【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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Charlie Brown

 今日は8月31日。夏休みの最終日だ。

 残った課題を一日で片付けようと地獄を見る学生もいれば、こんな日でものんびり遊ぶ学生もいたりと、過ごし方は各々変わってくるだろう。

 少し前までまったく課題に手を付けずバンドの練習とイソスタの更新に励んでいた喜多は昨日の10時頃、つまり夏休み終了1日前に全ての課題を終わらせている。喜多家にほぼ軟禁して課題をやらせていたのだ。

 ただ5日目の辺りでペース的に間に合わない事が発覚し、緊急措置として喜多のスマホを没収したらペースがめちゃくちゃ上がった。ていうか課題が進まないのは喜多が合間合間にスマホで遊んでいたのが原因だったのである。

 

「令和の女子中学生からスマホを奪うなんて……カズ君、あなたには人の心と言うものがないの!?」

「少なくとも今の喜多に慈悲はないよ」

「鬼!悪魔!ルシファー!一生憐れんでやるから!」

「そのネタはもうリョウさんがやったから……課題終わったらちゃんと返すって」

「カス!」

「普通に悪口言ってきやがった……!」

 

 曲がりなりにもクラスのマドンナ的な女の子がカスとか言っちゃだめだろ。カス君なら誤字の可能性があるけどそれはもうただの悪口だ。

 でも、中指とか立てたら意外と様になる気は……いや別にしないな。喜多には上品なボーカルでいて欲しい。

 それとも本気で僕のことをカスと思ってるのかな?まあ現代っ子からスマホ取り上げたらそうか……。でも課題をやってない喜多が悪いんだよ。僕は悪くない。

 けれども喜多がここまで課題をほったらかしにしてしまったのは、半分ぐらいは僕に原因がある。僕が強引に喜多を突き放したから、彼女は結束バンドでビートルズなんか歌ってきたのだ。ギター歴一ヶ月にも満たない喜多があそこまで弾けるようになったことも驚いたが、リョウさんにアレンジを書かせてメンバーが足りないからって店長さんまで巻き込んで来るとは思わなかった。僕はここまできてまだ喜多の行動力を計り損ねていたのかもしれない。

 結束バンドが、僕の為だけに演奏する『Hey Jude』。前世から推していたバンドが、僕の為に僕が愛した名曲を歌ってくるだなんて。ジョン・レノンが自分の為だけにリクエストに応えてくれるような物だ。

 だからここまでされて喜多が「幼馴染の為のライブの練習をしていたから課題はできませんでした」は気分的に良くなかったし、ましてやこれが原因で高校受験に失敗したなんて事にはさせたくなかった。夏休みの課題が出来なかった程度で高校受験が失敗するとは思わないけど、万が一と言う事はある。

 

「私のイソスタがぁ~~! またトレンドから遅れる~!夏休みがぁ~!」

「はいはい、ちゃんと課題やれって」

 

 こうして、喜多のスマホは僕の手によって没収され喜多母に預けられたのだった。

 ただ彼女の名誉の為に言っておくと、彼女は一度も僕に『宿題写させて』とは言わなかった。

 夏休み終盤まで課題をほったらかしにしたのは頂けないが、喜多は根が真面目だ。だから僕に課題を写させてとか言ってこなかったのは本当に偉いと思う。いざと言う時は写させてやろうかなとは思ってたけど、そういう所は本当に美点だ。

 そんな訳で、僕が付きっ切りで監視を続けたおかげでなんとか喜多は山のように積まれた課題を無事……無事だったか? ともかく終わらせることができたのである。

 けれどスマホを取り上げた次の日から時間が経つにつれてしわしわになっていくのは見るに堪えなかったな……。最終的に目を虚にしながら『SNS』『イソスタ』『トレンド』『リョウ先輩』の四単語しか喋れなくなったのはマジで怖かったです。おそらくスマホ依存症の現代っ子からスマホを取り上げた事による禁断症状と思われる。

 課題を終えてスマホを返したら復活したけど、喜多にとってのスマホはソウルジェムか何かなのだろうか?訳が分からないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 人気のないSTARRYのホールは、伽藍としていてどこか空虚だ。放課後の誰も使われていない音楽室みたいでどこか物悲しい。

 けれど、毎晩ここで多くのバンドが音楽を響かせていると考えると、昼間ぐらいは静かでも誰も文句は言わない。

 普段客が一杯になるホールで、一人ど真ん中のテーブルを占拠するのは、なんとも気分がいい。自分だけの貸し切り状態な気分だ。……まあ上の階に店長さんや虹夏先輩がいるから、馬鹿な事はできないんだけども。

 8月31日の僕はと言えば、自分の課題は8月最初の頃に既に消化し終えたので、大分気が楽ではある。

 学生の天敵である課題がない、ついでに誰もいないSTARRYの解放感は何もせずとも僕の気分を上がらせた。

 

「…………」

 

 誰もいないな、ヨシ!

 

「~♪」

「カズ君!」

「うおおおおおっ!?」

 

 突如後ろから声を掛けられ変な声が出た。もう少し姿勢が悪かったら椅子ごとひっくり返っていたかもしれない。

 後ろを振り向くと私服姿の虹夏先輩がいたずらが成功したように笑っていた。

 

「虹夏先輩……おはようございます」

「おはよー!来るの遅くなってごめんね。洗濯物しててさ」

「いえ、僕が来るのが早かったみたいで。すいません」

「謝る事ないって!それにしても、上手な口笛だったね」

「うっ、聴かれてた……」

 

 異性の先輩に口笛を聴かれるとは……気が緩み過ぎてた。

 ていうかさっき確認した時は確かに誰もいなかったのに。いつの間に背後に来たんだ?

 

「ふっふっふ、カズ君の口笛とか貴重だね!」

「ぐぅ……下手な口笛聞かせてすいません」

 

 今日僕がSTARRYに訪れたのは、結束バンドの今後の活動方針を虹夏先輩と相談する為である。少し早めに家から出てきたのだが、待ち合わせよりだいぶ早く着いてしまい、店の鍵だけ先に開けてもらって先輩を待っていたと言うわけだ。

 虹夏先輩は「気にしなくていいよー」と笑いながら、僕の向かい側の椅子に座り込む。

 

「今日はやっぱり喜多ちゃんと一緒じゃないんだ?」

「あいつは今日はクラスの連中とお出かけですよ。なんか海と温泉と夏祭りに行ってくるって言ってました」

「なんて?」

「海と温泉と夏祭りに行ってくるって」

「……聞いてもよく分かんないや。喜多ちゃん受験生じゃないの?」

「自分でも言っててよく分かんないですけど、受験生だったはずなんですよね……」

 

「カズ君に奪われた夏休みを取り返す」とか言って、委員長ちゃん達を引き連れて朝早くからどこかへ旅立ったみたいだが……。SNSにすべてを賭けてる女がやる事はちげーや。意味わかんないもん。

 受験勉強に励んでいたはずの委員長ちゃん達にはご愁傷様としか言い様がない。

 

「ところでさっきの曲は何の曲だったの?」

「ミスチル*1の『いつでも微笑みを』です」

「へー、カズ君が邦楽? しかもミスチルだ!どんな曲なの?」

「遺言の歌です」

「えっ」

「死んだ人の目線で、取り残された人達に遺す歌詞なんですよ。雑に要約すると『俺は死んじゃったけど、残されたお前らは微笑んで生きてくれよな』って言う」

「ミスチルってそんな重い曲歌ってたっけ……?」

 

 歌ってたんだよ。割と重い歌。最近はこういう尖った曲はすっかり書かなくなったけど、偶に1990年代のアルバムを聴きたくなる。

 明るい曲調で騙されるけどちゃんと聴いてみるとすごい悲しい。でもいい歌なんだ。口笛も綺麗で頭に残るし。偶に吹きたくなるんだ。

 

「へぇ~。でもJ-POPを聴いているカズ君ってなんか違和感あるね?」

「喜多にもよく言われますよ」

 

 自他共に認める洋楽マニアではあるけれど、J-POPも嫌いじゃないのだ。

 前世の中学、高校生の頃はちょっと音楽通ぶってたりとか硬派ぶってJ-POPを避けてた時期があった事も否めないけど。今となってはちょっと他人にはあまり話したくない黒歴史ではある。

 

「最近はJ-POP強化月間やってるんです。洋楽ばかりだと栄養が偏るんで開拓中。そういえば虹夏先輩は……確かメロコアを中心に聴いてたんでしたっけ?リョウさんが言ってたような」

 

 メロコアは確か、メロディックハードコアの略称だ。ハードコアパンクから派生するジャンルの一つで、特徴として挙げられるのがリズムが全体的に早い所にある。あとはエモーショナル……まあ端的に言えばエモい歌詞で歌われる事が多い。全体的に明るい歌が特徴的なジャンルだ。なんというか、「虹夏先輩らしいな」と思えるチョイスである。

 

「そうだよ~!よく覚えてるね。明るくてドラムのテンポが速い曲が好みなんだ」

 

 さすが、目の付け所……いや、耳の付け所がドラマーらしい。着眼点が歌詞やメロディーに行ってしまう僕と違い、虹夏先輩はまずドラムがどうかで評価を決めるようだった。

 

「バンドで上げると、定番だけどHi-STANDARDの『STAY GOLD』とか!あと最近はSISHAMOのアルバムをよく聴いてるかな~。今のマイブーム!あとはフォーリミ*2かな。『Jumper』って曲が本当に好きで……って、カズ君は知ってるかこれぐらい」

「…………」

「あれ、反応が薄い?」

「すいません、Hi-STANDARDはともかくSISHAMOとかフォーリミは……分かんないです」

「えぇ、カズ君知らないの!?」

 

 虹夏先輩は驚きのあまり目を見開く。そんなに驚く?

 

「私が好きな曲とかは当たり前みたいに全部知ってると思ってた」

「僕の事なんだと思ってるんですか」

「えっと……音楽データベース?」

「えぇ……どこからそんな情報が?」

「リョウが『カズが知らない音楽はない』って言ってたから……」

「またあの人かよ」

 

 人が知らないところで適当な事を吹聴するのやめてくれないでしょうか。

 

「僕だって知らないジャンルはありますよ。ロックってだけでいくつジャンルがあると思ってるんですか」

 

 大雑把に種類を数えてもロックは15種類ぐらいのジャンルに分けられる。ここから更に派生しているし、現在進行形で新しい曲が生まれ続けているのだ。星の数ほどのアーティストが、毎日譜面に新しい音楽を生み出し続けている。そのすべてを網羅する事など、一人の人間の、たかだか80年程度の時間で世界中の全ての音楽を知る事など、不可能に近い。

 

「そう言われると、確かにそれが当たり前だよね。ごめんね? なんか、カズ君に訊けばなんでも知ってるみたいな感じがしちゃってさ」

「いやいいんですけど……マジでデータベースだと思われてる……? 僕ってそんな扱い?」

 

 そういえばクラスの連中からも「とりあえず井上からオススメ聞いとけば外れはない」みたいな事言われたし……。ぐるナビか何かだと思われてる?

 頼られるのは悪い気分じゃなかったけど、少し複雑。

 

「じゃあ、後で虹夏先輩のオススメのアルバム貸してくださいよ。データベース更新するんで」

「いいけど……聴くの?カズ君が聴くジャンルじゃないのに」

「身内の好きな曲は把握しておくべきでしょ。それに僕も、メロコアは純粋に興味がありますし」

 

 一応、結束バンドに加入したプロデューサー兼マネージャーだ。メンバーの好みの曲ぐらい、ある程度把握しておくべきだろう。

 僕がそう言うと、虹夏先輩は一瞬ぽかんとしてすぐに満面の笑みに変わった。

 この笑みは知っている。他人に自分の推しを布教する時のオタクの顔だ。誰だって、自分が好きな物を他の誰かが好きになってくれるのは嬉しい事なのだ。

 

「よーし、じゃあ10枚ぐらい貸してあげる!カズ君を立派なメロコアマニアにしてあげるからね!」

「多い多い多い」

 

 いきなりテーブル一杯に料理を並べられても食べきれんのよ。ゆっくり食べさせて。

 自分の好きなジャンルを布教したがるのは、先輩とか後輩とか、女の子とか男の子とか特に関係なく人間が持つ共通の習性なんだなと、僕は若干早口でバンド名を上げて行く虹夏先輩を見て思った。

 

「じゃあ、代わりに僕もオススメしたい曲があるんですよ。メロコアとは違うジャンルですけど、テンポが速いロックはたくさんありますし、ドラムの色が強くて聴いてて楽しい曲はたくさん知ってますから」

「おー!カズ君のオススメかぁ。果たして私の耳を満足させられるかな?」

「音楽データベースの名に懸けて絶対お気に入りソングを見つけてみせます」

「そのあだ名、気に入ったんだね……じゃあさっそく教えてもらおうかな?」

 

 それから、虹夏先輩と音楽の話題で盛り上がっていた。互いに相手が好きそうな曲を考えて、それを教え合って、と言う音楽通同士ならよくあるシンプルな会話。けれど不思議な事に、その会話が途切れる事はほとんどなかった。まだ虹夏先輩は僕の事をそこまで知らないはずなのに、僕も虹夏先輩の事をそこまで知らないはずなのに、もう何年もずっと友達をやってきたような感覚だった。

 最終的にはメロコアとかオールディーズとかジャンルの境目は曖昧になって、互いにだらりと好きな曲をぶつけ合うようになっていき、最終的には『相手が知らない曲名をあげたら勝ち』と言う小学生みたいな勝負になっていた。

 先輩は僕が知らないメロコアを中心に挙げてくるので、意外にもいい勝負にはなっていたと思う。

 

「Offspringsの『One Fine Day』は?」

「残念、それは知ってる!『All I Want』とか有名だしね」

「くぅ……やっぱ有名処はちゃんと押さえてるか……さすがですね先輩」

「次は私ね。ビークルの『THERE SHE GOES』!」

「ビークルは自分も押さえてるので知ってます。これで引き分け」

「ふふふ、やっぱりカズ君は知ってたかー」

「やっぱ先輩ビークル好きなんですね。前に『HIT IN THE USA』歌った時も思いましたけど」

「えへへ。今思うと、ビークルの影響が強いのかも私。エモくて青春!って感じの曲が好きだからメロコアを漁ってるし。後はWinnersの『愛鳥賛歌』かなぁ」

「また全然知らない曲……インプットしなきゃいけない曲がたくさんで、今日は寝れそうにないな……」

 

 自分が住んでいる国のロックだと言うのに、僕はまだまだ音楽を知らない。まるで異国の音楽を知っていくようなそんな心地だった。家に帰って虹夏先輩に借りたCDを回すのが今から楽しみになっている。

 と、その時僕はふと疑問に思った事を口にした。

 

「そういえば、結局結束バンドはメロコア路線じゃなくてJ-POP路線を走るんですか?」

「あー、結束バンドの路線ね、メロコアに拘るつもりはないけどできればエモエモなロックバンドを……って違う!」

 

 忘れ物を思い出したかのように虹夏先輩は叫んだ。

 

「こんな雑談してる場合じゃなかった!今日はカズ君と打合せする日だったのに!」

「え?今日はメロコアとロックを語る雑談会じゃ」

「ちーがーうーかーらー!私も夢中になっちゃったけど真面目に戻ってきて!そんな名残惜しそうな顔をしてもダメだからね!」

「……へーい」

 

 名残惜しくもあるが、今日の雑談はここまでのようだった。少し悲しい。

 時計を見るともう長い針が一周回ろうとしている。たった一時間しか話してないが、それでもかなり濃密な時間を過ごせたような気がする。

 僕としては先輩とずっと雑談をして時間を潰すのも悪くなかったが、それだと仮にも結束バンドのプロデューサーの役割を担った意味がなくなる。マネージャー?あってないような、ポッキーみたいに細くて脆い肩書だ。そこら辺の山田にでも食べさせておけ。

 先輩も忙しい中時間を作ってくれた訳だし、とりあえず僕から話を切り出す事にした。

 

「それで、結束バンドの今後の活動について……でしたっけ。僕達が高校生に上がるまではコピーバンドとしてやってくんでしたよね?」

「そう!でもね、リョウがこの間の演奏からアレンジに随分ハマったみたいなんだ」

「おー。と言う事は、カバー曲も行けるってことですか。リョウさんってアレンジするの得意なんです?」

「前まではアレンジに特に興味はなかったよ。でもリョウってば、この間の『Hey Jude』でアレンジする楽しさに味を占めたみたい。ここ最近ずぅーっと家に籠って編曲してるよ。もう寝食忘れる勢いで!」

「おぉ……そりゃまた、リョウさんも芸術家気質ですね。凝り性だから、一度やり始めると気持ちが落ち着くまで手が止まらなくなるタイプだ」

「そうなんだよ!もう夏休みの課題そっちのけでさ……多分今夜中にでも『写させて』って泣きついてきそうだけど」

「……想像できるのが嫌ですね」

「今から憂鬱だよ……」

 

 虹夏先輩ががっくりと肩を落としながら大きなため息を吐いた。

 リョウさんは以前のバンドでも作曲を担当していたらしいが、お気に入りのアーティストの曲を自分の好みに好き勝手アレンジするのは、作曲をするのとはまた別の楽しさがあったらしい。元々他人を振り回すマイペースな人だから、誰かの曲を自分好みにいじくるのは結構性に合っていたんじゃないだろうか。

 後で本人から聞いたのだが、名曲をアレンジしていると自分に足りなかった物が目に見えてくるらしく、自身のセンスが鍛えられているのを体感しているんだとか。

 が、問題がひとつ。

 

「でもね、編曲するのは楽しいけど、やっぱりギターがもう一人欲しいってよく言うんだよ。おまけにアレンジした曲の楽譜も、どうやってもギターが2人以上必要な曲ばかりでさ」

「ですよね……」

 

 現状、この結束バンドに欠けているピースはやはりリードギターの存在だ。前回、『Hey Jude』を演奏した時に店長さんが担当した部分である。

 リードギターは主に主旋律を奏でるというバンドに於いて重要な役割を担っている。イントロや曲のメロディーを奏でるのが仕事で、まさしくバンドにおける要とも言ってもいい。

 けれど主旋律を奏でると言う事はそれだけ難易度が上がると言う事。ギター初心者でボーカルの喜多にリードギターをさせると、バランスが取れなくなってボーカルもギターもボロボロになる可能性が在った。

 だから前回の『Hey Jude』では店長さんにリードギターをお願いし、ボーカルの喜多の負担が軽くなるようにリョウさんが曲を編曲したのだ。

 

「この間の演奏は、正直店長さんのギターの腕に助けられたのが大きいですからね。確か2週間ぐらいしか練習できなかったんでしたっけ? 突貫的な物にしては形にはなってましたけど、店長さんが抜けた瞬間人に聴かせられる演奏じゃなくなりますよ」

「うっ、辛口評価……ライブ最高って言ってたくせに」

「そこは事実ですから。ウソ言っても仕方ないでしょ」

 

 ジトっとした目で抗議してくる虹夏先輩に、僕は淡々と事実を突きつける。僕にとっては最高のライブでも、他人から見ればまだまだ粗がある演奏だったのも事実。それに、結束バンドは結成してからまだ1か月も経っていないルーキーバンド。3人の息も完璧に合っているとはお世辞にも言い難かった。

 2週間で練習した割には上出来に入る演奏だったが、観客はそんな事考慮してはくれない。

 

「仮に、3ピースバンドでこれから続けていくとしても、喜多がリードギターを兼任できるようになるまで時間が掛かりますしね。上達は早い方ですけど、やっぱリードギターは必須ですよ。虹夏先輩は誰か伝手はないんです?」

「うーん、目ぼしい人には声をかけたんだけど断られちゃって……。STARRYの掲示板にもメンバー募集のポスターは張ったけど、芳しくないのが現状かなぁ。カズ君は心当たりある人はいないの? ていうかカズ君がやればいいのに」

「絶対に嫌です」

「すごい、鋼の意志を感じる断り方だ……」

「だから言ったじゃないですか。そもそも一年後には僕はアメリカに行くんですって」

「そうだけどさ~……」

「これからの事を考えると、後々抜ける人間を据えるよりも最後まで責任持ってやってくれる人にリードギターを任せた方が、バンドとしての完成度が上がるんですよ。だから絶対、僕じゃダメなんです」

 

 バンドの練習は、本来たった一曲を何度も何度も合わせて、メンバー内で意見を交えながら完成度を高めていく物だ。楽譜通りに弾けるよう息を合わせて練習するのもそうだけど、時に楽譜をいじったり削ったり、メンバー内で意見を交換しながら曲を完成へと導いていく。バンドを組んだこともない僕には想像しかできないけど、それはきっと暗闇に包まれた道のない荒野を、メンバーで手探りで進んでいく作業。

 仮に僕がリードギターを務めたとしても、一年後にその席は空いてしまう。それは一年間掛けて丁寧に積み上げた積み木を一気に崩してしまうような行いだ。その抜けた穴を埋める誰かを後から探すのは、きっと容易ではない。僕としても自分が抜けた後を見知らぬ誰かに任せるより、信頼できる誰かに最初からずっと預けておきたいと言うのが心情だった。

 ていうかぁ……あと一人、確実に結束バンドのリードギターを担うギタリスト(主役)がいるはずなんですがぁ。どこにいるんですかね?

 ……まあ、いない人物を待っていても時間の無駄だ。今は、リードギターを担える人を探すのが先決だろう。

 僕はもう逃げたりしないって、約束したんだから。例え原作の流れを大きく崩す事になろうとも、自分がこのバンドに差し出せる物を目一杯探して、力を尽くすと決めたんだから。

 とりあえず、僕は以前から考えていたアイデアを虹夏先輩に提案してみる。

 

「ネットとかで探してみるのはどうですか?」

「ネット?」

「動画サイトでたくさんいるじゃないですか。演いてみた動画を挙げている人達。その人達に声をかけるんですよ」

「あーなるほど!中にはバンド組んでいない人もいるかもしれないしね!」

 

 インターネットが普及した今、ネット上を創作活動の場にしているアーティストは多くいる。漫画やイラストももちろん、VOCALOIDを使用したオリジナル曲、好きな曲をカバーして演奏する弾いてみたカテゴリーの人達。探せば星の数ほどのギタリストがいるはずだ。

 都内である下北沢にアクセスできる人に絞れば数は減るだろうが、結束バンドに欠けたリードギターを探すには最適の場所だろう。

 

「とは言っても、不特定多数の人が多くいる場所ですからね。適当に募集して変な人とかやる気がない人から冷やかされても困りますし……」

 

 年喰ったおじさんとか社会人もしくは大学生の男に来られても困る。女子高生バンドに入りたがるおっさんとか大学生とかどう考えても下心丸見えの奴なんて入れたくないし。

 かと言って、僕は弾いてみたの動画なんてあんまり漁らないから、候補も何も思いつかない。

 

「虹夏先輩はいません?弾いてみたのカテゴリで一緒に演奏してみたい人とか――」

「いるいるいるいる!私、今推している弾いてみたの人がいるの!」

「近い近い近い近い!」

 

 急に顔近づけてこないで欲しい心臓に悪いから。さてはこの人、自分が可愛いと自覚してない?

 一旦虹夏先輩を落ち着かせて、僕は改めて質問を投げ返す。

 

「それで、どんな人なんです?」

「えっとね、YouTubeで活動している人なんだけどね!多分年は私達と同じぐらいかな?『guiterhero』ってアカウント。カズ君は知ってる?」

「生憎、弾いてみたの動画は知らなくて……それにしてもギターヒーロー……すげぇ名前だ」

「ネーミングセンスはちょっと痛いけど、すごい上手なギタリストなんだよ!私動画通知オンにしていつも動画が上がるの待ってるんだ~。ほら、これ!最高に上手いからカズ君も聴いてみてよ!絶対カズ君も驚くから!」

 

 虹夏先輩は興奮冷めやらぬ状態で僕にそのアカウントの動画を見せつけてきた。虹夏先輩をここまで言わすとは、よっぽど腕が立つギタリストなんだろう。なんとか連絡することができれば、ひょっとしたら結束バンドに加入してくれるかもしれない。

 

「ふむ、どれどれ……んん?」

「どうしたの?」

 

 顔は見切れているけど、このピンクの芋っぽさが抜けないジャージ。死人のように青白い手肌。それでいて女性的な細い指。そして何より特徴的なピンクの、肩にかかるまで伸びたセミロングヘアー。

 

 これってもしかしなくても『ぼっち・ざ・ろっく!』の主人公の後藤ひとりじゃね?

 ネット上でなーにやってんですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰って、後藤ひとりらしき……いやまだ仮ではあるが、guiterheroの演奏動画を聴くことにした。

 パソコンの前に座って、先輩から教えてもらったURLをブラウザで開く。ヘッドホンを着けて再生ボタンを押すと、すぐに流行りの曲をカバーしたギターのイントロが響いてくる。[Alexandros]の『明日、また』という曲だ。概要欄を見てみると視聴者からのコメントでリクエストされた一曲らしい。

 投稿されたのはひと月前ぐらいで、動画の再生数は既に1万を超えている。その再生数だけで僕はもう圧倒されかけたが、気を取り直してギターヒーローの演奏に集中する。

 響いてくるのは、膨大な練習量に裏打ちされた、確かな実力。

 弦を押さえる左手の指が、踊り狂うように、まるで別の生き物のようにのた打ち回り、とても大きなエネルギーをぶつけてくる。

 これだけ暴れまわるようなギターを弾いて、それでも曲の原型がしっかりとしているのが驚きだった。この演者自身、耳が良い方なんだろう。自分がどれだけ暴れてもいいのか、そのラインをきっちり見定めて奏でているのだ。

 自分はここにいるんだ、そんな叫びが聞こえてきそうな音だった。

 

「すっげ……」

 

 これが、僕と同世代の人間が奏でるロックなのか?

 今までいろんな曲を聴いてきたけど、これがネットの海に漂うアマチュアだなんて信じられなかった。虹夏先輩の言う通り、プロに劣らない実力だ。

 それに、単にギターを上手に弾いてるんじゃない、何か強い思いが込められているのを感じる。

 それが何かは分からない。でも、彼女のギターを聴いてみたい。

 僕は彼女のチャンネルを登録し、とりあえず過去動画を漁る事にした。

 今日は0時までに眠れるか、少しだけ不安だ。明日の始業式に寝坊しないといいが。

 

 

 

 

 

 案の定、次の日僕は寝坊した。

 虹夏先輩に借りたオススメアルバムと、ギターヒーローの過去動画を漁っていたら、あっという間に夜が朝になっていた。これは眠ったら起きられないなと思いつつも、最後にバラードを聴いたのがまずかった。

 寝たらヤバイ、と言う事は頭でぼんやりと分かったのに、スピーカーから流れる優しいギターが眠気を誘ってついつい眠ってしまい、起きた時には朝10時。

 見事に僕は二学期の始業式から遅刻をかましてしまったのである。

 授業も5限までしかないし、こうなったらサボってしまおうかなと思ったが、とりあえず遅刻でも出席だけはしておこうと思い、学校に向かった。

 

 二学期最初に僕を出迎えたのは委員長ちゃんだった。

 

「この裏切り者」

 

 2ヵ月ぶりに顔を合わせたと言うのに開幕から罵倒されるとは、さすがの僕も予想できなかったな。

 

「喜多ちゃんの見張り役はあなたでしょ!責任取って最後までちゃんと面倒見なさいよ!」

「いや何の話?」

 

 僕は喜多の飼い主でもなんでもないんですが?

 

「とぼけるの? あなたが喜多ちゃんからスマホ没収したせいで私とサッツーがあの子にどれだけ振り回されたと……」

「えっと、夏休み最後の旅行してきたんだろ?楽しかったんじゃないの?」

「朝5時の始発に出発して東京から熱海まで日帰り、しかも終電で帰って来た話でもしましょうか」

「ごめん、僕が悪かった」

 

 あいつマジで海と温泉と夏祭り行ってきたのかよ。受験勉強で忙しいであろう委員長ちゃん達を引き連れていくスケジュールじゃない。

 

「いえ……あなたに当たってもしょうがないのは分かってるし、実際行って受験勉強のいい息抜きにはなったからいいんだけど、文句だけは言わせてちょうだい。私達が止めなかったら、あの子花火大会の為に北海道の方まで行こうとしたのよ。31日にやってる夏祭り、洞爺湖でしかやってないって調べて来て……」

「行動力の化身が過ぎる」

 

 本人は「冗談よ冗談」と言っていたらしいが、自分達が止めなければマジで行きそうだったと委員長ちゃんは語る。結局、その日の〆としてコンビニで買った手持ち花火で喜多を満足させたらしいが、それがなかったら本気で北海道に連れていかれるんじゃないかと恐ろしくなったらしい。

 僕はおそるおそる委員長ちゃんの肩越しに教室の真ん中でトークを弾ませている喜多を見てみた。

 肌が少し日焼けして健康的な小麦肌になった彼女は、なんだかいつにも増して数倍強いキタサンオーラをまき散らしているように見えた。久しぶりのお出かけで彼女の陽キャバッテリーをフルチャージさせたのだろうか?なんだか後光みたいなのが見える気がする。

 

「あなたあの子と同じ高校行くんでしょ。私は別の高校だから来年の夏休み、あなたがあの子に付き合うのよ」

「マジかよ」

 

 委員長の言葉で、頭の中に喜多の姿が思い浮かぶ。炎天下の中、イソスタの更新と夏の思い出の為にありとあらゆるところへ拉致連行しようとしてくる喜多の姿がやけに生々しく想像できた。

 スマホを取り着けた自撮り棒を片手に、クーラーが効いた部屋から引っ張り出そうとする喜多の姿が。

 僕は「やっぱ留学は春に前倒しにしようかな」とちょっと本気で悩んだ。

 

 委員長ちゃんとの会話の後、すぐに始業のチャイムが鳴り、喜多と会話が出来たのは3時限目の休み時間だった。

 

「カズ君ってば、私を軟禁して課題をやらせておいて自分は初日から寝坊して遅刻するってどういうことっ?」

 

 笑顔で語り掛ける彼女は、大変ご立腹の御様子だった。そりゃそうだ。スマホ没収して課題させた張本人が悠々と遅刻して来ては、文句も言いたくなると言う……いや、僕別に何も悪いことしてなくね?

 

「軟禁って言うなよ、人聞きが悪い」

「事実でしょ!どうせ今日の遅刻だってロック聴きすぎて深夜を越えちゃって、途中でバラードが掛かったせいで寝過ごしちゃったんでしょ!」

「なんで分かるんだよ見てきたのか?そもそも、軟禁とかいうけど元はと言えば君が課題をちゃんとやっておかないのが悪いんだろ!のび太君じゃあるまいし、むしろ付き添ってやったんだから感謝してよ」

「なっ!? 誰がおバカな小学生よこのクレイジー音楽オタク!本当に信じられないっ、デリカシーってものがないの?このクリープ!」

「おまっ、言っていい事と悪い事があるだろ!」

 

 そういえば先日、こいつが僕の家から借りて行ったCDはレディオヘッドのアルバムだ!さてはCreepを聴いて意味を調べやがったな!

 クリープは端的に言えばスラングの一種だ。女子が男子に対して使う悪口スラングで、直球で訳すと『気持ち悪い』と言う生理的嫌悪を表す意味になる。本来の意味は『這い寄る』とか『忍び寄る』と言う意味だが、地面を這う虫や爬虫類の動きを表す言葉であり、これを前提にして日本語に当て嵌めると『糞ムシ』とか『陰キャ』とかひどい悪口になるのである。

 ロックは過激なスラングが混じる事はよくあるが、それにしたって幼馴染に言う言葉じゃない。頭に来た。喜多だけに。

 寝不足で頭が麻痺していた僕は喜多の売り言葉に買い言葉。ついつい夏休みの時のような言い合いに発展してしまう。

 だがここは喜多や僕の家ではなく、学校の教室のど真ん中。そんな中で言い合いをしていれば、当然野次馬根性を持ち合わせた我がクラスメイト達が群がってくる。

 

「なんだどうした」

「喜多さんが珍しく悪口言ってる」

「クリープって何、どんな意味?」

「また井上しか知らない洋楽だろ」

「違う喜多さんが言ってた」

「井上来てたんだ、てか夫婦喧嘩?」

「まさかとうとう一夏のアバンチュールをっ?」

「井上許せねえ」

 

 良くも悪くもクラスの上位カーストに位置する喜多が騒げば、そりゃ注目も一層集まる訳で。女子達からは好奇の視線を、男子達からは怨嗟と同情心が込められた視線を送りながら好き勝手ぼそぼそ言ってくる。

 君達噂話をするならせめて本人に聞こえないように話してくれ。

 一気に冷静になって喜多と言い合いしている気分じゃなくなったわ。喜多も頭が冷えたのか今は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振っている。

 

「え、あ、うぁ、いや、カズ君とはそんなんじゃっ」

「え~、何かあったんでしょ~」

 

 邪推してくるクラスメイト達の言葉に顔を赤くして慌てふためく喜多に、佐々木さんがにやにやとしながら寄って来た。

 

「喜多があんな悪口言ってるの初めて見た~。気の置けない関係って奴~?」

「さっつー!? 違うわよ、そんなんじゃないわ別にカズ君とは何かあったとかそんなことじゃ……」

「語るに落ちるとはこの事か~」

 

 喜多は根が良い子なので隠し事とかできないタイプである。

 

「喜多ちゃんがあんな悪口言ってるの初めてみた」

「でもなんていうか、前より仲良くなってね? 距離が近いって言うか……喜多さんがあんな剥き出して怒ってるの、初めて見るし」

「ひょっとするとひょっとして……!?」

 

 ひょっとしてじゃないんだよ。

 陽キャと中学生はすぐになんでもかんでも恋バナに繋げたがる習性があるのを僕は忘れていた。特に女子はその傾向が強い。

 やがて甘い蜂蜜に群がる蟻のように女子達に取り囲まれた喜多は「白状しなさい」と連行される。僕は一気にバカバカしくなり、自分の席でいつものヘッドホンを着けて音楽を聴こうとした。けれど他の男子達が許してくれず、僕への質問攻めは4時限目の先生が来るまで続いた。

 男子達の質問攻めに遭いながら僕は、「喜多の教育の為にもこれからCDを貸す時はちょっと検閲しよう」と固く誓った。仮にもきらら漫画の女の子が「糞ムシ」とか言ったらダメだろ常識的に考えて。

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 眠くなりそうな授業を終えて、ようやくランチタイムになったのだが、3時限目の休み時間はまだ終わっていなかったらしい。僕と喜多への質問攻めは続いており、取り囲まれそうになった僕達は逃げるように体育館の裏へ走って向かった。

 ああいう若いエネルギッシュなパワーは野次馬にじゃなく別の事に使ってくれ。 

 

「それで、なんで寝坊したの?」

 

 お弁当を食べながら、喜多はジトッとした目で僕を責めるように訊いてくる。

 体育館裏。人気のないこの場所は風の通り道になっているみたいで、夏の残暑が残っていると言うのに涼しくて過ごしやすい。

 何気に喜多と初めて昼休みを一緒に過ごすが、なんとも居心地が悪い。僕が何をしたって言うんだ……。

 まあ隠す事でもないので、僕は正直に白状する。

 

「結束バンドの新メンバーを探してたんだよ」

「それと遅刻と何の関係が……はっ、まさか夜のライブハウスで誰か女の子を引っ掛けてきたの?」

「違うよ?」

 

 女子中学生はすぐ恋バナとか男女関係の話に持っていきたがる。僕は詳しいんだ。

 

「ほら、動画サイトで弾いてみたって動画あるだろ? 虹夏先輩に訊いてみたらこのギタリストと演奏したいって言ってたから、その人の動画を漁ってたんだ」

「虹夏先輩が?」

 

 僕はギターヒーローの動画チャンネルをスマホの画面に出して、喜多に試しに見せてみる。

 最初は怪訝そうに動画を観る喜多だが、すぐに目の色が驚愕の色に染まる。まだギター歴1か月しか経たない喜多だが、日頃ギターの練習をしっかりやっているからだろう。このギターヒーローの腕前が凄まじい事を耳で理解できたらしい。

 驚きを隠せないように「すごい……」と小さな声を漏らしていた。

 

「虹夏先輩曰く、年も大分僕らと近いみたいだし、性別も女子っぽいから今の結束バンドにこの子が入ったらちょうどいいんじゃないかなって」

「確かに……私でもすごく上手だって分かる。何と言うか、音にすごく惹きつけられると言うか……本当にプロの人じゃないの?」

「少なくとも、プロでこんなギタリスト出てきたら絶対にすぐ有名になってたと思う」

「そうよね……動画も流行りの曲は全部抑えてて、J-POPが好きなのかしら? でもなんというか、概要欄が……」

「ああ、まあ……それは見ない事にしておいていいんじゃないかな」

 

 一晩使って過去動画を漁ったのだが、曰くギターヒーローは『LINEの友達500人越え、バスケ部次期エースの彼氏を持ち、毎日デート三昧の超絶リア充』らしい。概要欄には『彼氏と友達と一緒にカラオケ行った』とか『今日は海に行って一緒に音楽聞きながら海を眺めてた』とかそれっぽいエピソードがずらりと並べられていたのだが、正直動画に映る芋ジャージと殺風景な自室の背景で大体の人が察すると思われる。

 仮にその恰好が身バレを防ぐ為のカモフラージュだとしても、僕の目の前に『超絶陽キャで友達たくさんのリア充』と言う陽キャの概念を丸めてコンクリートで固めたような喜多の存在を知ってる分、余計に概要欄のエピソードが嘘っぽく見えてな……。昨日の僕も見るに堪えなくて5、6個目の動画辺りで概要欄は見ないようにしたよ。

 

「ま、まあ概要欄は置いておいて。これで下北沢に通える距離なら結束バンドに勧誘する価値は十分あると思う」

「そうね……でも、女子……」

「あれ。何か問題ある?男入れるより絶対いいと思うんだけど」

 

 断言できる。男子が入ったらろくな事が起こらないって。

 だってさ、結束バンドのメンバー皆ルックスやばいんだぜ?まだ幼さは残るけど、これからどんどん大人の女性へと成長していく3人を想像してみてよ。多感な時期の男の子がその3人と過ごしたらどう考えてもトラブルを起こす。具体的に言うと絶対その男子、虹夏先輩か喜多のどっちかに惚れる。断言できるね。

 冷静に考えてみても、虹夏先輩は包容力が強い初恋キラーだし、喜多は『Killer Queen(男殺しの女王様)』だし、リョウさんは……性格はクズだけど見た目はいいし。あの人音楽のセンスとルックス以外誉められる所ねーな。

 それはともかく、虹夏先輩達が恋人を作るのはまだいい。だが問題は、男子が告白して振られるパターンだ。これが最悪。絶対にバンド内の空気が悪くなる。

 ギスギスと気まずい空気がメンバーの間に漏れ出し、男子が気まずさに耐えきれなくて抜けるならまだ致命傷でセーフ。だがそこから更にトラブルが発展して最悪バンドが解散なんて……想像もしたくないね。

 あとやっぱり百合の間(ガールズバンドの中)に男ぶっこむのは大罪だと思うから……。

 

「百合が男に堕とされるのが好きなのじゃ!嫌われてはおるが、それだって一つのジャンルのはずじゃ!」

 

 ファッキュー神様。ホーリーシット神のビチグソ!

 僕の目が黒い内は結束バンドに男が入る事はない!と思って頂こう!

 僕はいいのかって?いいんだよもう。第一僕はバンドメンバーじゃなくてプロデューサー兼マネージャーだから(震え声)。

 

「新メンバーが女だとなんか問題あるの?」

「いえ、別に、問題があるわけじゃ……ないのだけど」

 

 ちらちらと僕と画面のギター少女を交互に見てくる。なんだよ。

 

「私の歌を一番前で聴くってこの間言ったばかりなのに、もう別の子のギターにハマってる……」

 

 すねたような目をしてこちらを睨んでくる喜多に、僕は思わずため息を吐いた。

 

「それはそれ、これはこれだろ。確かにボーカルは上手いけど、喜多のギターはまだ全然下手だし……いってぇ!だから叩くなって!」

「本当の事でもそれを言うなんて、カズ君って本当にデリカシーがないんだから!サイテー!バカ!音楽オタク!いいわよ、すぐにその子より上手になってみせるんだからっ」

「あのなぁ……ん?」

 

 どうやって喜多のご機嫌を取ろうかと悩んでいると、不意に僕のスマホに通知が入る。

 画面を開いてみると、噂のギターヒーローが新しい動画を投稿した報せだった。

 

「お、ギターヒーローの新作来てる。昨日から連続で投稿するとは……まじかよやった」

 

 平日の昼間に投稿するとは……まさかこいつ不登校児か? その可能性ちょっとありそうだな……。でも、昨日の今日でもう動画を投稿してくれるとは、かなり積極的に活動をするギタリストだ。普通動画編集とか音声の調整とかでもっといろいろ時間を喰うだろうに。純粋にファンとしては過剰な供給は助かる。

 

「……ん?今『やった』って言わなかった?」

「え?あ、おい!」

 

 僕がさっそくギターヒーローの動画を観ようとすると、喜多が今まで観たことがない俊敏な動きで僕のスマホをかっぱらった。

 そしてじっくりとその動画のタイトルを見つめて「ふーん」と不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「カズ君、あなたこの子に演奏曲をリクエストしたわね?」

 

 何故バレた。

 

「な、なんのことかな……」

「J-POP中心のギタリストがいきなりColdplayなんて弾いたら誰だって察するわよ!」

 

 図星を突かれた僕はおそるおそる喜多の方を振りむいた。そこには身体を震わせながら目尻に涙を溜める喜多の顔があった。

 

「本当にこのっ……クレイジー音楽オタク!歌かギターが上手かったら誰でもいいんでしょこの性犯罪者ー!」

「ぎゃー!」

 

 喜多が投げたスマホは見事に僕のデコに命中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはカズが悪いよ」

 

 夜。今日喜多との悶着を話すと、リョウさんは呆れたように言った。

 

「郁代の声が性癖だとか公言してたくせに、一か月も経たない内に新しい女のギターを見つけて夢中になるとは。私達が必死に練習して『Hey Jude』で殴ったのに、それじゃあ郁代の立つ瀬がない」

「だから公言なんかしてないんですけど。それに、確かにギターに魅力を感じましたけど僕は単純にメンバー探しに力を入れてたからで」

「カズ、このカレー少し甘い。私はもう少し辛口が好み」

「いや話聞けよ。ていうか食べさせてもらっておいて生意気な」

 

 僕の手作りカレーをむしゃむしゃ食べながら、リョウさんは図々しく文句を付けてくる。

 なんでこの人、誰にも今日カレー作るなんて言ってないのにそれを察していたみたいに当日食べに来るんだろ。まるで最初から僕がこの日にカレーを作る事を知っていたみたいな……お前さ、タイムリープしてね?(恐怖)

 カレーが出来た瞬間にインターホン鳴らされたからびっくりしたわ。まあ量が多いし、喜多か虹夏先輩に分けようかなとか考えてたから別にいいんだけども。

 

「あ、カズ。福神漬け無くなった。新しいの頂戴」

「この人も本当に遠慮がなくなったなぁ……」

 

 ……いや別に最初からそんなのなかったな。

 

「それで、アレンジの進捗はどうなんですか?」

「ん。4曲ぐらい編曲できた。3人でも回せる形にはしておいたから大丈夫」

「おぉ、この短期間で4曲も……ちなみになんの曲を?」

「『High School Never Ends』とか」

「いやダメでしょ」

「えー」

 

 Bowling for Soupの代表曲『High School Never Ends』。歌の内容は根暗な男子高校生が4年間の高校生活に文句を垂れ流す歌だ。

 イケてない学生へ向けた青春ソングで、テンポも明るいし神曲なのだが、歌詞に『S〇X』とか『ゲ〇』とかセンシティブなワードが出てくるのを喜多に歌わせるのは……。ただでさえ最近口が悪いのに。

 

「でも郁代みたいなイケイケの陽キャが『High School Never Ends』歌ってるの……聴いてみたくない?」

 

 試しに頭の中で想像してみる。

 喜多がノリノリで『(^ω^)おっおっーおっおっおっおー』って歌うのか……。アリだな。

 

「…………まあ、アリですよね」

「じゃあ決まり」

 

 後の話になるのだが、もちろん虹夏先輩に却下されたし僕達二人は説教された。

 

「すぐに練習には入れる……でも、カズも郁代も忙しそうだし、回すのは当分先でいいと思う」

「そうですね。でも週二で練習はできるように喜多と相談して予定を空けるんで、その時は結束バンドで集まってスタジオ借りればいいと思いますよ。最低でも週に1回は顔を合わせて練習しておきたいですし」

「そうだね。虹夏と話して、後はLINEのグループチャットで日程を決めていこ」

 

 僕と喜多は受験生。

 そしてこの時期は文化祭体育祭、そして合唱コンクールの季節が迫ってきている。

 あくまで二年生メインのイベントだが、それでも受験勉強の息抜きに全力で楽しもうとする三年生も多くいる。

 それに、僕達のクラスは去年の合唱コンクール優勝クラス。クラスの連中は連覇する気満々だし、なんなら委員長ちゃんから「今年の選曲と指揮もよろしく」と頼まれてしまった。

 そして、かく言う僕もまた、同じようにみんなでコンクールで優勝したいと願っている。あの舞台で指揮棒を振って、拍手喝采を全身で浴びる事を待ち望んでいるのだ。去年のコンクールが最高だったとかまたやりたいと思っているのは、実はクラスの連中だけじゃないのだ。実は僕も結構浮かれてる。

 最前線で歌を味わい、最前線で拍手を浴びられるのは指揮者だけの特権なのだ。僕はどうしてクラシック曲を未だに指揮したがる奴らが世界中にいるのか、その理由がなんとなく分かった気がした。

 つまりこの時期はコンクールと体育祭と文化祭の準備をしながら受験勉強をしなきゃならんのだ。涙が出てくる。

 

「ところで、そのギターヒーローはそんなに上手いの?私もカズがリクエストした曲、聴いてみたい」

 

 カレーを食べ終わったリョウさんがそんなことを言ってきたので、僕はスマホをリビングのコンポで繋ぎ、大音量で流してみる。

 その曲は、僕が昨日の夜魔が差して「弾いてみてくれませんか」とコメントでリクエストしてしまった曲。

 

 Coldplayの『Charlie Brown』だ。

 

 漫画『ピーナッツ』……日本ではスヌーピーというタイトルの方が有名だろう。

 あの白い犬スヌーピーの飼い主が、チャーリーブラウンだ。僕もピーナッツを読んだ事があるが、あまり彼の事を大声で好きだとは言い難い。冴えなくて卑屈な男の子。ひねくれ者の哲学者。僕の中のチャーリーはそんなイメージだ。

 でも、卑屈でひねくれ者だから、彼の言葉には心に深く突き刺さる。

 Coldplayのこの曲は、そんな彼の言葉をエフェクトで鮮やかな音を創り出し、空から降り出す雨のように美しく表現している。

 

 ――ぼくはぼくであることで、ひとに好かれたい

 

 ギターヒーローのカバーは、そんなチャーリーの言葉に同意するように、賛同するように、エレキギターをかき鳴らしている。

 心の奥底を静かに触れてくるような重いサウンド、絶望を訴えかけるように叩きつける熱量が、僕らがいるリビングを震わした。

 ギターヒーローのカバーが流れている間、僕らはほとんど一歩も動けなかった。動けなくていい、ずっと聴いていたい。なんなら、このままこの音に耳を委ねながら息絶えてもいいのかもしれない。そんな風に想わされる。

 自分達がいるこの小さな一軒家のリビングが、ギターヒーローによって確かに楽園になっていた。

 

「……すごいね、これ」

 

 しばらく黙って聴いていたリョウ先輩が、珍しく驚いたように目を見開いて言った。

 

「これ……私以上に上手い……?動画越しなのにすごい。熱量が半端ないねこれ。本当に私と同世代なの? 生演奏で聴かされたら、めちゃくちゃ上がるよ、これ」

 

 興奮を隠し切れないように、リョウさんは僕に感想を告げる。リョウさんもベースの腕は上手な方だ。だが、注釈に『女子高生にしては』と言う文章が付いてしまう。本人もそれは自覚しているのだろう。たった今ギターヒーローのギターを聴かされて、自分より上手いと気づいたらしい。

 だがリョウさんは悔しさとかそれ以上に嬉しそうにしていた。

 

「カズ、他の曲もっと流して」

 

 僕らは興奮を冷めさせないように、次の動画を選んだ。

 ギターヒーローは本当に色々な曲をカバーしているから、選曲には困らない。ただJ-POPや流行りのヒットチャートを多く中心にカバーしているので、僕とリョウさんが好む(洋楽)があまりカバーされていないのが残念だった。過去動画を漁ると、10ヶ月ぐらい前の動画だと洋楽がいくつかJ-POPに隠れるように投稿されていたが、チャンネルの視聴者層は中高生の若者が中心なのか、それとも選んだ曲がマイナーなのが原因なのか再生数は3000もいかないものばかりだった。

 重い歌の方がギターの演奏が明らかに上手い。逆に、ヒットチャートの動画はイマイチ……いや、言い方が違うな。

 僕達の視点から聴いていると、明らかに重い歌の方がギタリストがノッて演奏できているのだ。ヒットチャートの曲は、やはりプロと遜色のない技量で弾いてはいるけど、重い歌の方がこっちに気持ちが伝わってくる。試しに『Charlie Brown』と聴き比べてみたけれど、明らかにノレるのは『Charlie Brown』の方だと僕とリョウさんは確信している。僕達の好みがマイノリティなのもあるだろうけど、それでも露骨に差が出てるのだ。

 

「どの曲も本当に上手にカバーしてるのにもったいない。あんなちゃらちゃらしたラブソングよりamazarashiのカバーの方が絶対に最高なのに……キマグレンの『LIFE』、あのアレンジ本当に上手なのに再生数100万行かないの悔しい」

「ですよね。猫騙の『Nobody Answers』滅茶苦茶いいのに……再生数1000も行ってない……」

「しょせんニワカの中高生……演奏の良し悪しも分からないのにコメント欄でヒットチャートのラブソングばっかリクエストしおって……それで動画が投稿されたら日記代わりに『この曲彼氏が好きだったな』とか『カラオケでこの曲合コンで歌った』とかリア充達がコメントしてくるんだ……あれ嫌い」

 

 リョウさんは不機嫌を隠さずに言った。僕が「分かる」と言うとハイタッチが飛んできた。イエーイ。

 オタクはねぇ、自分の推し曲が評価されないと自分の事みたいに嫌な気分になるし自分の好きなMVとかに共感できないコメントくっつけられるとイラッとすんだよ……(過激派)。

 

「視聴者層がかなり若いんですかね?それともチャンネルの知名度が低いから?もっと評価されるべき動画がたくさんあるのに不思議ですね」

「こうなったら郁代のイソスタに拡散してもらおう」

「あ、それいいっすね。さっそくLINEで送ってみます」

「……どう?」

「嫌って断られました……。朴念仁の音楽キチって罵倒付きで……」

「ドウシテ……」

 

 喜多自身もギターヒーローの曲自体は結構気に入ってたし、勧誘する事には賛成しているから協力してくれると思えたのだが、一体何がいけなかったのか。

 試しにリョウさんからも送ってもらったが、かなりの間が空いて『NO』と断られた。既読が付いて10分以上経ってから返信が来たことから、断腸の思いでリョウさんのお願いを断ったのだと思われる。

 リョウさんの頼みでも聞いてくれないとなれば、残念だがこの手は使えない。これ以上喜多を刺激すると僕のLINEがブロックされる可能性が在るので断念した。

 

「多分、このギターヒーローって人、重くて暗い歌詞が好きなんじゃない?」

「ですよね。僕もそう思いました。明らかに演奏の力の入れ方が違いますし。ヒットチャートのラブソングは楽譜通りの演奏なのに、秋山黄色の『Caffeine』とか暴走列車みたいなアレンジしてますし」

 

 もうこの時点でリョウさんもギターヒーローの演奏のファンになっていて、僕らはあれこれ好き放題、ギターヒーローがどんな人物なのか想像して語り合った。

 

「あー。だからカズ、Coldplayなんてリクエストしたんだ。良いセンス。明るすぎず、かといって暗すぎでもない……ちょうどいい塩梅」

「でしょ?最初はイマジン・ドラゴンズの『Shots』とかリクエストしようとしたんですけど……あれはボーカルの声があってこその曲だからギターカバーだとあんま映えなくてリクエストに応えてくれないかなって」

「それはいい判断。そもそも『Shots』をカバーしたがる学生なんてそうそういないよ。それじゃあギターヒーローは再生数稼ぎの為にJ-POPのヒットチャートをカバーしてるのかな?でも、ならなんでカズのリクエストを答えたんだろ。有名なバンドの曲ではあるけど、J-POPが中心だったのに急に洋楽を投稿して、凄い浮いてる」

 

 リョウさんの言う通り、今日の昼に投稿された唐突な洋楽カバーに視聴者のコメント欄も少し困惑の色が目立つ。「なんで洋楽?」とか、冷めたコメントばかりだった。

 

「僕が単純に聴いてみたいなと思ってリクエストしたんで特に意図はなかったんですけど、この人の琴線に触れる何かがあったのかもしれませんね」

「……まあ、本人に訊いてみないと分からないか。カズ、この子どうやって勧誘する?」

「え?」

「このギタリストが欲しい。上級者のリードギターが欲しいって前から言ってたけど、この子ならぴったり条件に合う。カズ、ギターヒーローを勧誘しよう。他のバンドにかっさらわれる前に。郁代も虹夏も、きっと賛成する」

 

 リョウさんの積極的な発言に、僕は思わず面を喰らう。

 僕はリョウさんは事なかれ主義で興味がない事にはとことん興味を持たないタイプだと思っていた。僕か虹夏先輩が別のギタリストを引っ張ってきても「ふーん、やっと見つけたんだ」と流されるもんだと思っていた。実際、虹夏先輩や僕にしつこくリードギターが欲しいとは言ってたけれど、自分から誰かを勧誘しようというアクションは一切起こさなかったし。

 けれど、ギターヒーローの演奏が余程リョウさんの心に突き刺さったのか。喜多に「一緒にバンドをしよう」と嬉しそうに言っていた時と同じぐらい、目を輝かせているリョウさんに僕は驚いた。

 

「……」

「あれ。浮かない顔。何か問題ある?」

 

 対照的に、僕はどうしたものかと少し悩んだ。けれど隠す事でもないのですぐに打ち明ける。

 

「実は、リョウさんがここに来る前に試しにDMで勧誘してみたんです。OKは貰えなくても繋がりぐらいは持てるかなと思って。でもスルーされているのか未だに反応が返ってこないんです」

「なんと。手を出すのが早い」

「いや言い方よ」

 

 喜多にも言える事だが、僕ってそんなに節操なしに見えるのだろうか? 失礼だな、純愛派だよ。ていうかその理屈だと、手を出すのが早いのは喜多の方だ。

 

「じゃあDMで勧誘しちゃえばいいんじゃないの?」

 

 学校の帰り道。昼休みの事があってどう切り出すか悩んだが、僕がそれとなく「ギターヒーローを勧誘するにはどうすればいいのか」訊いてみると、SNSの達人とも言える喜多はあっさりとそう答えた。

 

「変に躊躇うから声をかけにくくなっちゃうのよ。こういうのは勢いで送って友達になった方がすぐに仲良くなれるわ!イソスタとかはいつもそうやってフォロワーを増やしていくもの」

「さすが、コミュ力つよつよの喜多さんは言うことがちげーや……。僕はイソスタとか全然やる気になんないけど、何がそんなに楽しいのかよく分からないよ」

「そう? 楽しいわよ!友達と楽しい事を共有して、それでいいねをもらえたりコメントを貰えるのは本当に楽しいし、幸せのおすそ分けって感じがするもの!」(キターン!!)

「グアッ」

 

 久しぶりのキタサンオーラに目をやられながらも、喜多の言う事にも一理あると思い、家に帰ってからギターヒーローのアカウントにDMを送ったのだが。

 

「いたずらか何かだと思われたんですかね……。今時、そういう詐欺もなくはないでしょうし」

「それはありえる」

 

 SNSを使って『商業デビューしよう!』と唆してくる悪徳企業も今の時代、少なくはない。そういう企業は事務所に所属するよう契約させて、レッスン料やスタジオ代をバンド側から無理やり踏んだくるのだ。ひどい企業はその時借金を負わせる事もあるらしい。

 僕自身はそういう意図を持って連絡したつもりはないが、向こう側はそうとは受け取らなかったのかもしれない。

 他にもギターヒーローにコンタクトを取れる手段はないか探してみたが、ギターヒーローはSNSの類をやっていないらしく、手詰まりの状態だった。

 

「現状、私達は何も実績を積んでいない無名のバンド。ギターヒーローが傲慢でプライドが高いから無名のバンドなんかに入りたがらないとか?」

「あんな演奏するギタリストがそんな人ですかね?」

「……確かに、それはないかな。それならどうやって連絡を取るべきかな」

 

 僕らはしばらくうんうんと唸っていたが、リョウさんは何か思いついたのか「あ」と指を弾いた。

 

「何か思いつきました?」

「うん。カズはカメラと録音機器持ってる?」

「一応ありますけど……どうするんです?」 

 

 

「私達もギターヒーローがいる土俵に登ろう。結束バンドのチャンネルを作るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌週の土曜日、僕は撮影用の機材とノートパソコンを担いでSTARRYへと向かった。まだ残暑が残る下北沢は暑い。大荷物を担いでこの残暑が厳しいコンクリートの道を歩くのは控えめに言って地獄すぎる。

 STARRYに着く頃には汗まみれだった。肩にリュックサックが食い込んで痛すぎる。

 

「あ、やっと来た」

「カズ君おはよう、お疲れ様ー!うわーすごい汗。今コーラ持ってくるねっ」

 

 ホールに降りると退屈そうに椅子に座っていた私服の結束バンドの面々が僕の到着を待ってくれていた。虹夏先輩マジあったけぇ……。リョウさんはこういう所もっと見習うべき。

 キンキンに冷えたコーラを喉に流し込んでいると、虹夏先輩がニコニコと声をかけてくる。

 

「いやー楽しみだね!ギターヒーローさんに送る私達のロック!これでギターヒーローさんがうちに来てくれるね!」

「いやいやいや、まだ動画も撮ってないですしうちのバンドに来てくれると決まった訳でもないですから」

「あーそうだった。でも楽しみだよ!とうとう結束バンドの本格的な活動開始だっ!って感じでね!」

「まだライブ一回もしたことないけどね」

「そういうこと言わないー。ライブならカズ君にしたでしょ!」

「あれをライブと呼んでいいのか……?」

 

 虹夏先輩が興奮気味になっているのに対して、リョウ先輩は今日もクールだった。

 今日STARRYに集まったのは結束バンドの演奏風景を録画、録音しサイトにアップした動画をギターヒーローに送り付けること、そして結束バンドのチャンネルを立ち上げて、ファンを作り始めようと言う目論見だ。

 ――と言う説明をしたのだが、虹夏先輩は撮影うんぬんよりも単純に演奏してギターヒーローに聴いてもらうのが楽しみらしい。

 変に緊張されるよりは全然いいか。こういうプラス思考と言うか、純粋な面は虹夏先輩の強みだ。

 

「カズ、カメラはどうだった?」

「倉庫に眠っていたカメラとマイク、あとアクションカムもあったのでいくつか持ってきました」

 

 僕は機材を詰め込んだリュックサックを机に置いた。

 次回は絶対キャリーバッグかなんかで持ってこよ。

 

「グッジョブ。さっそくセットしてくる」

「あ、私も手伝うよ!」

 

 リョウさんと虹夏先輩にカメラを預けると、スタジオの方へさっさと設置に向かってくれた。

 少し離れたカウンター席では店長さんとPAさんも待ってくれていたので挨拶に向かう。

 

「おせーぞ、カズ。時間は厳守しろ」

「いいじゃないですか、店長。こんな暑い中、大荷物で来てくれたんですから」

「甘やかすんじゃねーよ」

 

 今回は二人共協力者だ。

 録音をする為にPAさんには機材の操作、店長さんにはスタジオレンタルとそして前回のライブと同じく『Hey Jude』のリードギター役をお願いしている。今回も身内特権をフル活用、それとある条件を付けてタダ同然の契約料で店長さんを抱き込んだ。

 ちなみにその条件は――

 

「はぁ?またスタジオを貸せ?しかも私にリードギターをまたやれって?バカ、こっちだって仕事があるんだ、そんなのに付き合って――」

「虹夏先輩とのセッション、ちゃんとした動画で欲しくないですか?」

「――カメラと録音機材、ちゃんと用意しとけよ」

 

 ホントマジ、ちょろいお姉ちゃんですわ。

 STARRYに備え付けられている練習スタジオでのレコーディング作業。本職のPAさんとちゃんとした防音室で録音できるのはありがたい。

 しかも安い。これ重要。

 ちゃんとしたレコーディングスタジオを借りてエンジニアさんを雇うとなると一体いくらになるのか。聞いただけで青ざめるし学生に払える金額じゃない。

 だから店長さんとPAさんの協力を得られたのは本当にありがたかった。ダメだったらダメで僕の家でレコーディングしようかなと思ったけど、少しでもクオリティを上げられるのならそれに越したことはない。

 

「いや、それに関してはホント遅れちゃってすみません。荷物が重くて……」

「いいですよ~。ミキサーの準備はできてますから、後はカメラとマイクのセットだけですし……ところでそれ、井上君のギターですか?」

「ああ、僕のアコギです。今日は僕も演奏に参加するから」

「へ~!井上君もギターができるんですね。楽しみにしてますね!」

 

 僕は今日、カメラやノーパソとは別に大きなギターケースも担いで来た。中には、僕が愛用しているアコスティックギターが入っている。

 以前、喜多と一緒に演奏した『Can't Find My Way Home』を録音する為だ。

 リョウさんが「『Hey Jude』の一曲しか撮影しないのは勿体ないから、せっかくだから『Can't Find My Way Home』も撮影しよ。カズが弾いてね」とLINEのグループで提案してきたからだ。

 僕としてはメンバーでもない自分が演奏するのはどうかなと思ったけど、これもバンドの為になるかなと思って承諾した。それを聞いた虹夏先輩が『私も一緒にブラインドフェイス演奏したい』と言い出して、最終的にリョウさんも『仲間外れはやだ』と駄々を捏ねたので皆で演奏することになった。

 結束バンド+僕のセッション。だから今日の『Can't Find My Way Home』は、きっと僕がいつも聴いているのとは全く違う特別なものになる。

 以前の自分だったらセッションに加わるのに断固として拒否したけど、あの3人と演奏できるのはなんだか楽しみではある。前に喜多とセッションした時は、有名人と演奏している気分だったのに。今日の僕は、単純に友達と演奏するのを楽しみにしている。それがなんだか不思議だった。

 

「ていうかあのマイク、うちのライブハウスで使ってるのより高い奴じゃね……?」

「カメラも4Kカメラですよ……アクションカムも全部最新のモデル……ひょっとして井上君はお金持ち……?」

「あーうちの家みんなガジェットオタクで……マイクとかの機材は母さんが大学でいらなくなったのを全部もらってくるんですよ。カメラは親父がライターだから、取材費で高いのバカスカ買っていらないのを送ってくるんです……」

「すげーなお前の家。あの機材使わないなら安く売ってくれ。うちの機材もそろそろ新調しようかと思ってたんだ」

「母さんに言ってみますね」

「助かるわ」

「それじゃあ少し休んで汗を拭いてから、カメラとマイクのチェックをしちゃいましょう」

「了解です」

 

 PAさんのお言葉に甘えて、僕は椅子にどさりと座り込んだ。クーラー涼しいぃ~~。

 すると、僕より先に到着していたらしい喜多が僕の傍に寄ってくる。

 

「カズ君」

「おはよう喜多。待たせちゃってごめん」

「ううん、それはいいんだけど……本気なの?私達の歌を動画にするって」

 

 不安と緊張、それらが混ざった表情で喜多が尋ねてくる。

 当然の反応だろう。まさか路上ライブとかライブハウスのデビューをすっ飛ばしていきなりネットにチャンネルを立ち上げようと言うのだから。

 普段のSNSとは訳が違う。多くの不特定多数が、結束バンドの――喜多の歌を知って、聴いて、評価する。

 受け手から、アーティストの立場になる。

 SNSを普段使っている喜多だからこそ、不特定多数の誰かに評価される怖さを彼女は知っている。

 

「元々、動画撮影とかレコーディング自体は以前から考えてたんだ。客観的に自分達の現状位置を確認する事も出来るし、記録にもなるから。今回はちょっとそれが早まっただけだよ」

「でも、まだ全然人前で弾けるレベルじゃないのにっ」

「そりゃあまあそうだけど。でも、達人になるまで待つ事はできないよ。少なくとも僕は」

「っ」

 

 喜多の表情が曇る。だってそうだ。確かに僕は結束バンドをサポートする為に入る事にしたけど、留学自体を止めた訳じゃない。

 忘れた訳じゃない。思い出さないようにしているだけだ。時間制限がある事を。

 僕も、喜多も。そしてきっとリョウさんや虹夏先輩も。

 残り一年もあると見るべきか、それともたった一年しかないと焦るべきか。

 僕は、焦る事にした。その一年を、僕は出来る限り結束バンドの為に使うと決めた。

 初心者の喜多にはまだ急ぎすぎかもしれない。けれど、これはギターヒーローを勧誘するのに必要な事なのだ。

 

「というより、今回は演奏を評価してもらおうって言う動画じゃない。ギターヒーローに『私達はこういうバンドですよ』って伝える自己紹介動画なんだ。そんなに肩肘張る必要はないよ」

 

 現状、このバンドには実績がない。

 先日の勧誘は、ギターヒーローからすれば「顔も知らない不審者から唐突に声を掛けられた」ような物だ。そりゃ警戒される。

 まずは彼女に――後藤ひとりに、結束バンドの存在を認知させる。

 どんな曲を歌うのか、そもそもどんな連中がいるのか、どんなジャンルを弾くのか、インストバンドなのロックバンドなのか。

 そこがスタート地点。

 仮に勧誘が失敗しても、動画を投稿する事はバンドのメンバーの意識を本格的な物に変える一つのきっかけになる。アマチュアですらない組み始めたばかりのバンドが、ネットアーティストの第一歩を踏み出すのだ。

 

「大丈夫だよ。喜多の歌は上手い。これから上達するとしても既に十分歌える力は備わってるよ」

「でもっ」

「大丈夫だって。僕を信じてよ。僕が今までどれだけの音楽聴いてきたか、知らない訳じゃないでしょ?」

 

 ――断言できる。喜多の歌唱力は、前世で聴いた時よりずっと上手くなっている。

 僕と一緒にたくさんの名曲に触れて、実際にギターを弾く様になって。僕が知らない所で、彼女は歌も練習しているから。

 

「そんな僕が……あー、その……喜多の歌が好きだって言ってんだから、自信持ってよ。僕の立場がない」

「……言ってて恥ずかしくないの?」

「うるさいっ!君だって顔が真っ赤じゃないか!」

「分かってるわよ!そんな事真正面から言われる私の身にもなりなさいよ!」

 

 真剣に話してるのに照れて茶化すのが悪いんだろ!こっちだって柄にもなく本心を話してるのに!

 ほら、PAさんがまたダメージ受けて顔青ざめさせてるし店長さんが顔を赤くしてるし、リョウさんと虹夏先輩がスタジオの扉の隙間からこっちを覗いてにやにやしてるよ。なんだこの茶番劇。

 

「とにかくっ、喜多の歌は間違いなく良い物なんだから。ネットでも高評価間違いなしだよ……多分」

「そこは最後まで言い切って欲しかったわ……」

「ごめんて……でも、大丈夫だよ」

「何を根拠にそんなこと言えるの?」

「そりゃ君が――いや」

 

 君が頑張っている事を僕は知っているから、とは言わないでおこう。

 以前喜多母と話すようになった時、喜多が自室で段ボールを被って歌っていると言う話を聞いた。それに、毎朝布団を頭からすっぽり被って発声と滑舌の練習をやっていることも。有名な「あめんぼ赤いなあいうえお」だ。音が漏れると近所迷惑だから防音対策に布団をかぶって練習しているらしい。

 僕はその様子を実際に見た訳じゃないけど、喜多母の話を聞いて少し想像して笑って、そしてとても嬉しくなった。

 そしてとても誇らしい気分だった。

 彼女が自分で、自分の歌を伸ばそうと努力していると分かったのだから。

 だからこそ、彼女の努力を知っているからこそ、僕は自分の歌に価値がある事を彼女自身に知って欲しいと思う。

 彼女は自分が楽しかった事や経験した事をSNSで共有するのは好きでも、努力を開けっ広げにするタイプじゃないから、僕は何も言わないけど。

 

「とにかく、今こそその時だ、革命を起こす時なんだ*3――って奴だよ。恐怖よりも、挑戦していこうよ」

「……今度はローリングストーンズ?」

「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ、の方がよかった?」

「……どっちも、素敵だからいいわ」

 

 去年のコンクールの時の事を思い出し、喜多がくすりと笑う。

 ようやく調子が戻って来たな。やっぱりふさぎ込んでるより明るい表情の方がいい。

 

「おーい!二人共イチャイチャするなー!」

「そろそろ始めるよ」

「い、イチャイチャなんてしてませんってば!」

 

 喜多が顔を赤くして叫ぶ。

 虹夏先輩もリョウさんも、レコーディングする緊張よりも、一緒に演奏する事を楽しみにしてる表情だった。

 つまり、今日の結束バンドはベストコンディション。

 

 

 今日録音した曲は、いつか僕らが大人になった時、観返したり、聴き返すだろう。

 その時にいつだって今日の事を思い出すんだろうなと、僕は確信に近い予感を感じていた。 

 

 僕は少しワクワクしながら、ギターを担いでスタジオの方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レコーディング……と言うとプロのバンドみたいな感じが出てくるね、と虹夏先輩は言っていた。けれど、実際はそんな見栄えする物でもない。

 母さんの機材室に眠っていたカメラとマイクを使った、素人のレコーディング作業だ。

 低予算の作業。防音室を使わせてもらって、PAさんと店長さんの協力を受けているとはいえ、やはり素人の域を出ることはできない。

 けれどそれでも作業自体はかなり順調に進み、たった二曲とはいえ2時間ちょっとで終わらせる事ができたのは凄い事だと思う。途中、喜多が『Hey Jude』を歌う時にライブの黒歴史(大泣きした事)を思い出して悶絶したせいで無駄にミステイクも出したが、正直もっと時間はかかるかなと覚悟していたのだ。

 これもやっぱり、PAさんがいた事が大きい。

 僕は前世も今世も聴き専で、レコーディング作業がどれだけ大変かは又聞きでしか知らなかったのだが、PAさんが色々細かく指示をくれたおかげでスムーズに進めることができたのだ。

 

「低予算で音を録りたがるバンドはたくさんいますから。今回みたいにバンド側から機材を持って来てくれて、その上サポートの井上君も飲み込みが早くて正直とてもやりやすいですよ~。中には大して上手くないのに録音に関してだけはいっちょ前に口出してくるバンドも少なくなかったですから……」

 

 PAさんからちょっと過去の闇が見える部分があったが、それは割愛。

 本格的にやるならドラム、ボーカル、ギター、ベース、それぞれを別々に録音してそれらをミキシングするのだが、今回はスタジオの時間も機材も限られているのでセッションの風景をそのまま撮影しながら、マイクで録音していった。

『Hey Jude』が終わったら店長さんと僕が交代して『Can't Find My Way Home』を演奏し、撮影と録音。その間店長さんには動画の編集素材の為に、ハンディカメラを持ってもらって色々な視点で撮影してもらった。(あとで観返したら虹夏先輩の素材が圧倒的に多かった)

 結束バンドに混ざって演奏する僕のアコギは、正直自分でも上手く弾けたと思う。ドラムとベースが混ざるだけで、『Can't Find My Way Home』も以前弾いた物より全然違う音に変わっていた。

 本物のブラインドフェイスには敵わないかもしれないけど、結束バンドが今まで弾いてきた中では一番の出来だったように思える。

 これならきっと、ギターヒーローも……興味は持ってくれるはずだ。

 

「終わった~!やっぱり撮影されてると思うと、ちょっと緊張しちゃうね!」

「私は緊張してないし……」

「嘘つけ!リョウだって顔に出てないだけで緊張してたでしょ!」

「いやお前ら全員下手すぎだろ。途中から緊張が解けて演奏はできたと思うけど、あんなんじゃまだまだだな」

「お姉ちゃん辛辣すぎるっ!」

 

 辛辣過ぎるけども店長さんの言葉は的確だった。一応、今日の為に何回か顔を合わせて練習をしていたおかげで演奏がズレる事はそんなになかったけど、やはりまだまだ根詰めが必要だなと思う。まだまだ完成度を高められると思えば、そう悪いことではないが。

 

「喜多ちゃんも、ギターはまだ下手だけど……それでも前より良くなったな」

「ありがとうございます、店長さん!これもみんな、店長さんが指導してくださったおかげですっ」

「グアッ」

 

 褒められた喜多は嬉しそうに礼を言ったが、その店長さんはキタサンオーラにやられて目を窄めてる。そのうちキタサンオーラ対策にサングラスでも買うべきかなぁ。

 

「店長さんはなんだか手慣れてる感じでしたね。ほとんどぶっつけ本番だったのに僕より全然上手かったですし」

「私もレコーディング自体は昔やったことあるしな。カメラ向けられてると違和感あるけど、ライブやってる時に比べたら緊張なんかしないよ」

「やっぱこの人超カッコいいな……リョウさん、カッコいいってのはああいう人の事を言うんですよ。後輩にたかってるリョウさんも見習ってください」

「カズ、失礼が過ぎる。もっとベストフレンドに敬意を示すべき」

「じゃあこの間のラーメン代返してくださいよ」

「また来月で」

「9月序盤でもう金欠になってる……」

 

 終わった後、虹夏先輩は「大変だったけど楽しかった」と笑った。

 

「緊張したし、ミスもしたし、課題がたくさん残るレコーディングだったけど……それでも、何か掴めた感じはする。今まで漠然とドラムを叩いてきたけど、私に必要な物が見えたような気がするよ」

 

 どこか満足気に虹夏先輩が言う。僕も同感だった。

 

「これからどういうオリジナル曲を作っていくにせよ、リーダーがしっかりしないと方向が定まりませんから。そういうのが自覚できただけ、今日のレコーディングは価値がある物だったんじゃないですか?」

「そうだね。でもカズ君のギター、上手だったよ。お姉ちゃん程じゃなかったけど、それでもやっぱり弾かないの勿体ないよ。ねね、ギターヒーローさんの勧誘がダメだったらうちのギターにならない?」

「ならないです(鋼の意志)」

「徹底してるなぁ」

「でも……また一緒に弾きましょ。息抜きだったら付き合いますから」

「……うんっ」

 

 その後は虹夏先輩達はライブハウスの仕事があるので、僕と喜多だけ先に帰る事になった。

 片付けをしていたらSTARRYを出る頃にはもう夕方で、日が暮れ始めていた。

 

「私の声って、あんな感じだったのね?ちゃんと録音して聴いたことなんてなかったから、なんだか違和感があったような……」

 

 帰り道、STARRYでMP3化した音源を聴いた喜多が、そんな感想を僕に零した。

 

「自分の声をスピーカー越しに聴いたらそんなもんだよ。でも、それでもやっぱ喜多の歌は良いと思う。実際、今日の演奏は気持ちよく歌えたんじゃない?」

 

『Can't Find My Way Home』も『Hey Jude』も、僕や喜多にとっては思い入れのある曲だ。

 喜多は元々カラオケが得意で音程を取る事には長けていたけど、今日のレコーディングは気持ちを載せてよく歌えていたと思う。

 傍で聴いていた自分も、ノッてるなぁって思えたし。特に『Can't Find My Way Home』は強く歌えていた。ここ一番の出来で歌えていたと言ってもいいぐらいだ。

 

「それは、カズ君が……」

「ん?」

「カズ君が……聴いてたし、『Can't Find My Way Home』も、久しぶりにカズ君が弾いてくれてたから……楽しくて」

「……」

 

 なんでこの子、こういう事不意打ちで言ってくるんだよ……。何も言えなくなるじゃないか。

 

「ねえ」

 

 喜多は弱々しい力で僕の裾を掴むと、僕にしか聞こえないようなか細い声でつぶやいた。

 

「仮にギターヒーローさんがこのバンドに来ても、一番は私だからね……」

 

 何の一番だよ、とは言い返せなかった。音楽に一番も二番もないよ、とも言えなかった。

 僕は彼女の顔を直視できなくて、顔を背けながらゆっくり歩いた。顔を逸らす直前、彼女の耳が真っ赤になっているのが見えた。

 お互いの顔が赤かったのは、夕焼けのせいだと思いたい。

 

「……何か歌ってよ」

 

 気まずくなって、僕は誤魔化す様にそんなことを彼女に頼んだ。

 しばらく間があって、僕らの足音しか聞こえなくなる。

 けれど少しして、顔が見えないけど、ゆっくりと喜多が頷いたような気がした。

 

 しばらくの沈黙の後、彼女は鼻歌でイントロを口ずさみ始めて、やがてそっと歌った。

 喜多は歌詞の前半をすっ飛ばして途中から歌い始めたけど、すぐに何の曲か僕は分かった。

 

 Coldplayの『Charlie Brown』だ。

 でも、喜多にColdplayのアルバムを貸した覚えはない。元々知っていた曲なのか、それとも彼女が自力で見つけてきたのだろうか。そんな意味のない疑問は、喜多の歌を聴いてる間に溶けて霧散していった。

 

「【漫画の主人公のような心を持つんだ】」

「【火を灯せ 火花を散らせ】」

「【火を灯すんだ 心に炎を灯すんだ】」

 

 下北沢の帰り道、町の喧噪で潰されて喜多の歌は響かなかった。広い屋外での彼女の声は、集中していないと車の走行音で搔き消されてしまいそうだった。

 でもはっきりと僕の耳に響く。

 路上を歩く僕にしか聞こえない。

 擦れ違う通行人には聞こえるかもしれない。

 けれど喜多はそんな事気にもせず、僕の裾を掴み続けて、歌い続ける。

 

「【思うままに走り回ろう】」

「【僕達は暗闇の中で輝くんだ】」

 

 囁きというには少し大きい、歌うというには小さな声。マイクもアンプにも通さない彼女の声は、どこにも響かない。

 半歩前を歩く僕にしか届かない歌声。

 

 まるで祈りのような歌声だった。

 

 彼女が何を祈って、何を想って僕に歌うのか、さすがに誰だって分かる。

 チャーリー・ブラウンだって今の僕を見たら皮肉気に僕をこき下ろすだろう。

「時に歌は、百万の言葉を紡ぐよりも簡単に想いを伝える事ができる。お前は何を感じてるんだ」って。頭の中の、僕の勝手なイメージのチャーリーはそんな風に罵倒するだろう。

 でも、ああ。ここに結束バンドの――リョウ先輩のベースと、虹夏先輩のドラムが居ない事が本当に惜しく感じてしまうんだ。

 僕はどうしようもなく、音楽を愛しているから。

 ここが路上の帰り道じゃなくて、ギターとベースとドラムがあったら最高だったのにと、貪欲にそんなことを想ってしまう。そうすれば彼女の歌声がもっともっと輝くのに、と。

 そしてあの叩きつけるようなギターヒーローのギターが加われば、きっと――

 

「【だから一緒に高く舞い上がろう】」

「【輝いて そして繋がろう】」

 

 彼女の歌を独占するのは、きっとロックの神様は許してくれない。

 僕が死ねば、きっと3回目の人生なんて都合のいい物を神様はくれたりしないだろう。それどころか地獄に堕とされてしまうかもしれない。

 生まれ変わっても覚えていたい歌だ。こんなに魂に触れてくる歌声も、いずれ僕の中から消されてしまうのだろうか。

 

「【僕達は暗闇の中で輝くんだ】」

 

 でも彼女が僕の為に歌ってくれるなら、僕は彼女の為に出来る限りの事をしてあげたい。出来る限りの、全ての事を。

 夜の帳が降りてくるコンクリートの町の空を見上げながら、僕はそんなことを想った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レコーディング作業が終わったら、ネットにアップしてそれで終わり、と言う訳じゃない。

 地獄の編集作業が待っている。

 自前のノートパソコンで、いろんな角度から撮った映像素材を切り貼りして、観返して、変だったら手直す。この作業を永遠に繰り返す。それと、サポートギターとして参加した店長さんと僕は、できるだけ映像から外して違和感がないように編集した。あくまで結束バンド3人が現在のメインだからね。

 時々演出でエフェクトを差し込んだり、あとは字幕に僕の和訳歌詞を入力していく。これも見やすいフォント、配置など色々考える事が多くて大変だ。

 手を抜こうと思えば抜く事は出来たけど、初めての結束バンドの動画と思うと中途半端より自分にできる事はやり尽くしたかったのだ。

 僕自身が凝り性と言う性分があったのも原因の一つだが。気になる所を直せば直す程更に気になる所が湧きだす様に出てくるのだ……。

 

「カズ君、私の顔はアップにして加工しておいてくれる?」

「カズ、もっと私のシーンを重点的に置いてよ」

「あ、カズ君もっと私の手元映してよ!ライブだとドラムは後ろ側なんだからこういう時こそもっと前面に出すべきだよ」

「要望がうるさすぎる」

 

 最初はメンバーに色々意見を訊きながら編集しようと思ったけど面倒くさくなったので途中からは全部自分ひとりでやった。

 おかげで睡眠時間は削られ、学校ではあまり起きている事はできず、授業時間以外の休み時間は全部睡眠へと溶けて行った。

 放課後はコンクールの練習、合間に受験勉強とやる事が多すぎて、動画が完成する頃には目の隈が染みついてしばらく取れなかった。

 五日ほど時間を掛けてようやく動画が完成し、投稿し終えた後は気絶するように眠った。

 

 

 

 結論から言うと、結束バンドのチャンネルに初めてアップされた二本の動画は、二つ合わせて3000も行かない結果となった。

 リョウさんは広告費が入らないと悔しがっていたが「無名のバンドなんだからこんなもんだろ」と思ったし、初めての動画にしてはなかなか上出来だったんじゃないかと個人的には思う。

 コメントも結構ついた。新着コメントの通知が来るたびに僕含めてメンバー全員が確認してにやにやしていたと思う。まああからさまに喜多やリョウさん達の見た目に惹かれて来た視聴者もいたが。男と言うのは女子学生と言う物に弱い生物である。中には女子学生の太腿フェチや手フェチが書いたらしい度し難いコメントもあったが、一応結束バンドへのコメントではあるので放置している。

 他にも喜多のイソスタから観に来たクラスメイトやフォロワー、たまたまこの動画に辿り着いた見知らぬ人が演奏を誉めてくれていた。あと、海外からのコメントも2、3個あったし、メンバーが一番喜んだのは「この動画見てビートルズ聴くようになった」と言うコメントだ。

 もしこれから数年後、結束バンドの名前が日本中に轟くような事があれば、ファンになった人達が過去動画を漁ってこの動画に辿り着くかもしれない。

 そんな未来が少し想像できて、少しだけ楽しみが増えた。

 

 

 

 

 動画をアップしてから数日後に、僕は改めて結束バンドの名義でギターヒーローに勧誘のDMを送った。

 結束バンドが演奏した『Hey Jude』と『Can't Find My Way Home』の動画のURLを沿えて。

 

 そして、DMを送ったその日の晩に返信が来た。

 

 

 DMは馬鹿長い前置きがずらりと書き連ねられていて、読むのに少し時間が掛かったが、要約すると。

 

「私も、少しお話を伺いたいです」

 

 僕は丁寧にギターヒーローとDMを送り合った。前世の友人によれば『後藤ひとりは超絶コミュ障の超絶陰キャで面白い』とのことだったので、下手な刺激をしないように慎重にメッセージを考えて送った。

 そして彼女が神奈川に住んでいる事が分かったので、特に深い事を考えずに来週の土曜の横浜のスタバで待ち合わせをしましょうと送った。

 

 するとその後ばったりとDMが途絶えてしまい「ひょっとして失敗したか?」と思ったが、次の日の朝に「行きまひゅ」と誤字が混ざったDMが送られてきた。

 

 DMを確認した時僕は思いっきりガッツポーズをした。

 やった!これで主人公が結束バンドに加入するフラグを建てれたぞ!

 勝ったなガハハ。やったねたえちゃん、もう何も怖くないし田んぼの様子でも見てくるよ。なあにクリスマスまでには帰って来られるさ!

 

 

「あああ、あの……私、このバンドに、入れま、せん……」

 

 

 あるぇー?

 

 

 

 

*1
Mr.Childrenの愛称

*2
04 Limited Sazabysの略称

*3
ローリングストーンズ『Street Fighting Man』より




作中に登場したバンド名
SISHAMO
amazarashi

作中に登場した曲
Mr.Children - いつでも微笑みを
Hi-STANDARD - STAY GOLD
04 Limited Sazabys - Jumper
offsprings - One Fine Day
- All I Want
BEAT CRUSADERS - THERE SHE GOES
Wienners - 愛鳥賛歌
[Alexandros] - 明日、また
Radiohead - Creep
Bowling for Soup - High School Never Ends
キマグレン - LIFE
猫騙 - Nobody Answers
秋山黄色 - Caffeine
Imagine Dragons - Shots
The Rolling Stones - Street Fighting Man
Coldplay - Charlie Brown



作「次回が最終回でぼっちちゃんを出すと言ったな」
ぼ「そ、そうだ作者…助けて」
作「あれは嘘だ」
ぼ「ウワァァァァァァ!」

 最終回を書いているつもりが、いつの間にか3万字越えたのでやっぱりぶった切りました。次こそ最終回に……いけるかなぁ?これが噂の終わる終わる詐欺……つまり自分は空知先生だった可能性が微粒子レベルで存在している?

 また、今回のコールドプレイの「Charlie Brown」の訳は筆者の個人的解釈に基づいて歌詞を簡単に和訳しています。

 翻訳違うじゃん!とか儂の解釈と違う!こんなんロックじゃないやい!と思っても大目に見てね。


 前話に引き続き、たくさんの感想、評価もありがとうございます。誤字報告も助かっております。低評価入れた人はファ【不適切な表現】。
 今回、最終回ではなく間に一話挟む形になったのは、感想欄で勧められたたくさんの音楽を聴いている内に筆が進み、いつの間にか3万字を越える形になってしまったからです。本当はぼっちちゃんを加入させるつもりだったのに。

 意外だったのは最終回を惜しんでくれる読者がたくさんいてくれたことです。
 息抜きに書いた短編と言う名の10万字越える長編小説を読んで楽しんでくれた人がいてくれたこと、楽しみにしていてくれる人がいるのは本当に励みになりました。
 上記に書いた通り、リクエストと言う名のオススメ曲を漁っていたおかげでモチベーションを途切れさせずに書くことが出来たと思います。改めてありがとうございました。

 次回こそ本当の本当に最終回……。許せぼっち、次こそ最後だ。


 でも感想もっと欲しいんだ……評価くれ~感想くれ~!(承認欲求モンスター感)


  
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