♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
「……ふう」
風呂上がりの火照った身体が少しずつ冷めていくのが気持ちいい。
男性用の露天風呂があるのは嬉しかった。
昔からある旅館ならではだ。最近の高級ホテルも男性客を呼び込むことに力を入れていたりするらしいけど、そういうのは逆に優遇され過ぎていて平等な感じがしない。
他に利用者のいない貸し切りのお風呂だけで十分、贅沢だ。
泊まりがけで映画撮影に来るのも初めてじゃない。
幼稚園の頃から子役としてドラマや映画に出演していた僕にとっては慣れたものだ。
みんなとは違う生活に嫌気がさしたこともあるけど、この業界から抜け出せる気はしない。結局、演じるのは好きなんだ。
静かな脱衣所で子供用の浴衣に着替えて廊下に出ると、隣にある女湯からちょうど誰かが出てきた。
反射的に緊張する。
偶然でも、偶然を装ったのだとしても高確率で声をかけられる。
映画の撮影で使っている今、部外者の宿泊はないはずだけど──だからって安全とは限らない。スタッフが変な気を起こした事件はいくつも聞いているし、もっと危ないのは共演者だ。同じ立場だからって馴れ馴れしくしてくる子は多い。
確か、大人たちはいま夕食兼飲み会の最中だし。
逃げようか、と思ったところで、
「あれ、葉?」
「美桜ちゃん」
緊張がいっきに解れていく。
自然と笑顔が浮かぶのを感じながら僕は彼女に声をかけた。
「美桜ちゃんもお風呂だったんだ」
「うん。お腹いっぱいになったから後はお風呂かなって」
「僕もだよ。……そうだ。部屋で少し話さない?」
「いいの?」
「もちろん。って言っても景色はそんなに変わらないと思うけど」
自販機で飲み物を買ってから僕の部屋に移動した。
僕はミネラルウォーター、美桜ちゃんはフルーツ牛乳。
「どうぞ」
「お邪魔します……って、ここわたしの部屋より広いよ」
「あれ、そうなんだ? 気を遣ってくれたのかな」
「一人でこんなところ使えるなんて贅沢だね」
今回の撮影参加者は僕以外みんな女性だ。
マネージャーさんは真面目な人なので「異性と一緒では気が休まらないでしょう?」と別の部屋に泊まっている。そのうえで「男性だから」と旅館の人から優遇までされてしまったらしい。
「ここまでしなくてもいいんだけどなあ」
「いいんじゃない? もらえるものはもらっておけば」
あっけらかんと口にして、部屋と窓の間にある小さな空間──たしか広縁だっけ?──に歩いていく美桜ちゃん。
ずるい、とも、じゃあわたしも一緒に寝ていい? とも言わずに自然体でいる彼女にとても好感が持てる。
二つある椅子の片方に腰かけて瓶のふたを開ける美桜ちゃん。
「隣、いいかな?」
「もちろん」
僕も向かいに腰かけてミネラルウォーターに口をつけた。
「美味しい」
もう一回歯を磨かないとだけど、と微笑む彼女にちらりと視線を向けると、湯上りで火照った肌と無造作に下ろされた髪の毛にどきっとする。
北欧の血のおかげか色白な彼女は肌の紅潮がわかりやすい。
顔立ちも整っているから余計に色気を感じてしまう。……美桜ちゃんなら安全だからって部屋に招いておいて、こっちがどきどきするなんていけないことなのに。
でも。
美桜ちゃんは僕が憧れる女の子の理想像だ。
こんなに可愛くて、綺麗で、堂々とした女の子に僕もなれたら。
「? どうしたの、葉?」
「な、なんでもない」
光の加減か、少し青色っぽく見える瞳に見つめ返されて、慌てて視線を逸らした。
美桜ちゃんは悪戯っぽく笑って、
「あ、もしかして一葉って呼んで欲しかった?」
「いいよ。今は服も違うし」
男性用の浴衣に下着じゃぜんぜん女装じゃない。
……っていうことは美桜ちゃんも浴衣の下には下着しかつけてないのか。
女の子がそんな無防備な格好なんて。いや、女の子が男に襲われるのは名誉らしいけど。美桜ちゃんといるといろいろ感覚が狂う。
「そういえば、お風呂では他の子と会わなかった?」
「一人だけ会ったけど、わたしより後に入ってきたからもう少しゆっくりしてるんじゃないかな?」
ヒロインの子と鉢合わせたらしい。
なにか言われたのか、彼女の顔には苦笑が浮かんでいる。女の子同士も楽じゃないみたいだ。
「そうだ。わたしの演技、どうだった? 葉の正直な意見が聞きたいな」
「良かったよ。正直、感心した」
「本当?」
またしてもじっと見つめられて反応に困る。
本当、今日はどうかしてる。いつもと違う場所だからか、うまく気持ちがコントロールできない。
僕だって女の子に興味はある。
趣味と好みのせいで他の子とどうこうなるつもりはないけど、美桜ちゃんはそのどっちも知っている。美桜ちゃんとなら、なんて、つい考えてしまったこともないとは言えない。
せっかくできた友達にそんなこと絶対言えないけど。
「本当だよ。女の子のファンいっぱい増えると思うよ。恋愛的な意味で憧れる子も増えるかも」
「そっか。……そうなんだ」
「嬉しい?」
「ん、まあ、女の子から憧れられるのは嬉しいかな。……でも、わたし、付き合ってる人がいるから」
「え」
さすがに驚いた。
ぽかんと口を開けると、美桜ちゃんは僕を見てくすりと笑って、
「ごめん、言ってなかったよね? 葉にはちゃんと報告しないといけなかったのに」
「そんなのいいけど。……じゃあ、この前言ってた子たちと?」
「うん」
恥ずかしそうに、嬉しそうに、どこか誇らしそうに頷く美桜ちゃん。
可愛い。
さっき見た表情も可愛かったけど、これが恋する表情なんだろうか。今まで見た美桜ちゃんの顔の中でいちばん可愛いと思った。
同時に、美桜ちゃんにそんな顔をさせた子たちに少し嫉妬してしまう。
考えてみると、僕はたぶん、その子たちに一度会っている。初めて会った時、美桜ちゃんを追いかけてきたあの子たち。ずいぶん仲がいいんだなと思ったけど、今思えばそれだけじゃなかったんだろう。
「そっか。おめでとう」
たぶん、心から笑って言えたと思う。
悩みが晴れて上手く行ったならそれが一番だ。それに、美桜ちゃんに恋人ができたなら変なことで悩まなくてもいい。可能性がないなら、本気で望んでもいない可能性に踊らされないですむ。
美桜ちゃんとその子たちが末永く幸せでいられますように。
「せっかくだからもう少し話聞いてもいいかな?」
「いいよ。代わりにわたしももう少し、演技のアドバイスもらえたら嬉しいけど」
「ああ、いいよ」
美桜ちゃんの演技は良かったし驚いた。でも、細かいことを言えば言えることはいろいろある。僕も参考にしたいところがあったし、駄目な演技だったとはぜんぜん思わないけど。
お互いにもっと上を目指せたらいいと思う。
美桜ちゃんとはこれからもいい関係でいたい。
一葉としての僕とも友達で、役者としても友達。こんな女の子、これからもきっと美桜ちゃんだけだ。
僕たちはそれから、そろそろ寝ないとまずい時間になって美桜ちゃんがマネージャーさんからの電話を受けるまで話を続けた。
この時間が終わってしまうのが名残惜しいくらいだったけど、
「それじゃあ、お休みなさい」
「お休み、美桜ちゃん」
そう言って別れるのもなんだかとても心地よかった。
撮影は明日からもまだまだ続く。
でも、これならきっと良い映画になる。僕はそんな予感を抱いていた。