♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
六月に入って衣替えが実施された。
実施から一週間は移行期間としてどっちの制服を着てもいいことになっている。気候に合わせて変えてもいいし、すっぱり夏服に絞ってもいい。
僕は一日の朝、試しに夏服のスカートとブラウスに袖を通してみて、
「……落ち着かない」
ブラウスの袖が中途半端に短いし、若干薄い生地になったうえ上着がない装いがぐっと軽くなる。
涼しげなのはいいけど頼りなさすぎだ。
下がスカートだしタイツとかニーハイソックスを穿きたい。でも夏だとさすがに暑い。素足は恥ずかしいので最後の手段だ。
そんな風に悩んでいると、
「美桜ー? 着替え終わった?」
「わっ!? ……もう、お姉ちゃん。部屋に入る時はノックしてよ」
「ごめんごめん。美桜もそういう年頃だもんね」
制服姿のお姉ちゃん。
中等部の制服は初等部のものよりすっきりとしたデザインだ。成長期なのもあって二歳の差は大きい。僕よりもずっと大人びた姿にあらためて関心すると同時に「高校に入ったらまた化けるんだろうな」と思う。こんな美少女がいて男子は大丈夫なのか。
と、それはともかく。
お姉ちゃんは適当に謝りつつも部屋に入ってきて、姿見の前にいる僕の後ろに立った。
果たして現役モデルの評価は、
「……うーん、なんか微妙」
「はっきり言わないでよ」
「っていうか美桜。そのブラウス去年のやつじゃない? 新しいの買ってあったと思う」
「え、本当?」
探してみたら三分もせずに見つかった。一年で身長が伸びたらしく、サイズアップしたブラウスは身体にぴったり合った。
「半袖と長袖両方あるからそこは好みでね。おススメは長袖だけど」
「紫外線が怖いから?」
「わかってるじゃん。足もなるべく隠した方がいいよ。あと日焼け止めも」
「まだ夏じゃないのに?」
「もう初夏。それに日焼け止めは冬でも効果あるんだよ。うちの家系はみんな色白だけど肌は弱めだから対策は必須」
「可愛いを作るのも大変なんだね」
我が家はお母さんとお姉ちゃんが芸能関係な上、妹が病弱なので美と健康にうるさい。
食事も栄養バランス重視、野菜多めで肉や油物は最小限。
元男子高校生としては物足りないけど、美桜の身体は油や塩分を取りすぎるとパフォーマンスが落ちる。身体が欲しがらないおかげで今のところは我慢できている。
「じゃあ、暑いけどやっぱりタイツにしようっと」
とりあえず黒タイツだ。
半袖素足よりは防御力も上がって若干安心。
「ね、タイツとかソックスって白だとハードル高くなるよね?」
「黒の方が安パイかな、やっぱ。制服だとコーデがほとんど決まっちゃうから余計ダサく見えやすいし」
「どうにかする方法ないの?」
「可愛い子が穿いてる分にはいいじゃない?」
全然対策になってない。
「美桜なら、っていうか小学生なら平気だって。ロリなんだしロリ系のイメージで行っちゃいなよ」
「それも恥ずかしいなあ」
暑さが増して黒じゃ耐えられなくなったら試してみよう。
リビングに行くと母や妹も「可愛い」と言ってくれた。美桜のポテンシャルのおかげとはいえ褒められると満更でもない。
制服にこぼさないよう気をつけて食事を終えたら、だいぶ慣れてきた通学路を通って学校へ。
「おはよう、燕条君」
「おはよう」
日課のようになっている湊との挨拶を済ませたら彼の横を通って校門をくぐって、
「あら。おはようございます、美桜さん」
「おはよう、玲奈」
友人は可愛い日傘を差していた。
視線を向けると恥ずかしそうな顔をしながら、
「少々大袈裟かとは思ったのですが、先日購入して早く使いたかったもので。……いかがでしょうか?」
「うん、すごく可愛い」
日傘もそうだけど玲奈自身も可愛い。
似合う人なら選択肢が増える、というお姉ちゃんの話がわかりやすく理解できた。
ちなみに恋は「この方が動きやすいから」というシンプルな理由で半袖ブラウス+ニーハイソックスだった。あの話の後だと「日焼けとか大丈夫なのかなこの子」と思うけど、恋には適度に日に当たった健康的な肌も似合いそうだ。
セオリーを無視して自分なりの可愛いを追求する。それもまた正解だろうし、自然に自分を貫ける恋は実はいちばんお洒落上級者なのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「どうだった、美桜? 夏服で一日過ごしてみて」
「思ったより気にならなかった。みんなも着てるから恥ずかしくないし」
「それはあるよね。でも男子はちらちら見てきたでしょ」
「うん、まあ」
家族四人揃っての夕食時。
お姉ちゃんが感想を聞いてきたので今日のことを思い出しながら答えた。
初日は冬服のほうがだいぶ多め。それでも恋みたいに着てきてる子はいるのでとても心強かった。
男子からはお姉ちゃんの言った通り遠慮がちな視線が送られてきていた、と思う。確定じゃないのは、見られてるのは皮膚センサー? で感じたものの、視線の元を探すのは可哀想な気がしてスルーしていたからだ。
ちょっと女子をエロい目で見るくらい許してやらないと僕まで罪人になりかねない。
「でも、燕条君は普通だったかな」
「ああ、美桜が好きな子ね。意外と真面目なんだ」
「っていうか前からわたしのことちらちら見てるから気にならなかった」
「へー?」
お姉ちゃんが恋バナモードに入りかけたので「違うからね?」とすかさず牽制。
「でも、お姉ちゃんは好きなんだよね?」
「別に好きとかそういうのじゃないよ」
元の美桜がアレだったので仕方ないとはいえ、家族に「この子はあの子が好きなんだ」と思われたら大変だ。特に親はそういう情報をアップデートするのが苦手だから何年経っても話を蒸し返されかねない。
お母さんに期待をこめて「違うからね?」と視線を向けるとにっこりと笑顔を返されて、
「大丈夫。男の子を好きになるのは恥ずかしいことじゃないんだから」
あ、だめだこれ、全然わかってない。
敗北感に打ちひしがれながら豆腐ステーキ(香味醬油ソース)を切り分けていると、お姉ちゃんがこっちをじーっと見て、
「ねえ、美桜?」
「?」
「今度の日曜日なんだけど、読モやってみない?」
急になにを言い出したのか。
顔を上げて視線を合わせると彼女は真面目な顔で、
「急に人手が足りなくなったらしくて、知り合いから『いい子知らない?』って言われたんだ」
「ならお姉ちゃんがやればいいんじゃない?」
「小学生向けの雑誌なの。それに、私がやるならモデルとして依頼してもらわないと」
読モは安く使えるのが利点の一つだ。
その点、僕なら年齢も合うし素人だから問題ない。
「ね? いいでしょ? 楽しいしお小遣いも出るから」
「……うーん」
僕は迷った。いい話だとは思う。お小遣いはいくらあってもいいし、お姉ちゃんの紹介なら変な仕事じゃないだろう。
けど、読者モデルなんて完全に未知の世界だ。
本来の美桜だって経験はないはず。
そもそもどうして急にそんな話を振ってきたのか。
「お姉ちゃん、わたしにもモデルになって欲しいの?」
小さく切った豆腐ステーキを口に運びつつ尋ねると、彼女は「そこまで言わないけど」と微笑んで、
「美桜にも素質はあるよ。前から声かけようか迷ってたんだけど、最近の美桜ならはしゃぎすぎて周りに迷惑かけたりとかしないだろうし」
「あ、あー……」
なるほど。つい納得して目を細めてしまった。
可愛いのは家族にも認められていた反面、うるさいのも家族の保証付き。香坂美桜はちょっと調子に乗り過ぎな女の子だったらしい。
読者モデルとはいえ仕事だから問題児は紹介できない。
……クラスメートが良い子たちじゃなかったら
「スタッフさんには男もいるらしいよ。ワンチャン恋しちゃうかも」
「初めて会う仕事先の人にそんなことできないよ」
「はい合格。期待するような子ならむしろ紹介しませーん。じゃ、返事しておくから日曜日空けておいてね」
「うん。……うん?」
なんか気づいたらOKしたことになっていた。
上機嫌で食事を再開したお姉ちゃんを止めるのは簡単だったけど、豆腐ステーキが美味しかったし、僕は説得するのを止めた。
読モなんて要はたった一日拘束されて写真を撮られるだけ。
バイト代は日雇いバイトとしては破格。ならまあ別にいいかな、とこの時は軽く考えていたのだ。
一回きりのつもりだった読モで編集者さんに気に入られるなんて思いもしなかったから。