あっちじゃー。最新話はあっちじゃー。
紅白にQUEENが何故か参戦することになったらしいので投稿。
NHK一体いくら積んだんだ?最高か?
サブタイトル『It's My Life 』はBon Joviの楽曲から。
ちなみに今回も没ネタのリサイクル。
カズ君と喜多ちゃんの学校の様子と、シンセを覚えさせようとする山田のお話です。
時系列は、結束バンドが初ライブする少し前。
動画サイトにチャンネルを立ち上げ、僕がまだ動画編集を手探りでしている頃にまで遡る。
僕と喜多の関係を大きく揺るがした夏休みが終わり、中学最後の二学期を迎え、僕が寝不足と動画編集の解説サイトとにらめっこし始めた頃。
この季節は受験生にとって重要な時期となる。
受験校に提出される通知表や期末の結果は、2学期までの物が使われるからだ。
だからこの時期の三年生は無駄にピリピリし始める。おまけに最後の大会まで部活に勤しんでいた連中も引退して受験勉強に勤しみ始めるから、威圧感が二割増しだ。図体がでかい連中が眉に皺を作って教科書に向き合う様は、ぶっちゃけた話同い年に見えない。
(それに比べると、人生二回目って言うのはこういう時お得だな……)
初めての受験の時は朧気だが落ち着いて授業を受けられた記憶がない。
でも一回受験を受けた事があると言うアドバンテージは僕に落ち着きを与えてくれた。
英語の授業の先生が流暢に英単語を発音しながら黒板に板書する。
テストに出そうな要点を絞ってノートにまとめておく。こういう効率のいい授業の受け方も前世で取った杵柄と言うべきなのだろうか。ちょっとズルをしている気にならなくもないけど。
だからこの頃の僕は後ろの席から教室全体を落ち着いて見回せる余裕が僕にはあった。
昼休みまで待てずに教科書を立てて壁にしておにぎりを喰ってるやつ。真面目に授業を受けている委員長ちゃん。廊下側で欠伸を噛み殺しながらペンを動かしている佐々木さん。そして窓際の席で真剣に先生の話に耳を向けている喜多の姿も。
「──あ」
僕がちらりと喜多に目線を送った瞬間、彼女は獣みたいに敏感に僕の視線を感じたのかきょろきょろと辺りを見回して、自分を見ている僕を見つけて。
「……えへへ」
──照れ臭そうに僕の方へ手を振って来た。
「……」
僕は顔が赤くなるのを誤魔化す為に額を机に押し付けるように突っ伏した。STARRYで動画を撮ったあの日の帰り道から、喜多はあんな感じに僕へ愛嬌を振りまいて来るようになった。
そして僕が突っ伏した瞬間、教室中の男子達は一斉に僕に向かって消しゴムのカスを投げ込み始める。ひどい奴はボールペンを投げて僕の頭に突き刺さった。
気分としては大炎上したプロ野球のピッチャーだ。ブーイングとゴミを観客席から投げ込まれながらベンチに引っ込む負け犬。ただ違うのはここは教室で、僕には逃げ込むベンチも何もないと言う点だ。泣ける。
こんなクラスだけど、普段は仲がいいクラスです。いじめなんてありません。多分。
さて、そんな受験の為に忙しい僕らにもはしゃぐことを許されたイベントがある。
「それじゃあ、私達3年C組の合唱曲を決めます!」
「「「おー!」」」
帰りのホームルーム、進行を担当する委員長ちゃんが宣言したことでクラスがざわめき立つ。
「ついに来たねー!」
「今年も金賞取っちゃいましょ!」
「他のクラスはリベンジする気満々だから競争率高そうだなー」
「せんせー、また勝ったら打ち上げに焼肉でいいですかー?」
「もちろん!」
「おおー先生太っ腹!」
「俄然やる気出てきた」
合唱コンクール。僕ら3年C組が去年『Somebody To Love』を歌って見事金賞を搔っ攫ったイベントだ。そして、来年に卒業する僕ら3年生にとって最後の目玉イベント。毎年3年生は文化祭に何か出し物をする事は許されないけれど、何故か合唱コンクールだけは参加していい事になっている。不思議だが、名目としては受験勉強の息抜きなのだろう。
ちなみにこの中学校は2年から3年に上がる時はクラス替えが行われないので、2年生の時と同じメンバーでステージに上がる事になる。ここにいる全員、ステージの上で『Somebody To Love』を歌って優勝し、ロックンロールに脳を焼かれてしまった少年少女達だ。ロックを大衆の前で歌う快感を知ってしまった子供達。あの拍手喝采を浴びる喜びを知ってしまっている。
『あの成功体験を、あの歓声をもう一度』
そんな想いが溢れている。
「今年も喜多ちゃんの歌唱力に期待ね!」
「よっ、C組の歌姫!」
「えへへ、歌姫は照れちゃうけどやるからには頑張るわ!」
我らが結束バンドのボーカル喜多もやる気満々である。
去年の合唱コンクールは、彼女がロックンローラーを目指すきっかけになった一つの原点。彼女自身こういった行事が好きだからというのもあるが、このクラスで歌う最後の合唱コンクールだ。モチベーションが上がるのも当然だろう。
「指揮は去年と引き続き井上君。伴奏は合唱部の渡辺さん、お願いね」
「はーい! ピアノアレンジも任せて!」
「よろしくー」
委員長ちゃんに指名され、指揮者の僕と伴奏担当の女子生徒が立ち上がると、ぱちぱちとあちこちから拍手が鳴り響く。去年と同じ布陣、特に反対意見も出てない。皆納得の人選みたいでほっと一息。「また井上が指揮者かよ」とか言われたらどうしようかと思った。
「今年も井上が選曲するのか?」
サッカー部の元主将田中が訊いてくる。
「いや、多数決にしようと思う」
「多数決? なんでまた。井上が選べば完璧じゃないか?」
「僕が選んでもいいけど、せっかくの最後のコンクールだからね。皆で選んだ曲で勝った方が気持ちいいじゃんか」
去年のコンクールは完全に僕の好みで曲を選んでおまけに喜多にボーカルを押し付けてしまった。クラスメイト達からは特に反対もなかったし結果的に優勝を獲れたが、後から考えれば完全にコンクールを私物化してしまったのを僕は少し反省していた。
「だから皆で曲の候補を出し合って投票するのはどうかな」
「珍しい。カズ君が自分の好みより皆の意見を優先するなんて」
喜多が心底不思議そうに首を傾げる。僕ってそんなに集団行動に気を遣わない人間だと思われてる?
「正直、僕が曲選んで二連覇できなかったらと思うとプレッシャーがヤバい。だから皆にも同じ苦しみを味わって欲しい」
「……なんか、ごめんなさい」
「それに今年ドラムとかギターが禁止にされたから、僕だけのレパートリーだと視野が狭まって行き詰まる可能性もあるし。皆のアイデアも聞きたいんだ」
「カズ君のレパートリーより広い人、このクラスにはいないと思うけど……」
「クレイジー音楽オタクだもんな井上は」「音楽データベース」「ヘッドホンと耳を接着剤でくっつけてる男」「洋楽聴かないと死んじゃう病」
「好き放題言いやがって」
選曲には自信があるが、これがクラスが優勝できるかどうかが決まると思うとなかなかの重圧がある。あと、今年はドラムとギターなどの楽器は禁止になっているので選曲するのが僕一人だと難しいと言うのもあった。
噂によると、去年のコンクールは一位の僕達と二位のクラスはかなり得点に差が出来てしまったらしい。評価した先生たち曰く「ギターとドラムが出てきたらそりゃそっちに目が行くだろ」とのこと。
そんな訳で今年は公平に評価を下す為にピアノ以外の楽器を使うのは禁止になった訳だ。軽音部が在籍しているクラスが圧倒的に有利になるからね。球技大会の野球に野球部が参戦して「俺TUEEEEE」をするような物である。
「去年暴れまわったツケかー」
「そういえば去年のコンクールの動画ミリオン行ったんだって」
「なんかテレビにも取り上げられたって聞いたわよ」
「マジ? 俺ら有名人じゃん」
「違うって、テレビじゃなくてネットの記事らしいよ?」
「そういえば学校に不審者が出たって」
「井上、その不審者に絡まれたんだろ? なんかすごい痛い服を着た女の人に」
「記者だっけ? 有名人になったねえ」
「いや別に嬉しくはないよ……」
あのアクが強すぎる反町隆史ファン*1のライターさん、元気にやってるのだろうか。さすがに初手で警察に通報するのはやりすぎたかなと今は思ってる。
「でも確かにプレッシャーやばくね?」
「今年はドラムもギターも禁止だからなぁ」
クラスメイトの表情に不安が滲み出てくる。実際、他のクラスの評価を聞くと僕達のクラスがダントツの優勝候補だと言う噂があるから、恐らく他クラスからマークもされやすいだろう。あとこの学校の連中皆陽キャと言うかノリがいい奴が多いから、ガチで優勝を獲りに来る奴が多いので合唱コンクールもかなりレベルが高い。皆、行事に熱心で良い子だね。前世の僕は真面目に合唱コンクールに取り組んだ記憶がないのに。
そんな暗くなり始めた教室の空気を締めるように委員長ちゃんがぱんぱんと手を叩いた。
「はいはーい、暗くならないのー! 今年も私達で優勝を掻っ攫うんだから、気合入れていきなさいよ!」
「なんか委員長、普段とキャラ違くね」
「偏差値高い高校選んでるから受験勉強のストレスヤバいんでしょ」
「そこうっさい! で、井上君。曲の候補はどうするの?」
「ピアノアレンジしやすい奴ならジャンル問わずでもいいんじゃないかな。最終的には皆で聴いて決める訳だし、渡辺さんがいるからピアノの編曲には困らないしね」
「そうなの? 渡辺さん」
「よほど難しい曲じゃないならピアノアレンジは大丈夫だよ」
前回のコンクールの時はフレディの楽譜を特にいじくる必要はなかったが、今回は曲によってはアレンジをする必要が出てくる。うちのクラスに編曲が出来る人がいてよかったとつくづく思う。さすがに他校のリョウさんに頼むわけにはいかないし。
ちなみにこの時期になると我が学校の音楽教諭は忙しさで首が回らなくなる。学校中のクラスから合唱曲をピアノアレンジして欲しいと頼み込まれるからだ。クラスにピアノアレンジが出来る生徒がいるならまだいいが、できないクラスは音楽教諭に押し掛ける事になる。今も薄い頭頂部がこの時期に差し掛かると更に薄くなるので、その忙しさは生徒も他の教諭も同情する程だ。
「井上君、曲の候補は洋楽だけにするの?」
「別に洋楽に絞るつもりはないよ、J-POPでもいいと思う」
「ならさ、Miwaの『don't cry anymore』とかどうかな? ちょっと前の曲だけど、私あの切ないピアノアレンジが大好きなの!」
「あ、美香ずるい! 私も候補出したいのに! 井上君、宇多田ヒカルの『光』とか『道』とかどう!?」
「いや、候補は良いけど僕に決定権がある訳じゃ……いいチョイスだと思うけど」
クラスメイトの女子二人が候補曲を僕に提案してきたことを皮切りに、クラスメイト達が一斉に騒ぎ始めた。
「ずるいぞ、俺はPitbullの『Celebrate』が歌いたいのに!」
「何よそれカラオケでも行きなさいよ! 井上、あたしアンタにオススメされたThe Beatlesの『I've Got a Feeling』を歌いたいんだけど!」
「『Bad Company』! それ以外認めない」
「『This Is Me』はどう? 『You Will Be Found』とか!」
「それミュージカル映画の曲じゃん」
「あの曲と映画好き」
「Qaijffの『Meaning of Me』がいいよ絶対!」
「キリンジの『グッデイ・グッバイ』!」
「先生はT-REXの『20th Century Boy』がいいと思うな。ロックマニアの井上なら分かるだろ!?」
「せんせーちゃっかり混ざってくるの草生えるんだけど」
クラスメイト達がそれぞれ好き勝手に曲名を上げ始めた。ていうかほとんどが僕が彼女達にオススメした曲ばかりだった。中にはアレンジするのが大変そうな曲もいくつかあり、渡辺さんが時々顔を青ざめさせているのが印象的だ。
候補の曲名を板書していた委員長ちゃんが慌てて追加で書き始める。皆が間髪入れずに候補曲を上げていくもんだから、黒板が文字で一杯になる頃には委員長ちゃんはブチ切れていた。
「井上君、やっぱりあなたが選びなさい。委員長命令」
「あ、ハイ」
青筋を浮かべる委員長ちゃんに逆らえる男子はこのクラスにはいないのである。
「やっぱ井上だよなー」
「俺らだと決めらんないよ」
「最初からそうしとけばよかったんじゃない?」
「一クラスに一台井上和正」「頼むぞ音楽データベース」「一番いい曲頼むぜ」「優勝できなかったら全部井上のせいな」「「「異議なーし」」」
「好き放題言いやがって」
僕は呆れながらも大きな溜息を吐いた。
すると、喜多がぽんと僕の肩に手を置いた。
「大丈夫よ、カズ君!カズ君が選んだ曲なら誰も文句は言わないし、きっと優勝できるわ!だから緊張しないで、好きな曲を選んでよ!」
「喜多……」
「それに、確かにこれが中学最後のイベントだけど、もし優勝できなくても、きっとみんなで歌った曲は卒業した後も皆忘れないから。カズ君が好きだからって選んだ『Somebody To Love』が皆の思い出になってくれたみたいに!それに私もカズ君の好きな曲は大好きだし!だから優勝とかプレッシャーとか気にしないでカズ君はカズ君が一番だと思う曲を教えて!私が指揮者のカズ君に一番の歌を聴かせてあげるから!」
「……うん、喜多、それは嬉しいんだけどさ」
「え? 何?」
「……皆が見てる前でそういう事を言うのはどうかと」
「――あっ」
喜多がぎぎぎ、と壊れたブリキのロボットみたいに辺りを見渡すと、そこにはにやにやと面白い物を見つけた彼女の友人達、そして僕に怨嗟の視線を送ってくる野郎共。
本当にこの子は……純度100%で僕の為を想って良い事を言ってくれるんだけど、クラスの連中の前で言えばどうなるか想像できないのだろうか。照れ臭すぎて僕まで恥ずかしくなってくる。
「ひゅー!さすが喜多ちゃん、良い事言うじゃない!」
「C組夫婦」「バカップル」「早く告って付き合いなさいよ。もどかしい」「委員長ちゃん辛辣~」
「ちょ、ちが!だからカズ君とはそんなんじゃないって何度言えば!」
「井上死すべし」「なんでお前ばっかり!」「本当に許せねえ」「俺今なら極ノ番使えそう」「呪霊じゃん」「井上、なんか遺言ある?」
「……人の心とかないんか?」「お前が全部持っていっちまったんだろうか!」
自爆して顔を真っ赤にした喜多は他の女子達に囲まれて連れていかれ、僕は男子達に腹パンやら肩パンやらを喰らいまくった。
こんなクラスですが、いじめとかはありません。多分。
「カズ、シンセ始めてみる気はない?」
結束バンドの初ライブから数日後、久しぶりにSTARRYに訪れると、リョウさんは開口一番に僕にそう提案してきた。
「急にどうしたんですか」
「この間、一緒にライブしたでしょ。アジカンと『星座になれたら』。二曲目はギターヒーローを挑発する為にサイテーな事したけど」
「うぐっ。そ、それはすいません……」
「冗談。そんなに怒ってないよ」
「……ちょっと根には持ってますよねそれ」
意地悪く笑みを浮かべるリョウさんだったが、僕はやっぱりやらなきゃよかったかなぁと言う後悔がじくじくと胸の奥から涌き出てくる。後藤ひとりを挑発する為にわざと演奏を崩したが、よく考えなくてもあれはリョウさんの作曲でもあるのだ。初お披露目の曲をわざとミスするなんてサイテーである。最初に断ってからやるべきだったな*2。
「いいよ。あれはギターヒーローを勧誘する為だったって私にも分かってるから。それで話を戻すけど、カズはステージに上がるのは好きじゃないんでしょ? でも、あのライブの時のカズは本当に楽しそうだったから心変わりしてるんじゃないかって。笑ってたし」
「……え? 僕笑ってました?」
「自覚なかった? 滅茶苦茶笑ってたよ?」
「マジか」
ぺたぺたと自分の頬を触る。僕の表情筋はそんなに緩かったっけ?
自分で言うのも変だが、僕は顔にあまり感情を出さない。もちろん人並み程度には笑ったりするけど、前世の記憶持ちという影響か同世代の少年少女達と比べるとそんなに表立って笑ったり泣いたりしない。心の中で想っていてもそれを引っ込めていた方が生きるのには楽で、トラブルに巻き込まれ難いと言う事を、前世で数十年社会人として生活して知ってしまっているから。
だからあのステージで僕が笑っていたと言う事実に僕が一番驚いていた。あのライブが楽しかったのは事実だけど、大勢の人前でそんなにはしゃげるタイプの人間だったのか?
「それで提案。シンセサイザーをやろうよ。あんなに楽しそうにしてたし、それにやっぱり、私はカズとも一緒に演奏したいし。どう? 嫌じゃないんでしょ、ライブをするのは」
「……確かに、あの演奏が楽しかったのは事実ですけど。それでも、定期的にステージの上で注目を浴びたいかと考えると……そうじゃないって言うか」
「まあ言いたい事は分かる。でも、カズも結束バンドの一員だから。それに、多分カズもこっち側だよ」
「こっち側って?」
「演者側。カズもロックンローラーだから」
「……」
力を込めて断言するリョウさんの言葉を引き金に、数か月前の夏に店長さんに言われた事を思い出した。
──あいつらと一緒なら、それが見つかるかもしれない。お前が何者になれるのか。
「私だけじゃなく虹夏と郁代もそう思ってる。カズはバンドのメンバーの一員で、ステージにも私たちと一緒に居てほしい。それができなくても、シンセならステージの上にカズが立たなくても一緒にライブできる」
「……ひょっとして同期演奏をするってことですか?」
「そう。ステージの上でギターを奏でる事だけが、音楽の全てじゃない」
シンセサイザーとは、電子楽器と呼ばれる特別な機械だ。見た目は鍵盤がついたキーボードだが、様々な音を合成して作り出す事ができる。鍵盤を弾くと普通のピアノの音はもちろん、設定によってはギターやベース、ドラムの音、果てはトランペットやらバイオリンやら多種多様の様々な音を作り出すことができる、現代の多くの曲で使われる万能楽器。
更にシンセサイザーはただの楽器ではなくデジタル、つまり機械的な機能も多く備えており、一度音源を入力すればコンピューターが自動で音を演奏する自動演奏機能だって持っている。パソコンと繋げばソフトに録音させることだってできるのだ。
リョウさんはこれを使って、同期演奏をしようと提案しているのだ。事前に録音、打ち込んでおいた音をライブの生演奏と一緒に流す手法である。最近のバンドでもよく使われる手法で、イントロはピアノ、サビからは自分達の演奏を流すと言う構成の曲も多い。
「シンセは私も作曲とか編曲の時に偶に触るけど。でも所詮付け焼き刃だし、私はベースと作曲に集中したい。だからカズにお願いしたくて。前にカズの家に行った時、ピアノ置いてあったから、ひょっとしなくても弾けるんじゃないかって」
「なるほど……」
一応、音楽一家で生まれ育った僕は幼少期の頃、母さんに勧められてピアノを一時期練習していた時期があった。本格的なクラシック曲を練習する前に辞めてギターの方に進んでしまったのだが、それでも基礎的な部分はまだ覚えているので練習できれば覚えるのは比較的時間はかからないだろう。
「それに、シンセを使えれば演奏できる曲の幅も増える。ピアノが混ざるロックも今時少なくないし。『ピアノが混ざってる曲はロックじゃなくてPOPだろ』とかいう人もいるけど。通ぶる古参風オタクめ……」
なんだろう。はむきたすに所属していた頃に言われた事でもあるのだろうか。
「カズは音を自由に楽しむ事が好きだから、色んな音を創り出せるシンセサイザーは相性がいいはず。どう?」
「うーん……」
少し悩ましい。確かに一人の音楽マニアとしてシンセサイザーには多少の興味はある。
だがよく考えてみなくても、一つの楽器の使い方を覚えるのはめちゃくちゃ大変なのだ。ピアノの経験があるからと言ってまた一から練習すると思うとやはりやる気は上がらない。
だがリョウさんは諦めきれないのかしつこく食い下がってくる。
「それに、もう少ししたらひとりが練習に来るようになる。シンセじゃなくてもカズがピアノを弾けるようになればもっと他の曲を──」
「え────!?」
僕達の会話に割り込むような悲鳴。肩をびくりとさせながら反射的に声がした方を見ると、そこには嬉しそうにキターン!!と目を輝かせる、僕の幼馴染であり結束バンドのボーカルの喜多が立っていた。
「カズ君ピアノ始めるの!?」
僕とリョウさんの会話を一部分聞いてしまったのだろう。驚きと期待に満ちた目で喜多が詰め寄ってくる。
気圧されながらも僕は言葉をなんとか返した。
「え、いや。ピアノじゃなくてシンセを練習してみないかって提案されただけで……」
「……シンセ? って何?」
「郁代、シンセって言うのは英単語の『synthesize』から来ている楽器名でシンセサイザーを縮めてシンセって呼ぶ電子楽器だよ見た目はピアノの鍵盤が付いた機械みたいだけど普通の楽器とは違って音を合成して出力する特殊な機械なんだこれを使えば色んな音を編集合成できてピアノからフルート、ヴァイオリンの音だって出すことができるやろうと思えば一台でオーケストラの曲を演奏することだって不可能じゃない他にも面白いのが楽器の音だけじゃなく風や雷の音みたいな自然音も組み込める事があってまさに万能楽器と言う名前に相応しい楽器だよ自然界にある音から現実には出せない音だって編集することもうんぬんかんぬん*3それがシンセの魅力」
「リョウ先輩がこれまでに見たことがないくらい凄い流暢に喋ってる!?」
「そうなの? 僕とオタクトークしてる時はいつもこんなんだよ」
「嘘でしょ!?」
オタクは自分の好きな事に関しては1.3倍ぐらい早口になって喋り続けるから。ソースは僕。
「まあ要点だけ言うと、色んな音を出せる楽器をカズに覚えてもらいたいって頼んでる。シンセならピアノの音を演奏する事だってできるよ」
「本当ですかっ!?」
「もちろん。郁代も一緒にステージでカズと演奏したいよね?」
「もちろんですっ!」
リョウさんの言葉に、喜多が更に目を輝かせた。
「私、カズ君のシンセ聴きたい! それでもっといろんな歌を歌いたいわ!」
僕はその時、罠にはまった事に気付いた。だって見えてしまったのだ。僕に詰め寄る喜多を見て、「計算通り」と言わんばかりにほくそ笑むリョウさんの顔が。
この人、一人だけだと僕を説得しきれないと気づいて喜多を味方に引き入れやがった!
しかもさりげなく同期演奏ではなくステージの上で僕と一緒に演奏する事を前提に話を進めてやがる!
「郁代、もしカズがシンセ……じゃなくてピアノを弾けるなら何を歌いたい?」
「『桜流し』!」
「おいちょっと待て」
「他にもたくさん歌いたい曲があるのよカズ君!私最近、すっかり宇多田ヒカルにはまっちゃって!『FINAL DISTANCE』とか本当に切なくて何度も聴けちゃうの!それと『traveling』は絶対に外せないわね。それと『Keep Tryin'』!あと『BLUE』も!あんな大人っぽい歌詞、どうやったら書けるのかしら!本当に憧れちゃう!あ、でも途中からピアノ曲じゃないのが……でもシンセ?って言う楽器ならそれも演奏できるのよね!それを生演奏で歌えるって考えたら……きゃー!」
「ちょ、ちょっと待てストップ喜多!」
「え、どうしたの?」
「作戦タイム!」
「え? 作戦? いいけど……」
両手でTの字を象ってタイムを要求すると、喜多は困惑しながら引き下がった。僕はちょいちょいとリョウさんを手招きし、喜多には聞こえないよう小声で話し始める。
「──どう思います?」
「純粋100%。本当に心の底から他意なしでカズと演奏したいって思ってるよ、あの目」
リョウさんが半ば呆れながら喜多の方を指さした。
肩越しに喜多の方を見ると、目をキターン! と輝かせながらこちらを観ていた。僕は直視できなくて隠れるようにリョウさんに縋った。
「いやきついですって! さっきのあれ、全部ラブソングじゃないですか! あんなラインナップを
「カップルと思われるよ、間違いなく。あー暑いね。もうすぐ12月なのに」
にやにやと揶揄うように笑いながら暑そうに手を団扇代わりにするリョウさんの言葉に、僕の耳が熱くなるのを感じた。
「冗談言ってる場合ですかっ? どんな公開処刑ですかそれ!」
「冗談も何も、郁代は本気みたいだよ。本当に純粋にカズとデュオしたいだけみたい。それに、宇多田ヒカルを教えたのだってどうせカズでしょ」
「うぐっ」
僕は頭を抱えた。喜多に良かれと思っていろんな曲を覚えさせた弊害がこんな形で出てくるだなんて。
「郁代が好きそうなラインナップだったね。まあまだいい方なんじゃない? パート・オブ・ユア・ワールド*4とかリクエストされるよりは」
「そうかな……?そうかも……」
「でもちょっと同情する。ここまで私の作戦がハマるとは。カズ、諦めてシンセ弾こ?」
目をうるうるさせて可愛く言うんじゃない。
「あー、喜多」
「何かしら!」キターン!!
眩しすぎる……!普段の陽キャオーラが大した事ないと感じて思えるぐらいの出力だ……!?
「そんなに宇多田を歌いたいなら、カラオケ付き合うよ? ていうか、ピアノやシンセ使った曲歌いたいならそれこそ打ち込みで──」
「そうじゃなくて!」
「カズ君が弾いたピアノで歌いたいの! 結束バンドの皆の中にはカズ君だってちゃんと入ってるの! 私は、皆と一緒に歌いたいの! カズ君は一緒に演奏したくないの?」
「…………」
真剣に、茶化さずに僕を真っすぐに見つめてくる喜多に、僕は逃げ道を塞がれるように何も言えなくなった。
ちらりとリョウさんの方を見ると、『勝ったな』と言わんばかりにどや顔をこちらに向けていた。
その顔は妙に腹立たしかったが、今回は僕が白旗を上げるしか選択肢はないだろう。
それに、前に決めただろう。留学するまでに、僕が捧げる物は全部結束バンドに、喜多郁代と言うボーカルに捧げようって。
その誓いに嘘偽らないように、彼女の願いはできるだけ叶えてあげたいのだ。
僕は大きくため息を吐いて「分かったよ」と降参した。
彼女はそれを聞くと、ぱっと太陽みたいに笑って大喜びではしゃいでいた。
ちなみにその日の夜、喜多から電話が掛かってきた。
「あれ嘘だから!!」
「え?」
「カズ君と演奏したいってアレ嘘だから! あ、いや違くて、カズ君と演奏したいのは本当だけど、その、宇多田ヒカルとかそう言うのを演奏するのは、えっと、あの、……う〜〜〜!!」
スマホのスピーカーから響く喜多の声は電話越しでも分かるくらい、焦りと涙に濡れていた。どうやら自分が言った曲を僕と演奏したらどうなるか理解したらしい。きっと今の彼女の顔は真っ赤に染まっていることを誤魔化すように、ベッドに伏せて悶絶してるんだろうな。僕はそんなことを他人事みたいに想像して、未だにぎゃーぎゃーと響くスマホの通話をぶちりと切り、眠りについた。
こうして、僕は受験勉強の合間合間にシンセに触れて練習する事になった。とは言っても、ピアノを少しかじっていたからって鍵盤の扱いをすぐに思い出せる訳じゃない。ギターに傾倒していた僕はすっかり鈍っていて指が上手く動いてくれなかった。
けれど僕には音楽教授の母さんがいる。鍵盤の練習の指導は母さんに頼めばいいだろ、そう安易に考えた僕は母さんに「シンセの練習したいからピアノの練習曲教えて」と頼んですぐに後悔する事になる。
なんで初心者の練習曲に『ハンガリー狂詩曲』*5なんて選ぶんだよふざけんな! 普通ベートーヴェンの『月光』とか『悲愴』じゃないの!?
僕はすっかり忘れていたのだ。母さんが音楽を教える時クッソ厳しいスパルタ教師になる事を。そこに息子だからとか初心者だからとかそういった妥協や甘さは一切介在しない。そして僕が幼少期、ピアノを辞めた理由の半分は母さんが厳しすぎたからだったことを。
そんな訳で僕は受験勉強やら動画編集やらに追われながら地獄のピアノ練習としゃれ込むことになったのだった。
「でも、なんやかんや文句言いながらマスターするんだもの。ホント、年がら年中ヘッドホン付けっぱなしなのに耳が良いのは生まれ持った素質かしら? さすが我が息子。やっぱアンタ才能あるわよ。今からでも音大目指さない? ピアニスト目指せるわよアンタ」
「目指すとしても絶対に母さんを先生には選ばない」
まあそれでも、ピアノを弾けるようにはなったから感謝はするけどね……。
お久しぶりです。今年最後の投稿となります。
先日寝ていたら夢の中に大槻ヨヨコが出て来て「なんでアタシが出てくるまで書かないのよ!」と殴って来た(実話)ので文化祭までの話をまたーり書いています。
来年から二部と言う形で書いていきますが、投稿スピードはそんなに速くしないつもりなのでご容赦を。カズ君と喜多ちゃんの決着まで書くって言ったからね。
2023年もあっという間でしたが、今回の「喜多ちゃんが知らない音楽」を書かせてもらった事、読んでくれた読者の方々が感想や高評価をくれたおかげで楽しく過ごせたと思います。
Twitter(X)でエゴサして自分が書いた小説の感想を読む時が一番生の実感を得られる。
もうじきクリスマスですがぼっちちゃんに負けないぐらいぼっちの予定です。
誰かクリスマスプレゼントください。
2024年はぼざろ総集編もやるので楽しみですね。
そんな訳で、皆さまも良いお年を!