♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「鷹城君。仕事はもういいから美桜ちゃんを労ってあげたら?」
撮影内容の簡易チェックを終え、重い機材を車に積み終わったところで先輩からそう言われた。
「なんで俺が」
「仲いいじゃない。それに、美桜ちゃんはあなたの担当でしょう?」
「じゃあ仕事じゃないですか」
バイト代も出ないのに。
プロのモデルならコンディションを整えるのも仕事のうちだ。アフターケアまでさせられたらたまらない。
ため息をついて無視しようとしたところで、
「他の子と約束があるなら別にいいけど」
「……わかりました。まあ、飯食いに誘うくらいなら」
俺は渋々折れた。
「先輩だって俺に気の利いたことが言えないのわかってるじゃないっすか」
「いつも言ってるじゃない。美桜ちゃん向けのアドバイス」
あんなのでいいなら確かに言える。
それに、あいつが頑張っていたのは事実だ。
読モからモデルになったばかりで戸惑うことも多かっただろうによく対応していた。
自分なりに最善を尽くそうとする姿勢、自分に何が求められているかを判断する能力には他のモデル達も感心しているように見えた。
あれはこれからも金になる。
潰れてもらっては困ると言い訳をして、俺は香坂美桜に宛がわれた更衣室をノックする。
「はーい」
間延びした返事。あいつらしくない。愛敬を求められる現場向きの態度か。
「俺だ。暇ならこの後、飯でもどうだ?」
がたん。
何かを蹴飛ばすような音の後に「わ!?」と悲鳴。
慌てるあいつの姿が想像できるようなできないような。
「嫌ならいいが」
「い、行きます。……わざわざ誘ってくださるんですから、わたしに言いたいことがあるんですよね?」
こいつにアフターケアとか要らなかったんじゃないか。
終わった直後だっていうのに向上心を持っている。今日の経験もなにかしらの形で次に活かすだろう。
まあいい。
「入り口にいる。準備ができたら来いよ」
荷物を持って入り口に移動し、自販機で買った缶コーヒーを飲み干す頃には着替えを終えたあいつがやってきた。
「お待たせしました」
「別に大して待ってない」
仕事終わりの待ち合わせだと化粧に時間をかけてだいぶ待たされることも多い。
その点、こいつは最低限のケアしかしていないし、今のやり取りを「デートみたいですね」とか茶化したりもしない。
「何か食いたいものはあるか?」
想定回答は「なんでもいい」だが。
少し考えた後でこいつが口にしたのは、
「鷹城さん。美味しいラーメン屋さんとか知ってますか?」
「……ああ。俺の好きな店でいいなら行くか」
「はい」
多少の散財は覚悟していたが、思ったよりずっと安上がりだった。
ラーメンは好きな食べ物の一つだ。男でラーメンが嫌いというやつはあまり見たことがない。
ただ、女子受けを狙った無駄にお洒落なやつが多いのが困る。
俺たち男の舌に合うラーメンは街中、繁華街から少し離れたところにひっそりと店を構えていることが多かった。
わかっているのかいないのか、黙ってついてくる香坂。
周囲からは視線が集まってくる。香坂美桜には嫉妬と羨望。その半分は「子供の癖に男連れかよ」という意味だろう。
「ここですか?」
「ここだ?」
店名も、外観も、特別女受けするところはない。
昔ながらのラーメン屋。それでいて味はどんどん新しさを追求して進化している。
「美味いぞ」
柄にもなく共感を期待してしまったのか、つい呟いた言葉。
香坂は驚いたように目を瞬くと微笑みを浮かべて、
「楽しみです」
その笑顔が果たして最後までもつか。
「らっしゃい」
「食券の買い方はわかるか?」
「はい。でも、手が──あ、大丈夫そうです」
姉の美姫譲りか、こいつもそこそこ背が高くなりそうな気配がある。
券売機に手が届きそうなので放っておくことにし、特製ラーメン大盛り全部乗せと小ライス、餃子を購入。
ここのラーメンは豚骨しょうゆのこってり系なので白米が欲しくなる。
「あの、ここって量多いですか?」
「お前には多いかもな」
「悪いねお嬢ちゃん。うちは麺少な目やってないんだ。食べきれなかったら彼氏に食べてもらいな」
彼氏じゃないんだが。
香坂は俺をちらりと見ると「頑張ります」と言ってチャーシューメン普通盛りネギ増量を選んだ。
出てきたラーメンに小さく歓声を上げ、「いただきます」と箸を割る。汁が飛ばないように小刻みに吸い上げながら至福の表情。
「好きなのか、ラーメン?」
「家ではほとんど食べないんです。だから、たまにはいいかなって」
体型維持のためにはこんなもの頻繁に食べるわけにはいかないだろう。
こいつも苦労しているらしい。
俺は仕事のためでもラーメンは止められない。
「あ、でも、ここだとお話しづらいですね」
「今更か。別にいい。話があったわけでもないしな」
「え、じゃあどうして」
「伸びるぞ」
古典的な手で話を遮ると香坂は素直に乗ってくれた。
俺はチャーシュー、温玉、ネギ等、たっぷりと盛られた具材を麺と一緒に楽しみながら、
「お前はもう、自分がすべきことはわかっているだろう」
麺をすすりながら耳だけを傾けてくる、中学生になったばかりの女。
「後はどれだけ努力するかだ。これは時間で解決するしかない」
試行錯誤を繰り返し、経験を重ね、人を観察してサンプルを増やす。
才能だけで勝負できる化け物とは違う。努力によって天才と戦おうとする凡才、あるいは別種の才能によってカリスマに匹敵しようとする別の化け物。
だからこそ、
俺の言葉を聞いた香坂の唇がかすかに笑みの形を作って、
「鷹城さん。わたし、役者や声優としてはどうだと思いますか?」
「俺が知るか」
俺は撮ることしか知らない。
モデルの範疇ならアドバイスできるが、カバーしているのはせいぜい動画までだ。同じ映像作品でもドラマや映画は質の違う「演技」が関わってくる。絵になるだけでは足りない。声や喋り方で視聴者の感情を揺さぶる方法はいち視聴者としてしかわからない。
「技術的なことは専門家に聞け。ただ、お前のアプローチはそんなに変わらないんじゃないのか」
「……そうですね。ありがとうございます、鷹城さん」
「ああ」
後は放っておいてもこいつは伸びるだろう。
伸びた結果、使いものになるかどうかはわからない。
ただ、できるならこいつをもっと、俺の好きなように、
「鷹城さんにコーチみたいなこと、してもらえたらいいんですけど」
「……ただの大学生バイトにできるわけないだろ」
撮らせてもらう代わりにならアドバイスしてやってもいい。
そんなことを口にしかけたのは気の迷いだ。
卒業して今のスタジオに就職しても下っ端なのは変わらない。俺の好きなように作品を作れるなんていつの話になるか。
香坂は「残念です」と本気か冗談かわからないようなことを言って、自分の注文したラーメンをなんとか平らげた。
ギリギリだったらしく、食べ終わってすぐはまともに動けそうにない有様で、
「わたしの身体、脂っこいものに弱いみたいなんですよね」
「じゃあなんでラーメン食べたいとか言うんだよ」
「美味しいんだから仕方ないじゃないですか」
多少動けるようになったこいつを連れて近くの公園に行き、しばらく休憩を取った。
暇つぶしに、プライベートで撮った写真を見せてやると無邪気に喜んでいたので、まあ、これだけ安く上がったならいいか、と思うことにする。
「映画の撮影、もう始まってるのか?」
「一週間後くらいからです。わたしや葉の入学時期を避けてくれたみたいで」
「そうか」
映画の撮影が終わってから公開までは平気で一年以上かかったりするらしい。
こいつの初出演映画が見られるのはまだの先の話。それが少し残念な気がした。