【最終章開始】喜多ちゃんが知らない音楽   作:ガオーさん

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バンドがあった。

僕はボーカルでリーダーだった。

ポールに出会って、彼にバンドに入ってもらうかどうかを決断した。

今一緒にやってるメンバーよりも有能な奴を入れた方がいいのだろうか?

バンドをもっと強化するか、それとも僕自身がもっと強力になるのか?

結局、ポールに入ってもらって、バンドを強化する事に決めた。


The Beatls - ジョン・レノン




星座になれたら

「では!第5回結束バンドミーティングを始めます!」

「よろしくお願いします!」

「……」

「……」

「カズ君とリョウ?ここはもうちょっと乗るべきところだよ?喜多ちゃんをもっと見習って?」

 

 虹夏先輩がやる気に満ち溢れた表情で開催を宣言し、喜多はノリノリで拍手を、僕は無言でささやかな拍手を、リョウさんは何を考えてるか分かんない表情でぼけーっと先輩を見ていた。

 

「今日は、良いニュースと良いニュースと良いニュースがあります!」

「虹夏先輩!どんなニュースですか!?私、良いニュースを訊きたいです!」

「ふっふっふ、それはね」

「STARRYでライブ出演することになったんですよね、リョウさん」

「うん。私と虹夏のバイト代が溜まったから、やっとここでライブができる」

「こらそこの二人ー!話の流れぶった切って全部言うなー!私にちゃんと言わせろー!」

 

 わざとらしい茶番をぶった切ると虹夏先輩が憤慨した。

 そりゃリョウさんはここでバイトしてるし仮にも僕はマネージャーなんだから、知ってて当然だろ。合唱コンクールの準備で結束バンドの練習の時以外ここに来られなかった喜多は知らなかったみたいだけど。

 

「ゑ……また知らないの私だけですか……?」

 

 またしても何も知らない喜多郁代さん(15)。

 話の発端は、二日前に店長さんが「ライブに出てみないか」と提案したことから始まる。 

 

「来月の中頃にブッキングライブあるんだけど、前座のバンドが出る前に解散になったんだ。お前ら代わりに出るか?今回はライブハウス側(私ら)の依頼ってことになるから半分は私持ちでいい」

「えっ、いいんですか?普通デモ審査とかオーディションとかあるでしょ」

 

 ライブハウスの運営も立派な仕事のひとつだ。慈善事業なんかじゃない。学生バンドを何の審査もせずにステージに出させてくれる、バンドマンにとって都合の良い場所ではないのだ。

 

「身内だから一回ぐらい思い出作りに虹夏に出させてやってもいいかなとは思ったんだけど」と店長さんは前置きを置いて、続けた。「散々結束バンドのサポートギターやらされたし、お前らがどういうバンドかはある程度分かってるから今回はパスでいいよ。ただこのライブがイマイチだったら、またデモ審査からやり直しな。で、どうする?」

「やるやるやる!お姉ちゃんやるー!」

 

 この提案に、虹夏先輩は一も二もなく飛びついた。店長さんはなんやかんや身内に甘い人だと言うのはここまでの付き合いで何となく分かっていたけど、それでも結束バンドをステージに上げてもいいと思える何かがあったらしい。バンドに関しては真摯で厳しい部分も持ち合わせている店長さんがステージに上がる事を許してくれると言う事は、あの人の琴線に触れる何かがあったと言う事なのだろう。

 ともあれ、やってきたチャンスを逃す手はない。

 

「やりましょう、結束バンドの初ライブ」

 

 こうしてどこかのバンドの不運(解散)と店長さんの身内贔屓のおかげでステージに上がる幸運(チャンス)が舞い降りたのだった。「人の幸せは誰かの不幸があって成立する」とは、上手い事を言った物だ。

 

「え、なんでそのバンド解散しちゃったんですか?」

 

 喜多が首を傾げる。その質問に答えたのは虹夏先輩だった。

 

「なんか、内輪揉めらしいよ。男三人女一人のバンドだったんだけど、その女の人、メンバーの三人と付き合ってたみたい。それで三股してたのがバレてバンドが崩壊したって」

「え。私が噂で聞いた話だとバンドのファンとも付き合って六股してたって」

「えぇ……ロックンロールが過ぎませんか……?」

「やめましょうその話。闇が深すぎる」

 

 サークルクラッシャーならぬバンドクラッシャーである。バンドが恋愛関係のいざこざで崩壊する事は珍しくないが、それでもここまで背筋が寒くなる話は久しぶりに聞いた。この話を店長さんから聞かされた時は僕も思わずぞっとしたね。女の子って怖い。

 まあおかげで結束バンドが格安で出演できると考えると、僕としてはそのクラッシャーの女の人に感謝したい。

 会った事も顔も見た事もないオタサーの姫……もといバンドの姫に感謝の念を送っていると、前触れなくリョウさんと虹夏先輩が僕の両方の肩に手を置いてアドバイスしてきた。

 

「カズも、浮気はしちゃダメ。結束バンド以外に現を抜かさない事。刺されるから。郁代に」

「そうだよカズ君。浮気しちゃったら刺されちゃうよ~?喜多ちゃんに」

「なんで私が刺す事を前提に話してるんですか!」

「そうですね、以後気を付けます」

「カズ君も同意しないのっ」

 

 ぽかぽかと肩を殴ってくる喜多を他所に、僕は気になっていた疑問を口に出す。

 

「チケットノルマはどれぐらいになったんですか?」

「最低10枚だよ!1500円のチケットが10枚。四人で割ったら二人が2枚、二人が3枚ずつかな」

「チケット……ノルマ?」

 

 馴染のない言葉に喜多が疑問符を浮かべているので、僕が簡単に説明する。

 

「ライブハウス側から課せられるノルマだよ。ざっくり言うと、『赤字出さない為に最低限この枚数分売って来てね』っていう」

「そう!ノルマ分売る事ができないとその分バンド側の自腹になるの」

 

 僕の説明に虹夏先輩が補足する。

 すると、喜多の顔が罪悪感を帯びるように青ざめた。

 

「じゃ、じゃあ先輩達がここでバイトしているのって……」

「バンドのノルマ代とか、その他諸々の費用を稼ぐためだね」

「そんな!私もメンバーなのに何も払ってないじゃないですか!先輩達に負担が……私もお金出した方がっ。ただでさえ今日までスタジオ代も多く払ってもらってるのに!」

「いいっていいって!喜多ちゃん達はまだ中学生で、私達は高校生なんだからさ。こういう時ぐらい先輩みたいなことさせてよ。代わりに、喜多ちゃん達にはチケットノルマの方を頑張って欲しいんだ」

 

 虹夏先輩はそう言って笑った。

 本来なら僕らもバイトしてノルマ代を稼ぐべきなんだけど中学生のバイトは法律で禁止されている。一応ある程度の小遣いはあるのでそれを渡そうとしたのだが、虹夏先輩には笑って断られてしまった。

 先輩って言ってもたった一年差で、高校生の虹夏先輩だって色々買いたい物とかあるだろうに。改めてこの人、人間が出来過ぎている。天使の生まれ変わりか何かか?

 ちなみに当の本人に断りもなく「リョウと負担するから」って言われたリョウさんはショックを受けて崩れ落ちていた。

 

「喜多、ここまで言わせておいて僕らが粘るのは、それこそ虹夏先輩の顔に泥を塗っちゃうから。今回はお言葉に甘えとこ。高校に上がったら僕がバイトして稼ぐし、喜多はボーカルギターで活躍すればいいからさ」

「うんうん。ノルマ代は喜多ちゃん達が高校生になってからでいいから。だからそれまで代わりに練習とチケットを掃くのを頑張って!」

「うぅ……先輩、ありがとうございます!」

 

 本当に、虹夏先輩マジ天使。

 

「うん。私友達いないから。私の分のノルマもお願い。ていうかそれぐらいしてもらわないと割に合わない。私の分の給料……」

「そこは先輩らしく見栄張りなよリョウ……」

 

 対してリョウさんはいつも通りである。この格差よ。

 

「見栄で腹は満たせない」

「本当にゴーイングマイウェイだなオイ」

「リョウ先輩……先輩のノルマ代、一生貢ぎたい……待っててください、私、友達百人ぐらい連れて来て大黒字にしてみせますから!」

「こっちもこっちでいつも通りだな……友達百人はライブハウスがパンクするからやめろ」

 

 僕と虹夏先輩はそろって大きなため息を吐いた。

 このメンバーで内輪揉めを起こすとしたら、おそらく金銭トラブルだろうなぁ……。

 まあ金銭の管理は僕と虹夏先輩がやる事になっているので、起きないとは思うけど今後気を付けておこう……。

 閑話休題。

 

「セトリとかライブに関しては後!それじゃあ良いニュース二つ目!カズ君、発表して!」

「はい。結束バンドのチャンネル登録者数が昨日300人を越えました。現在は328人です」

「「おー!」」

 

 この発表には喜多だけでなくリョウさんもぱちぱちと拍手を流してくれた。

 動画を投稿してから約一週間。初動にしては十分と言える登録者数を抱える事に成功した。

 

「これって結束バンドに三百人もファンが付いたって考えていいんだよね!? すごくない!? この調子ならあっという間にミリオンスターだよ! 今日は皆でマック行って打ち上げだー!」

「素人の撮影でそこまで伸びるとは。そう遠くない内に広告収入で食べていける。目指せ六本木ヒルズ」

 

 鼻息荒く興奮しているのは虹夏先輩とリョウさんだ。虹夏先輩はライブハウスでバイトを、リョウさんは実際にバンド活動をしていたから、ファンがつくと言うことがどれだけの労力とセンスを必要とするのか分かっているのだろう。だから三百と言う数字に大盛り上がりだった。

 

「まだたった三百人なのにすごい嬉しそう……でもはしゃいでるリョウ先輩可愛い……」

「イソスタフォロワー数一万越えの女が言うことはちげーや」

「あ、昨日二万越えたわよ」

「パネェな。横浜アリーナのキャパ超えるじゃん」

 

 喜多ははしゃいでる先輩達に微笑ましい物を見るような目線を向けていた。

 二万を超えるフォロワーを抱えるイソスタグラマーからすれば三百人なんて風が吹けば塵となって飛ぶような数なのだろう。人気投稿者はちげーな。

 

「でも、私が拡散したから千人ぐらい行くと思ったのにな。私のアカウントが導線になってるんだから、もっと増えて欲しかったわ」

「素人の撮影だし、選んだ曲も洋楽だったから敷居が高かったのかもな。女子高生の演奏なんて大したことない、みたいな意識で観ない人もいるだろうし」

「むぅ……私のギターがまだ未熟なのは自覚してるけど、やっぱり1回でも観てから評価して欲しいわ。リョウ先輩や虹夏先輩、店長さんの演奏は素敵なのに……それにカズ君のギターも最高だったのに……

「カバー曲の演奏動画なんて最初はそんなもんでしょ。再生数と登録者数はまだ少ないけど、その割には高評価が多いしコメントも結構ついてるし、分かる人にはしっかりと評価されてるよ」

「そうね……でも、クラスの皆のおかげで三百人もファンが付いたと考えればやっぱり嬉しい事よね!」

 

 喜多はそう言ってにっこり笑った。ううん、オーラが眩しい……。

 この結束バンドチャンネルの登録者をどうやって増やしたかと言うと、ぶっちゃけ喜多のSNSアカウントによる所が大きい。あとは僕の学校の同級生達のおかげだ。

 結束バンドの初の演奏動画、『Can't Find My Way Home』と『Hey Jude』は、SNSをやっているクラスメイトとイソスタグラマー喜多を中心に拡散してもらった。こういう時コミュニティの輪が広い事の強みをひしひしと感じられる。

 うちの学校の連中は喜多の歌唱力は身を以て知っているし、実際動画をアップした後クラスメイト達がたくさん感想をくれた。僕としてはカメラの撮影の仕方とか色々あっただろと反省点が多い動画だったけど、それでも好意的な評価をくれるのはとても嬉しかった。

 去年のロックブームでブラインドフェイスはともかくビートルズを聴いているクラスメイトは大勢いたので、皆演奏に関してはかなり好意的な評価だった。喜多の呼びかけもあったおかげで、拡散にも協力的にやってくれたと思う。

 

「そういえば、喜多ちゃんから聞いたよカズ君!」

「何がです?」

「なんか、カズ君にモテ期が来てるって!」

「まあ……モテ期なんですかね?自分で言うのも変ですけど」

 

 虹夏先輩の言う通り、動画をアップした事で僕の周囲にも少し変化があった。

 なんと、僕にモテ期がやってきたのである。

 

「まあでも、男としてチヤホヤされるのは悪くないですね……」

「カズ君!いくらモテ始めたからって調子に乗っちゃダメ!」

「今のどこが調子に乗ってたように聞こえたんだよ……いいじゃんか別に」

「カズ君は永久にモテずに独身してればいいの!」

 

 それは言いすぎだろ。

 

無駄にライバルが増えちゃうじゃない……もうすぐ卒業だからなりふり構わず告白しようとする子もいるのに……

「カズ、実はけっこう顔いいよね。前髪で隠れてるから分かり難いけど、そんなのがギター弾いたら女の子はたまらないよ」

 

 するとリョウさんが僕の前髪を指先で摘まんでじっと目を見ながらそんな感想をぶつけてくる。

 

「そういうもんなんですかね?」

「うん。悪くない。私の好みじゃないけど」

「そういう事、面と向かって言うもんじゃありませんよね?」

 

 そっちから話を振っといて急に梯子を外すのはやめて欲しい。泣くぞ?

 自分でもよく分からないが、はっきりと周囲の目が変わったと感じたのは動画を投稿した次の日の事だ。

 その日には喜多がイソスタやLINEのグループで学校中に動画のURLを拡散しまくった後だったのだが、妙に女子達に声を掛けられたり、男子から無駄に肩パン喰らったりと変な事が立て続けに起きていた。

 

「井上君って、ずっと音楽聴いてるだけじゃなかったのね? 今あなた、学校中の注目の的よ」

 

 委員長ちゃんは困惑していた僕に動画の感想と抱き合わせて事情を説明してくれた。

 

「あなた、自分がギター弾けるってこと隠してたでしょ?そりゃみんな驚くわよ」

 

 別に隠しているつもりはなかったのだが、僕はクラスの連中にギターを弾ける事は一言も話していなかった。だからクラスの連中は動画を観た時、まず喜多の横でアコギを弾いてる僕に一番驚いたらしい。

 喜多の隣でギターを弾いてる男子は誰?とクラスのLINEグループで騒がれ、すぐにそれが僕だと判明。その影響で普段話さない女子や別のクラスの女子達が僕に対して興味を持ち、色々話を聞きに押しかけられてしまう程。

 なんと、手紙で告白してくる女の子もいたぐらいである。

 なんでだよ、確かに『Can't Find My Way Home』を演奏したけど、僕が映っていたシーンなんてほんの少ししかない。動画を作る時、結束バンドの三人が目立つように編集したから僕はあまり映らなかったはずだ。

 なのにこんな急にがらりと自分への評価が変わって、僕は困惑を隠せなかった。

 

「なんでも普段ぼけっとしてるのに演奏してるときは真剣な顔でギャップがすごいんですって。後、前髪で隠れてるから分かりにくいけどあなたって意外と顔立ちは悪くないよねって」

「そうなの?」

「そうよ。そもそも喜多ちゃんって面食いだし」

「……なんでそこで喜多が出てくるんだよ」

「本当にあなたサイテー」

 

 やはりギターはモテのツールなのだろうか……。

 男達がギターを始める8割の理由はモテる為と言われているが、純粋にただギターってどんな音なんだろうと興味本位で始めた僕には分からない感覚だ。

 ただブラインドフェイスを弾いていただけなのに女子達からきゃーきゃー言われてもなんて対応したらいいか分からん。嬉しいには嬉しいが、精神年齢的に大幅に離れている子供に色々言われても……ねえ?

 誉めるなら僕じゃなく結束バンドと喜多の歌を誉めてやってくれ。あと高評価とチャンネル登録とSNSでの拡散よろしく。

 ちなみに男子達からもモテてる。主に嫉妬で。

 

「なんで井上があんな美人な人達とバンドやってんだよ!」

「あのリボンのドラムの人誰だよ、先輩?滅茶苦茶可愛くて好み」

「俺達と同類のモテないオタクだと思ってたのにこの裏切り者」

「喜多さんの幼馴染ってだけで許せねえのに」

「あのギターのお姉さん誰?紹介して」

「歌めっちゃよかった。次の動画はいつあげるんだよあくしろよ毎秒あげろ」

 

 クラスの男子達は3人もの女子に囲まれている僕に嫉妬して「あの場所代われこのヤロウ」とたくさんいじられた。

「僕よりギター上手いなら代わってやれるけど」と言い返したら絶望の表情になり「ライブやる時にチケット買えばいつでもあの先輩達に会えるよ」と唆したら今度は「チケット絶対買わせてください」と手の平をあっという間に回転させた。男子とはなんとも悲しい生き物である。

 

「むぅ~!」

「そう膨れるなよ。僕が評価されてるのは動画の副次的な効果で、あくまで結束バンドのおまけなんだから。すぐにこのブームも終わるよ」

 

 分かりやすくいじけたのは喜多である。プチモテが来ている僕に対してバンドのフロントマンであるボーカルの喜多は特に今までと評価は変わっていない。

 最近はめっきり教室でトーキングヘッズをこすらなくなったとは言え普段からカラオケや教室で歌を披露しているから、動画上でビートルズを歌ってもクラスメイトから見れば大して新鮮味はないようだった。

 とにかく、喜多は僕にモテ期が来ている事がお気に召さないらしい。

 

「カズ君は自覚が足りない!女子はギターやってる男の子にはすぐに頭をやられちゃうんだよ?」

「リョウさんのベースに一発で頭やられた奴が言うと説得力が違うな」

 

 僕が喜多にそう言い返したら「それとこれとは話が違うの!」とぽかぽか殴られた。ギターを練習しているからか地味に喜多の腕力が上がってるんだよな……痛い。

 

「とにかくっ、急にモテたからって調子に乗らないの!カズ君は今まで通り音楽にしか興味がないクレイジー音楽オタクでいてくれればいいのっ。他の娘にかまけちゃダメなんだから!」

「えぇ……心配しなくても、喜多が一番なんだから僕が誰かと付き合ったりする訳が――」

「もう一度言って」

「え?……僕が誰かと付き合ったりする訳が」

「そこじゃない!」

「…………喜多が一番なんだから?」

「……あひゅう」

「オオォォイ! なんで言わせておいて勝手に気絶するかなぁ!?」

 

 そんな顛末があったのは……ひとまず置いて。

 とにかく、クラスメイトの協力や喜多のイソスタによる拡散の力が大きいとしても、初動で三百人もの登録者が付いてくれたのは幸運であることに違いはない。

 三百という数字は結束バンドのこれからに対する期待値でもある。

 

「まあバンドのおまけみたいなものですけど、結果として結束バンドに貢献できるなら悪くないなと思いますよ」

「さすが私達のマネージャー。これからはカズもばんばん動画出てビジュアル方面で女性ファンも増やしていこうぜぇ」

「それは嫌です。絶対に」

「ぶれないなぁカズ君は……」

「バンドの皆を差し置いてなんでマネージャーが目立たないといけないんですか」

 

 まさしく本末転倒である。動画の趣旨変わってるし。

 ともかく、この三百人分の期待を三人のバンド活動へのモチベーションへと変換していければ技術もどんどん向上していく。

 チャンネルの登録者数が増えればそれに伴ってプレッシャーも増えていくだろうが、着実に知名度を稼ぐ手助けをしてくれるだろう。

 これから喜多のギターの腕前や虹夏先輩のドラミング技術が伸びていく事を考えれば、定期的に動画をアップロードしていく事でどんどんファンも根付いていくはずだ。

 

「正直、百人ぐらい登録者がいけばいいなぐらいにしか思ってなかったんですが、初動スタートダッシュは悪くない方なんじゃないですか?」

「そうだね!これでファンがどんどん増えて行けば、ライブする時の導線になってくれるよ!」

「このまま定期的に動画を撮り続ければ、登録者数もどんどん増えてく。そしたら広告費でウハウハ。カズ、次の動画投稿いつにする?私欲しいハイエンドベースとエフェクターがあって……」

「リョウ?収益化が成功しても基本的にお金はバンド活動費にするんだからねー?」

 

 虹夏先輩の一言に絶望するリョウさん。

 そりゃ、広告収入が入るって言っても当分はバンドの活動費になるに決まってるでしょ。その内メンバーで分配する事は出来るかもしれないが、そうなるのは当分先の話である。

 

「お、また新しいコメントだ。『ボーカルの人の声がすごく発音が上手で綺麗です。ファンになりました』……だって!おー!喜多ちゃんのファンが誕生してるよ!」

「本当ですかっ!?」

「虹夏、私のファンのコメントは?」

「ないよ」

「いや、あるでしょ。ちゃんと探してってば」

「ないよ」

 

 そっけなく虹夏先輩は言うが、実際のコメントにはリョウさんを応援しているコメントもちらほらある。

 コメントの内容的に女性ファンみたいだが、ここで言ってもリョウさんが調子に乗るだけだと虹夏先輩と僕は知っているのであえて教えないのだ。

 ちなみに虹夏先輩のファンもコメントに出現している。虹夏先輩のファンのコメントは「ふともも最高」だった。せめてドラムをちゃんと評価して。この人自分の足が太いの気にしてるんだから。

 最低過ぎて昨日の夜「あのコメント通報してもいいかな」とクッソ冷たいトーンで相談してきた虹夏先輩の心中は察してあまりある。

 

「きゃ、本当!カズ君見て見て!私の歌、ちゃんと評価されてるわ!」

「分かった分かった。だから揺らすな揺らすな」

「どう、喜多ちゃん? 自分の歌にファンが付いた気分は」

 

 虹夏先輩が少し意地悪そうににやにやと笑いながら尋ねてくる。

 

「すっごく嬉しいです!先輩達の演奏のおかげで、私の歌が評価されて、本当のホントに感激ですっ!私、もっともっと上手くなって結束バンドの力になりますね!」(キタ―――ン!!)

「グアッー!目、目がぁー!」

「ああ、虹夏がカウンターを喰らっちゃった……」

「喜多にあんなこと訊いたらそりゃカウンター貰いますよ」

 

 虹夏先輩は照れたり喜んだりする喜多の反応を期待していたのだろうが、混じりっ気なしの厚意100%の返答が飛んできて目を焼かれてしまった。僕とリョウさんはキタサンオーラ対策に買っていたサングラスを咄嗟に着けた事で何とか被害は受けずに済んだが。

 普通だったら自惚れたり自信家になったりするところを、本当に心の底から「先輩達のおかげ」と言えるのは喜多の凄い所だと思う。

 

「じゃ、じゃあ最後の良いニュースね……」

 

 目をショボショボさせながらも虹夏先輩はなんとかダメージから立ち上がり、最後の良いニュースを報せた。

 

「なんと!ギターヒーローさんへの勧誘DMで返信が来て、今週の土曜日に面接する事になりましたー!」

 

 虹夏先輩が見るからに嬉しそうに言った。数日前から「もう返信きた?」と毎日LINEで確認するぐらいそわそわしてましたもんね。

 憧れのギタリストと直接会って話す。実際は勧誘しに行くのだが、虹夏先輩からすれば有名芸能人に会いに行くような感覚に近いのかもしれない。無名の僕達より向こうの方が活動歴が長いしね。

 

「おお、ついにリードギターが……あの音が私達のバンドに来るってだけであがるね」

「でしょでしょ!まあでも、まだ話を聞くってだけで加入が決定した訳じゃないから。そこは私とカズ君の腕の見せ所だね!はりきって勧誘してくるよ!」

「期待してる」

 

 これからやってくるギターヒーローに思いを馳せて楽しそうに話すリョウさんと虹夏先輩を他所に、焦燥と危機感を孕んだ強張った表情をするのは喜多だった。

 

「え、え、もしかして二人で横浜に行くんですか?」

「そうだよ? 一応私がリーダーだし、カズ君はギターヒーローさんにDM送った張本人だし、付いてきてもらわなきゃ」

「だ、ダメです!」

「何が」

「二人っきりで行くなんて、それってデ……」

「デート?」

「わああああっ」

 

 リョウさんの言葉に、喜多が顔を真っ赤にさせて大慌てで口を塞いだ。

 

「さ、さっきバンドが男女関係の問題で解散したって話になったじゃないですかっ。だからここは、私とリョウ先輩が一緒に……」

「やだ。横浜まで行くの面倒」

「リョウ先輩~!そこは乗ってください~!じゃあ私がカズ君の代わりに」

「いやお前、次の土曜日委員長ちゃん達と遊びに行くって言ってたじゃん。だから誘わなかったのに」

「あっ、そ、そうだった……うぅ」

「あはは、大丈夫だよ喜多ちゃん。私とカズ君がそういう関係になるなんてあり得ないから!」

「ぐふっ」

 

 虹夏先輩がさらりと否定して、地味に僕にダメージが入る。いやまあ、別に恋愛感情はないし向こうにも特にそういう感情がないのは知ってたけど……告白してもいないのにフラれた気分になる……このよく分からん敗北感はなんだ?

 

「そうですか……?私、実は一番の敵はギターヒーローさんかと思っていたんですが、実は虹夏先輩が伏兵だと最近睨んでるんですよ……」

「伏兵なんてめちゃくちゃ大袈裟。そもそもカズ君は喜多ちゃんのなんでしょ?」

「いや、僕は誰の物でもないんですが?」

 

 勝手に人権を他人に譲渡しないで頂きたい。

 

「そうなの?もう親公認って聞いてたけど」

「リョウ先輩、勝手にそれ言わないでっ」

「えぇ……喜多、お母さん達に普段何言ってんの?」

「な、ナンデモナイワヨ?」

 

 目が泳ぎまくる喜多に僕は溜息を吐く。夏休み以来、喜多母とはスーパーで出くわせば挨拶を交わすし、たまに夕食にお呼ばれする程度には気に入られてるので変にこじれるような事は言わないで欲しい。

 あの人の肉じゃが美味しいからまた食べたいのだ。

 

「カズ君はバンドのプロデューサー兼マネージャーだけど、基本的に喜多ちゃんのだから安心してよ!」

「虹夏先輩?安心してよじゃないんですが」

「カズ、虹夏は私のだから横取りはダメ」

「リョウさんは何目線なんだよ」

「……それなら、まあ」

 

 なんで喜多が妥協してるんだよ。

 

「ていうか、そろそろ付き合えばいいのに。郁代も素直じゃない」

「―――――」

「ああっ、久しぶりに喜多ちゃんがフリーズしちゃった!そろそろ耐性できたと思ったのに!カズ君、どうし――って、いない!?」

 

 リョウさんが爆弾発言を叩き込んだことで喜多がフリーズしてしまったのを見て、僕はそそくさと逃げるようにSTARRYの外へ出た。女三人寄れば姦しいということわざは正しいと認めざるを得ない。あの場にいたらどれだけリョウさんにちくちくいじられるのか想像もしたくなかった。

 

「はぁ……練習までには戻らないとな」

 

 顔の火照りが落ち着くまでしばらく外で涼んでいよう。

 夏の残暑がどこかへと薄れていき、秋の気配が漂う冷たい風に僕は身を委ねながら時間つぶしにコンビニに向かった。

 戻るまでに肋骨を突き破るぐらいに暴れてる心臓と、耳まで赤くなるぐらい熱くなってる頭が落ち着いているといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロックバンドと言うグループを成長させる。

 たった四人で構成される小さな音楽隊をどう導いていけばいいのか。プロデューサーと言うとってつけたような肩書を与えられた僕に出来る事って、一体なんだろうか。前世の記憶があり、精神年齢的に年上の気分を持つ僕は結束バンドと言う少女達を支えなければいけないと言う責任感があった。けれど今まで聴き専として生きてきたオタクには雲をつかむようなぼんやりとした課題で、イマイチいい方法が思いつかなかった。

 ロックバンドらしく路上ライブでファンを作っていくべき? 洋楽は受けがイマイチだからJ-POPをカバーするべき? オリジナル曲を作曲? 店長さんに頼んでライブハウスデビュー? それとも無難に動画を撮影し続けるべきなのだろうか。

 スタジオ練習は当然として、他にやれることがないか考えを模索する。

 受験生である僕と喜多は高校生の虹夏先輩やリョウ先輩程多くの時間をバンドには割けない。けれど商業デビューを目指すなら、出来るだけ早い方が良い。今の内にしか書けない、演奏できない曲と言うのも存在するし、最短距離で駆け上がれるならそれに越した事はない。

 そんな訳でバンドを手っ取り早く商業デビューさせる為にはどうしたらいいのかと、久しぶりに我が家にふらりと帰って来た母さんに質問してみた。

 

「何、あんたバンドしてんの? ギターは別に演者になるつもりはないってあれだけ言ってたのに」

 

 母さんは音楽大学の作曲コースで生徒達に作曲のイロハを教える先生だ。

 親父とバンドを組んでいた時の作曲も母さんが担当していたらしく、また母さん自身もピアノからギターまで様々な楽器を演奏することが出来るバリバリの音楽家だ。

 バンド時代はデビューとまではいかなかったものの、それでも知識は相当な面で、母さんに育てられた生徒はあらゆる方面で活躍しているらしい。

 

「ううん、友達がバンドをしてて、それを手伝ってるんだ。それでどうやったら次の段階に進めるのか、母さんからアドバイスをもらいたくて」

 

 あっという間にデビューできる魔法みたいな方法があるとは思わない。けれど結束バンドを更に飛躍させる方法がないものか、母さんなら知ってるかもしれない。

 そんな期待から出た質問だった。

 

「ふーん……撮影機材貸してって言ったのはそれか。動画見せてみなさい。普段なら授業料取るけど息子だからサービスしてあげる」

 

 母さんはそう快諾してくれたので、スマホとヘッドホンを渡して結束バンドの演奏を聴かせた。

 僕じゃ思いつかなかったが母さんなら何か画期的な方法を知っているんじゃないかと思って、藁にも縋る……と言う程ではないけど、何か答えがないか教えて欲しかった。

 来年には僕がアメリカに行き、あまり顔を合わせて話すこと自体少なかった母さんと別れてしまう。だからなんでもいいから今のうちに言葉を交えて話しておきたいと思ったと言う理由もあった。あと純粋に結束バンドを母さんに自慢したかった。

 

「あら、この子郁代ちゃんじゃない。ふーん、洋楽……これあんたの趣味ね。なんだかんだあんたもあいつの息子かぁ。自分の趣味で女の子を染め上げちゃって……郁代ちゃんには同情しちゃう。ギターはまだ始めたばかりね? でも歌は抜群。発音も上手で歌にもノレてる。発声もしっかりしてるし……いいボーカルね。歌は問題ないからギターの基礎練習がマストね。リードギターやれるぐらい成長すればソロでも十分活動できそう。ベースの娘も筋が良いわね。自分の世界観をよく理解してて音がそれに出てる。浸りすぎな部分もあるけど技術は後付けで伸びていくから、このままの路線で良さそう。ドラムは……センス自体は悪くないわね。普段からロックバンドの音を生で聴いて育ってたのかしら?ミスは所々あるけど基本的に叩くリズムに迷いがない。でもチームをまとめ上げようとしてて自分のドラムを抑えてる部分があるわ。リズム隊としては無難だけどもっと個性を出してもいい」

 

 母さんは動画を聴きながら、メンバーそれぞれの改善点を僕に与えてくれた。さすが音楽大学の教授。幼稚園の頃少し関りがあった喜多はともかく、虹夏先輩とリョウさんには会った事もないのに演奏を聴いただけでその人柄をほぼ言い当ててる。

 

「あんたのギターは……続けてれば伸びたのに、勿体ない。今からでもアメリカ行き止めて、あたしの下でギター学ばない?」

「いや、やらないって……ギターは趣味の範囲で十分なんだよ」

「……まあ今はそれでいいか。で、なんだっけ。次のステップに進むにはどうしたらいいか、だったっけ?」

「そう。今のこのバンドは技術を身に着ける事に集中してる。僕と喜多は受験生だし。でも高校生に上がるまでに、もう一段階上に進みたいんだ。喜多の歌も悪くないし、先輩達の演奏も良かった。でも動画の伸びがイマイチだったから、もっと何か強化する所があるんじゃないかって」

 

 すると僕の質問にしばらく考え込んだ母さんから「二つ方法がある」と言われた。

 

「有能な奴をスカウトするか、時間を掛けて練習してメンバー自身の腕を向上させるかのどっちか」

「……それだけ?」

「それだけ。手っ取り早いのはスカウトの方ね。後者は時間と金さえかければ誰だって食べていける程度には技術を身に着けられる。でも音楽活動って金喰い虫だし時間泥棒だから。練習している間に飽きて解散、金が底を突いたから解散、なんてことになったら本末転倒。だから飛び切りの技術を持つ子か、天才か、どっちかを見つけてスカウトするといいわよ」

 

 思ったよりもあっさりと、いや正直に言ってしまえば誰でも思いつきそうな考えで、少し拍子抜けだった。何と言うか、「人前でもっと演奏しろ」とか「経験を積んでいけ」とか、そんな先生らしい教え方をしてくれるのだと思っていた。

 僕がそう言うと「シンプルだけどそれが難しいのよ」と母さんはいつになく真剣な表情で言った。

 

「ちょっと想像してみて。あんたがこれからバンドを組む為にメンバーを集める事にしよう、と考えたとするわ。その時、自分の学校で音楽の趣味が合うやつは何人ぐらい名前出せる? その内、何人ぐらい『こいつとバンドしたい』って思える?」

「…………」

 

 その例えに、僕はあっという間に言葉が出なくなる。

 

「あ、でも和正は友達いないか。ごめんね、答えにくい事訊いちゃって」

「その気遣いはいらないよ……」

 

 母さんの言葉に図星だったというのもあるが、僕が仮にバンドを組みたいと走り回っても一緒に演奏したいと思える誰かに巡り合える気がしなかったのだ。転生してきて十五年の間、今まで自分と同じくツェッペリンが好きだと言う同い年の奴と巡り合えた事は一度もなかったから。

 唯一、同じクラスメイトで自分と趣味が合うのは喜多ぐらいだが……それでも、もしフレディを知らない一年前の彼女と趣味が合うのかと訊かれたら、僕はすぐに首を振る。

 

「それを、ギター、ドラマー、ボーカル、ベース、四人も集めなきゃいけないと思うとどれだけ大変で奇跡的な確率か、何となく分かるでしょ」

 

 そう考えると、この世に存在するありとあらゆるバンドと言う小さなグループは、砂粒みたいな欠片を集めた奇跡なのかもしれない。この世全てに存在する、あるいは存在したバンドは、皆細い細い糸を手繰り寄せて束ねた結果生まれた奇跡なのだ。

 

「その4人の内誰か一人が卓越した技術を持つ人間なら、そのバンドは成長する。下手糞なアマチュアバンドに天才一人を放り込むだけで滅茶苦茶レベルが上がるわよ」

「……でもそれ、入った奴ひとりが浮く形にならない?」

 

 一人だけ技術が桁違いにレベルが高い人間を入れたら、それだけで音楽のバランスは崩れても可笑しくはなさそうなのだが。

 

「ならないわよ」

「どうして?」

「集団の技術と言うのは、上手い奴が一人入ると全体が引っ張り上げられるの。これは理屈どうこうじゃなく、人間に本能的に備わっている機能でね。バスケとか野球とかのスポーツなんかでも、組織に一人天才的な技術を持つ人間が入るだけで組織の力が底上げされるのよ。それは、天才に引っ張られて周囲も向上心が上がるからというのもあるし、その天才が周りに技術や知識を広めるからというケースもある。才気溢れる人間が周囲の人間の心を折るなんて話もよくある事だから、必ずしも正しい方法じゃないのだけれどね。ある種のギャンブルみたいな物よ。でも、賭けに勝てば絶対にその組織は成長するの。あたしもこの仕事に就いて、いろんな才能を持った子や天才を教えたけど、不思議な事に音楽家って自分より上手い奴とか天才と一緒に演らせると『負けるもんか』って勝手に対抗意識持って強い子になるのよねー。まあ音大に来るぐらい音楽に人生を賭けた連中なんだから、それぐらい気概がないとつまらないのだけど」

「なんかそう聞くと野蛮な連中みたいだね?」

「野蛮よ実際。さしずめ、楽器は武器で、ステージは闘技場ね。ステージに登れる人数は限られていて、そこに上がるチケットを巡って皆戦ってる。だからバンドを成長させたいのなら天才か、滅茶苦茶テクニックがある子をスカウトしなさい。後者なら、努力型の、それこそ心血注ぐほど音楽に力を注ぐことができる子だったら、次の段階へあっという間に行けるわ」

 

 僕は後に、この母さんの言葉が正しかった事を痛感することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下北沢駅から電車に乗り、渋谷駅を経由して横浜駅に向かう。

 土曜の昼間の列車はそこそこ人が乗っていた。僕らが乗り込んだ車両の座席はほとんど埋まっていて一人分しか席が空いてなかったので、虹夏先輩を座らせて僕は立ってつり革に掴まっている。

 

「ありがとねカズ君、立ってるの疲れたらいつでも言ってね!すぐに代わるから」

 

 ホットパンツとパーカー、そしてトレードマークの赤いリボンを付けた私服姿の虹夏先輩がにこにこで笑う。

 今朝待ち合わせた時から浮かれてるのは、誰から見ても明らかだった。普段しっかり者で大人びている虹夏先輩だけど、こういう所を見ると年相応の女の子なんだなと感じる。

 

「楽しそうですね、虹夏先輩」

「えへへ、そう見える?実はね、昨日からちょっとわくわくして寝れなかったんだ。憧れのギタリストと話せるって考えると、楽しみで!」

 

 照れ臭そうに笑う虹夏先輩を、立っている僕は必然的に見下ろす形になった。こうしてみると、こんな小柄な女の子が力強くドラムを叩いてると思うとなんだか不思議だった。

 

「私とほとんど年が変わらない、多分概要欄見る限り年下だよね。そんな子があんなプロみたいなギターやってて……尊敬して、一緒に演奏したいなって。それで私も負けてられないって励まされてたの!だからカズ君に「誘ってみないか」って言われて、本当にその夢が叶うだなんて想像もしてなかったんだよ!でもどうしよう、今更だけど大丈夫だったかな?あれだけ上手なギタリストに動画送って聴かせちゃって! 私のドラム、下手糞だって思われてないかなっ」

「大丈夫ですよ。仮に今下手だったとしても、最近は虹夏先輩のおかげで綺麗に音がまとまってるってリョウさんも言ってたじゃないですか」

 

 上手いドラマーというのは何か、条件を言語化しようとするのはかなり難しい。僕自身がドラマーではないからというのもあるけど、そもそもドラム単体で音楽として成立させるにはかなりの技量がいる。ならドラムだけで音楽を成立させればそれは上手いドラマーなんじゃないか、とも思えるがそうとも断言できないのがドラムである。ソロで上手だからって、バンドでもその技術が生かされるかと言うとまた違う概念の話になるのだ。ボーカルの歌声やギターの音をかき消すほど強い音を出してもダメだし、かと言ってただリズムを刻み続けるだけでいいかという話でもない。突っ走って周りが付いて行けない程のビートを叩くと、曲として成立しなくなる。

 悩んだ末、虹夏先輩がまず最初に目指したドラムはリズムを崩さないドラムだった。何があっても動揺しないバンドの支柱。一定のリズムを刻み続けることができるドラマーだ。

 

「練習の成果が出てる証拠ですよ」

「そうかな?でも、そうだったらいいなぁ」

 

 照れ臭そうに笑う虹夏先輩。

 虹夏先輩の練習は、徹底的に同じリズムでドラムを叩きつける事。強弱をしっかりつけて叩く事。後は、体力を切らさない事。

 そして僕が独断の好みと偏見で用意した『ドラムが滅茶苦茶難しそうなハードテンポの曲をコピーする』事だった。

 

「いやぁ、カズ君って意外と鬼畜だよねえ……ツェッペリンとかビートルズとか無難な奴を選んでくれるかと思ったら全然知らないインディーズバンドの滅茶苦茶ハードテンポの曲を選んでくるんだもん……」

「最初から知ってる曲だと練習にならないじゃないですか。それにフレッチャー*1程厳しくもないですよ」

「そうだけどさぁ。カズ君知ってる?ドラムって滅茶苦茶体力使うし握力もいるんだよ?これ以上筋肉ついちゃったらどうするの?」

「ドラムにさほど興味ないんで知らないです」

 

 僕が適当にそっぽを向いて返答すると、先輩はげしげしと僕の脛を爪先で蹴って来た。おまけに足の先も踏んづけてきた。さすがドラマー、キック力が桁違いで痛すぎる。

 

「でも練習にはなってるんでしょ?」

「そうだけどさぁ……地味でやっぱり大変だよ」

 

 普段明るい虹夏先輩が、珍しく表情を暗くしながら呟いた。その表情を見て、急に僕の心に影が出来たように不安が涌き出てくる。

 

「あー……ひょっとして厳しすぎました?」

「ううん。そうじゃなくて。これは私の心の問題。時々これで上手くなってるのか、目の前が真っ暗になって行き先が分からなくなってるの。だって今のバンドで成長できてないのって間違いなく私でしょ?」

「そんなことは……」

 

 ここで上手に嘘を吐けたら、僕はきっともっと世渡り上手になれていたと思う。

 けれど、言葉に詰まってしまった時点で答えを言ったようなものだった。

 

「カズ君は音楽には嘘を吐けないよね。分かってる、大丈夫だよ」

「すいません……」

「いいっていいって。喜多ちゃんはギターはまだまだだけどリズムギターとして演奏できる程度には上手になってるし、それをカバーできるぐらい歌が上手。リョウも元々ベースが上手だったけど、最近はアレンジにも力を入れてるからかプレイも余裕が生まれて良くなってる。私が今一番成長できてないって自分でも分かるんだ」

 

 虹夏先輩が少し取り繕ったように笑いながら言った。問題点を自覚できているのはバンドリーダーとして正しい。だがその問題点が自分だと考えると罪悪感のような物が涌き出るのは必然だったかもしれない。いや、罪悪感と言うよりは――置いて行かれるかもしれないと言う焦燥感。

 

「……先輩はどうしてドラマーに?」

 

 なんて言葉を掛ければいいか分からなくて、僕は気まずさを誤魔化すように尋ねてみた。

 

「一番音がでかいから」

 

 小学生男子が選んだような理由で、僕は少し力が抜けた。

 

「最初はそんな理由でスティック持って、お姉ちゃんの友達の人に教わりながら本を重ねて叩く練習をして。そしたら、いつの間にか毎日練習してたんだ。なんでこんなに続けてるのか自分でも偶に理由が分かんなくなるぐらい。でもね。ドラム始めてから随分経つけど――それでも今が一番充実してるって分かるんだよ。喜多ちゃんやリョウ、カズ君やお姉ちゃんとのセッション。私がドラムやってなかったら完成しなかった曲。今も毎日、あの二つの動画を自分で聴いてるよ。あの日は本当に、心の底からドラムやっててよかったって思ったの。だって、私がドラムをやってなかったらあの動画は完成しなかったし、そもそもリョウはきっと私を誘わなかった。だから練習は辛いけど今はそれでいいんだって。私達が最高のロックを奏でる為の準備期間なんだって考えれば何とかなる気がするんだ」

 

 そうやって歯を見せて笑う虹夏先輩の目には、火が灯っているように見えた。心が折れた人の項垂れた目なんかこれっぽっちもしていなかった。ひょっとしたら無茶な練習をさせて、この人の心を僕が知らない内に萎えさせたかもしれない。そんな心配をしていたが、そんなことは僕の杞憂だった。

 この人も根っからのロックンローラーなんだな。

 そりゃそうだ。あの店長さんの妹なんだから。ていうかドラムを選ぶ時点でこの人も普通な訳がない。

 だから僕がここでこの人に掛けるべき言葉は、励ましの言葉でも、慰めの言葉でもない。

 

「期待してますよ、先輩のドラム。来月のライブ楽しみにしてますから」

 

 僕がそう言うと、虹夏先輩は太陽みたいに笑って「任せてよ!」と胸を叩いた。

 

「そうだ、せっかくだし次の練習曲はジャズにします?テンポ早い曲ばっかだと疲れますし、スローテンポの曲探してきますよ」

「お、カズ君ジャズも開拓し始めたの?いいね~。私も自分で探してみようかな?ジャズならドラムメインの曲もありそうだし練習できそう!」

「スローテンポのジャズなら先輩の腕がムキムキマッチョになるのも防げイデデデイデイデデデ」

「カズ君?場を和ませようとしてくれるのは分かるけどデリカシーない事言わないの!」

「分かりましたから……足先を踏んでぐりぐりしてくるのやめてくれませんか……」

 

 それから横浜駅に着くまでの間、僕らはジャズドラムについてお喋りを続けていた。やがてしばらくすると自然と話すことがなくなり、僕らは鞄からそれぞれヘッドホンを取り出した。考えたことは同じみたいで、虹夏先輩は笑うと「ヘッドホン交換しよ」と提案してきた。

 拒否する理由もなかったので、僕は虹夏先輩のヘッドホンを、先輩は僕のヘッドホンをそれぞれ被った。

 そして、スマホとヘッドホンをBluetoothで接続した。

 先輩がつけている僕のヘッドホンからは、僕が普段聴くロックのプレイリストを。

 僕がつけている先輩のヘッドホンからは、先輩が普段聴いてるだろうメロコアのプレイリストが流れてきた。

 本当に、僕らは音楽さえあれば永遠に語っていられるのだ。退屈な時間も、眠くなる時間も、電車に乗っていなきゃいけない時間も、辛い練習の時間も、楽しい語り合いの時間も、全て音楽が満たしてくれる。

 なんの変哲もない鈍行の列車も、ヘッドホンとスマホと音楽があれば、ちっとも退屈なんかじゃない。ただ目を閉じて流れてくる音楽に耳を委ねるだけでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタバは前世の頃から陰キャの僕には入り難い店の一つだった。

 入ろうと思う時、ちょっと気合入れてお洒落しなきゃってなるしそもそもコーヒーの種類とかよく分かんないし……。でも雰囲気とかコーヒーとか期間限定のスイーツとかは気になっていたのでいつか機会があればな、と思っていたら結局行く機会がないまま前世は終了した。違うんだ。わざわざスタバ入るよりマックでハンバーガーをセットで買った方がよくない?同じぐらいの値段でビッグマック食べれるしってなるんだよ。伝わってくれ。

 運よく転生した今世もスタバとは永遠に縁はないんだろうなと思っていたんだが、意外な事にここ最近よくスタバを利用するようになった。

 原因は、我が幼馴染でありThe 陽キャの名を冠する喜多郁代のせいである。

 スタバと言えば陽キャ、陽キャと言えば喜多。つまりスタバは彼女にとって最低でも月1で通わなければならないマストスポットなのである。コーヒーの味も良く分からない中学生の癖にトレンドの為ならブラックコーヒーを飲む事を躊躇わないトレンドガール喜多に引き摺られる形で、僕も定期的にスタバに通うようになってしまったのだ。

 ちなみに「そんなにコーヒー好きなの?」と訊くと。

 

「ただ流行りだから飲んでるだけよ?午後ティーの方が好きだしここに来ても期間限定のフラペチーノしか頼まないわ!」

 

 と言うコーヒー党からクレームが来そうな答えが返ってきた。全スタバの店員に謝るべきである。

 そんな訳で思いがけずスタバに通う事になった僕だが、最初は抵抗感があったスタバも喜多に何度も連れてこられたせいでいつの間にか特に抵抗もなく入れるようになり、今では喜多に誘われなくても勝手に独りで呑みに行くぐらいスタバに通うようになってしまった。元々コーヒーは嫌いじゃないし、実際スタバのコーヒーは美味しいのだ。世の全ての陽キャがスタバに通う理由が何となく分かった今世である。

 別にコーヒーの種類が分からなくても、いい物はいい物だ。ロックと同じ。大半の人が雰囲気でロックを聴くように、スタバに通う陽キャの大半も雰囲気でコーヒーを飲んだりしているのだと最近分かった。僕も喜多に負けず劣らずガチ勢の方を怒らせそうな感想だが。

 だから、ギターヒーローと面接する為にスタバを待ち合わせ場所にしたのは特に深い理由があった訳じゃない。ただ駅の近くにある自分が良く利用している喫茶チェーン店、というだけで選んだのだ。

 確かにスタバは陰キャには入り難い場所ではあるが、お洒落な場所ではあるしバンドマンの待ち合わせとしては適しているんじゃないかと思ったのだ。フラペチーノとか女子受けする美味しいメニューもあるので女子を連れて行っても外れる事はないだろうと言う保険の意味もあった。

 前世の友人から『後藤ひとりは陰キャのコミュ障』と教わってはいたが、別に待ち合わせにするなら特に問題ないだろ、と思っていた。

 だが今思うと、もっとちゃんと前世の友人の言葉を聞くべきだったのだ。

 

 侮っていた。過小評価していた。

 この物語の主人公である後藤ひとりが、ただの陰キャではないと言う事を。

 

「……あれがギターヒーローさんかな?」

「……じゃないですかねぇ……」

 

 スタバの入り口の前で、なんかピンクジャージの女の子が挙動不審にうろうろしている。横浜駅はファッションビルや百貨店、中華街など見上げる程のビルが多く建てられた街を支える交通網の中心だ。原宿や新宿ほどではないがそれでも今を生きる若者達が多く集まるスポットの一つで、たくさんの若者が目線を交える事なく川のような流れを作って歩いている。そんな大量の人混みの中でピンクジャージと言う姿は面白いほど浮いていた。

 ギターケースを背負っているあのピンク髪の少女は遠目から見ても後藤ひとりで間違いない。

 だがさっきから意を決したかのようにスタバの入り口前に立ったかと思うと急にそそくさと何事もなかったように走って去っていき、数秒後にはまた店内をガラス越しに覗き、そしてまた意を決して――というのをこの3分間で10回以上繰り返してる。

 

「ね、ねえなんか概要欄で察してたけど、ひょっとしてギターヒーローさんって……」

「……陰キャの気を感じますね」

 

 あの入りたくても店内のキラキラ空気に押されて「あ、なんでもないですよ。ちょっと通りがかっただけでこの店に用はないんですよえへへ」みたいに興味ないフリをするムーブ……。間違いない。

 僕もどちらかと言えば陰キャ寄りの属性を持つので、スタバに入りたくても入れないと言う気持ちは痛いほど分かる。店内で接客する店員さんからコーヒーを優雅に飲むお客さんまで皆なんか喜多程ではないけど強い陽キャオーラを纏っているように見えるもの。何なら店内に置いてある全ての家具から変なオーラが出てるように見える。分かる、痛いほどよく分かるよ……。

 

「で、でも人違いってことはないかな?」

 

 不安そうな虹夏先輩。どちらかと言えば人違いであってほしいと言う願いが少し言葉の節々に込められているように感じた。うん、その気持ちはちょっと分かる。

 

「いやあ……あの格好で人違いってのは難しいんじゃ」

 

 顔は遠巻きでよく見えないが、それでも遠目からでもはっきりと見える特徴的なピンクのセミロングヘアー、動画でもよく見たピンクジャージと言うお洒落からかけ離れた格好、それにギターケースまで背負ってるんだもの。これで人違いだったら誰がギターヒーローなんだよってなるよ。

 

「……じゃあ確かめてみます?」

「どうするの?」

 

 僕はスマホを取り出し、メールアプリを起動すると先日ギターヒーローと交換したメールアドレスを入力し、本文を書き込み始める。

 

『申し訳ないですが、少し遅れそうなので先に入って待っていてください。良ければコーヒーを先に注文して席を取って置いていただけると助かります』

 

「カズ君鬼!?」

 

 メールの本文を覗き見た虹夏先輩が叫ぶ。 

 確かに、陰キャの疑いがある女の子にこの要求は酷かもしれない。だが本人と確かめるならこれが手っ取り早いし。決してどんな反応するかなと言う好奇心から来るメールじゃない。

 

「ええい、ままよ」

「ああ、送っちゃったっ」

 

 さて、どんな反応が返ってくるかな……あ、メールが届いたみたい。スマホを取り出して、画面を――あ、固まった。あの今にも死にそうな顔から見るに、本人だと言うのは間違いなさそうだな。ていうかすごいな。顔面崩壊ってああいう顔の事を言うんだ……。

 

「……本当にギターヒーローさんなんだ」

「がっかりしました?」

「ううん?なんて言うか、ギターヒーローさんってどんな人か想像できなかったから。でも特別な才能を持つ人なんだってちょっと思い込んでたみたい。同年代の女の子なんだなって、ちょっと安心した」

 

 虹夏先輩がほっとしたように笑みを見せる。ここに来るまで随分緊張していたみたいだが、ギターヒーロー……もとい後藤ひとりの人柄が断片的に少し分かったおかげでその緊張も解れたみたいだ。

 さて、本人確認も済んだしそろそろ声を掛けに――って。

 

「あ、カズ君ギターヒーローさんが意を決した顔になって店に……ってあぁ!?店に一歩入った瞬間溶けたよ!?」

「溶けた!? 溶けたって何!?」

「わわ、分かんないよ!ほらなんかスタバの店員さんがパニック起こしてる!カズ君のせいだよ!?」

「僕のせいですかこれ!?」

「ああもうよく分かんないけど助けに行かなきゃ!ギターヒーローさあああああん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああのあのあの、お手数をおかけしました……!」

「いやーいいっていいって!びっくりしたけど、なんとかなったしね!」

 

 溶けた後藤ひとりをその辺にポイ捨てされていた空っぽのペットボトルになんとか詰めて、近くの公園で水を与えて元に戻した。……いや自分でも何を言ってるのかよく分からないけどなんだよ溶けた女の子をペットボトルに詰める作業って。ヘドロヴィランかな?

 その後、スタバではなく近くのファミレスに入り、こうして今後藤ひとりと向かい合う形でテーブルに着いている。

 後藤ひとり。

 結束バンドのリードギター、そしてこの物語の主人公。まさか主人公がスライムになるとは度肝を抜かれたが、それでもこうやって主人公と顔を合わせることが出来たと思うと感慨深い物が湧いてくる。

 さっきから全然目を合わせてくれないが。

 とりあえず、今回が初の顔合わせなので改めて自己紹介に移る。

 

「改めて、初めましてギターヒーローさん!私は下北沢高校一年、伊地知虹夏!担当はドラムスだよ!好きなジャンルはメロコアとパンクロック!」

「僕は井上和正、中学三年。一応、バンドのアシスタントと言うか、マネージャー的なポジションでやってる。好きなジャンルは洋楽とクラシック」

「はは、初めましてごご後藤ひとりですぅ……中学三年生です……好きなジャンルは……青春コンプレックスを刺激しない歌ならなんでも」

「なんて?」

「あー……恋愛映画とか青春映画の主題歌になるような曲のことじゃないですか?夏とか海とか切ない恋とかそういうの。あとは応援系の曲とか……そんなアオハルなメッセージ性が強い歌とか?」

「ガハッ」

「後藤さん大丈夫!?顔やばいことになってるって!」

「ええ……今夏とか海とかの単語に反応したの?」

 

 すごいなこの子。話してるとまるで地雷原を歩いている気分になる。雑に話題を振ると彼女に致命傷を与えかねない。なんだこのNGワードゲーム。

 

「落ち着いてー後藤さん。深呼吸をするんだ」

「はははは、はいぃ……」

 

 む。なんか警戒されてる?ていうか怖がられてる?

 

「大丈夫だよ~後藤さん!カズ君はぶすっとしてるけど優しくていい子だから!」

「ハァイ、ジョージィ」

「アッハイ。ジョージです……」

「カズ君、ペニーワイズのモノマネするんじゃないの!後藤さんもジョージじゃないでしょ!」

 

 虹夏先輩が後藤さんを宥めているが、かなり怯えられてる。これ、僕が怖いんじゃなくて基本的に誰に対しても恐怖心を抱いちゃうのか。相当なコミュ障だなぁ……スタバに一歩入っただけで溶けちゃうコミュ障ってのも、なんだかよく分からないけど。

 でもこういうタイプって会話の取っ掛かりを掴めれば普通に話せそうなんだけど。あ、そうだ。

 

「後藤さん、そういえばリクエスト曲応えてくれてありがとうございます」

「ふぇ、り、リクエスト?」

「三週間ぐらい前の、Coldplayのリクエスト曲ですよ。あのリクエスト送ったの僕なんです」

「そ、そうなんですか」

「滅茶苦茶上手で最高でした。うちのバンドのベースも、あれを聴いてすぐに後藤さんにリードギターしてもらいたいって」

「うぇ、うぇへへへへへ。わ、私なんかの演奏で楽しんでくれたなら嬉しいです……」

 

 あ、すごい溶けた表情で笑ってる。

 なるほど誉めればいいのね。ヨイショすれば無限に笑ってくれてそう。

 

「あの動画ってカズ君のリクエストだったの?」

 

 虹夏先輩が驚きを隠せずに僕に問い質してきた。そういえば話してなかったな。

 

「そうですよ。虹夏先輩にチャンネルをオススメされたその日にDM送ったら、次の日に演奏した動画をアップしてくれたんですよ」

「は、はい。普段聴かない洋楽だったのでびっくりしたんですけど、聴いてみたら神の曲で私好みだったので……すぐに完コピして演奏しちゃいました」

「えー!羨ましい!そっかー、私普段動画のコメントとかしない派だったからリクエストするって発想がなかったよ!後藤さん、私もあの動画聴いたよ!もうすっごく最高だった!私も好きな曲リクエストしていい?」

「えへ、えへ、えへへへ。任せてくださいよぉ一曲と言わず百曲ぐらいリクエストしてくださいよぉ」

「すっごい嬉しそうだねえ」

「顔に出るタイプなんですね」

 

 褒められ慣れてないのか頬を紅潮させて「承認欲求が満たされてるぅー!」って顔してるよ。仕事終わりにビールを飲むおっさんぐらい幸せな顔してる。

 なんというか、ギターヒーローの動画に映るギタリストと、今目の前にいる少女とのイメージが上手く結びつかないな。

 ギターを弾いている最中の彼女はまさしく鬼気迫ると言った感じで弦をかき鳴らしているけど、僕の前でちょっと気持ち悪い笑みを浮かべている少女とはまるで別人のように見えた。

 スタバで溶けた少女があの演奏をするって……なんだ?なんだかイメージの差が激しすぎて脳がバグってくる。でもなんか面白いなこの子。今まで会ったことがないタイプの女の子だ。

 

「それで、早速本題なんだけどいいかな後藤さん」

「アッハイ」

「あ、カズ君。私に言わせて。一応バンドのリーダーだし」

「それもそうですね。じゃお願いします」

 

 虹夏先輩が真剣な表情で言うので、僕は頷いて会話の主導権を渡す。

 

「こほん……後藤さん、私達のバンドはね、今リードギターがいないの。ボーカルの子はまだギター始めたてでまだ練習中で。それでリードギターできる子を探してるの」

「リードギター……えっと、い、い、い」

「井上でいいよ。親しい人はカズって呼んでるけど、呼びやすい方で」

「ア、ハイ。えっと、井上さん……と、確か金髪の大人の人がリードギターをしているんじゃ……あの動画、すごく、上手に聴こえたんですけど」

「あ、動画観てくれたんだね!」

「ア、ハイ。とても素敵な歌でした」

「か、カズ君聞いた!? ギターヒーローさんが私達の演奏を誉めてくれたよ~!」

「虹夏先輩、嬉しいのは分かるんですがそれは後にしましょ」

 

 褒められて嬉しいのは分かる。僕も実際嬉しいし。でもだからってびしびし肩を叩かないでくれ。

 

「えっとね。カズ君はさっきも言った通りアシスタントで、女の人は私のお姉ちゃんで、動画を撮影する為だけにサポーターとして入ってくれたんだ。正式なメンバーじゃないの」

「僕は演者は性に合わないからヘルプとしてだけ演奏してるんだ」

「そ、そうなんですか」

「そこで、後藤さんに正式メンバーとして加入してもらってリードギターをしてもらいたいんだ!どうかな?」

「私が……リードギターに、ですか」

 

 メールでも要件は伝えていたが、口頭で直接頼まれた後藤ひとりの目には、迷いが映っていたように思えた。

 迷いと言うより、引け目のような。「自分なんかが」と言う、劣等感から生まれてしまう負い目。

 だから彼女がそう答えるのは、ある種必然だったのかもしれない。

 

「あああ、あの……私、バンドに、入れま、せん……」

 

 彼女は目を力強く瞑りながら、そう答えた。

 

「――理由を聞いてもいいかな」

 

 虹夏先輩は少し悲しそうにそう尋ね返す。

 

「ああああのあの、決してあなた様方のバンドが悪いと言う訳ではなくバンドに誘われたのは天に舞い上がるほど嬉しかったですがこれは私めの問題でして決してそちらに非がある訳では」

「すっごい早口で喋るじゃん」

「後藤さん!落ち着いて!別に怒ってるわけじゃないから!一応理由を聞きたいってだけで」

 

 後藤さんはこちらの機嫌を損ねてしまったと勘違いしてパニックを起こしたが、ドリンクバーのジュースを飲ませて無理やり落ち着かせる。

 それでも顔を青くさせる後藤さんは、やがてぽつりぽつりと語り始めた。

 

「わ、私普段からこんな根暗なタイプで友達がいなくて……それでギターを始めて、動画を上げ始めたんです」

((それは知ってるし概要欄の奴やっぱ嘘だったんだなー……))

「それで、その……ある時、合唱コンクールの動画を観たんです。オススメ動画にあった動画なんですけど」

「合唱コンクール?」

「……そちらのバンドの、ボーカルさんと、多分、井上さんが指揮者をしていた動画です……」

 

 ふむ。喜多が出ていて、僕が指揮者をやっていた合唱コンクールの動画?

 それってもしかしなくても。

 

「……去年のフレディの動画じゃんカズ君!」

「え。まさかあれ観たの?」

「はいぃ……だから、すごくびっくりしました。送られてきた動画に、歌っていた人と、指揮者の人がいた事に……今日会ってみようと思ったのも、それが理由だったり……えへへ」

 

 確かに、あの合唱コンクールの動画は僕と喜多の顔がばっちり映っている。それでもかなり遠目から撮影された物だから、よほどの事がない限り身バレみたいなことはないと思ったので放置していたのだが……まさか物語の主人公である後藤ひとりの目に留まっていたとは。

 

「本当に凄い曲で。私は合唱コンクールは仮病したくなるぐらい嫌いだったんですけど、あんなに鳥肌が立つ歌は聴いた事がなくて……特にボーカルさんの歌声はずっと聴いていられるぐらいで。何度も何度もリピートしました」

「はぇー……喜多ちゃんのボーカルが後藤さんにも刺さったんだねぇ。カズ君と同じだね!」

「あ、き、喜多さんって言うんですか?」

「そうだよー。カズ君の幼馴染で、あの合唱コンクールにフレディ……『Somebody To Love』を選んだのもカズ君なんだよ!」

「そ、そうなんですね。あの曲、あれを聴いて私も大好きになりました。今ではお気に入り曲のひとつです。英語分かんないですけど……」

「分かる~!あれ聴かされたら、原曲の方も聴きたくなるよ~!」

 

 ここに来て僕と喜多の原点とも言えるあの合唱コンクールが話題に出てくるとは思わなかったな。虹夏先輩も共通の話題があった事で楽しそうに話しかけている。後藤さんも最初より全然緊張が解けて話せるようになってきたように感じた。

 そういえばリョウさんも虹夏先輩もあの合唱コンクールで僕や喜多の事を知っていたんだよな。偶然とはいえ、思わぬ共通点が生まれていた事に不思議な縁を感じるな。

 でもそうなると疑問が一つ湧く。

 

「あの動画と、今回のバンドの参加を断る事と、何の関係が?」

「わ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「釣り合ってない?ギターヒーローさんが喜多ちゃんに?」

 

 虹夏先輩が信じられないと言いたげに問いかける。

 僕も信じられなかったし、一瞬何を言ってるか分からなかった。だって、誰がどう見たって釣り合ってないのは僕らの方だ。

 実績を見れば、喜多は無名のバンドのボーカル。合唱コンクールの動画はバズっていたとは言え、チャンネル登録者数6万人を超えるギターヒーローと登録者数500人にも満たない結束バンドでは、誰が見ても力の差は歴然だ。

 なのに彼女は劣っているのは自分の方だと言う。

 

「喜多さんの、『Somebody To Love』は本当に格好良くて、動画見た後、私もすぐに演奏して動画を撮ってみたんです。でも、1人で演奏する『Somebody To Love』は寂しくて、悲しくて、急に自分のギターがつまらないものに思えてきちゃったんです。けけ、結局その動画も消しちゃいましたし……。それ以来、自分のギターの音を聴き返してもどうやっても上手に聴こえなくなって。今もその感覚が拭えないんです」

 

 悲し気に後藤さんが呟く。

 彼女の言葉も当然だった。だって、35人分のバックコーラスが付いた演奏だ。軽音部のギターとドラムとベース、そして合唱部のピアノが支えたオーケストラのような大掛かりな布陣で歌った合唱だ。たった一本のギターで立ち向かおうとしたって、音の厚みで追いつけるわけがない。アンプのボリュームを最大にしたって、たった一人の演奏じゃ勝てる道理もない。

 

「私は、()()()()()()()()()()()

「……勝ちたい?」

「ああ、いや、別に打ち負かしたいとかそういうんじゃないんです……今のは口を滑らせました忘れてください。えっと……本音を言えばバンドに入って演奏したいです。そう、勝ちたいと言うより、対等に並びたい。でも、私の中だと、あのボーカルに自分のギターが届く光景がまだ見えないんです。多分、喜多さんがいないバンドだったら、私はきっとすぐに入ってた。ああいえ喜多さんが嫌とかじゃなくて、そうじゃなくてとにかく――」

 

 

「皆さんが悪いんじゃないんです、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼女の力強い断言は、僕に驚愕を与え体中に鳥肌が走り抜けて行った。

 謙遜とか嫌味ではない。本当に、心の底からまだ自分のギターが上手いと信じてない!

 産毛が逆立つ。あのギターの腕前で、まだ満足していないってのか? 自分の上限を未だに高めようとしているのか?ただでさえプロでも通用しそうな腕前を備えているのに、たかだか中2の子供の合唱コンクールに対抗心を燃やしてもうほとんど再生数も伸びない過去の歌に打ち勝とうとしている。まだ自分の実力が底辺だと思い込んでいる。信じている。妄信している。それはもう、病的なまでに。

 あの合唱コンクールの動画は、彼女に一体何を与えたんだ? 劣等感? 敗北感?

 いずれにせよ、彼女の中にあの歌が強く刻まれすぎてしまったんだ。強い呪いのように。

 

 ――ヒーローとは、孤独

 

 どこかで聞いたことがあるようなキャッチコピーが、僕の脳裏によぎった。

 彼女自身、ヒーローを名乗ろうと言う自覚は特にないのかもしれないけれど。でも誰が課した訳でもない戦いに、ギター一本で立ち向かおうとしている彼女の姿は、ヒーローと言っても差し支えないだろう。

 こんな娘だったのだ。僕が前世で聴いた、いや前世で聴いたのは現実の人間だこの子のギターじゃない。あの時、前世で何度も何度も聴いた音楽に紛れ込むように流れていたギターの音色をかき鳴らしていたのはこの娘じゃないんだ。()()()()()。動画越しに聴かされたカバー曲は、間違いなく前世で聴いた曲より上手かった。こんな女の子だったのだ。

 僕は今更ながら――いや、今思えば喜多に出会った時から、リョウさんと話した時から、虹夏先輩とセッションした時から、ずっと思っていた。

 

 ぼっち・ざ・ろっく、読んでおけばよかったって。

 

 こんな奴らがロックンロールをするだって?そりゃ面白いに決まってる。

 そして同時にこう思った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、バンドとかに入るのはもっと登録者数を増えるぐらい上手くなったらで……え、えへへ、登録者数100万人(ミリオン)になったらとかで……」

 

 ギリ。

 

 何か、ほんの微かに店の中の雑音に紛れるように小さく、何かが軋む音がした。ふと目を向けると、その音の発生源は虹夏先輩から鳴った音のようだった。でも先輩はいつも通りニコニコしているし、一体なんの音だ?

 視線を下に向けると、先輩の手は強く自分のズボンを指が食い込むぐらい掴んでいた。負の感情を表に出すまいと必死に歯を食いしばっているようだった。

 

(先輩、悔しいのか)

 

 後藤ひとりは何も気付いてない。ここまで彼女は喜多の歌についてはかなり饒舌に話しているけど、ベースやドラムのことには一切触れていないことに。本人も無自覚なのだろう。

 ――興味を持たれてない。印象にも残っていない。結束バンドの事には何も。

 

 音楽家にとって、いや、この世にいるありとあらゆる芸術家に一番屈辱的な結果とはなーんだ。

 

 答えは、無関心で終わってしまう事だ。

 

「ミリオンかぁ。私達にはまだまだ想像つかないや。でも、その心意気やよし!ロックンロールだね、後藤さん!」

 

 でも先輩の取り繕った笑顔の仮面は悲しくなるほど上手くできていて、初対面の後藤ひとりには見破れていない。でも普段明るい先輩を見ている身近な人間なら彼女が怒っていることをなんとなく察するだろう。

 

「ちょっと納得しきれない部分もあるけど……後藤さんがそう決めたのなら、無理強いはできないかな」

「すすす、すみません……!」

 

 後藤さんは申し訳なさそうに、それでもこうして話せた事が嬉しかったのか表情はどこか明るい。

 

「でもせっかくだから、LINEのアカウント交換しよ!同じバンドマン同士、コラボとかセッションとかゲストとか色々やれるしね!」

「あ、はい……え、いいんですか?私なんかが……」

「もちろん!カズ君もいいよね。――カズ君?」

「――え?ああ、すいません聞いてませんでした。ちょっと思いついた事があって……」

 

 ――僕が思いついた事は、ひょっとしたら最低な考えかもしれない。いやひょっとしなくても、結束バンドに入れたいと言う名目だけで僕は後藤さんを傷つける。

 虹夏先輩やリョウさん達には呆れられるかもしれない。でも、一度思いついたアイデア以上に良い方法は思いつかなくて。何より、僕はそれを試したかった。

 こんな事を身勝手に頼み込む罪悪感。

 そしてこれをすればギターヒーローの音を聴けると言う、高揚感。

 それらはごちゃ混ぜになって、甘い背徳感になる。

 その誘惑に抗わず、僕はゆっくりと言葉を吐き出した。

 

「後藤さん」

「あ、ひゃい」

「良ければ、作詞をお願いできないかな?コラボってことで」

 

 でも、それすらも飲み下して僕は前に進もう。

 バンドの為、自分の為、虹夏先輩の為、リョウさんの為、後藤さんの為――。

 

 そして、僕のボーカルの為にも。ジョン・レノンにポール・マッカートニーが必要だったように。

 喜多には、結束バンドには、彼女のギターが必要なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、後藤はすぐに歌詞を僕らに提供してくれた。

 彼女が何かの備えと言う事で持って来てくれていたノートには、彼女の歌詞がいくつか既に書き上げられていた。中には呪詛みたいなよく分からない歌詞もあったけど、読んでみると僕が前世で聴いた歌詞も既にこの世に生まれていたのだ。

 僕と虹夏先輩は、その中の一曲をコラボと言う形で提供してもらい、リョウさんに作曲をしてもらうことになった。

 

 帰り道の電車の中。まだ陽は沈んでおらず、帰宅ラッシュに巻き込まれる前に電車に乗り込む事ができた。車内は驚くほど空いていて、虹夏先輩と僕は並んでシートに座った。

 しばらく口も開かなかった先輩はやがてぽつりぽつりと僕に言った。

 

「――君は本当に音楽バカだね、カズ君」

「何がです?」

 

 すっとぼけるものの、虹夏先輩は乾いた笑いを浮かべながら続けた。

 

「君がやろうとしてること、分かっちゃったよ。わざわざ()()()()()()にチケット、自腹であげちゃってさ」

 

 まだ三か月にも満たない関係性だけど、僕らが過ごした時間は濃密だ。僕がどういう人間で、どういう性根を持った人間なのかはとっくに見透かされているのだろう。

 僕が音楽の為なら、どんなことでも捧げてしまう人間だと言う事に。

 

「軽蔑しますか?」

「ううん。私も、思う所はあったし。だってひとりちゃん、ボーカルの喜多ちゃんにばっかり目が行っちゃって。私やリョウの事、お姉ちゃんやカズ君の演奏の事、一言も何も言わなかったの。カズ君も気付いていたでしょ?」

「なんて思いました?」

「……めちゃめちゃ悔しい!ってなった……正直ちょっと凹んだ」

「でしょうね。本人にその気はないと言うか無自覚なんでしょうけど、遠まわしに印象に残らなかったって言ってるようなもんでしたし」

 

 ここで問題なのは無自覚に無意識に無関心で終わってしまっていると言う点だ。

 これがアンチ的な意味で彼女が無関心を装っているのなら、もっと上手くなって見返してやると言う風に続けられる。

 けれど後藤ひとりは裏表がない――と言うより裏を隠しきれるようなタイプじゃないから、本当に素で結束バンドに興味を持てなかったのだ。それが余計に虹夏先輩のプライドを傷つけた。

 

「うん。喜多ちゃんの歌がすごい上手なのは分かる。でも、あの動画は喜多ちゃんのソロじゃなくて結束バンドの演奏なの。カバー曲だったけど、私達が生み出した歌だったのに。カズ君は悔しくなかった?」

「……僕自身のギターについて何も思われなかった事は、特には。僕は自分好みの音を弾いて聞ければ後はなんでもいいんです。こういう性根が演者に向いてないって自分でも分かるから普段からステージに興味は持てないんですけど」

 

 虹夏先輩は僕個人の薄っぺらな考えを支えてくれるように、小さく頷いた。

 

「でも、先輩達の演奏で何の爪痕も残せないのは……嫌ですね」

「だよね。私もおんなじ気持ち。自分のドラムが評価されないのはいい。私はまだ下手だって自覚してるから。でもカズ君やお姉ちゃん、リョウの演奏まで何も思われなかったのは嫌だったな。でも同時に思ったの。ひとりちゃんがもしバンドに入れば、私達はもっと進化できる。あんなに貪欲に上手くなりたがる人、私見た事ない」

 

 音楽家は、ロックンローラーは、互いを引っ張り合っていく。ケツに火を点け、手首に痣が出来るぐらい掴んで引きずり出す。時にお互いを殴り合いながら、自尊心を傷つけて血を流しながら、ステージの上へ進んでいく。

 喜多の歌が、後藤ひとりの向上心を大きく引っ張り上げたように。

 後藤ひとりの無関心が、伊地知虹夏というドラマーの魂に、火をつけた。

 

「だから、今度のライブで分からせるんだ。私達のロックを、ひとりちゃんに」

「……時間を掛けて、それこそもっと上手くなってから喧嘩を売るって方法もありましたけど」

「嫌だ。だってここで逃げたら、私、いつかメジャーデビューするって夢からも逃げちゃう。だからカズ君、ひとりちゃんをぶん殴りに行こう。いつも通り、私達らしいやり方で」

「――はい」

 

 母さんの言っていた事は、正しかった。

 ロックンローラーってのは、音楽家ってのは、度し難い程の負けず嫌いな、戦士の系譜に連なる人種なんだって。

 

「とりあえず、リョウさんと喜多には今日の話は言わないでおきましょう。今度後藤さんがライブに来るってことと、オリジナル曲の歌詞を貰ったことだけ伝えて」

「うん。そうしよ。ライブでやる事も話す?」

「――やめときましょ。変に気を使わせてもあれですし。ああいうのは多分アドリブでさせた方が乗ってくれる。喜多も陽キャでノリがいいから、何も言わない方が発揮してくれますよ」

「じゃあ、この計画は私達の秘密だね。……こういうのって、あれだね。悪い事を考える、共犯者だ」

「ロックンローラーっぽくていい響きですね、共犯者」

「ロック免罪符過ぎるね」 

 

 僕らは笑って企てる。ヒーローを陥れる策謀を。

 犯罪と言うには小さな企み、けれどちっぽけなヒーローを罠に嵌める僕らはロックを振り回す共犯者。

 ギターとドラムを抱えて、後は頼れる仲間を引き連れて。

 ヒーローを倒す準備をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月はあっという間だった。

 学校で授業を受けて。放課後合唱コンクールの練習をして。リョウさんの作曲を手伝って。STARRYでライブの練習をして。喜多のボーカルとギターの練習に付き合って。学校が無い日はほとんどSTARRYのスタジオに籠るか、僕の家にみんなで集まって演奏の練習をするかのどれかだった。

 僕も喜多も、それに先輩達も、忙しすぎる一か月だったように思う。正直、あまり自分の時間を取れた記憶がない。日課の音楽鑑賞会も片手で数えられる程度しかできなかった。

 幸いデモ曲がすぐに出来たおかげで、後藤ひとり提供による結束バンド最初のオリジナル曲の練習にはすぐに取り掛かれた。

 リョウさんは最近ずっと既存の曲を編曲する作業をしていたが、だからって全部が綺麗にまとまる訳じゃない。深夜テンションで書いたんじゃないかと疑うようなダメダメな没もたくさん編み出していた。

 けれど後藤ひとりの歌詞でインスピレーションを得ることが出来たリョウさんは、過去の没データを漁り、そこから取っ掛かりを得て二日ほどでデモ曲を二つ作り上げた。本当に音楽に関してはマジで天才なんじゃないかと思える仕事ぶりである。

 あとはデモ曲候補から1曲を選んで、練習練習。ひたすら練習だ。

 今回は後藤ひとりの勧誘に失敗したから、僕がリードギター役だ。リョウさんが持っていたエレキギター……60万もするハイエンドギターを貸された時は冷や汗が出たが、ハイエンドを触れる機会なんてそうそうないので割り切って貸してもらっている。「傷つけたら弁償」と言うマジっぽい忠告は聞かなかったことにしたい。(震え声)

 走っているように過ぎていく日々の中で練習を重ねていく内に少しずつ技術を身に着けていく。僕の指は、ここ最近ずっとギターを触っているからすっかり固くなってしまった。演者にならないと言う僕の中のルールはどこへやら。だが不思議と気分は悪くない。アコギを弾くのも楽しいが、アンプでナイフみたいに鋭い音を奏でるのはまた別の楽しみがあった。

 知らない内に僕もギタリストのようになってしまった。

 本当は観客の方が良いのに。でもこのメンバーでステージの上に立てる事にわくわくしている自分もいる。

 そして、ライブの日が近づくにつれて、虹夏先輩のドラムは気迫が徐々に増すようになった。

 

「ねえカズ君、虹夏先輩のドラムって何か変わった?」

 

 ある日の練習の帰り道。喜多は僕に確認するように尋ねて来た。

 顔を見ると少し不安気な表情をした喜多が、真っすぐに僕に目を見ている。

 

「どうしてそう思えたんだ?」

「なんていうか、前よりノレて歌えてるなって思うの。気持ちよく歌えてるし、歌いながらギターを弾いてもあまりズレなくなったって」

「それはすごい」

「でしょ?それで虹夏先輩に何かあったんじゃないかって――」

「ああ、違う。すごいのは先輩だけじゃなくて喜多もだよ」

「え?」

 

 上手いドラマーの条件。様々な意見はあるし、これはギターにもベースにも言える事だが真っ先に挙げられる条件は()()()()()()()()()()()事だ。歌っているボーカルがリズムを崩さず、音に載せて上手く歌えていると言う事。

 バンドで組んで演奏する限り、絶対の主役はボーカルである喜多だ。その喜多が気持ちよく歌えていると言う事はドラムが安定している証でもある。虹夏先輩が毎日真剣に練習を重ねた成果。基礎が固まってきた証。

 そして、喜多がボーカルとして成長した証だ。

 自分がノレて歌えているのはドラムが正しく刻まれていたおかげであること。それに気付けた事が、喜多自身が成長した証だ。

 

「虹夏先輩が基礎を洗い直して徹底的に正しいリズムを刻む事で、喜多がリズムに迷わずに歌い続ける事が出来てるんだ。だからそれに気付けた事は、喜多の耳が肥えてきたのと、後はリズム感や歌の技術が伸びてきた証拠なんだ。だから凄いのは先輩と喜多だよ」

「……ありがと」

 

 素直に誉めたら、身体を縮こませて顔を赤くしながらお礼を言ってきた。

 

「……だからそういう反応やめろって」

「褒めてくるのが悪いんじゃない……」

「事実を言っただけだろ」

 

 僕がそう言うと喜多はぽかぽかと照れ臭さを誤魔化す様に顔を俯かせて殴ってくる。

 

「まあこの調子で頑張ってくれ。今度のライブは僕も出る事になったんだから、成功するかどうかは喜多のギターに掛かってる」

「うっ、プレッシャー掛けてくる……やっぱり私、ボーカルに専念した方が良かったのかしら?もしギターヒーローさんが来てくれれば、カズ君とギターヒーローさんがギターで私はボーカルだけでよかったのに……ああでもそうしたらカズ君はステージに上がってくれないか……悩ましい」

「何言ってんだ」

 

 ギターヒーローに来てもらった方が良いに決まってるだろ、と言ったら本気で殴られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして本当にあっという間に、ライブの日がやってきた。

 残暑はとっくにどこかへと消えていき、冬の空気を匂わせる冷たい風が吹くようになった10月の夜。

 陽は沈むのが早くなり、チケットが販売される5時頃にはもう辺りは暗くなり始めている。

 リハーサルを終えた僕達は控室で楽器のチェックや楽譜を見直して備えている。結束バンド以外にも何組かのバンドが待機して、それぞれが出演時間を待ち構えている。僕らが一番の若手のバンドで、後は年上の人達がほとんどだった。

 そして時刻が6時ぐらいになる頃に控室に入ってきた店長さんは、「チケット完売したぞ」と待機していたバンドマン達にあっさりと告げた。

 

「嘘、マジ?」

「今日のメイン、そんなに有名なバンドだった?」

 

 楽屋に動揺が走る。

 僕も一通り今日の出演者達はチェックしていたが、最後に出演するバンドが今日の目玉のバンドで、それ以外は無名の駆け出しが中心だったはずだ。ノルマチケットが全部掃けたとしても、どちらかと言えば小さい箱に分類されるSTARRYが一杯になるとはどういうことなんだ?

 恐る恐るステージを確認すると、確かにホールは人で一杯になっていた。ざっと数えて50人以上の若者達がジュースを片手にステージに演者が上がるのを今か今かと待ち構えている。そのうちの何人かは、僕や喜多が売ったチケットを持ってきたクラスメイトが見えた。……いやちょっと待て。なんか客に見覚えのある客が多くない?ぱっと見ただけで20人ぐらい僕の学校の関係者なのだが。ていうか担任の先生も混じってない?

 

「あ、本当に来てくれたのね!よかった~!」

 

 僕と同じようにホールを覗きに来た喜多が嬉しそうに浮かれてる。

 

「喜多、君なんかやった?イソスタで告知かなんかした?」

「確かに告知はしてたけど……。たださっつーに『出来るだけお客さん連れて来て』って頼んだら、40人ぐらい引き連れて行くってさっきLINEが」

「あいつかー……1クラス分も引き連れてくるとは」

 

 佐々木さんは喜多と同じ陽キャグループに属するクラスメイトだ。僕も何度か喜多経由で話したり一緒に遊びに連れていかれたりした程度の関係性を持っている。かなりノリが良く、楽しい事や面白そうな事に食いつくタイプの女の子だ。交友関係も広いと言う印象がある。多分、片っ端から暇そうな連中に声をかけて引き連れてきたのだろう。

 喜多自身の歌唱力を知ってるから来てくれたんだろうけども、この陽キャのフットワークの軽さにはいつも恐れ入る。40人もよく引き連れてこれたな。

 

「ん?」

 

 ていうか、私服姿の同級生たちに混ざってなんか変なのが……いや変なのというか、ピンクジャージの後藤ひとりが佐々木さんの隣にいる。なんであんなところに。

 

「いや~後藤さんも喜多ちゃん達のファンだってね~!私も腐れ縁として鼻が高いよ~!こうなったら一緒に応援してこ~!」

「あうあうあうあうあうあう」

 

 見る限りなんか佐々木さんから絡まれたっぽいな。

 まあいいか。あの様子なら溶けたり死にはしないでしょ。……多分。車酔いになったみたいに顔が青いけど。

 それに、佐々木さん達に引き摺られる形ではあるが席の最前列に来てくれたのは僕と虹夏先輩にとって都合がいい。

 

「カズ君、ひとりちゃんいた?」

 

 控室に戻ると、虹夏先輩が心配そうに尋ねて来た。

 

「いましたよ。うちのクラスの陽キャに絡まれて顔面崩壊一歩手前でしたが」

「そっかー!まあそれなら大丈夫かな?」

「ホントに大丈夫なんですかそれ」

「溶けてないなら大丈夫だよ喜多ちゃん」

「ホントに大丈夫なんですか!?」

 

 大丈夫だよ多分。

 

「じゃあ先輩、打合せ通りに」

「うん!カズ君もお願いね。それとごめんね」

「いいですよ」

 

 こそこそと僕らは最後の確認をする。後は実行するだけ。

 

「郁代。そろそろ時間だよ。準備はいい?」

「はい!」

「カズは?緊張してない?」

 

 珍しくリョウさんが心配してくれる。僕も喜多も、観衆の前で演奏を披露するのは初めてだと知っているから心配してくれているのだろう。本当、こういう所は面倒見良いんだよな。

 

「大丈夫ですよ」

「ならよかった」

「ああ、でもそうだ。リョウさん、喜多」

「何?」

「どうしたの、カズ」

 

「もしステージの途中に変なのが混じっても、気にせず演奏を続けてください」

 

「変なの?」

「何、客の中に変質者がいるの?」

 

 僕の一言に困惑気に眉を歪める二人。唯一、その言葉の意味を知っている虹夏先輩は、二人から見えない位置でいたずらを企む女の子のように、人差し指を唇に当てて「しー」と笑った。

 

「いやいや、そんなのはいませんよ。ただ、想定外の事が起こってもいつも通りに演奏しましょってことです」

 

 喜多は僕の言葉の意味を飲み込めず首を傾げるが、リョウさんは何か企んでいる事に感づいてるのか訝し気にこちらを見ている。けれど、リョウさんは僕に問い質す事はせずに「分かった」と頷いた。

 

「何があっても私達がやる事は変わらない。郁代、いつも通りステージで暴れて」

「――はい!」

「虹夏、そろそろ行こ」

「そうだね。じゃあ、結束バンドの初ステージ、行こっか」

 

 メンバーから緊張は見られない。ちょっと心臓の音が速くなっているのは僕だけなのだろうか?

 でも、余裕そうなメンバーの顔を見ると頼りがいがある。

 僕は心臓の音を誤魔化す様に大きく息を吸って、ステージに向かうメンバーの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージは照明で眩しい、舞台袖から入った僕の真っ先の感想がそれだった。

 暗闇が堕とされたホール、そしてステージの上から浴びせられる照明は、同じ空間なのに客席とステージを明確に隔てている。同じ世界なのに、まるで向こうとは別世界だった。僕はつい最近まで向こう側にいたはずなのに、なんでいつの間にステージ側に立っているのか不思議でならない。

 観客達の声がステージをぶるぶると震わせた。叫び声と拍手が、小さなホール一杯に満たされ、反射され、僕らに降り注ぐ。クラスメイト達が最前列を独占しているせいで、まるで身内の前で披露するライブのような感覚だった。

 ギターストラップを掛け、ギターをアンプに接続し音に問題がない事を確認する。

 虹夏先輩がドラムのセッティングを、リョウさんがベースの弦を、喜多がマイクの高さに問題ないか確認し、チェックが終わると僕らは目を自然と合わせた。僕ら四人が静かに頷くと、喜多が息を吸ってマイクに叫んだ。

 

「皆さん!今日は来てくれてありがとうございます!私達は結束バンドです!」

 

 名乗りに反射するように拍手が再び鳴らされた。

 

「初めてのライブで緊張しています!心臓の音をマイクが拾わないか心配です!でも、そんな音をかき消すぐらいこのホールを温めるのでよろしくお願いします!」

 

 歓声。

 喜多の言葉に同調するように、客席のボルテージが上がっていくのを感じる。僕らはまだ何もしていないのに、部屋の熱がサウナみたいに上昇しているんじゃないかと錯覚する。額にじんわりと浮かぶ汗に気付かないフリをして、僕はピックを握り占めた。

 

「一曲目はアジカンのカバー曲です!――『転がる岩、君に朝が降る』」

 

 一曲目に選んだのは日本のロックバンド『ASIAN KUNG-FU GENERATION』の曲。前世の結束バンドがカバーした曲。

 喜多が選んだ曲だ。

 最初はビートルズとか練習曲で普段合わせてる『Stand By Me』を演奏しようか僕らは悩んだが、ライブハウスのトップバッターの、結束バンド初ライブの一曲目。みんなが知っていて誰もが上がれて、それでいて結束バンドらしい曲を演奏しようと言うのが僕達が出した結論だった。マイナーな洋楽をカバーしたがっていたリョウさんは少し残念がっていたが、この曲を選んだ喜多のセンスは一番冴えていたと思う。

 虹夏先輩がスティックで4カウントを叩きつけると同時に、僕とリョウさんが弦を弾き始める。アンプから吐き出されたエレキギターの高音とベースの低音が混ざり合い、空中で弾け合う。そこに喜多のリズムギターが混ざり込み、そして虹夏先輩が地面から支えるようにドラムを力強く叩き始めた。

 イントロが終わりに差し掛かると同時に、息を大きく吸った喜多の口から歌声が走った。

 空気が一変する。

 スタジオ練習で何回も何回も聴いた、喜多の歌声。リョウさんのベース。虹夏先輩のドラム。

 ばらばらの音はあっという間に束ねられ、一つの曲へと変貌する。

 何度も何度も聴いたはずなのに、ステージの上でマイクを通して歌っていると言うだけで、まるで別の音楽のように聞こえた。ステージの上で僕も弾いてるから?高揚感でアドレナリンが出ているから特別に聴こえるだけなのだろうか。

 置いていかれないように必死に弦を指で押さえつけながら、ちらりと顔を上げると盛り上がって叫んでいるクラスメイト達が見えた。何叫んでるか分かんねえ。ステージの上で弾くのがこんなに神経を削られる行為だなんて僕は想像もしてなかった。パソコンの前でヘッドホンに耳を委ねているだけじゃ、知らなかった感覚。僕はここに来て、また新しい事を知った。

 照明の向こう側、暗闇の中ではしゃいでるクラスメイト達。

 僕ら以外を目当てにやって来たであろう観客達。

 地面から突き上げられる演奏の音に身体が浮きあがっているのが見える。

 リズムに乗って身体に動かせている。

 彼等の意志に関係なく、僕らのギターの音で湧かせている。

 

 よかった。僕が推したバンドの演奏は、お前らの脳をぶっ飛ばす威力は持ってるんだな。

 よかった。僕の耳が腐り落ちてるとかじゃないんだよな。この昂ぶりは本物なんだよな。

 

 気持ちがいい。

 

 前世で経験した、何度も何度も吐くまで酒を飲んだ時のような高揚感がある。血液が心臓じゃなく音楽の鼓動で回っているみたいだった。頭がくらくらするのに、笑みが零れていく。

 

 僕はその最中、ちらりと後藤ひとりに目をやった。

 おい、なんだよその顔は。何を羨ましい物を見るような目をしている。

 君が選んだんだろ、そっち側にいる事を。

 なんでジャージに皺が出来そうなぐらい握りしめてるんだ。

 そんな権利はない事を君は知っているだろ?

 君があのファミレスで、虹夏先輩の手を取っていたらここに立っていたのは君だったんだ。それを羨む権利はない事を、君は分かっていたんだろ? それとも知らずに手放したのか? ああ、それは勿体ないことしたな。

 でも安心しろよ、まだこれは序曲。まだまだ盛り上がるんだからそこで待ってろヒーロー。まだ君の出番じゃない。

 意識をギターに戻し、再び弦を強く握り締める。

 僕がソロ弾きを始めると、リョウさんと虹夏先輩が僕に対抗するように音を叩き始めた。二人が笑っているのが見える。歓声が波を返す様にこちらに飛んでくる。

 僕が力いっぱい弾けば弾くほど、何倍もの力になって返ってくる。凄いな。こうやってロックは生まれるんだな。

 5分にも満たない演奏は、あっという間に終わった。シャツが汗まみれで息が切れ始めている。

 歓声とも怒声ともとれる叫び声と拍手が混ざり合って頭がぐわんぐわんと回った。

 

「ありがとうございます!アジカンの『転がる岩、君に朝が降る』でした!次の2曲目が最後です!」

 

 喜多の宣言に、観客席から残念そうなブーイングが飛んでくる。

 

「ありがとうございます!でもごめんなさい、私と隣にいるカズ――リードギターは、まだ中学生なので!19時を過ぎると補導されちゃうので一曲だけです!」

 

 喜多が笑いながらジョークを言うと観客席から笑みが零れる。

 

「次はオリジナル曲です!」

 

 僕の体力が削られていても、ライブはまだ続く。問題の二曲目だ。

 虹夏先輩の方を見ると、同じ事を考えていたのか目がぴたりと合った。

 頷き合い、僕は完璧に調整されたペグを、誰にも感づかれないようにこっそりと回す。

 

「この曲はネットで活躍中のギターヒーローさんに作詞してもらって、このバンドのベーシストのリョウ先輩が作曲した曲です!最高の曲なので、最後まで盛り上がっていきましょう!」

 

「ギターヒーロー!?」

「誰それ」

「私知ってる、嘘、マジで?」

 

 観客のどよめきがステージの上からも確認できた。ギターヒーローの名は、僕が思っているよりも知っている人が多いみたいだ。都合がいい。

 おい、そこで見ているヒーロー。

 ちゃんと聴いてけよ。そして眼を逸らすな。

 君に叩きつける、僕と虹夏先輩の挑戦状なんだから。

 

 僕はそう願うように後藤ひとりを見つめる。彼女は、僕の方を目を逸らさずに見ていた。

 

「二曲目――『星座になれたら』!」

 

 再び鳴らされるドラムのスティック音。

 そして再び響き始める、僕とリョウさん、そして今度は虹夏先輩のシンバルが編み出す音。

 けれど今回は、少し様子が違った。

 

「!?」

 

 リョウさんがベースを弾きながら、目を見開いてこっちを見た。

 さすが、今のでもう気付いたか。動揺してもベースはほとんどミスしていない辺り、さすがとしか言いようがない。ごめんリョウさん。でもこれが、僕にしかできない悪だくみ。

 ヒーローを引きずり出す精いっぱいの悪あがきだ。

 そんなことは知らずにリズムギターに集中している喜多は、イントロを終えた瞬間に歌い出す。

 

 

「もうすぐ時計は6時」

「もうそこに一番星」

「影を踏んで 夜に紛れたくなる帰り道」

「どんなに探してみても 一つしかない星」

「何億光年 離れたところからあんなに輝く」

 

 

 僕が前世で何度も聴いた曲が、とうとう産声を上げた。後藤ひとりが作詞し、山田リョウが書き上げた、まだこの世に生まれていなかった新しいロック。

 この小さなライブハウスで響く曲。でも不完全な曲だ。この曲はまだ完成していない、未完成の状態だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いいな 君は みんなから愛されて」

「いいや 僕は ずっと一人きりさ」

 

「――カズのギター、音がズレてる」

「あれ、本当ですね。機材トラブル?でも、直す様子がない……」

「あいつ、ペグをわざと回して音を半音ずらしてやがるな。何の為に?」

 

 ホールの一番奥で聴いていた店長さんとPAさんが顔をしかめているのが、ステージ上からでもよく見えた。

 ギターを嗜む人には分かる違い。耳が肥えている人にしか分からない違和感。

 

 大丈夫だ。だって普通の客にはギターがちょっと下手でも分かりっこない。音の良し悪しが分かる人なんてそうそうに居ない。

 ましてやここはライブハウス。小さな箱でアンプを通したエレキギターの音はばら撒かれたように反響し、客たちの歓声や拍手に混ざって多少音がズレていても分かりはしない。

 普段からこの曲を練習している人じゃない限り。

 

「――?」

 

 喜多が違和感を感じ始めている。けれどその原因を突き止められないのか心の中で首を傾げながらも歌を続けているのが隣にいる僕にも伝わってくる。

 うん、喜多も分かるよな。

 なら、プロ級の腕前を持つギタリストにはどう聴こえる?

 

「――ッ」

 

 届いてる。分かっているな。僕がやっている事の意味。

 普通に聴けば、初ライブのオリジナル曲を演奏する普通の曲。そもそもこれが初めて世に出される曲なんだから、正解も不正解も分かりはしない。

 でも特定の人が聴けば、わざと半音ずらしたギターが混ざるミスした曲。

 そもそも彼女には数日前にメールで譜面を送っている。きっと既に目を通して何度も自発的に練習してきたはずだ。だから猶更分かるだろ?

 自分が作詞した曲で間違えた演奏をしている。これは、()()()()()()()()()()()()()()

 そろそろサビに入る。

 僕はすぐにペグを回し、音を元に戻して弦をかき鳴らした。

 

「君と集まって星座になれたら」

「星降る夜 一瞬の願い事」

「きらめいて ゆらめいて 震えてるシグナル」

 

 喜多の歌声が夜空に流れる星のように美しく響く。

 幼い少女の喉から放たれる、輝きを持ったソプラノは僕らのギターとドラムとベースで弾き出され、花火のようにライブハウスで反響する。

 観客は一瞬で引き込まれた。一瞬でこの歌に取り込まれた。 

 結束バンドの曲を毎日リピートしたくなる、あの時初めて友人にCDを聴かされた僕みたいな顔をしている。

 皆さん、お得ですよ。皆さんはこれから生で結束バンドの曲を聴けるチャンスがあるんです。お得ですよー。

 

「君と集まって星座になれたら」

「空見上げて 指を差されるような」

「つないだ線 解かないで」

「僕がどんなに眩しくても」

 

 どうだ?

 君が書いた詞が、好き勝手に演奏されてるんだぜ。こんな神曲なのに、君はそこで突っ立ってただ茫然と見る事しかできない。

 本来は君がここに立ってリードギターをしているはずだったんだ、羨ましいだろ。君が憧れたボーカルの横で、僕が好き勝手に演奏してるんだ! 

 ギターのペグを回して半音ずらしてそれを元に戻す。普通に見れば音がズレていた事に気付いて戻したように見える、でも聴く人が聴けばそれはわざとだと分かる、創られたミスだ。さぞかし気持ち悪い音に聴こえるだろ?

 演奏者が闘技場で戦う戦士ならば、さしずめ僕は盗んだ鎧を着こんで遊んでいる盗人さ。

 

 それを見て君は――何を感じるんだ?

 

 

「――――」

 

 

 ああ、それが見たかったんだ。

 私が書いた歌に音を付けて演奏してくれたと言う喜び。

 どうしてあの時の誘いに「うん」と答えなかったと言う後悔。

 なんでわざと音をずらして弾いてるんだという戸惑い。

 どうして私の音楽をお前が弾いているんだと言う憎しみ。

 そこは私の場所だぞと言わんばかりの独占欲。

 いろいろな感情が暴れまわって、青白い肌が赤くなっている。血管が沸騰して、皮膚を突き破りそうじゃないか。こんなのがネットの、小さな画面で演奏してるギタリストだって?冗談だろ。お前のその傲慢な建前、消し飛ばしてこっちに引きずり出してやる。

 君は、ただの弱虫の一人ぼっちな女の子なんかじゃない。

 

 

 君は、根っからのロックンローラーで、そしてギターヒーローなんだよ。

 

 

「返せ!その詞は私が書いた詞なのに!なんであなたが弾いてるの!? 私の為の楽譜じゃないの!? なんで私は、そこに立っていないの!?」

 

 そんな慟哭が、今にも聞こえてきそうだった。

 それでいいんだよ。ロックンローラーは、そんなお行儀がいい人間なんかじゃない。あるべきじゃないんだ。

 たまらないよな。本来ならこの歓声は君が受け取っているべきだったんだ。なのに、そんな場所によく知らん男がギターを弾いている。

 

「私だったら、もっと上手に弾いてる!喜多さんの歌を、結束バンドの曲を!もっと良く出来るのに!」

 

 ジョン・レノンがポール・マッカートニーを選んだのも、きっとそういう野心的な、ギラギラとした強い欲があったからだと思うんだ。

 もうそれを隠さなくていい。これからは、君がここに立っていいんだ。

 僕と虹夏先輩が、言葉を尽くしてバンドに誘えば、君はここに立ってくれたと思う。

 でも、それじゃあダメなんだ。

 君がここに立ちたいと願って、君がここに立つと決めて欲しかったんだ。

 サビが終わり、あっという間に一巡して歌が終わる。

 前半ペグをいじって音をずらして演奏したからか、指先には自分でも気持ち悪い感触が残っていた。ぬめりとした冷たい粘液が、指先に纏わりついているようだった。必要な事だと思った。だからやった後悔はないけど、ギタリストとしては最低な行いだったと僕は自嘲する。

 けどそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、観客達は大騒ぎだった。

 

『アンコール!アンコール!』

 

 初めてのライブハウス、初めてのライブ。初めての生演奏。

 知らない感覚に揺さぶられた同い年の少年少女達は花火に火が点いたように騒いでいる。飛び散った火花は周囲を巻き込み、燃え上がる。

 僕と喜多を知らない観客達も、曲の完成度に酔わされて、僕の鼓膜を破れるんじゃないかと思える程アンコールを繰り返した。

 

「……」

 

 対してリョウさんと喜多が、どこか納得がいかない、不完全燃焼な感情を滲ませながら僕を見ている。

 僕は小さく謝罪の意味を込めて頭を下げて、後藤ひとりに向き直った。

 薄暗い観客席に立つヒーローは、周囲の喧噪に気付かぬ顔でただこちらをじっと静かに見ている。その姿は熱に浮かれる周囲から浮いていて、ステージの上から見下ろす小さなヒーローはちっぽけな女の子に見えた。

 でも、彼女の目には炎が宿っている。

 

 君が、君自身がステージに立ちたいと心の底から願えたのなら。

 

 その想いは、きっとどんなに時間が経っても風化しない。

 どれだけ周りに言われたって、その炎を消せやしない。

 僕は自然と指をクイクイと折り曲げた。

 

「こっちだ」

 

 後藤ひとりが、客席から一歩足を踏み出して光の境界線を越える。

 動揺が観客席から漏れ始め、いつの間にかアンコールの声も拍手の声も鳴りやみ、どよめきがあふれ始めた。

 

「誰あれ」

「ちょ、後藤さん?」

「なんだ、飛び入りか?」

「カズ君……?」

「喜多、リョウさん。ここで僕は交代だ」

 

 ニヒルにカッコつけて笑う。半端物の盗人はとっととステージから去るべきだ。

 そう思いながらスポットライトに照らされたステージ台に上がるギターヒーローを出迎える。

 

「よろしくヒーロー」

「――はい」

 

 ギターのストラップを外し、僕の横にそっと歩いてきた後藤ひとりに手渡した。

 少女の顔に怯えはない。ただ今すぐこの武器(ギター)をぶん回したいと言う熱だけがあった。

 

「アンコールに応えて、もう一回同じ曲やります!」

 

 虹夏先輩が打合せ通りに宣言する。リョウさんはそれを見て「ああ、二人の企みか」と納得して、喜多は少しだけ寂しそうに僕を見ていた。

 

「本当に、クレイジー音楽オタク……」

 

 マイクは喜多の呆れた声を拾わず、僕だけに聞こえた。

 

「ちゃんと一番前で聴いてるから。よろしく」

 

 僕はそれだけを告げて、ステージから降りる。

 

「え、なんであの人ステージから降りちゃうの?」

「ていうかあの子誰」

「新メンバー?飛び入り?」

「でもあのジャージって……」

 

 観客席側の動揺を他所に、後藤ひとりは僕から受け取ったギターをそっと撫で――そして、静かにピックをダウンさせた。

 

 アンプから吐き出された音は、僕が奏でていた音とは明らかに違った。

 同じギター、同じアンプ、違うのは演奏しているギタリストだけ。

 

 なのに――音が変わった。

 

 観客達が静まり返る。その音に一発でノックアウトされる。

 静寂を切り裂く様に後藤ひとりはギターソロをし始めた。恐らく僕が譜面を送ったあの日から、自分だったらどういう風に演奏するのか、どんなアレンジを加えるのか。ずっとずっと、頭の中で何度も考えて弾いていたであろうギターソロ。

 喜多も、リョウさんも、虹夏先輩も。そして僕も。会場にいる全ての人間が、後藤ひとりのギターに釘付けになった。

 

 そして、誰もが理解するんだ。

 理屈ではなく、本能で。

 

 ――()()()()()()()()って。

 

「――!」

 

 呆気に取られていた虹夏先輩とリョウさんが、顔を合わせて頷き合い、そしてシンバルが叩かれる。

 曲が始まった事に気付いた喜多も、慌ててギターを構え直し、アンコールが始まった。

 

 同じ曲の再演奏――なんかじゃない。

 

 音の質が変わる。後藤ひとりの弦を抑える指が踊り狂っている。ギターの弦が震える度に、僕らの背筋に鳥肌が立つのを感じる。

 だが明らかに後藤ひとりは自分ひとりで突っ走っている。ドラムやベース、そしてボーカルと合わせようと言う心優しい気遣いはない。

 当然だ。合わせも練習もリハーサルもなし、ぶっつけのアドリブなんだから。けれど、何故か崩れない。

 

 ――大丈夫! 二人共、私に付いてきて!

 

 音が再び変わる。

 ドラムのシンバルが、リードギターに対抗するように大きく響いたからだ。

 

 ――上等!

 

 リョウさんがリードギターと殴り合うように指を強く弾く。主旋律に一歩も退かない。

 

 ――私だって!

 

「君と集まって星座になれたら」

「夜広げて描こう絵空事」

「暗闇を照らすような 満月じゃなくても」

 

「なんか……」

「うん……さっきより、上手になってる」

 

 

 母さんが言った通りだった。ギターが一人変わっただけで、結束バンドはあっという間に次の段階へ、更にもう一歩先へ進んでしまった。

 負けず嫌いのロックンローラー。お互いを攻撃し合って、引っ張り合って、それが一つの音楽へと昇華されていく。

 僕にはできなかった事、彼女にしかできない事。

 それを寂しくは思う。けれど、リョウさんのベースが、虹夏先輩のドラムが、喜多の歌声が、後藤ひとりのギターが。

 覚醒した四人の演奏を、こうやって最前列で聴けた事を、僕は心の底から幸福に想う。

 

 

「だから集まって星座になりたい」

「色とりどりの光 放つような」

「つないだ線 解かないよ」

「君がどんなに眩しくても」

 

 

 ああ、やっぱりロックって最高だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンコールが終わると同時に、ビルが倒壊するんじゃないかと思えるぐらいの歓声が響いた。

 拍手と怒声と歓声と足踏み。暗闇から響く賞賛の嵐。

 ずっと集中して訳も分からずギターを弾いていた後藤ひとりは、額の汗を拭う事も忘れたままようやく客席側の方に目を向けた。

 彼女は茫然と、観客達の叫び声を浴びていた。

 それを見て何を想ったのかは僕には分からない。

 ネットの動画で付けられた再生数やコメントからは生まれない強いエネルギーを全身で浴びた彼女の目には、涙が滲んでいたように思えた。

 我に返ったギターヒーローは、慌てて他の三人に視線を向ける。

 怒られる、好き勝手に弾いた事を咎められる。

 そう思い込んでいた彼女を迎える三人は、後藤ひとりが想像していた反応とは真逆だった。

 三人とも笑っていて、虹夏先輩は親指を立てて後藤ひとりを歓迎した。

 

「皆さん、私達の新しい仲間です!さっきの男の子はプロデューサーで、この子が私達のリードギターです!」

 

「――仲間?」

 

 後藤ひとりがぽつりと、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。恐らくそれを聞き取れたのは、最前列で聴いていた僕と結束バンドの三人だけ。

 三人が頷き、喜多がスタンドから抜き取ったマイクを後藤ひとりに差し出した。

 

 後藤は恐る恐るそれを受け取り、両手で不器用に握り締めて、観客達に向き直る。

 

 照明に反射した光。汗か涙かも分からない水が、彼女の顔を濡らしているのが良く見えた。

 

 

 

 

「私が――後藤ひとりです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三曲。

 カバー曲が一曲、オリジナル曲が一曲。そしてアンコールにオリジナル曲をもう一回。

 全部の時間を足しても合計で20分にも満たない、結束バンドの初ライブは結果的には大成功になった。

 けれど楽屋に引っ込んだ僕らを出迎えたのは、怒り顔の店長さんだった。

 

「お前、わざとペグ回して音ずらしてあの子を挑発したな?」

 

 さすが、歴戦の元ロックンローラー。僕がしでかした事はお見通しだったらしい。

 僕は店長さんに逆らえず正座をさせられてお説教を受けるハメになった。

 

「ライブはお前のおもちゃじゃない。真剣に音楽を聴きに来る客に失礼だって、お前なら分かるだろ?」

「はい……」

「お、お姉ちゃん……その辺で……」

「何言ってんだ虹夏、お前も正座だ」

「うぇ!?」

「あの場でカズのギターの音がズレていた事に驚かなかったのは虹夏だけだ。お前も一枚噛んでるんだろ? カズは馬鹿だが独断であんなことをする奴じゃない。最低でもリーダーのお前に筋を通すだろ」

「う、ば、バレてる!?」

「そうだよ虹夏。あんな面白……じゃない、事故一歩手前の企みをしたなら罰は受けるべき」

「うぐっ、き、喜多ちゃん助けて!」

「黙ってた虹夏先輩なんて嫌いです」

「ガハァッ!」

 

 四面楚歌に遭った虹夏先輩も、僕と同じく正座とお説教を受ける事となった。

 

「ふふ、虹夏とカズの反省会おもろ(カシューカシュー)」

「ちょっと写真撮るの止めてよバカリョウ!」

「いやリョウさん、マジ勘弁して欲しいんですが……」

「あ?なんだ言ってみろ、ライブを私物化しかけたバカ共」

「「本当にごめんなさい……」」

 

 なんで僕らが怒られてるんだ……いや悪いのは僕らだけど普段と立場逆じゃない?なんで僕と虹夏先輩が正座して、あっちのボケ組が楽しそうに後藤さんに絡んでるのか、なんか納得いかない。

 

「あのあのあの、私も飛び入りであんなことしちゃったので一緒に正座するべきじゃ……」

「何言ってるの後藤さん!後藤さんのおかげであんなにアンコールを盛り上げられたのよ!感謝はしても怒ったりなんかしないわ。それに悪いのは虹夏先輩とカス君だけだから気にしなくていいの!(キターン!!)

「あうぅ、陽キャオーラが眩しい……!溶けるぅ……!」

「ひとり、最高のリードギターだった。やっぱり私の耳に狂いはない。あんなに気持ちいいライブできたの初めてだったよ。改めて、うちのリーダーが無理に引きずり出してごめんね」

「うぇへへ……い、いえ……私も、自分の歌詞をあんな神曲にしてくれて……えっと、リョウさんですよね。虹夏ちゃんとLINEしてたので聞いてます、いい曲を作ってくれて、ありがとうございました」

「いいってことよ。それで、次のライブはいつにする?」

「――え?」

 

 後藤さんがぱちぱちと、今の言葉を信じられないと言わんばかりに目を丸くした。

 

「また曲作って一緒にライブしよう。ひとりも確かカズと郁代と同じ中3なんだよね? 高校はどこにするの? 下北沢にはどれぐらい通える?」

「え、えっと」

「そうだ後藤さん、後藤さんもこっちに進学してこない?志望校一緒にして、一緒に学校に通いましょうよ!私も動画見てギターヒーローのギターがすごいのは知ってたけど、生で隣で聞かされてどうにかなっちゃうぐらい本当にカッコよかった!もっともっと一緒にバンドしましょうよ!」

「えっ、えっ……私、本当にこのバンドに入って……いいんですか?」

「「え、入らないの?」」

「あ、えっと……」

 

 正座をしている僕達の方からも、後藤ひとりの中にまだ迷いが残っているのが見えた。

 それは店長さんも同じだったのだろう。疲れたように大きな溜息を吐くと、僕達に言い放った。

 

「……はあ、もういい。お前らもあっち行け」

「え、もうお説教はいいの?」

「勧誘するのにリーダーがいないと様にならないだろ。私はまだ仕事があるから、今日はここまでにしといてやる」

「――ッ、ありがとうお姉ちゃん!」

 

 虹夏先輩がすぐに後藤さんの方へ駆け出した。

 

「カズも」

「ありがとうございます師匠……」

「師匠って言うな」

 

 僕も足の痺れに耐えながら向かう。

 

「――ひとりちゃん!」

「は、はい!」

 

 虹夏先輩ががしりと後藤さんの細くて小さな手を握りしめる。

 

「私達のバンド、結束バンドにはひとりちゃんのギターが必要なの!私のドラムはまだまだ下手だけど、今日のライブは本当に最高だった!」

「は、はい!」

「だから、私達のバンドに入ってくれないかな!?」

 

 建前も何もない、本気で後藤ひとりに加入して欲しい。

 虹夏先輩の真剣な願いは、後藤さんの迷いを晴らすのには十分だった。

 

「……ほ、本当にいいんですか?」

「もちろん!」

 

 虹夏先輩が力強く後藤ひとりの手を両手で握る。離さない、放したくないと言わんばかりに。

 そして孤独なヒーローもついに観念したのか、それともこのバンドが良いと思ってくれたのか。

 

 

 

「私を、ここ、このバンドに……入れてくださいっ!」

 

 

 

 それは、彼女の事を知っている人物なら想像もできないぐらい大きな声で、下北沢の夜の町によく響いた。

 単純に彼女が人見知り故、ボリュームを制御するのが下手糞だっただけなのかもしれない。

 けれどその大きな声は、彼女の気持ちの大きさを表していて。

 彼女の言葉を、皆笑って受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ギターヒーローが居た方がよかっただろ」

「――私は、カズ君も一緒に演奏してくれた方がいいと思うのにな」

「それは……また今度な」

「っ!ふふ、なら約束ね!」

 

 

 

 

 

「アッピャッ」

 

 

「ああっ!?ひとりちゃんが直射日光を喰らったアイスみたいに溶けてる!?」

「おぉ。ナニコレ面白っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ただ、まあ。

 後日、最後のメンバーである後藤ひとりが加わった結束バンドでスタジオ練習をしたら。

 

「「「ド下手だ」」」

「えぇ―――!?」

「どうしようこれ」

 

 コミュ障なのが災いして全然合わせの練習にならなかったという話は、また機会があった時に語る事にしよう。

 

 

 

 

 

*1
映画『セッション』に登場する音楽指導者。ドラマーの主人公に鬼指導を課す。




作中に登場した曲

結束バンド - 星座になれたら


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