本当の意味で忙しい時、何かに没頭している時、時間が流れるのが加速したように感じる。
それは去年の二学期、特にライブの準備と合唱コンクールの練習に勤しんでいた頃にも感じていた事だけど、結束バンドに後藤ひとりが加わった後は、その速さのギアが数段上がったように思える。
ここ数ヶ月は、濃密な時間だった。カルピスの原液ぐらい濃厚だった。忙しかったけど、とても充実した日々だった――なんて思う訳がなく、忙しいもんは忙しい。クソがよ。
勉強、ギター練習、バンドの合わせ、動画編集、シンセの練習etc……どうして一日って24時間しかないんだろう。そう不便に想う日々。24時間、戦えません。
人生二周目の僕としては、もっと余裕を持って高校受験をする予定だった。一年かけて合格のボーダーラインを超える程度には基礎勉強を、特にあまり好みじゃない理数系を中心に反復して勉強していくつもりだった。
英語は歌詞をよく自分で和訳するので得意だけど、中学時代の理数系はあまり覚えていない所も多かったし、そもそも前世から勉学に熱を入れ込めるタイプじゃなかった。人生二周目の奴が皆成績がいいとは思うなよ。要領はいいつもりだが、だからと言って勉強が得意なのかと言われるとそうでもない。
なので受験勉強は僕にとっては必要な事だし、来年はアメリカに行くので向こうでもある程度学業についていく為に英会話の勉強は必須だった。
だと言うのに受験シーズンの真っ只中で結束バンドのマネージャーになったりだとかシンセの練習をする事になるだとか、音楽を聴く以外の作業をするなんて完全な想定外。勉強は平均以上は取れる程度で済ませて後は好きな音楽を聴きながら時間を潰して受験をパスするつもりだったのに。今更ギターの練習をするとは、一年前まで全く想像もしてなかった。これも全部喜多って奴のせいなんだ。
まあ、百歩譲って音楽を聴く作業が音楽を弾く事に変わったのはまだいい。ロックを聴く時間を減らすのは苦しいけど、それでも楽器を弾くのは楽しいから。
けれど、12月から1月にかけて爆発的に忙しくなったのは間違いなく後藤のせいであった。
「えっ……この間の模試C判定!? 普通にヤバくない!?」
12月中に受けた全国の中学受験生を対象にした模擬試験。その結果をなんとなく後藤に尋ねたらまさかのC判定でびっくらこいた。
「ですよねー……えへへ、どうしましょう」
「どうしましょうってどうするんだよ!?」
エマージェンシー。後藤の為に急遽僕の家で勉強合宿が行われる事になった。秀華高校は進学校と言う訳じゃないが、さすがにC判定はヤバすぎる。頭を抱えたくなるがこうなってしまった以上、後藤を合格させるためには僕が後藤に色々と勉強を教えなければならなくなった。
そしてそのことを聞きつけた喜多が参戦、ついでに何故か虹夏先輩とリョウさんまで参戦してきた。
「後藤さんと二人っきりなんてダメよカズ君!いくら同じバンド仲間だからって男女が部屋に集まったらそういう雰囲気になっちゃうかもしれないし……」
「……君こそほとんど毎日僕の家に練習しに来てるのに。最近は夕飯まで僕の家で食べていくじゃないか」
「そ、それは、カズ君の家は防音効いてるしカズ君のご飯美味しいし、できるだけカズ君と一緒にいたいし……」
「はぁ。女子と二人きりはNG……つまりそれは今後君は僕の家には来ないと言う意思表示と言う事でオーケー?」
「ああああああッ嘘です嘘です仲間外れにされて寂しくなっただけです!!」
「私は普通にカズ君の手伝いに来ただけだよー。風邪引いた時のお礼もまだだったし、曲がりなりにもシモコーは進学校だから教える事は出来ると思うよ?」
「神か何かか?」
「私は虹夏の料理を食べに。あと試験の範囲教えて。この間の期末試験、赤点だったから中学の範囲から勉強し直さないと留年する」
「リョウさんはちゃんとしてくれよ……」
そんな訳で、後藤を秀華高校に合格させるべく、冬休みからは受験勉強の合宿が行われる事になった。
最初はリョウさんが「カズの家って空き部屋たくさんあるし、カズの家に泊めてあげれば?」と提案してきたのだが「さすがに未成年の女の子を男の家に泊めるのは良くないだろ」と店長さんが至極当たり前の常識を指摘してくれた上に「うちに泊まるか?」と店長さんが申してくれたのでありがたくその代案を受ける事になった。受験勉強の為とはいえ虹夏先輩の家に泊まる事になった時の後藤は、初めてのお泊まりで嬉しさ半分、慣れない他人の家に泊まらなければいけないという絶望感半分といった複雑そうな表情だった。
そして後藤は冬休みの間は伊地知家に泊まり、勉強は僕の家でメンバー全員が集まって行われた。年が明け、冬休みが終わった後も土日は僕の家で後藤に勉強を教える事になる。
こうして1月は僕の日課に後藤の勉強を見ると言う仕事が加わったせいで忙しさが倍増した。
後藤自身、僕が想像していたよりもずっと真面目で、授業のノートも丁寧に取ってるし僕の説明もちゃんと聞いてくれるのだが、極端に飲み込みが悪いせいで滅茶苦茶時間が掛かった。特に理系が壊滅的で、一つの公式を説明して理解するのにも一苦労。おまけに僕が後藤に構っていると拗ねた喜多が頬を膨らませて僕にちょっかいをかけて邪魔してくるし、リョウさんは僕のオーディオシステムをいじくりまわして遊んでるし、しっちゃかめっちゃかだった。
唯一の救いは家事と後藤に教えるのを手伝ってくれた虹夏先輩だけだった。
「天使……いや女神かな?」
「違うよ!?カズ君忙しさで頭が回らなくなっちゃってる!!」
そしてそんな忙しく騒がしすぎる日々はとうとう終わり迎えた。僕は二度目の高校受験を無事に乗り越える事ができた。
長く苦しい受験シーズンは終わりを迎え、僕と喜多と後藤を長く机に縛り付けていた勉強はとりあえずはする必要はなくなった。肩の荷が下り、幾ばくかの時間の余裕が生まれたおかげで、制限されていた音楽にこれまで以上に集中できるようになった。
もう、勉強をしなくてもいい。それだけで人は涙を流せる。僕は久々に誰にも邪魔されずにパソコンの前で聴けなかった音楽に没頭できる事に歓喜の涙を流した。
のだが。
「カズ君!やっと受験勉強も終わったし、打ち上げに行きましょう!もうクラスの皆も誘ってるわ!さあ用意して!」
「……いや、僕はここ最近聴けてなかった新作のアルバムを……」
「そんなのいつでも聴けるでしょバカチン!ほら行くわよー!」
「ぎゃー引っ張るなー!」
陽キャは何かとすぐ打ち上げに行きたがる。僕は詳しいんだ。
そんな訳で、我が幼馴染の喜多に渋谷やら原宿やらへと拉致された。受験勉強であまりお出かけが出来なかった鬱憤を晴らすが如く、しばらくの間喜多にあちこちへと連れまわされた。バレンタインデーが近い事もあり、新作のチョコスイーツ巡りの旅は過酷だったとここに記しておく。喜多の奢りで食べれた事は感謝するけども。「3倍返しね♪」と言われてしまって何を返せばいいのやら今から憂鬱である。この間のクリスマスプレゼントじゃダメなの?ああ、そう……。
試験の自己採点は僕も喜多も問題なし。後藤は少し怪しい所があったが、それでも合格のボーダーはちゃんと超える事ができたように思う。
僕と虹夏先輩が付きっ切りで教えたおかげだな。感謝してよ、後藤。
「でもカズもなんだかんだ楽しかったんじゃない?いつも一人でベートーヴェンの歓喜の歌を聴いて年を越して過ごしてたんでしょ」
「……ノーコメントで」
「素直じゃないね」
「んな事よりこの間のコーラとラーメンと牛丼代返してくださいよ」
「また来月で」
「おまえーっ!」
リョウさんの鋭すぎるコメントは、聞かなかった事にした。
僕の中学最後の冬は、いつもの4倍騒がしく慌ただしく過ぎていく。
そして、受験が終わって数日が経った2月27日。
僕の人生の道が、決まった日が訪れる。
ぽいずん♡やみ(17)。もとい、本名、佐藤愛子(21)との出会いは正直に言って僕の人生の中で下から1,2に数えられるほど最低な出会い方をしたと思う。ファーストコンタクトは中二の冬、合唱コンクールから3か月程経ち、まだ結束バンドが結成されていなかった頃の話だ。
放課後、学校から真っすぐ家に帰ろうとした僕を待ち伏せていやがったのだ。
「こんにちは~!わたしぃ、ばんらぼって言うサイトで音楽記事を書いている者なんですがぁ、あなたが井上和正君ですかぁ~?少し前の合唱コンクールの動画で指揮者をした――え?何で知ってるのかって?動画が何のことかって?もうとぼけちゃって~!今一部の所で話題になってますよぉ~!それでわたしぃ、ちょっとあなたに取材をさせていただきたくぅ……」
甘ったるい媚びてくる声音。ロリータ風な服装。少し濃い化粧の匂い。
人のファッションや生き方にどうこう言う程、子供のつもりではない。けれど、自分に害を与えてきそうな輩に遠慮する程大人でもなかった。
「って、え?スマホ取り出してどうしたんですか?」
「あ、もしもし。警察ですか? 今不審者に絡まれてまして」
「ちょっとぉ―――――!?」
初対面の佐藤さんに「あ、この人生理的に合わない人だ」と直感で気付き、僕は流れるような動作で110番で通報した。
後々分かったのだが、合唱コンクールの動画は学校名や僕の名前はさすがに書いてはいなかったが(アップロードした生徒も身内に見せる為に動画を撮ってただけでバズり目的ではく、気付いたら勝手に拡散されていたとのこと。大体喜多やノリのいい我がクラスメイトのせいである)、佐藤さんは制服から僕らの中学校を割り出し、しかも持ち前の粘着質な行動力で聞き込みをしまくって僕の名前を調べ上げた。個人情報保護法なんてのはあまりあてにならない。
喜多ではなく僕を真っ先に取材してきたのは少し幸運だったと思う。この時喜多は偶々佐々木さん達に誘われてカラオケに行っており、帰り道は僕とは反対方向だったのだ。こんなアクの強すぎるライターを喜多に遭わせたくはない。
マスコミやライターは好きじゃない。親父のような専門的な評論家とは違う、フリーのライター程なりふり構わずネタを求めて動く人種であることを知っている。もちろん、フリーの人でもちゃんとアポを取ってしっかりと活動しているライターもいるのだろう、だが中学生を待ち伏せするのは取材云々より普通にやべーだろ。
しかもこの時の僕は、ネット上にアップされた動画が拡散され続けて既に30万回再生されてることなんて露程にも知らなかったから、シンプルに自分が知らない赤の他人に待ち伏せされておまけに名前まで知られてることに恐怖を感じたのだ。
そんな訳で僕は、初手で警察に通報することを選んだ。誰だってそーする、僕だってそーする。
「お、覚えてなさいよ――――!!」
国家権力に恐れ戦いた佐藤さんは僕に「ふりーらいたー ぽいずん♡やみ(17歳だよ☆)」と言うよく分からん名刺を強引に渡した後、チンピラみたいな捨て台詞を吐いて逃げて行った。その後すぐに僕は警察とたまたま見回りをしていた生徒指導部の先生に保護され、「自称17歳のライターに絡まれた」と伝えた。ネットにアップロードされた動画から僕に取材が来た事など、簡単に警察に事情を話し、少し佐藤さんの特徴を話した後に僕は解放された。
名刺を警察に渡す事も出来たけど、さすがにそこまで大事にすると面倒だなという考えが勝って黙っておくことにした。
家に帰ると、生徒指導の先生から母さんに連絡が入っていたらしく、たまたま帰って来ていた母さんに今回の出来事を話すハメになった。「無駄に有名人になったわね~」と他人事みたいに笑われた。仮にも息子が不審者に絡まれたのに、冷たい母親である。
ついでに、渡された名刺も母さんに見せると。
「……ん?あらこの連絡先、ひょっとしなくても……ああ、やっぱり。愛子じゃない。珍妙なペンネーム使ってるから一瞬分かんなかったわ」
名刺に書かれた連絡先のメールアドレスに見覚えがあったのか、母さんは自分のスマホの連絡先を検索してそれを引き出してきた。母さんのスマホの画面には、おそらくあのライターさんの本名であろう『佐藤愛子』と言う名前が表示されている。
「知ってるの?」
「大学の元教え子よ。自主退学して何してんのかと思ったけど、ネットのライターになってたのね」
母さんの話によると、佐藤さんはそれなりに可愛がっていた教え子だったらしい。ただ知らない間に自主退学をし、それ以来何をしているか知らなかったようだ。
「……うっわ、すごいアンチ湧いてる……。あの子、少し会わない間に何をしてたんだか」
佐藤さんのネットの記事はアクセス数稼ぎを目的にしたアンチ的な内容ばかりで、母さんはそれを少し寂しがっているようだった。「あんな子じゃなかったのにねぇ」と、しみじみとつぶやく母さんの表情は印象的だった。
「情熱を持ったいい子だった。けど、自分の熱意と才能が釣り合ってなくて折れちゃったのよ。それでも音楽を好きでいてくれたみたい。どんな形であれ、元気そうでよかったわ。かなーり迷走してるみたいだけど」
検索してみると、出るわ出るわ佐藤さんの炎上ネタ。大体が鎮火済みではあるが、これだけで本一冊分のネタが書けるじゃないかと思えるぐらいのやらかし具合だった。
昔の教え子のやんちゃっぷりに、母さんは少し懐かしみながらけらけらと笑う。
「……ねえ和正、この子の記事どう思う?」
「どう思うって……クソ記事としか言いようがないけど」
「そっちじゃなくて。そのインディーズバンドの批評記事の方」
佐藤さんが書く記事は、ネットでよく見るタイトルが無駄に長いネタ的な記事が多かった。アンチ的な表現も多く、敵を作りそうな書き方だなと思うと同時に、中には真剣に取材したんだなと思わされるバンドの批評記事が書かれている。
「ちゃんと書いてるのとそうじゃないのがあるでしょ。アンタも曲がりなりにもあいつの批評記事読んでるんだから、それぐらい分かるでしょ」
あいつとは、評論家の親父の事だ。
クラシック専門の親父が書いた記事は、毎月我が家に届く。ほとんどが英語で書かれた記事なんだけど、僕が翻訳家を目指している事を知っているので、わざと英語の韻文と散文が織り交ぜられた読み難い記事を渡してくるのだ。「翻訳家になりたいならこれぐらい自分で訳してみろ」と言う親父からの課題である。
一見、雑に書いているようで丁寧な取材と豊富な語彙力で組み立てるように書かれた親父の記事は、勉強になるところが多い。自分が歌詞を翻訳する時も、親父の書き方を手本にしたこともある。
佐藤さんの批評記事を改めて読んでみると、親父には程遠いけど、それでもしっかりとした土台が組まれて書かれている事を感じた。相当な時間と労力をつぎ込んで書き上げた記事だと、改めて読むと分かる。
そのバンドが奏でる音を、稚拙ながらもなんとか文字で表現し読者に伝えようと精一杯描こうとしていた。
それに比べて、アクセス数を稼ぐために書いたであろう記事は本当に粗雑な文章だった。真剣に書いた記事とそうじゃない記事の差がひどすぎだと感じた。
「でも、それがどうしたのさ」
「ふふん、和正。せっかくだからその子の面倒を見てあげなさい」
「僕が?なんで」
母さんが突飛な提案をしてくるのは今に始まった事じゃないけど、今回ばかりは少し納得がいかなかった。正直言うと、あの人はあまり関わりたい人ではない。
「別に、あの子を一流のライターにしろって言う訳じゃないの。あの子の記事を軽く校正してあげて、それで感じた意見を言ってあげなさい。私も個人的に愛子の世話をしてあげようかなとは思うけど、あんたはあんたで愛子と縁を持っておいた方がいいと思うの」
「でも、僕の学校に待ち伏せするような奴だよ?」
「ま、良いライターじゃないのは確かね。でもね、和正。もしこれから音楽業界で生きていきたいと思うのなら、横のつながりが凄い大事になるの。狭い業界で排他主義の奴も多い、嫌な世界だから。そんな時に大事になるのが、人脈よ」
音楽業界で生き残るのは、太いコネと資金とセンスを持っている奴だと母さんは語った。
「センスは後付けで身につけれる。資金も働けばそれなりに手に入る。でもね、コネだけは本当に運が必要なのよ。愛子が三流のライターなのは確かだけど、それでもちゃんとした熱意を持った子よ。音楽に対しては真摯に向き合おうとする意思が学生の頃からよく見れた。そういう部分ではきっとあんたと波長が合うわ。それに底辺には底辺なりの情報源とコネがあるの。それを繋げておくのは、あんたの得にはなっても損にはならないはず。これから海外で活動するにしろ、日本に拠点を作るにしろ、そういうパイプを作っておくのも必要な事だわ」
「…………」
「愛子みたいなハングリー精神旺盛で、おまけにぶりっ子してくるタイプを嫌がるのは分かるけど、嫌いな奴でも利用していかなきゃ私達の業界じゃやっていけないわよ?」
母さんの言葉にも、一理あった。
音楽業界と言うのは、つまるところ「芸能界」の一部だ。魑魅魍魎が跋扈する世界、という言い方は過言ではない。例えば一人のアーティストがライブをするだけでも、大金とそれに追随してたくさんの人材が動く。それに伴って、たくさんの善意も悪意も蠢くのだ。
何が起こるか分からない以上、いざという時の為に手札を増やしておけ、と言う母さんなりの気遣いなのだろう。
「あと、うちの子に迷惑かけたんだからこれぐらいやらせないとねー」
「半分はそれじゃないか……」
結局、僕は母さんの提案を了承し、佐藤さんへ連絡した。
最初に電話に出た時は警察へ通報された事を根に持って恨み節全開だった佐藤さんは、母さんの名前を出すと一瞬で借りて来た子犬みたいにビビッてしまった。その次の日、銀座の高い菓子折りを持って僕の家へ土下座しに来た程だ。
佐藤さんが学生時代、母さんからどんなしごかれ方をしたのか、僕はなんとなく想像がついて嫌だった。
僕は外行きの格好に、いつもの相棒であるアコースティックギターを入れたギターケースを背負い、駅から少し離れたスタバへと赴いていた。
店内に入り、いつも飲んでいるコーヒーを注文して商品を受け取った後、店内の奥へと進む。まだ昼前だからかあまり席は混み合ってはいないようだった。
一番奥へ進んでいくと、店内の隅っこのテーブル席に見覚えのあるキャリアウーマンが座っている。僕はその人に軽く頭を下げて挨拶した。
「お久しぶりです、佐藤さん」
「やっと来たわね」
そこには、カジュアルなレディースのスーツを着こなす佐藤さんがいた。幼い童顔にスーツと言うのは、やはり何度見てもあまり似合わない。それでも仕事を出来そうな雰囲気を漂わせている。以前会った時はスーツを着せられた子供と言う感じだったのに。
待たされた事に少し苛立っているのか、少し不機嫌そうに僕にファイルを手渡した。
「はいこれ。今月の原稿よ」
僕は受け取りながら席に座り、早速チェックを始める。
「受験、終わったんでしょ?とりあえずお疲れ様。今どんな気分?」
A4用紙の紙にプリントされた文章を流し読んでいく僕に、佐藤さんはコーヒーを口にしながら話題を投げかけた。元々お喋り気質な人だから、黙って座っているのが退屈なのだろう。
「ありがとうございます。まあ、これでいろんなことに時間が使えるようになったんで気持ちは楽です。あ、ここ文法ちょっと間違えてますね。あと、こことここ、少しくどくて読み難いです。カットしちゃいましょ」
「あ、そこは結構表現に自信あったのに……相変らず容赦ないわねアンタ」
「そういう契約ですから」
「本当に生意気ね……そういえば先生は元気?」
思い出したように佐藤さんはそう尋ねて来た。
「相変わらず、元気にあちこち飛び回ってるみたいですよ。佐藤さんにも『たまには顔を出せ』って僕に言付けを預けるぐらいには」
「…………嫌ぁ」
「まあ、嫌でしょうね。同情しますよあれは……」
思い出すのは、佐藤さんが僕の家に土下座をしに来た日の事。
「愛子、あんた相手を舐めすぎ。その恰好で取材に来たって言われても相手の神経を逆撫でしてるようにしか思えないわよ?そりゃ、キャラ付けとしてはインパクトは必要だし年いった男共は多少口が緩むかもしれないけど、一人の仕事人として相手に挑むならまずは格好をちゃんとする事。そういうのもロックだからとやかくは言わないけどね、時と場所を弁えて服を選びなさい。あんたもいい年してるんだから」
「はい……」
音楽教授の母さんは、佐藤さんへ鋭いナイフみたいな厳しい言葉を投げつけた。あの件はどう見ても佐藤さんの方が悪い為、佐藤さんも逃げる事は出来ずにくどくどと母さんの説教を受けるハメになった。隣でその様子を聞いていた僕は、半泣きになっている佐藤さんにざくざくとナイフが刺さっていくのを幻視してしまう。正論とは言えど言葉のナイフはあれほどの切れ味を持つ物なのだろうか。
それから1時間ほどお説教が続き、佐藤さんが死に体になった。母さん、さすがにそこまで死体を弄ぶのはどうかと思いますよ。
「でも、元気そうでよかった。あんたが大学辞めてから、少し心配してたのよ。どういう形であれ、音楽に関わる仕事をしてくれて嬉しかったわ。困った事があるなら頼りなさい。一応、先生なんだから」
「せんせぇ……」
説教が終わった後、ちゃんとフォローするのは母さんらしい。鞭でしこたまシバいた後に飴玉を与える調教師の鑑。詐欺師とも言う。何度あの手に騙されながらピアノのレッスンを受けた事か。あれを本心から言ってるってのが本当に質が悪い。
「でもまあ、母さんが色々手を貸してくれたおかげで、記事のアクセス数も伸びたし取材依頼も増えたんですよね?母さんも心配してたし、一度顔を見せた方がいいと思いますよ」
音楽大学の教授を務めている母さんは、やはり業界への顔が広い。そのツテを使って、佐藤さんにいくつか仕事の世話をしたらしい。どういう内容かまでは僕は把握していないけれど、母さんに仕事を与えられた佐藤さんはそれから心機一転、仕事に励んだ。痛すぎるファッションはプライベートの時以外は封印し、新社会人のスーツに身を包んで仕事をするようになった。
僕は受験勉強の傍らに校正役と言う立場でぽいずんやみのネット記事を修正。たまに記事の感想を言ったり、アドバイスとは言えない細やかな提案をメールで送ったりしていた。
本人曰く「地獄だった」と言わしめる下積み……と言うより母さんの指導を経た佐藤さんは、以前の炎上塗れのぽいずんやみの評価は改められた。ネットの掲示板では「あの頃のぽいずんやみはどこへ行った」と言うアンチが寂しがる掲示板が生まれる程に、今の佐藤さんはすごく上手にやっている。
今では『ぽいずんやみに取材依頼を受けたバンドは必ず伸びる』と言うジンクスまで囁かれる、新人発掘に力を入れた一端のライターである。「見た目はちゃんとしたキャリアウーマンなのにペンネームが珍妙過ぎて脳がバグる」と言う事で評判だ。
出版業界には過去のぽいずん♡やみ時代の悪評が未だに根付いている為、そっちの方面からの仕事はまだあまり来ないらしいが。
「そうね……また今度、顔を出しに行くわ」
「……あんまり乗り気じゃなさそうですね」
「いえ。先生が嫌いとかじゃないのよ。感謝してるし、先生のおかげで前とは比べ物にならない程売れてきたわ。でも、まだ先生のツテありきの評価でしかない。まだ私自身の力じゃないのよ。だから、これからのし上がる為には先生に頼らずにバズるネタが欲しいの。例えば、これからデビューする為の準備を着々と進めてるバンドとかね」
佐藤さんが真剣な顔で僕を見て言った。
「……ギターヒーロー。本当にバンドデビューするのよね?」
恐る恐る尋ねてくる佐藤さんの言葉に僕は頷いた。
「結束バンド。動画で観たしチャンネル登録もして高評価もしたわ」
滅茶苦茶ファンじゃないですか。ありがとうございます。
「まだまだ粗いけど、それでも光る物は感じた。曲のチョイスは渋い物も多いから若者受けしなかったけど、海外の評価も少しずつ増えてる。それに、あのギターヒーローがリードギターをしてるのが分かった時は目を疑ったわ。そして合唱コンクールで再生回数100万を突破した赤毛のボーカル。まだ話題としては上がってこないけど、それでもネタとしては最高よね」
「……
野心的な、ぎらぎらとした目つきを持ちながら笑う佐藤さんに思わず釘を刺す。彼女は「分かってるわよ」と言いながら僕の額にデコピンしてきた。
この人、やっぱり根っからの記者なんだな。トレンド、最先端。そう言った新鮮なネタを絶対に逃がさないと言う意思がぎらぎらとした目から感じられる。まるで飢えた肉食獣を前にしたような気分だ。
ちなみに僕はこの人に結束バンドのチャンネルについては一言も話していない。けれど、どこから嗅ぎつけてきたのか僕らが演奏している動画を持ってきて「これ、ギターヒーローにあのコンクールでボーカルをやってた喜多郁代って子よね!? それにシンセやってるの、顔は映ってないけどどう見てもアンタでしょ!?」と連絡してきたのだ。ライター特有の嗅覚で嗅ぎつけてくる辺り、この人実は記者としての能力は備わっているのかもしれない。
「本当に、私だけが独占して記事を書いていくってことでいいのよね?」
「もちろん。少し前の佐藤さんみたいな変なライターに来られても困りますし、いずれ記事を書かれるなら僕が知っているライターに書いてもらった方がいい」
「……あの時は悪かったわよ」
バツが悪そうに唇を尖らせる佐藤さん。
「でも、いいの?ギターヒーロー……それにあのボーカルの子ならレーベルだって紹介できるのに」
「まだライブハウスデビューもまともにしてないギタリストをレーベルに出すってのも変な話でしょ。それにしばらくは、彼女達の自由にやらせてあげたいんです」
底辺には底辺なりのコネがある。
母さんが言った通り、ぽいずんやみはレーベルへのツテを持っていた。まだ創設してから短い小さなインディーズレーベルだけれども。
結束バンドのチャンネルの存在を知った佐藤さんは真っ先に「レーベルに興味はないか」と僕に提案してきた。
もちろん、レーベルに紹介するのは結束バンド――ではなく、ギターヒーローである後藤ひとりと、僕の幼馴染である喜多郁代だけに限った話だった。リョウさんと虹夏先輩は入っていない。おまけに喜多はギタリストではなくソロの歌手としてのスカウトだった。結束バンドをバラバラにし、そこから後藤と喜多を引っこ抜いて二人を別々にプロデュースをする算段だった。
僕はその提案を断った。
「でも、表舞台に出れるなら早いに越したことはないじゃない。今じゃ、15歳、16歳の内にデビューして世界へと出ていくアーティストが当たり前のように何人もいる。商業デビューするのは、ゴールじゃない。一つのスタート地点に過ぎないのよ。誰よりも早くその場所に立てる権利があるのなら、それを使って立つべきなんじゃないの?圧倒的な才能があるなら、評価されるべき技術があるなら、それをいち早くにでも世界に送り出すべきだし、アーティストはそれを追い求めるべきじゃない」
佐藤さんは真剣な表情で僕に問いかけた。
確かに、佐藤さんの言葉には一理ある。
才能があるなら、ステージに立てるチャンスがあるなら、それを貪欲に使うべきだ。それを喉から手が出る程欲しくても手に入れる事ができないアーティストなんて数えきれないほどいる。それ程希少で、限られた人にしか手に入らない機会なのだ。
「そうですね。そういう風に最短最速でトップに躍り出れる人がいるのも確かでしょうけど……」
でも、まだ結成してから一年も経っていない結束バンドをニッパーで簡単に切って解体してしまったら、後藤は、喜多は、幸せなアーティストになれるのか? 残されたリョウさんや虹夏先輩はどうなってしまうんだ?
喜多がギターをやりたいと言い出したのは、リョウさんのベースがあったからだ。虹夏先輩がドラムを叩いてくれたのは、リョウさんが再び音楽を楽しみたいと心から願えたからだ。後藤が一度断った上でバンドに入ってくれたのは、ソロではなく4人で演奏する音楽の楽しさを識る事ができたからだ。
そして、僕も他人事じゃない。喜多の歌を聴きたいが為に、僕個人の勝手な願望で彼女達をバンドとして束ねてしまった。物語として、彼女達はいつかバンドを組む運命があったのかもしれない。けれど、そんな保証はどこにもない。百合の間に男を挟む事を性癖とするド畜生な神様の願望によって僕が混ざった時点で、原作なんてないような物だ。
ちょっとしたきっかけで切れてしまうような縁だった。何かが擦れ違えば結成されずに時間は無駄に過ぎて行っただろう。糸みたいに細い奇跡を強引に手繰り寄せて、束ねて生まれたバンドなのだ。
だからこそ4人を傍でずっと見守り続けていた僕はこんな我儘を言ってしまう。
「結束バンドは絶対に上がってくることができるバンドです。でも、それは今じゃない。大人達が好き勝手に
僕は力強くそう断言する。言外に、変な事したら許さないぞ、そういう牽制の意味も込めて。
その言葉を聞いた佐藤さんは、渋々とどこか呆れた風に、でもまだ諦めきれてないのかねちっこく僕を睨みながら溜息を吐いた。
「…………分かったわよ。本当に、生意気な子。アンタ本当に中学生?」
「一応。四月からぴちぴちの男子高校生ですよ」
「男子高校生はぴちぴちなんて言わないわよ」
それもそうだ。中身は社会人を経験したおっさんなのだから。
「そ・の・か・わ・り!取材はちゃんと私にさせなさいよ!」
「分かってますよ」
半ギレで念を押してくる佐藤さんに僕はしっかりと肯定した。そういう契約だから。
僕がアメリカに行った後、佐藤さん――ぽいずんやみが結束バンドを情報面でサポートする。代わりに、結束バンドはぽいずんやみの取材を優先する。
もちろん、これは僕等が勝手に決めた事だから、バンドの皆が拒否をしたなら無理強いせずにそれらは破棄。あくまで僕と佐藤さんの簡単な口約束だ。契約書を交わした訳でもない、何の拘束力もないただの口約束。でも、この約束が僕と佐藤さんを繋げている。
「と言う訳で、これ」
「……チケット?」
「次のライブが決まりました。4月1日に、STARRYで結束バンドのライブをやります」
僕がそう言いながらチケットを差し出すと、目にもとまらぬ速さで佐藤さんに奪われた。
彼女は目を輝かせながら「ギターヒーローの初ライブ……!」と恍惚とした表情でチケットに頬擦りしていた。……嬉しそうで何よりだよ。そう言えばこの人、ライターとかレーベルとかのツテとかそれ以前にギターヒーローに魅了された厄介ファンの一人だったわ。
「今のメンバーでやる初ライブなんで、終わった後の取材は今回はなし。感極まって楽屋に突撃とかしないでくださいよ」
「しないわよいくらなんでも!」
「あんま信用ないんですよ。個人情報を調べ上げて中学生を待ち伏せするようなライターもいるんですからね」
「うぐっ」
前科がある佐藤さんは痛い所を突かれたように唸った。実際、こういうことを何度もやらかした結果アンチが湧いていたんだから、当然の警戒とも言える。
「まあ、それは置いて……期待していいですよ。ライブの為に皆仕上げている最中ですから」
「……期待しとくわ」
佐藤さんは懐にチケットを大切にしまいながら、ライブへの期待を隠せずに笑った。おもちゃを開封するのを待ちきれない、誕生日の子供のような笑顔だった。
「今回のチェックは終わりました。誤字は全部赤ペン入れたので後で修正しておいてください」
「助かるわ」
修正済みの原稿を手渡すと、佐藤さんはファイルに綴じてすぐにバッグに仕舞い込む。
「それにしても楽しみだわ〜。とうとうあのギターヒーローがバンドデビューかぁ……。最近この辺のじゃSICKHACKとSIDEROSの二強だから、新しい風が吹き込むのは良い事よね」
「シデロス?」
SICKHACKはともかく、SIDEROSと言うバンドは聞いた覚えがない。僕が思わず問い返すと、佐藤さんは意外そうに眼を見開いた。
「あら、アンタ知らないの?」
「生憎、ここ一年はずっと忙しくてインディーズを発掘する余裕なんてなかったんですよ。それに、佐藤さんも記事にしてないですよね?」
佐藤さんの記事の校正を始めてから、ある程度インディーズバンドに関する情報も知る事ができるようになった。ケモノリアとかなんばガールズとか。けれど、ここ一年の付き合いでSIDEROSの名前が佐藤さんの記事に出てきた事は一度もない。
僕の反応を見た佐藤さんは「あー」とどこか思い当たる節があるように唸る。
「まあ無理もないわ。あのバンド、基本取材NGだもの。アタシも何度もアポを取ったけど、一向にOKを貰った事がない。『取材に時間を割くより練習に時間を費やしたい』って」
「へぇ……」
そりゃあまた、随分と珍しいストイックなバンドだ。インターネットが主戦場と言っても過言じゃない現代で取材NGとは。聞いただけでもクセが強そう。
「どんなバンドなんです?」
「ガールズメタルバンドよ」
メタル、と訊いた時僕は一瞬眉を歪めた。自他共に認めるロックオタクな僕だけど、唯一「好きか」と訊かれると悩んでしまうのがヘヴィメタルと言うジャンルだからだ。
顔には出していないつもりだったけど、目敏い佐藤さんはそれを見逃さなかった。
「はぁ?アンタメタル聴かないの?」
佐藤さんが意地悪く嗤う。
「はーやだやだ。今時の若い子は。どうせYOASOBIとかKing Gnuを聴いてロックを知った気になるんだから。アンタ普段どんな曲聴いてんの?」
おちょくるように言ってきたその質問に少しムカついた僕はムッとしながら返す。
「最近よく聴くのはELO*1の『Mr.Blue Sky』と『Telephone Line』とか。あ、でも最近プログレ*2の熱がまた再燃してますね。何度聴いてもPink Floyd*3の『Echoes』は名曲」
「渋っ!!!」
佐藤さんはコーヒーが入ったカップをテーブルに叩きつけて叫んだ。
「フロイドとかELOとか渋いし古すぎ!何よそれ!もっと馬鹿なクソガキが聴いてそうな曲挙げて私に『はぁーんそんな曲しか聴いてないのねぇ~』って私にマウント取らせなさいよ!」
「んな無茶苦茶な」
ていうか言動がクズすぎる。またアンチに叩かれそうな事を……。
母さんに調教……躾……いや矯正されたとはいえ、この人の根っからの炎上体質はまだ残っているらしい。
「アンタ中三でしょ? 他には何聴いてんのよ」
「澤野弘之*4のGUILTY CROWNのサントラとか」
「アニメ!!」
「あと井上道義*5先生の交響曲第1番は鉄板ですよね」
「クラシック!?」
「個人的に最近聴くのはJohn Denverの『Rocky Mountain High』ですね。アコギの練習がてらよく聴きながら弾いてるんですけど、途中で手が止まって聴くのに集中しちゃうんですよ」
「今度はカントリー!?ちょ、待っ」
「あとロックだと、Deep Purpleの『Smoke on the Water』とか、Dire Straitsの『Money For Nothing』、One Republicの『Counting Stars』、NOTDの『So Close』、Yellowcardの『Way Away』、斉藤和義の『カーラジオ』、上杉昇の『SameSide』、あと他には――」
「ま、待って、ストップ、降参!降参よ!私が悪かったから!私知らないわよ!アンタの挙げるアーティスト、スマホで検索しないと半分も分からないからぁぁぁぁ!」
さっきからずっとぽちぽちスマホで何かいじってると思ったら検索してたのか。どうやら僕が今挙げたアーティストは佐藤さんは全然知らないらしい。
ふっ、これがメスガキを理解らせる快感って奴か……。別に楽しくないな。よく分からんわ。音楽のレパートリーでマウント取っただけだし。
「ぜぇ、ぜぇ、雑食にも程があるわよ!もっとジャンルを絞ろうとかしないのっ?」
「カントリーも聴く、アニソンも聴く……ロック、ポップ、クラシック、その他諸々全てを素晴らしいと感じ、血肉に変える度量こそ音楽には肝要です」
「範馬勇次郎かアンタは!!」
男子は誰でも一生のうち一回は地上最強ってのを夢みるからね。伊達に音楽データベースとか音楽聴いてないと死んじゃう病とか揶揄われてはいないのである。ふふ、泣けるぜ。
「アンタ本当に中学生なの……?昭和生まれのおっさんと音楽談義してる気分になってきたんだけど……『だめだよオールディーンズとかもっといろんな曲をもっと聞かなきゃ』とか上から目線で説教してくるセクハラのおっさんみたいな……」
「佐藤さんこそ。居ますよね、流行のJ-POP聴いてる人を見下す音楽通の人。老害っぽいから思っても口に出さない方がいいですよ」
「ぐぬぬ……!覚えてなさいよ、今アンタが挙げた曲全部聴いて知識マウント取ってやるんだから……!」
悔しそうに唸りながら佐藤さんはそう僕に宣戦布告してきた。何の勝負だよ。
まあ、佐藤さんの言い分というか気持ちも分かる。
洋楽とかそういうマイナーな曲を聴いてると自分のセンスが研ぎ澄まされているんじゃないかと勘違いさせられるというか、音を分かってる気にさせられるのだ。端的に言うと、すごくイキる。「流行りのJ-POPより昔の洋楽聴いてる俺SUGEEEEE」みたいなファッション音楽を纏ったなんちゃって通が爆誕するのだ。前世の僕かよ。やめろよ黒歴史なんだから。
「まあうちは親父と母さんの職業柄、って言うのもありますし、僕自身色んな音楽を発掘するのが好きだからですね。あんま大した事ないですよ」
「何よそれ。どうせ『音楽ライターのくせにELOも聴いてないの?』とか思ってくる癖に!」
「被害妄想が強すぎる」
本当に、大した事じゃない。
自分でも結構な数の音楽を聴いてきた自信はある。でも、これでもまだ氷山の一角に過ぎないのだ。
音楽のサブスクが充実した現代で、世界中に存在する全ての曲を網羅する事が出来るようになった。CDやレコード、カセットテープが手に入りにくくなった昔と違い、今は簡単に世界の裏側の音楽を聴く事が可能だ。
だからこそ、全ての曲を聴くのは難しい。時間が全く足りないのだ。それこそ、人の一生じゃまったく足りない。少なくとも、前世の人生だけでは全ての音楽を網羅する事は叶わなかった。
転生する時にチートもらえたらよかったなぁ。精神と時の部屋みたいな奴。あの中にオーディオシステム作ってそこで永遠に曲を聴き続けるんだ。最高か? あ、でもあの中は酸素薄すぎて高山病になるんだっけ?やっぱ最悪だわ。
「……じゃあなんでメタルは聴かないの。ピンク・フロイドは聴けるのに」
「ヘヴィメタルもまったく聴かなかった訳じゃないですよ。エヴァネッセンス*6とかメタリカ*7とか好きですし、ただ……」
言語化しにくい。同じロックなのに、耳が受け付ける曲と受け付けない曲がある。それは僕が普段聴いているオルタナティブやロックの曲にもあるけれど、メタルに限っては受け付けない曲の方が圧倒的に多いのだ。
シャウトやデスボイスは聴いていて上手く発音を聴き取れないし、音のリズムも変則的に変わる。歪めまくったギターの音や速弾きは聴いていてカッコイイとは思う。だが、メタルと言うジャンルの中で自分の魂に触れる曲があるかと言われると少し厳しかった。
僕が部屋に独り閉じこもってヘッドホンで音楽を聴くインドア派だからという理由もあるかもしれない。メタルはライブで観客と一体になって叫んだり踊ったりするし、モッシュ*8やダイヴ*9も日常茶飯事だ。椅子に座って落ち着いて聴くことが僕にとっての音楽だから、激しいメタルとは根本的に合わないのかもしれない。
「僕も、メタルを好きになりたいとは思います。でも、取っ掛かりが少ないと言うか……」
悔しいと思う。
世界中にいる多くのメタラーが「メタルは最高だ」と口を揃えて言う。でも僕はそれに共感する事ができない。メタルバンドが放つエネルギーを、「耳に合わない」と言う陳腐な理由で楽しむ事ができないのが、本当に悔しい。
メタリカやエヴァネッセンスで十分だと言う人はいるかもしれない。けれど、僕は音楽に関しては貪欲で我儘だ。
もっともっと音楽を好きになりたい。いろんな音楽を聴きたい。自分の心を揺さぶる、曲と出会いたい。
「ふーん……」
佐藤さんは不思議そうに僕の顔をしばらくじっと見つめてきた。
「……なんです」
「アンタ、そういう顔もできるのね」
「は?」
「いいわ。今日この後時間ある?」
「夕方からSTARRYで練習ですけど……」
「ならちょうどいいわ。今日、新宿駅の南口に行ってみなさい。私は仕事があるから行けないけど、ここから歩いて行っても多分間に合うわ」
「間に合うって、何に?」
「良いバンドを布教するのが、私の仕事。今日、そこでSIDEROSのボーカル、大槻ヨヨコが路上ライブをする。今晩のライブのチケットを売る為に。それを聴いてみなさい」
「私が保証してあげる。あれを聴いたら、アンタはメタルにハマる。きっとアンタの価値観が、ひっくり返るわよ」
佐藤さんは得意げに、いたずらを企む魔女のように、僕の未来をそう予言した。
僕は、佐藤さんの事はそんなに得意ではない。ストーカーだし、炎上体質だし、あと地味に僕をナメてるし。正直に言うと、母さんの息子じゃなかったら向こうは僕と関わろうともしなかっただろうし、母さんの教え子じゃなかったら僕も校正役なんて絶対にやらなかった。
けれど、この人の耳と、音楽に真摯に向き合う姿勢は、素直に尊敬していた。
そんな人にそう言われてしまっては、行かない訳にもいかなかった。
メタラーは、社会の影にひっそりと隠れた秘密結社の集団、というイメージが僕の中にある。
理由は、前世と今世を通して、僕がメタラーに出会えた事がそんなに多くないからだ。
ヘヴィメタル自体、あまり人口が多くないマイナーに分類されるジャンルだと言うのもあるのだろうけど、僕が思うに彼等はポップ好きやロック好きに擬態しているんじゃないだろうか。あるいはただ沈黙を貫いているだけなのか、真相は分からないけれど、自分達がメタル好きだと言う事を公言せずに隠れているじゃないかと思う。
ヘヴィメタルを野蛮、危険だと罵る人がいるからだ。
メタルの中に悪魔崇拝やら殺人示唆みたいな事を訴える過激な一派がいるのも事実だ。けれどメタル自体に罪はない。しかし悲しい事に、『メタルを聴く人間は野蛮で危険』と言う偏見を持つ人が大勢いるのも事実だ。アニメを観るオタクを『犯罪者予備軍』と呼ぶような偏見の一種である。
僕がメタラーに出会う事が少なかったのも(まあ元々友人自体が多くできなかったのは否定しない)そういう目で見られている事を自覚していたからなんじゃないかと思う。
故に、彼等は表立って出てこない。自分達の縄張りで、自分達の仲間だけで、自分達の音楽をやっている。
秘密結社みたいだろ?彼らは集会を開いて、仲間達を集めて、そこでメタルを演説しているのだ。
だから10代の少女達がヘヴィメタルを演奏し、あまつさえそれで全国トップに立っていると佐藤さんから聞かされた時は驚いた。
『SIDEROS』。活動歴は約2年で、もうすぐで3年になるガールズメタルバンド。
日本国内でも数えきれないほど存在するアマチュアやインディーズの中でも、上澄みの中の上澄みとも言えるトップレベルの実力を備えたガールズバンド。今年の夏に行われる10代限定のロックフェス『未確認ライオット』では、既に本選出場が確定しているんだとか。もうこの時点で僕は度肝を抜かれた。
リーダーの大槻ヨヨコは上昇意欲が凄まじく、10代とは思えない程の歌唱力と、重苦しいディープなサウンドを巧みに操る、超技巧派のボーカルギター。
ただ本人の上昇意欲が高い為か、メンバーと軋轢が生まれやすく何度かギターとベースをクビにしてメンバーが入れ替わっている。現在のメンバーは結成当初から組んでいるドラムの長谷川あくびを外すと1年目。一か月程前にリードギター担当が抜け、現在は3人でライブを回している。
新宿『FOLT』……確か、リョウさんが推しているSICKHACKと言うサイケバンドの拠点と同じで、FOLTではSICKHACKと肩を並べる2大看板らしい。
――――と、言うのがネットのまとめサイトに載っていた、ざっくりとしたSIDEROSと言うバンドの概要だ。
メンバーが16歳と15歳で構成された、僕達と同世代のガールズバンド。そんな彼女達が、才能渦巻く音楽の世界でトップクラスの演奏をしている。しかも既にワンマンでライブが出来る程の人気を確立させており、レコーディング会社からいくつも声が掛かっているとの噂だ。何故かどのレーベルの誘いも蹴っているみたいだが。
佐藤さん曰く、今まさしくトップを駆け抜けるインディーズバンド。次世代に来るアーティストとして、既に音楽業界から注目を集めている。
なんというか、漫画の主人公達みたいな存在だ。
女子で、メタルで、バンドで、全国のトップに立つ。どんなサクセスストーリーなんだ。ドラマかアニメ化されてそう。
「そんな人気バンドが、路上ライブねぇ……」
新宿南口の改札前を通り過ぎた僕は、川のように流れる人混みを眺めながらぼんやりと呟いた。
ストリートパフォーマーや路上演奏に寛容なイギリスと違って、日本での路上演奏はあまり認められた行為ではない。新宿の南口でも「路上演奏禁止」と言う横断幕が掲げられる程だ。
だが、たくさんの人が通り広めのスペースを取れる新宿南口は、アーティストにとって絶好の場所。今でも毎日のように多くのアーティストが路上演奏に勤しんでいる。例え禁止されていても、ロックンローラーやパフォーマーにとっては大した障害にはならないのだ。むしろ、禁止されているからこそここで演る価値がある。そんな反骨精神上等なパフォーマー達の溜まり場なのだ。
故に新宿南口は、路上ライブの聖地――そんな呼ばれ方をしている。
時刻は午後1時。
SIDEROSがライブをする日に、リーダーの大槻ヨヨコがライブ開始の数時間前にここにひっそりと現れては独りで路上演奏をするらしい。その日の夜に行われるライブの告知を兼ねたウォーミングアップなんだそうだ。
彼女達のファンは晴れているとはいえこの寒空の中、昼間からずっと待機して大槻ヨヨコの演奏を待っている程だ。寒空の下でも彼女の音楽を聴く価値がある。そう思わされるとSIDEROSの人気っぷりが恐ろしいほどよく分かる。
既に人混みの中にはSIDEROSのファンらしき人をちらほらと見かけることができた。ここに来るまでSIDEROSのバンドグッズを身に着けた人と何度も擦れ違った。彼らはスマホ片手に、いつ演奏が始まるのか、どこで開始されるのかそわそわとしながら大槻ヨヨコを探しているみたいだった。
その様子を見て少しほっとした。メタルバンドのファンって関わったことが無いし見かける事も少ないから、どういう人たちなのかイメージが付かなかった。けれどファンの人達の身なりを観るに思ったより普通みたいだ。中にはモヒカンの世紀末みたいな恰好をした男達もいたが、片手にクレープを食べながら自撮り棒を使ってきゃーきゃー写真を撮っていたので、まああれは大丈夫だろう。多分。
「結束バンドも路上演奏しなきゃいけないかなぁ」
そんなことを考えながら、僕は辺りをきょろきょろと見渡しながら、とりあえず歩き始めた。
すると、僕のスマホがぴろりんと鳴る。LINEの通知だ。
画面を開くと虹夏先輩からだった。『アー写撮れたよ!』と言う報告と、その時に撮った写真が何枚か送られてくる。そういえば、今日は4人で四月のライブに使うアーティスト写真を撮ってくるって言ってたな。
「わァ、青春だぁ……」
下北沢のどこで撮ったのだろう。休みなのにわざわざ全員学校の制服を着て、どこかの建物に落書きされた壁の前で、四人が同時にジャンプして撮った写真。目が焼かれそう。
アー写と言うより女子高生が旅行して調子に乗って撮った写真にしか見えない。まあ、なんと言うか、これ提案したの多分喜多だな。こんな感じの写真を何枚も見せられた記憶がある。ていうか後藤の顔が死に過ぎてね?
『どうかな?』
『没で』
『なんでっ!?』
『ただの女子高生の旅行写真ですよそれ』
『いーじゃんもー!』
すぐに猛抗議のLINEスタンプ爆撃が送られてきたが、面倒くさくなったので通知を切って無視した。
どうせこの後、写真を加工したり編集するのも僕の仕事になる。何故だろう、受験勉強から解放されたのに全然時間の余裕が生まれてる気がしない。辛い。やっぱ僕もアー写真の撮影についてくべきだったかなと若干後悔しながら大槻ヨヨコの捜索を再開した。
せめて、大槻ヨヨコの演奏が、期待外れな、無駄な時間にならない事を祈るばかりだ。
件の大槻ヨヨコはあっさりと見つける事ができた。
南口から出て5分もしない場所の路地に、その少女は居た。
黒を基調にしたコートと帽子と言うクールなファッション、小柄な身長と人を少し威圧するツリ目。ネットの写真で見た通り、ツインテールが特徴の大槻ヨヨコが黙々と演奏の準備をしていた。
「あれがSIDEROSのボーカル……」
初めて生で見た大槻ヨヨコに対するイメージは、「逸れた狼みたいだ」という女の子には似つかわしくない評価だった。見た目が整っててクールで美人だなと思うと同時に、威圧的なツリ目と不機嫌そうな表情が肉食動物みたいだと言う印象を僕に与えた。
大槻ヨヨコの足元には、手際良く設置されたアンプ、ノートパソコンとコード、エフェクター、バッテリー。大きなキャリーバッグから次々と機材を取り出しては淀みなくケーブルが接続され、設置されていく。
打ち込みバッキング*10の路上演奏か。随分と手慣れているんだなぁ。
準備が終わるまで後少しかなと予想しながら辺りを見回す。SIDEROSのファンは僕の想像の数倍マナーがいい客達で、彼女が静かにアンプやギターのチューニングを行っているのを、3メートル程離れた場所で静かに見守っていた。かなり統率が取れた観客達だなと僕の中でSIDEROSの評価が上がる。客のマナーがいいバンドは、音を目当てに真剣に聴きに来た証拠だ。僕もそのファン達に倣って静かにしながら、前から二列目と言う良い場所を確保する事に成功する。
客層は10代から30代前半ってところかな? 人数はざっくり数えて30人以上。随分多い。
ていうか、お巡りさんも観客に混ざってね? 思わず目を疑った。
いかにも「自分は職務の一環で路上ライブを監視に来てますよ」と言いたげに、観客達の後ろで堂々と、大槻ヨヨコが歌い始めるのを待っている。職務放棄じゃないか?
(警官も魅了するのか……)
自分より一回り年が下の女の子が奏でるロックは、警察の仕事よりも優先してしまう程の物なのか。その力が、あの娘にあるのか。
ここまで来ると、期待よりも先に不安が来る。
数多くの形態に派生するロック、その中でもメタルは音の激しさが特徴的な部分がある。正直、路上ライブに全然向かないジャンルだと僕は考えていた。もし道端でアイアン・メイデンでも奏でようとすれば、一発で通報されて警察が飛んでくる。だから路上ライブをする人達は、周りの住民に迷惑をかけないよう、ひっそりと息を潜めるようにバラードを弾くのが定番だと言うイメージがある。
けれど大槻ヨヨコは、自分の音楽で警察を文字通り黙らせてしまったのだ。「自分の歌を聴きたいなら黙ってそこに立っていろ」と。
生半可な実力じゃない。一体、どんな音楽を奏でるんだ?
「ッ!」
「?」
ん?今、マイクをセットし終えた大槻ヨヨコが、僕と目が合った瞬間驚いたような表情をしたような……一瞬で元のキッと誰かを睨みつけるような目線になってしまったので分からなかったが。気のせいか?
僕の困惑を他所に、チューニングを終えたギターを構えてマイクの前に立った大槻ヨヨコ。彼女が目を閉じて深く深呼吸をしたと思うと、小さく口を開いた。
「待たせたわね、演るわ」
シンプルなその言葉に、ファン達は「待ってました」と言わんばかりに大歓声を――あげなかった。だが、誰もが静かに「早く歌ってくれ」とそわそわとし始めた。まるで餌を前にした腹ペコの飼い犬みたいに、全員が静かに「待て」をしている。
正直に言うと、僕はSIDEROSの大槻ヨヨコを少し侮っていた。いや、侮っていたと言うより『期待していなかった』と言い換えた方が正しい。
所詮インディーズ。表の舞台にまだ立っていない、未熟なアーティスト。
そういう先入観がどこかにあった。
けれど、彼女が弦をピックで弾き始めた瞬間、その侮りは粉々に吹き飛ばされる事になる。
イントロを聴いた瞬間、彼女が弾き始めた曲が何かはすぐにわかった。嘘だろ、それ普通のエレキギターだろ多弦ベースじゃない。主旋律はベースが弾く曲じゃないのか?
そんな僕の疑問は直ぐに消え失せる。
低音にダウンチューニングされたエレキギターは、エフェクターによってザラザラとした音に無理やり歪められる。歪められたサウンドは、スピーカーから流れる彼女が予め用意してきたらしいベースとドラムの音と見事に調和していく。
そしてイントロが終わって、彼女の歌が始まった。
(あ、やばい)
この人の音は危険だ。
彼女の口から紡がれた歌を聴いた瞬間、真っ先に感じたのは恐怖だった。
Massive Attackの『Dissolved Girl』。
決して、僕が今まで知識として知っていた、あるいは聞いたことがあるメタル独特の激しさはなかった。スラッシュメタルのような、ギタリストの指をばらばらにしかねない速度はない。むしろ、ゆったりとしたテンポだった。
けれど間違いなくメタルだと思えた。だって、彼女の歌は、ギターは、ナイフのように鋭かった。観客にただ聴かせる気なんてまったくない。むしろ攻撃的で、僕達に殺意さえ向けているんじゃないかと思えた。
まるで少しずつ、1cmずつ、自分の左胸にザラザラに錆び付いたナイフの切っ先が沈み込んでくるような、肋骨の隙間をすり抜けて心臓に直接突き立てるような、そんな感覚があった。
硬質で重たいディープなサウンドと、彼女の甘く心を融かしてしまいそうな歌声は、傷口に毒を注入されたように僕の中でじわじわと広がっていく。
心をどろどろの粘液に溶かしてしまいそうな、そういう危険を連想させるサウンドだ。それが分かっている上で、聴くのを止めることが出来ない。
音楽を例える言葉の中で、聴くドラッグ――と言う表現がある。
それは麻薬のように甘い。
それは麻薬のように危険。
様々な解釈の仕方はあろうとも、たったひとつの共通項――
何度も何度でも、聴いてしまう。CMにずっと流れる、脳みその片隅にこびりつくような曲を思わず口ずさむ――どころではない。
下手をすれば一生、誰かの心を蝕む事ができるロックだ。この人の音楽はそれほどに魅力的で、蠱惑的だ。
咄嗟に顔を上げて、隣にいる客たちの顔を見た。
ぞっとした。彼らは恍惚とした表情で、大槻ヨヨコの歌に聴き入っていた。中には頬を緩ませたまま涙を流している奴だっている。
通りがかった何も知らない通行人でさえ、足を止めて歌い続ける彼女を見つめていた。皆が彼女の歌に夢中になっていた。
Massive Attackの『Dissolved Girl』は、イントロから最後までベースが主旋律を握る。だが、途中からエレキギターが重苦しいベースの音に継ぎ足すように弦をかき鳴らし始める。
――私を知れ。私を見ろ。私を聴け。
そこから大槻ヨヨコは、ここからが本番だと言わんばかりに弦を更に強く弾き始めた。歪めた音を更により深く歪めて、聴いている者達に音を叩きつけてくる。
嘘だろ、更にここからアゲていくのかよ。
そんな僕の戸惑いなんか知った事じゃないと言わんばかりに、大槻ヨヨコのギターがヒートアップする。序盤からここまでゆったりと形成されていた曲を、一気に粉々に破壊する、ハードメタルが掻き鳴らされた。
融けて 消えていってしまう
情熱ってそんなに崇高ものじゃないのね
お願い 私の名前を呼んで
この痛みを和らげる為に ほんの少しの愛が欲しいの
この痛みを癒す為に ほんの少しの愛を頂戴
喜多の、爽やかで透明感のある声とはまったく違う。
甘くて毒々しい、なんて綺麗な歌声なんだろう。初めての体験だった。歌声を聴いて、怖くなってしまうだなんて。ただの路地の演奏に、恐怖という感覚を与えられるなんて。
これが天使の歌声なのか、それとも悪魔の歌声なのか、その時の僕はもう、判別を着けることができなかった。
――これがロックの、音楽のひとつの理想。完成形なのか。
最後のサビに入る前に、限界が来てしまった僕は耳を塞いでしまいたくなった。だけどその衝動をぐっとこらえ、僕は客達の群を掻き分けるように後方へとみっともなく逃げた。
ずっとここに突っ立って、ずっとずっと聴いていよう。頭の中に囁いてくる誘惑を断ち切るように、僕は客の群から離れた。まるで海の中で溺れて、海面へ向かって必死にもがいている気分だった。
僕は、客の群れの中から少し離れた場所のベンチに座った。座っていたと言うより、体力を奪われてベンチになんとか寄り掛かってると言った方が正しいか。
ギャラリー達の群れは現在進行形で更に人が増えていく。徐々に膨らんで行って、あれだけ広かった道があっという間に人混みで埋まってしまった。
かなり離れていても、大槻ヨヨコの歌声はここまで響いた。車の走行音が混ざった歌だったけど、客達が皆静かに黙って聴き入ってるせいで、しっかりと僕の所まで響いてくる。
あれは、僕が理想とする音の一つだった。魂に触れてくる最高の歌だ。
ならなんで、僕は観客の群から離れてこんなところに座って雑音混じりの歌を聴いてるんだ?
なんて勿体ない事をしてしまったんだろう。今更戻っても、前の方まで進む事はもうできない。あの全身を蕩かしそうな歌声を浴びる事なんて、もう二度とできないかもしれないのに。
そんな後悔がじわじわと湧いてきた。でも、あれ以上聴いていてしまったら自分の中の何かが塗り替えられる恐怖があった。確信があった。
(――あれが、メタル?)
僕の中に根付いていたメタルとは、まったく違う。いやそれ以前に。なんてすごいギタリストなんだろう。
あれが僕と一つ違い? たった独りの路上ライブに、ここまで打ち負かされた気分になったのは初めてだった。心臓の脈動に寄り添うように弾かれるギターの弦。耳の奥底にこびり付く様に反響する、大槻ヨヨコの歌声。
何もかもが別格だ。なんでこんなところで路上ライブを……ああ、ウォーミングアップか、忘れてた。あれがまだインディーズバンドだなんて信じられなかった。実はオリコントップのアーティストだけどサプライズで路上ライブしてましたと言われた方がまだ現実味がある。
後藤ひとりのギターを聴いた時とは、喜多の歌を聴いた時とはまた違う衝撃が、僕の中に残っている。
あれだけ攻撃的な弾き方だったのに、ネガティブで陰湿なMassive Attackの歌詞だったのに、物凄くすっきりとした気分だった。
――これが、メタル。
ああ、メタルの神様、ごめんなさい。これからはもっとメタルを聴きます。聴かせてください。
どうしよう、家に帰ったらメタリカを漁るか。モーターヘッド、アイアンメイデンでもいい。ああそうだ、ドリームシアターも聴きたい。なかなか耳に合わずに、ずっとCDラックで眠らせてしまっていたメタルの名盤達を、今ならずっと聴き続けられる気がする。それが終わったら、サブスクに潜り込んでメタルのジャンルの項目を、永遠にディグっていたい。
(いや、それよりも前に)
SIDEROSのアルバム、まずは全部買おう。
悔しい事に、佐藤さんの言う通り僕はもう、すっかり骨の髄まで彼女の歌に魅了されてしまっていたのは確かだった。
喜多にも聴かせてやりたかったな。リョウさんは生粋のベースマニアだからMassive Attackは気に入りそうだ。虹夏先輩はあんまり好みじゃ無いかな? でも後藤はあのねっとりしたサウンドを弾きたがりそうだ。
同年代にこんなすごいボーカルがいると知れただけで、今日ここにわざわざ歩いて来た価値は確かにあった。バンドメンバーが揃った時のSIDEROSは今回の比じゃないだろう。大槻ヨヨコの実力がフルに発揮される環境と、彼女に追随する他のメンバー達が揃ったら、どうなってしまうんだろう。
そうだ、今度は結束バンドのメンバーみんなと一緒に――
(いや)
今は、そういう思考はどこか他所へ置いておきたかった。
今はただ、素晴らしい音楽を聴かせてくれたあのボーカルへの感謝と、そしてふわふわと足元が浮くような高揚感に、独りで浸っていたかった。
その後、大槻ヨヨコがメタルアレンジを施した3曲を演奏し終えると、観客達の中にいたお巡りさんが自分の役目を思い出したように「ここでの路上演奏はやめてください」と大槻ヨヨコに注意した。さっきまで後ろでずっと聴いてたくせに、と僕は少し悪態を吐きたくなったが、観客達の反感はない。どうやらいつものお決まりの流れらしい。
(ひょっとしたらいつも3曲で終わるのがルールなのか?)
あのお巡りさん、しれっとした顔でなかなか強かだ。たっぷり大槻ヨヨコの路上演奏が終わるまで聴いて、それで演奏が終わるタイミングを見計らって思い出したようにわざとらしく注意しているのだ。大槻ヨヨコもあっさりと了承している辺り、あのお巡りさんとは顔見知りなのだろう。ずぶずぶの真っ黒じゃん。
まさか二度目の人生でロックに屈した国家権力をこの目で見る事になるとは……。大槻ヨヨコ、恐るべし。
大槻ヨヨコは「ありがとうございました」と頭を下げると、すぐに片づけの準備に入る。その際に、空っぽのギターケースと『1枚3000円』と手書きで書かれた看板をそっと添えて観客達の前に差し出した。
客達は次々とギターケースの中に小銭や1000円札を次々と投げ込んでいく。中には5000円を投げ込む人もいたし、このままライブハウスに直行するつもりらしい人は大槻ヨヨコに「チケットください」と頼み、3000円と交換している。
あっという間にギターケースの中は銭の山となり、SIDEROSのライブチケットは完売になってしまった。
僕は大体の客を捌き終えて静かになった後、そっと近づいて千円札をギターケースの中に放り込んだ。
この後はSTARRYで練習の予定があるから、残念ながらライブにはいけない。あ、でもアルバムとか売ってるかな? あったら今のうちに買っておきたい。
「あのー、すいません」
「……は?」
うぉぉ、滅茶苦茶睨まれた。「なんでこいつここにいんのよ」と言いたげな表情だ。
その圧迫感に思わず慄くが、僕は退かずに言った。
「あの、アルバムとか、あります?出来たら欲しいんですけど……」
僕がそう言ってみると、大槻ヨヨコは仏頂面を破顔した。ぱぁあっと、まるで飼い主が帰って来た事に気付いた柴犬のように滅茶苦茶嬉しそうだった。え、何その表情。
でもすぐに元の仏頂面に戻る。え、なんだったの?
「……アルバムは路上演奏じゃ売ってないの。ライブハウスなら物販はしてるけど」
「あー、そうですか。なら」
「でも、今ここに偶然にもアルバムがあるわ」
「え?」
なら、今度ライブハウスに行ってその時買います、と言いかけた僕の言葉は大槻ヨヨコの言葉でかき消された。
彼女はギターケースのサイドバックから新品のアルバムとマジックペンを取り出す。すると頼んでもいないのに彼女はビニールを剥がしてそこにすらすらとサインを書き込んで僕に差し出した。
「はい。1000円」
「えー……」
この子、こんなにファンサービスするタイプだったの?さっきまでぶすっとした顔で片づけをしてたのに。ストイックでクールなイメージは僕が勝手に作り上げた偶像だったのか?
しかもサイン、めっちゃファンシーで可愛い……。
まあ、嬉しいから買わせてもらうけど……。
「転売とかしたら殺すから」
「怖ぇよ!」
思わず突っ込んでしまった。買い難いよ!買うけどさ!
ちなみに、数年後知った事なのだが、大槻ヨヨコは特定のイベントぐらいでしかサインをしないタイプのギタリストで、この時貰ったサイン付きのミニアルバムはプレミアム価格が付く事になる。転売するな、と言うのは「これ以降このアルバムにサインは書かないつもりだ」と言う意味だったのだ。世界に数枚しかない、大槻ヨヨコのサイン入りのミニアルバム。しかも活動初期の物。そりゃマニアも涎を垂らすよ。
僕がそっと千円札を渡すと、手元にすっぽりとSIDEROSのミニアルバムが収まった。ジャケットの裏に書かれている楽曲は、彼女達のオリジナルソング。
「あ、ありがとうございます?」
「……フンッ」
大槻ヨヨコはそっぽを向きながら鼻を鳴らした。照れ臭いのか、頬と耳は少し赤くなってる。
ははーん、さてはこの人、ツンデレか?しかもコミュニケーションが得意じゃない不器用なタイプ。ひょっとして準備中も愛想なくぶすっとしてたのは単純に何を話せばいいのが分からないからとか?
……いや、それは考えすぎか?
「応援します。今日は用事があるので行けないですが、近い内にライブハウスの方にも行ってみますね」
「…………アリガト」
小さな声でぼそりとお礼を言った彼女は、僕に背を向けて片付けに入ってしまった。
その姿を見て僕は思わず苦笑し、「なんだか取っつきにくいけど可愛がられそうなキャラのボーカルだな」と少し暖かい気持ちになった。良いバンドと、良いボーカルを知れた充足感も合わせて、僕は満足気にSTARRYへ向かおうと歩き始めた。
その時だった。
「ちょっと、放しなさいよ!」
聞き覚えのある声が、僕の耳を打った。
驚いて後ろを振り返ると、大槻ヨヨコと、見慣れぬ男が二人。金髪と茶髪のガタイがいい、ピアスがじゃらじゃらついたいかにも遊んでそうな風貌の男達が、大槻ヨヨコの右腕を掴んでいた。
(あの子の利き腕――)
「いーじゃん、ちょっとぐらい遊ぼうぜ!」
「良いカラオケ知ってっからさあ、そこで歌ってくれよ、嬢ちゃん!」
「放しなさいよ!私に触るんじゃ――痛っ」
ガッ。
「――あ?」
「放して、やってください」
おいおい、なにやってんだ僕は。あんなトラブル、見て見ぬフリしてとっとと歩き去ってしまえばよかったのに。大槻ヨヨコが掴まれた
「なんだ、テメエ」
精神年齢は僕の方がずっと上。けれど、まだ上背がない僕を、男達は必然的に見下ろす形になる。身体がデカいと言うのはそれだけで威圧感の塊だ。僕は腹の底がひっくり返るような恐怖を見て見ぬふりをしながら、声が震えないように、精一杯男達を睨んで言った。
「その手を、放せ」
「あ、あなた……」
「その娘に触れるなっ」
驚くぐらい低い怒声が出てきた事に、僕自身が一番驚いた。
すると金髪の男は大槻ヨヨコの手首を放し、今度は代わりに僕の襟首を掴んで持ち上げた。軽々しく引っ張られ、踵が宙に浮いた僕を見下ろす様に睨みつける。男達のタバコと香水が混ざったうざったい匂いが嫌に鼻に突いた。
「なんだお前、中坊か?」
「ガキはすっこんでろよ!」
すっこんでろだって?
それはこっちのセリフだこのクソ野郎。どうせ曲も聴かないで、大槻ヨヨコの見た目に惹かれただけだろ。
どうしてそんなことができるんだよ。彼女の手は、お前らが気軽に触れていい物なんかじゃない!
「ガキは引っ込んでろよ。こっちは大人同士の話してんの。さっさと帰って勉強でもしてな」
「そーそー!こんなとこでギター弾いて遊んでるより俺らが楽しい遊びを教えてやるからよ!」
ぷちん、と頭の中にあった何かの糸が切れた感じがした。
ぎりぎり保っていた理性がどこかへと消え失せて、ヘソの下からどす黒い怒りが湧き上がってくる。
ギターを弾いて遊んでるだって? 言って良い事と悪い事がある。大槻ヨヨコの歌を聴いていたなら、そんな事絶対に言えないはずだ。どれだけの努力と時間を注ぎ込んであの技術を手に入れたのか、お前らには分からないのか? 分からないからそんな最低な事を言えるのか?
そもそもここで路上演奏する連中が、
「ギタリストにとって手がどれ程大事なのかアンタ分かってんのか!お前らなんかがげらげらと嗤いながら触れていいもんじゃない!さっさとどっか行けよチンピラ!童貞捨てたいなら風俗にでも行って来い!」
僕が言葉を言い終える直前、突如左頬に衝撃が走った。硬い何かが左頬にめり込み、僕は人形みたいに吹っ飛ばされる。
ああ、殴られたんだ――そう他人事のように思う前に、僕の頭は生垣に突っ込んだ。冷たいコンクリートが頭にぶつかった気がした。頭がちかちかする。
「ってぇ……ガッ」
脇腹に何かが突き刺さる。茶髪の男の靴裏だった。爪先じゃないだけまだ手加減してくれてるのだろうか。けれど僕の弱々しい体は、男の蹴りに反射するように胃袋から喉に胃液がこみ上げる。
「黙って聴いてりゃ好き放題言いやがって……中坊が首突っ込むんじゃねえよ」
襟首を掴まれて無理やり起こされた僕の頬に、もう一発拳が叩きこまれた。
随分と喧嘩っ早い。中坊の挑発にこうも簡単に手を出してくるとは思わなかった。
痛みに涙が出そうになりながら、それでも僕は睨みつけるのを辞めない。
周りの通行人達やSIDEROSのファン達は固唾を呑んでいる。誰か警察とか呼んできてくれよ頼むから。首を突っ込んでしまった僕も自業自得感はあるが、正直殴られた部分が痛くて限界なんだよ。
「……チッ、生意気な目だなオイ。お前の女か?」
「ちっ、違いますけど……。でも、謝ってください」
「あ?」
「その娘の手首、何かあったらじゃ、遅いんですよ……!」
「はぁ?なんだそりゃ」
意味分かんねえ、とでも言いたげに困惑するチンピラ達。
それを見た僕はもうこいつらには話は通じないと諦め、無言で抵抗する事にした。殴りたきゃ殴ればいい。でもそしたら、今度はこいつらの手に噛みついてやる。正当防衛だ正当防衛。やったるぞコノヤロー。半人前のロックンローラー舐めんなよ。こちとら人生二回目じゃい!
そうしてしばらく睨み合いが続いた。互いが退かない状態で、殺意が載った視線が飛んでくる。僕は一歩も退かないと歯を食いしばって睨み返した。
けれど、睨み合いも長くは続かない。膠着状態に我慢ができなくなりやがて拳を振り上げようとした金髪に「待った」を掛けたのは、意外な事に大槻ヨヨコだった。
「やめなさい!」
「あ?」
「警察呼ぶわよ」
大槻ヨヨコは僕等に見えるよう、スマホの画面を見せつけながらチンピラ達を睨む。彼女のスマホには110の数字が入力され、ワンタッチで通報される寸前だった。
けれど彼女の足は震えていて、眉間を寄せて睨みつける目には怯えが映っているのは一目瞭然だった。今にも持っているスマホを落としてしまいそうで、今にも泣き出してしまいそうで。なのに、一歩も退く気配がない。
おいおい、そんな刺激するような事言わないで(人の事は言えない)とっとと逃げててくれよ。
けれどそんな祈りは通じず、大槻ヨヨコは怒声を上げた。
「アンタみたいなクズ、こっちからお断りよ!とっとと、ここから立ち去りなさい!」
「テメエ、調子に乗ってんじゃ――」
茶髪の男が声を荒らげて大槻ヨヨコに噛みつこうとした瞬間だった。
――パシャ
「あ?」
パシャ、パシャパシャ。
スマホのシャッター音が、突如そこかしこから響いた。その音は途切れることなく鳴り続ける。辺りを見渡すと、さっきまで静かに僕達を傍観していた人達――SIDEROSのファン達だ。大槻ヨヨコに危害が加えられると気づいた瞬間にスマホのカメラを向けてシャッターを切り始めたのだ。
大量のカメラが僕達に集中する。中には最初からムービーを撮っているのか静かにカメラを向け続ける人もいた。
端的に見ると今この場の風景は、女の子に殴りかかろうとしているチンピラと、男子中学生(僕)をボコボコにしているチンピラの構図だ。何も知らない人間が――いや事情を知っている人間が見ても、どちらが悪いかは火を見るよりも明らかだ。
撮られた写真をSNSにでも挙げられれば、身元の特定がすぐにされるインターネット社会だ。旗色が悪いのはどちらなのか、チンピラ達の顔色が青ざめる。
「チッ、しらけちまった。行くぞ」
「え、おいちょっと待てよ!」
そんな捨て台詞を吐いて、男は僕をその辺にゴミを捨てるように落としてどこかへ走って行った。
チンピラ達が見えなくなるところまで走っていくと、止まっていた時間が急に動き出したように、僕達の様子を見ていた周囲の人達が動き始める。そのまま何事もなかったようにどこかへ歩いていく人もいれば、僕の傷や大槻ヨヨコを心配して駆け寄って来てくれた人もいた。
「よくやったぞ兄ちゃん」「かっこよかったぞ」「傷大丈夫?血が出てるわよ」「私達のヨヨコを守ってくれてありがとう!」「大丈夫救急車呼ぶ?」「ごめんなあすぐに助けに入ってやれなくて」「ああいやいいですいいです騒ぎにはしたくないんで」
大勢の人達が心配そうに仰向けに倒れる僕の顔を覗き込んでくる。中には濡らしたタオルを僕の頬に当てて冷やしてくれる人もいた。
大槻ヨヨコは今にも大泣きしそうなぐらい半泣きの状態で、倒れた僕に駆け寄ってきた。
「馬鹿!なんで初対面の私を助けに、本当に――」
きゃんきゃんと大槻ヨヨコは僕に説教をしてくるが、半泣き状態の顔は正直ちっとも怖くなくて、僕はぼんやりとその声を聴いていた。
冬のコンクリートの冷たさが、背中からじわじわと僕の身体を冷やしてくる。空は恐ろしく晴れていた事に、仰向けになった僕はやっと気づいた。
ああ、慣れない事をするもんじゃないなと、僕の腹の中に沸いていた怒りの熱はじわじわと冷めていく。
まあでも、女の子を守るのは転生者っぽい……んだよな?
そう心の中で、前世の友人に僕は報告した。
これが、僕と大槻ヨヨコの最初の出会い。
これから先、僕や結束バンドが、何年も一緒に音楽仲間として関わっていく事になるアーティストだなんて、この時の僕は知りもしなかった。
作中に登場したアーティスト名
YOASOBI
King Gnu
澤野弘之
井上道義
アイアンメイデン
Evanescence
Metallica
作中に登場した曲
Electric Light Orchestra - Mr.Blue Sky
Telephone Line
Pink Floyd - Echoes
Gustav Mahler - 交響曲第1番ニ長調
John Denver - Rocky Mountain High
Deep Purple - Smoke on the Water
Dire Straits - Money For Nothing
One Republic - Counting Stars
NOTD - So Close
Yellowcard - Way Away
斉藤和義 - カーラジオ
上杉昇 - SameSide
Massive Attack - Dissolved Girl
エタらないのは、大事と存じます(お米ちゃん感)
ヨヨコちゃんの話を書いていたら6万字を越えそうになったので半分にぶった切りました。(いつもの)
今回もやっぱり喜多ちゃんは歌いませんでした。ごめんね。
喜多ちゃんが知らない(所でカズ君が聴いている)音楽。
前話に引き続き、たくさんの感想、評価もありがとうございます。誤字報告も助かっております。Xでの感想ポストもよくエゴサしちゃいます。低評価入れた人は【不適切な表現】クユー。
ヨヨコちゃんの歌を、というよりSIDEROSの歌をカズ君は知りません。
前世では恐らく、ヨヨコちゃん率いるSIDEROSの曲も発売されていたと思うのですが、恐らくカズ君はメタルと言う事で聴かないままスルーしていたと言う設定で書いています。
二期では十中八九SIDEROSが出るので、その時に何かオリジナル曲を演奏して欲しいなぁ、とは思うのですが、まだ現時点では原作でもアニメでもどんな歌を歌うのか分からない為、筆者が個人的に『大槻ヨヨコが好きそうなロック』をメタル風にアレンジさせて歌わせました。マッシヴアタックをばりばりのメタルにアレンジする女子高生がいるらしい。推せる。
今回の話を書く為に、たくさんのメタルを聴きました。AppleMusicで検索して「最強メタル」とかいう小学生が考えたような頭の悪い(誉め言葉)プレイリストを漁ったり、久しぶりにCDショップで何枚かCDを購入したり。
特に助かったのが、活動報告や感想欄で教えてもらったメタルの名曲達。
エヴァネッセンスぐらいしかちゃんと聞いてなかった僕にとって、ひっじょーに助かりました。それと同時に、メタルがどんどん耳に馴染んで好きな曲がどんどん増えて行きました。他のメタルも少しずつ漁っていきたいと思います。
メタルを教えてくれた読者の皆様に、ここで改めて謝辞をさせていただきます。
Xのアカウントでのんびり呟いてます。
X(旧Twitter)
カーラジオと言う名義で新しく作ったアカウントです。ここではその時の気分で聴く曲を垂れ流しています。この小説内で紹介しきれなかったロックもここに載せていくつもりなので、よければフォローとかしてくれると嬉しいです。
あと、オススメ曲とかあればぜひこのアカウントに送り付けて欲しい。DMでもリプでも、推し曲があれば良ければ教えてください。絶対に聴きますので。
次回は、ヨヨコパイセンとカズ君のお話から。
遅くとも一か月以内には更新予定です。
ここすき、Twitterで宣伝、感想などが励みになっているので、たくさんもらえればきっとモチベーションが上がるんじゃないかな(他人事)
感想もっともっともっと欲しいんだ……評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)