♂♀ 1:1世界の平凡高校生 ⇔ ♂♀ 1:100世界のハイスペ美少女 作:緑茶わいん
映画の撮影が始まり、雑誌の撮影も月に何度か入っているわたし。
けっこう忙しい身の上だけど、もちろんレッスンや自主練も欠かせない。
わたしの最終目標はあくまで声優だ。そっちの技術もステップアップさせていかないとお仕事の話が来てもプロに太刀打ちできない。
「事務所でのレッスン、もっと増やせないでしょうか?」
映画撮影も本番に入って終わりが明確になってきたので、わたしはマネージャーさんに相談してみた。
二回目の泊まり込みの最中。夜の暇な時間のことだ。
事務所でしてくれるレッスンには無料のものと有料のものがある。
今やってるのは無料のレッスン。有料で声優系のレッスンにも参加できればぜったい参考になる。
でも、
「今はまだ増やさないほうがいいんじゃないかな?」
「どうしてですか?」
「美桜ちゃんはまだ中学生なんだから学業優先でしょ? それに、最低限の基礎が固まってからのほうが他のレッスンも受けやすいと思う」
マネージャーさんの意見はもっともだった。
芸能活動と学業の両立に慣れるためにももう少し様子を見ることに。
「美桜ちゃん、学校の勉強はどうなの?」
「あ……えっと、小学校の成績は悪くなかったんですけど、進学して難しくなったのでちょっと苦戦気味です」
数学なんかは一度経験してるから余裕があるし、他の部分もダメダメとまではいかない。
でも、お休みする日が多くなったのはダイレクトに響いている。
休んだ日はノートを取れないのが地味に痛手だ。
玲奈のノートをコピーさせてもらってる(恋はノートの書式が独特なので参考にしづらい)けど、こういうのは自分で書いたほうがしっかり覚えられる。
手書きで写すとそれだけでけっこう時間がかかってしまうので大変だ。
たぶん一学期の中間は全体の真ん中くらいの成績になると思う。
「家族の人たちはなんて言ってるの?」
「このまま芸能活動を続けるなら卒業を目指せばいいって」
「理解のあるご家庭ね」
お姉ちゃんなんか「義務教育なんだから授業出なくてもいいじゃない」とか言っていた。そういう自分だって出られる時は出ているくせに。
我が家の中で一番の良識派である妹、美空はこういう時には参考にならない。本人が「学校を休んでいてもテストで良い点取れるタイプ」だからだ。
「マネージャーさんはどう思いますか?」
「事務所の利益を考えるなら仕事を優先して欲しいけど、将来のことを考えるなら勉強もしておいたほうがいいと思う」
「そうですよね」
仕事が減って進学するしかなくなる可能性もあるし。
芸能活動をするにしても一般教養が役立つ場面は多い。いわゆる「おバカキャラ」で売るなら別だけど、ああいう人たちの中にもいい学校出ている人、学力はないけど頭の回転が速い人はいるはずだ。
「じゃあ、しばらくは自主練を頑張ります」
「それがいいんじゃないかな。もちろん勉強もしっかりね」
「はあい」
とは言え、家での自主練には限界がある。
発声練習にも気を遣うし、ピアノの練習もキーボードだといろいろ勝手が違う。
研究所を卒業、ピアノ教室にも通わなくなったので本格的に練習できる場所がない。事務所のレッスン場も空いていれば借りられるけどたいてい誰か使っているし、そもそも自主練で利用するには事務所までが遠い。
「どこかいい場所ないかなあ」
月曜日の休息をはさんでふたたび登校した火曜日。
お昼ご飯を食べ終えた後で友人たちにこぼすと、まず反応したのは叶音だった。
「カラオケ」
「やっぱそれかなあ」
さすが、普段から利用している子はきっぱりさっぱりしている。
これに、すっかり叶音と一緒にいることが多くなったほのかがおずおずと、
「貸しスペースみたいなのってないのかな?」
「あるけど、条件が厳しかったり遠かったりするのよね。あとけっこう高いし」
「だから一人でカラオケ行くほうが楽なんだねっ」
「うるさいわね、一人カラオケのなにが悪いのよ」
悪気ない恋の言葉に言い返すツンデレ、もといツンツン少女。
「わたしも調べたけど叶音の言った通りだったんだよね」
お姉ちゃんは自主練で声出さないから防音室の類には詳しくない。
あらためて検索した結果、この辺にはわたしの希望に沿う施設はなかった。
「叶音を見習ってカラオケ使うしかないかあ」
「いいじゃない。……っていうか、どうしてもって言うなら一緒に利用してあげなくもないけど?」
「歌の練習ならいいけど、それ以外だと一人一部屋借りることになりそうじゃない?」
「……そうね」
一緒に行って別々に部屋借りて「じゃ、これで」と別れるんなら一人で行ってもあんまり変わらない。
叶音の一人カラオケを笑えなくなる日が来るとは。
と。
「あの、美桜さん」
二回目のお泊まりで買ってきた新しいキーホルダーを前のやつと合わせてにこにこ眺めていた玲奈が、こっちの世界に帰ってくると共にわたしの制服の袖を引いた。
「レッスン場所にお困りでしたら良い場所がございます」
「え、ほんと?」
少女はにっこりと微笑んで、
「はい。我が家にお越しください。空いているお部屋がたくさんありますのでご自由にお使いいただければ」
確かに西園寺家なら桁違いの広さがあるので大きな声も出せるし、ダンスの練習をしても家具につまづいたりしづらい。
ついでにお金もかからない。
「でも、迷惑じゃない?」
「まさか。美桜さんでしたら毎日来ていただいても問題ありません」
「へえ。じゃあ私も行っていい?」
「そうですね……。父の愛人になるか将来的なメイド雇用を受け入れてくださるのであれば許可が出るかと」
「美桜と私で扱いが違い過ぎじゃない!?」
玲奈と叶音のやり取りを見たほのかが「婚約って言わないあたりが玲奈ちゃんだよね……」と呟く。
「仕方ありません。わたくしは美桜さんとお付き合いさせていただいておりますので」
「はあ……。ねえ美桜、あんたこのままだとたぶんこいつと結婚させられるわよ」
「玲奈みたいないい子と結婚するのを嫌がったりしないよ」
「大丈夫だよっ。私が邪魔するからっ」
向かい側からわたしの手を取って笑う恋。
それに「もう」と頬を膨らませる玲奈も可愛い、と思いながら、わたしは西園寺家を利用させてもらうことを本気で検討してみることにした。
家族に相談すると「先方がいいなら」との回答。
玲奈にもきちんと話を聞いてみてもらうと、お母さんから正式な許可が出たとのこと。
『前日までにご連絡いただければきちんとしたおもてなしをさせていただきます』
『そんな。場所を貸してもらえるだけで十分だよ』
『そうはまいりません。……空いた時間にお話もさせていただきたいですし』
玲奈の声にはどこか、どきっとさせられるような艶があった。
初めてキスしてから玲奈とはキスできていない。
溜まった回数を一気に消費するつもりなのかも。この世界では珍しいほど控えめな玲奈でも自宅なら落ち着いて時間を取れる。
これ、ちゃんと練習になるんだろうか。
わたしはそう思いつつも、申し出に甘えることにした。
『……では、お待ちしておりますね、美桜さん』
時期的にちょうどゴールデンウイークがある。
午前中のかなり早い時間から訪問させてもらったわたしはメイドさんに菓子折りを渡し、案内された部屋で思う存分自主練に取り組んだ。
最初はちょっと落ち着かなかったけど慣れてくると快適。
玲奈は部屋で自分の勉強を終わらせてからわたしのところに来て、楽しそうにわたしの練習を眺めていた。
午後のおやつの時間には練習を打ち切って玲奈の部屋でティータイム。
二人っきりの玲奈はいつもより歳相応の無邪気さがあって可愛く──かと思ったら大人びた積極性を見せてきて。
「今日は、たっぷり美桜さんを感じさせてくださいね……?」
具体的にどんな感じでキスを交わしたかはわたしたちだけの秘密だ。