♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
水曜日はほとんど一日使って雑誌の撮影。
木曜日は映画の撮影開始前の最終打ち合わせでやっぱり学校をお休み。
わたし、ひょっとしてかなり忙しいんじゃ……?
病気でもなく二日も学校を休むなんて初めてのことだ。
悪いことしているわけでもないのに疎外感を覚えつつ金曜日。
「おはようございます、美桜さん」
「おはよっ、美桜ちゃんっ」
迎えに来てくれた玲奈、恋の顔を見て気持ちが一気に明るくなった。
「おはよう、玲奈。恋」
お母さんと美空に手を振ってから一歩を踏み出すと、当たり前のように鞄が奪われて両手を絡めとられる。
ちょっと恥ずかしい。
恋に荷物を持ってもらうのも悪いとは思うけど、こうやって手を繋いで歩くのはやっぱり嬉しかったりもする。
「美桜ちゃん、顔にやけてるよ」
「え、本当? どうしよう」
普段、仕事で「自分のコントロールくらいできます」って顔をしているくせにそんな有様では笑われてしまう。
とはいえ、この種類の興奮、高揚? は経験が少ないのでうまく調整できない。
玲奈もにこにこしながらわたしを横目で見て、
「美桜さん、意外とわたくしたちのことを意識してくださいますよね?」
「そんなの当たり前だよ」
わたしは別に二人のことをなんとも思っていないわけじゃない。
「玲奈たちのこと、ちゃんと恋愛として好きかわからないだけなんだから。……わたしだって、そういうの興味はあるもん」
香坂美桜として生きることを決めても、男子高校生だった頃の性癖は残っている。
余計な欲望で彼女たちを穢してしまうのはどうかと、
「……美桜さん。そんなことを仰られては、どうしていいかわからなくなります」
「……美桜ちゃんのえっち」
「え。いや、あの、そういう意味じゃ。いや、そういう意味なんだけど」
なんだこれ。
真っ赤になった恋人に両側から睨まれる。
「ずるいです。まだキスもしていませんのに、そんな風に誘惑なさるなんて」
「そうだよ! キスしようよ美桜ちゃん! ロマンチックなやつ!」
「ロマンチックなやつはなかなか来てくれないんじゃないかなあ……」
一般的な認識とわたしの認識もだいぶズレていそうだ。
例えば壁ドンとか「冷静に考えると逃げ道塞がれてるだけじゃない?」だけど、一般的な女子からしたら「きゃー!」だし。
あれ? でも、壁ドンするだけでロマンチックなら今ここでやってもOKなんだろうか。
いや、そこからキスとかとてもできないけど。
「難しいよね。マンガとかだとすごく気軽にキスしてるけど」
「ドラマやマンガは印象的なシーンだけを抜き出していますからね。わたくしたちはコマに描かれていない部分をひとつひとつ経験しながら過ごしているわけですから……」
一ページで六回くらいキスしてるけど、実際にはこれで一週間過ぎてるとかもありえるわけだ。
「マンガだとどういうところでキスしてたっけ」
「えーっと……廊下とか、屋上とか、空き教室とか、通学路とか、公園とか、下駄箱とか?」
「基本的に人目のありそうなところばかりですね……」
いちおう昼休みに屋上へ行ってみたけど、当たり前のように何組かの生徒がいた。
空き教室も同じ。人目を避けたい時にぱっと思いつく場所なので競争率も高いわけだ。
「もー! これじゃぜんぜんキスできないよー!」
「恋、声が大きいってば」
「平気だよ。私と美桜ちゃんが付き合ってるのはみんな知ってるし」
「みんな知ってても恥ずかしいの!」
結局、昼休みは普通に食堂でご飯を食べてから戻ってきた。
まあ、それはそれで楽しいからいいんだけど。
今日なんて、先に食堂で食べ始めていた叶音がなんとほのかと一緒だった。最近、玲奈や叶音と仲良くなったそうで、わたしは「玲奈たちに引き合わせてもらった」という体でほのかと「いま仲良くなりました」というフリをした。
これでわたしがほのかと友達でも問題なくなった。
何か月か時間をかけて仲を深めたフリをすれば学校で本の話ができそうだ。
それはともかく。
「大丈夫だよ、香坂さん。わかってるから」
「嬬恋さんとキスしてもいいんだよ?」
「みんなそれ、ぜったい見たいだけだよね……?」
みんなが揃って目を逸らした。
これだから女子は……と思っていると、恋がわたしの肩をつんつんして、
「ねえ、美桜ちゃん? 思ったんだけど、映画でキスシーンとかないよね?」
「ないけど……」
ああ、そうか。
このまま恋たちとキスしないままだったら、先にお仕事でキスを経験する、なんてこともありえるのか。
幸い今度の映画はそういうのないけど、
「本当に? 絶対? 急にキスシーンが入ったりしない?」
「絶対とは言えないかなあ」
こういう時に「絶対」って言えないのがわたしの悪いところだと思う。
わたしの答えにすっと目を細めた恋は、
「美桜ちゃん、今日は暇なんだよね? カラオケ行こっ?」
「え、なんで急にカラオケ」
「いいから。玲奈ちゃんにも連絡しておくからねっ」
目がこわい。
一にも二もなく承諾したわたしは、午後の授業を受けながら思った。
確かにカラオケなら三人だけになれるし静かだけど、恋、そんなにキスしたかったんだ。
──不思議と、クラスメートは誰も「私もカラオケ行きたい!」とは言ってこなかった。
◇ ◇ ◇
そして。
「ここなら邪魔は入りませんね……?」
「やっと三人だけになれたねっ」
ドリンクバーから思い思いの飲み物を取り、ノルマ分のフードメニューを受け取ったわたしたち。
恋と玲奈はわたしの左右、同じソファに座ってぴったりと身を寄せてきている。
制服の生地越しに二人の体温が感じられる気がする。そうでなくても息遣いははっきり伝わってきて、どうしてもどきどきしてしまう。
「どうしましょうか、これから」
「ね。どうしよっか、美桜ちゃん?」
左右からの囁き声。
こういうのもASMRの一種なんだろうか。図らずもその良さを体験させられてしまったわたしは「二人も声優になれるんじゃ……?」と現実逃避的に思いつつ、恋たちのほうへ視線を向けた。
「キス、するんじゃないの……?」
二人の唇が近くにあって心臓に悪い。
恋と玲奈が瞳をかすかに潤ませて、
「キスしたいんだ、美桜ちゃん」
「では、キス、しましょうか……?」
ああ。逃げられない状況なのにこんなに幸せなこともあるんだ。
「恋さんとも話し合ったのですが、最初はやっぱり三人一緒がいいと思うのです」
「うん。じゃないと不公平だもんね」
好きな人のファーストキスが欲しい気持ちはわかる。
ここで恋と玲奈が「私たちでキスするから見ててね」とか言い出したらさすがに困るし。
もう、三人でキスすると不格好になるとか気にしていられない。
「……うん。わたし、恋と玲奈とキスしたい」
素直な気持ちを口にすれば、恋人たちは嬉しそうに微笑んでわたしの腕を抱きしめた。
近かった距離がさらに近くなって、わたしたちの唇が近づいていく。
胸の鼓動に逆らわずに目を閉じると、唇に柔らかな感触が二つ触れた。
ゆっくりと離れるまでに一秒足らず。
わたしたちの顔はみんなして真っ赤になっていた。
「えへへ。……キス、しちゃったね?」
「うん。……キス、しちゃった」
キスってこんなに幸せで気持ちいいものなのか。
こみ上げてきた甘い感情がまったく抑えられない。口元が緩むのも笑顔が自然と浮かぶのもぜんぜん我慢できなかった。
ああ、今の顔をちゃんと確認しておかないと。これは絶対仕事で使える。
スマホのミラーモードを起動して自分の緩んだ顔をチェックしていると、恋たちは左右から顔を見合わせて、
「玲奈ちゃん。二回目からは二人でしてもいいよね?」
「そうですね。……ですが、回数はきちんと記録してくださいね? 抜け駆けは禁止ですよ?」
「わかってるよ。そんなことしないもん」
もしかして恋と玲奈って仲悪い? と思わず尋ねると、二人は揃ってそれを否定したうえで「それとこれとは話が別」とさらに口をそろえた。