【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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I Still Haven't Found What I'm Looking For

 

 

 

「ロックバンドのマネージャーって何やってんの?」と佐々木に尋ねられたことがある。

 

 この質問に当時の僕は何て答えればいいかすぐには分からず、咄嗟に「介護みたいなもん」と答えた。唐突に良く死ぬ後藤を前提にすると割と的外れな答えではないのだが、「じゃあそれはマネージャーじゃなくて介護士じゃね?」とツッコまれてぐうの音も出なかったのは今でもよく覚えている。

 司馬さんと色々と話した際、自分がやっていた事はまだまだアマチュアの域を出ていなかった事を知った時はショックを受けた。自分ではかなり上手にマネージャー業をやれていたと思っていたのだが、ロックバンドのマネージャーは、僕が想像しているよりもっと事務的で専門的な内容だったのだ。

 スケジュール管理やスタジオ、ライブハウスのステージの確保、ギャラの交渉、動画チャンネルの管理やSNSの告知、サブスクの申請やCDの発注などなど。数えきれない程の面倒な雑用ごとを管理するのがマネージャーの仕事だと司馬さんは語ってくれた。

 前世からの音楽オタク……とは言っても音楽業界については聞きかじった程度の知識しかなかった僕は、改めて音楽業界の複雑さを知って驚いた。華々しいステージで活躍するロックバンドや、何千何万と飛ぶような数の楽曲やCDが売られる裏では、司馬さんのような影で支える専門的な分野の人達がたくさんいるのだ。

 当時結束バンドをサポートしていた頃を思い返すと、素人の僕は当然ノウハウなんてものはなくて、ほとんどが手探りだった。師匠や銀ちゃんに色々教わったりしていたが、それでもやっぱり僕は未熟の域を出る事ができなかったと今でも時々思い返す。

 司馬さんは「素人でも井上さんは良くやっていた方だと思いますよ」と褒めてはくれたが、それが少し悔しかった。

 結束バンドという少女達のバンド、女子高生達のアマチュア未満の小さなバンド。そこにぽんと添え物みたいに置かれた、まだガキンチョの僕に出来ることなんてほとんど無かったと当時を振り返るとそう思う。せいぜい出来たのは、スタジオ練習室の確保、メンバー全員のスケジュール管理ぐらいだった。

 あとは喜多の練習に付き合ったり野草を食べてお腹を壊すリョウさんを介抱したり定期的に意識不明になる後藤を世話したり虹夏先輩と一緒にライブハウスで働いてバンドの資金を溜めたり、他にも動画編集やらブッキングライブの交渉とか……いや思ったより働いてるな僕。

 僕が気付いてなかっただけで、かなりブラックな環境に身を置いていたのではないか?

 

 ……まあ、それはともかく。

 

 結束バンドで過ごした時間は一年と少しだけ。その間、マネージャー兼プロデューサーとして、あるいは結束バンドのメンバーの一人としてギターを奏でた。自分が出来る最大限の事をやろうと彼女達に尽くした。

 それ自体に後悔はないのだが、それでもまだまだやれる事はあったんじゃないかと疑問に思う。それが少し歯痒いというか、喉の裏に小骨が引っかかったような、小さな未練のような物だった。

 

「もう少しうまく彼女達を導けたんじゃないか?」

 

 傲慢かもしれないけど、時々そんな意味のない反省をしてしまう。

 もしもう一度、2年前に戻ってやり直す事ができたのなら、今度はもっと上手くやれる。

 けれど時間は当然だが巻き戻らないし、人生二回目だけでも十分以上な奇跡だし、人生三回目なんてもう訪れない。一生に一度きりの青春だった。そしてもう戻る事はできない。きっとこの引っかかりを抱えたまま、「マネージャーの真似事をするのはあれっきりだろうな」と懐かしみながらこれからを生きていくんだろうと僕はぼんやり考えていた。

 けれど、結束バンドのマネージャーとして活動していた時に身に着けた技術が、アメリカに移った後に役に立つとは当の僕自身はこれっぽちも想像もしていなかったし、そして何より、もう二度としないと思っていたマネージャー業に再び身を投じる事になるとは夢にも想わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 日本を飛び出してアメリカに移住してから約1ヵ月が過ぎようとしてた頃、親父の紹介でライブハウスのバイトを半ば無理やりだがする事になった。

 日本から越してきたばかりの僕は、アメリカの学校のシステムや文化に戸惑いながらもなんとか適応しようと忙しく、正直な所環境に馴染む事に必死であまり楽器や音楽に時間を割く事が出来なかった。

 いくら日本の学校で英語が得意だからと言って、現地での英会話にすぐに適応できるほど僕は優秀ではなかった。ハイスクールの授業では当然のように習っていない単語が出てくるし、同級生達の訛りや会話のスピードにすぐには追いつけない。だからこそ深夜は寝る間も惜しんで英会話の勉強をしていたのだが。

 

 そんな時、僕がアメリカに移住するのとほぼ同時期にバツイチになった親父が、僕にバイトを紹介――いや、バイト先に僕を斡旋してきたのだ。本人に無断で。

 

「知り合いのライブハウスのマスターが手が足りないらしい。給料は俺が出してやるからお前バイト行ってこい」

 

 親父はクラシック専門のライターだが、元々はロック出身のアーティスト。ロック方面の知識もかなり幅広い。聞けばシアトルどころかアメリカ中のライブハウスの紹介記事をちょくちょく書いており、地元のライブハウスやクラブのスタッフと面識があった。

 そんな親父は昨晩、仕事帰りに飲み屋でライブハウスのマスターと偶々再会し、話をしている間に「息子を手伝わせる」と本人の許可もなく勝手に話を通してしまっていたのだ。母さんに負けず劣らずの顔の広さに慄きながらも、僕は「それどころじゃない」と文句を言った。

 

「いやだから忙しいんだって!単位制のカリキュラムにまだ慣れていないしこっちの言葉にもまだ慣れてないのにバイトなんてやってる暇ないよ?そもそも学生ビザはあるけどバイトは違法じゃんか」

「だから俺がバイト代出すんだよ。店が直接お前に出すんじゃなくて俺を経由して小遣いを出すだけなんだから合法だ」

「屁理屈じゃん……」

 

 経済とかその辺りの法律は疎いのでよく分からないが、財政省とかそういう所に捕まったりしないだろうか。強制送還とか嫌だよ。

 

「黙ってるだけで皆バイトぐらいやってるっつーの。それに、英語を学びたいなら現地で働くのが一番いいんだよ、うだうだそんな役に立つかも分からねえ英会話の本なんか読んでないで体当たりでぶつかってこい。店長は俺の知り合いだから多少のミスは織り込んでくれるよう頼んだ。机にかじって英会話の勉強するより絶対お前の身になる。ボインの姉ちゃんを口説き落とす為に振られる覚悟でアタックするか、実際にバイトでもなんでも働きながら学んだ方が絶対に上達するのは早い」

 

 ボインの姉ちゃんうんぬんはともかく、後半は僕も少し納得してしまう。

 

「それに、シアトルはオルタナティブの聖地だぞ。お前Sound Gardenとか好きだろ?英会話しながら本場のロックを聴けるんだぜ。こんなにお前向きで得しかない職場はない。それでもやらないのか?」

 

 シアトルはオルタナティブやハードロックの歴史に名を刻んだアーティスト達の生誕地。

 

 Foo Fighters、Sound Garden、Nirvana、Jimi Hendrix。

 

 偉大なアーティスト達が誕生した聖地。そして彼らが遺した足跡を自分達も追いかけようと、この町では日夜数多くのバンドがロックを奏でている。まだ名も売れていないアマチュアのロックバンドが奏でる音楽は、確かにジミーヘンドリックスやニルヴァーナの血が継承されている。

 それを働きながら聴けて、英会話も勉強出来て、ついでに給料……ではなく小遣いも貰える。

 正直な所、生活に慣れてきたらライブハウスじゃなくても音楽関係の仕事をこっそり探そうとは思っていたし、親父の話は僕にとってメリットしかなくてここで断るという選択肢も生まれなかった。

 そもそもな話、海外の洋楽が好きだからという理由だけでわざわざアメリカまでやって来たのだ。ここで断る理由を探す方が難しい。

 

「で、どうする?」

「……やる」

 

 そんな訳で結局、ライターの親父の口八丁で僕は甘言に載ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シアトルの南側、大通りに面した小さなライブハウスが、僕の新しいバイト先となった。

 ライブハウスと言っても、STARRYのようなライブステージをメインに据えた店ではなく、システム的にはレストランかバーに近い。メインはアメリカサイズのハンバーガーとかポテトやテキーラで、それらを片手にステージに立つロックバンドの歌を聴く、そういう飲食店だ。

 ギャラは基本的に客からのチップだけで、店側が客からチケット代を徴収する事はない。偶に地元では名の通ったセミプロみたいなバンドをオファーした時のみ、チケットを用意するらしい。その時はテーブルを全て片付けて即席の客席フロアみたいな配置にも出来るようになっていた。

 

 ステージに登るハードルは比較的低くて緩やかだが、ギャラが出るかどうかは自分達の音楽次第。

 

 歌が良ければ大勢の客からチップを受け取れる。逆に下手ならノーギャラなんて事もあり得るし場合によってはゴミが投げ込まれる事もあるらしい。ある意味、自分の腕がストレートに試される、そんな場所だった。

 

《お前があの性悪ライターの息子だな?話は聞いてるよ、今日からよろしく頼む》

 

 ライブハウス『ジワタネホ』のマスターはアフリカ系のムキムキマッチョのおじさんだった。僕の胴体と同じぐらい太そうな腕とツルピカなスキンヘッドが特徴的な大柄なアメリカ人だ。タンクトップからはみ出した肩には鷹の入れ墨が入っている。映画のスクリーンの中にしかいないドウェイン・ジョンソンが日焼けサロンに行ったらこんな感じになるんじゃないか。

 

《は、初めまして、井上和正です》

 

 アメリカ人の身体のデカさに委縮した僕は、親父を少し恨みながら苦笑いで挨拶した。

 ただ、僕の予想はいい形で裏切られる。ゴリゴリのゴツさに反してマスターはとても紳士的な大人だった。朗らかな笑顔で親父を貶しながら僕と握手をしてくれた。

 

《あのロクデナシにちっとも似てないな。OK、カズ。父親から話は聞いてると思うが、この店では俺が作ったハンバーガーを求める客とミュージックを聴きたがる客がやってくる。お前の仕事は基本的にキッチンだ。クッキングは相当上手だと父親から聞いてるよ》

《うちの両親は両方とも作るのが雑ですからね……》

《ハハ!相当苦労させられたようだ。あいつとはちょくちょく一緒に呑んでたが偶に息子の料理が恋しいって言うもんだから気になってたんだ。じゃあ、まずはハンバーガーパティの下拵えからよろしく頼む!》

《……ラジャー、マスター!》

 

 こうしてシアトルでのバイト生活がスタートした。

 異国でのバイト。初めての飲食店、しかもキッチンでの仕事。親父から概要は簡単に聞かされていたけど、実はこの時の僕は結構緊張していた。

 とは言ってもやる事はキャベツの千切りやら大量のひき肉を捏ねまわす下拵えが中心で、あとは皿洗いとか簡単な雑用をするだけでそこまで複雑な仕事じゃなかった。マスターも入ったばかりの僕を気に掛けてくれて色々とフォローしてくれるし、給仕スタッフであるマスターの娘さんも優しかった。かなりホワイトな職場だ。

 マスターのライブハウスは地元ではかなり評判が良く(実際、マスターのハンバーガーはこれまでの人生で一番美味いバーガーだった!)、毎晩ほとんどの席が埋まる。しかもアメリカ人らしく入店する客の多くは大食漢なのでかなり忙しい。物凄い勢いでハンバーグのタネとキャベツとトマトが消費されていくのだ。これは新しいスタッフを欲しがるのも分かる。

 そして、ジワタネホのもうひとつの目玉はミュージシャンのステージだ。

 店の奥にはドラムセットやアンプ、アップライトピアノやスピーカーが設置されたステージがあり、そこにマスターが許可したミュージシャンが立つ事が出来る。

 誰もいないステージにはいつでも誰かが演奏できるようマイクスタンドや機材がそのままセットされていて、時間が止まってしまったような寂しさがある。

 

 けれどその寂しさも、ステージに誰かが立てば時間が動き出したように掻き消えていく。

 

「すっご……」

《ヘイ!ステージに夢中になってないで、手を動かし続けろ!これからまだまだ客は入ってくるぞ!》

《ラ、ラジャー!》

 

 この日の夜にステージに登ったのは、60代ぐらいの初老の男性ピアニストだった。

 彼は趣味でピアノを続けている人で、マスターがこの店をオープンした頃からずっとここでライブ演奏をしていると聞かされた。

 

 彼が弾いた曲は、Bill Evansの『You Must Believe In Spring』だった。

 

 まるで森でずっと立ち続ける、巨大な大樹のようなピアノだった。雨風に晒されても、絶対に倒れないベテランの風格を思わせる重厚なピアノ。マスターに注意されなければ、僕はずっとそのまま聴き続けてしまうか、あるいは聞くのに夢中になって包丁で指を切ってしまっていただろう。

 僕もピアノは弾けるが、ここまで安心して耳を委ねて聴いていられるピアノは初めてだった。

 もうこれだけでシアトルの音楽のレベルには度肝を抜かれてしまったが、次の日の夜も更に衝撃的な夜だった。

 

 次の日の夜にステージに上がったのは、カレッジに通う若者たちのロックバンドだった。

 

 彼らが初っ端に奏でたのはGoo Goo Dollsの『Iris』。

 

 オルタナティブの代表バンドの曲を奏で始めると、イントロから店内は大騒ぎだった。

 ハンバーガーを食べながらステージに拍手を送る人達、煽るように指笛を拭き、彼らが奏でている間だけ、ここはレストランではなくひとつのライブ会場と化していた。

 ひりつくようなギターとボーカル。室内全部を包み込むようなベース、お腹の底にまで響きそうな強いドラム。

 全体的に音が強く、重厚。

 

 これがアメリカ。

 

 アマチュアのピアニストもロックバンドも、レベルが高すぎる。

 

 知らなかった世界が広がっていくのを感じる。僕の中の常識が塗り替えられ、拡大されていくのを感じる。

 ハイスクールに通っている間は慣れるのに必死で、正直まだ僕はシアトルに、アメリカをまだ体感する事が出来ていなかったんだと思う。

 もちろん、ステージが盛り上がると言う事はそれだけでキッチンも忙しくなる。ステージのバンドに煽られた客達はこぞって酒やつまみを注文していくので大忙しだ。けれど幸いなことに、ステージから流れる生演奏を聴きながらハンバーガーの材料を切ったり焼いたりするのは僕には楽しくてあまり苦にはならなかった。

 それに、この店に集まる常連客は大半がロック好きで、洋楽好きの僕とすぐに話が合った。アジア人の僕が珍しいのか、客達もカウンター越しによく話しかけてくれる。陽気なアメリカ人は笑いながら僕と接してくれて、すぐに忙しさより楽しさの方が上回った。

 

 この日、ようやく僕はシアトルの一部になって、この街を好きになる事が出来た気がした。

 

 

 

 

 

 僕は週4回、学校の授業が終わった後にマスターの店で仕事を熟した。ロックバンドの演奏と客達の喧噪をBGMに作業を熟し、そして家に帰宅する。

 家、学校、店と移動する為に、僕は貯めていたへそくりを使って人生で初めてロードバイクを購入した。アメリカの街を自転車で走るのは、俗な感想だけど最高にアメリカっぽい感じがして気分が良かった。

 

 Queenの『Bicycle Race』を鼻歌でご機嫌に歌いながら、僕はシアトルの街を走った。

 

 

 

 

 

 

 二週間が過ぎる頃には、ジワタネホは僕にとって最高の職場になりつつあった。

 ここに演奏しに来るバンドは、ロックからバラードと多岐に渡る。ジャズバンドもこの店で演奏しにやって来た。ピアニスト一人だけという夜もある。皆マスターを慕っていて、わざわざオファーした訳じゃないのに「ここで弾かせてくれ」と彼等は遊びに来たように演奏していった。ジャンル違いのバンドやアーティストを呼び込むのは池袋のクソブッカーを思い出すけど、マスターは一晩に複数のバンドを出してステージが闇鍋みたいになる事は絶対にさせない。一晩にステージに上がるのは一組か二組だけ、それがジワタネホのルールだった。

 総じて思うのは、やっぱり、皆レベルが高い。一組のバンドが1時間以上演奏し続けるなんてのはザラだし、それでいて演奏のクオリティがまったく落ちない。基礎体力が違うのか、それともまた別の秘訣があるのか。それは分からないけれど、ジワタネホはマスターのハンバーガーが絶品なのも相まって毎晩大盛況だった。

 

《どうだカズ、俺の店の、この街の音楽は?》

 

 ある日の夕方、開店準備をしていたマスターが手を動かしたまま僕に尋ねて来た。

 

《もうこっちに住み始めてから2ヵ月ぐらいになるんだろ?お前が働いていたライブハウス……日本と比べてどうだ?》

《全体的に、やっぱりレベルが高いです。僕が想像してたよりも。それで、日本と違って物凄く身近に音楽がある》

 

 レストランで料理を食べながら、ロックバンドの生演奏を聴く。日本じゃまったく馴染の無い光景だ。男女のカップルや家族連れの客が、夕飯にハンバーガーやポテトを食べながらロックの生演奏を聴く事が出来るなんて。

 

《それでいて――超実力主義。ダメな音楽にはブーイングを、最高な歌には拍手とチップを。分かりやすくて、すごくシンプル》

 

 実力が無ければ、自信が無ければ、客達は直ぐにそれを悟ってブーイングを飛ばす。

 実際、少し前にここでライブをしたがっていた生意気そうなヤンキー達をマスターが試しにステージにあげて演奏させたら、客達はすぐにそれを耳障りだと罵ってゴミを投げ込んだ。実際、僕が聴いても「あれはないだろ」と思えるぐらい下手な演奏だった。ちなみにその若者達は「二度とこの店には来ない」と吐き捨てて逃げて以来、この辺りでは見かけない。

 ジワタネホはただバンドマン達にとって都合の良いステージじゃない。現実と厳しさも兼ね備えている。

 でも逆に言えばちゃんと実力を持った人ならアマチュアでもロックでもジャズでも誰だってステージに上がれる。

 演奏したければ実力を持って示せ。

 単純明快で分かりやすい、シンプルな場所。

 これがシアトルの、小さなレストランで行われている。なら、ニューヨークとかもっともっと大きな街なら――どんなバンドが、どんな音楽が奏でられるのだろう。アメリカの大きさに、僕は感服するしかなかった。

 観客達にとっては、いつでも本気の音を聴ける場所。

 プレイヤーにとっては、真剣に音を試せて勝負できる場所。

 日本にもそういう場所がない訳じゃない。でもアメリカは、それがずっとずっと近い。一般のハンバーガーを食べる人達と、演者達の距離が。音楽は彼等の生活の中の一部なのだ。

 

《アメリカのロックが最高な理由の一つが分かった気がする。人種も、性別も、国も関係なく本気の音楽ができる……This place is one of my dreams.(この店は、僕の理想の一つだ)。ここに来れて、ここで働けて本当に良かった》

 

 僕がそう言うと、マスターは少しきょとんとして、真っ白な歯を見せて笑ってくれた。

 

《……だろ!そう言ってくれるなら、俺もこの店を建てた甲斐があるってもんだ。お前もいつか自分の城を持つんだろ?その時は俺の秘蔵のハンバーガーのレシピ、真似してもいいんだぜ》

 

 マスターはそう言って笑ってくれた。

 

《ホームシックになったらすぐ言えよ?そうだ、今度俺の家に夕飯を食いに来い!家内を紹介するよ。娘もお前の事が気になってるみたいだし、よかったら――》

 

 アメリカのシアトルは、とてもいい場所だ。

 余所者の僕を受け入れてくれる懐の深さがある。ここで働き始めたおかげで英語にも大分慣れ、友人もたくさん出来た。

 

 けれどやっぱり――時々、無性に寂しくなる時がある。

 

 喜多や後藤、虹夏先輩やリョウさんに、時々逢いたくなった。

 ちょくちょくLINEやメールで連絡を取ってはいるけれど、でもやっぱり、彼女達とまた直接顔を合わせたいなと思う。

 これがマスターの言うホームシックなのか、それともただの感傷か……あるいはやっぱり、喜多の事が恋しいだけなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シアトルで暮らし始めてから、約二年が過ぎた。

 二年も過ぎればアメリカでの生活も大分様になってくる。英会話も大分慣れて、今じゃ日本語と同じぐらい話す事が出来るようになった。親父の言う事を認めるのは少し癪だが、やっぱりジワタネホで働いた事が一番大きかったと思う。

 おかげでハイスクールでの授業も順調。3年目の時点で単位はほぼ取り終わり、後は課題や試験をしっかりこなせば卒業まで問題はなさそうだった。

 

《カズ!6番テーブルにジワタネホバーガー3個、頼めるか?》

《了解、マスター》

 

 ジワタネホでの仕事も大分慣れて、今ではキッチンの料理人としてハンバーガーを大量に作る作業も任されている。今日も今日とて、ジワタネホは満員御礼だ。あと1時間で始まるバンドのライブもかなり人気で、本当なら「なんでここでライブしてんの?」と思えるぐらいの実力を持った人達なのだが、駆け出し時代にジワタネホでよくライブしていたらしく、今でも厚意で定期的にライブしているらしい。僕もサイン貰った。

 

《ヘイカズ、今日も調子良さそうだな!》

《今日はステージに上がらないの?》

《いらっしゃい、二人共。今日は忙しいから、何でも屋は休業だよ!》

 

 店の常連夫婦がハンバーグを焼いている僕に声をかけ、僕は軽く返答する。

 肉が焼ける匂いと音、客達の笑い声が混ざった喧騒がホールに満ち始める。もう少しすれば、ライブが始まって店の中は更にうるさくなる。その喧騒が、今はとても楽しみだ。

 

《カズ、そろそろ休憩していいぞ!》

 

 忙しさがピークを迎える前に、店長が休憩するよう指示してきた。これからもっと注文が飛んでくるだろうし、短くてもしっかり休んでおこう。

 そう思った僕は外で冷たい空気を吸おうと裏口から外へ出た。

 3月のシアトルはまだ春の兆しは見えない程冷えている。雨が比較的多く、朝に降った雨はまだコンクリートを濡らしていたままだった。少し濡れた空気が冷たく肌を撫でて、息を吐くと少し白く煙みたいになった。

 そういえばそろそろ、虹夏先輩とリョウさんは卒業か。リョウさんはニートやるって言ってたけど、虹夏先輩は大学生だもんな……。

 僕も来年には卒業だし、進路はどうするべきかな。喜多には帰って来いってしょっちゅうLINEが飛ばされてくるけど、シアトルから日本に帰るのは正直面倒な所がある。あと単純に忙しい。学生、バイト、そしてもう一つの『何でも屋』の業務が僕の足をこの地に縛り付けてしまっている。

 

「くしゅん!」

「ん?」

 

 どうしようかなと頭を悩ませていると、大通りの方から誰かのクシャミの音が響いた。ちらりと表通りの方を覗いてみると、店の直ぐ傍にしゃがみ込んで寒さに震えている子が見えた。体格と服装的に女の子だ。しかも耳を澄ましてみると、ぐすぐすと鼻水を啜って泣いている声がする。

 ギターケースを背負っているな。この辺の子かな?でも見覚えがない。この辺の演奏家とは大抵顔見知りになれたので、知っている人ならすぐに分かるはずなんだけど。身なりもいいしホームレスって感じでもない、何かしらトラブルに遭ったのだろうか?

 ……シアトルは治安は悪くない方だけど(良いとは言ってない)、銃社会のアメリカの夜に女の子独りで居させるのもまずいか。

 

《Ah,Hey! Are you OK?》

 

 僕はなるべく相手を恐がらせないよう気さくに声をかけてみる。

 すると僕の声に気付いたのか、その子がゆっくりと顔を上げ――――

 

「あ……」

「……え、マジ?」

 

 その顔を観た瞬間、僕は驚きで口がふさがらなくなった。

 強気そうなツリ目がいつもより弱って涙で濡れていて。茶髪の長い髪を二つに括って下ろし、少し地味な眼鏡を掛けたその女の子は、僕が忘れるはずもない、そして今ここにいないはずの人だ。

 

「なんでここにいるんですか、ヨヨコさん」

「……カズ……よ、よ」

「よ?」

「よ゛が゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛会え゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 直前まで途方に暮れた迷子の女の子のように不安で押し潰された表情が、安堵で解けてそのまま僕に抱き着いて来た。大粒の涙をぽろぽろと零しながら。いないはずの知り合いが突然目の前に現れて呆気に取られた僕はそれを慌てて受け止める。

 

「え、ちょ!なんで急に泣き出すんですかヨヨコさん、落ち着いてくださいって!ここ店の前!僕のバイト先の前なんですから勘弁してくださいよ!ヨヨコさんってば……ぎゃー鼻水を僕の服で拭くなー!」

 

 こうして僕は、約二年ぶりに大槻ヨヨコと再会を果たしたのだった。

 日本から約7500キロ。この遠い、異国の地の夜で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時差16時間――日本の下北沢、昼のSTARRYにて。

 

「どうしたの虹夏。凄い難しそうな顔して」

「……リョウちょっとこれ見て」

「何、LINEがどうかし……」

 

 

『アメリカで拾いました』

 

 

「何このツーショット?」

「さっきカズ君から送られてきたの。なんか向こうで捨て犬みたいになってたヨヨコちゃんを見つけて拾ったって。これどうする?」

「……郁代には黙っとこ。暴れられると面倒だし」

「……そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大槻ヨヨコは、聴いている人を屈服させるような強いメタルを奏でる強烈なギタリストだ。僕も何度か彼女が所属するSIDEROSにサポートとして入って演奏したり、新譜が出る度にアルバムを買って聴いたりしたが、その度に驚きと発見を与えてくれた、僕が知る人の中でも上位に位置する最高のギタリスト。そして僕にステージで歌う事の楽しさを教えてくれた、恩人の一人だ。

 ステージの上では凶暴なライオンみたいに暴れるギタリストだが、実際はツンデレで臆病でコミュ障な面を持ったチワワみたいな女の子でもある。

 そんな彼女が唐突に僕の目の前に現れたかと思いきや外聞もへったくれもなく大泣きするなんて想像もしたことなかった。見栄っ張りなヨヨコさんが人前で泣くタイプとは思えなかったし、そのギャップが不意打ち気味に僕に直撃し、大いに戸惑わせた。

 泣き続ける彼女の言葉は支離滅裂でよく分からなかったが、事情を聞くためにとりあえず僕は彼女を店の中に案内した。ネオンライトがあちこちに灯るシアトルの夜は、人通りは少なくはない。外は寒いし、何よりこのまま彼女を放って置く事も出来なかった。

 

《おいおいおい見ろよ!珍しいじゃんか、カズがかわい子ちゃんを連れ込むなんて!ガールフレンドか?》

《マスターの娘さんに靡かねえからずっとアッチ側だと思ってたぜ。あんな彼女がいるならそりゃ他所の女に目何て向かないな!》

《これで俺達はケツの心配をしなくて済むわけだな》

《マスターの娘だけじゃなくあんなキュートなガールフレンドがいるとか……カズ許せねえ》

Shut up, drunkard(うるさいよ酔っ払い!)!さっさと注文してろ!》

 

 なんだなんだと常連の酔っ払い達がウザ絡みしてくるが僕はそれを退け、店の一番奥の空いていたテーブルに連れて行く。他の常連客達も物珍しそうにヨヨコさんを観ては《カズのガールフレンドか》とか《あんなカワイイ恋人がいたのね~!》とか《日本とアメリカで遠距離恋愛?それでわざわざこっちに遊びに来たのかしら!ロマンチック~!》とか噂してやがる。好き勝手言いやがって。

 にしてもさっきからヨヨコさんはじっと縮こまって僕に引っ張られるがままになってるけど。

 

「わ、私カズの彼女に見えてるの……!? え、英語聞き取れないと思って好き勝手に言わないでよこれでも学年一位なのよ……!カズの顔見れないじゃない……!」

 

《ヘイカズ、どうしたんだその娘は?》

 

 厨房の奥に居たマスターが顔だけをこちらに見せて僕に言った。

 

《あー、彼女は僕の日本の友達です。プロのギタリストで。僕に会いに来て……くれたのかなぁ》

 

 なんて答えればいいか分からない。遠い太平洋の向こう側からなんで僕に会いに来たのかも分からないし。

 僕が戸惑っていると、マスターは「面白い物を見つけた」と言わんばかりににやにやと笑い始めた。

 

《……あ~、ハイハイハイ、オーケーオーケーだ》

《なんですかそのいやらしい笑み……》

《なんでもねえよ、とりあえず今日はもう上がっていいぞ、その娘の相手をしてやれ》

《え、でも今日忙しいんじゃ》

《馬鹿野郎女の子が泣きながらわざわざ日本からお前に会いに来たんだろちゃんとしろ!給料減らすぞこのヤロウ!》

《んな無茶苦茶な》

 

 今まで観た事がないぐらいの良い笑顔でマスターが言うので、僕はお言葉に甘えて先に上がる事にした。

 ついでにマスターに頼んで、二人分のハンバーガーとコーラを用意してもらい、テーブルに運ぶ。

 キッチンからテーブルに戻る頃にはヨヨコさんは眼が赤く腫れていたけどとりあえず泣き止んで落ち着いてくれていた。

 その様子を見てとりあえず安堵しながらハンバーガーが載ったプレートをヨヨコさんの前に置いた。

 

「お待たせ、ヨヨコさん。お腹減ってないですか?」

「ありがと……食べる。朝から何も食べてないの」

 

 さっき大泣きした事を気にしてしおらしくなっていたヨヨコさんの前にハンバーガーを置くと、本当にお腹が減っていたらしい。彼女はすぐに食べ始めてあっという間にビッグサイズのハンバーガーは胃袋に消えて行った。ハンバーガーに噛り付く彼女の食べっぷりはすさまじく、ハムスターみたいになったヨヨコさんを僕は思わずスマホで自撮りモードにしてツーショットを撮ってしまった。ヨヨコさんはハンバーガーに夢中でシャッター音に全く気付いていなかったけど。あとで虹夏先輩とあくびちゃんにでも送っておこう。

 

「……ふぅ、美味しかった。生き返った気分だわ……」

「それは良かった。……二年ぶりですけど、元気にしてました?」

 

 最後に会ったのは、秀華高校の文化祭の時だったか。あれ以来言葉を交わすのはメールだけでこうして直接話すのは本当に久しぶりだ。さっきは少し僕も慌てていて気付かなかったけど、久しぶりに会ったヨヨコさんはとても綺麗になっていた。元々顔立ちは整っている方だとは思ったけど、2年ぶりのヨヨコさんはなんだか大人のような落ち着きが表面に出ているように思う。あの周りを警戒して今にも攻撃してきそうな虎のような鋭い眼差しは少し和らいでいるように見えた。

 

「ええ。私もあくび達も、皆元気よ。あなたはどうだったの?二年間日本に一回も帰国しないで、あの娘達皆寂しがってたわよ。特に楓子や喜多はよく愚痴ってたわ」

「それに関しては、本当に。僕も帰ろう帰ろうとは思ってたんですけど、こっちでの仕事も結構忙しくて」

「まあ、元気だったのならいいのだけれど。それにしても、あなた身長伸びたわね……前は私とそんなに差がなかったのに」

「アメリカの飯食ってたら多分誰だってこうなりますよ……あとはまあ、筋トレですかね」

「え?あなた身体鍛えてるの?言われてみれば確かに随分身体ががっしりしてるわね……そんなに腕太かった?」

「望んで鍛えてた訳じゃないんです……」

 

 アメリカの料理は、本当に大きいし多い。マスターやハイスクールの友人達にしょっちゅうホームパーティに呼ばれるのだが、その度にバカみたいな量の肉を食わしてくるの、本当に止めて欲しい。彼らは一緒にバーベキューをやってたくさん肉を食わせれば喜んでくれると思っているので断る事もできないし。

 おまけにハイスクールで体育の授業を取ったら滅茶苦茶筋トレさせられるし……。日本の体育と違ってアメリカの体育はガチの体を育てる授業なので、授業内容がバーベルやマシンを利用した筋トレが中心なのだ。そりゃムキムキにもなる。一時期はボディビルダーにさせられるんじゃないかと思えるぐらい筋肉で太ってしまった。進級をきっかけに体育の授業を取るのは止めたおかげで、今は日本に居た時と大差ない体重に落ち着いている。

 まあそれは置いておいて。

 

「……で、今日はどうしたんです?久しぶりに会えて嬉しいですけど、何か用でもあったんですか?」

 

 積もる話は山ほどあるが、どうしてわざわざ僕に会いに来たんだ?この人が僕に直接会いに来る時は、大抵ちょっとしたトラブルか――何かに悩んでいる事が多い。

 僕がそう尋ねると、ヨヨコさんは口に咥えていたコーラのストローを置いて、僕に向き直って真剣な表情になった。

 

「SIDEROSの海外進出が決まったの。私達は海外でデビューする」

 

 その言葉に、食べようとしていたハンバーガーの手が止まった。

 

「ここに来たのは、あなたにマネジメントをお願いしたいからなの。SIDEROSじゃなくて――たった独りになった、大槻ヨヨコと言うギタリストを。このアメリカで、勝たせて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDEROSと結束バンドのニュースは、アメリカに来てからも佐藤さんの記事を通して追っていた。あと、頼んでもないのに喜多が近況報告と言うかSNS感覚で日記を送ってくるので(ひどい時は10分に1回と言う頻度で送ってくるのでうっとおしいからミュートにした。時差16時間と言う事を頭に入れずにド深夜にも送ってくるのだ)結束バンドとSIDEROSがどういう風に過ごしていたかは大体知っている。

 僕がアメリカに飛んだ後、結束バンドが未確認ライオットと言うフェスに出たけれども、惜しくも優勝を逃してしまった事。SIDEROSが全国ツアーで日本中を飛び回った事。新宿FOLTで結束バンドとSIDEROSがライブをした事。SIDEROSが事務所に所属しスポンサーが付いた事。結束バンドが二回目の未確認ライオットで優勝出来た事。SIDEROSの楽曲がオリコンのトップ10に食い込む快挙を成し遂げた事。

 他にも後藤と廣井さんが二人で路上ライブをしたことや、虹夏先輩とあくびちゃんが仲良くなって二人でよく練習をしている事や、リョウさんがSICKHACKのライブでヘルプに呼ばれた事とか、喜多に憧れてギターボーカルを始めた大山猫々という後輩が出来た事とか。

 びっくりするようなニュースからしょーもない日記みたいな事まで。最近は同年代な事もあって、佐藤さんも結束バンドとSIDEROSの記事をまとめる事が多かったので彼女達の活躍を僕はしっかりと知る事が出来ていた。

 

 けれど、SIDEROSが海外進出を決めたとは、さすがに寝耳に水のニュースだった。

 

「アメリカのライブハウスを中心にツアーで周ってステップアップをしていく。その前準備に2年は必要なんだけど、幽々は服飾系の学校に通いたがってたし、あくびも大学に通ってみたかったらしくて。ツアーの準備が始まったら、日本で落ち着いて学校に通う時間はなくなるから。それならいっそSIDEROSを1年ぐらい休業にして各々の時間に充てようって司馬さんに提案されたのよ。私達も高校の間はほとんどバンドに打ち込んでたし、ちょうどいいと思ってね。でも私は進学するつもりはなかったし、かと言ってずっと日本にいるのもどうかと思って、新しい音を探しにここに来たのよ」

「それはまた……随分思い切りましたね」

「私もそう思う」

 

 少し照れ臭そうにヨヨコさんは笑った。

 

「でも、SIDEROSはメタルバンドじゃないですか。行くなら本場の北欧の方じゃないんですか?」

「そっちでも良かったんだけどね……ただずっとメタルだけに傾倒し続けるのもどうかと思ったのよ。……新しい音を探しに来た、それだけよ」

 

 少しバツが悪そうに、言い難そうにヨヨコさんはそう言った。

 なんだか少しらしくない、と思った。ヨヨコさんなら「アメリカに私のメタルを響かせに来た」と言いそうな物だと思ったのだが。

 

「で、単身僕に会いにシアトルへ……」

 

 ギターだけで海外へ。

 漫画やドラマだとよくある展開だし、実際に音楽で食べて行こうとアメリカやイギリスに行きたがるロックンローラーは何人もいただろう。けれど実際にそれを実行する人がいるとは思わなかった。

 ヨヨコさんが海外にずっと挑戦したがっていたのは知っていたが、それでも単身ギターだけ持って渡米するとはその熱意だけでも尊敬してしまう。……カッコいい、のだが。

 

「で、空港に着いたはいいものの、地元のガイドを装った置引に荷物と財布を全部盗られておまけにスマホも充電切れになって半泣きになりながらここまで歩いて来たと……」

「う、うるさいわね無事にちゃんと着いたからいいのよバカ!」

「バカはヨヨコさんです。アメリカは銃社会で犯罪も多いんですからそういうのはちゃんと用心してくださいよ。そもそも、ここに来るなら僕に連絡くれればよかったのに」

「うぐ……そ、それはサプライズにしたかったっていうか……!ギ、ギターケースは無事だったからいいのよ!ミュージシャンたるものギターケース一本のみで渡米するもんでしょ!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤く染めながら強がるヨヨコさんだが、目元は今にも泣き出しそうだった。

 こういう所が大槻ヨヨコがチワワたる由縁だと思う。うっかりさんと言うか、肝心な所で抜けていると言うか。盗られたのは服や日用品が入ったキャリーケースと現金だけが入っていた財布だけ。不幸中の幸いなのはギターケースの中に別に入れていたクレジットカードやパスポートだけは無事だということだけか。

 

「ていうか司馬さんはともかく、あくびちゃんとかよく許しましたね?」

 

 こんなよわよわなチワワ、アメリカに一人放てばあっという間にわからせられてしまいそう。実際初日に空港で置引に遭うぐらいだし。

 あくびちゃんはヨヨコさんをアメリカに送り出す事に不安にならなかったのだろうか?僕だったら許可できないよ。ちょっと目を離しただけで変な男に捕まりそうなのに。

 

「最初は反対されたわよ。でもカズにガイドを頼むって言ったらあっさり許してくれて……」

「……さては僕に押し付けたな?」

 

「カズ君に現地ガイドをさせる?ならいいっすねー!」とサムズアップする長谷川あくびの顔が何故か幻視できた。

 

「……それで、マネジメントって何をするんです?」

「基本的には私の通訳とライブハウスの出演交渉。それを一年間」

「なるほど、1年契約……え、1年もこっちにいるんです?」

「そうよ?」

 

 そうよ?じゃねえよ。

 そう言う事は事前にメールか何かで言ってくれよ……。これだから思いつきで行動するロックガールは!

 

「1年もアメリカで音楽し続けるんですか、え、宿とかどうするんです?」

「本当はホテルとかモーテルとか泊まろうと思ってたんだけど、お金は全部盗られたから……だから泊めて。食費とか家賃はこっちでライブ出演し続けて稼ぐから」

「えー……仮にも男の家にそんな気軽に泊めてとか言います?」

「あなたなら大丈夫でしょ?彼女持ちだし、信用できるし」

「バレたら僕が殺されるんですが」

「アメリカで頼れるのはあなただけなのよ。……お願い」

「えー……」

 

 どうする、アイ〇ル……。

 今にも「捨てられるんじゃないか」と悲し気な目でこっちを観ないで欲しい。

 これがリョウさんとか廣井さんとかだったら持ち前の生存能力で独り勝手にしぶとく生きていけるんだろうけど、ヨヨコさんは危なっかしくて独りにしておけない。

 僕は大きくため息を吐いた。

 

「分かりましたよ。その代わり、報酬はきっちりもらいますからね」

 

 僕が了承すると、ヨヨコさんの表情は花が開いたようにぱぁぁと明るくなった。そしてどこかよそよそしいというか、もじもじとどこかくすぐったそうに僕の顔を観たり目を逸らしたりしながら、口を開いた。

 

「じゃ、じゃあそれと……」

「ん?」

「……いや、やっぱりなんでもない」

 

 なんですか――と質問は返せなかった。

 僕が質問を返そうとした瞬間、ステージの上に登ったバンドマン達が演奏を始めたからだ。

 スピーカーから流れ出したギターの音と客達の歓声に僕の質問は潰されてしまった。

 

 Bon Joviの『Something To Believe In』だ。

 

 重苦しいギターのイントロが響き始めたと同時に、ホールの客達が騒ぎ始める。酒を飲んでいた常連達も彼等の歌を讃え始める。中にはボーカルの声に合わせて歌い出す客も。

 ハードロックを駆け抜けたボンジョヴィのグランジ・ミュージック。聴いている人間に生き方を直接問いかける、油と泥で薄汚れた手で僕等を指さすボンジョビの詩が、この小さな屋内を振動させた。

 子供も、大人も、男も女も関係なく手を叩き、歌う。

 たった30人にも満たない小さなレストランの小さなステージ。

 でも、日本にはない熱が、確かにここにはある。

 

「いい店ね」

 

 ステージの方をじっと見ながら、彼女はそうぽつりと呟いたのが聞こえた。

 ……ヨヨコさんは、この国に何を求めて来たんだろう。SIDEROSじゃなくて、ヨヨコさんをアメリカで勝たせて欲しいって言うのもよく分からないし、新しい音を求めて来たって、言うのは良いけどヨヨコさんにしては少し具体性に欠ける。それだけを求めてわざわざ一年もアメリカに住もうとは思わないだろう。

 

「……上等じゃん」

 

 唐突に降ってきたチャンスだと思った。僕にとって個人的なリベンジの機会。

 僕が結束バンドにしてやれた事、してあげれなかった事。僕が転生者だと言う負い目から、最初の頃は喜多に何もしてあげる事ができなかったという後悔。

 けれど今なら、もっと上手にやれる。

 

 ステージに登った男性ボーカルの、アメリカ人の濁りのある男の歌声が響く。

 

 

 生き残ることしかなくて

 どうすれば罪とか信じることができるんだ?

 何も与える事のないこの世界で

 俺達には信じるものが必要なんだ

 

 

 ヨヨコさんがこの国に何を求めて来たのかは、分からない。日本とは比べ物にならない程、広大な国で何が見つかるのか。彼女はこの旅で成功するのか、それとも失敗して日本に逃げ帰る事になるのか。

 不安はある。でも、日本に居た頃からの恩人を手伝う事ができる。あのSIDEROSのボーカル、大槻ヨヨコを僕がマネジメントする。

 人脈も金銭もない彼女が、このシアトルで0から歌う。あの暴力的な歌声をまた聴く事ができる。それが少し楽しみでもあった。

 音楽活動が成功するだなんて保証はどこにもない。それでも、僕らは好きでわざわざアメリカに来てまで音楽やってんだ。楽しまなきゃ、きっと損だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、店が閉まった後に僕はヨヨコさんを自宅へ案内した。マスターが夜遅い事もあり車を出してくれたので、ありがたく自転車を車に載せて僕らを届けてもらった。

 

「ここがカズの家ね……」

「洋風の家ですけど、土足じゃなくてスリッパでお願いしますね」

 

 僕の親父が賃貸で借りているこの小さな平屋は、東京の実家の一部分を切り取ってペーストしたような小さな一軒家。庭もない、ぎちぎちに敷き詰めるように両脇にアパートが並んで挟んでいる。狭いけれど、二人で暮らすには十分な広さ。おまけに父親は大抵取材で別の国や別の州へオーケストラ聴いている感じなので、実質ヨヨコさんと二人暮らし……。いや意識しないで置こう。

 僕の自室に案内されたヨヨコさんは、すぐに呆れた表情になった。

 

「なんていうか……あなたらしい部屋って感じよね」

「……褒めてます?」

「ううん、汚い。もっと整理整頓しなさいよ」

 

 悪うござんしたね……。

 壁に吊るされたエレキギターとベース、3段重ねにしたシンセサイザーや電子ピアノ。箱にたくさん詰め込まれた映像機器……。

 ジワタネホともう一つの副業で稼いだ金のほとんどはこの部屋の機材に消費される。

 足の踏み場もない程のCDケースや音楽雑誌、散らかった服やら何やら。

 所詮親父と息子の男二人暮らしの家なんてこんなもんですよ。事前にヨヨコさんが家に泊まる事を知っていたのなら、もっと掃除とか整理とかやりようはあったのに。

 

「ベッドは僕の部屋のを使ってください。僕は親父の部屋を使います。あとお金少し貸しておくんで、日用品とか服とか、明日買ってきてください。ユニクロあるんで」

「あるんだユニクロ……心強くて泣けるわね」

 

 分かる。

 引っ越してきた当初はマックとかユニクロとかのチェーン店に日本を感じていたんだよね……。

 

「……あなた、そういえばギターは?」

「え、やってますけど」

「そっちじゃなくて。あなた、日本に居た頃はアコースティックギターがメインだったじゃない。あれはどうしたの?やめたの?」

「あのギターは、今は喜多の所にありますよ」

 

 僕が最初に手にした武器。僕の半身だったアコースティックギターは、今は喜多の手元にある。

 

「あげたの?」

「預けただけですよ。いつか、返しに来てもらう為に」

 

 そういう約束だ。

 

「ふーん……相変らずね、あなたは。青春っぽい事しちゃって……」

「拗ねてます?」

「拗ねてなんかないわよバーカバーカ!私にも何かそういうイベントやっとけとか思ってないわよバーカ!」

「じゃあ、この帽子をお前に預ける」

「シャンクスかあなたは!」

 

 適当なモノマネしたらベッドに置いてあった枕投げつけられた。ひどい。

 

 次の日の朝、起きるとヨヨコさんはまだ眠っていたので、テーブルの上に少しの現金と朝食を作っておいて、書置きにハイスクールへ行く事だけを書き残して僕は出かけた。

 アメリカでの僕の学生生活は、日本に居た頃とあまり変わらない。

 授業以外は基本的に音楽を聴いてるか、雑誌や本を読んでいる。アメリカのハイスクール風に言うとナードに分類されるんじゃないだろうか。

 ただ、僕が通っている学校は他の国からやってくる留学生も多いので、あまりカーストによる差別は多くはない。まあ運動やってる奴が偉い、というのは日本と同じだけど。

 

 ただ違うのは――

 

《おいカズ!先週の新譜聴いたか、Jaden Smithの!》

《聴いた聴いた!滅茶苦茶クールだったよ!あとオススメしてくれたDrakeのアルバムも滅茶苦茶良かった、ありがと!》

 

 級友達と音楽の会話をするのには全く困らない、ってところだ。

 特に僕の趣味は洋楽に偏っているので、日本ではマイナーな曲でもアメリカでは当たり前な曲が多く、同じ音楽好きなら会話のネタは尽きなかった。

 アメリカの学校は楽しい。僕の肌に合っている感じはする。

 ただ、まあ――

 

《そういえば隣のクラスのジョン、大麻持ってて捕まったって》

《抜き打ち調査に引っかかるなんて馬鹿だね~。あ、でも私も切らしてた》

《俺持ってるぜ、買う?》

《あんたいつも割り増しするでしょ!もっと安くしなさいよ!》

 

 いくらシアトルでは合法だからって、校内でマリファナを出すのはどうかと思うよ……。

 アメリカの学校、ロックンロールし過ぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業を終えてそのままジワタネホに直行すると、まだ準備中の店内にヨヨコさんがテーブルに突っ伏して僕を待っていた。わざわざ店の前で待っていたらしく、店長さんが気を利かせて中で待たせてくれていたようだ。

 

「あ、カズ……」

 

 僕が近づくと、ヨヨコさんは額をテーブルにつけたまま、目線だけをこっちにやって僕に気付いた。

 テーブルに突っ伏したままのヨヨコさんはまさしくグロッキーだと言わんばかりの満身創痍だった。

 

「どうしたんですか、またスリにでも遭ったんですか?」

「遭ってないわよ……。今日、服買った後にいくつかライブハウスを周ってみたのよ。ライブさせてくれって。でも、アジア人の女の子にやらせられないって……」

「あぁ……なるほど。それでヘコんでたんですか」

「ヘコんでなんかないわよ!」

 

 分かってますよ、だから噛みつこうとしてこないでください。

 日本では知名度が高いヨヨコさんでも、アメリカに独りやって来た今の彼女は何の後ろ盾もないソロのギタリストだ。それを飛び入りでやらせてくれるほど、アメリカのライブハウスはそんなに甘くはない。これが事務所を通した正式な依頼とか、SIDEROSとしてのブッキングとかだったらならまた対応も違うのだろうけど。

 

「しかもあの店主、私が日本出身だって知ったら鼻で笑いやがったの……!私のギターを聴いてもいないのにあんな風に笑って……!思い出しただけでも腹が立ってきた……!」

 

 悔しそうに拳を握りながら、不満と怒りを隠さずにヨヨコさんは獣みたいに唸った。

 

「ヨヨコさんにとってここは完全なアウェーですからね」

 

 アメリカに限った話ではないけど、ロックの業界は圧倒的に男の比率が多い。必然的に、女性のプレイヤーは軽視されがちだ。おまけに先進国のアメリカにとって、日本と言う小さな島国はどうしても劣って見えてしまう。これは国風がどうのこうのとかではなく、スケールが本当に違うので自然と下に見えてしまうのである。僕もここに越してきた当初、アジア人と言うだけで色々言われたりした物だ。

 日本出身の、まだ二十歳にもなっていない女の子だ。ステージに立ちたいと願っても、ロックの本場アメリカからしてみれば鼻で笑えるぐらいの価値にしか見えないのだと思う。

 

「で、降参するんです?」

「冗談!絶対見返してやる!私をステージにあげなかった事、後悔させてやるんだからっ」

 

 今にも噛みついてきそうな勢いでヨヨコさんは僕を睨みつけて来た。

 ヨヨコさんの本質は超が付く負けず嫌い。煽ったら煽られただけ、その怒りをモチベーションにして音楽に費やしてくれる。

 

「昨日はヨヨコさんも疲れてたからすぐに休んでもらいましたけど、今日から本格活動って事でミーティングしましょうか」

「ええ、お願い」

 

 僕はヨヨコさんと向かい合う形で椅子に座った。

 

「今日学校で適当に授業を受けながらずぅーっと考えてたんですけど」

「ちゃんと授業は受けなさいよ……」

「ヨヨコさん、SIDEROSとしてじゃなく独りで来たって事は、弾くジャンルは別にメタルに拘らない。そう受け取っていいんですか?」

「……」

 

 ヨヨコさんは無言で頷いた。

 

「ヨヨコさんはSIDEROSじゃなくて、ヨヨコさんと言うギタリストを勝たせて欲しいと僕に言ってきた。どうしてか聞いていいです?」

「……どうしてそれを訊くの?」

「これからマネジメントするんですから、その辺りも聞かなきゃ――」

「そうじゃなくて!なんでそれを訊こうと思ったの?」

「いや……だって、ヨヨコさんらしくないじゃないですか」

 

 大槻ヨヨコにとって、メタルはアイデンティティだ。彼女のミュージシャンとしての、音楽の信仰の対象だ。僕がロックの力を信じているのと同じように、ヨヨコさんはメタルを信じて今日までギターをかき鳴らして生きてきた。

 日本で活動していた間、大手のレーベルに何度もスカウトされたけれど、レーベル側に路線変更を勧められただけでそのスカウトを蹴ってしまう程、ヨヨコさんはメタルを崇拝している。

 なのにメタルを、そして一緒に共にしてきたSIDEROSを手放してまでアメリカで活動する事は、ヨヨコさんらしくないと思えた。なら、どうしてアメリカに来る決意をしたのか、その経緯を知りたかった。

 

「それを教えてくれないなら、ヨヨコさんを手伝えません。一年もヨヨコさんをマネジメントするからには、僕にとってヨヨコさんを手伝う価値があるかどうか、それを見極めさせてくれないと」

「…………」

「あと純粋に、一人の友達としてヨヨコさんが心配なんですよ。悩み事ぐらい、僕も聞けますよ?」

「……分かったわよ」

 

 ヨヨコさんは少し眉をひそめて、やがて観念したように小さな声でぼつぼつと喋り出した。

 

「――SIDEROSの、私達の歌。日本のオリコンで7位になったの、あなた知ってる?」

「もちろん。滅茶苦茶よかったし、買いましたよ?」

「ありがと」くすっと笑いながらヨヨコさんはお礼を言ったが、すぐにその表情は陰る。

 

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 疲れ切ったように溜息を吐きながら、ヨヨコさんは言った。

 

「あんなに心血注いで書き上げて、SIDEROSのメンバーで何度も練習して――レコーディングも完璧だった、私も、あくびや幽々、楓子もベストな状態でやれた。なのに1位に届かなかった。……ねえカズ、何か足りなかったと思う?」

「……」

「私達がメタルだから?技術が足りないから?ポップミュージックの方が皆が聴きやすいから?相手が大手レーベルだから?私達より上位の歌は、皆私達より下手だった、なのに負けた」

 

 まるで他人事のようにヨヨコさんはそう批評する。その寒々しい言葉には、やり切ったのに届かなかったというやるせなさと、怒りを通り越して呆れたような、そんな感情が見えた気がした。もちろん、怒っているのは――多分自分に対してだ。

 確かその頃のランキングの上位は、映画やドラマ、アニメと言った、企業と連携してタイアップした楽曲がほとんどだった。中には音楽業界で十数年戦っているような歌手もいたので、全員が下手だったと言う訳ではない。けれど、僕はSIDEROSの歌の方がやっぱり好きだった。スピーカー越しに聴いてる人間の腹の底に傷をつけるような強い音の方が聴いていて気持ちよかった。

 けれど単純に、統計として聴いている人の母数がヨヨコさんの曲よりドラマを観ている一般の人達の方が多かっただけなんだと思う。メタルで日本のオリコンに登るのはそれはそれで滅茶苦茶凄い快挙なのだが――ヨヨコさんは満足していないのだろう。

 

「それ以来、あんまりいい曲を書けなくなったの。全く書けない訳じゃないけれど、ああじゃないこうじゃないって感じで――」

「スランプ?」

 

 僕が尋ねると「そうかも」と返してきた。

 

「多分それに近い。この二年間、ずっと書いて歌ってばっかりだったから。アウトプットばっかりでバランスが変な感じになってて、このまま日本でバンドを続けても良くないと思ったの。――だったら、一度全部手放して、私の根幹を作り直そうと思ったの。もっと丈夫に、しっかりと自分を構成し直したかった。これだと思える私の新しい音を探し出したかった。もっと最高の歌を書く為に、だから私は独りでここに来た」

「―――」

 

 驚いた。

 僕は少し不安だったのだ。ヨヨコさんは、ひょっとしたらメタルを諦めて――見限ってしまったんじゃないかと。僕が間違っていた。この人は、そんなにやわなんかじゃない。この人の内には、やっぱり強いエネルギーが今でもずっと燃え続けていて、それが少し見えにくくなっていただけだ。

 なんだ、何か深い悩みがあるなら、解決するのを手伝わないとって考えてたけど――この人、僕が何もしなくても勝手に独りで立て直せるじゃん。

 自分が尊敬したギタリストが、こんなにも強い人で、僕はとても嬉しい。

 

「ヨヨコさんは貪欲ですね」

「そうよ、私は自分の最高地点を更新し続けたいだけ。もっともっと上手くなって勝ちたいだけなの。――あなたもでしょ?」

 

 音楽を聴きたいがだけに、僕はアメリカに。

 ただ技術を磨く為に、ヨヨコさんはアメリカにやって来た。

 

「理由は少し違うけど、それでも僕らはやっぱり似たもの同士なのかもしれませんね」

「そうね。……それでさ、カズ」

「なんです?」

「私が――北欧じゃなくて、アメリカを選んだのは、あなたが居るからなの」

「え」

 

 顔を少し赤らめながら、ヨヨコさんは恥ずかしそうにそう言った。

 

「ずっとずっと考えてた。あなたと組めたら、私はもっと先に行ける。喜多があそこまで大きく成長できたのは、結束バンドがSIDEROSのライバルみたいな立場になったのは――間違いなく、あなたがいたからよ。あの子達だけだったら、絶対にSIDEROSの敵になり得なかった。だから私も、あなたが欲しい」

 

 僕の顔がかあっと熱くなった。

 

「2年前、あなたは私に言ったわよね。『SIDEROSに入る準備は出来てない』って。今はどう?」

 

 

 

 

 

 

 

「私と、大槻ヨヨコと組む気はある?」

 

 

 

 

 

 

 真っすぐに、ヨヨコさんは僕の目を見てそう言った。

 僕の返答は、もうずっと前から決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターにステージに上がらせて欲しいと頼むとあっさりとOKを貰った。

 

《いいぞ。ちょうど今日の夜は空いてるからな》

《え、いいんですか?デモ審査もなしに?》

《いいに決まってるだろ?この二年間、一番お前の演奏を聴いてきたのは俺なんだから。カズがステージにあがるのなら、チケットを用意する価値も十分にある。なのにいいのか?ギャラはチップのみで》

《今回のギャラは良いんです、ノルマ代もないですし、0からのスタートだから……ヨヨコさんはいいんですか?こっちじゃ無名の女の子なのに》

《あのガールか?なぁに言ってるんだ、カズが俺に紹介しただろ》

《へ?》

 

 呆れたように笑うマスターは僕にこう言った。

 

She's guiter of professional(彼女はプロのギタリストだ)って、お前が紹介してくれたんじゃないか。なら、それだけで十分さ。ステージ、楽しみにしてるからな、何でも屋》

 

 本当に――ライブハウスの店長って、どうして誰もかれもがこんなにカッコいいのだろう。

 僕もいつか、師匠やマスターのように堂々としたロックンローラーになれるのだろうか。いつか自分の店を持った時、自分が尊敬した人達のような強い男になれているのだろうか?

 

「なんでも屋って、あなたの事だったのね」

 

 僕と店長さんの会話を聴いていたヨヨコさんは肩を竦めながら僕に言った。

 

「え、知ってたんですか?」

「ライブハウスを探している時にね。 Floater(何でも屋)と組めば、演奏させてくれる場所もあるかもしれないって言われたのよ。そいつは色んなバンドのヘルプとして渡り歩くアジア人って言ってたの。おまけに映像編集やら音源作成やらお金を払えば何でもする事で有名だって。ピアノ、シンセ、ギター、ベース、ボーカル……ドラム以外は何でもそつなくこなす優等生。あなたそんなことしてたの?」

「特定の誰かと組まないようにしてただけですよ」

 

 きっかけは、ジワタネホに出演するバンドのメンバーの一人が事故に遭ってしまった事からだった。僕がギターを弾ける事を知っていたマスターがそのバンドに僕を紹介し、緊急のヘルプとして参加したのだ。それがかなり好評で、それ以来口コミで別のバンドに紹介されて色んなバンドにサポートとして参加するようになっていた。

 時にジャズバンドに、時にロックバンドに、多種多様なおじさんお姉さん、アメリカ人アフリカ人中国人。色んな人達と一緒にギターで、ベースで、ピアノで、シンセで、演奏してきた。

 

「誰かと一緒に合わせをしないと演奏技術が鈍りますからね。それで自分からも『使ってくれ』って売り込んでいる内に、いつの間にかそう言う風に呼ばれてただけです」

「どうしてバンド、誰とも組まなかったの?」 

「こいつと演りたいって相手が見つからなかったってのもありますけど……。僕がギターを捧げる相手は、もうとっくに決まってましたからね」

「ふーん」

 

 バッシィ!

 

「イッタイ!なんで叩くんですか!」

「確かに、あなたは喜多郁代の、結束バンドの仲間かもしれないけど――今日から一年間は私の相棒よ。文句ある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜の7時。

 僕とヨヨコさんは、店の一番奥のテーブルで座って、ステージが始まるのを待っていた。

 テーブルにはギターケースが立て掛けられていて、ハンバーガーを頼む客達は物珍しそうに僕らにちらちらと視線を送っている。それが気になるのか、ヨヨコさんはずっとくすぐったそうにそわそわとしていた。

 ヨヨコさんは髪をいつものツインテールに括り、トレードマークの帽子を被って眼鏡を外して、いつでも戦えると臨戦態勢を整えている。前はステージが始まる前だと毎回白目剥いてたのに……。成長したんだな。

 

《カズ、今日はお前がステージに登るのか?》

 

 常連客の一人がホットドッグを片手にそう訊いてきたので《そうだよ》と答えた。

 

《できたらたくさん客を呼んでもらえる?ドリンクサービスするからさ》

《マジか?じゃあ近所の飲み仲間全員呼ぶ!》

 

 嬉しそうにスマホで電話をし始めた常連客を見て、ヨヨコさんは寂しそうに小さくため息を吐いた。

 

「結構有名になったつもりだけど、やっぱり誰も私の事知らないのね。皆あなたしか知らないみたい」

「あー、まあ……」

「いいのよ。別に。これからフォロワー増やせばいいし……元々日本じゃオリコン7位だし、Twitterもフォロワー数5万人超えてるし……全然気にしてないし」

 

 あー忘れてた。後藤程じゃないけど、この人も承認欲求強めなんだよな……。

 

「ま、まあ今日からアメリカ向けにSNS運営もやっていけばいいですし。それよりもちょっと緊張してます?」

「当たり前よ。リハ1回しかしてないし。バンド名も決めてない上にドラムもベースもまだ探してもいない状態でステージに登る事になるとは思わなかった」

 

 ヨヨコさんが乾いた笑みを浮かべた。

 僕もマスターに出させて欲しいと頼んだがまさか数時間後にステージに登る事が決まるとは思わなかった。リハも一回しか通しで出来なかったし。

 

「新宿であなたをサポートにして以来ね、こんな結成したその日の内にステージに登るのは」

「あの時は5時間ぶっ続けで合わせの練習したりしてそのままステージに上がりましたね。正直、今でも時々悪夢で観ます……」

 

 僕がそう言うとヨヨコさんはくすくすと笑った。

 今でも思い出せる、僕の初のボーカルステージ。今でも時々夢で見るし。楽しいのと怖かったのと半々で正直あまり思い出したくはない。

 

「懐かしいわね……でもね、カズ。今夜は勝つわよ。パーフェクトゲームでね」

 

 ヨヨコさんがそう言って、握りこぶしを僕の方へ突き出した。

 

「……了解です、ヨヨコさん」

 

 僕はそう返して、握りこぶしをヨヨコさんの拳にがつんとぶつけた。

 ヨヨコさんは力いっぱい僕の拳にぶつけて来て、骨がじんじんとするぐらい痛くて――けれどこの痛みがヨヨコさんの決意の強さを表してる気がして、しばらくその痛みを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の8時。ステージに登る頃には、ジワタネホは観客で一杯になっていた。

 常連客が口コミで客を呼び、あっという間にテーブル席もカウンター席も一杯になってしまい、座る所がないので何人かはコップを片手に立ったまま、僕らが演奏を始めるのを待っていた。

 

《アジア人?》《カズの友達なんだって。日本から来たらしい》《随分と小さな子だな。カズはともかく、あんなのでギター弾けるのか?》《日本語の歌なんて分からないぞ?》

 

 ステージの上からは、店の中を隅々まで見渡せた。多種多様の人種の人達が、僕らをじっと見つめている。

 やっぱり、日本人二人が並んでステージに立つのは珍しいみたいだ。物珍しそうな好奇な視線で、僕等を見定めてる。反応としては期待半分、不安半分と言った所か?

 中には小さな子連れの客もいて、ステージが見えやすいように肩車をしている大人もいた。肩車をされた女の子はちょうど目の高さがヨヨコさんと同じぐらいで、ヨヨコさんは嬉しそうにその子に手を振ってあげている。

 ギターのチューニングを終えた僕らは、二本のマイクスタンドの前に並んで立つ。

 ヨヨコさんはエレキギターを。僕はアメリカに来てから買った、赤のベースのストラップを肩にかけ、構える。

 

《こんばんは、アメリカ!》

 

 僕がマイクに言葉を吹き込むと、観客達が拍手と指笛でそれに応えてくれた。

 

《今日は僕等二人がロックンロールをお届けします。ドラムは探したんだけどどっかに行っちゃいました。多分、飛行機に乗り遅れたか、日本が楽しすぎてこっちに来られなかったんじゃないかな》

 

 僕が肩を竦めながらそう冗談を言うと、観客達はくすくすと笑った。知り合いに一応声をかけたけど、ドラムは残念な事に見つからなかった。なので、今日は僕とヨヨコさんの二人のデュオだ。

 アメリカのステージ、いくつものバンドをヘルプとして回って学んだこと。MCは詰まんないギャグでもおくびに出さずに言えばヨシ。陽気を装って喋れば、観客達はそれを聞いてくれる。

 

《見ての通りドラムがいないので、皆で手を叩いてリズムを作って欲しい。こんな感じで……》

 

 僕が手をぱん、ぱん、と一定のリズムで鳴らすと、何人かの観客達はすぐにそれに乗ってくれた。

 

《ありがと、そう!そんな感じでよろしく!》

 

 僕がそう言いながらヨヨコさんをちらりと見る。ヨヨコさんは頷いて、マイクに一歩近づいた。

 

《こんばんは、私の名前は大槻ヨヨコ》

 

 ヨヨコ?

 日本人独特の名前に、客達は少し可笑しそうにくすくすと笑った。ヨヨコさんはそれに少しムッとしたように眉を歪ませたけど、直ぐに持ち直してマイクに向き直った。

 

《私はこの国に、挑戦しに来ました。新しい自分を見つける為に、戦いに来ました。つまらない歌だったら罵って。最高の歌だったら拍手を頂戴》

 

 

「それ以外は、何もいらない」

 

 

 店内の観客達がシン、と静かになった。

 マイクを通して吐き出された日本語の言葉に、重みがあったからだ。隣に居た僕の肌をじりじりと焼くようなプレッシャーを放ち始めたからだ。

 きっとこの店に居る人達のほとんどは日本語なんか分からないだろう。ヨヨコさんが何を言ったのか、分からないだろう。けれど、何を言っているかは理解できる。表情で、息で、目つきで。言葉はなくとも、彼女はそう雄弁に語っている。彼女がそれ以外何も欲していない事を。

 

(この人は、本当に――!)

 

 やっぱりというか、ギターを持ってステージに立つだけでこの人は別人だ。

 たった二年会わない間に、カリスマ性を身に着けてる。この二年の間に、彼女は何を見て、何を感じて来たんだろう。

 

 渡米してきて初めてのステージ。普通だったら多少動揺してもおかしくないのに、まったく動じた気配がない。

 

 気を許せば、ずっとこの人から視線を離せられない。そんな危険を感じさせる、強い意志。

 こんな大槻ヨヨコ、僕は初めて見る。

 

 

Looking at us,(私達を見て) and feeling us.(そして感じて)

 

 

 そう言い終えたヨヨコさんは、僕にちらりと視線をやった。

 

 

 ――行くわよ、カズ

 

 

 僕は頷いて、靴の裏で木製のステージの床を叩き始める。

 ドラム代わりにもならない、小さなリズムの指標。ヨヨコさんはそれに耳を澄ませながら目を閉じて、ギターを弾き始めた。

 指先で弾く様にヨヨコさんは6本の弦を弾き始める。滅茶苦茶に歪ませたメタル独特の硬質な音じゃない。あえて言うなら、大槻ヨヨコの、ギタリストとしての素に近い音。けれど、音がとんでもなく分厚い。リハでは軽くしか流さなかったけど、ヨヨコさんのギターの音圧が以前よりずっと強くなってる!

 迷う時間はない。僕もそれに飛び込むように、4本の弦を掻き鳴らし始めた。ヨヨコさんの音に負けないよう、力の限りを込めて。

 

 ――そのギターのイントロは、きっとロックを聴いて育ったアメリカの人達なら、一発で分かるだろう。

 

《パパ!SINGのお歌だよ!》

 

 女の子が楽しそうに笑いながら、僕の靴底の音に合わせて手を叩き始めてくれた。それに気付いた観客達が『YEAH!!』と叫びながら手を叩き始める。

 アイルランドから出発したバンドは、世界の紛争や宗教、様々なテーマをメロディーに載せて歌い、グラミー賞を22回も受賞すると言う快挙を成し遂げた。

 

 

 

 U2の『I Still Haven't Found What I'm Looking For』。

 

 

 

 私は神々の山嶺を登って来た

 私は多くの戦場を駆け抜けて来た

 あなたと一緒にいるためだけに

 あなたと一緒にいるためだけに

 

 

 優しく、力強い歌声。

 ヨヨコさんの英語の発音は完璧だった。練習以上に声を出せている。こんなのがスランプ中のボーカルの歌だって?冗談はよして欲しい。

 アンプで増幅され、スピーカーから響き渡るヨヨコさんの声は、相変わらず蠱惑的だ。あの小さな体のどこからこんなバカでかくて綺麗な音が響くんだろう。

 でも――僕も負けない。もう、あの時のボロボロな負傷者じゃないんだ。僕がこの人をリードするんだ。

 ヨヨコさんと入れ替わる形で、僕もベースを弾きながらマイクに歌声を載せた。

 

 

 僕は走って、這いつくばって

 街の壁をよじ登った

 いくつもの壁を

 ただ君と一緒にいるためだけに

 

 

 ヨヨコさんが身を翻して、僕に背中を向けて来た。

 僕はその意図を察し、僕も自分の背中を差し出した。

 ヨヨコさんが僕に寄り掛かる形で、背中を合わせたまま僕らの歌声は迸る。僕等の体温が背中越しに重なるように、低音の僕の声と、高音のヨヨコさんの声が重なってひとつの歌へと形を変える。

 

 

 But I still haven't found what I'm looking for(それでもまだ、探し物は見つからないんだ)

 

 

 Aメロが終わると同時に、歓声が茹ったマグマのように破裂した。マスターの絶品のハンバーガーを食べている人は、一人もいない。みんな手が止まって、僕らの歌を聴き続けている。

 ああ、最高に気持ちがいい。この感覚はやっぱり、ステージに立たないと味わえない。

 

 生きてるって感じだ。

 

 

 僕は信じているよ 楽園に辿り着く時

 やがてすべての色は一つに集うと

 一つに溶け合うんだ

 だけど僕は走り続けている

 

 

 心臓の鼓動のように打ち鳴らす僕のベースが、ヨヨコさんの雷のように弾かれる強いメロディーを絡めとる。僕が腕をストロークさせる度に、観客達がそれに合わせて手を叩いてくれた。

 血管が一本一本、皆の心臓と繋がっているみたいだ。血液の熱が上がり、それが堪え切れないように歌に載って放たれる。

 

 年齢も人種も出身も、国も国境も老人も若者も子供も、何もかもがここでは無意味だ。この歌を歌っている間は、そんなものに意味なんか生まれない。

 

 ただこの音に身を委ねて、歌えばいい。このメロディーに合わせて体を揺らせばいい、手を叩けばいい。

 なんでこんなに気持ちがいい歌があるのに、なんで世界は平和にならないんだろ。戦争とか犯罪やってる連中は、この曲を聴いた事がないのかな?そんな疑問が生まれて、けれどすぐにそれは霧散する。

 そんな疑問もやっぱり、何の意味もないからだ。

 

 

 あなたは束縛を断ち切り

 私を自由にしてくれた

 私の罪の十字架を背負ってくれた

 私の罪を、そう、私は信じている

 

 

 僕等日本人はアメリカと違って神様を信じる人は多くはない。一応、僕は百合の間に男を挟む事を性癖とするド畜生な神様が存在する事だけは知っているけど。それでも、僕とヨヨコさんの信仰の対象は、もうとっくの昔に決まっていて、それを追い求める為だけに小さな島国を飛び出してきたんだ。

 クリスチャンだったU2の人達と同じように歌う事なんて、出来はしない。でも、彼等が神を探し求めるように、僕らは音楽を求めて旅を続ける。

 挑戦し続ける事だけが、ロックンローラーに許されたたった一つの道。

 このステージが、僕らのひとつの出発点。この果ての無い道を、終わりのない旅をずっと死ぬまで続けよう。

 

 

 But I still haven't found what I'm looking for(それでもまだ、探し物は見つからないんだ)

 

 

 歌が終わると、歓声と拍手の波が寄せて来た。

 けれど僕はその歓声が止まるのを待たずに、次の曲へと進み始めた。

 更に次の歌へ、更に次の曲へ……。

 

 僕らの指が止まるまで奏で続ける。名前もまだない僕ら二人の音楽の旅は、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8曲近く、ぶっ続けで歌い続けると言う無謀な演奏が終わり、汗まみれになりながらステージから去ろうとすると、店内に居た客全員が僕らを取り囲んだ。

 

《カズ最高だったな!》《ヨヨーコ、すごかったぞ!》

 

 観客達は矢継ぎ早に僕らに感想と拍手をぶつけてくれる。嬉しかったけど、正直へとへとでそれどころじゃなかった。

 僕はふらふらになりながらヨヨコさんの手を引っ張りながら従業員用のスペースに連れて行こうとすると。

 

《ヨヨコ、ヨヨコ!》

 

 小さな女の子の声が聞こえた。

 

「ヨヨコさん、呼ばれてますよ」

 

 僕が指を示した方には、さっき肩車をされていた小さな女の子がいた。

 大人の観客達の足の間を潜り抜けようとしながら、こっちに手を伸ばしてる。

 

 今にも潰されそうになっているその女の子の手を掴んで引っ張ると、その少女は興奮冷めやらぬ様子で、ヨヨコさんに飛びついた。

 

《私、ギターやる!ヨヨコみたいになる!》

 

「……え?」

 

 急にそう言われたヨヨコさんは、ぽかんとしながら……さっきまで動揺も何も見せずにギターを弾いていたのに、急にぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。

 

《―――!――――!》

 

「カズ……ごめん、なんて言ってるか分かる?」

 

 ヨヨコさんが涙ぐみながら、その子を静かに抱きしめた。

 

「……すごかった、かっこよかった……世界一だって」

「そう……良かった……ありがと」

 

 

 

 

「私、間違ってなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして僕は、たった一年間、ヨヨコさんとバンドを組む事になった。

 

 この日の夜に結成された、まだギターボーカルとベースしかいない、名前もないこのバンドは――新しいロックの伝説の出発点となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――半年後。

 

 

 

「どういうことよこれは――――!」

「き、喜多ちゃんどうしたんですか……すごい荒れてますけど……」

「あー、なんかSNSでカズ君とヨヨコちゃんを見つけたみたいでさ……。ニュースに出てたんだよ、SIDEROSのボーカルが、アメリカでロックバンドを組んでアルバムデビューしたって特集が組まれたみたいで」

「え、あ、大槻さんしばらく見ないと思ったらアメリカに……あ、まさか」

「うん。そこにカズが一緒に演奏している写真が写ってて、今郁代は荒れに荒れてる。NTRされて脳を破壊されてる」

「うーん、しばらく荒れそうだねー。まあ放って置こっか」

「え、いいんですか?」

「いいよいいよ。しばらくしたら落ち着くでしょ」

「触らぬ神にたたりなし。ぼっち、スタジオ練習いこ」

「アッハイ」

 

「カズ君の浮気者――――!ヨヨコさんの泥棒猫――――!」

 




作中に登場したバンド名&曲名

Bill Evans - You Must Believe In Spring
Goo Goo Dolls - Iris
Queen - Bicycle Race
Bon Jovi - Something To Believe In
U2 - I Still Haven't Found What I'm Looking For


 素晴らしい!夢の中でもロックンローラーとは!
 けれど…けれどね…ロックは巡り、そして終わらないものだろう!(ミコラーシュ感)


 前回もたくさんの感想、評価、誤字、ここすき、Xでの感想ポストありがとうございます。書くエネルギーをもらってます。低評価入れた人はFU【不適切な表現】ou。

 久しぶりの幕間を投稿です。

 アメリカのシアトルで生活しているカズ君を今回は書いてみました。エピローグ的な話が先に来る構成好き好きマン。
 ちなみに書いている人はシアトルには行った事はありません。ほとんどが妄想で後は図書館とかで調べたり友人の話を聞いたりネットで調べながらシアトルの様子を書いていました。

 そんな妄想まみれの話を書いていいの?とは思いますが、ここで魔法の文を書いておきます。

 この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません!





 ところで劇場総集編。最高でしたね。皆さんは観ましたか?
 自分はポニテバスケ喜多ちゃんに脳を破壊されかけました。そして入場特典のはまじあき神の書下ろし……やはり喜多ぼ……!喜多ぼは全てを解決する……!
 でもなんで俺はヨヨコメインの話を書いているんだ?
 いや違うんですよ。散歩してたら「置き引きに遭ってぐすぐす泣いているヨヨコと偶然アメリカで再会したカズ君」と「SNSで2人がアメリカで組んでることを知ってブチギレする喜多ちゃん」と言う存在しない記憶が見えちゃって……。あと最近U2熱が再燃焼したので書きたくなりました。


 そんな訳で短編でした。投稿日も6月9日、ロックの日と言う事で完璧。結束バンドの最新曲もサブスク解禁されたのでみんな聴こう!(ダイマ)




 ↓いつもの宣伝

Xのアカウントでのんびり呟いてます。

X(旧Twitter)

 カーラジオと言う名義で新しく作ったアカウントです。ここではその時の気分で聴く曲を垂れ流したり小説の更新予告をしたりしてます。この小説内で紹介しきれなかったロックもここに載せていくつもりなので、よければフォローとかしてくれると嬉しいです。
あと、オススメ曲とかあればぜひこのアカウントに送り付けて欲しい。DMでもリプでも、推し曲があれば良ければ教えてください。絶対に聴きますので。

 あと、活動報告にて推し曲募集中です。どうぞ、どしどし送ってください。

喜多ちゃんに推したい音楽

 ここすき、Xで宣伝、感想などで幸福度を上昇させてるので、たくさんもらえればきっとモチベーションが上がるのでください(正直)
 

 それではいつもので〆させていただきます。

 
 感想もっともっともっと欲しいんだ……!
 高評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)

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