウが?」

 

 この自堕落金欠ベーシストが、幼馴染の私にクリスマスプレゼントを?うそでしょ、ずっと幼馴染やってるけど今まで誕生日プレゼントも買ってくれたことないのに!

 昨日まで風邪で弱っていた所にこのサプライズは嬉しすぎる!そう思って受け取ったら――

 

「ナニコレ」

「ポケットティッシュ」

 

 そうだよね。こういう幼馴染だよこいつは。

 私はティッシュを全部袋から抜き取り鼻をチーンとかんでやった。

 

「はいはい、ありがとね!それよりカズ君はまだいる?昨日のお礼しなきゃ!」

 

 うっすらと覚えてる。心身ともに弱ってて落ち込んでいる私が眠るまで、ずっと傍に居てくれたこと。それに、カズ君がいてくれたおかげなのか、凄い幸せな夢を見れた気がしたから。すぐに顔を見てお礼を言いたかった。

 私はベッドから飛び降りて、「待って、虹夏」と慌てるリョウを置いて急いでリビングに向かった。

 扉を開けてリビングに入ると――

 

「あ、虹夏先輩!メリークリスマスです!熱はもう大丈夫ですか?」

「に、虹夏ちゃん……メリークリスマスです……」

 

 そこには、私服姿の喜多ちゃんとぼっちちゃんがいた。

 

「―――って、なんで二人がここに!?」

 

 し、しかも服!ぼっちちゃんの服が、可愛い系になってる!あのクソダサ……じゃなかった、個性的なピンクジャージじゃない!?

 

「昨日、カズから連絡があった。虹夏が熱を出したって」

「それで、お見舞いに行こうって私が提案したんです。ついでに後藤さんの私服デビューです!」

「え、えへへ……どうですか?原宿ガールみたいですか?」

「そ、そうだったんだ……。ぼ、ぼっちちゃんすごく可愛くなっててびっくりした」

 

 まだ服に着られている感が拭えないけど、それでも服が変わっただけで滅茶苦茶印象が変わる。

 喜多ちゃんのファッションセンス、やはり侮れない……!

 

「それより、虹夏先輩の為に朝ご飯……あ、もう昼ごはんか。カズ君が用意してくれてたんですよ!もう帰っちゃいましたけど」

「え、帰っちゃったの?」

「はい……なんかすごい眠たそうでした」

 

 喜多ちゃんは少し寂しそうにそう呟いた。この子、本当にカズ君の事が大好きなんだなぁ。

 でも、昨日本当に感じた。カズ君良い子すぎる。受験勉強で忙しいだろうに私の我儘に付き合ってくれて、熱出して倒れたらSTARRYのヘルプまでやってくれて、それでお見舞いも来てくれて。しかも朝食まで作ってくれてるとは!見ると病み上がりの私でも食べやすいようにおかゆがテーブルの上に置いてあった。アフターフォローまで完璧か!? 私じゃなかったら惚れてた所だよ。

 

「喜多ちゃん」

「な、なんですか?」

「カズ君だけは逃がしちゃダメだよ絶対」

「何の話ですか!?」

 

 何の話って、そういう話だよ。やっぱり、そのうち二人がくっつくように手助けしないとダメかなぁ。二人共全然進展しないもん。ここは私が力を貸してあげなきゃ。

 リョウはあんなんだし、ぼっちちゃんはあんなんだし。お姉ちゃんは……うん。我が女性陣のほとんどは恋など未経験の戦力外。私もだけど、フォローなら他の3人よりはまだマシだし。

 

「ところで喜多ちゃん、その袋なに?」

 

 喜多ちゃんの足元に、電気屋のレジ袋が置いてあった。中には箱が入っているのか、ビニールは四角い箱の形が浮き出てしまっている。

 

「あ、これですか?さっきカズ君が帰る時に擦れ違いで渡して行ったんです。そのまますぐ帰っちゃったんで、何なのか分からないんですけど……」

「あ、あ、ひょっとしたら、クリスマスプレゼントじゃないですか?」

 

 ぼっちちゃんがそう言って、喜多ちゃんははっとしたのかすぐに袋を開封し始めた。

 中から出てきたのは――

 

「ヘッドホンだ!しかもDENONの新作!」

 

 目を輝かせて飛びついたのはリョウだった。さすが、カズ君と同じオーディオオタク。

 

「DENONの高級ヘッドホンだよ!凄い、いいなぁ!有線タイプだけど凄い音質がいいって評判!あ、しかもiPhoneに繋げられる変換アダプタもある!至れり尽くせりだ!大切に使えば一生使えるヘッドホンだよ!」

「(リョウさんがこんなにはしゃいでるの初めて見た……)あ、そういえば喜多さんが使ってたヘッドホンって……」

「大分傷んでたよね……」

 

 間違いなく、これはカズ君から喜多ちゃんへのクリスマスプレゼントだ。多分、渡すのが照れ臭くてそそくさと帰っちゃったんだろう。

 本当に、不器用で優しいプロデューサーだよ。カズ君は。

 

「…………あ、う、あ」

 

 そして、カズ君からクリスマスプレゼントをもらった喜多ちゃんは状況を飲み込めてないのか顔を真っ赤にして固まっちゃってるし。

 

「郁代、ぼっちみたいになってる。まあいいや。とりあえずどの曲流そう」

「え?あ、こらこらこら!何自分の物みたいに真っ先に使おうとしてるの!」

「あばばばばば」

「ぎゃーぼっちちゃんがまた溶け始めてる!? ちょっと私病み上がりなのにこんなにツッコミさせるなー!」

 

 こうして、私の――ううん、結束バンドのクリスマスは騒がしく過ぎて行った。

 クリスマスイブは風邪を引くわ演奏はできなくなるわで散々だったけど――サンタさんは最後の最後に、楽しいプレゼントを置いて行ってくれたみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい仲間を持ったな、虹夏」

「……えへへ!そうでしょ!」

 

 結束バンドの皆が帰った後、お姉ちゃんはそう言ってくれた。

 根拠のない自信だけど、確信に近い予感がある。このメンバーなら、絶対に上に行けるって!

 

「でも気を付けろよ?バンドはちょっとしたことですぐモメるからな。カズが他の女に捕まって修羅場になってそのまま関係がこじれて解散、なんてならないようにな」

「もー!何言ってるのおねえちゃん!そんな事起こる訳ないじゃん!」

 

 

 そうだよ!私達の友情……友情かな?

 とにかく結束力は、ちょっとやそっとじゃ切れたりしないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『虹夏先輩?今、SIDEROSって言うバンドのメンバーとサポートギターとボーカルやることになって――』

 

「は?何カズ君、結束バンド放って浮気?」

 

 

 

 ごめんお姉ちゃん。私のバンド、もう解散の危機かも……。

 

 

 

 

 

 

*1
作者の個人的な偏見。





たくさんの感想、評価、誤字、ここすきありがとうございます。書くエネルギーをもらってます。低評価入れた人はファッキ【不適切な表現】。


「前回はぼっちとリョウを主軸に書いたから、バランスを取って虹夏パイセンの話を書こう」と考えてたらこんなのが出来上がってしまった。もうちょっと明るい話を書くつもりだったんだけどなぁ……。まあ遅めのクリスマス回ってことにしてください。

 え?今回は喜多ちゃん歌ってない?しかも今回、ロックをほとんど出してない?タイトル詐欺?
 ッスー……本当に申し訳ない。

 次回はSIDEROSのあの子が出てきます。



X(旧Twitter)

 ↑前回に宣伝したらたくさんの人がフォローしてくれました。感謝感謝。
 さっそく、フォロワーさんからオススメ曲を頂いて新しいバンドを開拓してます。もっともっと、たくさんの推し曲を募集しております。
 Xでエゴサして感想を読んでにやにやしたりしてます。



 今年の正月から能登半島地震が起きてしまい、悲しい気持ちが一杯です。被災地の方々には一日でも早く元の生活に戻れるよう心より祈念いたします。
 自分に出来る事は少ないですが、小さな二次創作でもこれを読んで、誰かの心を元気にできたらなと考えて急いで筆を執った次第です。
 こんな時だからこそ、気持ちで負けないように頑張っていきたいと思います。


 そういう訳で、いつもの文言で〆ようと思います。


 でも感想もっともっともっと欲しいんだ……評価くれ~感想くれ~!(いつもの)
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