【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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陰キャならロックをやれ!



はまじあき - ぼっち・ざ・ろっく!



光の中へ

 勇気が出る歌でも、私を慰める歌でもなく。

 勇気が欲しくなる歌。

 私は確かに、それをリクエストした。ただ急にリクエストを乞われて、咄嗟に、自分の奥底にあった砂の山をさらって拾った言葉がそれだった。

 入学初日からクラスでやった渾身の一発ギャグは大失敗。スタートダッシュは完璧にコケて、陰鬱な高校生活が始まる事が決定した。調子に乗って土の中から地上に出てきた結果、太陽の光に焼かれて萎びて干からびてしまったミミズ。それが今の、高校デビューに失敗した私だった。

 ここまでだったらまだいい。いや全然良くないけど、タイミングが悪かった。放課後にやってくる結束バンドのライブ。私の、ステージデビューが待っている。

 この日ほど「別の日だったら」と思ったことはない。乾いたミミズになった今の私には、ステージに立ってリードギターを演れる自信も蒸発して消えてしまったのである。とてもじゃないけど、今の私がステージに登ってまともにギターを弾けるとは思えない。

 もしここでもコケてしまったら、もう二度と立ち上がれない。そんな予感がある。

 もう後がないとそう考えてしまったらライブハウスに行く事すらも怖くなって、頭の中が真っ白になって……。気付けばこの公園にふらふらと逃げ込んでしまった。いっそのこと、もうライブからも、何もかもから逃げ出してしまいたかった。

 でも逃げようとすると喜多さんやリョウさん、虹夏ちゃんの顔が頭の中に浮かんで、申し訳なくなって、結局そんな大それた逃亡なんて出来ず……かと言って、勇気を出してSTARRYへ行く事もできなかった。

 今の私は、停滞していた。

 進む勇気も戻る勇気も、私の中は空っぽで、燃料が底をついてしまった。そもそも、そんな物が私の中にあって欲しくないとさえ思えた。前に進む勇気があったら、勢いのままライブに突っ込んで、今朝のHRの自己紹介の時のようにSTARRYでもライブを失敗し……そのまま結束バンドのみんなから失望されて、追い出されてしまうかもしれない。かと言って、逃げる勇気なんてものがあったら、このまま何事もなかったように電車に乗って家に逃げて……そしてもう二度とあの押し入れから出てこれず、引きこもってしまう。そんな確信に近い予感があって、そしてそれだけは、絶対に嫌だった。

 だから……勇気が欲しかった。

 他人に与えられる物じゃない、自分の中にある物でもない。家の押し入れの埃をかき集めたような軽くてすぐに消える埃のような勇気じゃなく、私が、自分の足で走って、自分自身の手で掴んだ勇気が欲しかったんだ。でも、今の私にはそれに手を伸ばす気力すらもなくて……。

 

 だからお姉さんにリクエストを請われて、思わず頼んだんだ。『勇気が欲しくなる歌』を。身体と心が動くエネルギーを。

 

 慰めなんていらない。肯定してもらいたくなんかない。

 大丈夫だとか希望を持てだとか、そんな軽くて薄っぺらい言葉に励まされたくない。どこにでもあるような私の青春コンプレックスを刺激してくる嫌いな歌から勇気をもらうなんて嫌だった。

 でも、ただもう一度、「頑張りたい」って気持ちがあったら。昨日、虹夏ちゃんと話して「頑張りたい」と思えた時のように。そうじゃなくてもせめてステージに立ち向かえる力を貰えたらと、そんな藁にも縋る気持ちだった。

 でも正直に言うと、あんまり期待してはいなかった。酔っ払ったこのお姉さん、タダ者じゃない感じはするけど、なんていうか不審者っぽいし……スゴイ酔っ払ってるし。カズさんはこの人の実力を知っているみたいだけど。カズさんがアルバムを買って手放しで褒めるぐらいだから、私が思うよりずっとこの人はすごいミュージシャンなんだと言う事はなんとなく分かる。けれど、とてもじゃないけどそんなに歌やギターを弾けそうには思えなかった。

 

 そんな侮りは、直ぐに燃え尽きた灰が風に吹かれたようにどこかへと消えた。

 

 血が噴き出るような歌だと思った。喉を焦がす様な、魂を削っているような強い歌声。

 お姉さんの歌は、厳かに力強く、静かな住宅街に良く響いた。まだ少し冬の気配が残る、東京の小さな公園。そこに生まれた、小さな火種が、爆ぜた。

 お姉さんが指を躍らせピックをストロークする度に、アコギの弦と空洞が震え、アンプから吐き出される。身体をしならせ、時に唾液混じりの言葉を吐き出す。

 ひとつひとつの音が空気を伝わって、体中に熱を贈られてくる感覚。アコギのメロディーとお姉さんの歌声が、重なって捩じれて混ざって、徐々に強い炎に燃え上がる。目に見えない透明な炎が揺らいで、私の目に幻想を映し出す。

 この小さな公園が、大きな大きなステージに見えた。

 たった一本のアコギで、たったひとりで歌って。

 周りからどう見えるとか、そういう事を気にしている様子は一切ない。喜多さんやリョウさんのような凛々しさや明るさなんてない歌い方。アルコールに酔わされたお姉さんは足元も少しおぼつかなくて不安定で、今にもベンチから転げ落ちそうな危うさがある。

 なのに、どうしてか目を離せない。この人の奏でる音に夢中になっている自分がいる。この人の歌声を呑み干そうと集中している自分がいる。

 何にも恐れず、何にも縛られず、自由で、とにかく、

 

「カッコイイ……」

 

 口からぽろりとそんな言葉が漏れる。誰にも聞こえないぐらい小さな囁きだったのに、隣のカズさんと歌っているお姉さんが、笑ってくれたような気がした。

 

『バンドは陰キャでも輝ける』

 

 いつからか私は、あの言葉を信じられなくなった。

 あんなの嘘だ。陰キャがギターを持って弾いたとしても陰キャである事には変わらないし、結局、演奏する人次第だ。後藤ひとりはずっと陰キャなままで、変わりたくても変われない、そんなどうしようもない奴なんだ。

 歌なんて、ギターなんて、音楽なんて、所詮、空気を震わすだけの音の振動。ロックを奏でても世界に平和なんて訪れたりはしないし、戦争がなくなったりなんかしない。

 だから――私がいつまでもどうしようもない奴なのは、私が悪いんじゃなくて、ギターや音楽の限界なんだと、心のどこかでそう思い込もうとしていた。自分じゃなく、別の何かに原因があると思い込めば、心が楽だったから。

 そんなわけないだろと、お姉さんの歌は、MOROHAの詩は私にただ真実を叩きつける。

 ロックやギターが悪いんじゃない。原因はいつだって自分にあるだろって。ここで蹲ってしまうのも、立ち上がる事を拒んでいるのも、全部自分の怠慢だろって。

 辛くて苦しい歌詞。私の心臓にじくじくと見えない傷を刻んでくるのを感じる。

 

 なのになんで――こんなに、心臓が熱いんだろう?

 

 お姉さんが歌う度に、炎が辺りに飛び散る。煙と火薬の匂いがしたようにさえ感じる。ただの音の振動とは思えない、どうして目が熱くなるんだ?

 アルコール混じりの吐息が燃える。触れられないはずなのに、目に見えないのに、私を温めているようだった。

 ううん、温めてるんじゃない。

 私を、燃やそうとしてる。私の心に燃料を注ぎ込んで、魂に火をつけて、燃やそうとしてくれる。私を分厚く包んでいたどうしようもなくてしょうもない理由や建前をぶっ壊して、燃やしてくれる。

 お姉さんが歌う。私の目を見て、真っ直ぐに、まるで自分に言い聞かせてるみたいで――。

 

「あっ」

 

 ……そっか。

 こんなに熱く感じるのは、お姉さんが、私の心の声を代弁してくれてるからだ。MOROHAの歌詞は、私が落とした言葉を拾い集めて形にしてくれているからだ。私が今まで目を背けて、拾わなかった物を、ちゃんと私に差し出して、見せつけて――音を介して、血の中に沁み込んでいく。

 だからこんなに、熱く感じるのかな。

 私も、なれるかな。

 あんな風に、カッコよく、胸を張って堂々とギターを弾ける……本当の主人公(ヒーロー)に。

 

 そう思った瞬間、かちり、と私の奥底で何かが鳴った気がした。

 

 後で想うと――スイッチが入った気がしたんだ。私の身体が、エネルギーが底を尽きるまで動き続けられるように創られた、私自身には押すことが出来ないように創られた小さなスイッチが。

 あの時、11月のライブでカズさんが『星座になれたら』を聴いた時のように――やってやるって、思わされた時のように。

 

 

 

 

 

 けれど歌い終えたお姉さんは、突然何の脈絡もなく泣き始めた。

 

「うぉ~んやっぱりMOROHAの曲嫌いだよ~!何なのこの歌、なんでこんな私にぶっ刺さる歌を書くんだよアフロ~!呑まなきゃこんなの歌ってらんない~!」

 

 ぐずりながらベンチに座り込みおにころを煽るお姉さんは、さっきまでのカッコイイ感じは風に吹かれた灰のようにどこかへと消え失せてしまった……。

 

「じゃあなんで『革命』歌ったんですか……いやすごかったですけど。廣井さんならもっと他の曲も弾けたんじゃないんですか?」

 

 カズさんは呆れ半分と言った形で、膝を抱えるお姉さんを介抱し始める。話から察するに、お姉さんも歌いながらMOROHAの歌でダメージを受けていたらしい。何となく「血が出そうな歌だ」と聴きながら思っていたけど、本当に傷ついていたとは思わなかった。

 

「だってぇMOROHA最高なんだもん……でもなんだよぉこの酒カスを狙い撃ちにして説教するような歌はぁ……。私が何をしたって言うんだ……飲み干すおにころ……時間が過ぎる……この街で迎えた6度目の春……うぉーん!!かずくん慰めてー!!」

「酒臭っ!抱き着くな!」

「でもMOROHA好きぃ……いい歌ぁ」

「めんどくせーなこの人……」

 

 私もちょっと同じこと思った。

 嫌なら歌わなきゃいいのに……でもこの人は、私のリクエストを真剣に受け止めて、それに応えてくれた。250ミリリットルの水を奢ったお礼として、最後まで本気で歌ってくれた。私の為だけに。

 

(そっか……プロって、こういう事なんだな)

 

 漠然と、私は高校卒業までに音楽で食べていけるようにならなきゃいけないと思ってた。だって、高校に入学するのだってぎりぎりだったのに、大学に行けるようになるまで勉強が出来るとは思ってない。高校卒業してそのまま就職なんて、そんな風に生きていける程、自分が器用だとは微塵も思ってないから。

 でも、プロってきっと、こういう人なんだ。例え小さな公園でも、ライブハウスのステージでも、ギターを持って歌うなら、たった二人しか観客がいなくても、力の限り演奏する。

『音楽で食べていく』って、きっとこういう生き方をする事なんだ。

 それが、ロックンローラーって言う人達で、なんてカッコイイ生き方なんだろう。

 

「後藤、どうだった?」

「は、はい!え、あ、な、何がですか?」

「廣井さんの歌。後藤がリクエストしたんじゃん」

 

 はっとして見ると、感想が出てくるのをお姉さんは期待が満ちた目で私を見つめていた。私は慌てて、震えた声で答える。

 

「え……い、良い歌でした!」

「ほんとー?良かったー!」

 

 私の陳腐で平凡な感想に、お姉さんは直ぐに上機嫌になってまたお酒を呷り始めた。

 

「あっ……」

 

 本当はもっと言いたい事があって声が漏れる。でもなんて形にしたらいいか分からなくて言葉は不定形のまま続かなかった。もたついてると、お姉さんは察してくれたのか「いーよいーよ」と笑ってくれた。

 

「自分の歌と演奏で、客が喜んでくれるのはミュージシャン冥利に尽きる!特に無言で涙を流してくれたら最高だよ!この楽しさはきっとどんな仕事でも味わえない。病みつきになるよ~?歌で誰かを泣かすのは!」

「あう……わ、忘れてください……」

 

 そうだった。さっき、思わず感動して泣いてしまったんだった……。

 誰かの歌で涙が出るなんて想像もしていなくて、泣き顔を見られた恥ずかしさで思わず顔が熱くなる。この時程髪の毛を伸ばしてて良かったと思った事はない。美容院に行けなくて伸びっぱなしだった前髪は、赤くなった私の顔を隠してくれる。そんな私の様子を見て、お姉さんはますます機嫌を良くして笑った。それでひとしきり笑ったお姉さんは、私の顔を覗き込んで問いかける。

 

「それでどう?勇気は欲しくなった?」

 

 私は上手く言葉にして応えれなかった。ただ、胸の中に火が燻っていて、その熱の吐き出し方が分からず、ただ小さく頷くしかない。けれどそれを観たお姉さんは、ますます嬉しそうに表情を緩ませる。

 

「よかった~。私もMOROHAを歌った甲斐があったってもんだよ」

「は、はい……凄かったです。お姉さんの歌――」

「んーん、違うよ」

「え?」

 

 もっとお姉さんに賞賛の言葉を贈ろうとしたけど、お姉さんは首を振って途中で止めた。

 

「私の歌が凄いんじゃないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「わ、私がですか……?」

「そーだよ。私はひとりちゃんの中に最初からあるそれを、ちょーんと指先で突っついただけ。もちろん、MOROHAの歌が凄いとか私のギターテクが天才なのもあるけど、感じ取れない奴には、何回聴かせても、触る事も感じ取る事もできない。それはきっと、物凄く勿体なくて寂しい。でもひとりちゃんは、涙を流す程この歌から何かを受け取ってくれた。君の中には、元々スゴイ力があって、そこからその感動や涙は湧き上がってるんだ」

「――」

 

 私の中に、凄い力が……ある?

 そんな風に褒められるとは思ってもいなくて、私は呆気に取られた。

 

「おぉ……スゴイ良い事を言いますね。ちょっと見直しました」

「えへへーそうでしょー。カズくんはどうだった?」

「めっっっっっちゃカッコよかったです。まったくリズムを崩さずに弾くのもそうですけど、あれだけ激しく体を動かしながら一切歌と演奏が崩れないの、半端ないです。MOROHAのアフロの歌い方をリスペクトしつつUKのギターもアレンジしてますよね?こんな泥酔状態でよくブレずに弾けるなぁ……。もう滅茶苦茶練習して手に沁み込ませないとあの歌い方をギター弾きながらやるなんてできないですよ!自分もアコギをメインに使うんで、『革命』聴いてたら僕も弾いて歌ってみたくなりました!」

「お、おおう……君、ドライなタイプかと思ったけど、そんなに目を輝かせれるんだ?大槻ちゃんの言う通り、本当に音楽好きなんだね~」

 

 そう言って楽しそうに笑って、汗を拭ったお姉さんはまたおにころに刺したストローに口を着けた。そのまま「ずぞぞ」と、液体が干からびるまで飲み干すような音が響いたかと思うと、ベンチに胡坐をかいて、片づけを始める。

 アンプのコードを手際よく片付けながら、お姉さんはこっちを観ないまま「ひとりちゃん」と私を呼んだ。

 

「ロックの神様に選ばれた奴は、いつか絶対ステージに登る時が来る」

「え?」

「私が尊敬していた先輩が言ってた言葉。ロックの神様に選ばれた奴は、ステージに登る時がいつか必ず来るんだって。それは明日かもしれないし、来週かもしれないし、一年後、十年後かもしれない。それがいつかは分からないけれど、進み続ける事を止めなければ、絶対に自分の手を引っ張って、背中を押してくれる誰かと神様がめぐり合わせてくれるって。そいつがステージに押し出してくれるんだってさ」

「背中を押してくれる……誰か?」

「うん。最初にそれを聞いた時、大袈裟だなーとかちょっとダサイなあーって思ったけど。だってロックやってる奴らが神様に縋るのもなんか変じゃん?でも、神様うんぬんはともかく、背中を押してくれる誰かって言うのはその通りかもってちょっと思ってる。私も志麻やイライザがいなかったらここまでやれたとは思ってないし」

 

 どこか感慨深そうに物思いに耽ったお姉さんは、そのまま続けた。

 

「ひとりちゃんにもいるんじゃない?この世界に連れ出してくれた、ものすごーく強引で、半端ない熱量を持って、それでいて傍に居たくなるような子がさ」

 

 そう言われてすぐに頭によぎったのは、虹夏ちゃんとリョウさんと、私の隣で真剣にお姉さんの話を聞いていたカズさん。

 そして、スマホの画面の中で、合唱コンクールで堂々とソロを歌う、喜多さんの姿だった。

 ふと前を見ると、お姉さんはアンプもギターもとっくに片付け終わって、ギターケースのチャックを閉じていた。そして私の方を見て、ニヒルに笑った。

 

「だからさ、ひとりちゃん。1回だけでいい。ステージに登って、不安も嫉妬も憧れも、胸の内に詰まってるもん全部ぶちまけちゃいなよ。ロックの神様に届くぐらい叫んじゃいなよ!百回の練習より一回の挑戦!それがロックンローラーってもんだよ――うぷ。あ、ごめん吐きそう」

「おおおおいせっかく最高にロックな感じで締まりそうだったのに!胃袋の中身ぶちまけないでくださいよ!」

 

 蹲るお姉さんに慌ててカズさんが寄って背中をさすり始める。

 その光景に思わず苦笑いが出てしまうけれど、私はほんの少しだけ、覚悟する事ができた。

 

「あ、あの!」

 

 私は意を決して、顔を青くして気持ち悪そうにしているお姉さんに声を掛けた。

 

「ん?どーしたのひとりちゃん……」

「あ、あああの……よ、よければ今晩のライブ……観に来てくれませんか?」

 

 私がそう頼むと、お姉さんは二カっと笑い――

 

「もちろん!しっかり見届けさせてもら――」

「あーちょっといいかな」

 

 ぽん。

 

「え?」

「「え?」」

 

 いつの間に居たのか、青い制服を着たお巡りさんがお姉さんの肩を掴んでいた。

 

「君だよね?公園で酒飲んで歌って暴れてるって言うのは。さっき近所の人から通報あったんだよ、ダメだよこんな所でギターなんか弾いちゃあ近所迷惑でしょ?ちょっと近くの交番に来てくれる?」

「え、あ、あのちょ、お巡りさん?今良い所なんですこれからあの子のライブを観なくちゃあ゛あ゛あ゛あ゛ひとりちゃんごめんねぇぇぇ……」

「えぇ……」

 

 私とカズさんが止める間もなく、お姉さんはお巡りさんにさっさと連れて行かれてしまった。

 結構勇気を持ってライブに誘ったつもりだったのに、盛大に肩透かしを食らったみたいで、なんて言うか、すごい締まらない。

 

「まあその……ドンマイ?」

 

 カズさんがそう残念そうに慰めたけど、私は肩を落とすしかなかった。

 ふと手の平を開いて観ると、そこにはずっと握り絞めていた私の汗がある。

 

「百回の練習より……一回の挑戦……」

 

 お姉さんから貰った熱は、確かに私の手の平の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズさんと一緒にSTARRYへと戻ると、ホールは少し慌ただしい空気が満ちていた。リハに備えてみんなが準備をし始めている。

 

「あ、ぼっちちゃん!」

 フロアを進むと、いつものテーブル席に座っていた虹夏ちゃんが、私を見つけて真っ先に駆け寄って来た。その後ろに、いつもの無表情なリョウさんと心配そうな表情の喜多さんが歩いてくる。

 

「よかった~!心配したよも~!」

 

 虹夏の表情は安堵と喜びが混ざっていて、それを見た瞬間私は土下座の衝動に駆られた。

 

「ご、ごごごごめんなさい遅くなってしまって……!」

「いいっていいって、だからそんな土下座しなくていいから!ここホールだから!他のバンドの人達が注目してるから!」

「ぼっち、大丈夫?」

「後藤さん、大丈夫だった?心配したのよ、何も言わずにどこか行っちゃうから」

「だ、大丈夫です……心配かけてすいません」

「そ。ならよかった」

 

 普段無表情なリョウさんも、この時ばかりは私を心配してくれていたのか、私の返事にそっけなかったけどほっとしているようだった。

 よかった、そんなに怒られずに済んだ……。こうして戻って来たとはいえ、さっきのカズさんみたいにお説教されるかな……とビビっていたんだけど。虹夏ちゃんもリョウさんもそんなに気にしてないみたいでよかった――と、安心したのも束の間。

 

「もう!後藤さん、今度は黙って消えたり死んじゃったりしちゃダメよ!」

「ア、ハイ……」

 

 喜多さんには少し強めに注意された私は少し肩を落とした。

 確かに頻繁に意識を失くしたりはしているけど、死んだらダメだなんて注意されるのはバトル漫画の主人公ぐらいのはずなのに、そんな頻繁に死ぬと思われてる私って一体……。

 

「カズ君、ぼっちちゃんのお迎えありがとね」

「大丈夫ですよ、これぐらい。それに良い事もありましたし」

「良い事?何、可愛い子でもいた?」

「違います。リョウさんそういう誤解になりそうなことを言わないでくれます?」

「カズ君?」

「違うって言ってるのに……」

「カズ、戻って来たか?」

 

 あらぬ疑いをかけられて(女の人と出会ったと言う意味ではあってるかもしれないけど)喜多さんに詰め寄られているカズさんを呼びかける人がいた。店長さんだった。

 

「店長さん、どうしたんですか?」

「ちょうど今、問い合わせの電話があったんだ」

 

 少し不機嫌そうな、疲れたような表情で店長さんは話を続ける。

 

「どうやら外人みたいで、電話越しにずっと英語で喋られて困ってたんだよ。今PAが何とか応対してるんだけど上手く対応できねーんだ。だからカズ、今から受付に入って電話代わってやってくれ」

「僕がですか?」

「お前去年のTOEIC高得点だったんだろ」

「……いや僕それ教えましたっけ?」

「喜多ちゃんが自慢げに言ってたぞ」

「喜多……」

 

 カズさんが呆れ半分に喜多さんを睨むけど、喜多さんはそっぽ向いて知らんぷりしていた。喜多さんがそっぽ向いた方向にはちょうど私がいて、私は喜多さんが顔を真っ赤にしているのが見えてしまう。直視した私は即死した。

 

「ぎゃーぼっちちゃんがまた死にかけてる!なして!?」

「私英語なんて出来ねえし、うちのメンツじゃお前が一番英語に強いじゃん。そのまま今日の受付もやってくれ」

「あー、先輩いいです?」

 

 カズさんは虹夏ちゃんに目線を配ると、虹夏ちゃんは「こっちは大丈夫だから、カズ君はSTARRYの方をよろしく!」と答えた。

 

「分かりました、じゃあ今からシフト入りますね。虹夏先輩、後はよろしくお願いします」

「任せて!」

 

 カズさんはそう言うと、店長さんと一緒に受付の方へさっさと歩いて行ってしまった。

 

「ほらぼっちちゃん起きろー!」

「ハッ」

「よーし起きたね。それじゃあ、簡単にミーティングしよっか!セトリとか、その辺りの流れの確認ね」

「はい!」

「おー。いよいよって感じだね」

「だね!……あれ、ぼっちちゃんどうしたの?」 

「あの――み、みんなさん」

 

 

 

 

「今日のセトリ、す、少し変えませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の考えを3人に話すと、喜多さんは嬉しそうに目を輝かせて、リョウさんは少し感心したように「おー」と声を漏らし、虹夏ちゃんは驚きと喜びと、あと少し困ったような、複雑そうな表情を浮かべた。

 

「ど、どうですかね……?」

「いいじゃない!後藤さんそのアイデアすごくいい!」

「うん。私もいつか演ってみたいなーって思ってたし。それに今日はこのバンドのスタート日だし。私達が集まるきっかけになったこの曲を演奏するには絶好の機会。ね、虹夏?」

「うーん……そう、なんだけど!確かにそうなんだけど!私も演りたいしその曲を今日演れたらめちゃくちゃエモいけど!もうセッティングとか打合せほとんど済ませちゃってるのに、セトリを急に変えたらお姉ちゃんに怒られるの私じゃん!」

「リーダーなんだから、そこは全責任を負うべき」

「自分は無関係だからってこいつ……!」

「だ、ダメですかね……?」

 

 ぐりぐりとリョウさんに拳をめり込ませる虹夏ちゃんに私が弱々しく尋ねると、虹夏ちゃんはしばらく「う~ん」と唸りながら頭を悩ませて、やがて観念したように大きくため息を吐いた。

 

「も~……そんな顔で頼まれちゃったらダメって言えないじゃん。分かった!私も覚悟決めるよ」

 

 仕方なさそうに虹夏ちゃんが頷く。私はそれを見てほっと息を吐いた。

 

「やったわね、後藤さん!それじゃあスタジオで軽く合わせましょう!カズ君も呼んで――」

「待って、郁代」

「え、どうしたんですかリョウ先輩」

「カズを呼ぶのはやめよ」

「どうしたのリョウ。この曲やるなら、カズ君呼ばなきゃダメじゃない?」

「うん。確かにカズにも弾いてもらわなきゃいけないんだけど――ぼっち」

 

 するとリョウさんは、ゆっくりと私の方を向いて問いかけて来た。

 

「カズに仕返し、したくない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは、普段のんびり気質な結束バンド(私達)にしては、迅速で的確な行動だったと思う。

 受付で電話対応をしているカズさんに悟られないよう、こっそりと店長さんに頼んでスタジオを貸してもらって(事情を話したら店長さんは「あとで説教な」と虹夏ちゃんに宣告していた。虹夏ちゃんは半泣きだった。)PAさんにも事情を話してこっそりシンセサイザーをステージに設置してもらうよう頼んだ。PAさんは「また面白いライブになりそうですね」と結構ノリノリで快諾してくれた。

 そしてスタジオをレンタルして大雑把にだけど合わせの練習を始める。

 驚いたのが、この曲を何度も練習していた私はともかく、喜多さんもリョウさんも虹夏ちゃんも、自分のパートを譜面もないのに完璧に覚えていた事だ。思わず「どうしてこんなに弾けるんですか」と尋ねてみたら――

 

「あの動画を観てから、私も偶に練習してたんだ。いつかこの5人で演れたらなって思って、コソ練してた」

「私は、中学の昼休みの時とか、家でこっそり練習で……。恥ずかしいから黙ってたんだけど、やっぱりこの曲は私にとっても特別だから、練習してたの」

「えへへ、実は私も独りで……動画観ながらやってたんだよね。タイミングを見計らって、いつか動画用に演奏しようって提案するつもりだったんだけど」

 

 考えている事はみんな同じだったみたいで、私達は思わずくすくすと笑った。

 

「まさかぼっちちゃんが提案するとは思わなかったよ!」

 

 興奮気味に虹夏ちゃんが笑った。

 

「後藤さん、ステージが始まる3時間前に急に提案してくるなんてロックね!」

「え、うぇへへ」

「いや褒められた事じゃないけどね?次からはもっと事前に言ってよね!私アドリブには強い訳じゃないんだから!」

「あんなサプライズをカズと一緒に企んでおいてよく言うよ」

「うぐっ、半年近く前の事なのに……普段自分が借りたお金とかの記憶はすぐに忘れる癖に、こういう事には結構根に持つんだよねリョウは……」

「とにかく、譜面はないけど、みんなあの動画を軸に練習してたから、思ったより直ぐに纏まったね。後は私とぼっちが軽くアレンジすれば十分ステージでも披露できるよ」

「で、でもカズさんに断らずにやって、大丈夫ですかね……?カズさんがこれを練習してないかもしれないのに……」

「大丈夫よ、後藤さん。私の幼馴染よ?してない訳がないじゃない!」

「あ、そ、そっか」

 

 喜多さんのその言葉には全幅の信頼が寄せられていて、私も言われて『そういえばカズさんだしな』と思わず納得してしまった。

 

「ぼっち」

「は、はい!」

 

 練習が終わって、リハーサルの為にホールへ移動しようとスタジオから撤収準備をしていると、リョウさんが突然私の肩を掴んできた。慌てて振り向くと、いつもより上機嫌に笑うリョウさんの顔があった。

 

「良い傾向だよ」

「な、何が……ですか?」

「ぼっちって、今まで私達に遠慮してあんま提案とかしてこなかったじゃん。でもこの間のフェスに出る宣言も、今日のアイデアも、すごく良い。ぼっちからぶつかってきてくれるのは、ぼっちがバンドの一部になった証拠」

「一部……?」

「昔、あるギタリストが言ってた。バンドは生物なんだって。一心同体とか、そういうレベルじゃない。本当に文字通り一つの生物なんだよ。呼吸を合わせて、血を通わせて、音を奏でるんだ」

 

 そう言いながらリョウさんは、まだ片づけをしている喜多さんや虹夏ちゃんの方に視線を移した。

 

ボーカル(郁代)が頭で、ドラム(虹夏)が足。ベース()が心臓」

 

 そして私の目を見た。

 

「そしてリードギター(ぼっち)が手。でもね、4人の内ひとりでも欠けたら、もう駄目になるんだ。血が通わなくなったら、指先から少しずつ、手足が腐り落ちて、最終的には息は止まる。心臓がいくら鼓動を打っても、送り届ける仲間がいないならもう意味はなくなる。そういう脆くて儚い生物なんだよ」

 

 リョウさんは、今まで私に見せた事がないような悲しそうな……ううん、寂しそうに私に言った。何か遠い、失った何かを懐古するように呟くその表情は、まるで公園で独りに置いてかれてしまった小さな女の子のようだった。

 

「ただ譜面通りに音を奏でるだけじゃダメ。心を通わせないと、その生物は力を発揮しない。自分の考えをぶつけて、ぶつけられて、偶に喧嘩して、笑って、そうやって血を通わせる。今日のぼっちは、自分の血を私達に通わせようと動いてくれた。私はそれを嬉しく思うよ」

 

 リョウさんはそう言って、私の背中をぱん、と軽く叩いた。

 本当に軽く、だったけど。

 何故かその叩かれた場所は、少し熱が籠っていた気がして、思わず、片付けている途中だった自分のギターのネックを、強く握りしめてしまっていた。 

 自分の中の炎に、また一つ、小さな火種が放り込まれて爆ぜた音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 STARRYのライブホールは、小さいけど、広い。

 矛盾した言い方だけど、実際そうとしか言いようがないと思う。

 床より一段高いステージ、それに私の首元までありそうな大きなアンプ。なりふり構わず思いっきりジャンプをすれば届きそうな低い天井。数人で過ごす分には十分に広い空間だけど、剥き出しのパイプや低い天井が、少し圧迫感があって手狭に感じられる。

 けれどこの空間に、夜になればお客さんが毎晩集まって、ライブを聴きに来る。STARRYでバイトを始めて2週間ぐらいだけど、お客さんの数の平均は大体30人から50人前後。でも、偶に物凄い人気のバンドがワンマンライブをする夜は、100人以上のお客さんが入ってくる事だってある。

 いつか私達もあれぐらいたくさんのお客さんの前で演奏する事になるのかな。虹夏ちゃんとドリンクを配りながらそんな事を考えていた。

 リハを終えた私達はステージ裏の楽屋へと移動して、ライブが始まるのを待っていた。

 今日のライブはブッキングライブ。ステージの持ち時間はそれぞれ約30分ぐらい。大体、一組5曲を演奏する予定になっている。

 楽屋には私達結束バンドと、他の二組のバンドがそれぞれの出番を待っていた。他の二組とも私達より年上で、ずっと前から活動している大学生のお姉さん達のバンドだ。

 

「今日のライブ衣装はみんな学校の制服ね!喜多ちゃんとぼっちちゃんはやっと高校生だし、もっと学生らしい所をアピールしなきゃ!」

 

 お姉さん達は黒のジャケットやバンドTシャツの衣装なのに対し、私達はみんなそれぞれの学校の制服だった。

 喜多さんは「えー!制服でギター弾いていいんですか?凄いエモくて最高です!」とノリノリで楽しみにしていたみたいだけど、私はもはや体の一部と化したピンクジャージじゃなく着慣れない制服でステージに登らなきゃいけなくなって居心地が少し悪かった。

 

「て言っても、ほんとはステージ衣装買う余裕がないだけなんだけど」

「リョウ、そういう世知辛い事は言わないの!今日のライブの売り上げでバンドTシャツ作るんだから!」

 

 絶対、バンドTシャツ作る時は私渾身のデザインを採用してもらおう。

 二人の会話を聞いた私はそう硬く心の中で誓いながら、楽屋の隅っこのゴミ箱の中に入って、ステージが始まるのを待っていた。どく、どく、と嫌に強く響く心臓の音を聴きながら。

 初ライブの時は何人お客さんが来てくれるかな。10人……いや20人……いや30人ぐらい来てくれればいいなーとか、緊張しちゃうから30人以上は来ないでください!あ、でももし観客の中に音楽事務所のプロデューサーが紛れていて「君達イイネ!ウチの事務所で速攻デビュー!」みたいなラッキーがあるかもうへへとか思っていたんだけど。

 私の願望はいとも簡単に裏切られた。いつぞやのライブの時と同じように、ホールに客が入り始めたかと思えばあっという間に100人以上の客が入って満員状態になってしまったのだ。

 

「あわわわあわあわあわわ」

「後藤さん落ち着いて!深呼吸!深呼吸して!」

 

 本番直前。楽屋の扉からホールの中を覗き込むと、私はもう意識を失いそうになっていた。観客席側に居た時には感じなかった焦りと緊張。分かっていたけど、やっぱり怖い。これからあんなにたくさんの人達の前で演奏するんだと思うと心臓がさっきよりもどくどく音を立てて暴れてくる。

 ていうかこんなたくさんのお客さんが来るなんて聞いてない!

 どうして!? 今日のブッキングライブだって駆け出し中心で、ノルマチケットが全部掃けたとしても十数人程度だと思ってたのに……!

 

「今日、お客さんが妙に多いね。もうキャパぎりぎりじゃん。どうしたんだろ」

 

 私と同じ疑問を感じていたのか、扉の隙間からステージを見ながらリョウさんは呟く。その疑問に答えたのは虹夏ちゃんだ。

 

「多分だけど、今日のヘッドライナー、CDデビューが決まったバンドだからじゃないかなー」

「そうなの?店長、よくそんな人気バンドを引っ張ってこれたね」

「うん。カズ君がお姉ちゃんに推薦したバンドで、最近ずっとSTARRYでライブしてもらってるからねー」

「カズが推薦?いつの間にカズはSTARRYの出演バンド選ぶようになったの?」

「うん。数か月前にSTARRYに応募してきたデモ音源をカズ君に聴かせたら『絶対この人達は売れるから呼んだ方がいい』って太鼓判押しててさ。お姉ちゃんが試しにブッキングライブに呼んでたけど、少し前から本当にヒットしたらしくて!元々センス良いなーとは思ったけど、まさかヒットするバンドを耳で選び当てちゃうとは……」

「そういえば……いたね。少し前までここでライブしてたバンド……確か『雪国』だっけ?来月から全国ツアーやるって言ってたね。サブスクで聴いたけど本当にすごかった。確か『東京』って曲。カズが選んだんだ?」

「そうそう!私もあのバンドの曲、すごい好き!『Blue Train』とか、何度も聴けちゃうよ。だからお姉ちゃんってば、最近はカズ君にデモ音源を聴かせてバンドを選ばせてるみたい。今日の大トリのバンドも今度CMの曲に使われるらしいよ」

「おおすごい。あとでサインもらっとこ」

「カズさんっ……!」

「後はやっぱり、喜多ちゃんの集客力だよ」

「あ!さっつー!それに中学のみんなも!本当に中学のクラスメイトと担任の先生と隣のクラスの人達と高校のクラスの人達を連れて来てくれたのねー!大体70人ぐらいかしら?後でお礼のメッセ送らなきゃ!」

「相変わらずとんでもないコミュ力だね喜多ちゃん……。前のライブの時も思ったけど、どこからあんなに呼び込めるのかな……」

「郁代は顔も良いし、多分それ目当ての男子が多いんでしょ。ふっ、罪な女だぜ……」

「なんでリョウが誇らし気にしてんの?」

「喜多さんっ……!」

 

 スゴイけど!カズさんの耳と先見性がスゴイけど!喜多さんも70人以上引き連れてこれる顔の広さとコミュ力はスゴイけど!でもこんなにお客さんが入るぐらい頑張らなくても……!

 

「まあそれはともかく郁代とカズの中学のクラスメイトが来てくれたのは私達にとって都合がいい」

「あそっか確かに。どうする?MCで頼んでみる?」

「虹夏先輩!さっきグループラインでもう頼んでおきました!」

「仕事はやー……さすが喜多ちゃん」

「でかした郁代」

 

 リョウさんに頭を撫でられながら褒められる喜多さん。顔をでろでろに溶かして嬉しそう。

 

「じゃ、今夜は私達の日だね」

「え?」

「だってカズは私達のプロデューサー兼マネージャーなんだから。今日出演するバンドの中でカズは私達を選んだ。クレイジー音楽オタクを魅了した時点で、既に私達は売れる事が決定しているも同然」

「……ふふ、そうだね!」

「郁代も今日は頼むよ。ガンガン盛り上げてね」

「任せてください!」

 

 私の心臓が破裂するんじゃないかと思えるぐらい暴れているのに、結束バンドの3人は、良い意味でいつも通りだった。自然体と言うか、緊張と言うより高揚感が全身を満たしていて、ライブをするのがただ楽しみだ、というのが傍にいる私にも伝わってくる。

 

「あ、そういえばカズ君は?」

「もう受付終わって、ホールのどっかにいるんじゃないかな」

「どこかしらカズ君……あ!ほら、あんなところ……に、い、いました……」

「ん、どうしたの喜多ちゃ……うわー」

 

 ホールの方を覗き込むと、奥の壁際に寄り掛かっているカズさんが居た。何故か両隣に女の子を侍らせてる。一方はツインテールの、ピンク色の少し痛い恰好をした女の子と、もう一人は大人しそうな眼鏡をかけた女の子。しかも顔見知りなのか、かなり親し気に話してるような。え、誰?

 その更に横には、レディースのスーツを着たお姉さんと、ピアスをたくさんつけたお兄さんが楽しそうにカズさん達の方へ話しかけてるような……。

 

「カズ、相変わらず手を出すのが速い。受付を終えた途端に速攻で観客席の女と仲良くなるとは」

「…………」

「き、喜多ちゃん!落ち着いて!」

「大丈夫です、虹夏先輩。私、これっぽっちも怒ってませんよ?」

「めっちゃ怒ってるじゃん!」

 

 ほっぺたを膨らまして拗ねる喜多さんを、虹夏ちゃんが「よしよし」とあやし始めた。

 

「大丈夫だって喜多ちゃん!あの陰キャのカズ君だよ?自分から女の子に声を掛けにいくなんて――まあ割とあると思うけど、大丈夫だよ!ね!」

「先輩、全然それ大丈夫じゃないです……」

「……」

 

 静かにむくれる喜多さんを宥める虹夏ちゃんを後目に、私はホールに詰めかけるたくさんのお客さん達を観た。

 心臓の音が、さっきよりうるさくなってる。手汗が酷い。心を落ち着かせようと息を何度も吸って吐いてるけど、深呼吸は空回りをしてちゃんと酸素を吸っているか分からない。視界がぱちぱちとする。

 落ち着け落ち着け落ち着け……決めたじゃん、頑張るんだって、挑戦するんだって、だから、こんな所で怖がってちゃダメ!

 目をぎゅっと瞑って自分に言い聞かせる。やらなきゃいけないって。頑張るんだって。

 ……でも、やっぱり、怖い。

 勇ましく決意して、いざステージ本番直前となると、呆気なく自分の脆い部分が露になる。

 あのたくさんの目が、これから私達を観てくるんだと思うとお腹の中がひっくり返っちゃうような気がする。私のギターが受けなかったらどうしよう。下手糞だって思われたらどうしよう。

 やっぱり、私なんかが――

 

「よーし、アイムオンファイアー!」

 

「――え?」

 

 声がした方を見ると、虹夏ちゃんだった。

 拳を突き上げて、気合を入れるように――私のいつもの呪文を……。

 

「あ、虹夏先輩!いいですねそれ!私もファイアー!しちゃいます!」

「いいねー喜多ちゃん。その調子で、壁際で女の子を侍らしているカズ君をぶっ飛ばしちゃおう!」

「はい!ぶっ殺します!」

「いやぶっ殺さないでね?」

「ふふ、郁代もロックンローラーらしくなってきた。私もファイアーしとくか」

「お、珍しくリョウが乗り気だね!じゃあみんなで声を合わせてファイアーってしようよ!」

「やだ。クレしんっぽいし」

「急に梯子外すじゃんこいつ……」

「あ、あの!」

 

 焦った私がそのまま声を掛けると、3人がくるりと私の方を観てきた。

 

「な、なんでアイムオンファイアーって……」

 

 虹夏ちゃんは私の言葉に困惑したのか、疑問符を浮かべて首を傾げた。

 

「何言ってるのぼっちちゃん。いつもぼっちちゃん呟いてたじゃん」

「だ、だってあれは……『私は燃えるゴミです』って意味で……」

「あれ。ぼっち、意味知らないで使ってたの?」

 

「アイムオンファイアーって、向こうのスラングで『絶好調』とか『最高』って意味だよ?ブルースも歌ってたし」

 

「――……」

 

 私は、何も言葉を出せなかった。

 

「誰に教えてもらったの、ぼっち」

「か、カズさんに……」

「あー、カズ君ね……」

 

 喜多さんが困り顔で笑いながら納得したように言った。

 

「カズ君って、そう言う所あるのよね。しれっと嘘を吐くっていうか、大事な事は黙って置くとか……」

「ぼっちちゃん、最近よく呟いてたから、『ロックしてるな~』って思ってたけど……意味知らなくて使ってたんだね」

「ア、ハイ……」

 

「結束バンドさん、そろそろ出番ですよ~」

 

 私が戸惑っている間に、PAさんが私達を呼んだ。

 いよいよだ。

 

「じゃ、ほら!みんな、手を重ねて、おー!ってやろ!」

「いいですね、虹夏先輩!ほら後藤さん、そろそろゴミ箱から出て!」

「ア、ハイ」

「えー……暑苦しい」

「文句言わない!ほら、左手!」

 

 虹夏ちゃんが左手を出すと、喜多さんは躊躇わず真っ先に手を重ねて、めんどくさがるリョウさんの手を、虹夏ちゃんが無理やり掴んでその上に乗せる。

 

「ほら、ぼっちちゃん!」

「後藤さん!」

「ぼっち」

 

「は、はい!」

 

 私も慌てて、3人の手の一番上に、自分の手をそっと重ねた。

 

「今日が結束バンドの本格始動!ライブ、みんなで思いっきり楽しんで、絶対成功させるよ!せーの、アイムオンー?」

「「ファイアー!」」

「……ふぁ、ふぁいあー……」

 

 いよいよ私達の、初ライブが始まる。

 ステージの方へみんなが歩き出し、私もそれに続いた。

 胸の内に熱があった。

 勇気でもなく、焦燥感でも、やってやるという決意ともちがうような、合っているような、名前のつけられない炎が、幾つも私の中で燃えている。やがてこの炎は私という薄っぺらい殻を内側から突き破る。

 膨張し、破裂した殻からたくさんの炎が噴き出ようとしている。この熱を鎮めようと思えば、無理やり鎮火させることも出来たと思う。

 でも、そんなことをするなんて勿体無い。どうせぶちまけるなら、ステージの上で。そうじゃないと、この炎は収まる気がしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも合唱と言う行為そのものが大の苦手で、大嫌いだった。人前で大声を出すと言う行為自体が苦手な私にとっては、拷問に近い。

 教室のクラスメイト達が列を作って、ピアノやラジカセから流れる音に合わせて歌う。

 そこにはいつだって、私の居場所はない。だからいつからか合唱そのものを忌避するようになった。

 

 合唱の本質は、みんなで力を合わせて歌うと言う事にある。

 

 あれはみんなの為の歌。私以外の、みんなの為の歌。誰かが一人でも音やリズムを外せば、それだけでみんなの輪を乱す。輪を乱した人間は、その時点でみんなじゃなくなる。

 そもそも私が口パクで歌っても、みんなが勝手に歌って、勝手に声を重ねる。私が声を出したって出さなくたって、誰も私に気を止めない。

 私は最初から"みんな"ですらなかった。

 幼稚園の頃は寂しかった気がする。でもいつからか寂しいと思う事すらなくなった。最初から持っていない物を恋しがって寂しがると言うのも変な話だけど、結局私は寂しくても涙なんて出やしなかった。ただ合唱コンクールの季節には、仮病や放課後の練習を無断でバックれるようになったぐらいだ。ていうか自分が放課後、息を潜めて家に帰った所で気付く人も誰もいない。仮に誰かが気付いたとしても「後藤さん?あーそんな人いたっけ。今日は休みなんじゃない?」と、最初からいたかどうかすら認識されていないだろう。悲しい。

 ある時、興味本位で合唱と言う歴史を図書館で紐解いてみたことがある。日本で最初に行われた合唱は15世紀の歌ミサらしい。

 つまり神様に捧げる為の祈りが日本の合唱の起源だ。その祈りの歌に伴奏が付き、多くの作曲家が好き放題に楽譜を書き始めた事でクラシック曲が生み出され、今日に至るまで様々な場所で奏でられてきた。

 ただ日本の合唱曲には神に祈る曲なんてどこにもない。少なくとも私は聴いた事もないし歌った覚えもない。

 

『仰げば尊し』にも『COSMOS』にも『旅立ちの日に』にも『蛍の光』にも『Believe』にも『Tomorrow』にも。神様の名前はどこにもなかった。

 

 当たり前だ。

 日本の合唱は、神様に祈る為じゃなくてこれからの未来や級友に向けて、あるいは別れを惜しんで歌うものだから。季節の節目や、あるいはふとした時に「あの歌をそういえば歌ったな」と一緒に歌った誰かを思い出す為に。

 なら、中学三年まで友達が一人もできなかった、最初からひとりぼっちな私は、一体誰と歌えばいいのだろう。誰を想って歌えばよかったんだろう。

 何に祈って、何を想って歌うべきだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の音がうるさい。

 楽屋の時からずっと――いやさっきより強く鼓動を叩いているのに、なぜか落ち着いてて……。妙に頭がクリアな気がした。

 ホールに居る人達の顔を、静かに冷静に見渡せている。怖い訳でもなく、かと言って楽しいと言う感じでもない……。普段のスタジオ練習に立っているような気分だった。

 観客席にはやっぱり人が溢れているけど、ステージ以外の照明が落とされているからか、薄暗い空間で人が蠢く輪郭が見える。おかげで私はお客さん達の視線を無駄に意識せずに済んだ。

 

「喜多ちゃーん!頑張れー!」

「うおー!喜多さーん!」

「えへへ、みんな来てくれてありがとー!」

 

 ステージの前の方には、喜多さんとカズさんのクラスメイトらしき陽キャの人達が詰めかけていて叫んでいる。喜多さんはそれを朗らかに笑って手を振り返していた。相変らず陽キャオーラが眩しい……。最前列に詰めかけている人達はいかにも陽キャ!って感じの人が多くて、「喜多さんの友達っぽいなぁ」って人が何人もいた。

 ステージに立っている喜多さんは自信と楽しさに満ち溢れていて、横にいる私も少し安心する。でも眩しくて融けそう……。

 

「結束バンド?知ってる?」

「知らない。駆け出しなんでしょ。なんか高校生の学生バンドだって」

「かったるいねー……聴けるレベルのバンドならいいんだけど」

 

 けれど、結束バンド以外の目当てのお客さん達から観たら、私達は無名のバンド。興味がないのか、私達に一瞥もくれずスマホに視線を落としている人達もちらちらと見えた。

 でも、そんな反応をされても不思議とあまりショックじゃなかった。

 

(大丈夫)

 

 多分、喜多さんの友達の人達がたくさんいてくれるお陰だ。観客が身内中心のライブって良い事じゃないと思うけど、最前列が盛り上がってくれているだけで雰囲気も明るい。

 もちろん、たくさんの目が私達を見定めているのは感じる。油断したらあっという間に恐怖に負けてビビッて、ちゃんと弾けなくなるかもしれない。私は油断しないようにギターのネックとピックを握りしめて、そんな不安を誤魔化した。

 

「お姉ちゃーん!」

「ひとりー!」

 

 あ、お父さんとお母さん。それにふたりも来てくれたんだ。

 たくさんの知らない人達の群の中に両親と妹の顔があって、思わずほっとする。私が小さく手を振り返すと、お父さんはハンドビデオカメラを片手に噎び泣き始めた。やめて欲しい。ほら、虹夏ちゃんも喜多ちゃんも察して苦笑してるし。恥ずかしい……。

 そんな恥ずかしさを誤魔化す様に、私はチューニングに意識を戻す。

 チューニングも、アンプの音量も、コードも、リハの時と変わらない。大丈夫。

 そして、リョウさんの横にセットされた、誰もいない無人のシンセサイザー。白い鍵盤がステージの照明で反射して光っているみたいで、その存在感は確かにあった。

 あのシンセサイザーはPAさんに予め言って準備してもらった物。セッティングも、私達が要望した通りになっているはず。

 後は、覚悟をするだけ。

 他の3人も準備が終わって、4人の視線が思わず重なった。

 

 ――行ける?

 ――オッケー

 ――大丈夫です!行けます!

 ――ぼっちちゃんは?

 ――だ、大丈夫です

 

 虹夏ちゃんが頷くと、マイクを掴んで挨拶を始めた。

 

『みんなさん、こんばんは!今日は来てくれてありがとうございます!結束バンドです!』

 

 そう言うと、パチパチと拍手が響いた。虹夏ちゃんは「ありがとうございます!」とスティックを振り回しながら笑顔で応えた。

 

『このステージに立つのは、今日で2回目です!けど、私達は今、ここからスタートします!私達はこの日、このライブの為に、半年間ずっと準備をしてきました!今日からガンガン、ステージライブをしていくつもりなので是非ファンになっていってくださいっ!よろしくねー!』

 

 虹夏ちゃんが冗談交じりでそう言うと、まばらだったけど拍手が響く。小さくだけど楽しそうに笑ってくれるお客さんも何人かいた。

 

『それじゃあさっそく1曲目行きます!曲は――ぼっちちゃん!』

 

 虹夏ちゃんの合図を皮切りに、私はピックを一気にダウンさせた。

 私のギター。力を貸して。

 そう心で念じながら、左の指で弦を抑え着けて力いっぱいピックを弾いた。

 

「え、何あの子……急にギターソロ始めて……」

「でも、めっちゃうまくね?」

「――あれ……でもこの曲、どっかで聴いた事があるような」

 

 20秒……30秒にも満たない、短いギターソロ。

 でも、この曲をきっと、みんなが知っている。

 私はこの曲に、この歌に、魅了されて、呪われてしまった。私の自尊心をぽっきりとへし折って、破片を片付けれずにずっと見て見ぬフリをし続けた。私のコンプレックス。私の敗北の象徴。

 

 でも――1回2回負けた位で折れちゃうプライドはもう、棄てたから。

 

「え……セトリ全然違うじゃん。なんで『Somebody To Love』を……?」

 

 ソロを区切って止めた私は、どよめくお客さん達を無視して、観客席の一番後ろで、ドリンク片手に壁に寄り掛かって、ぽかんと口を開けて困惑しているカズさん――井上和正に、人差し指を真っすぐに突きつけた。

 喜多さんと虹夏ちゃん、それにリョウさんも笑っている気配がする。顔は観てないけど、何となくそんな気がした。

 そして真っすぐに突きつけた人差し指を――そのまま誰もいない、空白のシンセサイザーに突き付ける。

 

 これが、私とリョウさん、それに喜多さんの個人的なカズさんへの仕返しだ。

 あの日、私をステージに引きずり出したように。

 カズさんもこっちに来てください。

 

 私と――私達と一緒に、()ってください。

 

『Somebody To Love』を。結束バンド(私達)の始まりの歌を。私にとってのコンプレックスの象徴を。

 

 私に指を指されたカズさんはすぐに意図を察して、挑戦的に笑って、持っていたプラスチックのコップを隣に居た女の子に押し付けて、ステージに向かって走り始めた。何の迷いも憂いもなく。

 観客席の人達の群を掻き分けて、ジャンプしてステージに飛び乗った。

 そしてどこか悔しそうにしながら、カズさんは私達に向かって――と言うより今回の発案者であるリョウさんに向かって唸る。

 

「やってくれましたねリョウさん」

「何が?」

「すっとぼけた顔しやがって……!どうせ発案者はリョウさんでしょ!」

 

 すいません、仕返しの案を出したのはリョウさんですけど、発案者は私です……。

 

「良いから早く位置について。すぐやるよ」

「分かってますよ!動画の感じでいいんですか?」

 

 怒ってるような口調だったけど、カズさんの頬は遠目から見ても口角が上がって楽しそうだった。おもちゃのプレゼントを目の前に置かれた子供のような、そんな無邪気な笑顔。リョウさんはそれを観て、せいせいしたのかにやりと挑発的に笑う。

 

「モントリオールの方を弾いてもいいよ」

「無茶振りしやがって……ミスっても知りませんよ」

「フォローする。だからよろしくね」

 

 カズさんは大きく「ふぅっ」と緊張を誤魔化す様に、シンセの鍵盤に指を備え、『Somebody To Love』のイントロを弾き始めた。さっきまでの笑顔は鳴りを潜めて、鍵盤に真剣に向かうカズさんは、私はいつかテレビで観た熟練のピアニストみたいに見えた。

 

「ふふっ」

 

 喜多ちゃんはそんなカズさんを観て、嬉しそうに微笑んだ。

 

『メンバー紹介します!』

 

 虹夏ちゃんが半笑いを含んだような明るい声を張り上げる。スピーカーから流れる電子ピアノの音に乗せるように、虹夏ちゃんの声は良く響いた。

 

『まずは私達のマネージャー兼シンセサイザー担当、井上和正!』

『結束バンドのリーダー、ドラム担当の伊地知虹夏!』

『ボーカル兼リズムギター、喜多郁代!』

『ベース、山田リョウ!』

『リードギター、後藤ひとり!』

 

『私達五人で結束バンドです!そして1曲目は、『Somebody To Love』!』

 

 虹夏ちゃんがそう宣言したのと同時に、カズさんがさっきより強く鍵盤を指で押し込み、メロディーを奏で始めた。

 それを観た喜多さんは、小さく息を吸い、マイクに叫んだ。

 

Okay,Let's do it!!(さぁ いきましょう)

 

 瞬間、喜多さんのクラスメイト――コンクールで優勝し、動画で何十万も再生される歌を合唱した人達を中心に、歓声が爆ぜた。

 

 毎日一生懸命働いてる

 骨の底まで痛みがくるまで働いてる

 一日の終わりには、自分で稼いだ給料を家に持って帰るんだ

 

 カズさんがシンセのチープな電子音と喜多さんの空に伸びるような歌声がスピーカーから弾き出された。それに合わせて虹夏ちゃんのドラムとリョウさんのベース、そして私のギターの音色が混ざる。 

 弾かれた弦は震えてエフェクターで歪んでスピーカーから転がり出てくる。

 

 膝をついて祈り始める

 涙が目からこぼれ落ちるまで、神様、誰か、誰か

 

 誰か、僕に愛をくれる人を見つけてくれないか?

 

 シンセのチープな電子音と空に伸びるような歌声がスピーカーから弾き出された。それに合わせて地面を震わせるような重苦しいドラムと慣れ親しんだのベース、そして私のギターの音色が混ざる。 

 弾かれた弦は震えてエフェクターで歪んでスピーカーから転がり出てくる。

 観客達の反応は、2つだった。私達の歌に圧倒されてぽかんとただ立ち尽くしている人達と、喜多さんの歌声に合わせてコーラスする喜多さんのクラスメイト達と、この歌を知っている人達。

 ステージに設置されたスピーカーに負けじと声を張る観客達の歌声と手拍子は、私達が奏でるメロディーがぶつかり合って、弾けて――花火みたいにあちこちで爆ぜる。

 

「え……すご……これ本当に高校生なの?」

 

 指は淀みなく動いた。なんか、すごい調子いい感じがする。虹夏ちゃんの力強いドラムスも、カズさんのピアノもよく聞こえる。それに、リョウさんの低音が凄い上手く重ねられてる。

 まるでそう――血液を送り合ってるような、そんな感覚。私が送り出した血液が、メンバー全員に循環して、それがメロディーに乗って解き放たれる。

 

『後藤にはないの?そういう曲』

 

 あの時のカズさんの質問に、私はすぐに応えれなかった。

 でも、大好きな曲――じゃなくて、大嫌いな曲なら、1曲だけあった。

 

『Somebody To Love』。

 

 Queenの伝説的な歌。世界中の多くの人を魅了した大ヒットソング。

 この曲を始めて聞いたのも、合唱コンクールの練習をサボった帰り道だった。

 合唱コンクールの練習をサボって、家に帰って。ギターヒーローの動画を更新する為に曲を探していたら見つけてしまった、カズさんと喜多さんと、そのクラスメイト38人の『Somebody To Love』が、私を圧倒した。

 私を圧倒して――それで私も一緒に奏でたくて――でも、どうやって練習してもあの動画の中の歌に、私は勝てなかった。今までギターヒーローの動画を挙げる時、時間を掛ければどんな曲だって弾けない事はなかったのに。あの歌は結局、私の心の奥底に、深い傷を残して行った。

 まるで、「お前にこれは弾けない」とフレディ・マーキュリー(神様)に言い渡されたみたいで。 

 当たり前だった。だって、ロックは独りでやるものじゃない。ソロじゃなく、誰かと一緒に奏でるのがロックなんだって、そう答えはとっくの昔に出されているのだから。

 動画サイトにアップロードした動画の再生数が10万回越えても。あの合唱には勝てないと、そう思うようになってしまった。

 あの歌を越えない限り、私は私を嫌いなままだ。

 いつまでもひとりぼっちでつまらない音を弾くギタリスト、後藤ひとりのままだ。いくら難しい譜面を上手く弾けても、どれだけチャンネル登録者数を増やしても、後藤ひとりはずっと孤独なんだって、突き付けられたままなのだから。

 私独りじゃ、あの歌は越えれない。あの歌はみんなの歌だから。

 でも、リョウさんのベースがあれば。虹夏ちゃんのドラムがあれば。喜多ちゃんの歌声があれば。カズさんのピアノがあれば。

 私はやっと、あの歌を乗り越える事が出来る。私のコンプレックスもプライドも何もかもをぶち壊して、乗り越えれる。そんな気がする。

 

 とにかく何かに挑み続けてる

 でもみんな僕を陥れようとするんだ

 みんな僕が狂ってるって言う

 僕の頭の中が水浸しだって!

 常識がないって言うんだ

 これで一体誰を信じればいいんだ?

 

 喜多さんが歌声を止めると、後ろに一歩下がり、私が代わりに一歩前に出る。

 

「――うわ、すごい」

「何あの子、あんなギターソロ……」

 

 私がずっと、何度も弾いたギターソロ。いつもより強めに、前に出る気持ちで、強く弦を弾く。

 ピックを叩きつければ、弦とボディが震えた。私の唯一の武器。私が誇れる唯一の力。例えどんなにみっともなくても、胸を張って、弾き続けるんだ。

 お願い、もっと、もっと力を貸して。

 目を瞑って、もっともっとと心の中で念じながら指に力を入れる。顔から汗が噴き出て、背中に火が付いたように熱い。

 でも、絶対このギターだけは、離さない。

 

「―――あっ」

 

 この感じ。あの時と同じだ。半年前、ここに同じように立って、訳も分からずギターを弾いて――指先が融けて、ギターと溶け合っていくような感覚。

 

 楽しい。

 

「あぁ――」

 

 久しぶりだなぁ。この感覚。ギターに慣れ始めて、色んな曲を弾けるようになったあの頃の感覚――いや、それ以上だ。悩みも不安も、何もかもが自分のギターの音色で拭い去られて、弾けていく。

 ギターソロが終わり、パートは喜多さんの歌声へとシフトする。

 私の見せ場はここで終わり。

 でも、確かにあった。私が、ずっと忘れて来た気持ち。本当に久しぶり。

 そうだ。これでよかったんだ。

 ギターを弾く資格とか、私が根暗で陰キャだとか、そういう問題は全部意味がない。

 だって、ステージに登ればみんながヒーロー。

 虹夏ちゃんも、リョウさんも、喜多さんも、カズさんも。

 誰もが対等で、上とか下とか、そういう私の足を引っ張って放さない問題はどこかへ消えちゃうんだ。

 この楽しさの為だけに、ステージに登って良い。登っていいんだ!

 

 僕はもう負けはしない

 いつかこんな独房から抜け出して

 

 いつか僕は自由になるんだ、神よ!

 

 喜多さんが最後の一節を響かすと、ホールの中に不気味な静寂が満たされた。

 中間部。この曲一番の盛り上がりを魅せる、終結部への入り口。ここから「Find me Somebody To Love(愛する人を見つけて)」を重ねれば、この歌は終わり。

 虹夏ちゃんがステージを震わせるように力強くバスドラムを踏みつける。そのリズムに合わせて拍手をしない人はいなかった。

 

「――?」

 

 でも、喜多さんは歌い出さなかった。

 不思議に思って喜多さんの方を見てみると、喜多さんは真っすぐに私の方を観ていた。

 ここまで全力で歌って、頬を上気させている。ステージの照明は喜多さんの汗をきらきらと照らしていた。

 

 なんで、歌い出さないんですか?

 

 ひょっとして、何かのトラブルだろうか。私が戸惑っていると、喜多さんはマイクスタンドを掴むと、そっとリードギターである私の方に傾けて来た。

 

「えっ」

 

 まさか、え、私も歌えって事ですか?あの、ライブでよくある、ひとつのマイクに複数人が歌う奴?

 思わず目で訴えると、喜多さんは小さく笑った。

 

 

 

 

 ―――かくれんぼするひと、このゆびとまれー!

 

 

 

 不意に脳裏に、幼い頃の記憶がフラッシュバックした。

 手が震えてるのを感じる。まだ幼稚園児で、自分にその資格があるかもどうかも分からないまま流れてしまった、私の未練が、今の目の前にある。

 でも、こんなの、打合せてない。完全なアドリブだ。喜多さんの独断?でも、拒絶すれば今盛り上がっているこの空気を冷めさせてしまうかもしれない。

 足が本当にがくがくと震え始めて、ちゃんと立てていれるか分からない。

 

 私、そっちに行っていいんですか?

 

 ステージの上にいる今、声に出して問いかける訳にもいかず、私はただ頼りなさげにおろおろと視線をさ迷わせるしかなかった。

 でも、虹夏ちゃんもリョウさんもカズさんも、私をただじっと見つめて、静かに微笑むだけで。

 喜多さんの目には、私しか映っていなかった。

 

 ――大丈夫よ、後藤さん。一緒に歌いましょ!

 

「頑張れー!」

「ばかっ、何やってんのっ」

「だってあの子、すごい緊張してるみたいで……」

 

 観客席にいた最前列のお姉さんがそう叫んで、それが私の背中を押した。

 気付いたら私はその視線に引っ張られるように、喜多さんのすぐ隣まで歩み寄って、そっとマイクに口元を近づけた。

 

 Find me Somebody To Love(愛する人を見つけて)

 

 裏返りそうになりながらもなんとかマイクに声を吹き込むと、私のか細くて小さな声はスピーカーで増幅されて想像以上に大きな音になった。それを観て嬉しそうにした喜多さんも、私と同じようにマイクに唇を近づけた。

 私の声と喜多さんの声が絡み合い、スピーカーから噴き出した音はまるで私の声じゃないみたいだった。

 

 Find me Somebody To Love(愛する人を見つけてくれ)

 

 それを観たリョウさんが、カズさんの方にスタンドを近づけて、一緒に歌い始めて。

 

 Find me Somebody To Love(愛する人を見つけてくれ)

 

 後ろの方をふと見ると、虹夏ちゃんがMCに使っていたマイクに自分の口元を近づけた。足と手をせわしなく動かし、ドラムスで地面に鼓動を響かせながら。

 

 Find me Somebody To Love(愛する人を見つけてくれ)

 

 私達5人の、ばらばらな歌声は、束ねられて響いた。観客の人達も気付けば一緒に歌っていた。

 床に響くドラムスとクラップ音は、まるで心臓の鼓動音のように加速していく。私は気付けば『声が裏返るかもしれない』なんて不安もどこかへ消えて、ただマイクに向かって精一杯歌った。

 不思議な気持ちだった。あれだけ怖かった、声を重ねると言う行為が、こんなにも簡単で、こんなにも気持ちがいい物だったなんて、知らなかった。

 隣に居る喜多さんがマイクで歌いながら私と目が合う。

 

――最高でしょ、後藤さん!

 

 嬉しそうに笑う喜多さんに、私は頷くしかなかった。

 

『バンドは陰キャでも輝ける』

 

 あんなの嘘だって、思いたかった。

 

 私は……ずっと自分が嫌いだった。

 みんなと同じように、誰かと同じように、当たり前みたいな子になりたかった。友達と普通に話せて、遊べて、笑い合えて……。

 でもそれは無理だって、いつからか分かってた。私は普通にはなれない。

 なら、普通じゃないなりに、何か変わるきっかけが欲しくて。自分で胸を張れて、誰かに認められる唯一が欲しかった。

 でも……もうとっくに、私の手の中にあったんだね。

 私は静かにピックを握りしめる。お父さんから借りた、ギブソンのレスポールカスタム。ずっしりと重く私の肩に伸し掛かる。

 そして喜多さんが拳を握って空に掲げた。まるで指揮者が、合唱団の和声を全て拭い去るように、ホールの歌声を静寂に溶かした。

 

 Somebody To Love

 

 喜多さんの歌声は、安っぽい感想だったけど、本当に綺麗だった。

 最後まで引き延ばされた歌声は、どこまでも透明で透き通ってて。このホールに居る誰よりも輝いて見える。

 私が憧れたボーカルが、今私の隣にいる。あの画面で私を打ちのめしたボーカルと、そして喜多さんをここまで導いた指揮者と、私、同じステージに立って――そんな事に今更ながら気づいて、私は自分の心が震えた。

 

 

「ギターやってて……良かったぁ」

 

 

 ふと、背中がちくりとした気がした。ギターを弾くピックを止めずに後ろを振り返ると、そこには私をまっすぐに見る虹夏ちゃんが心の底から嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだライブが始まって10分も経ってないのに、ライブホールは熱狂の海に包まれていた。

 

「喜多ちゃーん!サイコー!」

「すごい……これが学生バンド?」

「めっちゃいいじゃん」

「ギターヒーローとあのボーカルが『Somebody To Love』を歌うなんて!記事にしたかったあああああ!」

「佐藤さん、迷惑なので大声で喚かないでください」

 

 汗がべとべとして気持ち悪い。弾きながら歌ったせいで、肺が痛い。あんなに大きな声を出した事なんてなかったから、喉も心なしかひりひりする。

 でも――気持ちよかった。

 心地よい疲労感と、何かをやり遂げたと言う達成感が、今の私を満たしている。出来る事ならずっとライブの余韻に浸っていたいけど、まだ一曲目。

 あと4曲ある。私は切り替えて、息を整える事に集中する。

 私が必死に息を整えている間に、同じく肩で息を切らしていたリョウさんが淡々とMCを引き継いだ。

 

「じゃあカズ、さっさと観客席に戻って」

「……えぇ!?ここ、僕もライブに参加する流れじゃないんですか!?」

「そういう流れじゃない。カズのパートなんて用意してないし、合わせもしてないからこれ以上の曲にカズは混ざれない。邪魔」

「それ言っちゃったらおしまいだよ!」

 

 どっと、観客席から笑い声が漏れる。喜多さんも虹夏ちゃんも笑っていて、私も酸欠になりかけているのに涙が出そうなほど笑ってしまった。そんな緩い空気に便乗して、喜多さんのクラスメイト達(主に男子達)から野次が飛び始めた。

 

「そーだぞー引っ込めー井上ー」

「俺らは喜多さんの歌を聴きに来たんだよ!」

「クレイジー音楽オタクはお呼びじゃないんだよー!」

「好き勝手言いやがって!」

 

 更に笑い声が響く。珍しい事に、普段余裕で冷静なカズさんが顔を真っ赤にして怒ると言う表情を観れた。

 

「一番後ろにいないで、一番前で聴いて。カズは私達の灯台なんだから」

「……ハイ」

 

 リョウさんにそう言われてとうとう観念したのか、カズさんは降参したように渋々とシンセの電源をオフにして、ステージから飛び降りる。

 

「井上ー、調子に乗ったね~」

「うるさいな佐々木」

 

 そのまま不機嫌そうに、中学のクラスメイト達と合流したカズさんは私達のステージに向き直った。

 

「……じゃあ、次の曲行きます!次は私達のオリジナル曲です!」

 

 もし、もし――

 この4人で、STARRY以外のステージに登ったら、どんなライブになるんだろう。

 どんな景色を見れるのだろう。

 どんな音を、奏でられるのだろう――

 

 ――私もボーカルの練習、やってみようかな。独りで歌うのは絶対無理だし絶対嫌だけど――

 

「――光の中へ!」

 

 喜多さんのバックコーラスなら、またやりたい。

 そう思いながら、私はピックを再びギターの弦に走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の下北沢は、少し肌寒い。昨日も同じこと思ったけど、今日の夜はいつもと違う気がする。 

 あの後、ライブをやり切った私達は片付けを終えて、近くの居酒屋に打ち上げに来ていた。店長さんの奢りだ。

 

「お前ら……そんなに立派になって……」

 

 店長さんはこの日物凄い上機嫌で、何度もビールを呷ってべろべろに酔っ払っていた。しかも意外な事に泣き上戸で、涙を啜りながら「今日のライブ最高だった」「虹夏お前立派に大きくなったな」「ぼっちちゃんギターソロ良かったぞ」と普段のキャラが忘れるぐらいべたべたに誉めてきてくれた。ちょっと嬉しい。

 打ち上げには結束バンドのメンバーだけじゃなく、今日出演したバンドの人達や喜多さんの友達も何人か混じって行われた。店の座敷一面を占領し、ライブの余韻を更に沸騰させようと皆が酒を呷ってしっちゃかめっちゃかだった。

 

「もー店長こんな秘蔵っ子隠してたなんて!」

「私達の客持ってかれちゃった」

「でもおかげで今日のライブ黒字だったし、中高生のファンが結構出来たじゃん」

 

 どうやら先達のバンドのお姉さん達から見ても、私達のライブの盛り上がりは目を惹くものだったらしい。喜多さんは持ち前のコミュ力でバンドのお姉さん達と速攻で仲良くなっていたし、リョウさんはちゃっかりサインをもらっていた。ちなみにカズさんは「話さなきゃいけない人がいるから」と言って、今日の打ち上げは不参加だ。

 

「……」

 

 まだ余韻が抜け切れてない。ライブでの高揚感が足の先を麻痺させて、身体が宙に浮いてる感じがする。

 でも、夢じゃない。私はちゃんとやり切ったんだ。

 

「ぼっちちゃん、こんな所に居た」

「あ、に、虹夏ちゃん……」

 

 振り返ると、そこには虹夏ちゃんが私の顔を上から覗き込んでいた。

 店の軒先でしゃがみ込んでスマホをいじっていたので、必然的に見上げる形になる。

 

「なーにしてるの、こんな所で」

 

 私と同じように直ぐ傍にしゃがみ込みながら、虹夏ちゃんは問いかける。

 

「ん?プレイリスト?何それ」

「あ……さ、さっき、喜多さんの友達に、り、リクエスト曲貰っちゃって……それで整理していたんです」

 

 ライブが終わった後、興奮しきった喜多さんのクラスメイトに囲まれた。私は喜多さんの背中に隠れてやり過ごそうとすると、突如喜多さんが「後藤さんギター上手いからリクエストがあれば何でも弾いてくれるわよ!」と言ってしまったのだ。

 

「あー、ぼっちちゃん今日たくさんのお客さんに囲まれてたもんね。それでプレイリストまとめてたんだ?」

「は、はい……中にはLINEの友達申請してくる人もいて……佐々木さんとか、同じ学校の人が何人か」

 

 最初は止まらない通知に縮み上がったが、せっかくのリクエスト曲を無下にするのもどうかと思い、今こうやってプレイリストにその曲目をまとめ上げている。

 今まで空っぽだったLINEの友だちリストに、信じられない程の人が登録されていて、少し自分のスマホが重くなったような錯覚すらある。

 

「ふふ、よかったねぼっちちゃん。高校デビュー大成功じゃん!」

「あ、はい……ギター侍なんでウケなかったんだろ。今度ライブのMCで披露してみていいですか?」

「それだけはやめて、絶対」

「ア、ハイ」

 

 有無を言わせない強い口調で止められ、私は肩を落とした。

 

「それより、どんな曲リクエストされたの?ちょっと見せてよ!」

「ア、ハイ……どうぞ」

「どれどれ~……Fleetwood Macの『Go Your Own Way』……Lynyrd Skynyrdの『Swamp Music』……Collective Soulの『Shine』……The Delgadosの『The Light Before We Land』……えー全然知らない。ぼっちちゃん知ってる?」

「あ、いえ全く……」

 

 プレイリストを整理している最中、薄々思ったけど……ひょっとして喜多さんのクラスメイトって、私より音楽の趣味広いんじゃ……。

 

「今時の中高生の趣味ってこんな……あ、ひょっとしてカズくんの影響かな?」

「あ、そ、そういえば今日来てくれたお客さん、カズさんと喜多さんの中学のクラスメイトだから……」

「なるほどね。なんか想像できるって言うか……『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックみたいに悪い顔でクラスの人達にCDを貸して回ってるカズ君の姿……」

 

 苦笑いを浮かべる虹夏ちゃんに釣られて、私も思わず笑ってしまう。CDケースを嬉しそうに配るカズさんは、確かにジャック・ブラックみたいに笑っていそうだ。

 

「他には……あ、これ知ってる!Atomic Skipperの『1998』!」

「あ、私も名前だけ……」

「私これ好き~!テンポ早いから疾走感があって、それでいて強い歌詞!ここ最近聴いた中で一番好きな曲だなぁ」

「あ、じゃあこれはどうですか?リクエスト曲の中にあったんですけど、私これが好きで……」

「なになに~?東狂アルゴリズムの『生きる才能』?」

「い、イチオシです……」

 

 私が恐る恐る虹夏ちゃんの顔色を窺うと、虹夏ちゃんはにっこりと笑ってポケットから小さなケースを取り出した。昨日の夜、私に貸してくれたイヤホンのケースだった。

 

「一緒に聴こ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「Carrie Marie Underwoodの『Something in the Water』スゴイいい!英語全然分かんないけど!」

「あ、Pharrell Williamsの『Freedom』だ……妹にせがまれて良く弾いたなぁ……」

「え、ぼっちちゃんの妹、こんな曲聴くの?」

「ミニオンズの挿入歌で……刑務所の囚人をボコボコにするミニオンがお気に入りらしいです」

「あ~、……な、なるほどね」

「私はそれよりサンボマスターのこの曲好きです……」

「あっ!『ロックンロール イズ ノットデッド』じゃん!これリクエストしてくれた人、分かってるじゃん……」

「PVRISの『My House』す、すごいカッコイイ……」

「ホントだ、これ弾けたら盛り上がるだろうなぁ……次のライブ、これ練習してみる?」

「い、いいですね」

 

 気付けば何十分もの間、私は虹夏ちゃんと一緒にプレイリストを眺めながら雑談をしていた。プレイリストに並んだリクエスト曲はどれも楽しくて、流し聴きながらあれこれ虹夏ちゃんと感じたことを共有するのは、とても楽しかった。

 時々、英語の歌詞が分からずネットで検索したら甘いラブソングだったりした時は死にかけたりしたけど。Shawn Mendesの『There's Nothing Holdin' Me Back』の曲良かったのに歌詞が私に受け付けなかった。

 

「うーん、今日のライブで成長したと思ったんだけど、ぼっちちゃんもこういう曲にもうちょっと耐性つけないとね」

「ハイ……精進します」

 

 私が項垂れていると、イヤホンからクラップ音とピアノ音が流れ始めた。次の曲が流れ始めたんだとすぐに気付き、思わず手元のスマホの画面を確認する。

 BAReeeeeeeeeeNの『足跡』と言う曲だった。確か、佐々木さんが送ってきてくれた曲だ。

 

「これ……いい曲だね」

「はい……」

 

 虹夏ちゃんの言葉に頷いて、私達はしばらくの間、その曲を静かに聴き続けた。

 

「……ねえ、ぼっちちゃん」

 

 すると、虹夏ちゃんは少し不安そうに、でも少し高揚感が隠せないのか、緊張した面持ちで私に問いかけた。 

 

「私さ、これ言ったら調子に乗ってるとかイキってるとか思われそうで言わないようにしてたんだけど……。今日のライブさ、私達、めちゃくちゃ上手くなってない!?」

「あ、ハイ……私も……今日は一番うまく出来たと思います」

 

 私が素直にそう答えると、虹夏ちゃんはほっとしたように「良かった~!」と安どの溜息を吐いた。

 

「手応え感じたの、私だけだったらどうしようかと思った~……。無駄じゃなかったんだよね。今日までずっと、再生数伸びないけどカバー曲の動画を挙げる為に練習して……今日まで毎日ライブの事話し合って練習し続けたの……無駄じゃなかったよね?」

「……」

 

 私は頷いた。

 この半年間、バンドに加入して、毎週毎週、動画を挙げる為に練習して録音して、再生数が伸びない動画を挙げ続けた日々は、無駄じゃなかった。結束バンドのメンバーで音を重ねて、奏で続けた日々は絶対無駄じゃなかった。

 Queenの曲や、リョウさんの作曲が良かっただけ、と言えばそれまでかもしれないけど。

 でも、4人の内の誰かが欠けたら、絶対奏でられなかった。特に1曲目の『Somebody To Love』は、カズさんがいなかったら絶対に――乗り越える事は出来なかったと思う。

 

「なんとなく、ですけど……私、道が見えた気がします」

「道?」

「は、はい。……私達の道は、決して楽な道じゃないと思うんですけど……この4人なら、()()()()()()()()()出来るんじゃないかって……なんとなく」

「―――……」

 

 私の言葉に、虹夏ちゃんは少しだけぽかんと口を開けたかと思うと、嬉しそうに微笑んだ。

 

「私も同じこと思った」

「え?」

「いつか、もっともっと大きな舞台に行けるって、私も思えたんだよ。1曲目で、ドラムを叩きながら皆の後ろ姿を観ていたらさ。昔の事を思い出したんだ」

「昔の……?」

「お姉ちゃんにライブハウスに連れて行ってもらった時の事。全部がキラキラして見えて、幸せな気持ちになれたんだよ。悲しい気持ちも何もかもぶっ飛ばして、ずっとこんな時間が続けばいい――今日のライブは、そう思えたんだ。こんなライブを、何回も何回も、STARRYでやって、いつか武道館みたいな大きな所でもやって、もっと有名になって――お姉ちゃんの分も人気なバンドにしたい」

「店長さんの分?」

「うん。お姉ちゃんも昔バンドやっててさ。結構人気あったんだけどね……。でも、小さい頃にお母さんが死んじゃって、お父さんも仕事で家を空ける事が多くて……でも、お姉ちゃんがライブハウスに連れて行ってくれてさ。はしゃぐ私を見て、バンドを抜けてライブハウスを始めたんだよ。STARRYはね、私の為に作ってくれたんだ」

「そう……だったんですか」

「お姉ちゃんは絶対そんな事言わないだろうけどね……だからね、ぼっちちゃん」

 

 虹夏ちゃんはそう言って、私に真剣な表情を向けた。力強くて、エネルギーがあって、決意に満ちた表情に。

 

「私の夢はね、STARRYをもっと有名にする!お姉ちゃんの分まで、もっと人気のあるバンドになる!」

 

 人気のない下北沢の夜の道で、虹夏ちゃんの真っすぐな想いが響いた。

 聞こえるのは、居酒屋からの喧噪と、私の息遣いだけ。

 

「わ、私もっ」

 

 虹夏ちゃんの想いに引っ張られるように、反射的に私も口を開いた。

 

「ぎ、ギタリストとして、もっともっと上手くなって――このバンドを、最高の場所に連れて行きたいです!」

「――うん。お願いぼっちちゃん。もっともっと、すごい所に一緒に行こう。だからこれからも、たくさん響かせて!ぼっちちゃんのロック――」

 

 

 

 

「ぼっち・ざ・ろっくを!」

 

 

 




作中に登場したバンド名&曲名
Queen - Somebody To Love (Live at the Montreal Forum / November 1981)
雪国 - 東京
   - Blue Train
結束バンド - 光の中へ
Fleetwood Mac - Go Your Own Way
Lynyrd Skynyrd - Swamp Music
Collective Soul - Shine
The Delgados - The Light Before We Land
Atomic Skipper - 1998
東狂アルゴリズム - 生きる才能
Carrie Marie Underwood - Something in the Water
Pharrell Williams - Freedom
サンボマスター - ロックンロール イズ ノットデッド
PVRIS - My House
Shawn Mendes - There's Nothing Holdin' Me Back
BAReeeeeeeeeeN - 足跡


 精々祈ってるぜ。あんたにロックの魂あれ(ダクソ感)


 アケマシテオメデトウゴザイマス(遅刻)
 体調を崩して咳が止まらず、療養したりガンダムを観たりしている内に2月に…時間が経つの早すぎィ!

  前回もたくさんの感想、評価、誤字報告、ここすき、Xでの感想ポストありがとうございます。低評価入れた人はFU【不適切な表現】ou。


 前回MOROHAの『革命』をきくり姐さんに歌わせた直後、突然の活動休止の報せ。活動休止のショックと「まあMOROHAならそこでやめるよな」と納得感があって、しばらくMOROHAロスで茫然自失となりながら年末を過ごしていました。
 いつぞやにガッキーが結婚してガッキーロスに陥ってるとかそんな話を聞いて「そんなショック受けるかいな」と思ってましたが今ならなんとなーく気持ちが分かった次第でございます。
 自分が推すバンドは大体既に解散してるかとっくに死んでるかのどっちかが多いので、生きているバンドの音が聞けなくなるのはやっぱり寂しいもんですね。

 
 今回は3話連続でぼっちちゃんに焦点を当てたお話になりました。原作のぼっちちゃんよりひどい拗らせ方をさせてしまいましたが、ちゃんとぼっちちゃんが結束バンドにいる間に覚醒する姿を描きたかったので後悔はしてません。でも書くの難しかったので今回遅れたのは大体ぼっちちゃんのせいです。
 独自解釈を大量に含んだぼっちちゃん、こんなんでいいかな、とか思いながら書いてましたがもう勢いで書きました後はもう知らん。


 次回のプロットはありますがまったく手は付けてないのでまたしばらく間が空きそうです。ゴメンネ。
 でも感想とかがたくさんあったらモチベが上がって直ぐに書き上げられるかもしれない。良かったら感想ヨロシクオナシャス。

 
 ↓いつものコピペ宣伝

Xのアカウントでのんびり呟いてます。

X(旧Twitter)

 カーラジオと言う名義で作ったアカウントです。ここではその時の気分で聴く曲を垂れ流したり小説の更新予告をしたりぼざろのイラストを無限リポストしてます。この小説内で紹介しきれなかったロックもここに載せていくつもりなので、よければフォローとかしてくれると嬉しいです。
あと、オススメ曲とかあればぜひこのアカウントに送り付けて欲しい。DMでもリプでも、推し曲があれば良ければ教えてください。絶対に聴きますので。

 あと、活動報告にて推し曲募集中です。どうぞ、どしどし送ってください。

喜多ちゃんに推したい音楽

 ここすき、Twitterで宣伝、感想などで幸福度を上昇させてるので、たくさんもらえればきっとモチベーションが上がるのでください(正直)
 


 それではいつもので〆させていただきます。

 
 感想もっともっともっと欲しいんだ……!
 高評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)


 
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