♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「お疲れ様でした、mioさん」
「ありがとうございます。……あはは。さすがに疲れちゃいました」
宿泊先の旅館はマネージャーさんいわく「予算の関係で高い宿ではない」ということだったけど、用意されたのは子供のわたしには十分すぎる部屋だった。
子供一人にはできないし、他の出演者と一緒にするのも……ということでマネージャーさんと相部屋。
旅館なので純和風な畳の部屋だ。
撮影が終わったのは日が暮れてから。
夕方のシーンも撮れるだけ撮った後のことだ。
子供は夜遅くまで働かせられないので配慮されている──というよりは学園ものなので夜に学校で撮るシーンがあまりないだけ。法律的にも夜十時以降がダメなだけだから正直、あんまり意味ないんじゃないかっていう気もしないでもない。
ともかく、部屋にたどりつく頃にはわたしはもうへとへとだった。
わたしの役はメインと言えばメインだし、サブと言えばサブ。そこそこ出番が多い中途半端なポジションなので出ずっぱりでもなく、かといってしっかり休めるわけでもなく、ある意味一番きつい役回りだったかもしれない。あんまり気を抜くと役作りと台詞が抜けていきそうだし。
「モデル以外の撮影現場に慣れてないのもありますね。……早く慣れないとなあ」
「初めてとは思えないくらい頑張っていましたよ」
「うまくできてたならよかったです」
自分の出ないシーンだからと言って完全に気を抜けるわけじゃない。
呼吸を整え衣装やメイクを乱さないように気をつけ、他の出演者とコミュニケーションを取りながら、できるなら他人の演技もしっかり観察しないといけない。
出演者同士の仲の良さが出来栄えに影響することもあるし、他の人の演技に合わせるのも大事なことだ。
あれだけ稽古したのにいざ現場に来てみたら変更点がいくつもあったし。
「光の当たり方とかまで気にし始めたらもうわけわからなくなりそうです」
ようやく気を抜けるようになったのだから、愚痴の一つも吐きたくなる。
食事はこの部屋に運んできてくれるらしい。
なのでそれまではのんびりできるわけだけど、マネージャーさんはわたしが食べるのを見届けたら別の場所でスタッフさんたちと食事らしい。
大人だけ別……。これはお酒だ。間違いなく酒盛りするつもりだ。
「すみません」
背の低いテーブルにぐてっと身を預けていたわたしは「え?」とマネージャーさんを振り返って、
「大してお役に立てませんでした。いざ撮影が始まったら私にできるのは見ていることだけで」
「そんな」
わたしたちが頑張れるのは大人の人たちがサポートしてくれるおかげだってことはよくわかってる。
マネージャーさんやスタッフさんを責める気なんて全くない。
むしろ、わたしみたいな変則的なのをサポートするのはとても大変だろう。
「すごく感謝してます。荷物の管理とか、タオルの準備とか」
「もっと言ってくださっていいんですよ? なにかできることはありますか?」
まだ若いマネージャーさん。
真面目で、必要以上の干渉はしないタイプかと思ってたけど、違ったのかもしれない。
気遣ってくれることが嬉しい。
「じゃあ、ひとつお願いしてもいいですか?」
快く「なんでしょう?」と言ってくれる彼女に、
「もっと普通に話してくれませんか? わたし、マネージャーさんともっと仲良くなりたいです」
精神的距離の遠い大人と一緒の部屋、となると正直気づまりだ。
悪い人じゃないのはわかったけど、できればもっとフランクな関係になりたい。
果たして反応は──。
ふう。
ため息にびくっとしたわたしだけど、マネージャーさんの顔には苦笑が浮かんでいて。
「もう、本当に変な子」
「ご、ごめんなさい?」
「謝らないで。これからは私も遠慮し過ぎないようにする。……それでいい?」
「はいっ」
ただ話し方が変わっただけだけど、ちょっと空気が緩んだ気がする。
マネージャーさんはわたしの向かいに座るとこっちをじっと見て、
「それで? 他にはなにかない? マッサージとかしようか?」
「だ、大丈夫です!」
「本当? 筋肉痛になったら大変だよ? 明日も明後日も撮影あるのに」
「そう言われると……」
真剣な顔で「あれはほんと辛いんだから」と言うマネージャーさん。
「マネージャーさんだって若いですよね?」
「二十歳超えると急にいろいろ来るから覚悟したほうがいいよ」
「ええ……」
二十歳なんてあと七、八年しかない──いや、けっこうあるな。
定期的に運動してるうえにまだまだ若いこの身体なら大丈夫じゃないかと思いつつ、せっかくなのでちょっと肩を揉んだり背中を押してもらったりした。
「これ、わたしがマネージャーさんにしてあげるほうなんじゃ……?」
「お世話する相手にお世話されたら私が駄目なマネージャーじゃない」
「それはそうですけど」
なんだかんだ、なにもしないよりは気持ちいいし身体も柔らかくなった気がする。
調子に乗って長引かせたせいでご飯を持ってきた仲居さんに「後にしましょうか……?」と気を遣われてしまったけど、慌てて「大丈夫です!」と引き留めた。
並べられたのは旅館らしい和風の夕食。
鶏のからあげとかが付いてるのは子供用だってことで配慮してくれたのか。そのうえ、ちゃんとお刺身や焼き魚があるのも個人的には嬉しい。
「けっこう美味しそう……」
「マネージャーさんは後でお酒飲みながら食べるんでしょう?」
「でも、一応仕事中だし飲むわけにも」
「下っ端ってお酌したついでに飲まされたりとかないんですか?」
「今はもうそういうのあんまりないかな。お酒が入ってきたあたりで注いであげると喜ばれはするけど」
男性社会じゃなくなって女が奉仕する、みたいな文化も減った。
それでも後輩が懐いてくれるのは嬉しいもの。わたしだって小学校とか読モの後輩とかでそういう経験がある。そういう効果を狙った後輩側が自分から仕掛けることはあって、そういう体験がセオリーになって、また一周して「下っ端はお酌するもの」っていう文化が生まれたりするのかもしれない。
手持ち無沙汰のマネージャーさんと雑談をしつつご飯を食べる。明日頑張るためにも食べないといけないし、残すのも申し訳ない。
ご飯のお代わりはおひつに入っていて好きなだけ食べていいスタイル。
もし足りなかったら遠慮なく申し付けてください、と言われたけどさすがに食べきれそうにはない。
いっぱい食べる上で和食中心の食事なのは栄養バランス的に嬉しい。
ほくほくしながら焼き魚に箸を入れていくと、マネージャーさんの視線がじっとそこに注がれて、
「……まさか食べ方も採点されてたりします?」
「ないから安心して。ただ『上手に食べるなあ』って感心してただけ」
「よかった」
お母さんも職業柄、色んな人と食事に行くことがあるので「焼き魚くらい綺麗に食べられたほうがいい」と教わっているのだ。
そのほかにも簡単な食事のマナーはだいたい教わっている。
お姉ちゃんはよく「めんどくさーい」って言ってるけど、その割に仕事関係の人と食事に行っては「教えが役に立った」ってときどき喜んでいる。
「すごいなあ。ほんと美桜ちゃん、人生何回目?」
「あはは。ちゃんと一回目ですよ」
中身が七年くらいサバ読んでるだけです。
と、そんな感じで、わたしの初めての映画撮影は大変なことがありつつもなんとか無事に過ぎていった。