【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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番外編!喜多ちゃんが知らない映画


注意。
以下の映画のネタバレを含むかもしれない。
・『秒速5センチメートル』
・『ローマの休日』
・『ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア』


Knockin' on Heaven's Door

 枕元にはスマホと、寝ている間にいつの間にか外して転がしたヘッドホン。そしてスマホより少し分厚くて重いDAP*1

 ――ロックンローラーの朝は遅い。

 朝6時。意識が覚醒し、起きた時にするのはまずスマホで今日の予定チェックだ。寝ぼけた意識の中、枕の直ぐ側に置いたままだったスマホに手を伸ばす。

 本日は土曜日。予定、なし。完全オフ。

 学校の授業も、STARRYのバイトも、バンド練習の予定もない。ついでに言えば、今週Youtubeに投稿する予定であるThe Policeの『Every Breath You Take』のカバー動画の編集も、昨晩終わらせたばかりだ。

 つまり、今日は一日惰眠を貪れる。太陽が昇り切るまでベッドの中でぬくぬくと眠る事が出来る。起きたら適当に飯を食べて、そしてそのまま一日中ロックを聴きまくるんだ。こんな贅沢な時間の使い方はない。ロックンローラーは基本自堕落に、昼夜逆転の生活をするべきなんだよな。

 世界中の偉大なロックンローラーが不摂生な生活をする*2のを見習って、僕も今日はダラダラと過ごす事に決めた。

 あの金欠ベーシストの世話をする必要もないし、コミュ障お化けの後藤の介護をする必要もない。何もしなくていい、それだけで僕は幸せ――

 

「おはよー!カズ君!」

 

 どたどたと廊下から足音が響いたかと思えば、僕の部屋の扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのは太陽――じゃなく、喜多だった。

 カーテンの隙間から差し込む、3月の陽光をかき消す様な陽キャオーラ。まだ冬の匂いが残る僕の部屋の温度が、喜多が入ってきた瞬間、体感10度ぐらい上がった気がする。気分は常夏。

 

「ほら、カズ君!起きて起きて!もうすぐ春休みが終わっちゃう!それまでに全力で遊んでおかなきゃ!」

「…………」

「ほーらーほーらー!もう早く起きなさーい!遊びにいくわよー!」

 

 布団をゆっくりと頭から被り、遠まわしに起きることを拒否する僕を、全力でゆさゆさと揺さぶってくる。朝早くからどうしてそんなに元気なのか僕には理解できないね。

 そもそも、どうしてこんなことに……と思うが、原因は喜多の手に握られている僕の家の合鍵である。年がら年中日本中を飛び回っている僕の母親をどう言いくるめたのか、そもそもいつの間に仲良くなっていたのか分からないが――僕の許可なしに、あの母親はこの陽キャ幼馴染に勝手に合鍵を渡してしまったのだ。

 結果、僕の家の玄関はただの板がついただけのガバガバの穴と化した。

 ちなみに、我が物顔同然で喜多は僕の家に朝早くからやってきては起こしに来るけど、彼女は僕の幼馴染ではあっても隣に住んでる訳でもないし、なんなら徒歩で10分以上かかるそこそこ離れたマンションで暮らしている。わざわざ僕の家に毎朝飽きずによく来る物だと、ここまでくると逆に感心する。

 

「……喜多」

「何、カズ君!」

「僕、超眠いんだけど……」

「大丈夫、気のせいよ!」

「何その根性論?」

 

 これだから体育会系陽キャは。朝の6時から叩き起こされてなんで気の所為で済ませるんだよ。

 

「だってカズ君、私がこうやって起こしに来ないとどっか逃げちゃうでしょ!ほらっ、今日は新作の映画を観に行くわよ!女子高生達の間じゃ涙なしじゃ見られない感動恋愛物だって!ほら、行くわよー!」

「ぎゃー!引っ張るなー!」

 

 僕の今日の休日が消えることが決定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に断っておくけど、僕は喜多とのお出かけは嫌いじゃない。お出かけと言うか、もうほぼほぼデートだけど。

 

「デートじゃない」

「いや、世間一般的に男女二人のお出かけはデート……」

「デートじゃないっ!これはただの……そう、幼馴染の、友達同士のお出かけの延長線上なの!」

 

 そんな風に吹かれればすぐに飛ばされそうな論理を喜多は言い張るが、やっぱどう考えてもデートだと思うの。けどいちいち指摘すると喜多は顔を真っ赤にして逆ギレをしてくるので最近は名目上、同じバンドメンバー同士のお出かけということにしているらしい。やっぱ無理があるよ。

 まあそれはともかく、正直に言うと僕は喜多との外出は割と好きだった。

 流行に疎い僕にとって、喜多が連れて行ってくれる場所は、まったくの別世界で新鮮な事ばかりだったからだ。

 

「あ、これ美味しい」

「SNSで凄いバズってたの!カズ君、こういうクリーム系のお菓子好きだったわよね?だから絶対、ここのクレープ屋に来たいと思ってたの」

「確かに……人気の理由が分かる気がする。もう一個食べていい?」

「だーめ。もう少ししたらお昼ご飯だから。それまで少し雑貨屋で時間を潰しましょ!」

 

 頬が融けるような甘いクリームとイチゴの味。

 たくさんの若者達の喧噪と雑踏。

 鼻がつんとするデパートのコスメの匂い。

 都会とは切り離されたメルヘンで明るい遊園地の景色。

 最先端の色彩豊かなブランドやファッション。

 音楽ぐらいしか知らない僕にとって、それらはまるで宇宙から飛んできた手紙みたいで、新鮮な事ばかりだった。少なくとも、もし僕が喜多と関わることが無ければ絶対に知らないまま通り過ぎたであろう刺激だ。

 

「カズ君!映画の時間までまだ少しあるから、ハンズ行って色々買い物しましょ!」

「いや、先週も行ったじゃん。そもそも、お金あるの?」

「……ないけど大丈夫!実際に行って体験することに意義があるのよ!」

「ハンズを山登りかなにかだと思ってない?」

 

 映画、ウィンドウショッピング、散歩、食事、遊園地……。

 最低でも週に一度、放課後か休みの日に喜多によって家から連れ出され、新宿や池袋、原宿と言った若者達の街に拉致、もとい連れて行かれる。ひどい時は一週間ほぼ毎日連れて行かれたりする。まあ僕らは学生で、毎日毎日ショッピングできるほどお金に余裕があるわけでもないから、金欠に喘ぎながらただぶらぶらしただけで終わる、なんて日もよくある。

 そういう日は、親から多めにもらっている生活費と、ぽいずんやみこと佐藤さんの記事校正のバイト代のおかげで懐に少し余裕がある僕が、代わりにお金を出したりしている。男はつらいよ。

 いつからこんな感じで二人で出かけるのがお決まりになったかは、もうよく覚えていない。最初の内は委員長ちゃんや佐々木とか、他の男子達も一緒のグループになって出かけていたのに、去年の秋ぐらいからこうやって喜多が僕の家に来て、朝早くから僕を無理やり引きずり出し、二人で出かけるのがお決まりの流れになっていた。

 別に、喜多とのお出かけが嫌とかじゃないんだよ?でも、春休みに入ってオフの日はほとんど付き合わされる身にもなって欲しい。僕だってやりたいこととか、聴きたいアルバムとかがたくさんあるんだ。

 そんな感じの文句をいつだったか喜多に言ったことがあるけど。

 

「だってカズ君……秋になったら、もういなくなっちゃうでしょ?」

「それは……そうだけどさ」

 

 喉に石が詰まったようになりながらも、なんとか言葉を返す。

 僕がアメリカに行ってしまえば、こうして頻繁に遊びに行くことはおろか、顔を合わせて言葉を交わす事自体少なくなる。一生会えなくなるわけじゃないけど、少なくとも今まで通りに過ごせないのは確実だ。

 

「だからそれまでに、もっとたくさん一緒にいたいの。これから一緒に過ごせない分まで、たくさん」

 

 喜多は笑いながらそういった。でも、目はとても寂しそうだった。そんな風に言われてしまっては、降参するしかない。

 

「……分かったよ」

 

 僕自身も、喜多や結束バンドの皆と離れることは寂しいと思っている。少し前まで関わらずに留学まで過ごしていようと目論んでいたけど、僕にとっても喜多と過ごす時間は楽しくて、何よりも代えがたい大切な時間だと思っている。それこそ、新作のアルバムを聴く時間と同じか、それ以上の価値があると思えるくらいには。

 だから僕は、眠気を堪えてこうやって喜多とのお出かけに付き合っている。

 世の中には、僕が今まで知らなかっただけで、面白いものや美味しいもの、刺激的なことがたくさんある。喜多はそういうことをたくさん教えてくれた。だから僕は喜多に感謝している。

 でも、ひとつだけ。たったひとつだけ、文句がある。

 もちろん、図々しいというか、遊びに誘ってもらっておいて、連れてってもらう出先も全部喜多にまかせておいて、なんで文句言ってるんだって思うだろうが、言わせて欲しいんだ。

 

「う~ん!面白かったー今日の映画!さすが、ランキング1位の映画なことだけはあるわ!」

「……」

「あれ、カズ君、どうしたの?」

 

 映画の上映が終わり、スタッフの案内でホールに戻りながら大きく気持ちよさそうに伸びをする喜多とは対象的に、僕の顔はさぞ沈んでいるように見えるだろう。

 

「あのさぁ……前々から思ってたんだけどさ……」

「何?」

 

「喜多って、映画のセンスないよね」

 

「は??????????」

 

 喜多が選んでくる映画が絶望的につまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の何気ない一言が喜多の何かしらのプライドを傷つけたらしい。

 

「詳しく……話して頂戴カズ君……今……私は冷静さを欠こうとしています」

「カタコトで言うの怖いからやめてくんない?」

「音楽以外はまったくセンスがないカズ君だけにはセンスがないとか絶対言われたくない!ファッションセンスないくせに!私が選ばなかったら似たようなシャツいつも着るくせに!髪型もいつも床屋で切ってるくせに!スマホの待ち受け未だに初期壁紙だし!カフェ入っても一番無難なブレンド頼むし!クレイジー音楽オタクのカズ君だけには絶対に言われたくないの!」

「なんてこと言うんだ」

「絶対に言われたくないの!」

「二度も言うほどなのか……。じゃあ今度スマホの壁紙ぐらいは変えるよ」

 

 バチギレだった。ここまでキレている喜多を見るのは久々である。

 でも確かに、「センスがない」という言い方はあまり良くなかった。

 

「ごめん、『センスがない』は言い方が悪かった」

 

 僕が素直にそう謝ると、喜多は面食らったように言葉を詰まらせて、少し申し訳なさそうに言った。

 

「わ、私も……べ、別にカズ君のセンス、全部悪いってわけじゃないのよ?シンプルだけど落ち着いてて、背伸びしてない感じが素敵っていうか……」

「喜多がチョイスする映画、つまんなすぎ――ぐえ!」

「同じ意味じゃないそれ!!」

 

 殴られた。ひどい。

 

「面白かったじゃない今日の映画!『君に思い思われ花よりキッス』!私最後のシーンでうるっときちゃったのに!」

「いや……タイトルを聞いた時から思ったけど、なんだよそのごちゃまぜのタイトル」

「今トレンド一位の映画よ!?それがつまらないって、カズ君のセンスの方がおかしいのよ!」

 

 相当頭に血が登っているのか、とうとう僕のセンスにまでダメ出ししてきた。よほど僕に「センスがない」と言われたのがトサカにきたのだろう。

 

「いや、トレンド一位の映画だからって全員の好みに当てはまるわけでは……」

 

 陽キャの化身こと喜多郁代は、流行りであれば何でもいいと言うか、SNSでバズっている物なら何でも良いと思っている節がある。若者たちの間で流行っているなら例えどんな奇天烈なことでもチャレンジしようとするし、TiktokやYoutubeのショートで流行っているK-POPのダンスとかめちゃくちゃ練習するし。

 いや、トレンド自体が悪いと言っている訳じゃない。実際、ランキングやトレンドに載るということは大衆に受けているという証拠だし。今日の映画も僕の好みではなかったが、若者達にとっては何か刺さる物があるのだろう。

 でも考えてみてほしい。時々忘れるが僕の前世は40歳以上のおっさんで、その記憶を引き継いで今日まで生きてきたのだ。文字通り根っからのおっさんの魂を持つ僕が、そんな10代のトレンドに載る映画を好むと思わないでほしい。

 ぶっちゃけた話、喜多が選んでくる映画はどれも10代をターゲットにした恋愛物や感動物ばかりで、僕の好みに合わないのだ。しかも選んでくる映画も毎回似たりよったりのテーマやオチばかりで、正直飽きる。

 

「どうして……“この映画を好きな人と一緒に観たら距離が一気に縮まる”って、雑誌にも書いてあったのに……」

 

 どうやらカップル御用達の映画らしかった。

 そんなのが刺さる訳ないだろ。

 

「でも……やっぱり納得いかない。百歩……ううん、千歩譲って、私の映画のセンスが悪かったとしてもカズ君に『映画のセンスない』って言われるのだけは納得いかない!」

「えぇ……そんなに?」

「伊達にイソスタフォロワー数5万を抱えるインフルエンサーを名乗ってる訳じゃないの!そもそも、カズ君だって音楽はともかく映画詳しくないでしょ?それなのにセンスがないって言うのはどうかしてるわよっ」

「いや、結構観てる方だと思うよ?一昨日だって、リョウさんと一緒に映画観たし」

「……は?」

 

 僕がそう言うと、喜多が石にされたみたいに固まった。

 

「一緒に……観たって……誰と?」

「リョウさんと」

「い……つ?」

「一昨日の深夜。よく一緒に映画観るんだよ」

 

 リョウさんが僕の家にメシをたかりに来るのはいつものことだが、いつからだったか、時々週に一回か二回ぐらい、深夜に唐突にやってきては「今日はこれを観よう」とか言って映画を観に来るのだ。

 

「カズの家のオーディオは、映画館に勝るとも劣らない。サブスクも完備してるし、ここで観た方が映画代が浮く」

 

 穴場の映画館みたいな扱いだった。

 

「いや、だからって深夜に来ないでくださいよ」

 

 ちなみに、リョウさんが襲来するその時間帯はいつもタイミングを見計らったかのようにちょうど喜多が家に帰った後の時間帯なので、喜多とはいつもすれ違っていた。

 

「それにしても意外です。リョウさんって普段、1人で映画観るタイプだと思ってました」

「普段はそう。でも、カズは私の趣味とよく合うから。映画は、一緒に語れる友達と観た方がずっと楽しい」

「……本音は?」

「虹夏にサメ映画勧めたら断られた。たまにはB級映画を誰かと一緒に観たい」

 

 リョウさんの言う通り、音楽だけじゃなく映画の好みも僕とリョウさんはぴたりと合うことが多かった。B級のバカバカしいサメ映画やグルメで孤独なおじさんの映画、ミュージカル映画やヒューマンドラマ、コメディ映画……。

 決してトレンドランキングには乗らない、けれど心に残る映画は、僕とリョウさんにぴたっと形がハマっていたようだった。

 最初の内はリョウさんが映画を選んでいたが、そのうち僕も好きな映画を勧め合うようになり、今では僕もこの二人で映画を観るのが結構楽しかったりする。最近では曲の練習ついでに映画を観ることも少なくない。

 

「カズはロックのセンスだけじゃなくて映画を選ぶセンスもいいよね」

「そうですかね?」

「うん。なかなかいいチョイス。この『恐竜神父*3』とか最高」

 

 生粋のサブカルチャーオタクである前世の親友に鍛えられたおかげか、実は僕もそれなりに映画は観る方だった。そうじゃなくても、映画のBGMや主題歌を制作する作曲家や演奏家に自分が好きなアーティストが関わることも多かったので、よくチェックしていたのだ。

 

「面白かったなーロード・オブ・ザ・リング。でも一晩で3部作観るのは楽しかったけどさすがにきつくて……喜多?どしたの?」

 

 すると、身体をぷるぷると震わせて、目尻に涙を溜めながら顔を真っ赤にした喜多は、悔しそうに言い放った。

 

「私も!!今日はカズ君の家で映画観る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どういう話の流れでこうなったのかわからないが、いつの間にか「僕がチョイスした映画で喜多を泣かせたら僕の勝ち」という謎勝負が開催されることになっていた。どういうことだってばよ。

 

「だってカズ君、私より映画のセンスあるんでしょ?なら私を泣かせるぐらいの映画を当然知ってるってことよね!だったら私を映画で泣かせてみせてよ!」

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 どういう理屈か分からないが、要するに喜多を泣かせることが出来たら僕の方が映画のセンスがあり、泣かなければ喜多の方がセンスがある、という判定になるらしい。自分で説明してもさっぱり意味がわからない。

 

「そもそもずるい!私だって、カズ君の家で映画観たりしたかったのよ!でもいつもCD借りたりオーディオシステム借りたり晩御飯を食べさせてもらってるからこれ以上我儘を言うのは我慢してたのに!私もカズ君の家で映画観たい!」

「今まで遠慮してたつもりだったの?」

 

 確かに、僕の家のリビングにあるテレビは、かなり大きめのアンプと複数のスピーカー、サブウーファーが取り付けられている。テレビに最初から備わっているスピーカーよりは音響が良いが、映画館ほどではない。そんなに僕の家で映画を観たかったのだろうか。

 あ、さてはリョウさんと二人っきりで映画を観ていたことに嫉妬しているのか?クレイジーリョウさんオタクの喜多だから、その可能性が高い。

 

「じゃあ、今からリョウさん呼ぶ?」

「なんで」

「なんでって……リョウさんと一緒に観たいんだろ――イッタイ!なんでグーで殴るんだよ!分かった分かった呼ばないから叩くのやめろって!」

 

 こうして、バチギレした喜多に言われるがままコンビニでスナック菓子やコーラを買い、僕の家で映画を観る為に早めに帰宅することになった。本日の予定では夕方までぶらぶらと原宿を歩くはずだったが、僕としては早めに家に帰れることに少しほっとしていた。

 家に到着すると、手洗いうがいを簡単に済ませた僕らはリビングで映画を観る準備を始める。

 スナック菓子をテーブルに広げ、コーラをいつでも飲めるようにコップに注いで準備完了。

 

「それで……僕は喜多が感動するような映画をチョイスすればいいってこと?」

「そう。それを一緒に観て私が泣かなかったらカズ君の負けね」

 

 どういう勝負判定だよ。そんなの僕が圧倒的に不利じゃないか。

 

「ちなみに、僕が勝ったらなんかあるの?」

「悔しいけど……私より映画のセンスがあるって認めてあげるわ!」

「いやいらねえよ。……それじゃあ僕が負けたら?」

「私の言う事何でも一個聞いてもらうから」

「リスクがデカすぎない?」

 

 理不尽にも程があるだろ。

 まあいいか。別にお願いとか言っても、何か奢らされる程度だろう。

 

「……私が勝ったら、本当になんでも言うこと一個聞いてもらうから、ね?」

 

 いや、この勝負、もっと真剣に取り組んだ方がいいかもしれない。喜多の目がばちばちに据わってるよ。何をさせる気なんだこの幼馴染は。

 

「じゃあ、とりあえず泣ける映画を選べばいいの?」

「うん、それで良いわよ。あー楽しみね!カズ君、きっと素敵で最高の映画を選んでくれるわよね!」

 

 ソファにふんぞり返りながらわざとらしく煽ってくる。めちゃくちゃプレッシャー掛けてくるじゃん。ひょっとして心理的に押しつぶそうとしてきてるんじゃないか?

 

「……じゃあ、喜多が好きそうな映画を選ぶよ。喜多って、恋愛物の映画が好きだよね」

「うん!ピュアで明るくて、綺麗なラブストーリーが大好きなの!」

 

 僕が喜多によって連れて行かれる映画のほとんどが恋愛映画だ。感受性が高い喜多は何が楽しいのか流行りのイケメン俳優と美少女な女優の恋愛ストーリーを観るのが大好きらしい。

 

「ピュアで綺麗なラブストーリー……じゃあこれかなぁ」

 

 テレビのリモコンを操作しながら、僕は映画のサブスクで、随分昔に観たその映画を検索して引っ張り出す。

 

「えっとタイトルは……『秒速5センチメートル』?」

「知らない?ほら、新海誠って監督のアニメ作品だよ」

「あ、『君の名は』の監督ね!私あの映画大好きなの!」

 

 でしょうね。君に3回も映画館に連れて行かれたからね。

 

「でも私、この映画観たことない……」

「初期の作品だからね。僕、この監督の初期の作品の方が好きでさ。それに、主題歌が山崎まさよしの曲なんだよ」

「へー……でもカズ君、この映画で良いの?」

「なんで?」

「だって私、恋愛映画ならたくさん観てきたもの。いくら新海誠の作品だからって、恋愛映画で私を簡単に泣かせられると思う?」

 

 自信満々に腕を組む喜多。どうやら、自分の得意ジャンルだと思って勝利を確信し始めているらしい。

 

「ふふ、この勝負、私の勝ちで決まりみたいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間後……

 

「…………」

 

 そこには、目を真っ赤に腫らしてクッションを抱きかかえる喜多の姿があった。

 

「……なんで……どうして……幼馴染なのに……こんな運命間違ってる……」

「いやーやっぱいいねー山崎まさよし。映画の雰囲気と合って最高。あ、『One more time one more chance』今から流していい?もっかい聴きたい」

「だめ。今流すのはやめて。私、この曲好きだったのにトラウマになりそう」

「じゃあ、この勝負僕の勝ちってことでいい?」

「……ノーカン」

「え?」

「今のはノーカン!だって私、いきなりこんな重い映画来るとは思ってなかったの!だから今のはノーカン!次!次の映画で決着を決めましょ!」

「えぇ……そんな目を真っ赤に腫らせて言っても説得力全然ないんだけど」

「とにかく、ノーカン!ノーカンなの!」 

 

 なんだその理不尽な大槻班長は。あのノーカンは班長が言うから面白いだけであって、喜多が言ってもただ可愛いだけだ。

 まあいいか。今の映画は一時間ぐらいだったし、少し物足りなかったから、気分的にもう一本観たかったんだよね。

 

「じゃあ次は……これにしよっか」

「……『ローマの休日』?」

「そう。聞いたことない?最高の名作だよ、これ」

「知らないわ。だってこれ……うわ、1954年の映画じゃない!70年前!しかも白黒映画!」

「いやいや、本当に良い映画なんだよ?これ」

「ないない、こんなので泣く理由ないじゃない!カズ君、知ってる?今の映画はね、IMAXで観るのが普通なの。こんな古くて白黒の映画で泣くわけないじゃない!」

 

 教室でトーキングヘッズをカラオケするぐらい古いロックが好きなくせによく言うよこの幼馴染。

 

 

 

 

 

 

 2時間後……

 

「…………」

 

 そこには、目を真っ赤に腫らしてクッションを抱きかかえる喜多の姿があった。ついでに、濡れて丸められたティッシュの山が作られてしまっている。

 

「白黒映画って……バカにしてごめんなさい……」

「いやー圧倒的名作すぎる……オードリー・ヘプバーンが令和にも通じるぐらい美人過ぎるし、少女から大人の女性へと成長する姿がなー……何度観てもいいわーこれ。ラブロマンスってこういうのだよなー」

「…………」

「じゃあ喜多、今度こそ僕の勝ちってことで」

「……本勝負」

「え?」

「3本勝負だから!だから次!次の映画!次で決着を決めるの!」

「えぇ……」

「あと恋愛映画禁止!別のジャンルにして!」

「なんでさ」

「ズルいから!」

「理不尽過ぎない?」

 

 もはや意地というか、そこまで映画のレパートリーでマウントを取りたいのかこの子は。意固地になっている喜多は普段の快活で誰にでも明るく優しい感じはなく、拗ねた子供のようになっていて僕は微笑ましく思えてしまった。ぶっちゃけた話、ここまでいい反応(ギャン泣き)をしてくれるともっと良い映画を勧めたくなる。

 とは言っても、3時間も映画を観ていたからもう外は日が沈み夜に差し掛かっている。時間的にも後一本しか観れない。

 でもそうだな、せっかくだから。

 

「じゃあ、最後は僕が一番好きな映画でいい?」

「なに、それ。私を泣かせる気、あるの?」

 

 鼻をすすりながら言われても説得力がないよ喜多さん。

 

「ううん。せっかく僕が選ぶ訳だし、喜多に僕が好きな映画を好きになってほしいなってー。ほら、いつもと同じだよ。僕が好きな曲を、喜多にも好きになって欲しいだけ。勝負とか抜きにして、さ」

 

 僕がそう打算抜きで言うと、喜多はクッションに顔を埋めながら小さく頷いた。

 

「…………分かった。じゃあ、何観るの?」

「タイトルは『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』」

「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア?……ボブディランの?」

「お、タイトルだけで気づくとは、さすが」

「カズ君、ディラン大好きだからね……主題歌がその曲なの?」

「うん。って言っても、歌ってるのはディランじゃなくて別のバンドがカバーした曲なんだけど。安心してよ、今度は恋愛とかじゃなくてコメディ系のロードムービーだからさ。笑える良い話だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間30分……で、映画が終わったのだが、喜多は僕が想像していたよりも感受性ずっと豊かだったらしい。彼女が泣き止んだのは映画のクレジットが終わってから一時間ぐらい経った後だった。

 

「…………嘘つき!どこが『笑える良い話』なのよ!最後のシーンでティッシュ箱空になるぐらい泣いちゃったじゃない!」

「いや良い映画だったでしょ?」

「良い映画だったわ!少なくとも私の人生のベスト3に入るぐらいには良い映画だったわよ!」

「気に入ってくれてよかった。で、勝負の結果は?」

「カズ君の勝ちでもういいわよ!」

 

 喜多はそうやって目を真っ赤に腫らしながら家に帰っていった。

 こうして、僕と喜多の『映画のセンスどっちが上か選手権』は僕の勝ちで幕を閉じた。なんだこの勝負。

 まあでも自分の好きな物を布教して成功するのはやはり嬉しいな。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 

「……」

「あ、喜多じゃん。おはよう。珍しいね、朝の10時に……いや十分早い方だけど、こんな時間に来るなんて。今日はどこ行くの?」

「映画」

「え?」

「……今日は、映画一緒に観ましょ」

 

 喜多は時々、映画館ではなく、僕の家で映画を観るようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで最近はお家デートするのが多いんだ?」

「そうなんです!昨日も一緒に映画を観て、その後はご飯を食べながらをSouth Arcadeの『2005』聴いて、終わったら一緒にセッションしていました!絢香の『Why』って曲と、Organic Callの『朝焼けに染まった街へ』って曲です!」

「うーん、絵に描いたような甘いイチャラブ生活……これで付き合ってないって、もはや怪談か何か?」

「ぼっち。ぼっち。息したほうがいいよ。酸欠になって顔が青くなってる」

「リョ、リョウさ……た、助け……はひゅ」

「虹夏、ぼっちが息を引き取っちゃったよ」

「うーん、これからのことも考えて耐性を上げようと喜多ちゃんの話を聞かせたけど……やっぱりまだ早かったかー。でもよかったじゃん、喜多ちゃん!順調に距離を縮めてるみたいでさ!」

「はい!まだその、告白する勇気は出ませんけど……それでも、近い内に、告白します」

「うんうん、その意気だよ!」

「ねえ郁代。本当にカズのスマホの壁紙って初期のやつだったの?」

「そうなんですよ!本当にひどいと思いませんか?それなのにセンスがないって、カズ君にだけは言われたくないですよ!」

「本当?私がこの前カズのスマホ見た時、別の写真だったと思うけど」

「え?」

「そうなの?リョウ」

「うん。この前カズの家に行った時、オーディオを起動するために借りた。無断で」

「こらこら、無断で借りるんじゃないの!」

「その時にスマホの画面をちらっと見たけど、初期の壁紙じゃなかったよ」

「え、ホントですか?」

「うん。女の写真だった」

「…………」

「喜多ちゃん、目!目が怖いって!ハイライトつけてよ!」

「誰だったんですか、その写真の人」

「覚えてない。ちらっとしか見なかったから。でもほら、そこにカズのスマホがあるよ」

「…………」

「き、喜多ちゃん!いくら幼馴染だからって人のスマホを勝手に観るのは……!」

「は、放してください虹夏先輩!これは幼馴染としての……そう、義務なんです!ロックバンドのポスターならともかく、女の人を壁紙にされて黙ってなんかいられません!」

「だ、だめだって――あ、押しちゃった」

「どれどれ、カズの好みの女は――ん?」

「もー喜多ちゃんってば……あれ?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「…………これって、私の」

「おー、これって喜多ちゃんのコンクールの時の……」

「うん、これだよ。私が観た壁紙。郁代の写真だったんだ。髪型が今のと違うし、制服も知らないからぱっと見ただけじゃ分からなかった」

「よかったじゃん喜多ちゃん、別の女の子の写真とかじゃなくて……喜多ちゃん?」

 

「…………あひゅぅ」

 

「ああっ!?今度は喜多ちゃんが死んじゃった!」

「ただいま戻りましたー」

「あ、カズ」

「飲み物買って来ましたよ……って、なんですかこの惨状」

 

「「…………」」

 

「リョウ、言ってやって」

 

「犯人はカズ」

 

「なんでさ」

 

 

*1
Digital Audio Playerの略。

*2
偏見。

*3
正式名称は『必殺!恐竜神父』という映画。制作費500万で作られたという超低予算のZ級映画。荒唐無稽な内容ながらそのチープさに魅了されたカルトファンは多い。




作中に登場したバンド名&曲名
The Police - Every Breath You Take
山崎まさよし - One more time one more chance
Bob Dylan - Knockin' on Heaven's Door
Selig - Knockin' on Heaven's Door(映画のカバー主題歌)
絢香 - Why
Organic Call - 朝焼けに染まった街へ

 
 良し!お年玉じゃ。取っておけい!(一年ぶり二回目の一心感)

 書き収めということで今年最後の投稿です。挿絵を依頼して描いていただいたので、皆に自慢したいついでに書いてみました。匿名でとのことなのでアカウント名は伏せますが、ここで改めて感謝させていただきます。素敵な挿絵をありがとう。

 そして今起こったことをありのまま話すぜ!喜多ちゃんとカズ君、音楽の時以外はどんな会話してんだろと思いながら書いていたらいつの間にか喜多ちゃんに映画を布教する話になっていた。
 元々、「ウマ娘に好きな映画を見せたいだけの話」という小説を企画して「エイシンフラッシュにクソ映画を観せて宇宙猫にさせようぜ」という話を考えていたのですが、喜多知らを完結させていないのに別の作品に手をつけるのもなーと思い、こちらに流用しました。あと単純に喜多ちゃんに映画を観せて滅茶苦茶泣かせたいって思っただけです。現場からは以上です。



 2025年もありがとうございました。
 今年こそ完結させる!と思っていたのですが完結ならず。来年こそ絶対……。
 そんなわけで、2026年もどうぞよしなに。
 短い小話ですが、これを読んで皆が笑いながら年を越してくれればな。

 それではいつもので〆させていただきます。

 
 感想もっともっともっと欲しいんだ……!
 高評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)

 
 というわけで、皆様、良いお年を。さいなら~。


 ↓いつものコピペ宣伝

Xのアカウントでのんびり呟いてます。

X(旧Twitter)

 カーラジオと言う名義で作ったアカウントです。ここではその時の気分で聴く曲を垂れ流したり小説の更新予告をしたりぼざろのイラストを無限リポストしてます。この小説内で紹介しきれなかったロックもここに載せていくつもりなので、よければフォローとかしてくれると嬉しいです。
あと、オススメ曲とかあればぜひこのアカウントに送り付けて欲しい。DMでもリプでも、推し曲があれば良ければ教えてください。絶対に聴きますので。

 あと、活動報告にて推し曲募集中です。どうぞ、どしどし送ってください。

喜多ちゃんに推したい音楽

 ここすき、Twitterで宣伝、感想などで幸福度を上昇させてるので、たくさんもらえればきっとモチベーションが上がるのでください(正直)
 
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