♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「空に島がいくつも浮かんでいる世界で空賊を目指す男の子の話、なんてどうですか?」
僕はこの子を甘く見ていたかもしれない。
美桜ちゃんが嬉々として語りだしたのは、とても小五の女の子の妄想とは思えないレベルの設定だった。
「その世界には昔、偉大な空賊がいて、多くの人が彼に憧れて群雄割拠の時代を作っているんです。そこに才能溢れる主人公の男の子が殴り込みをかけるんですよ」
彼女の話しぶりには友達のはずのほのかでさえ目を丸くする。
即興で作っているとはとても思えない。以前から『妄想』していたのだとしてもなかなかのスケール。
「香坂さん。連載ならいいけど、賞に出すならページ数短いよ? 話が大きくなりすぎちゃうんじゃないかな?」
「実際のお話は一つの島で完結させればいいよ。メインは主人公と悪者とヒロイン? くらいに絞れるし、最後は悪者をやっつけてヒロインを仲間に誘って終わり。王道じゃないかな?」
「悪者って、そいつはどんな悪事をしてるんだ?」
「うーん……例えば空賊狩りとかどうですか? そいつが空賊を取り締まっているせいでその島には空賊がいなくて、だから、小型の飛空艇を持ってて思い切りのいい主人公が活躍するんです」
俺達の質問にもさっと答えが出てくる。
なんかもう、これ、普通にそのまま使えるんじゃないか?
俺は適当な紙を手に取ってメモを取る。
「もうひとひねり欲しいな。空に浮かぶ島とか空賊に関係があって、でもちょっと目先が変わるようなやつ」
「特殊能力を付けましょう。世界には珍しい秘宝があって、それを使うと不思議な力がもらえるんです。秘宝は一つ一つ効果が違うのでキャラクターごとの個性が出ます」
「じゃあ、悪役が空賊狩りなんてできてるのもその能力を持ってるからなんだね」
さらに、能力を得ると空の神様に嫌われて「風を読む」能力が衰えてしまうというデメリットも話している間に出てきた。
主人公は強いけど一人では空の航海に不安がある。
だから風読みの能力に長けたヒロインが加わることで旅が一気にしやすくなる。
「最後は二人で旅に出るところで終わり……か。普通に連載もできそうな設定だな」
「落選してもどこかのサイトに自分で連載する手がありますよ。同人から商業に行けるかもしれません」
そんな上手く行くかはともかく、この話は練ってみる価値がある。
聞いているだけでわくわくしてきたし、主人公や悪役のデザインも頭に浮かび始めている。
行き詰まって鬱屈としていたのが嘘のように胸が躍る。
俺にやる気を与えた張本人を見ると、彼女は自分のしたことがよくわかっていないかのようにきょとんとこっちを見つめ返してきた。
「美桜ちゃん、君、原作者の才能があるんじゃない?」
するとほのかも「私もそう思う」と乗ってくる。
「マンガは難しいかもだけど、小説家とか目指してみたらどうかな?」
「無理だよ、わたしには。文才はぜんぜんないから」
「そうなのか?」
尋ねると、妹は「うーん」と少し考えてから、
「……そう言えば、香坂さん作文は苦手だったかも」
「なるほど。それは残念だな」
でも、同時に少しほっとした。美桜ちゃんは魅力的な話は作れるけどそれを自分で世に出せない。
自分でマンガにできないから俺にネタを提供してくれているわけで、そう考えると俺にもこの子にはない長所があると思えてくる。
ただでさえ可愛いのにマンガや小説の才能まであったら俺は首を吊りたくなっていたかもしれない。
「美桜ちゃん、このネタ使わせてもらっていいかな? もちろん、何かお礼はするから」
「別にお礼なんていいです。わたしもこの話がマンガになったら嬉しいですし」
謙虚にもお礼を固辞してくるので、俺はほのかと協力して彼女を説得、
「じゃあ、賞を取ったら賞金を半分こにしてください。それならいいですか?」
「ああ、もちろんいいよ」
俺は笑って条件を受け入れた。
俺が応募するつもりの賞には上位入選作品に「雑誌掲載確約」の報酬がある。
もし、本当に賞を取れたら賞金以外の報酬もきっちり半分こしよう。掲載時に「原案」としてこの子の名前も載せてもらおう、と心に決めながら。
◆ ◆ ◆
『本当にびっくり。香坂さんにあんな才能があるなんて』
『たまたまだよ。もう一つ別なの出してって言われても上手くいかないかもだし』
相談を終えた頃にはもう良い時間になっていたので、僕は急いで橘家を後にした。
帰りはなんとタクシー。
なんでもお兄さん名義で依頼すると大幅に割引かれるらしい。暗くなると危ないので申し訳ないけど甘えさせてもらった。
ちなみに本人以外が使うのは合法。なんでも、デートの帰りに彼女を送るのとかも想定されているんだとか。
お兄さんとはマンガができたら読ませてもらう約束をした。
橘さんとは帰った後もチャットで会話を続けて、
『そうだ。わたしも橘さんのこと「ほのか」って呼んでもいい?』
『私はいいけど。香坂さんは大丈夫?』
お兄さんが呼んでいるのを見て羨ましいと思った。
橘さんが心配しているのは恋たちとの関係が抉れないか、ということだろうけど、
『学校では今まで通り。これならいいでしょ?』
『うん、それなら』
『ありがとう! じゃあ、ほのかもわたしのことは美桜でいいからね』
『うん、美桜ちゃん』
橘家にはこれから何度も通うことになりそうだ。
「まあ、とは言ってもなあ」
僕はベッドに仰向けになって天井を見つめた。
正直、お兄さんのマンガが賞を取るのは難しいと思う。
才能の問題じゃない。
こっちと向こうじゃいろいろ条件が違うからだ。もしも向こうのマンガ家がそのまま描いたとしてもこっちじゃヒットしないかもしれない。
仮定でしかないけど、人気作品は良い編集との出会いとか社会情勢とかいろんな条件が重なってこそ生まれるはず。
だから、僕は成功を祈りつつも期待し過ぎないことにした。
絶対賞を取れると思ってたら「賞金半分」なんて大それたお願いはしてない。
賞を取れるかどうかよりお兄さんがやる気を出してくれることの方が大事だ。
「もちろん、もし本当に賞金もらえたら嬉しいけど」
なんて思っていたら、お兄さんのマンガは本当に入賞した。
軽い気持ちで言った「賞金半分」は拡大解釈されて、ストーリー原案として僕の名前まで載ることに。向こうの作品をパクっただけで一躍有名人になった。
もちろんこれはもう少し先の話で。
それより先にもっとびっくりするようなことがあった。
「ねえ、美桜? 今度の日曜日なんだけど、読モやってみない?」
名前じゃなくて僕自身が雑誌デビューしてしまったのだ。
◆ ◆ ◆
「なあ、ほのか。美桜ちゃんっていい子だな」
「そうでしょ? ……お兄ちゃん、もしかして好きになっちゃった?」
「まさか。いや、友達としてはもちろん好きだけどさ」
「良かった」
美桜ちゃんを見送った後、ほのかとはそんな話をした。
「お兄ちゃんと付き合いだしたら香坂さんと友達でいられなくなっちゃうかもしれないし」
「あの子はそういう子じゃないだろ」
俺は笑って言った。
あの子はすごく可愛いのに、必要以上に「女」を相手に感じさせない。女嫌いだったはずの俺でさえ気づくとただの友人としてマンガの話に熱中していた。
「また来てくれるかな、美桜ちゃん」
「来てくれるよ、きっと」
なら、それまでにできるだけ作品を進めておかないといけない。
俺はやる気が次々湧いてくるのを感じて「よし」と気合いを入れた。