♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
いよいよ、わたしの初出演映画の撮影が始まる。
学園ものなのでシーンの大部分は学校内。
今日、金曜日から日曜日までの三日間は泊りがけで撮影を行うことになっている。
最近廃校になった学校を撮影のために借りているんだけど、場所が都内からだいぶ離れていて何度も往復できないからだ。
初日である今日はスタッフとキャストの大部分を乗せてバスで移動するところからだ。
出発時間までに集合場所まで行くためには当然、早起きしないといけない。わたしは前の日に早めに寝たうえで四時起きした。
「……さすがにちょっと眠いなあ」
スマホのアラームを止めてぐっと伸び。
今日ばかりは朝のランニングもお休みだ。
起きた連絡を入れて、念のために荷物をもう一度チェックしたらなるべく静かに部屋を出てシャワーを、
「おはよう美桜」
「おはよー、お姉ちゃん」
「寝坊しないでちゃんと起きられたみたいね」
「なんでみんな起きてるの!?」
時間を間違えたかと思ったけどちゃんと合ってた。
「だって、ぜったい起きちゃうからどうせならちゃんとお見送りしようかなって」
「ありがとう美空。でも無理しなくていいんだよ? 一回起きちゃっても二度寝したほうがまだマシだよ」
「いいの。私も昨夜はちょっと早めに寝たもん」
「美桜と美空は早寝早起きだものね。私は職業柄変則的なのは慣れてるし」
「わ、私だって早起きする仕事あるし!」
ありがたいことにみんなわたしに付き合ってくれたらしい。
「みんな、ありがとう」
「ま、最初くらいはね。気にしなくていいわよ」
お言葉に甘えて洗顔やシャワー、髪のセットを済ませる。
このへんは現場であらためてやるわけだけど、新人がだらしない格好で行くのはスタッフ側の悪印象になるから避けないといけない。
準備ができたらお母さんが用意してくれた簡単な朝食をとる。
さすがにお腹が空いているかどうか以前にあんまり食欲がなかったけど、食べておかないと後でお腹が空くだろうからできるだけ詰め込んだ。お腹が空いた時用の軽食もある程度鞄に入れてある。
「美桜。日焼け止めと制汗スプレーとシャンプーとボディソープとあとあれとこれとそれは持った?」
「大丈夫。昨日も今日も確認したんだから」
撮影中に必要になりそうなものはできる限り想定してなるべく持って行くことにした。
この辺りは読モとモデルの経験が生きる。ジャンルが違うとは言っても似通った部分は多い。
「お姉ちゃん、ロケ弁の写真帰ったら見せてね?」
「うん。周りの風景とかも撮ってくるね」
「やったあ」
宿泊先は近くの旅館、滞在中の食事は向こう持ちという気前の良さだ。
いやまあ、撮影なんだしそれが当たり前なんだけど。わたしたちは子供だから勝手に夜中出歩けない=地元の美味しいものを食べに行こう! とかできないし。ついでにお酒も飲めない。朝晩のご飯も用意してもらうということで旅館が都合よかったらしい。
「けど役者ってのも大変よね。泊まりがけの撮影とかうちらはあんまりないし」
「モデルにはモデルの苦労があるけどね」
ショーやイベントなんかはやり直しの利かない勝負だし。
「台本覚えるのとか私には絶対無理だわ」
「ほんと大変だったよ……」
台詞を覚えられなかったら演技だってまともにできない。
しかも映画の撮影は撮れるシーンから撮るからストーリー通りの流れにはならない。序盤のシーン→終盤のシーン→序盤のシーンの順で撮るとかも普通だ。シーンごとにぱっと出せるようにならないといけないわけで、憶えられるまで何度も繰り返し練習するしかなかった。
台詞を覚えるなんて明らかに演技とは別系統の能力なんだけど、ここで挫折する役者さんもけっこういるんじゃないだろうか。
そこにぴこん、とスマホの通知音。
「誰? 友達?」
「ううん、マネージャーさんから」
この時間に迎えに行くというリマインドだ。
朝早くから車を飛ばしてくるとか大変すぎる。時間外労働も甚だしいけどお給料とか大丈夫なんだろうか。
「わたしにマネージャーさんがついてるとかまだ変な感じだよ」
「そりゃマネージャーくらいつくでしょ。プロなんだから」
何年もプロやってるお姉ちゃんはさすがに落ち着いている。
「でも、寝過ごしてマネージャーに怒鳴られなくて良かったわね。切羽詰まってくるとあいつら『こいつほんとに殺しに来るんじゃないか』ってくらいの剣幕になるから」
「そこまで追い詰めたお姉ちゃんが悪いんじゃ……?」
「まあ、あの時はさすがに全力で謝ったわ」
なんか思ったよりものんびりできてしまったけど、そろそろ出ないといけない時間だ。
「それじゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
家族に見送られて、駅まではお母さんに送ってもらって、わたしは撮影に向かった。
◆ ◆ ◆
『もう少しで朝ご飯を食べ終わります』
シマエナガのスタンプと共に送られてきた業務連絡に、私はふう、と息を吐いた。
了解の意を返信しながら呟くのは小さな不満だ。
「どうして私がこんなことを」
大手芸能事務所に就職して五年目。
インターンも含めるともう少し業務経験は長いけれど、ようやく仕事に安定感が出てきたような気がするそんな頃。私は配置換えによって新人モデル兼新人俳優である『mio』のマネージャーになった。
私の専門はモデル部門。
だから、モデルとしての彼女をサポートするのはもちろん構わない。この業界は新陳代謝が早いから若い子の担当になるのはむしろ喜ぶべきだ。
不満だったのはmioが俳優部門を掛け持ちしていて、そちら側のマネージャーまで私が兼任しなければならなかったこと。
『新人に二人マネージャーがいても逆に混乱するでしょう?』
上司の言い分はわかる。
スケジュールの調整のためにマネージャー同士で揉めるとか確かにごめんだし、俳優部門の先輩がサポートしてくれることにはなったけど、良く知らない俳優部門の仕事まで覚える羽目になった。
どうせ新人に大した仕事はないだろうから時間はある──と思ったら俳優としてもモデルとしても既に仕事が入っている。
新しいことを覚えながらスケジュール管理や各種連絡業務をこなすのは正直ストレスだった。
当のmioがあまり手のかからない真面目で礼儀正しい子だったのは幸いだけど、それが逆に憎たらしいというか、例えばこれが愛想が良いだけのへっぽこなら少しは気が晴れたのに、と思ってしまう。
『将来有望な子かもしれないから頑張ってサポートしてあげてね』
サポートと言われても、今のところ私が担当になる以前からの案件で手いっぱいで。
私のサポートが仕事の獲得にも仕事のモチベーションにも繋がっているか怪しいわけで。
「今回だって映画の撮影で泊まり込みでしょ?」
早起きして重い荷物を積んで車を飛ばす。モデルの場合、泊まりこみは一大イベントの場合が多い。前乗りする予算、あるいは本人にタクシーを使わせる予算も下りやすい。
マネージャーにはいろいろ打ち合わせもあるからmioを連れていくとなるとなおさら早めに迎えに行かないといけないし。
眠気からイライラしつつ到着。
するとタイミングよく、花菱葉を担当していて私のサポート役でもある(俳優部門所属なので最近まで面識のなかった)先輩から電話。
なにかと思ったらmioの確認だった。
先輩は花菱葉に付き添って移動中。彼女は私の返答に「良かった」と声を和らげて、
『二人とも優秀ね。安心したわ』
私は「あなたが寝坊する可能性も考えていた」と言われた気分になった。
五年目でそんなミスはしない。今回だって目覚ましのアラームを何重にもセットして早めに寝た。
『プロ意識のしっかりした子だけど、念のためフォローしてあげて』
「わかりました」
けれど、私が元気づけるまでもなくmioは「おはようございます!」と元気な挨拶をしてきた。
本当、いっそのこと少しくらいミスをしてくれたほうが気が楽だったのに。
なんて、この時はまだ私は不満いっぱいだった。