♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「おはようございます!」
「おはようございます」
予定通り到着してmioを迎える。
彼女は大きなスポーツバッグを両手で支え、私に明るく挨拶。
目に隈も見られない。
「昨夜はちゃんと眠れたようですね」
「はい。少し眠いですけど……車の中で寝ても良いですか?」
「もちろん。ただ乗っているのも暇でしょうから」
「ありがとうございます」
移動中に話をしたい人もいれば休みたい人もいる。この辺りは人によって様々だ。
年下の子に黙って寝られるのはちょっと不満に思ってしまいそうなので、前もって断ってもらえるのはありがたい。
「では行きましょう。準備はいいですか?」
「はいっ。トイレも済ませてきました。手荷物も分けてあります」
小さなポーチには貴重品と酔い止めの薬、のど飴にチョコレートなどが入っているようだ。
スポーツバッグのサイドポケットにはいつでも抜き取れる状態で水のペットボトル。
「準備がいいですね」
「できるだけ準備はしておこうと思って」
照れたように微笑む表情は歳相応。
私は彼女が読者モデル等で何度も現場を経験しているのをあらためて思い出す。私が思っている以上にこの子はプロなのだ。
モデルでも役者でも、子供のうちはどうしてもトラブルが多い。
若いのだから仕方ない部分もある。その分、私たち大人がサポートしなければならない。今日から三日間、彼女が家に帰るまで親御さんから預かる形になるわけだし。
──迎えに行っておくべきだった。
先輩のやんわりとしたアドバイスを思い出しながら集合場所となる都内の駅前へ。
外で待機しているスタッフさんに挨拶をした後、既に到着しているバスへと向かった。
「mio、到着しました」
「mioさん到着されましたー!」
「おはようございます、mioです。今日から三日間、よろしくお願いします!」
今回は荷物が多いのを見越して貸し切りの中型バス。
出演者は子供が多いためバスの中はどこか遠足ムードだった。
ただ、同年齢でも芸歴の差によって先輩後輩はある。
席に座る段階になって「どうしましょう?」と言う風にこっちを振り返ったmioを見て、私はその辺りも話しておくべきだった、と後悔する。
前もって先輩から教わったところによると、最前部には監督や脚本が座ることが多く、また、奥まった席ほど芸歴の長い人が座る傾向があるらしい。後は個人の嗜好次第だけど、出演者それぞれの好みまでは情報収集できなかった。
私は今回のスタッフの人数を思い出しながら、真ん中よりもやや前の席にmioを導いた。
「mioさん、通路側と窓側、どちらがいいですか?」
「えっと、窓側でお願いします」
事故などの際、咄嗟に逃げやすい通路側のほうが上──という考え方もあるらしいけれど、外の景色が見やすい窓側のほうが酔いづらくコンディションを保ちやすいという面もある。
席に腰を落ち着けたmioは私に小声で話しかけてきて、
「バスの中での特別なマナーってあるんでしょうか……?」
そんなこと聞かれても役者独特のマナーは慣れてなくて、とは言えない。
「一概には言えないと思います。会話を好む方もいるでしょうし、静かに休みたい方もいるのでは」
実際、現場と出演者によって空気はかなり変わると言う。
今回のバスでは大人の出演者が後ろに固まっていて場の空気は大きく二分されていると言っていい。逆に言うと子供が前ではしゃぐ分にはある程度見逃してくれている、ということだけど。
「じゃあ、しばらくは起きてたほうがいいですね」
言って台本のチェックを始めるmio。
荷物を預ける時に抜け目なく、水と一緒にこれも取り出していた。スマホをいじると「協調性のない奴」と思われかねないけれど、台本ならば「仕事に対して前向き」という評価を得やすい。撮影を成功させるためにも良い選択だ。
そうしているうちに先輩と花菱葉も。
葉くん、相変わらず可愛い。これからだんだん格好良さが増していってそれはそれで目の保養に──じゃなくて、
「おはようございます!」
「おはよう、美桜ちゃん。今日は頑張ろうね」
そうしてmioの反対側の席を確保。
流れるように他の出演者に声をかけに行った彼を私は呆然と見送る。
戻ってきた花菱葉に先輩は微笑み、
「mioちゃんと一緒のほうがリラックスできるかしら?」
「そうですね。……お願いしてもいいですか?」
彼からの上目遣いにはいろんな意味で逆らえない。
私は葉くんに席を譲ると先輩と隣り合って座る。
「本当に仲がいいのね」
「そうですね」
葉くんとすれ違う時にちょっと触れちゃった、もう手洗いたくない……じゃなくて、彼はプロ意識が高く、他の出演者との距離を詰めすぎないと聞いていたので驚いた。
先輩の言う通り、本当に仲がいいんだろう。
付き合ってるっていう噂があったけど本当なんだろうか。お似合いだと思う反面、葉くんのファンとしては認めたくない気持ちもある。でも、その辺の大したことない女に取られるよりはよっぽど──。
──私はmioを認めているのかいないのか。
マネージャーでしかない以上、花菱葉とmioの会話は必要以上に耳に留めないようにしたけれど、憶えるでもなく聞き流した限りでは彼らの会話は他愛ない世間話だった。
いや。
mioの側は本当に気負っていない様子ではあるものの、葉の側は時折、抑えきれない感情がこぼれるように声を弾ませていた。
まさか彼のほうが強い恋愛感情を持っていると?
「なんなの、あの子」
「あなた、どうして
「興味があったのが
「なるほどね……」
個人的な嫉妬を仕事にまで持ち込む気はない。
mioの能力も認めざるを得ない。純粋に個人として見たら別に彼女のことが嫌いなわけでもない。
かといって完全に割り切れるほど人間ができているわけでもない。
私はmioに複雑な想いを抱いたまま撮影を迎え、そして打ちのめされた。
私たちマネージャーは事務所の意向を代弁する役も担っているものの、基本的には子役の保護者役、つまりはお守りとして来ているに過ぎない。
撮影が行われている間にできることは少なく、正直、野次馬と大差ない。
先輩は出演者が着替えを行っている間、平然とした顔でノートパソコンを叩いていた。
「あまり気を揉んでいたらもたないわよ。ある意味、ただ待つほうが大変なんだから」
「手持ち無沙汰なら、mioちゃんが癇癪を起こした時に宥める言葉でも考えておきなさい。私たちの仕事は管理とケアと突発的な問題への対応よ」
「あの子に必要あるでしょうか」
「ないかもね。本当に新人かと思うくらいしっかりした子だもの」
私たちの認識通り、mioはなんの問題もなく着替えとメイクを終えて戻ってきた。
──彼女は新人だけど、二年近い読モの経験がある。そういう意味では新人じゃない。
加えて天性の才能か。
男装し、ナチュラルメイクを施した彼女は中性的な魅力を全身に纏って、いや全身から発散していた。
長い髪は結局切ったり隠したりするのではなく後ろで束ねることになった。男なのか女なのかわからない、という要素はやや薄くなってしまうものの、髪をほどくシーンを入れたいという脚本家からの強い要望があったらしい。
その選択は正解だったかもしれない。
もし、髪まで男の子らしく整えてしまっていたら、mioにガチ恋する女子が急増しかねない。
この状態でも防げているかどうか。実際、スタッフや共演者もその姿に息を呑んでいる。
「よろしくお願いします」
気のせいか、声までいくらか低くなっている。
話し方や立ち方、仕草まで変わっていて、私は「こんなこと、中学生にできるものなの……?」と絶句してしまう。
主演の葉くんとヒロインの子はわりとナチュラル、役者としてのイメージと役のイメージが近いので余計に映える。
──なるほど。確かにこれは長い付き合いになるかもしれない。
私はmioの能力について認識をあらためると共に、彼女をこれからもサポートしていくことになるのをしっかりと覚悟した。