♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
入学から約一週間が経ったある日。
わたしは朝起きて支度を整えると、学校ではなく仕事現場に向かった。
平日に私服で出かけるのってなんだかいけないことをしてる気分。
でも、街にはけっこう人がいる。大学生でも社会人でも、平日にお休みの日がある人って思ったよりも多い。
さすがにわたしみたいな子供は珍しいけど、わたしにはちゃんとした理由がある。
駅で一回声をかけられたものの、学校に許可取ってることを話して事務所の名刺を見せたら納得してもらえた。
代わりに、
「読モのmioちゃんだよね? サインください!」
こんな感じで声をかけられることが何度もあった。
有名人も大変だ。気分転換に街に出てもなかなかプライベートになれない。葉が変装して一葉になりたがるのもわかる。
今日はお仕事なので変装しても仕方ないし、せっかくなので笑顔で応じる。
「ありがとうございます。わたし、この前読モからモデルになったので良かったら覚えてくださいね?」
正式なモデルとして覚えてもらうにはまだ時間がかかりそうだ。
わたしもこんな仕事してたりお姉ちゃんがモデルじゃなかったら「読モとモデルの違い? バイトとプロの違いみたいな?」くらいの認識だったと思うし。
でも、実際はいろいろ違う。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
実質、今日がわたしのモデルとしての初仕事。
今日は中学生向けファッション誌の撮影。橘さんから最初に誘われたあの雑誌のお姉さんというか中学生バージョンみたいな雑誌だ。
編集部や担当さんも今までとは別になる。
顔合わせは前に済ませているし、撮影側のスタッフさんや読モ、モデルさんには顔見知りもけっこういるけど新人のつもりで頑張らないといけない。
まずは明るく元気な挨拶でやる気をアピールして主要メンバーに個別に挨拶。
「鷹城さん。今日もよろしくお願いします」
「ああ。お前とも長い付き合いになったな」
カメアシの鷹城さんはわたし担当ということで続投。
あれから二年経って大学四年生になった彼は来年、正式にカメラマンとなる予定らしい。さすがに最近はだいぶ打ち解けてちょっとした雑談くらいはできるようになっている。
たまに的確なアドバイスをくれるのも相変わらずで、今日も挨拶したわたしを見てなにやら考え始めて、
「? なにか気になるところがありますか?」
「ん……印象が自然になったな。また見え方の研究をサボってたのか?」
鷹城さんはわたしの顔を覗き込むと「高校一年生になってみろ」と無茶振り。
高一の女子なんてなった経験もないっていうのに。わたしは内心文句を言いつつ自分の魅せ方を切り替えていく。
前は男子高校生の自分を香坂美桜の器に無理やり当て嵌めていた。
わたしの読モとしての演技は要するに、自分を当て嵌める時に別の器を用意することだったんだけど、自然と器に収まった今はやり方を変えないといけない。
適応した今、わたしの器はとても柔軟になっている。
作り直すまでもなく内側から調整することでわたしは自分に別の表情を与えられる。
高校一年生のわたしはお仕事にも恋にもこの世界にももっと慣れているはず。
身体もすっかり女の子らしくなって、自分に自信があふれていて、やることなすこと全部が楽しいに違いない。
玲奈やお母さんを参考に仕草に優雅さと上品さをプラス。
「これでどうですか、鷹城さん?」
上目遣いに尋ねると、青年はふっと笑った上で「上出来だ」と言ってくれる。
「努力してるならいい。……頑張れよ、新人」
「ありがとうございます」
笑顔で答えてから元の自分に戻って、わたしは当日打ち合わせに向かった。
「美桜ちゃん。今日はけっこう撮影があるけど、よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
読者モデルはその名の通り、雑誌の読者層からこれはという子をピックアップしてもらう、それこそアルバイトみたいなものだ。
ある程度のプロ意識は必要だし成果を出せなければすぐにお払い箱になるけど、プロじゃないんだから大して責任もない。
モデルはプロだ。
読モに比べると高いお金を払って呼ぶ分、使われ方も読モよりずっと良くなる。参加しているモデルによって雑誌の色が左右されると言ってもいい。
この雑誌でメインになるモデルは三人。
一人が先月号をもって「卒業」してわたしが代わりに入った形になる。つまり、他の二人はわたしより少なくとも一年はモデルとして先輩だ。
「みなさん、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
お仕事モードに入りつつある二人はさすがのオーラを放っている。
気圧されそうになったわたしに二人の視線が向けられて、
「美桜ちゃんは美姫ちゃんに似てるけど、あんまり似てないね」
「っ」
顔はお姉ちゃんに似てるけど、お姉ちゃんほどモデルには向いていない。
わたしにはそう言われたように思えた。
若干イラっとしたもののすぐに気持ちを落ち着ける。わたしにお姉ちゃんと同じことができないのは当たり前。あの人は人を惹きつけ、自分を魅せる天性の才がある。
お姉ちゃんと同じやり方じゃわたしは絶対に敵わない。
先輩方と一緒に仕事をする上でわたしに求められるのは──初々しさ。
この世界だと中一で処女を捨てるのなんて当たり前らしいけど、だからって大人と同じ態度が求められるわけじゃない。
男の立場になってみればわかる。若い子に求めるのは若い子らしさだ。モデルとして「多くの女子の憧れ」になる上でも、きっとそれは間違っていない。
投げ銭サイトで『rena』さんから妹系の演技を求められた経験なんかも役に立ちそうだ。
わたしは普段の自分に先輩への憧れや尊敬、愛情を多めに混ぜ込んでいく。この雑誌はかなりスタンダード、お洒落に興味があって可愛い服が好きな普通の子がターゲットだ。特殊なことは必要ない。
指定された衣装を纏って撮影の場に立つと、先輩たちが驚いたようにわたしへ視線を向けてきた。
──見ててくださいね。
微笑みを返してフラッシュと向かい合う。
いろいろと指示は出たものの大きな滞りはないまま撮影が進み「OK」の声が上がった。
ほっと息を吐いたわたしに二つの手が伸びてきて、片方がわたしを引き寄せ、片方が髪を乱さないように軽く頭へ手を置いた。
「美姫が『美桜は私よりしっかりしてる』って言った意味がわかったかも」
「先輩として、これからいろいろ教えてあげるね、美桜ちゃん?」
少しは認めてもらえたらしい。
わたしは笑顔で「はいっ」と答えて、
「じゃあ着替え入りまーす」
撮影は一回じゃ終わらない。
衣装を変えてはさらに撮る。着替えも個室で一人きりというわけにはいかず、他のモデルがいるのは当たり前、着付けの補助をしてくれる人やメイクさんも同席したりする。必要があれば鷹城さんみたいな男性スタッフも平気で入ってくるという。
業界にほとんど女しかいないから、っていうのもあるだろうけど、モデルっていうのはそういうもの。恥ずかしがってたらやっていられない。
「ご飯食べた後は下着撮影だから頑張ろうね?」
「体力もつけないと駄目だよ」
「は、はい」
体育会系の部活かなにかかな?
撮影が終わる頃にはそこそこ体力に自信のあったわたしもさすがにへとへとになっていて、こんなこといつもやっているのかと、あらためてお姉ちゃんを尊敬した。